波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

秋草の匂い

2018-10-11 22:24:45 | 超短編童話


 飼猫のミチは、秋草の匂いを嗅ぎながら歩いていて、どうしても秋草とは異質の別な匂いがしてくるのを意識するようになった。家に帰って顔を洗っていても、その匂いは引いていかなかった。
 そのうち、ウトウトっとした時、閃いたものがあって、あの匂いは四五件先の家の、タキオちゃんのものだと気づいた。
 それからというもの、その匂いはますます強まってきて、眠れないほどになった。
 このぶんだと、近くタキオちゃんの家に会いに行かなければならないなと感じはじめた。そうしなければ、これから先、眠れなくなるような不安と心配で、一睡もできなくなった。ふらつきながら、タキオちゃんの家を訪ねて行った。
 ところが、タキオちゃんはいなかった。それどころか、家は閉ざされて、引っ越してしまっていた。その時、恋する猫のミチは唐突に思った。猫にも神は必要だなと、真剣に生きているものには、神は必要なのだと、恋する胸を抱え込んで、そう思った。するとどこかから声が漏れてきた。
「アーメン」
猫のミチは、明日はアメなのねと呟いて、ごろりと横になった。体を舐めると、タキオちゃんの匂いがした。

 おわり

泣いた人形

2016-09-15 17:25:07 | 超短編童話

◇ 泣いた人形


 マミがいつも連れ歩いているフランス人形の顔が、あまりにも汚れていましたので、小川の水につけて、洗ってやりました。
 ピチャピチャ。
 水に映ったマミの顔も、人形に劣らないほど汚れていましたので、人形の隣で俯せになって洗いました。
 ピチャピチャ。

 隣の人形が、変な声で泣きだしました。しまった。人形の顔を水につけたままだったのです。
 フラ子、ごめんね。そう言ってフランス人形を抱き起こすと、
「乾くまで、静かにお座りしてるのよ」
 そう言って、土手にお座りさせました。
 この時また変な声がしたので、マミは顔を上げました。小川の向こうの土手にポメラニアンがいて、変な声で吠えていました。
 さっきフランス人形が泣いたと思ったのも、この犬だったのかしらと、マミはすこしがっかりし、
「あっち行け!」
 と言ってやりました。子犬はすぐいなくなりました。どこの犬か分らない、見かけない犬でした。

 その時から、何か月かが経ちました。フラ子の顔もまた汚れてきました。マミは時々思うのです。あの時泣いたのは、犬ではなく、やっぱりフラ子ではなかったかと。これまで何もしゃべったことのないフランス人形が、あのとき声を出して泣いたのです。

  おわり



白い嶺

2016-09-11 18:09:14 | 超短編童話





北国へ帰る季節になっても、飛び立たずにいる鴨のことを
残る鴨といいます。
この湖には、そんな鴨が一羽いて、アヒルが傍についていろいろ慰めていました。
「ほらあそこに、雪をかぶったアルプスの峰が見えるだろう」
 と鴨が、嘴で山を指し示して言いました。
「ええ見えるわ。連なった山のなかでも、一番高くそびえている白く耀いている山でしょう」
そう答えるアヒルの体も、白い山と同じ輝きを放っていました。
「鴨の群れが、この湖を飛び立って北国へ帰るときも、毎年あの白い嶺を越えていくんだよ。ぼくは飛び立てなかったから、いつも目の前に白い嶺が浮かんでいて、夢の中でも飛び越えよう、飛び越えようと、もがいているんだ。でも、飛びこせない。疲れていくし、そうするとよけい眠れなくなる」
そう訴える鴨は、鴨の目らしくない赤い目の色をしていました。鴨の苦しみは分るものの、何もしてあげられないのが辛く、アヒルは考え込みながら、湖の水面を半日近くもめぐっていました。このアヒルは朝日が昇っても、気づかずに眠っているほうでしたから、眠れない鴨にすまないと思いました。
水に委ねて水澄しのようにめぐっていると、自分らしくもない良い考えが浮かんできました。その思いつきを忘れないように、繰り返し繰り返し、頭に込めながら、鴨に近づいて行きました。
 アヒルは山の白い嶺に向かって30メートルほど泳いで行き、そこで体を横にして言いました。
「鴨さん、あなたはあの白い嶺に向かって、翼で羽搏きながら、水面を私の方へ走って来るの。鴨の群れが飛び立つときみたいに、水面を足で蹴りながら走って来るの。飛ぶんじゃないからできるよね。そうやって私という障害物にぶつかったら、あの白い嶺だと思って、ぴょんと飛び越えるのよ。一度や二度ではなく、何度でも挑戦するの。あなたのためなら、私は何度でも、首を縮めて、実験台になるから。首を縮めて低くしたほうが、飛び越えやすいでしょう、こうやって。私を飛び越せば、あの白い嶺を飛び越えたことなんだからね」
アヒルはそう言って、首を低くして、鴨が来るのを待ち構えました。
鴨が走り出しました。アヒルまでの30メートルの距離を、翼を出して水掻きの付いた足で水面を蹴りながら走り出しました。ところが何と言う誤算でしょう。アヒルまで10メートルの距離を残して、空中に浮上してしまったのです。
アヒルは縮める必要のなくなった首を伸ばして、そのまま北方へ飛んでいくように合図を送りました。鴨はどんどん上昇していきましたが、アヒルが言ったようにはせず、水面に戻ってくると、アヒルに並びました。
「どうして、行かなかったの?」
 とアヒルが訊きました。
 鴨は何も言いませんでした。それが応えのつもりだったのです。

    おわり

緑陰の昼下がり

2016-09-10 20:25:43 | 超短編童話


昼下がりの緑陰には、赤ん坊や子供や老人だけでなく、
猫や犬やフランス人形も来ていました。
テディーベアも来ていて、それを猫がしきりに舐めてやっていました。
「まったく、見ちゃいられないよ」
ベンチの前を、そう言ってムクドリが小走りに横切って行きました。

   おわり