スウェーデンの今
スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員
 



前回書いたように、日本の新聞記事を見る限りだと、審判員の判定が気に入らないからといって、キレてメダルを「投げ捨て」て、荘厳な表彰式のムードを台無しにした無礼者、と思われても仕方がないが、事の真相はもっと深刻なようである。

というのも、レスリング界に蔓延していると言われる「八百長」疑惑を真剣に指摘する声があるからなのだ。

以下では、この試合後にスウェーデンの新聞やテレビで伝えられた選手本人や監督の声、そして、スポーツ・コメンテーターの声などをもとにまとめてみます。もちろん、判定負けした選手やそれを取り巻くスウェーデンのスポーツ関係者の「負け犬の遠吠え」と判断することも可能でしょう。それは、お読みになる皆さん自身の判断に任せます。
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第2ラウンド後に主審が突如として発したイタリア選手の勝利宣言に対しては、スウェーデンの選手であるAra Abrahamian(アラ・アブラハミアン)だけでなく、彼の監督やレスリングのスウェーデン・ナショナルチームの代表もすぐさま抗議を行った。通常であれば、不可解な判定に対して異議が申し立てられた場合は、ビデオ録画による検証が行われるのだが、審判陣はAbrahamianが犯した不正行為を指摘し、検証の要求を却下してしまった。


写真の出典:Aftonbladet

スウェーデン側は納得が全くいかない、として抗議を続け、ついにはスウェーデン五輪委員会までもが加わって、国際レスリング協会(Fila)に対して、文書による異議申し立てを行った。しかし、Filaの代表は、審判陣による最終判断が既になされた以上、申し立ては受け取れない、と拒んだ。それでも、スウェーデン側にとって救いだったのは、Filaの代表がビデオ録画を一緒に見ることに応じてくれたことだった。

しかし、ビデオ録画を見るにつれ、審判陣が当初指摘していたスウェーデン選手Ara Abrahamianのミスには根拠がないことが明らかになった。しかも、巻き戻しして再び見て明らかになったのは、対戦相手であるイタリア選手のほうがむしろ減点行為を行っていたことだったのである。

その事実を目の当たりにしたFilaの代表は、顔を赤らめながらも、その怒りを逆にスウェーデン関係者にぶつけた。そして、叫びながらその場を後にし、スウェーデン側とのコミュニケーションをそれ以来、一切絶ってしまったという。

スウェーデン選手Ara Abrahamianにしろ、レスリングのスウェーデン・ナショナルチームの代表にしろ、国際レスリング協会(Fila)の背後には、イタリア選手にどうしても金を取らせよう、という暗黙の合意があったのではないか、と見ている。例えば、Abrahamianが言うには、顔の傷(彼はその前の大会で顔を切るケガを負っていた)から血がマットに落ちるたびに、審判が試合を止め、医療班を呼んだり、マットの血を拭いたりしたのだが、その時間があまりに長かったという。つまり、力で劣る対戦相手に回復の時間を与えていたのではないか、と彼は疑っているのである。また、試合中に自分の些細なミスを審判が大きく取り上げる一方、相手のミスは見逃されていることにも気づき「なるほど。この戦い、一筋縄ではいかない」と考えたと言っている。

また「これまでも、レスリング界が汚職にまみれているのをつくづく感じてきた。世界的な大会が行われるたびに、特定の選手に便宜を図るよう、誰かが影で糸を引いている傾向がこれまでもあった。」とも語っている。

レスリングのスウェーデン・ナショナルチームの代表も「審判陣は明らかにイタリア選手の側についていた。」と発言している。

さらに、スウェーデン五輪委員会の副代表も「30年にわたってスポーツに携わってきたが、ある選手がここまで酷い仕打ちを受けるのを目にしたのは、これが初めてだ。審判陣はビデオ録画による検証を行って、判断を下すべきだった」とコメントしている。

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準決勝で「負け」を言い渡されたものの、納得がいかないAra Abrahamian(アラ・アブラハミアン)。心にかすかに抱いていた「八百長判定」の予感が、現実のものになったことを実感したのだろう。異議申し立てを却下した審判陣に向かって「お前らはすべて、金に心を買われた哀れな奴らだ!」「金メダルの夢を奪おうとする泥棒野郎め! みんな地獄に落ちてしまえ!」と罵声を浴びせかけた。

その4時間後には3位決定戦が待ち構えていた。しかし、彼は燃え盛る怒りを抑えながら選手村に戻り、落胆のためにベッドの上で放心状態に陥っていた。3位決定戦には出るつもりはない、と心に決めていた。時間は刻一刻と過ぎて行く。会場のほうでは、彼がどこへ姿を消したのかと、騒ぎになり始めていた。

しかし、その頃、彼は自室において、ウクライナでレスリングの監督をしている幼年時代からの親友と電話で話していた。この友人はAbrahamian(アブラハミアン)が3位決定戦に挑むように必死に説得をした。しまいには、彼は泣き声になりながら、Abrahamian(アブラハミアン)を勇気づけたという。

その頃、スウェーデン五輪委員会の代表も、Abrahamian(アブラハミアン)が自室にこもっていることを聞きつけていた。そして、直接訪ねることにしたのだった。時間は16:35。3位決定戦までわずか25分。しかし、彼はまだベッドの上にいた。彼に「3位決定戦へ行け」と命令しても無駄だと悟った五輪委員会の代表は、代わりに一言、こう言った。「会場へ行って、世界最強のレスリングを見せてやったらどうだ!」

Abrahamian(アブラハミアン)が会場の外に到着したのは16:48。試合のわずか12分前。3位決定戦では、圧倒的な強さでフランスの選手を打ち負かした。試合後には、会場に待ち構える記者団に対して再び、国際レスリング協会(Fila)の八百長疑惑を指摘し、批判した。そして、あの表彰式が続いた。

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スウェーデンのメディアやスポーツ・コメンテーターの話を聞いていても、彼の行動を批判する声はあまりない銅メダルを一つ失ったことをスウェーデン人として嘆くよりも、不透明な部分が以前から指摘されていたレスリング界と、その一掃に乗り気ではない国際レスリング協会(Fila)に批判の矛先を向けている。

あるスポーツ・コメンテーターの言葉:
「レスリングという昔ながらのスポーツは、本来なら力と技術と瞬発力で勝負されるものなのに、それがいつの間にか、分かりにくい判定が重要な役割を担う、受身的なスポーツへと様変わりしてしまった。「クソ」にまみれたこの傾向がさらに続くならば、レスリングは間違いなくオリンピック種目から外される羽目になるだろう。」

別のコメンテーターの言葉:
「彼は金メダルは勝ち取ることができなかったが、私の心は十分に勝ち取ることができた。」


表彰式で勇気ある抗議行動を取ったAbrahamian(アブラハミアン)に、私も拍手を送りたい。


コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
頑張って欲しい (マリオ)
2008-08-18 15:54:35
今は世界から批判を受けているかもしれませんが、
必ず世界中が彼の勝利を認める日が来ると信じています。
彼の正義感と勇気に感動しました。
 
 
 
オリンピック (おじぃ)
2008-08-19 00:29:25
彼は今後レスリングを続けるのか非常に複雑な心境です。

女子100m障害のスウェーデンの期待の星、スザンナ・カルルが準決勝で途中棄権したようです。残念です。スウェーデンのオリンピック関係雑誌の全ての表紙を独占していたのに・・・
 
 
 
五輪レスリングのスキャンダル (里の猫)
2008-08-19 06:32:04
5輪に興味はないけれど、今回のスキャンダルは本当にびっくりしました。日本の報道もちょっと舌足らずですね(朝日と読売にYasuさんのブログを見てください、と投書しようかと思いましたよ)。
前に冬のオリンピックでフィギュアスケートでスキャンダルがありましたね。はっきり覚えてないけど、カナダのペアが完璧だったのに、ロシアだかフランスだかのペアが優勝。調査されて、審査員が賄賂を貰っていたことを白状し、カナダの選手は特別賞を貰った。その後4年かけて、フィギュアは審査の方法を完全に作り直し、現在のようになったと覚えてます。
今回のレスリングは完全な証拠がないために、委員会はこの問題を取り上げないだろう、とか言っているのをラジオで聞きました。
今日、選手のアブラハミンは帰瑞。飛行場でみんなから賞賛されていました。
なお、スザンナ・カルルは準決勝で気が入りすぎ、最初のバーを倒し、彼女自身はそのままころんで脱却しました。棄権したのではありません。
とっても真っ直ぐで、かわいい女性でスウェーデン中の人気を集めていたので、今日はテレビでもラジオでも(明日はおそらく新聞でも)大きく取り上げられていました。
 
 
 
Unknown (Yoshi)
2008-08-21 08:53:26
皆さん、ありがとうございます。


>前に冬のオリンピックでフィギュアスケートでスキャンダルがありましたね。はっきり覚えてないけど、カナダのペアが完璧だったのに、ロシアだかフランスだかのペアが優勝。調査されて、審査員が賄賂を貰っていたことを白状し、カナダの選手は特別賞を貰った。その後4年かけて、フィギュアは審査の方法を完全に作り直し、現在のようになったと覚えてます。

次の記事として書きましたが、レスリングでもルールの見直しが行われるようですね。できれば、アブラハミアンの試合の審判陣に対する調査を行うべきだと思うのですが。
 
 
 
ありがとう!! (トトロ)
2008-08-24 02:47:31
私がもっとも知りたかったことがこちらに書いてありました。
すなわち「で、その判定は実際のところどうだったの?」ということです。

日本では「試合の検証」どころか試合シーンすら報道されません。
ネットで拾うこともできないのです。

これがとても不気味です。

オリンピック出場が掛かった世界選手権で、浜口京子がこれとまっっったく同じ扱いを受けました。
→抗議を無視し、審判がビデオ判定拒否
→試合後世界レスリング協会副会長(日本人)の抗議でビデオを見る
→「まったくの誤審=浜口勝利」と確認されるも「結果」は覆らず
(浜口は次のアジア選手権を勝ち抜き出場権を得ました)

ということがあったのに報道しない。
検証しない。
目にするのは表彰式のシーン、「メダルを投げ捨てた」などという表現です。

不気味です。どんな力が働いているのでしょう。
 
 
 
Unknown (Yoshi)
2008-08-26 16:28:40
浜口選手にたいする判定も、非常に不可解なものですね。誤審と認められても、結果を覆さない(せない)というのは、そういう規則があるのだとしても非常に残念な話ですね。

次のアジア選手権でいくら有利になっても、逃したメダルとは比べ物にならないですよね。

私も試合シーンをネットで探してみようと思いましたが、どうも国際五輪委員会が著作権の管理に躍起になっているみたいで、Youtubeなどでもほとんどないようです。(スウェーデンのテレビが放送した映像は、国内であれば見ることができますが)
 
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