埋まっていたもの

ちょっと前にパニック障害で大変だった時期があった。
今はもうほとんど大丈夫だけど、未だにできないこともいくつかある。
でも自分になにができて、何ができるのかを選び取って暮らせば、そんなに困ったりしない。
やりたい事も出来なくなったこともあるけど仕方ない。
子供たちを映画に連れて行ってあげることも出来なかったし、自分が行きたいコンサートもほとんど行けない。
防音室はやっぱり結構ハードルが高い。
一時期はそれに結構悲しんで無理したけど、もう今は無理してない。

新型コロナウィルスの影響でほとんど家にいるので、家で楽しめることを色々探していくうちに、
有名なアーティストさんたちが、YouTubeでライブを配信してくれていた。
好きなB'z、ミスチルのライブを楽しんで、久しぶりにコンサートに行けた気持ちになれました!!

Netflixも使えるようにして、映画もいくつか見れた。なんだ、もっと前に知っていればよかった。
私に出来なかった、映画館に行くこともライブに行くことも出来るようになったような感じがして
自由度が増した気分!

ライブも映画もこんな風に楽しませてもらえて感激。。。
日曜にみんなで見る時間の楽しさといったら!
ひとつ、もうできないって思ってたことが、叶う喜び。

埋めちゃった宝物を、誰かに持ってきてもらったようなかんじ。
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ほっぺで3割

在宅勤務が続いて、娘たちもずっと家にいる。
まあお互いストレスを感じてるのに、さらに土日はひろさんもいる。
そして動かずに食べ続ける。
コロナ以外の敵が多いし強いよー。

毎年、家族で近所の公園で夜にささやかに焼き鳥たべてお花見するのが、ここ何年かルーティンだったけれど、それも叶わなかった。
この「ルーティン」というの、私はけっこう気にする。
昨年はこうだったのにな、とか前と同じことをしたいと思う派。案外冒険しない派。
だから昨年できたことが今年できないということにストレスを感じる。
なかなか、諦めがつかない。物事によっては何年も引きづる。

閉じ込められ生活が続いてた長女、先日の夜ふらっと家を出ていった。
「散歩してくる」
そっかそっか、と思って仕事を終えて買い物にも行かずそのまま夕飯づくりに突入した。
ひろさんが帰るまでになんとかご飯の用意をしとけるようになったのは、在宅勤務のよいところのひとつ。
日が長くなって、夜になるのも遅くなってきたとはいえ、夜に出歩くのは心配だけど、、、。

そろそろ夕食ができるかもという頃、長女が帰ってきた。ひろさんもいっしょに。
おお、お父さんといっしょで良かったねというどころか
実はお父さんを駅までお迎えにいき、その足でファミチキを買い、ジュースも買い(買ってもらい、だ)、
お父さんとふたりでいつもの夜のお花見を、歩いてしてきたらしい。
「座ってお花見できないもんね」

長女もお花見がずっと気になってたんだな。
夜の香りといっしょに、はいお母さんのファミチキもあるよって、
ベッタベタになったコンビニ袋を差し出す色白の長女のほっぺが桜色で、
ああ、、今年もお花見した気分になれたかも。
ひとつ、やり残しが消えたようで嬉しかった。

ずっとさみしがりで、だけどカギっ子にしてきた長女と、在宅勤務でずっといっしょにいられるのはとても貴重でやり直す時間をもらえたような、ありがたい時間。
「ハグすると、不安が3割減るんだよ」と言って、ストレスに弱い私がいらいらしていると、ぎゅっとしてくれる長女。
どっちが親かわからなくなるけど、ぎゅっとしてくれる間、ちっちゃい頃と変わらない長女のにおいにホッとする。
3割、減ったよ。
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ランチ3人前

在宅勤務3週間目になりました。
最初はやりづらかったけど今は時間のとり方にも慣れて、リビングで仕事するのも問題なくなった。

娘たちも外出規制があるので、毎日毎日娘たちと3人で家で過ごす春。
ずっと仕事してきたから、春休みも夏休みも子どもだけで過ごしてきてもらってて、こんなふうに毎日3人でいるのは初めて。
最初のうちは毎日のお昼作るのが(朝昼晩ずっと作り続けるのが)しんどく感じたけど、これにも慣れてきて、みんなで食べるのが楽しい。

なにより1番変わったのは長女かな。自分では自覚なさそうだけど、毎日ぐーたらしてるのは変わらないんけど、気持ちに余裕が出来てきているように見える。
小さい頃からの「不在のさみしさ」をこの何日かで埋めきれるものではないけど、娘たちにとっても嬉しい春休みだといいな。

この非日常ながらも家族で過ごす時間が増えたことはありがたく、悪いことばかりじゃないなって思っている。

この春に手に入れたもの。
ほしかったエプロン、さっと3人前のお昼を作る腕前、朝ランの時間。
そして娘たちのほっとしたような、穏やかな表情。
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鹿島槍ヶ岳

父が突然他界して、20年が経ちました。
この20年で私は結婚し、出産し、母が犬を飼ったり、おじいちゃんも他界したり、家を建て直したり、弟も結婚したり、父が知らないあいだに色んな変化がありました。

スポーツが得意で特にサッカーはコーチングするくらい、スキーはカナダでヘリで山頂へ行き、滑り降りてくるほどの腕前のカッコいい父でした。
そんなスポーツ万能の父が鹿島槍スキー場で命を落として以来、しばらくの間「スキー」は我が家で禁忌とされたけど、落ち着いてからは毎年12月29日には鹿島槍でスキーをするのが私の恒例行事。

ひろさんと行ったり、家族みんなで行ったり、スキー大好きな次女と2人で行ったり、毎年毎年命日は「父と滑る」ような気持ちでスキーを楽しんできました。

今年はとうとう思春期の娘たちは同行しなくなり、生まれて初めての一人スキー!
今年は雪が少なくて、残念ながら父が倒れたポイントまで行けず、近いところまで行ってお線香を焚いて手を合わせました。
青空にくっきりと白く分ける爺ヶ岳から鹿島槍ヶ岳の稜線を目近にみて、おおお、と何回もため息が出そうな雄大な風景のなかに、ひとりぽつんと雪の上に座ります。
こんなに晴れたら日焼けしちゃうな。。

突然死というのは本当に残された者には「なぜどうして」という気持ちがなかなか癒えることがなくて、いつまでも私たち家族は「いつかお父さんが帰ってくるんじゃないか」というちょっとした期待を持ったような感じのまま過ごしています。

ひとりでリフトに乗り、ゲレンデを滑り降りるたくさんのスキーヤーを眺めながら、あの中にカッコよく滑る父もいるような気がして「なんでだろうなぁ」と思わず言葉が漏れた。
父がいればどうだったろう、なんて言ったろうと思う瞬間が、この20年の間に何回もありました。
大震災のときは激しく揺れた建物内でつい「おとうさーん!」てたすけを呼んでしまったり。
色んな場面で父不在のまま決めてきたことを、空でどう思ってるのかな。

今日の鹿島槍は晴天で、雪さえあれば多くのスキーヤーで賑わったでしょうに、雪不足でゲレンデが2面しかなくちょっと残念でした。
それでも今年もここに来れて良かった。昨年は身体壊してスキー出来なかったから2年ぶりの鹿島槍。
出来ることならこの先も毎年毎年滑りに来たいと思います。
父との思い出に触れに。

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しみこむ



ひじきの煮物、今回作ってみた組み合わせがなかなか良かった。
ひじき、にんじん、糸こんにゃく、鶏なん骨。
味がよくしみ込むうえに、鶏なん骨の適度な油とコリコリが、時間が経つほどおいしい。
味付けはビミサン。

朝ごはんの時、テレビみてゆっくりしていたら次女が
「お母さん、だいじょうぶ?」
とのぞき込んできた。
はて、何かまた忘れていたっけ?と思っていると
「ぐあい悪いのかとおもって。お母さん鶏レバー食べてるから」

たしかに少し貧血気味かもと、鶏レバーの甘辛煮も食べてたんだけど、そんなふうにわたしの朝ごはんを気にかけてくれていたとは。
朝はただスマホでゲームしながら紙兎ロペ見てるだけかと思ってたのに、次女の気づかいはとても嬉しかった。

ほっこりしたよい朝だと思ったのもつかの間で、
先に出た長女から、定期券Suicaがない!とLINEがきた。
どこにあるのかもわからない、らしい。
部屋は探す気になれないなと思っていたら、運よく洗濯かごの中から見つかったので、鷲掴みにして
もちろんまだスッピンのうえ髪も結わず、さらには上半身はパジャマかなという格好のまま、裸足でランニングシューズを履いて駅までダッシュ!
10月というのに暑い朝。
遅刻して単位落としたら大変、とすごく慌てたのに
駅から来た長女は、片手にスマホいじりながらのんびり歩いてきた。

のんびり屋「あ、来てくれたぁ\(^o^)/」

そ っ ち が 走 っ て こ い !!

一瞬イラッとしたけど、なんか長女の「来てくれたぁ」ていうことばに
10年以上も前になるのに保育園のお迎えのときの長女を思い出して、なんだかほっこりしてしまった。
いやほっこりしたけど、また家まで全力短距離走で帰ったんだけど。

三つ子の魂、百まで。
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