波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

街角のクリスマス

2012-12-21 22:18:45 | 掌編小説




 ☆街角のクリスマス


 彼は街角にあるカフェ・リーベの常連客と言ってもよかった。会社の帰り、駅から一つ車道を渡ったすぐ前に、そのカフェ・リーベはあった。
 その日も彼はカフェ・リーベにいて、見るともなしに途中のキオスクで買ってきたグラビア誌に目を落としていた。
 六、七人のウエートレスが立ち働く中に、なかなか仕事になれない一人がいて、上司の注意を受けているのを、彼はよく耳にしていた。
 昨日もガシャッとパックがひしゃげるような音がして、床に落としたらしく、すぐ上司の女性の声が飛んでいた。
「どうしてあなたは、自分ひとりでやろうとするの。手の空いている人に頼みなさいって、言ってるでしょう。一人でしようとするから、焦って手元が狂うのよ」
「すみません」
 悪びれた声がして、またこのウエートレスは点数を下げたなと、彼は気の毒に思っていた。

 彼がこのウエートレスに注目するようになったのは、一箇月ほど前のことだ。注文したホットコーヒーを運んできて、彼に渡す寸前にカップの底をカウンターにぶつけたのだ。強い当たりではなかったから、カップの上辺の二割ほどを零しただけで済んだが、それでも撥ねは彼の顔面にまで跳んできた。
「申し訳ありません。お洋服汚さなかったでしょうか」
 彼女は悪びれてそう言った。慌てていて、客の洋服の汚れを確認する余裕はなかった。
「大丈夫、ぜんぜん平気だよ」
 彼はそう言ってやった。上司にも他のウエートレスにも気づかれていなかったので、彼は極力声を抑えて言った。もう一言、あんなになみなみと注いでくるからだよ。そう付け加えてやりたかったが、それは差し控えた。そのことで店の利益を落とすことに繋がっていてはならないとの、彼なりの判断が働いたからである。
 帰宅して脱いだワイシャツには、三滴のコーヒーの染みができていた。

 クリスマス前夜、駅周辺の商店街はクリスマスツリーやイルミネーションで溢れていた。街頭を流れているのもクリスマスソング一色だった。独り者の彼は、別にプレゼントを考える必要もなかった。
 いつもと同じ時間に彼は電車を降り、一つ車道を渡ってカフェ・リーベに飛び込むつもりだった。
 ところが今日は、店の前の様子が変わっている。ガラス扉の傍らに、テーブルが一つ置かれ、赤い帽子のサンタクロースに扮した一人の女性が声を限りに叫んでいる。
「愛する奥様、お子様に、本店特製のアップルパイのお土産はいかがですか。いいクリスマスプレゼントになりますよ!」
 身振りはしなやかで、若い女性を思わせる。物腰にどこか見覚えがあるような気がする。このとき中年の女性が、寄って行った。その客への応対の仕草から、彼は直感した。
 あのウエートレスだ。素通りしてカフェに飛び込むのがなぜか罪悪のような気持ちになって、彼は中年女性の横に立った。
 サンタクロースに扮したウエートレスは、中年女性にアップルパイをレジ袋に入れて渡し、彼を迎えた。まだ彼だという意識はない。駅前とあって人通りが激しく、また馴れないポストについたとあって、意識がスムースに流れていなかった。その彼女に向かって、
「アップルパイ七個ね」
 と彼は言った。
「七個」
 そう押さえておいて、確認をとるべく、「七個でございますね」
 と彼女は念を押した。どこかに腑に落ちなさがあるような、ないような複雑な表情になっている。
「そう、七個だよ」
 と彼は言った。
「ご家族が沢山で、けっこうですね」
「いや独りだよ」
 彼は怒ったようにそう言った。
「あら」
 と彼女は戸惑いを見せて、「いつもの、お店のお客様でございますね」
「似合ってるよサンタクロース」
 と褒めてやった。
「いやだわ。お客様にこんな格好を褒めていただくなんて」
 彼女は言って頬を染めた。それから下を向いてアップルパイの包装に取り掛かった。一個ずつ小袋に包み、それをまとめて大き目の袋に入れ、最後に店の名入りのレジ袋に入れて彼に渡した。
「残りはすぐ冷蔵庫に容れてくださいね」
「ぜんぜん、平気平気」
 と彼はリズミカルに発声した。今日は予定を変更して店には寄らず、自宅の方角へと歩き出した。
「いつも御ひいきに、ありがとうございます」
 彼が振り返ると、まっすぐ彼の方を向いて、丁寧に頭を下げた。
「よいクリスマスを!」
 と彼は声を送った。
「お客様も……」
 最後のほうは、車のクラクション、雑音、街頭を流れるクリスマスソングに掻き消され、彼の耳には届かなかった。
                    
                       了








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狐火

2012-12-16 17:37:20 | 超短編



*狐火


辺境の山村に、一つの灯りが瞬いている。麓から見ると、どうして

も狐火だ。狐の火が見えるようになるとは、ただごとではない。悪

い霊が取りついたのか。

彼は追い払うべく、さかんに頭を振った。


頭振りを止めると、目の前に女が立っていた。東京に就職した近所

の女だ。彼の初恋の相手でもある。ゴーカートを手にしている。

「どうしたんだよ、いきなり現われて」

「あんたこそ、どうしたんよ。目茶に頭振ったりして」

「狐火が見えたから、頭冷やしていた」

「やだ、私が狐だって言うの? 私東京勤めを辞めて、帰って来た

のよ。これからよろしくね」

彼はにわかには信じきれず、慎重に女を探りにかかった。

まるでどっちが狐なのか判らなくなる。


  ☆


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日向ぼこ

2012-12-15 10:14:27 | 超短編





 ☆


日向ぼこ


猫が縁に出て日向ぼこしていると

縁の端に鴉が留まって

からかいはじめる

猫はその手には乗るまいと

日課の毛繕いに集注する

目の片隅には鴉が入っている


鴉は二歩三歩と

猫に歩み寄り

悪態をつく

嘴は毛繕いを手伝ってやる

とばかりに接近して


我慢が限界に来た猫は

鴉が逃げるより素早く

庭の赤松の幹を

半ばまで駆け登った


この一事の後

鴉は消えた

赤松の枝には

鴉の巣らしきものが

つくりかけになっている







私、元気もらっちゃった

2012-12-14 07:36:59 | 超短編





☆ 私、元気もらっちゃった


彼は疲れていたから、人通りを避け、路地から路地へと抜けていった。たまに車道にぶ

つかると、習慣から左右を確認して渡る。車道を渡ると、また路地になる。そこを七、

八十メートル進むと、前から姿のいい茶のぶち猫が、よろめくようにして歩いてきた。

生まれて半年も経ったか経たないくらいの、中っ子猫。よほど疲れているようだったか

ら、慰めてやろうと、手をかざして優しく呼んだ。彼は自分も疲れていたから、そんな

気持ちになったのだ。

猫は誘いに乗って寄ってくる。しかし寄添う寸前、別の力が働いて彼から離れ、それか

らは歩みを跳躍に変えて、ぴょんぴょんと跳ねていく。

そこで車道にぶつかる。猫はそこも一気に跳ねて渡り、歩道に出ると、気を抜いて体を

横向きにし、彼のほうを振り返った。

やっぱり悪い人じゃなかったよ、あの人。私、元気もらっちゃった。

                            了










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路地

2012-12-13 15:38:14 | 超短編





   ☆


 路地を歩いていると、
 
 一匹の猫が横切った。

「おい」

 と呼びかけると、ものうそうに、

「何か用か」

 と振り向いた。

 ただ呼びかけてみただけなので、黙っていた。

「用もないのに、呼び止めたりするな」

 猫はそのまま行ってしまった。



   ☆







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窓灯り

2012-12-09 15:51:59 | 散文





雪は降っている。しんしんと降っている。

深い深い闇の宇宙からやって来て、いっとき室内からの灯りに彩られ、また暗い地面へ

と吸い取られていく、雪、雪、雪・・・・

そんな儚い雪の一生を、少女は窓に顔をくっつけるようにして、見とれている。

漆黒の闇の奥から現われ出て、ということは少女の部屋の灯りに映されてはじめて、他

者に認められ、といっても少女一人に見つけられ、瞬くうちに夜の地の底へと行ってし

まう雪……

少女はそんなことを繰り返し想ううちに疲れ果て、窓際に肘をついたまま寝てしまっ

た。

スチームに湯は廻っていて、ベッドにいなくても寒くはなかった。

ふと朝の光に目が覚めて外を見ると、雪はすっかり止んでいて、すぐ下に鹿の足跡がつ

いていた。帰った跡もある。そうしてガラス窓についた雪をきれいに舐め取っている。

少女にはピンク色した鹿の舌が見える気がした。夜ここに来た鹿は、私とキスするつも

りだったんだわ。そう思うと心臓のビクビクが速くなった。そうだわ、今日はクリスマ

スよ。

                             了



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こんなこともあるさ ~男と女の関係~

2012-12-06 21:48:28 | 散文






   ☆


「明日からしばらく関西方面へ旅に出ます」

 そう男にメールをしてきた女は、彼がちょっと不審に思って翌々日出かけてみると、

ちゃんと家にいた。アル中の彼を遠ざける口実にしても、そんな子供だましのような嘘

はつくもんじゃない。

 彼は女に直接会って暴くようなことはしなかった。それでも諦めがつかずに、家の周

りをうろついていると、女の家の少し開いた窓から、飼い猫が出て来て、尻尾の先を彼

の脚に強く押し付けて教えてくれた。

「彼女いるんだね、そうだろう。窓を開いたまま旅に出るなんて、この物騒なご時世に

考えられないもんな。それで彼女が僕を遠ざけようとしているとなると、お前ともこれ

から会えないことになるけど、いっそ僕の家に来るかい、猫ちゃん?」

 そう訊くと、にやあ と彼を見上げて鳴き、いかにもそう願いたい、と言っているよ

うだったから、男は猫をチャック付きの鞄に入れ、猫の頭だけ外に出した状態で電車に

乗った。

 乗客には、上出来のマスコットと思わせたかったのだが、子供の目を騙すのは難しか

った。

 何しろ母親の膝の上から猫を指差し、あれをくれというのだから、たまったものでは

ない。それでも猫が鳴いたりせず、まずまずのマスコットでいてくれたから、彼は女の

猫を盗み出すことに成功したわけだ。

 もしこれが不首尾に終わっていたら、彼は女だけでなく、なついていた猫まで、失う

ことになったのだ。それを考えると被害は半分で済んだわけで、もって瞑すべしだろ

う。

 彼は猫が来た祝いに、電子レンジで目刺三本を温め、二本を猫に与えた。それから湯

飲みに並々と酒を注ぎ、一本の目刺を肴に飲みはじめた。

 目の前に酒飲み相手ではなくとも、誰かがいないと楽しめない酒飲みはいるもので、

彼もその一人に数えられるだろう。そんなわけで女の家に行くときには、自分の酒と彼

女の好むケーキを持参したものだが、まさか追い払った男が、猫を相手に飲んでいると

は考えもしなかったであろう。
                              了






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