波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

鹿の角

2019-03-27 16:21:34 | 散文



野原で、
落とし角を拾った子供が、喜色に包まれて
帰宅した。
子供の家では、鹿を飼っていた。
その鹿には、角がなかった。
子供は拾った角を、自分の頭にかざして、
鹿に迫る。
鹿はおどおどして、後退し、そのうろたえようは
見る影もなかった。

子供はその日から、一家の王様になった。
家畜がきかない態度を見せると
角を持ち出して頭にかぶった。すると
家畜はおとなしくなった。牛など短くて太い
頑丈な角があるのに、背を向けてしまった。
人間の弟や妹も陰口は叩いても、彼が角を磨
いたりすると、神妙にしていた。
けれども子供が、いつまでも王様ではいられなかった。
夏になって、鹿に新しい角が生えてくると、鹿が王様になった。
鹿は王様になっても、角を振りかざしたりはせず、
子供の手からせんべいのクズを貰って、うまそうに食べた。
お礼に、子供の頬を舐めたりした。

end





春風の中を駆ける

2019-03-22 09:26:37 | 散文


春 親子の馬が 春にふさわしいピンクの舌で
舐め合いながら
海辺を駆けてゆく
馬の舌のように柔らかな波が寄せてきて
馬の足を舐める
人間の裸の男女が
押しかけて来るまでには 
まだ間があるな
その前に
潮干狩りがあるか
母馬はそんなことを考えながら
海に出たがる子馬を
陸側にして駆けてゆく
もう少ししたら
海を離れて
足音がパカパカとこきみよく鳴る
郊外の鋪装道路に出る
その音も
子馬は海が好きなように
好きなのだ
千鳥があちらこちらで
軽快な足運びをしている
小鳥は朝が早い
子ガニもいる
比較はできないが
千鳥と子ガニは動きが似ている
急に走ったり
立ちどまったり
光ったり
陰ったり
馬の足が砂浜とは違う硬いスペースを踏んだ
そこで海を離れて陸地へ向かう
パカパカとなじみの足音が生まれてくる
馬の親子は趣を変えた陸風に向かって
駆けてゆく


アザラシの来た埠頭 完

2019-02-16 14:20:55 | 散文


 少女たちは思い思いの食べ物をナップザックから取り出した。マフイン、ビスケット、ドーナツ、一人は大きなフランスパンを抱えてきた。
「私何もなかったから、お兄ちゃんのフランスパン持ってきちゃった」
 とその少女が言った。
「そんなに硬いの、どうやってアザラシが食べるの?」
 と一人が心配そうに聞いた。
「アザラシなんか、生きた魚を骨ごと食べるんだから、平気よ」
 と別の一人が言った。
 それならフランスパンの硬いことなんか平気と受け取れて、フランスパンの少女は安心している。
「あげる前に、セロファン とか、ビニールとか、包み紙はきれいに取り除いてね 。アザラシさん喉をつまらせたりしたら、大変だから」
 と三人の中のリーダーらしい少女が言った。このリーダーがボールを海に落としたのだ。
それを面目なしと思うせいか、いくらか言葉を抑えているようだった。いよいよ給餌の時が来た。その様子を察したらしく、埠頭の群れが騒ぎ出した。
と同時に、次々海に飛び込んだ。その泳ぎはさすが海の生き物だ。滑らかな、黒い流木となって、泳ぎ寄ってくる。
 三人は焦った。顕彰すべき一頭に与えるものが、その他のアザラシに取られてしまう気がしたのだ。そんな少女の不安にもかかわらず、一頭は少しも焦らなかった。それどころか、よくぞ駆けつけたとばかり、鷹揚な態度なのだ。
 フランスパンの少女は、果物ナイフでパンを何切れかに切り分けている。このパンがどうやらアザラシの餌の主役になりそうだった。
 硬さとか量とか、海水につけた時の適応性などにおいて。
「お兄ちゃんが、ようやく私のためになってくれたよ。こんなもの買い込んで、どうするつもりかと思ってたけど」
「お兄ちゃんて、Z大の?」
「そう、車に頭がいかれてる男」
「車に頭がいかれていたって、いいじゃん。そんなにいい兄貴がいて。一人っ子の私なんかつまんない」
「いいって言ったって、フランスパンをウイスキーの肴にしているくらいだから、いいか、悪いか」
 とフランスパンを切り終えた少女が言った。
 ボールを海に落として、アザラシに拾ってもらったリーダー格の少女が、
「一人ぽっちだって、代わりにアザラシが現れてくれたんだから、いいじゃん」
 と言った。
 アザラシは二本のエラで拍手をする仕草をしている。
 いよいよほうびを与える時が来た。他の六頭は、五、六メートルの位置に迫っている。少し速度が落ちているようだ。
人間から直に食物を与えられた経験などないのだろうから、当然とも言える。
 それに比べると飛び込んできた一頭は、どうしたというのだろう。ふと閃いたのは、以前人間に飼われたことがあるな、という思いだった。そして無慈悲に扱われて捨てられたのではなく、飼われていた時の記憶がなつかしくて、寄ってきたのだろう。ほかの六頭は、その一頭を慕って、後を付けてきた随行者なのだ。すると最初の一頭はよほどの人格者なのだなと睨んだ。後ろから迫っているのに、焦らず道を開けて待つ構えすらうかがえるのだ。だからこそ、こんな辺鄙な漁港の埠頭に留まっているのだろう。
 リーダー格の少女はそんな想像をめぐらせながら、すぐ下の一頭のアザラシと、その後ろに迫ってきている六頭に目をやっていた。
 いよいよ、給餌のときだ。後方の動きが活発になった。スタートのテープが切られたかのように、目には見えない閃光が走った。あるいは一番最初に手を出したのは、後続のアザラシであったかもしれない。もともと少ない食べ物はたちまちのうちに食べ尽くされ、静まり返った海面には、七頭のアザラシが茸のように上半身を出して浮かんでいる。少女たちはめいめい、
「もうない、帰りなさい!」
 という合図を送った。七頭は合図通りにはせず、足りなさを補おうと、海面深く潜っていった。彼等の日常になっている餌探しをはじめたようだ。

 アザラシと三人の少女のことは、P新聞社の特ダネ記事となり、W港町を席捲した。注目すべきところは、少女の一人が予想したように、野生のアザラシならこなせないはずの芸をしたということだった。人間の手で飼われていたのが、懐かしさから戻ってきたのであろうという憶測だった。しかし、いつ、どこで 、人間とアザラシの間で、そんなドラマがあったのか。具体的なものには、いっさい触れていなかった。新聞社も特ダネの記事とするため、やや急いだきらいがある。水族館に問い合わせることもしていなかった。
 その新聞記事を見て、一番驚いたのが、地元の水族館に勤めたことがあり、一頭のアザラシを親身に世話したにも関わらず、海に逃げられてしまった痛い経験を持つ、一女子飼育係である。彼女はその手痛い体験から立ち直れず、ショックが内攻して精神を病む身となり、退職してしまったのである。そんなことから、現在は失業保険金の給付を受けながら細々と生活していたのである。その元水族館飼育係が、特ダネの新聞記事を読んだ。まとまって写っているアザラシの写真も目にした。
「この写真の中に、あのコミちゃんがいるにちがいない」
 そう判断して埠頭に足を向けた。
 彼女がまとまっているアザラシに迫ると、中央近くにいた一頭が目を見開いて、慌てた素振りをした。
「あんたは、コミちゃんね」
 彼女がそう指呼する。一頭が仲間の頭を踏み渡り、元飼育係の前に進み出る。半身を立てて拍手をする身振りをした。
「やっぱりあなたは、コミちゃんね」
 彼女は涙が出そうだったが、それを踏みとどまって、厳しい顔つきになった。コミが消えてから今までの辛い日々が浮かんできた。
 コミが帰ってきたことを、昔の仲間に教えようと、水族館の方へ足を向ける。
 置いていかれると見たコミが、慌てて後を追いはじめた。砂と砂利ばかりの道もない道を、砂まみれになって追いはじめる。彼女は顔をこわばらせていて、コミを振り返らなかった。それが何ともやるせなく、悲しく、コミは空を見てボオとドラのような声を放った。その声を仲間のアザラシが、なにかの信号のように聞き取って、埠頭から内陸へと、リーダーの後を追いはじめた。

 追記

この一頭のアザラシは、うっかり定置網に掛かってもがいているところを、救い出されて水族館で飼われることになったのであるが、母親アザラシの夢を見るようになった。何度も夢に出てくるところから、母親は重い病で子供に会いたがっているのだと分かって,居ても立ってもいられなくなり、飼育係の目を盗んで逃げ出した。そして母親の息のあるうちに会うことができた。間もなく母親は息をひきとり、この世から消えてしまった。今度は大切にされながら、見捨てるようにして逃げ出してきた飼育係のことが、夢に出るようになり、脱出して一年後に戻って来た。

end


新美南吉

2019-01-15 21:00:21 | 散文


明日が灯っている、という文句を
新美南吉の詩で読んだ。
「明日が灯っている」
いい表現だ。
灯っているからには、真っ暗闇ではない。
とにかく灯っているのだから、
明日はあるのだ。
彼はその明日を信じて、
無念にも二十九歳で夭折した。


雪だるまを壊す

2018-12-13 15:57:49 | 散文




 ぼくは通学時に雪だるまを壊すワルだった。女生徒が作った女っぽい雪だるまを、一本の竹竿で叩き壊していった。
 それだけ女の子を意識しているからよ。と、女の先生言われた。
 ぼくは恥ずかしくても、赤くなるのが女っぽくて厭だったから、青くなった。
 そして今度は、男の子が作った雪だるまを壊すようになった。
 すると男の先生に呼び出され、それだけ男を意識しているからだろうと、こらしめを受けた。
 男の子が男の子を意識するなんて、そんなはずはないと、ぼくは正義感にもえ、男の子をいじめるようになった。
 それがぼくの通った小学校の、虐めの発端になったのかもしれない。
 難しいものさ。男とか女の関係とか、いじめの問題とか。
 今もオートバイを、ふかすだけふかして、学校の運動場を走り回っているワルがいる。
 またあいつ、オートバイ乗り回していやがるな。本校卒業生の大谷サチコだ!
 補導係の男性教師が、自分のオートバイで追いかけていった。

end