スウェーデンの今
スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員
 



1986年のチェルノブイリ原発事故によって放出された放射能は、風に乗ってまずスウェーデン上空へ流れてきた。その時に運悪く雨が降っていた地域では、雨に混じって放射能が降下し、土壌を汚染することになった。今回と次回は、畜産業・農業における汚染対策について。

<これまでの記事>
2011-04-02: 発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故
2011-04-06: チェルノブイリ原発事故のあとのスウェーデン
2011-04-10: チェルノブイリ事故の際のスウェーデンにおける外部被曝

事故直後に降り注いだ雨によって、スウェーデンの一部の地域では農地や牧草、飼料が汚染された。何も対策を施さなければ、それを食べた家畜の肉や牛乳が汚染され、それがそのまま店頭に並ぶ恐れもあった。だから、迅速な対策が求められた。しかし、当時は原発事故による農業汚染への対策が不十分で、関係者や専門家も戸惑い、時として相反するアドバイスがなされるなど混乱もあった。


【畜産農家は・・・?】

チェルノブイリ事故(4月26日)による放射能汚染がスウェーデンで発覚した4月28日から5月初めにかけての最初の懸念は、冬のあいだ屋内で飼っていた家畜を外の牧草地に出してもよいかどうか、ということだった。

事故直後の時点ではまだ国内各地の汚染の程度が分からなかったため、スウェーデン放射能防護庁家畜を外に出さないようにと全国の農家に通達した。汚染された牧草を食べることによって家畜の肉が汚染されたり、特に牛乳が放射能に汚染されることを恐れてであった。

その後、放射性物質が舞い落ちた程度と分布が分かると、家畜の放牧禁止令汚染がひどかった地域のみで維持された。ここでは次第に、各農家が前年から用意していた干草が底をつくようになったため、汚染されていない干草が全国各地から農業組合を通じて5月から6月にかけてこの地域に運搬された。しかし、それでも700ほどの農家では干草の供給が不十分だったため、農家はやむなく家畜を外に出して、牧草地に生えている牧草を食べさせるという決断を行ってしまった。

一方、乳業業界は許容できる放射性セシウムの含有量を厳しく設定していた(30ベクレル/kg)ため、放牧させてしまった酪農農家は牛乳を買い取ってもらえず、その処分に困った。一つの処分法は、ミネラルの多い土壌からなる農地に撒いて廃棄することだった。放射線防護庁によると、セシウムはミネラルに吸着しやすいため、植物によるセシウムの吸収を抑えることができるためだという。

(注:スウェーデン政府(放射線防護庁と食品庁)は一般の食料品の汚染上限を300ベクレル/kgと定めたのに対し、乳業業界はそれよりもはるかに厳しい30ベクレル/kgという上限を設けていた)


農地に撒布される牛乳

さて、夏が終わり、牧草の刈り入れ時期が近づいてきた。農務庁が当初、酪農農家に送ったアドバイスは「牧草を刈り、それを牧草地の外に運んで廃棄せよ」というものだった。しかし、農家や農業組合はそれに異議を唱え、もっとよい方法があれば試したいと主張した。彼らが提案したのは、牧草を高めに刈り取ることで、地表に残る腐りかけた前年の牧草や、土壌が、刈り取った牧草に混入するのを防ぐことだった。試してみると、放射能をたくさん含むこれらの異物の混入が少なくなり、放射能汚染の度合いを抑えられることが分かったため、農家はむしろこの方法を採用し、牧草を刈り取った。牧草のうち汚染の許容基準を満たしたものはその年の冬に干草として家畜に与えられたようだが、汚染がひどかった地域では牧草の大部分が廃棄され、他の地域からの供給に頼ることになった。

また、食肉の汚染を防ぐために、屠殺の少なくとも数週間前からは汚染されていない飼料を与えるというアドバイスもなされた。さらに、飼料にはセシウムを吸着する添加物(ベントナイト粘土)を加え(体重1kgあたり0.5~2g)、胃腸からセシウムが家畜の体内に取り込まれないようにするなどのアドバイスもあった。

<ベントナイト粘土の添加による効果>

家畜は上から順番に、羊、豚、肉用鶏、卵用鶏(肉)、卵用鶏(卵)

この実験では、の飼料(干草)にはベントナイト粘土を10%含有させ、豚や鶏の飼料(穀類)にはベントナイト粘土を5%含有させて与えた場合に、肉や卵に含まれるセシウムの量がどれだけ変化するかを調べている。結果は右から2列目に、utan=加えない場合med=加えた場合として示されている(単位はベクレル/kg)。

これから分かるように、羊では86%、豚では65%減るのに対し、鶏では減少率が低くなることが分かる。

また、ここには示されていないものの、乳牛であればベントナイト粘土を飼料に加えることによって、牛乳に含まれるセシウムの量が最大80%減るという。

ベントナイト粘土のほかには、鉄の化合物であるプルシアンブルーもセシウムの体内吸収を抑える効果があるとか。


<屠殺に先駆けて汚染のない飼料に切り替える>

上のグラフは、40日間飼育して屠殺した鶏の胸肉に含まれるセシウムの量を比較したもの

Ⅰ:放射性セシウムに汚染された飼料(セシウムの量は400ベクレル/kg、以下同様)に、ベントナイト粘土を添加(5%)して飼育中ずっと与えた。
Ⅱ:放射性セシウムに汚染された飼料に、ベントナイト粘土を添加せずに、飼育中ずっと与えた。
Ⅲ:飼育の最初のうちは汚染された飼料(ベントナイト粘土なし)を与えるものの、屠殺の5日前から汚染されていない飼料に切り替えた。
Ⅳ:飼育の最初のうちは汚染された飼料(ベントナイト粘土なし)を与えるものの、屠殺の10日前から汚染されていない飼料に切り替えた。
Ⅴ:飼育の最初のうちは汚染された飼料(ベントナイト粘土なし)を与えるものの、屠殺の15日前から汚染されていない飼料に切り替えた。
Ⅵ:飼育の最初のうちは汚染された飼料(ベントナイト粘土なし)を与えるものの、屠殺の20日前から汚染されていない飼料に切り替えた。

なるほど、汚染度に大きな違いが見られる。

※ ※ お知らせ ※ ※


以上の出典は、スウェーデンの防衛研究所・農業庁・食品庁・放射線安全庁・農業大学が共同で2002年に発表した報告書『放射性物質が落下した場合の食品生産について』からですが、この邦訳が2012年1月30日に『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』というタイトルで発売されました。


スウェーデンの防衛研究所が農業庁やスウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁と共同でまとめ、2002年に発行した「放射性物質が降下した際の食品生産について」という報告書の翻訳です。

チェルノブイリ原発事故のあとにスウェーデンが被った被害やその影響、農業・畜産分野で取られた対策や、放射能汚染を抑えるための実験、放射能に関する基礎知識、将来の事故に備えた災害対策の整備や、実際に事故が起きたときの対策の講じ方をまとめたものです。

詳しくは、こちらをご覧ください。


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