波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

カンナ

2015-06-18 14:40:09 | 散文詩



◇カンナ




あの年は

行く町行く町で

カンナが咲いていた

通り過ぎた青春が

ぶり返してくるみたいだった

煽るように鳥も鳴いていた

覗いたわけではないが

鳥の口の中も赤かった



その年を振り返ってみると

変わったことは何もなかった

赤いカンナそのものが

我が青春だったのだろう

電車のホームには

今もカンナが

燃え立って私を送り出している



  ◇

漂流鴎

2015-06-17 13:40:23 | 散文詩





漂流鴎




   散策者はある日 砂浜に打ち上げられている
   鴎の死骸を見つけた 
   波がくる度に弄ばれて 陸に上がるも 海に           
   戻るもできないでいる
   「おまえはいったい 陸がいいのか 海に
   帰りたいのか?」
   散策者は 鴎を手に取って尋ねる
   「私は 海でも陸でもなく 空に
    帰りたい」
   鴎は確かにそう言っている



   「おまえの気持は分かるが 神ならぬ俺に
   はどうすることも出来ぬ するとおまえは生
   前ろくなことをしてこなかつたのだな 
   それで天にあがれず 波間に漂い揺れていた
   というわけか 俺とて おまえに説教できる
   がらではないが……」

   散策者は 一枚の板切れを見つけると 鴎を
   横たえ 海原に押出してやる
   「俺に出来るのはこのくらいのものだ ここの砂
   浜で半分水につかって腐れていくよりは 思いっ
   きり 沖へ出てみるんだな 彼方の水平線では
   海と空は融けて一つになっている そこまで
   波に委ねて行ってみるんだな」



     ◇







ある飛翔

2015-06-15 01:16:30 | 散文詩
☆ある飛翔


少年の彼は ジヤンプ競技を見物していた
ジェット機の翼のように 腕を後方に反らせ
次々と大空に飛翔して行く姿を
自分の将来の夢に重ねて――

少年はその頃 考えていた
貿易商になって海外に雄飛し
やがて大金持ちになり 豪壮な邸宅に住もうと――

赤いヤッケのスキーヤーが
素晴らしいスピードで助走してきた
男は一気に空に飛び出し 前傾の体が
ぐいっぐいっと しゃくるように上昇して行った

と どうした弾みか
空中で失速し もんどり打って落ちてきた
このとき スキーヤーの懐中から飛び出したもの
それは夥しい数の硬貨だ!
(貧しい少年の目には 仰山な宝石に見えた)

硬貨は 雪原に反射する太陽に銀色に煌めきつつ
地上に吸取られていった

 ああ 金銀は天国に持ってはいけないんだ!

少年の目に 硬貨は特別なしるしとなって飛び込んできた

曲折はあったものの 
少年は神に仕える道を選んで宣教師になった


   ☆




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葉叢の偉大な力

2015-06-14 17:06:52 | 散文詩


[葉叢の偉大な力]



にわか雨を避けて 木立の下に入っていると

そこには妙な安らぎがあって

地面はまるで濡れていないのだ

葉叢は 大きな生き物が暴れているかのように

どよめき揺れ動いている

ささやかな葉の 一枚一枚の叢りが こんなにも

強大な力となって 雨の一滴も通さない

まるで御使いの軍団が駆け付けて

取るに足らぬひとりの人間を 必死に守ってくれ

ているかのようだ

ややあって 黒雲は通り過ぎ 振り仰ぐ人間の眼に

日の光が零れてくる

あの大雨を防ぎ止めたものたちとも思えないばか

りに鎮まって ざわめく陽を透かしている 


 ☆ 




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生ける宝石

2015-06-11 18:19:34 | 散文詩



☆生ける宝石


学校帰りの山径で 小鳥の巣を見つけたことがあった。
宝石のような卵が三個並んでいて 近くの樹から親鳥の監視を受けながら 
覗いて行った。
巣に立寄るのを日課にしているうち ついに卵が孵り 赤むくれの姿から 
小鳥らしくなっていくのが嬉しかった。
給食を残してきて与えたりしていると 雛はなついてきた。指の腹を噛まれ
たりすると これも愛の仕草かと思われた。
三日ばかり休日が続いて 巣に立寄ると きれいに巣立ちをしてしまっていた。

………あのときの喪失感。生ける宝石を失ったような こんなはずはないとい
う呆気なさ。
子供の彼も やがて学校を巣立ち 田舎を離れて何年も流れた。

そうして 何十年も過ごしてしまったが 呆気なく消えてしまった欠落の
思いは 体の奥深く残っていたようだ。
というのは この頃になって 三羽の小鳥が夜の夢に現われ しきりにガラス
戸をつついたりするからだ。 


   ☆



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雲の峰

2015-06-05 20:14:45 | 散文詩


★雲の峰



水平線に

雲の峰が立っている



雲の峰を指さし

ソフトクリームが欲しいと

以前 赤子は言った



うんと稼いで

あの子に

ソフトクリームを

食わせてやらねば



そう思い

海女は深く海に潜って行った


   ★

緑陰の椿事

2015-06-04 21:12:24 | 散文詩



★緑陰の椿事



プラタナスの緑陰に

乳母車を押して

颯爽と行く女がある

豊かな胸のあたりに

内外の視線を集めて



注釈すれば

内外の内とは乳母車の赤子の目であり

外とはそれ以外の

もろもろの視線ということになる



これは簡単なようでいて

誰にでもできることではない

女にとっても

おそらくこの夏に限っての椿事であろう

次の夏には

子どもは歩くようになり

乳母車はいらなくなる



女よ

若い母たる気概の女よ

美しい女よ

乳母車を押せ

眩しく木漏れ日の降るなかを

儚い時をはねのけ

悠久に向かって

限りない力で

乳母車を押せ


   ★




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草原の避暑地

2015-05-27 00:59:59 | 散文詩
★草原の避暑地


草原は 雲の遊び場くらいに考えていたら
雲の陰が 草原に生きる生き物たちの
避暑地のようになっていた

炎天下
遠くへ行けない子連れの鳥や
草原を根城とする小動物が
流れる雲の陰を慕って
移動してくる
緑陰に寄ってくる人のように


そんな中で
たとえば雨蛙などが
過激な行動に出て
雨もよいの雲とか
雷雨を呼ぶ声を挙げたり
しようものなら
~あんた 何やってるのよ!~
と雛を連れた母鳥に突っつかれるだろう
またこの時とばかりに両腕を高々と掲げたカマキリの
拳骨を食らうことになる

せっかくの安らぎの場を狐や鼬に気づかれ
彼らの餌場にされてはたまったものではない


       ★



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土筆

2015-05-12 23:29:49 | 散文詩

◇土筆

ひとりの婦人が

野道をやって来て

ふと足下に

土筆が三本

ひょろりと立っているのを見つけた



婦人は小腰をかがめると

土筆の上に手をかざして


~つくしちゃん あなたたちは 

大木にならなくてもいいのよ

そのままで~


と言った

婦人が立ち去った後

三本のつくしは

彼女の残り香を

胸一杯に吸い込んだ

言葉の通じない彼らに

皮膚を通して伝わってきたものがある

それが愛というものだった



   ◇

海に近い街

2015-05-10 15:10:03 | 散文詩




◇海に近い街


 海の近い街だと聞いて訪れても、実際は駅からずいぶん歩かなければならなかったり、一日歩いても辿り着けないこともあった。
 けれども、Kという街は、駅で電車を降りてすぐのところに、海が青く揺れていた。
 その出会いが感動的で、それからK街に度々出かけるようになった。電車で日帰りできる近さだったし、海を隠した他の街のように、裏切られる心配がなかった。
 こんなに単純に、海と隣り合った街も珍しい。


   ◇

野焼き

2015-05-10 14:54:25 | 散文詩
◇野焼き


野焼きをすると、鳥は羽ばたきも重く飛び立っていく。
あんなに飛びたつのに遅く、羽ばたきが重いのは、それだけこの場所に未練があったからだろう。
体が火と煙に焼けるぎりぎりまでねばっていて、逃げ出すのだ。
あの鳥はいったい、どんな想い出を置いていったのだろう。
生物にとって、地上は何と苦しみや悲しみで満ちているのだろう。それら不幸の総量となると、相当なはずなのに、それでも地球は規則正しく回っているのだ。つれないというのか、背後に隠された真理があって、つり合いが取れていると言うべきなのか。とにかく地球という球体は、そこに生きるものの悲しみや苦しみを、等閑にして回っている。そう思えてならない。
 不幸を量産する巨大な物体だ。地震、津波、洪水、火山の噴火… それら災害を見ると、特にそう思う。



   ◇

2015-05-02 09:38:26 | 散文詩



 ◇鞄 



すり切れた鞄を抱えた男が
鞄屋に入れば
鞄がどれも河馬のような口を開けて
男を呑込もうとする
こうなると
鞄の品定めをするどころではない
あたふたと鞄屋を飛び出し
逃亡者に成り変る

男の挙動に不審を感じて
鞄屋の追跡が始る
しばし後を付けて気づいたことには
男の手にあるのは
商品とはほど遠いすり切れた鞄一つ
それでは何故
あの男は逃げるのか
カバ、カバ、カバン
たった「ン」のあるなしで、
カバンがカバに変貌したなどと
信じて良いはずはない

だが、男の中には
かっと河馬が牙を剥いて大口を開いている
そこに落込んだら最期
熱い臭い息を吐出す焦熱地獄が待っている
一体いかなる潜在意識が、
男の底深く眠っているのか
乳児の頃、生母の背から大口の中に
填り込みそうになったのか。
手掛りを掴もうにも若死の母の記憶はなく
街を彷徨う身となった男に
時として
こんな馬鹿げた仕掛けの中から
沸々と恐怖が発酵してくる
カバ、カバ、カバン
その鞄屋が追ってくる
大口を開いて追ってくる


  ◇



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老鴎

2015-04-08 20:58:58 | 散文詩



 ◇老鴎 



 機関室の屋根に、一羽の老鴎が留っている。羽根は艶なくささくれて衰えは隠せないが、老漁

労長のように、充血の眼で、海原を見回すのは忘れない。魚群を発見するやいなや羽撃いて、海

面すれすれに旋回する。その場所に網を入れると、きまって魚が獲れた。そこから二、三尾が報

酬として与えられた。老鴎には、自分で魚を獲る力はなかったから。



 海が荒狂った日の翌朝、老鴎は姿を消していた。風は凪ぎ、澄みわたった高空にひっそりとジ

エツト機が浮んでいる。音もなく、小さく霞んで………

 それがジェット機などではなく、老鴎の雄姿であると知っているのは、老漁労長だけだった。

「おまえには、世話になったな。達者でやってくれ、俺もがんばっていくからな」

 彼は鉢巻き代わりにしていた手拭いを手に取り、鴎に向かって大きく振った。高空の機影なら

ぬ鳥影は、南へ進路をとり、間もなく、耀く蒼穹にのまれて消えた。




   ◇



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谷を渡る鶯

2015-03-30 14:28:48 | 散文詩



登山口を通る私に歩調を合わせるかのように、舌足らずな鳴き声の鶯がついてきた。
ケキョ、ケキョ、ケキョと、声は出しても、完全な鶯の唄にはならなかった。そのくせ
びびびびと、羽音だけは一人前で、登山道沿いの灌木の枝から枝へと飛び移っていた。
そのうち吊り橋に来て、鶯は山頂へ向かう道ではなく、谷の渓流の方へと降下していった。
 これ以上登山者に同伴するのを断念したらしい。というより、私を谷渡りの方向へ誘い込むような飛び方になっている。

 私を誘って谷渡りする鶯の声は、元気がなく、寂しそうだった。季節が早いというだけではない。どこか深いきずを負っているようだった。
 飛び方に異常はないから、心のきずなのだろう。他の鳥たちの好むそよ風の漂う丘とか、視界のきく高みには出てこようとせず、低い谷から谷へと、身を隠すように渡るだけなのだ。
 失恋の痛みか、死別か、心のきずは尋常なものではなさそうだった。
 せめて鳥でも動物でもない人間を味方につけて、気を紛らそうとしてみるが、人間である私は、登山道を上へ上へと登るだけなのだ。
 一度谷へ下った鶯に、登山道へ引き返して、再度人間を誘い込もうとする気力はなかった。やはり深くきずついているようだ。
 そこで私は、鶯を慰めるべく、二本の指を口にくわえ、力一杯に吹いた。私の指笛は思いがけないほど澄んだ音色となり、谷を渡って行った。谷渡りする鶯も顔負けするばかりの出来映えだった。
 ところが、傷心の鶯は、それきり声を潜めてしまった。いくら私が待っても鳴かないのだ。
 私は彼女を慰めたのか、逆にきずつけてしまったのか、それすら分からないままに、指笛を絶って山道を登って行った。
 山頂近くでは、別な鶯が何羽か、玲瓏とした声を響かせて鳴いていた。






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