スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

The Stockholm Solution (3)

2008-09-19 08:46:04 | スウェーデン・その他の経済
アメリカの金融危機が今ほど深刻化する以前の、今年春の段階で「The Stockholm Solution」という言葉がアメリカで聞かれ始め、1990年代初めのスウェーデンの金融危機について学ぶ動きがあったという。たとえば、当時、財務大臣をしていたルングレン氏(保守党)は今年の春にIMFに招かれ講演を行った。在ニューヨークのスウェーデン領事館も、NASDAQとの共催で「金融危機にどう対応するか-1990年代のスウェーデンの経験から」というタイトルのセミナーを開いたらしい。

また、アメリカ・クリーブランド連邦準備銀行は、スウェーデンの金融危機に関する調査報告書の中で、「危機は様々な要因によって引き起こされるものだが、問題解決をうまく行うための基本的な原則は共通したものだ。」と述べ、スウェーデンの経験から学ぶべき教訓を挙げている。


(1) 与野党の連携

危機の真っ只中にあった1991~1994年の期間に政権についていたのは、保守党(穏健党)を中心とする中道右派連立だった。それ以前の政権は社会民主党だったから、この連立政権はタイミング悪く、貧乏くじを引いてしまったわけだ。

しかし、危機に直面して、政府として積極的な行動が必要とされる時に、与野党がうまく連携することができたのである。それだけ逼迫した状況であり、危機を政争の道具にしている暇はない、と野党・社会民主党も感じていたのだろう(1980年代後半に政権についていたにもかかわらずバブルを放置した責任を感じていたため、との指摘もある)。

社会民主党の内部では、政敵である与党と手を結ぶことに反対する声があったそうだが、当時の党首カールソンはこう言ったという。「1994年の総選挙で政権を取り戻すのは私たち社会民主党だ。その時に、厄介な問題がいまだに山積みにされていても嫌だろう! それならば、今は与党と手を組んで、この危機をなるべく早く乗り越えようではないか。」(で、実際に94年総選挙で政権を取り戻している)


右から二人目がビルト首相(保守党)、右端がカールソン党首(社会民主党)

(2) 透明性

スウェーデン政府は、問題の深刻さにしろ、その性質にしろ、包み隠さすことなく世論に伝えたらしい。また、不良債権の価値も市場価格で評価するようにしたという。しかし、この透明性もリスクが伴うという。たとえば、世論にすべて伝えてしまうと、市場をパニック状態におとしめてしまう可能性もあるらしい。

(3) 臨機応変の措置

スウェーデン政府は、すべての預金者と債権者の保護をすばやく行った。それと同時に、破綻した銀行や不良債権を引き継いだりした。当時の財務大臣であったルングレン氏はこう言っている。「あたふたしながら時間を無駄に使っていては、問題を長期化させるだけだ。」

(4) 潤沢な資本の投入

政府は、危機の解決に必要とされる規模の公的資金を潤沢につぎこんだ。問題解決のためのコストが不明であったからだけではなく、最初に出し惜しみをして、その後、実はもっと必要になることが明らかになれば、金融市場を混乱させてしまう恐れがあったからだという。無限のコミットメントは、市場に対する信頼維持のために必要だった、と言われる。

(5) 政府による資産のコントロール

政府は、金融機関から不良債権を引き継ぐ際に、その不良債権が持つリスクと同等の資産を金融機関に差し出すように要求したという。そうすると、本当に窮地に陥った金融機関だけが、政府の支援を受けることに同意するため、セレクティブな救済活動をすることができたという。

(6) 危機に対する備え

これは、むしろスウェーデンが悪い例である。というのも、当時はそのような金融危機に対処するための法的枠組みが全く準備されておらず、また預金者を保護するための預金保険の制度すらなかった。だからこそ、なおさら積極的な政府介入が必要とされたのである。

(7) 柔軟性

危機は、それぞれ異なる性格を持っているのだから、どのような問題に対しても柔軟に対応できなければならない。ストックホルム商科大学のある教授が言っている。「You have to improvise at all points(どのような事柄においても、即興でアドリブができなければダメだ)」 もちろん、思慮分別なく何でもかんでも行き当たりばったりでやることではない。

私に言わせれば、スウェーデン社会の得意技は、まさにこの柔軟性に優る、という点と、プラグマティック(現実主義・実用主義)な思考ができる、という点だと思う。

金融危機の話から少し離れることになるが、あえて書くとすれば、日本でよく注目される高齢者福祉にしろ、年金改革にしろ、環境政策にしろ、スウェーデンの社会がこれらの課題に最初に取り組み始めた頃というのは、他に前例がなく、周りの国を見渡しても、お手本となるような解決策のモデルがほとんどなかった。つまり、他の国がまだ認識していない、もしくは経験していない問題に対する解決策を自分で探さなければならなかったのである。それを自分たちで成し遂げることができるか。それとも、他国の事例をいくら研究しても、それが実際の政策にいつまで経っても生かされないか。これが、スウェーデンと日本の大きな違いだと思う。


と、これまで「The Stockholm Solution」について書いてきたが、アメリカの雑誌がどのように伝えているかは、下のリンクで読むことができる。このブログを書く際にも、かなり参考にした。

Business Week (2008-03-13): ”The Stockholm Solution - Lessons from Sweden's response to its 1991 crisis”

National Journal (2008-06-21): “What We Can Learn From Sweden”

最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
とても良いシリーズでした (zajuji)
2008-09-19 09:59:41
The Stockholm Solution、毎回楽しみにしていました。日本がたどった道筋と比較すると、ホントにスウェーデンはカッコいいです。日本の場合、コントロールできるという幻想(護送船団方式)を持ってしまったので、柔軟性を失ったように思えますし、今度は全くコントロールできないと思い込んでいるように見えます(インフレに敏感過ぎる。これはスウェーデンでも問題化していると以前書かれてましたね)。

とてもためになる記事でした。わかりやすく、面白かったです。ありがとうございます。

二重投稿になっていたらゴメンナサイ。
返信する
Unknown (ryo)
2008-09-19 13:57:15
日本も宮沢喜一氏が、公的資金投入を
早い時期に発表したんですよね。

マスコミと社会党が大反対キャンペーンして
銀行員の給料は高いぞとか嫉妬心を煽ったり。

宮沢さんの構想は撤回され、日本経済は悲惨なことに
なりました。提言から実行まで5年ほどの
間に政権が変わったりして時間つぶしました。

こんどの総選挙で、また同じことになりそうで怖いですね
返信する
グッドタイミングな見事な分析 (小澤)
2008-09-20 11:49:00
Yoshiさん、こんにちは!

Stockholm Solution(3)のまとめは大変素晴らしいと思います。私がこの20年間書いたり、喋ってきた要点が7つに見事にまとめられています。そして何にも増してすばらしいのは最後の7行です。

これら7つの要点は、私の本「スウェーデンに学ぶ持続可能な社会」(朝日新聞社 2006年2月)で主張したことと見事に一致します。何とも嬉しいのはYoshiさんとはほとんど正反対の状況(Yoshiさんは若い学徒としてスウェーデンで生活し、スウェーデンの生の状況に触れながら、しかも私とは異なる分野を歩んできた)を過ごしてきたにもかかわらず、スウェーデン社会に対して同じような観察結果をシェアーできたことです。

日本とスウェーデンの相違を、私の言葉でまとめれば(私としては少々使い古した言葉ですが)、「治療志向の国(対策の国)」と予防志向の国(政策の国)であり、比較的新しい言葉でいえば「フォアキャスト的思考の国」と「バックキャスト的思考の国」と言えるでしょう。

それにしても、米国はスウェーデンに学び、日本は米国に学ぶ、そして、日本はスウェーデンのような小国は経済規模や人口があまりに違うのでスウェーデンを無視するというこれまでの思考形態を21世紀には改めたほうがよいのではないでしょうか。

私の手元に、Stockholm Solution(2)に紹介された「限界金利 500%」を報じる当時の新聞記事のクリッピングがありますので、ご参考までに、メールでお送りします。15年前の日本のマスメディアの反応の一端を確認することができるでしょう。


返信する
Unknown (Yoshi)
2008-09-23 15:55:04
コメント、ありがとうございます。
大変参考になりました。

日本の失敗については、(4)に書きましたが、政争の道具にされてしまい、積極的な対策に時間がかかったのは悲しい話です。
返信する
Unknown (Yoshi)
2008-09-23 16:01:10
小澤様

よく「スウェーデン・モデル」というと、労働政策とか社会保障制度だとか、個別の政策領域における具体的な政策モデルをさして議論されがちで、「スウェーデンモデルはもう存在しない」とか「崩壊の危機にある」などといった声が日本から聞こえます。

が、私はむしろ、様々な課題に対して、発想が柔軟であることや、プラグマティックな考え方ができ、そこから新しい政策が生まれ、実行される過程を「スウェーデン・モデル」と呼びたいと思っています。その点で、小澤さんの視点と共通していると思います。
返信する

コメントを投稿