登山口を通る私に歩調を合わせるかのように、舌足らずな鳴き声の鶯がついてきた。
ケキョ、ケキョ、ケキョと、声は出しても、完全な鶯の唄にはならなかった。そのくせ
びびびびと、羽音だけは一人前で、登山道沿いの灌木の枝から枝へと飛び移っていた。
そのうち吊り橋に来て、鶯は山頂へ向かう道ではなく、谷の渓流の方へと降下していった。
これ以上登山者に同伴するのを断念したらしい。というより、私を谷渡りの方向へ誘い込むような飛び方になっている。
私を誘って谷渡りする鶯の声は、元気がなく、寂しそうだった。季節が早いというだけではない。どこか深いきずを負っているようだった。
飛び方に異常はないから、心のきずなのだろう。他の鳥たちの好むそよ風の漂う丘とか、視界のきく高みには出てこようとせず、低い谷から谷へと、身を隠すように渡るだけなのだ。
失恋の痛みか、死別か、心のきずは尋常なものではなさそうだった。
せめて鳥でも動物でもない人間を味方につけて、気を紛らそうとしてみるが、人間である私は、登山道を上へ上へと登るだけなのだ。
一度谷へ下った鶯に、登山道へ引き返して、再度人間を誘い込もうとする気力はなかった。やはり深くきずついているようだ。
そこで私は、鶯を慰めるべく、二本の指を口にくわえ、力一杯に吹いた。私の指笛は思いがけないほど澄んだ音色となり、谷を渡って行った。谷渡りする鶯も顔負けするばかりの出来映えだった。
ところが、傷心の鶯は、それきり声を潜めてしまった。いくら私が待っても鳴かないのだ。
私は彼女を慰めたのか、逆にきずつけてしまったのか、それすら分からないままに、指笛を絶って山道を登って行った。
山頂近くでは、別な鶯が何羽か、玲瓏とした声を響かせて鳴いていた。
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