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湯に浸かりっぱなしで、疲れさえ感じ始めていた直子の耳に、初めてと言っていい子どもたちのざわめきが耳に飛び込んできた。手を触れることもなく終わった、園部透を揶揄するものでも、直子にあてこすったものでもない。何と彼女の耳に、響いてきたのは、
「雪が解けたら、山に入って、雀蜂を退治するぞ」という叫びだった。子供たちは一人の声に刺激されて、別な言葉を口々に叫び始めたのだ。その中には、家でつかっている防毒マスクを持ち出して,雀蜂に害虫退治の毒を振りかけてやる、と声を張り上げた。
こうなると、直子はだまっているわけにいかなくなった。湯から出ると水だらけの着衣を絞って着た。そのうち子供たちは、自分たちの声をバネにして、山の方角へ歩き出した。
直子は着た衣が、パリパリと凍りついていくのに逆らうように、実家をめざして走り出した。
それを目ざとく見つけた子供が、
「あっ、あ女王様が湯からあがって、雪道を走ってる」
と叫んだ。それに続いて後を追おうとした小学生を、先を進む中学生が、
「行くのはまだ早い、蜂を退治して、蜂蜜をプレゼントするんだ」
それを聞いた直子の中にぬくもりが膨らんできた。あの子供たちに、蜂蜜パイを焼いて食べさせてあげよう。直子の帰りが遅いんを気遣って、家から母親が出て来た。
子供達の声も一区切りがついて、雪景色に静まりを与えていた。
完
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