波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

廃線

2015-06-18 20:17:36 | 掌編小説



◇廃線


廃線になっても

取り外すことのなかった鉄路が

草の中にところどころ

水をたたえるように光っている

その水を飲むように

狐が来ている

鼻面が触れれば熱いから

朽ちかけた枕木の間に

餌になる小動物を探すだけだ

廃線を訪れた私を

狐は懐かしがるように

しげしげと見る

私が一歩踏み出すと

狐は見事に180度の転換をして

向こう向きになり

振り返りながら遠ざかっていく

私が足を止めると

狐は体を横向きにして

こちらを窺っている

私が歩むと狐はまた

振り返りながら遠ざかる

背で誘いかける女のようだ

あの女はどうしただろう

唐突にそう思い

その思いを打ち消そうとして

頭を振った

場末の酒場の女で

もうこの世にはいなかったのだ


   ◇

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カンナ

2015-06-18 14:40:09 | 散文詩



◇カンナ




あの年は

行く町行く町で

カンナが咲いていた

通り過ぎた青春が

ぶり返してくるみたいだった

煽るように鳥も鳴いていた

覗いたわけではないが

鳥の口の中も赤かった



その年を振り返ってみると

変わったことは何もなかった

赤いカンナそのものが

我が青春だったのだろう

電車のホームには

今もカンナが

燃え立って私を送り出している



  ◇

漂流鴎

2015-06-17 13:40:23 | 散文詩





漂流鴎




   散策者はある日 砂浜に打ち上げられている
   鴎の死骸を見つけた 
   波がくる度に弄ばれて 陸に上がるも 海に           
   戻るもできないでいる
   「おまえはいったい 陸がいいのか 海に
   帰りたいのか?」
   散策者は 鴎を手に取って尋ねる
   「私は 海でも陸でもなく 空に
    帰りたい」
   鴎は確かにそう言っている



   「おまえの気持は分かるが 神ならぬ俺に
   はどうすることも出来ぬ するとおまえは生
   前ろくなことをしてこなかつたのだな 
   それで天にあがれず 波間に漂い揺れていた
   というわけか 俺とて おまえに説教できる
   がらではないが……」

   散策者は 一枚の板切れを見つけると 鴎を
   横たえ 海原に押出してやる
   「俺に出来るのはこのくらいのものだ ここの砂
   浜で半分水につかって腐れていくよりは 思いっ
   きり 沖へ出てみるんだな 彼方の水平線では
   海と空は融けて一つになっている そこまで
   波に委ねて行ってみるんだな」



     ◇







ある飛翔

2015-06-15 01:16:30 | 散文詩
☆ある飛翔


少年の彼は ジヤンプ競技を見物していた
ジェット機の翼のように 腕を後方に反らせ
次々と大空に飛翔して行く姿を
自分の将来の夢に重ねて――

少年はその頃 考えていた
貿易商になって海外に雄飛し
やがて大金持ちになり 豪壮な邸宅に住もうと――

赤いヤッケのスキーヤーが
素晴らしいスピードで助走してきた
男は一気に空に飛び出し 前傾の体が
ぐいっぐいっと しゃくるように上昇して行った

と どうした弾みか
空中で失速し もんどり打って落ちてきた
このとき スキーヤーの懐中から飛び出したもの
それは夥しい数の硬貨だ!
(貧しい少年の目には 仰山な宝石に見えた)

硬貨は 雪原に反射する太陽に銀色に煌めきつつ
地上に吸取られていった

 ああ 金銀は天国に持ってはいけないんだ!

少年の目に 硬貨は特別なしるしとなって飛び込んできた

曲折はあったものの 
少年は神に仕える道を選んで宣教師になった


   ☆




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葉叢の偉大な力

2015-06-14 17:06:52 | 散文詩


[葉叢の偉大な力]



にわか雨を避けて 木立の下に入っていると

そこには妙な安らぎがあって

地面はまるで濡れていないのだ

葉叢は 大きな生き物が暴れているかのように

どよめき揺れ動いている

ささやかな葉の 一枚一枚の叢りが こんなにも

強大な力となって 雨の一滴も通さない

まるで御使いの軍団が駆け付けて

取るに足らぬひとりの人間を 必死に守ってくれ

ているかのようだ

ややあって 黒雲は通り過ぎ 振り仰ぐ人間の眼に

日の光が零れてくる

あの大雨を防ぎ止めたものたちとも思えないばか

りに鎮まって ざわめく陽を透かしている 


 ☆ 




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生ける宝石

2015-06-11 18:19:34 | 散文詩



☆生ける宝石


学校帰りの山径で 小鳥の巣を見つけたことがあった。
宝石のような卵が三個並んでいて 近くの樹から親鳥の監視を受けながら 
覗いて行った。
巣に立寄るのを日課にしているうち ついに卵が孵り 赤むくれの姿から 
小鳥らしくなっていくのが嬉しかった。
給食を残してきて与えたりしていると 雛はなついてきた。指の腹を噛まれ
たりすると これも愛の仕草かと思われた。
三日ばかり休日が続いて 巣に立寄ると きれいに巣立ちをしてしまっていた。

………あのときの喪失感。生ける宝石を失ったような こんなはずはないとい
う呆気なさ。
子供の彼も やがて学校を巣立ち 田舎を離れて何年も流れた。

そうして 何十年も過ごしてしまったが 呆気なく消えてしまった欠落の
思いは 体の奥深く残っていたようだ。
というのは この頃になって 三羽の小鳥が夜の夢に現われ しきりにガラス
戸をつついたりするからだ。 


   ☆



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望遠鏡

2015-06-11 01:15:46 | 掌編小説


☆ 望遠鏡


 孫の望遠鏡を持ち出して、海を見ていた祖母が言った。
 ~~傷ついた鴎が、片方の翼を立てて、苦しがっている~~
 孫が祖母から、望遠鏡をひったくるようにして確かめると、ヨットが白い帆をへんぽんとひるがえして、快さそうに海面を滑っている。 
 この望遠鏡は、祖母に買ってもらったものだというのに、孫は情けなくなった。飛んでいる鴎はいないかと、視界を空に移した。
 折よく、海の上を飛翔する一羽の鴎を発見して、
 ~~おばあちゃん その鴎は今、空に飛び上がったよ~~
 と言って、望遠鏡を祖母に渡した。
 ~~カツオ よーく見んかい あれは飛行機じゃんか~~
 孫が望遠鏡を覗くと、確かに一機が、空に浮かんで白く輝いている。音はまったくなく、月のように空に浮かんでいる。 

               おわり


     ☆


雲の峰

2015-06-05 20:14:45 | 散文詩


★雲の峰



水平線に

雲の峰が立っている



雲の峰を指さし

ソフトクリームが欲しいと

以前 赤子は言った



うんと稼いで

あの子に

ソフトクリームを

食わせてやらねば



そう思い

海女は深く海に潜って行った


   ★

緑陰の椿事

2015-06-04 21:12:24 | 散文詩



★緑陰の椿事



プラタナスの緑陰に

乳母車を押して

颯爽と行く女がある

豊かな胸のあたりに

内外の視線を集めて



注釈すれば

内外の内とは乳母車の赤子の目であり

外とはそれ以外の

もろもろの視線ということになる



これは簡単なようでいて

誰にでもできることではない

女にとっても

おそらくこの夏に限っての椿事であろう

次の夏には

子どもは歩くようになり

乳母車はいらなくなる



女よ

若い母たる気概の女よ

美しい女よ

乳母車を押せ

眩しく木漏れ日の降るなかを

儚い時をはねのけ

悠久に向かって

限りない力で

乳母車を押せ


   ★




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