スウェーデンの今
スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員
 



前回の続きで、1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故について。まず、事故後のヨーロッパ全土の汚染の度合いを示す地図。単位は1000ベクレル/m2



《スウェーデンにおける放射能汚染》

さて、スウェーデンにおける放射能汚染はどの程度だったのだろうか?

単位は1000ベクレル/m2。1986年9月19日時点の汚染度の推計。

チェルノブイリ事故後のセシウム-137による汚染は、ストックホルムやスウェーデン南部では2000ベクレル/m2だったのに対し、汚染が最もひどかったイェヴレ地域では10万ベクレル/m2だった。

放射性物質の主なものは、セシウム-137だけでなく、ヨウ素-131セシウム-134もあったが、この2つの物質の半減期がそれぞれ8日2年であるのに対し、セシウム-137は30年であるため、長期的にはこのセシウム-137による汚染が危惧され、監視の対象となった。ちなみに、上の地図ではセシウム-137しか示されていないが、事故直後はヨウ素-131も大量に存在し、放射能の濃度もこれ以上に高かったのだろう。


経過時間ごとの主な汚染物質の種類と体内への経路

ただ、地面に落下した放射性物質は、雨や川などによって徐々に移動していくので、汚染の濃度は半減期よりも早く減少していくようだ。ただ、土壌の質や地理的条件によって減り方は大きく異なる。チェルノブイリ事故の際に落下した放射性物質が現在、どの程度の濃度で地表に残っているかを示した地図は見当たらなかった。


≪外部被曝の量≫

まず、体外から受ける放射線、つまり外部被曝について。事故後に、スウェーデン各地では地上に落下した放射性物質の量が、事故直後における航空機によるサンプル収集や、その後の地上における土壌検査など様々な調査によって推計された。その結果、チェルノブイリ事故によって放出された放射能のために、事故から1年の間に1ミリシーベルト以上の放射線を受けた人口は約40000人、そのうち、2ミリシーベルト以上の放射線を受けた人の数は1000人弱だったという推測結果が出ている。一方、人口の大部分(7割)は最初の1年間に受けた放射線量が0.04ミリシーベルトに満たなかったという。


≪人体への蓄積≫

放射能が人体に与える影響は、外部被曝のほかにも汚染された食品を摂取することで放射性物質を体内に蓄積し、体内で放射線を被曝する内部被曝もある。スウェーデンの関係当局の調査によると、スウェーデン人の体内に蓄積されたセシウム-137の量は、チェルノブイリの事故から1年経ってから最大に達したという。とくにトナカイなど野生の肉などを食する頻度の高い人ほど、量が多かった。下の数字は、体重1kgあたりの量。
・トナカイ遊牧のサーメ人:1000ベクレル/kg
・放射性物質降下が激しかったイェヴレ地域の農業従事者:100ベクレル/kg
・それらの町の非農業従事者:50ベクレル/kg
・ストックホルムなどの都会に住む人:10ベクレル/kg


上のグラフは、それぞれのカテゴリーの人の蓄積の度合いを時系列で追っていったものだ。チェルノブイリ事故後に急激に増えたセシウム-137の量が20年かかって10分の1になっているのが分かる。セシウム-137の半減期が30年だから、それよりもかなり速い速度で体内の蓄積量が低下している。それだけ、地表の汚染度が減少しており、それに応じて食品経由で体内に入ってくる汚染物質が減少しているということだろうか?

ちなみに、60年代には核実験によって飛散した放射性物質によって、一時期は非常に高かったこともうかがえる。チェルノブイリ原発事故による放射能汚染は、核実験によるものよりもさらに酷かったと考えられるが、人体の汚染の度合いがその時とほぼ同じレベルだったということは、チェルノブイリ事故以降の様々な措置が一定の効果を持ったということであろう。


≪人体が受ける放射線の量は?≫

ベクレルは放射能の量を表しているのに対し、人体が受ける放射線の量はシーベルトで表される。

スウェーデン放射線防護庁の資料によると、体重70kgの人間の場合、体重1kgあたりのセシウム-137の蓄積量が1ベクレル(つまり体全体では70ベクレル)であったとすると、1年間に受ける放射線量は2.2マイクロシーベルトになるという。(セシウム-134の場合は、1ベクレル/kgあたり3.6マイクロシーベルト)

だから、先ほど示した体内に蓄積されたセシウム-137の濃度と関連づけるならば、

トナカイ遊牧のサーメ人
チェルノブイリ事故から1年後に蓄積量が体重1kgあたり1000ベクレル
→ その年に人体がセシウム-137から受けた放射線の量は2.2ミリシーベルト

イェヴレ地域の農業従事者
チェルノブイリ事故から1年後に蓄積量が体重1kgあたり100ベクレル
→ その年に人体がセシウム-137から受けた放射線の量は0.22ミリシーベルト

ストックホルムなどの町に住む人
チェルノブイリ事故から1年後に蓄積量が体重1kgあたり10ベクレル
→ その年に人体がセシウム-137から受ける放射線の量は0.022ミリシーベルト

となる。

ちなみに放射線防護庁の推計によると、チェルノブイリ事故から50年間に人々が内部被曝によって受ける放射線量の累計は次のグラフのようになるという。(セシウム-137セシウム-134による被曝の合計)


これらの数値を単純に50で割ると、1年あたりの被曝量は非常に小さなものとなる。しかし、先ほど見たように体内に蓄積される放射性セシウム-137の量が最初の数年間に非常に高く、それから徐々に減っていくことから分かるように、最初の数年間の被曝の量は50で割った平均値よりも非常に高いものとなる。先ほども見たように、トナカイ遊牧のサーメ人であれば、初年の被曝量だけで2.2ミリシーベルトとなる。

では、この2.2ミリシーベルトという値は、どれだけ危険なものだろうか?


≪年間何ミリシーベルまでなら安全なのか≫

スウェーデン政府は、放射線防護庁のアドバイスのもと、放射能で汚染された食料品を食べることによって人体が受ける放射線量年間の限度1ミリシーベルトと定めている。この水準は、妊婦や小さな子供にも適用されている。ただし、妊婦以外の大人であれば、1ミリシーベルトをたとえ上回ったとしても直ちに健康に危害が生じるというわけではなく、ずいぶん余裕をもって設定された許容限度だと、放射線防護庁は説明している。

だから、先ほど触れたトナカイ遊牧のサーメ人の場合、初年の放射線量が2.2ミリシーベルトだったということは、この1ミリシーベルトを上回っていることになる。しかし、その他の人のケースは、1ミリシーベルトを大きく下回っている。


≪スウェーデン当局が定めた食料品の放射能汚染の許容限度≫

チェルノブイリ事故直後のスウェーデンでは、放射能による国内の土壌の汚染が避けられない中、国内産の食料品に許容できる汚染の上限をどの水準に設定するかで激しい議論が続けられた。

4月26日にチェルノブイリ原発の事故が発生し、28日にスウェーデンでそれが発覚したわけだが、放射線防護庁はスウェーデンの食品安全性の監督機関である食品庁と協議を重ねた結果、5月2日に暫定的な許容限度を発表した。それによると、
国内産の食料品は、ヨウ素-131が2000ベクレル/kgセシウム-137が1000ベクレル/kg
輸入された食料品は、ヨウ素-131が5000ベクレル/kgセシウム-137が10000ベクレル/kg
(輸入品の許容限度のほうが高く設定されているのは、スウェーデン人の摂取量が国内産よりも少ないためだという)

それから2週間経った5月16日には、国内産・輸入品の区別を取り、すべての食料品に以下の許容限度を適用することとした。
ヨウ素-131が2000ベクレル/kg、セシウム-137が300ベクレル/kg

これらの数字は、事故後50年間における年間平均被曝量が1ミリシーベルト、また、そのうちのいくつかの年(おそらく事故直後の数年間)の年間被曝量が5ミリシーベルトを超えないように配慮して決定したものだと、放射線防護庁は説明している。

そして、翌年の1987年6月に最終的な決定を発表している。ただ、ヨウ素-131の基準は撤廃され、セシウム-137に限った許容限度のみとなっている。
・トナカイ・ヘラジカなどの野生動物の肉や湖沼に生息する淡水魚、野生のベリー、キノコ、木の実は1500ベクレル/kg
それ以外の食料品は300ベクレル/kg

放射線防護庁は、この数字は「日常生活で物を食べたり買い物をしたりする際に、含まれる放射線の高さについて心配することなく、安心して食することができる水準を反映したもの」と説明している。この許容限度は、今でも有効である。


≪EU当局が定めた食料品の放射能汚染の許容限度≫

ついでにEUが定めている基準を見てみよう。


スウェーデンが定めているセシウム-137に関する基準と比較すると、ずいぶん緩いものだということが分かる。子供向けの食品でも400ベクレル/kgと、スウェーデンの一般食料品の基準300ベクレル/kgを上回っている。一方、トナカイ・ヘラジカなどは「その他の食品」に該当するため、EUのほうが低く設定されている。

スウェーデン政府(正確に言えば食品庁)は、セシウム-137に関しては今後ともEUよりも厳しい基準を維持するとしている。一方、他の物質、例えばヨウ素-131などの基準はスウェーデンは独自に設けていないようだから、今後ヨーロッパで原発事故が発生した場合にはこのEUの基準をそのまま適用するのだろう。

≪安全性とリスクは各個人に判断させる余地を残す≫

これまで示してきたように、スウェーデン放射線防護庁は「食料品による内部被曝の上限は 年間1ミリシーベルト」と定め、それを達成するために食品庁「国内で販売できる食料品の汚染限度は、特定の食料品を除いて300ベクレル/kg」と規定している。

しかし興味深いことに、放射性防護庁や食品庁みずから「これはあくまで余裕を持って設定された目安に過ぎない」と強調し、野生の肉を好んで食べたい猟師や、キノコ狩りの好きな人、野生のベリーが好きな人、湖沼で釣った魚を食べたい釣り愛好家は、そのリスクを自分で判断しながら、国の規定を超えて摂取してもよい、と説明しているのである。そして、そのリスク判断を各個人が自分で行えるように、チェルノブイリ事故の後には、必要な情報やアドバイス、体に取り込む放射能を極力減らすための食べ方などが書かれた冊子を無料配布し情報提供を行ったのである。国が情報提供をしっかり行うという前提のもとでの自己責任ということであろう。


トナカイ、野生の食品、湖沼の魚をたくさん食べる人を
対象にした情報やアドバイスの冊子

その結果、実際に国の規定とは異なる判断を行って、多めに摂取した人もいただろうし、逆にさらなる予防的判断を行って、国の規定より厳しい基準を自分で課した人たちもいるだろう。たとえば、国内の乳業業界は、国の300ベクレル/kgという基準よりも10倍厳しい30ベクレル/kgという基準を自主的に設けて、それを下回る牛乳しか販売しないことにしたそうだ。

(以上は、スウェーデン放射線防護庁(現・放射線安全庁)や防衛研究所、食品庁などの資料にもとづいてまとめたもの)

こうして書くと、チェルノブイリ原発事故によってスウェーデンが受けた影響はあまり大きくなかった、というような印象を与えてしまうかもしれないが、実際にはスウェーデン政府が講じた、食品汚染を防ぐための対策は非常に大掛かりなものだった。そして、一部の地域では今でも続いている。次回はそれらの措置について。

<関連記事>
2011-04-19:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その1)
2011-04-27:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その2)

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2012年1月30日発売『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』


スウェーデンの防衛研究所が農業庁やスウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁と共同でまとめ、2002年に発行した「放射性物質が降下した際の食品生産について」という報告書の翻訳です。

チェルノブイリ原発事故のあとにスウェーデンが被った被害やその影響、農業・畜産分野で取られた対策や、放射能汚染を抑えるための実験、放射能に関する基礎知識、将来の事故に備えた災害対策の整備や、実際に事故が起きたときの対策の講じ方をまとめたものです。

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