スウェーデンの今
スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員
 



今年9月上旬にノルウェーを訪ね、1986年のチェルノブイリ原発事故で高い濃度の放射性物質が降下した2つの地域を訪ねた。

【前回の記事】
2014-10-24: 9月のノルウェー農業視察(その1)

これらの地域は丘陵・山岳地帯であり、土地が非常に痩せているので、有効な活用の仕方として歴史的に牛・羊・ヤギ・トナカイの放牧が行われてきた地域である。チェルノブイリ原発事故にともない土壌や牧草が放射性セシウムで汚染されたため、1986年はこの地域で生産されたほとんどの畜産・酪農品(牛肉、牛乳、羊肉、ヤギ乳、トナカイ肉)が廃棄処分になった。その後、様々な対策が試行錯誤の中で実行され、効果が上がったものはその後も続け、また、その効果を最大にするための実験が行われていった。

ノルウェーで実際に取られた主な対策は以下のようにまとめられる。(スウェーデンにおけるチェルノブイリ事故後の反省・経験をまとめた報告書を、2012年1月に『スウェーデンは放射能汚染からどう社会をまもっているのか』として翻訳出版したが、そこで紹介されている対策とよく似ている)

○ 飼料や岩塩へのプルシアンブルーの添加
・牛、羊、ヤギの飼育において

○ プルシアンブルーを含む胃タブレットの投与
・牛、羊、ヤギの第二胃に投与。放牧期間中の数ヶ月間、効果が持続(しない場合もあり、いかに効果を放牧期の終わりまで持続させるかが課題)。

○ 牧草栽培地での耕起とカリウム肥料の撒布
・秋から春にかけて家畜に食べさせるための牧草の栽培における対策。

○ 生体検査
・羊とトナカイを屠殺前に生きた状態でセンサーを当て、肉のセシウム濃度を測定。流通基準値を下回ったもののみを屠殺。

○ クリーンフィード
・生体検査で基準値を上回ったものは、その後、汚染の少ない飼料を一定期間、与えることで肉のセシウム濃度を減らした上で屠殺する。物理学的半減期と比べて、生物学的半減期はずっと短いことを利用している。

○ トナカイの屠殺の時期を冬から秋にずらす
・トナカイは放牧飼育であり、通常は冬になってから屠殺し、肉として販売するものの、秋に放牧地に生えてくる大量のキノコをトナカイが食べてしまい、セシウム濃度が秋の間に上昇するので、キノコのシーズンが始まる前に屠殺する。ただ、そうするとトナカイに肉がまだ付ききっていない状態での屠殺となるので、経済的価値は減少してしまう。

◯ 農家に対する経済的補償
以上の様々な対策には費用が掛かるが、農家がその経済的な負担を負うことが無いように追加費用はすべて国が肩代わりする。トナカイにしても、クリーンフィードの費用はもちろんのこと、秋の屠殺のために肉の量が少なく、そのために発生する経済的損失については国が補填している。ただし、これはあくまで経済面での負担であり、対策のために費やす追加的な時間や労力についてまでは補償されない。また、補償されるのは、国が認めた流通基準値を超えないようにするための対策に対してであって、それよりもさらにセシウム値を下げようと農家が自主的に講じる対策に対しては基本的に補償されない。


羊の生体検査


プルシアンブルーが既に添加された配合飼料(黄色の袋に入ったもの。その外側にあるのは通常の配合飼料。プルシアンブルー入りは若干、灰色)


プルシアンブルーが添加された岩塩(家畜のナトリウム補給に。通常は白色)


※ ※ ※ ※ ※


ノルウェーはスウェーデンに同様、少ない人口の割に国土は広大な国であり、今回の視察でも丘陵地や高原地帯を毎日、車で長時間移動。日によっては、要所々々で視察をしながら一日500km移動したこともあった。しかも、移動手段は運転手付きの貸切バスでも貸切タクシーでもなく、ノルウェー放射線防護庁の職員二人が2台のレンタカーを借り、自ら運転するという節約ぶり(笑)。

訪問先ではいろいろな農家(トナカイ、羊、ヤギ、牛)の人から説明を聞き、移動中は2台それぞれの車の中で、ノルウェー放射線防護庁の職員(兼 運転手)と福島の農家や住民が盛んに議論。

いろいろな議論をしたが、日本の行政による対応とノルウェーのそれとを比較する上で、重要な点は次の2点だと感じた。


○ 意味のない基準

ノルウェーの畜産・酪農の現場で行われた対策は上に挙げた通りだが、これらの対策は、最終製品におけるセシウム濃度を流通基準値以内に抑えることを目的としている。流通基準値を満たしているかどうかの検査も、最終製品だけを対象としている(すでに説明したように、羊・トナカイに関しては屠殺前の段階で生体検査を行ってチェックすることで、せっかく屠殺しても基準値超えで廃棄処分にせざるをえないような状況を防いでいる)。

これに対し、日本では本来は最終製品に対して決められた流通基準(1kgあたり100Bq)が、家畜に与える牧草にも適用されているし、牧草地に散布する家畜の糞尿(堆肥)にも適用されているという。つまり、100Bq/kgを超える堆肥は肥料として使えないし、100Bq/kgを超える牧草は家畜に与えてはいけない、ということになっているのである。

もし、
糞尿(堆肥)→ 土壌 → 牧草 → 家畜 → 最終製品(肉・乳)

というプロセスのそれぞれのステップにおいて移行係数がすべて1であるのであれば、最終製品に対する基準と同じ基準を、それぞれのステップにおいて適用するのは意味があるかもしれないが、実際にはそのようなことはない。

農地の耕起の仕方土壌のカリウム濃度によって、土壌 → 牧草 への移行は大きく異なるし、牧草 → 家畜 →最終製品 への移行も、家畜や製品の種類によって異なるし、飼料にプルシアンブルーを添加することで大幅に減少させることも可能である。

つまり、農地に撒布する糞尿のセシウム濃度が基準値をはるかに超えていても、それよりも汚染の少ない牧草を栽培することは可能だし、仮に、この牧草のセシウム濃度も基準値を大きく超えていたとしても、最終製品ではセシウム濃度を基準値以下に抑えることは十分に可能である。

しかし、日本では糞尿や牧草にまで、最終製品と同じ基準値を適用しているばかりに、本来なら十分に堆肥として使える糞尿や、飼料として使える牧草が、廃棄物として処分されているのである。これほど非科学的で馬鹿げたことはない、というのはノルウェー放射線防護庁の人の率直な感想であるし、私もそのとおりだと思う。

「ノルウェーでは、放射性セシウムが降下した地域の牧場で出た糞尿はどこで処分したのか?」という質問は、私が2012年にノルウェーを視察した後に日本の方から頂いたが、「ノルウェーではそのまま農地に戻す」というのがその問に対する答えである。通常通り、肥料として使うが、その際に農地をしっかりと耕して、セシウムが土中の粘土鉱物に吸着しやすくしたり、カリウム肥料を散布することでセシウムが植物に移行するのを抑えている。既に触れたとおり、家畜には牧草と一緒にプルシアンブルー入りの配合飼料を与えることで体内でのセシウム吸収を妨げている。

もちろん、糞尿のセシウム濃度が極度に高く、どんな対策を講じても最終製品が基準値をオーバーしてしまうような場合には、糞尿にも何らかの基準値を設けることには正当性があるかもしれない。しかし、この場合も、糞尿から牧草、牧草から最終製品への移行係数をきちんと計測した上で、最も合理的な糞尿基準値を設けるべきであろう。すべて単一基準なんてありえない。


○ 行政と生産者の継続的な人間関係

日本の行政システムでは担当者が3年毎にかわってしまうが、これが様々な弊害を生んでいると思う。

・生産者との長期的な信頼関係を築けない。
・行政の担当者が、その分野のことをやっと理解できるようになった頃に異動がある。
・そのため、その分野の業務に取り組む際の意欲が低くなる。特に、結果が出るまでに長時間かかり、その頃には自分はもう異動しているようなプロジェクトに対するイニシアティブが低くなる。
・そもそも、その分野の専門性を持たないので、自分で判断できず、すべて「持ち帰って検討」となる。
・その結果、農家の人たちと向き合うというよりも、上司と向き合って、むしろ彼らの目を気にしながら業務をせざるを得ない。
・しかも、決定権を握っているその上司も3年毎に異動する人。自分がそのポストに就いている3年間に実績を残さなければ、次の移動でどこに飛ばされるかわからないから、業務において自分の「足跡」を残そうとする。前任者と同じことをしていては自分がリーダーシップを発揮したことにはならない。だから、思いつきで、それまでとは大きく異なる決定を下したりする。その結果、部下は現場への説明に追われるし、一番困るのはそれまでのやり方が突如として変えざるを得ない現場の生産者である。

(これは、あくまでStylizedした記述であり、これに当てはまらないケースももちろんあるが、大きな傾向は掴めていると思う)

2012年秋のノルウェー訪問でも、今回の視察でも、ノルウェー放射線防護庁の職員とこの問題点について長時間にわたって議論した。ノルウェーの行政職員の働き方はまさに「適材適所」である(同じことはスウェーデンにも当てはまる)。行政業務の専門性ごとに求人が出され、そのポジションには大学で関連分野を学んだ人材が応募してくる。そして、そのポジションがなくなるか、本人が自分から辞めたり、他の仕事をするために別のポジションに応募したり、転職しない限り、そのポジションで同じ分野の仕事に従事し続けられる。定期的な配置換えはないから仕事への取り組み方が違う。専門性に基づきながら、現場の農家の人と協議しながら「今、何が必要か」を自分で判断して、イニシアティブを発揮し、新たなプロジェクトを始めやすい。

実際のところ、2012年の視察では私たちをトナカイ・羊農家に案内してくれたノルウェー放射線防護庁の職員が、視察の後にその農家と雑談しながら、最近の世間話や牧場の家畜の様子について話をしていたが、その中で放射能汚染対策についての面白いアイデアが出てきて、農家の人と互いに意気投合しながら、今日は時間がないから、詳しい話は今度しようと約束して、その牧場を後にした光景を目撃した。この職員は大学でもその分野のことを学んでいるし、その分野の行政にも長年携わってきたので、今、何が必要かが判断できるし、自分の組織に持ち返ってからも周りの同僚や上司を説得しやすいだろうし、そもそも現場を回る職員にかなり多くの決定権が下りているケースも多い。もし、この職員が放射線防護とはほとんど関係のない、例えば、法学部卒の人間だったら、そのような判断ができただろうか?

放射線防護をめぐる行政活動には、もちろん、放射線防護の知識だけではなく、社会への影響や社会経済学的な分析をする能力、もしくは、心理やリスクコミュニケーションについての専門性、あるいは、トナカイ放牧をするサーミ人の文化継承についての理解、といった幅広い専門性が要求されから、「日本のようなジェネラリストを育てる制度のほうがよいのでは」という人がいるかもしれないが、いや違う。それぞれの専門性ごとに人を雇えば良いのである。大学でそのような専門分野を学んだ人はいるだろうに、実際の行政にはそれとは関係ない専門性を持つ職員(そもそも大学でちゃんと学んでいればの話だが)がそのポストに就いている、という「不適材不適所」が日本において様々な問題をもたらしているように思う。

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コメント
 
 
 
Unknown (中野多摩川)
2014-11-03 20:22:10
日本の基準のばかばかしさにあきれるばかりです。
日本の役所の仕事が「お役所仕事」として揶揄される一因を具体的に教えていただき有難いです。
公務員の贈収賄などを懸念するあまりの「3年ごと」の制度なのでしょうけど、それは別の方法でやるべきでしょう。まずは頼られる役所にしなければ。
 
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