波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

都会の朝の海

2012-08-11 08:40:57 | 散文


 [都会の朝の海]

彼が駅に向かって歩いていると、前から胸元を大きく開いた女がやって来た。彼はこういう女性を見ると、なぜか得をしたような豊かな気持になる。
女は風にさらす肌の面積を、少しでも広くして、暑さを避けようとしているだけで、男の気を惹こうなどとは、露ほども思っていないのかもしれない。だから彼がそちらに目をやっても、素っ気無く、涼しげに通り過ぎて行くのだろう。いや、自分のやや過剰な肌の広がりが、男を惹きつけていると心得ていて、そんな自信が彼女を裏側から支えている……。
彼は豊かな胸の女と擦れ違い、それが背景へと薄れてゆくのを、そんなふうに意識の片隅に感じながら、歩みを進めるのだった。
いずれにしても、どんな色に染められていくかも定まらない起抜けの心を、豊かな海で満たされるのは、素晴らしいことだと彼は思った。