波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

さまよい猫

2012-04-28 22:04:07 | ポエム




[さまよい猫]


これまでのような、変幻極まりない生き方ではなく、たとえば、あの蝸牛のように、一つの家にしがみつく、生き方を身につけていたら、こんなに死期を早めはしなかっただろうに。

さまよい猫よ。おまえはあまりに、気位が高過ぎたのだ。それで 自らをさえ信じられなくなり ほっつき回るようになった。
ゴミ箱からゴミ箱へ 路地から路地へ。あげくは、腐敗の街から腐臭の街へと。


夜の時間

2012-04-19 19:09:20 | ポエム




[夜の時間]


昼間の明るさより
夜のほうが永いと
思える不思議さ
何故か闇のほうが
安心して
寄り掛かれるような
何となく確実さを
保証してくれるような
そんな儚い思慕を
人は夜に寄せる


だから我々は
寢もやらで

語らい 
歌い 
愉しもうとする

テレビにも
終わりがなくなり
深夜の番組が音もなく
白々と放映されている






何処へ

2012-04-17 17:46:03 | ポエム





[何処へ]



カワセミは眠れぬ一夜を
枝の上から
水に映る月を見て過ごした

月には
普段見過ごしていたものが
絵文字のように
数式のように
くっきりと刻まれている

カワセミは謎解きでもするように
深い瞑想の中を
彷徨っていたが

夜が明けると
曙光の中に
鳥の姿はなかった

その日に限らず
以後カワセミを見たものはなかった
この山に限らず
隣の山でも
その先の山でも
見かけなかった

カワセミは故郷を離れて
どこへ行ったのだろう

あなたの中に

2012-04-08 17:51:21 | ポエム


[あなたの中に]



朝顔の 露に濡れてしっとり開く
美しい花びらは
弄れば弄るほど萎れていく
ダイヤは研けば研くほど
耀きをます

あなたはどちらが真に
美しいと思うだろう
いや 野暮な問いは止めておこう
だが これだけは言える
朝顔とダイヤ二つ加えても 

なお叶わないものがある
一瞬一瞬生きて耀き
しかも不滅なもの
それはあなたの中に
深くしまわれていて
未だ目覚めずにいるものだ



まきばの歌

2012-04-03 14:15:31 | 童話



[まきばの歌]



 まきばの上には、のんきそうに夏の雲が浮かんでいました。牛たちは、広々とした草の上で、あくびをしています。
 カケスの五郎は、山から飛んでくると、柵に留って歌いだしました。牛たちはカケスの五郎の歌を聴こうとして、寄って来ました。
 広いまきばの、あっちからもこっちからも集まってきたので、五郎の前は牛でいっぱいになりました。遠い牛は、歌なんか聴こえないのに、ほかの牛が寄って行くので、まねをして集まってくるのでした。

  もうもう牛さん のんきだね
  草を食べては 寝るばかり
  どこへ行っても 平気だよ
  柵の中なら 平気だよ
  山の熊さん 来ないから

 五郎がここまで歌うと、牛たちは調子を合わせて、
  もうもう 
 と鳴きました。中に調子の外れた声がありました。五郎は、何を言っているのかと、耳をすませました。すると、
「もう一度、歌ってよ」
 と言っているのでした。
「次は二番」
 と言って、五郎は歌を続けました。

  日が沈んだら サイロに帰る
  サイロは 牛のおうちだよ
  みんなならんで もうもうもう

 ここまでくると、牛たちも、
  もうもう
 と声を揃えて歌いました。でも、また調子の外れた声がしました。
「サイロは、わしらのおうちじゃないよ」
 と言っているのでした。
「それなら、牛さんのおうちはどれ?」
 と、五郎は聞きました。
「その隣の、低い屋根の家さ」
 と牛は言いました。サイロの隣には、なるほど低い家が建っていました。
「おいら、あれは鶏の家かと思っていた」
 と五郎は言いました。家の周りで遊んでいる鶏を、よく見るからです。
「鶏は、わしたちの家を間借りしてるだけさ」
 と、黒いところの多い牛が言いました。すると五郎は、歌いだしました。

  朝日がお山に のぞくころ
  一番どりが けけこっこー
  牛さんいやいや首を振り
  おいおい もっと寝かせろよ

 ここまで歌うと、また牛がもごもご言いました。五郎は耳をすませました。
「わしらは、そんな乱暴な口はきかないね。寝かせろよ、なんて」
 と、白いところの多い牛が言いました。
「それは、男の言葉だよ」
 と、別の牛が言いました。
 五郎は牛たちのおなかの下を見て、〈しまった〉と思いました。
みんな、大きなおっぱいをぶらぶらさせていたのです。
 五郎はあやまって、別の歌を歌いだしました。すると後ろにいた牛が、
「うもー」
 と鳴きました。五郎は歌うのをよして、
「何、そこの牛さん」
 と、聞きました。その牛は、ならんでいる牛の後ろから、頭だけ出して言いました。
「新しい歌じゃなく、さっきの歌を、初めからやってよ。わたし覚えたいから」
 五郎は、初めの歌が気に入られたと思うと、嬉しくなりました。
「じゃ、やるよ」
 と言って、ゆっくり歌いだしました。

  もうもう、牛さんのんきだね
  草を食べては 寝るばかり
  
 ここまで歌うと、牛たちは声を揃えて、

  もうもう もうさんのんけよね

 と歌いだしました。
「もうさんじゃなく、そこは牛さん」
 と、五郎は叫びました。
 このとき、向こうの柵で、ホオジロが、

  ちんちくりん ちゅんちゅん

 と歌いだしました。牛たちは、そちらに気をとられて、大きな耳をいっせいに向けました。でも、ホオジロは、歌をはじめたのではなく、子供たちを呼んでいるのでした。子供が三羽、親鳥の隣にやってくると、鳴き止んでしまいました。 
 五郎はまた、歌を教えにかかりましたが、牛たちは、どうしてか落着きがなくなりました。何頭かは、牛の家の方を向いて、
「うもー、うもー」
 と鳴くありさまです。
 そのうち、牛たちを呼ぶ鐘の音がしてきました。もう家に帰る時間になっていたのでした。お日さまも、すっかり傾いていました。
 牛たちは、
「もう、もう」
 と返事をしながら、続いて帰って行きました。クローバーやチモシーとは違う餌と、水を貰って、寝るだけなのです。

 五郎は、すっかり静かになったまきばの柵に留まって、ぼんやりしていました。山に帰ろうかと思いましたが、まだ少し早いようです。
 あちらこちら眺めていると、少し離れた柵の上に、ちょこんと、赤い麦わら帽子がかぶせてあるのに気がつきました。
 五郎はそこまで飛んで行きました。小さな、かわいらしい麦わら帽子です。きっと、遠足にきた女の子が、忘れていったものでしょう。
 五郎は、この帽子を柵にかけておくのは、もったいないと思いました。そうかといって、五郎がかぶるのには大きすぎます。狐にやっても、
「何だこんなもの、食えないじゃないか」
 と言って、破いてしまうでしょう。鳥にでもやれば、巣に敷いてしまうにちがいありません。
 いろいろ考えていると、いいことに思いつきました。五郎はさっそく、麦わら帽子をくわえて飛び立ちました。ちょうど風が出て、うまい具合に、帽子を運んでくれます。
 まきばの上を飛んで、サイロに来ると、屋根の上にとびのりました。そして、屋根のてっぺんに、帽子をかぶせてしまったのです。赤い屋根に、赤い麦わら帽子は、ぴったりでした。
 サイロを離れて見ると、丸い屋根に、帽子の頭が、ぴくりと飛び出ていて、牛のおっぱいにそっくりでした。
 そこで五郎は、こんな歌を歌いながら、山に帰ったのです。

  サイロが 帽子をかぶったら
  牛のおっぱい ぶーらぶら
  でも 乳首が一つでかわいそう
  もしも おいらが 子牛なら
  あれは おいらのおっぱいだ
           〈おわり〉





鞄の鳥

2012-04-02 16:42:45 | 散文




 [鞄の鳥]

   ☆

「乳房をみなぎらせて出かけて行く女」

朝な朝な、
女は乳房をぴんと張り詰めさせて出かけていった。
いったい女には、
乳を含ませる赤子がいないのだろうか。
もし乳飲み子がいたら、
あんなにふくよかな胸をして、
毎朝決まった時間に出ては行けないだろう。

通学の子供たちや通勤者が出払って、
静けさを取り戻した路地を、
ようやく自分の出番が来たとでもいうように、
颯爽と胸を張って歩いていく。
 
女よ、
いったい誰に、その乳房を与えに行くのだ。
新種の牛乳配達員でもあるかのように、
身を張って出掛けていく女。

   ☆

 アパートの二階の窓から路地を見下ろして、こんな詩を書いた学生は、今や卒業して社会人となり、その街を離れた。もう暢気に路地行くものを観察するどころではなく、社会の歯車の一つとなってせかせかと動き回るだけだった。
 時間に追われる生活を余儀なくされてみると、幻のように過ぎ去ったその頃のことが、懐かしくも切なくも想い出されるようになった。
 かつて雀たちは屋根や軒を伝って賑やかに囀っていた。
 雀は今も、朝の爽やかな空気を羽根の一枚一枚に通わせて、軒から路地へ無心に飛び回り、跳ね回りしているだろう。
 路地を女が通る。乳房を漲らせ、風を切り颯爽と通り過ぎる。女に攪拌された風が、窓辺に漂ってくる。

 やるせない思いが昂じて、ついに彼は子雀になった。彼が子雀になった! 
 いたたまれず、びびっと翼を張って飛び降りると、女の乳房と乳房の間の窪みに身を伏せるように取り縋った。
 女は「あっ!」と叫んで、胸に飛び込んだものをもぎ取った。
 もしカブトムシとか、クワガタであったら、ひとたまりもなく路面に叩きつけていただろう。しかしそれは柔らかな羽毛に覆われた弾力に富む子雀だった。

 子雀は予期せぬ女の寛容さに、呆気に取られて嘴を開いた。女はその嘴を自分の口に運んで含み取ると、親指の腹で子雀の頭を撫で付けながら、言ったものだ。
「あなただったの。びっくりするじゃない。一体どうしたっていうの? お母さんにはぐれたのね」
 女は首をめぐらせて母雀を捜したが、雀たちはいても、それは日常の光景だった。女の手に握られた一介のサラリーマンである彼に、神経を研ぐ雀などいなかった。

 彼は女の鞄の中で、化粧道具の香にむせそうになりながら、今日の欠勤届をどうやって伝えたものかと考えていた。いっそ辞職願いにして、このまま籠の鳥、いや、鞄の鳥になってもいいような気がしていた。
    了




山人発見

2012-04-01 22:05:52 | 散文



 [山人発見]



 山また山を越えた草深い村里に、男がたった一人で庵を結んでいた。
 老人は死ぬなり、都会の病院に入るなりして、村にはいなくなり、若者は村を捨てていって、Uターンなどという現象は、この村に限ってなかった。
 そうやって一人だけ取り残された男は、見捨てられた農地の、地味豊かな処だけを摘み食いするようにして、農作物を植え、自給自足の生活をしていた。
 一人暮らしとあって、身だしなみもあったものでなく、ぼろ服をまとい、髭はのばし放題。日焼けした肌は荒れ、皺も寄っていたが、足腰はしっかりしており、まだ壮年の域にあるのかも知れなかった。

 男には都会への誘惑は起きなかったのか。それを問い質す者さえ村にはいないのである。たった一人の住人ともなれば、至極当然。
 学校はとうの昔に廃校となり、一日一往復のバスもストップした。それもまた当たり前の話である。

 さて、その山里の一軒家が火を噴いた。 
 火の不始末を注意する者もいなかったのだから、無理もない。男は慌てて火の見櫓を目指して駆け出した。
 人っ子一人いない谷間の村に、半鐘を響かせて、いったいどうするつもりだったのだろう。
 彼が生まれ落ちる前から建っていた火の見櫓に、慈母に寄せるような信頼があったのだろうか。

 かくして村里には、一軒の家もなくなった。数年前までは空き家がかろうじて建っていたが、豪雪の重みに堪えきれず、家の形をとどめ得ないほどに押し潰されていた。

 そのときから男は火の見櫓を常住の場と定めて、下りて来ようとはしなかった。村に一軒の家もなくなったとあれば、火の見櫓の務めも完了したわけで、家居としても何ら不都合はなかった。
 男は時に、双眼鏡のように掌を丸めて村を睥睨していたが、それを知っているのは、向かい合わせた山の樹に留まる鳶とか、火の見櫓の近くを飛び交う鳥だけだった。

 いや、これは正しい表現とはいえない。何故といって、上空を飛ぶ機の窓から、双眼鏡をあてがっていたカメラマンの私が、たまたま奇妙なまねをしている類人猿と思しき風体の男をとらえていたからである。
 私は飛行機の通過時刻と、地図と磁石とコンパスから、その場所を割り出し、探査の末に男を発見した。勿論接見して訊ねるの愚は避け、遠くより双眼鏡を頼りに、かかる男の心象を私なりに把握して、フイクション風にこの拙い掌編とした次第である。

                                   了