スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

新刊案内:『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』

2012-02-02 00:31:12 | コラム
福島第一原発の事故が始まって以降、このブログではチェルノブイリ原発事故のあとにスウェーデンが被った被害やその影響、農業・畜産分野で取られた対策や、放射能汚染を抑えるための実験などについて紹介したが、この大部分はスウェーデンの防衛研究所が農業庁やスウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁が共同でまとめ、2002年に発行した『放射性物質が降下した際の食品生産について』という報告書からの抜粋であった。

2011-04-19:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その1)
2011-04-27:チェルノブイリ事故後にスウェーデンが取った汚染対策(その2)
2011-04-06:チェルノブイリ原発事故のあとのスウェーデン(← ただし、ここでは別の報告書も参考にしている)

ブログでは、その報告書の一部を紹介したわけだが、報告書そのものを訳して出版しないか、という企画を持ちかけられ、昨年の秋以降、その翻訳作業を行ってきた。そして、ついに完成することになった。


チラシはこちら

この報告書にまとめられているのは、まず、ブログに紹介したように実際の事故が起きた後の対策(農業・畜産業・トナカイ遊牧・酪農加工・食品加工)、そして、放射能に関する基礎知識、さらに、それ以上に強調されているのは、将来の事故に備えてどのような災害対策を整備しておき、実際に事故が起きたときには行政当局としてどのような側面を考慮に入れながら対策を講じていく必要があるか、という点である。

実際のところ、チェルノブイリ原発事故が起きたとき、スウェーデンでは十分な備えができておらず、事故がその発生から2日も経ってから明らかになった時には、既に国土の一部が比較的高い濃度の放射能で汚染されていた(被害が一番激しかったところで1平米あたり12万ベクレルとも、20万ベクレルとも言われる)。

2011-04-02:発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故

情報は混乱し、政府の行き当たりばったりの対応に、世論からは批判も相次いだりした。しかし、その失敗をきちんと事後評価し、その教訓を将来の原子力事故が起きた場合に生かそうとしている点は、大人の社会である。そして、一般の人向けにまとめられた報告書が本書である。

教訓は次の2点にまとめられる。
・万が一の場合にきちんと機能する事前警告・警報システムの確立
・必要とされる汚染対策を迅速に、効果的に実施できる防災組織の構築


特に、この後者に挙げられた「防災組織の構築」においては、スウェーデン社会を構成する様々な人々(市民・行政・農業従事者・その他の汚染対策に関わる人々)が平時から訓練を重ねるだけでなく、事故が起きた際に様々な判断を下す際の根拠となる情報や前提知識を事前に共有しておくことで、有事における協力関係を築きやすくなるし、対策の選択に対する理解も得られやすくなる、と報告書で指摘されている。(このあたりは、冷戦時における核戦争を想定した防災体制構築の経験が活用されているように感じる)

また、事故の際に原子炉の圧力容器内の圧力を下げるために、ベントを行うことを想定して、きちんとフィルター装置(水浴法)を取り付けることにも触れている(日本の原子炉には情けないことにこれが備え付けられていなかった)。

さらに、国内外の原子力事故によってスウェーデン国内に放射性物質が降下した際には、直ちに汚染度の測定を開始して随時集計し、降下からまず1日以内に放射線の線量率(単位:シーベルト/h)を示す大まかな線量率マップを作成・公表し、その後、ガンマ線分光計を援用しながら、数日後までには地表汚染度(単位:ベクレル)を示す汚染マップを作成・公表し、さらに、降下から4、5日後からは航空機を使った空からの測定を開始し、降下から1ヶ月以内より詳細な汚染マップを作成・公表する、といった汚染把握のための工程表が示されている。

本書は、スウェーデンに住む人々を対象にし、汚染対策の内容もスウェーデンの農業や畜産業を想定したものではあるが、私の願いとしては、日本の条件に適した同じような「実践マニュアル」が近い将来に日本でも作成されることである。本書を、そのための参考に是非していただきたいと思う。

※ ※ ※


現在、日本ではストレステストの評価が始まっており、その内容の良し悪しに注目が集まっている。このストレステストの評価次第で、現在停止中の原子炉の再稼動が妥当かどうかが決まるようだが、忘れないでほしいのは、仮にストレステスト自体は完璧なものであったとしても、それは原子炉の安全性の評価にすぎない。いくら安全だといっても事故のリスクはゼロにはできないのだから、原子炉の安全性の評価に加えて、事故が万が一にも起きてしまった場合に、どのような災害対策が準備され、周囲数十キロに居住する住民の避難や食料の確保のための詳細な計画が整備され、示される必要があるのではないだろうか。果たしてそのようなものが、各原発ごとに存在するのか? 再稼動、再稼動と言うのであれば、それをきちんと示す必要があると私は思う。

残念ながら、日本はいつまで経っても「少年の国」であって、原子力という高度に複雑で、大きなリスクをともなう技術を使いこなすのに必要なリスク管理の能力に欠ける、あるいは、その重要性を行政や電力会社側がしっかりと認識していないことは、福島原発の事故から明らかである。よって、それを使う資格がないように思う。

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8 コメント

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本当にありがとう (coj21)
2012-02-02 11:49:30
私もどんなに対策を施しても事故率0%にはできないと考える人間の一人だが私はその僅かな事故率を知ってあえて原発推進を唱える本物の原発推進派だ。事故が起きてから『原発事故なんて本当に発生するとは思わなかった』と言うような、似非原発推進派とは違う。だからこそこのような本が出版されたのは喜ぶべき事だ。だからこの本の出版に従事した貴殿を含む関係者にこの言葉を言いたい。


                                『ありがとう』


この本は、我が国の原発推進の礎になるだろう。この本の出版には本当に感謝する。
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Unknown (望月浩二)
2012-02-04 21:58:34
上記の「本当にありがとう (coj21)」というコメントは、本書を上梓した本当の意図を完全に誤解しているように思われます。ぜひ、訳者の一人の佐藤さんから一言伺いたく。このような低級な誤解は無視するのも一案ですが。
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Unknown (望月浩二)
2012-02-06 00:56:42
ドイツの連邦放射線保護庁(BfS)も似たような刊行物を出しています。親切なことに英訳版もあり、タイトルは:

SAFETY CODES AND GUIDES - TRANSLATIONS
Edition 11/08

Radiological Fundamentals for Decisions in Measures for the Protection of the Population against Accidental Releases of Radionuclides

of 27 October 2008

です。目次は:

1 Introduction
1.1 Fundamentals and purpose
1.2 Reference to international recommendations
1.3 Overview
2 Accident phases and exposure pathways
3 Health impacts of radiation exposure
3.1 Radiation effects: Stochastic effects
3.2 Radiation effects: Deterministic effects
3.3 Effects of irradiation during prenatal development
3.4 Dose concepts
4 Measures to protect the population
4.1 Measures and their effect
4.2 Principles for initiating measures in the event of an incident
4.3 Strategy for defining intervention reference levels
4.4 Intervention reference levels for initiating measures
4.4.1 General considerations
4.4.2 Sheltering
4.4.3 Intake of iodine tablets
4.4.4 Evacuation
4.4.5 Long-term resettlement
4.4.6 Temporary resettlement
4.4.7 Intervention in supplies of foodstuffs for the population
4.5 Derived reference levels
5 Decision making in the event of an incident
5.1 Influencing factors
5.2 Decision making
5.3 Methodological tools
6 Radiological protection of task personnel
7 Radiological protection of specific
occupational groups
Appendix:
Application of iodine tablets as iodine prophylaxis for the thyroid gland, Recommendation of the Commission on
Radiological Protection of June 2004

英語版全24頁を次のURLから無償ダウンロードできます:
http://p.tl/FkGt
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Unknown (望月浩二)
2012-02-06 01:02:06
上記のダウンロードURLが間違えていました。次が正しいです(確認済み):
http://p.tl/8aQb
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Unknown (Yoshi)
2012-02-08 09:58:28
ドイツ連邦放射線保護庁のドキュメント、ありがとうございました。やはり、チェルノブイリのときに被害を被った国々では、将来の新たな事故に備えた対策や情報・知識の整理がきちんとできているように感じます。
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Unknown (望月浩二)
2012-02-17 17:31:17
はい、同感です。そういった国々は、原発の深刻事故は起こりうるという認識から出発しています。だから当然、そうした準備を整えているのですね。ドイツ政府は、チェルノブイリ程度の事故が国内で起きた場合のがんによる死者の数の推定を1992年にすでに発表しています。それはそうと、佐藤さんたちが今回、訳出された本の原本はスウェーデン語ですか?
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Unknown (望月浩二)
2012-02-17 17:34:27
ドイツ政府は、上記のような内容を英訳でも発信しているのですが...。
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Unknown (Yoshi)
2012-02-17 17:53:39
スウェーデン語です。
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