Chimney角屋のClimbing log

基本的にはクライミングの日記ですが、ハイキング、マウンテンバイク、スキー、スノーボードなども登場するかも・・・。

小川山にルートを拓いてきました

2014-09-16 21:22:48 | フリークライミング

9月16日、小川山に行ってきました。今日は単独でルート開拓。って言うか、クラックを登ってきました。クラックが閉じてしまうセクションがあるのでボルトを1本打ってあります。

場所は「たぬき岩」。「自然薯」の左のカンテが取り付き。

私の頭の上に写っているクラックを登ります。

右の白い岩のルートは「とろろ」

 

写真中央のカンテから取り付き、カンテ左のクラックから凹角をまたぎ、左のハング上のクラックに移り、真上のクラックをひたすら登ります。

上部でさらに左のクラックに移り、テラスで終了します。

25mの長さがありハンドサイズのプロテクションは沢山あったほうが安心です。

岩の脆いところがあるので、ビレーヤーや下にいる人は注意が必要です。

 

ルート名は「ちぇいんじんぐこおなあ」

ヨセミテの「チェインジングコーナー」に申し訳ないので、書くときは必ずひらがなで。

グレードは5.10cです。

 

なお、途中で「自然薯」の終了点までで終わると「たんたんたぬき」5.10bです。

 

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この子たちこそ「世界文化遺産」

2014-09-10 00:54:32 | 日常

昨日、長野の実家に帰り、今朝早く実家を出て車で帰京しました。朝早かったので出来るだけ下道を使ってきたのですが、長野県の佐久平から内山峠を越え、下仁田、富岡、吉井を経由し、深谷のインターチェンジから高速道路に乗り帰京したのです。朝5時30分に実家を出て、品川の自宅に着いたのは10時半でした。

群馬県の下仁田を過ぎ、先だって「世界文化遺産」に登録された「富岡製糸工場跡」のある富岡に差し掛かろうとした時だったと思います。通勤時間帯で道路はのろのろ運転の状態だったのですが、ある信号のない横断歩道に差し掛かった時、セーラー服の二人の中学生(だと思う)がその横断歩道の左から右へと渡ろうとしていたのです。私は車を止め、その二人を渡らせました。二人は急いで横断歩道を渡り終えるとこちらを振り返り、髪の毛がブワーっと舞い上がるほど元気よく深々とお辞儀をして、「ありがとうございました」と言い、立ち去ったのでした。とてもさわやかで清々しい気持ちになりました。

運転をしているとついいらだったり「我先に」と言う気持ちになってしまうものですが、この後はやさしい気持ちで安全運転を心掛け帰宅することが出来ました。これは日本の交通事故を減少させます。

考えてみると、私が歩行者の時、横断歩道で車が止まってくれたときにこんな態度が取れるのでしょうか。心の中では「ありがとう」と思っても、こんなに素直に「ありがとうございました」なんて言えません。でも、「世の中を良くする」と言うことはこういうことなのだと思いました。

きっと世界の何処に行ってもこんな光景はめったに見られないでしょう。本当に素晴らしい文化だと思いました。富岡の彼女たちも「世界文化遺産」だと思うのです。「富岡製糸工場」を訪れる世界中の方に彼女たちを見てほしい。

 

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「クライマー パタゴニアの彼方へ」を見に行った

2014-09-03 00:52:35 | 山とクライミングの話

昨日9月1日。月曜日で、いつもなら山かクライミングに出かけているはずだが、天気も悪いし、会の集会日でもあるので、映画を見に行った。

「クライマー パタゴニアの彼方へ」と言うドキュメンタリー映画だ。アルパインクライマーなら、この映画が公開されていることくらいは知っているだろう。実際映画館に行ってみると、月曜日の真昼間にも関わらず、ほぼ満席。見渡してみると、まあクライミングには関係なさそうな人も半数以上いるけれど、クライマー注目の映画には違いない。何せ舞台が彼の有名な「マエストリ」の「コンプレッサールート」で、それをトライする「デイビット ラマ」自身も、撮影クルーがボルトを打ち足したことで批難を受け、ずいぶんと話題になった。その記録が映画となって公開されるのだから、クライミング界では注目されるはずではある。

登場する「ジム ブリッドウェル」の言葉だったか、「夢を持つな。信念を持て」と言っていたが、私なんか「信念」はなかったが「セロ・トーレ」は「夢」の山頂だった。本気でアルパインクライミングをやろうと思ったものなら、きっと「セロ・トーレ」を登ってみたいと思ったことがあるのではないだろうか。でもこの映画を見て、「ああ、自分には無理だったなあ」と諦めがついた。まあ時間的にも無理だが、チャンスを待つ忍耐が無理だ。本当に信念が無ければチャンスを待つことが出来ないだろう。

もちろんルート自体の難しさは伝わってきたが、映画で知ったのは、「コンプレッサールート」のボルトが一部撤去された直後にフリーで登ったのだと言うこと。ボルトが撤去されたのを知らされたラマの平然とした態度は演出なのか本心なのかと、穿った見方をしてはいけないのだろうけど、普通のクライマーならその時点で諦めるか、ボルトを打ち直すことを考えるのかもしれない。そしてボルトを撤去したチームも世間から猛烈に批難されていたのだと言うこと。これは私は分からない。彼らのしたことは「ラマ」のチームにとっては妨害だったかもしれないが、それを除外すれば全く間違ったことはしていないと、私は思う。

「ラマ」のすごさがテーマだったのだろうか。「セロ・トーレ」の厳しさがテーマだったのだろうか。それとも「アルパインクライミング」の魅力なのか。しかし私の関心ごとはアルパインクライミングのモラルだった。そして自信満々だった「ジム ブリッドウェル」が背中を向けて去っていく姿が一番印象的だった。

見に行って良かった。

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岳友の墓の前で

2014-08-24 01:22:12 | 山とクライミングの話

先日、岳友(先輩)のお墓を訪ねた。

ほとんど毎年と言っていいほど、山の仲間が山で命を無くしていく。しかし、自分の登山パーティーで亡くなったのは、この先輩だけだ。私は長年、毎週のように山やクライミングに出かけているが、「自分と一緒に行った仲間には、絶対事故に遭わせたくない」。そう思ってきた。しかし数年前のヨーロッパアルプスで、とうとう事故が起きてしまった。痛恨の1日だった。

私はこのことを忘れない。これからも登り続けて行く限り、私はこのことを忘れてはいけないのだと思う。もう自分の目の前で仲間が死んでいくのは見たくない。経験の無い方には分からないかもしれないが、ついさっきまで元気に楽しく一緒に山を登っていた仲間が、一瞬のうちに会話もできない、呼びかけにも答えない、そして動いてもくれない。もう永遠に、だ。こういう現実が自分の目の前にある。私は「この人の代わりに死にたい」とまで思った。だから「痛恨の1日」なのだ。出来ればその前の時間に戻りたい。戻ってやり直したい。でもそんな後悔は「後に絶たず」だ。

しかし、それからの数年間、私はそういう思いを活かしてきただろうか。全く十分ではない。やはり途中でその強い思いが薄れてきたしまう時があるのだ。そういう時にいい加減なことをやってしまう。でも毎年、この日にはあの強い思いに立ち返るために、先輩の墓を訪ねるのだ。私のようにクリスチャンには、墓をお参りするという考え方は無い。でも、ここに来るたび思いを新たに出来る。自分や山仲間の命を大切にしていくためにも、毎年ここを訪ねようと思う。

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月稜会、谷川岳で合宿

2014-08-19 22:31:35 | 無雪期山岳クライミング」

8月17日(日)から19日(火)にかけて、月稜会のメンバーで谷川山岳クライミングの合宿をしてきました。

今回はメンバーが11人。でも入山日と下山日にばらつきがあり、自由に出入りできるように、この暑い時期に谷川となりました。私は全体のリーダーでしたので、準備が大変。個人的には、山岳クライミングと言うのは、大人数の合宿という形にはそぐわないと思っているのですが、生きのいい新人が張り切っているので、「最後の御奉公」と引き受けました。でも11人の合宿で、それぞれがいろいろなルートに散るとなると、事故が起きないように、いろいろと気を配らなければならず、緊張もします。しかも私は会の備品がかりもやっていて、合宿の共同装備も準備しなくてはなりません。直前になって「参加したい」とか「参加できなくなった」と言うことの対応もあり、非常にめんどうな役割です。でもこれが「最後の御奉公」。もうこれが終わったら自由に登らせてもらおう。

17日に入山した私と新人二人。そして直前に参加可能になったベテラン女性2人。合計5人で「マチガ沢東南稜」に行きました。

この時期は雪渓の状態が悪く、「マチガ沢」はリスクの高い沢登りになります。

しかもこの日は雨降り。

 

上部には雪渓は無いのですが、皆アプローチシューズなので滑る。

雪の無いマチガ沢は、景色が違って見えるので、「東南稜」の取り付きを探しちゃいました。

東南稜に取り付くと、岩は海苔の佃煮でコーティングされているようで、非常に悪かった。

私は人生痛恨のA0をしてしまった。

 

「沖の耳」に出て「西黒尾根」を下り、降りましたが、今日中に一の倉沢にベースをおくことは断念。

 

翌朝、他の6人が到着して、皆で一の倉沢に入山。ホイール付きのキャリアで共同備品を運びます。

 

一の倉沢に共同備品をデポし、私と新人二人は幽の沢へ。「校右ルート」を目指します。

他のメンバーは「南稜」「中央カンテ」「変形チムニー」に分かれて登る予定。

幽の沢のカールボーデンを先行する新人2名。この日は始めは天気が良くて汗がだらだら。

 

最初のトラバースが分かりにくく、「右俣リンネ」を登ってしまい、懸垂で修正。

正しいルートに戻ってからは、行きのいい新人にリードさせた。

 

リードする新人君。登ることと基本的なシステムは合格点を上げられる。

でもまだルートの読みが出来ていない。これは経験。

「V字右ルート」は最後の草つきが非常に悪いし、「堅炭尾根」までも悪い。

「βルンゼ」を下る予定だったが、「中芝新道」の草がきれいに刈られていたので、もしかしたら下部も整備しなおされいるかと思い、

「中芝新道」を歩いて下った。しかし、下部は崩壊したままだった。ハイカーがこのトラップに引っかかったら危ない。

国道に出る前に夕立に捕まり、濡れ鼠になった。

 

夕立は夜9時近くまで止まず、テント泊は諦め、便所クサイ避難小屋に泊ることにした。

しかし、一の倉沢に入った3パーティーの内、2パーティーが増水のため下山不可能になってしまった。

その2パーティー6人は、「テールリッヂ」でビバークとなってしまった。

 

翌朝19日は晴天。

 

ビバークしたパーティーが「テールリッヂ」に見える。

私も途中まで迎えに行く。携帯でも連絡が取れなかったので、全員無事かどうか心配だった。

しかし、みな非常に元気で下って来た。安心した。

 

2日間でぐちょぐちょになった荷物を広げる。

 

泥のように眠るビバークから戻ったメンバー。

 

今日はこんなに天気がいいのに最終日はクライミングは中止。

 

残念だが、ロープウエーで「天神平」まで行き、ソフトクリームを食べて「高倉山」に登って来た。

新人二人はロープウエーは使わずに「田尻尾根」を走って往復しました。えらい!

 

計画通りには行かなかったが、無事で何より。無事に帰ってくることが一番大切なのだ。

それにみんなにとっていい経験になったはず。

さあこれからは私抜きでやってもらおう。

 

 

 

 

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今週も小川山

2014-08-11 22:52:54 | フリークライミング

8月11日(月)。今週も小川山です。

前日に耐風11号が過ぎ去り、良い天気を期待していたのですが、早朝まで雨が残りなかなか天気が回復してくれません。でも待っていればなんとか登れるだろうと、仮眠場所をのんびりと出発して廻り目平に入りました。私は「たぬき岩」に行きたかったのですが、乾きの早そうな屋根岩景に変更。

着いてみると岩の基部はびしょびしょ。雨は上がっているものの、なかなか太陽は顔を出してくれません。

今日は私を含めて4名。全て月稜会のメンバーでした。2パーティーに分かれて我々は「南稜レモンVar」へ。もう1パーティーは「南稜神奈川」へ。登っているうちに日が差してきたのでさっさと下り、「JMCCルート」を登りながら「トランキライザー」を偵察。降りてきてから「トランキライザー」にオンサイトトライ。終了点間際が非常に怖くて悪かったけれど、何とかオンサイト。他の3人は「JMCCルート」と「同志会ルート」を登っていました。

次に私がトライしたのは「メルトダウン ダイレクト」。なんだか原発事故を連想させるいやな名前です。簡単なスラブから実質的なスタート地点に立ち、そこからは終始極小カチでスラブを登ります。非常に悪い!ルートの半分を過ぎたころ、足がプルプルし始めて、自信が無くなってくる。しかし実質的な「あと1手」で足が滑り落ちてしまいました。やはり小川山のスラブは厳しい!簡単にはオンサイトさせてくれない。ロープにぶら下がってから登ってみたら、今度はホールドがはがれてフォール。でもホールドがはがれても全くグレードアップはしていませんので、次に登る方はご安心を・・・。そのあとにトップアウトしました。悔しいけれど、今日は登りなおす時間がありませんでした。

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今日の小川山

2014-07-28 23:53:21 | フリークライミング

7月28日(月)、小川山に行ってきました。

今日の目標は「とろろ」5.12a。前回ほぼオンサイトと言うところまで行って、ヌンチャクが足りず下ってしまった。今回はちゃんと登りなおすために行きました。

まずは「あみだ岩」の「ロトシックス」でマルチ。途中で岩がガチャガチャしたところや樹林を通過するが、1ピッチ目と最終ピッチは面白い。オールリードで登らせていただきました。1ピッチ目と2ピッチ目はつなげて登ってしまったのですが、ロープが非常に重くなり後悔しました。裏側に懸垂すると歩いて下れました。

「ロトシックス」の最終ピッチ。なかなかたのしいコーナークラックでした。

 

他にもアップがてらに登りたいルートはあったのですが、すぐに「とろろ」。本日1便目。前回のホールドなど、全て忘れていて、登れたところで落ちちゃいましたが、1フォールで上まで抜けました。その後大休止。

「とろろ」、もうすぐ終了点。

 

他のメンバーは、前回私がグランドアップで開拓した「チェインジングコーナー」5.10bを登っていました。

右のクラックからコーナー左のクラックに移るところが核心。

 

「自然薯」の右に、新しいルートが開拓されていましたので登ってみました。

長いルートでローワーダウンには、途中で結び変えが必要です。

下部は5.10aくらい。上部は5.10dくらいですが、長いので5.11bになっているのでしょう。

技術的な難しさはあまりありませんが充実していました。

もちろんオンサイト。

そのルートの下部です。画像は私ではありませんが。

 

最後に「とろろ」をもう1便出しましたが、レスト中にバランスを崩して落ちてしまうと言うミス。

もう登りなおす体力が残っていませんでしたので、本日はこれでおしまい。

 

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我が登山史12(山岳会に所属すると言うこと)

2014-07-26 01:27:07 | 山とクライミングの話

私は20代半ばで登山とクライミングをはじめ、山岳会に入会したのは38歳の時だった。

登山を始めたころ、山を歩くだけなら仲間は要らないと思っていたが、クライミングを始めてみると、単独では限界があり、ガイドをお願いした。でもいつもガイドをお願いしていたのではお金が続かないので、山岳会に入ろうと考えた。「月稜会」を知ったのは30歳のころだった。そのころ「月稜会」の連絡先は、新宿に有った「白樺スポーツ」の店員だった。私はそこを訪ねて行ったが、あいにく店員は留守だった。それから入会するまで8年もかかってしまったのだった。すぐにまた訪ねればよかったのに、なぜ8年もたってから入会したのかと言えば、それだけ山岳会の敷居が高かったのだろう。山岳会に入会するには、実績を積んでから、と考え「北岳バットレス単独」や「冬の石尊稜単独」などを行ってから会を訪ねることにした。意を決して月稜会の門をたたいてみると、全くそれまで考えていたような心配はなく、すんなり溶け込めたのであった。

それからは毎週の休みは山に費やすことが出来、「もっと早く山岳会に入っていればよかった」と思ったのだ。何しろ「月稜会」と言うのは、皆月曜休みだから、パートナー探しに苦労しない。山も岩も毎週のように登れる環境になった。ただ、そのころの「月稜会」は岩の停滞期で、実質的には先輩のSさんと私がリーダー的な存在になってしまった。ほとんどのクライミングはSさんと行った。その後、有望な新人が入会したり、今まで岩を諦めていた人が登り始めたりして、活気づいてきた。

しかし数年経過してみて、私はもっと刺激的なクライミングを求めるようになり、私よりも強いクライマーがいる会を求めた。そこで「チーム84」にも入会することにした。でも私のメインは「月稜会」である。なぜならば、この会の人間関係は、切っても切れないくらい絆が強くなってきてしまったからである。だから私は、「チーム84」で得た経験を「月稜会」にフィードバックしようと考え、両方の会に所属することに決めた。

両者は対照的な会である。「月稜会」はきちんとした会則を守り、堅実な会の運営を行い、それなりに縛りもある。しかし「チーム84」は会則もなく、全く自由な会である。それぞれ自立したクライマーが寄り集まって自由に山に行っている。それぞれに良さがあって、その両方に所属することによって、メリットは倍増する。

山岳会に所属すると言うことは、パートナーが見つかると言うこと以上に意味がある。もちろん、先輩の経験や知識や技術というものを吸収できるということも大きい意味だが、私の感じたことは、モチュベーションが保てることである。仲間が出来ることで刺激を受け、それが自分のモチュベーションにつながる。一人でもモチュベーションは保つことはできると思うが、やっぱりパートナーを探す労力や、出かける準備などでモチュベーションに支障をきたしてしまう。コンスタントに山に向かうなら、やっぱりいつも仲間がいたほうがいい。

私も山岳会の敷居が高いと感じていたほうだが、実際は高くない。迷っているなら、出来るだけ早く入会してみるのがいい。いやだったらやめればいいのだから。

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甲府幕岩フリークライミング

2014-07-24 00:56:52 | フリークライミング

7月22日(火)。甲府幕岩に行ってきました。今回は写真を1枚も取らなかったので画像なし。同行者2名。

出来れば「甲府の軟派師」5.12a/bをやりたかったのですが、梅雨明けしたと思われる今日の天気は、朝からカンカン照り。「甲府の軟派師」までのアプローチである「なべちゃん」5.8を登ったところで汗ダクダク。やめて木陰のルートばかりを登りました。登ったことのないルートばかりで数を稼ぐことにしました。

「動物がイッパイ」5.10b:オンサイト。みじかい。

「木の実がイッパイ」5.10c:オンサイト。さらにみじかい。

「シリコロカムイ」5.10d:ラインを間違えて右を登りすぎ、根性でクライムダウンしオンサイト。面白いルートだがライン取りが分かりにくいのが良くない。

「ジべリングス」5.11d:オンサイトトライでは、上部の細かいホールドを探りながら手順を組み立てる余裕がなく、オンサイトを逃す。下りながら手順を組み立てて2便でレッドポイント。素晴らしいルートでした。こういうルートをオンサイトしたい。

「秘密の岩園」5.10c:オンサイト。長くてムーブも面白い。独立性もあっていいルートです。

「エキセントリック・ヨシコ」5.10b:オンサイト。倒木が邪魔。みじかい。ムーブは面白い。

「ダダ」5.10b:オンサイト。これは面白い。ムーブもホールドもいいし、余計なホールドに騙されることなく、組み立てながら登れるジムナスティックなルート。

「コジマン」5.11a:登ったことがあるつもりだったが、同行者の回収便で登ってみたら、どうも初めての気がする。多分この日がオンサイト。見た感じでは楽しいルートに見えないが、登ってみるとなかなか面白い。でも、ホールドが細かく、組み立てながらオンサイトするのは、このグレードを目標にしているクライマーには難しいかも。

「ワイルドトットちゃん」5.10b/c:オンサイト。☆印は付いていないが、登ってみるとなかなか楽しい。

と言う訳で、今日もオンサイト祭になり、チャレンジ精神が足りませんでした。もうこの季節、甲府幕岩は木陰のルートしか登れませんね。

 

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我が登山史11(登れたグレードより登れるグレード)

2014-07-17 00:53:19 | 山とクライミングの話

私は山登りをしたかったのか、岩登りをしたかったのか。よくよく考えてみると、やりたかった山登りが岩を登る山登りだったんではないかと思う。そもそもそういうところを登るのが山登りだと思い込んで始めたんじゃないかと思う。「険しい岩場を登って山頂に立つ」と言う山登りをしたかったのだ。だから今でも岩を登るのなら上まで抜けたい。たとえば一の倉の岩場を登るのなら一の倉岳の山頂まで行きたい。岩を登るだけではないクライミング、山頂に立つためのクライミングをしたいのだ。

でも核心は岩場。だから上手に登れるようになりたい。山岳地帯でのクライミングは落ちないクライミングが基本だ。だから落ちないようにクライミング技術を伸ばしていくのだ。控蕕任△蹐Δ叉蕕任△蹐Δ、「自分はこんなところで落ちるわけはない」と言う自信と裏付けが欲しいのだ。大体体感では控蕕覆蕋機ィ隠隠瓩罵遒舛覆ぜ信。叉蕕覆蕋機ィ隠隠磴罵遒舛覆ぜ信が必要だ。そのためにはレッドポイントのグレードよりも、オンサイトのグレードを大切にする。オンサイトグレードというのは、人によってとらえ方が違うように思う。「オンサイト出来たグレード」と言う人もいるし、「オンサイト出来るグレード」ととらえる人もいる。私は後者の考えだ。つまり、落ちないで登る自信のあるグレードとうことになるだろう。

こういうクライミングを目指していくと、思い切った動きが苦手になってくる。いつでも確実に、丁寧に登る癖がついてくる。デッドポイントやランジなどはあまりやりたがらないし、保持できる自信のあるホールドでなければ諦めてしまう。でもそれでは上達出来ないのだ。だからしっかりしたボルトルートでは思い切ったクライミングを心掛けないといけない。落ちても大丈夫なところで、落ちながらクライミング技術を延ばしていく。それによってオンサイトグレードが上がってくると言う側面も大切にしなくてはいけないのだ。そういうフリークライミングをやっていない「本ちゃんクライマー」はいつまでたっても登れるようにならない。登れると分かっているルートにしか行けないのだ。登れると分かっているところだけ登っているのなら、それはクライマーではない。ハイカーと同じである。いくらハーネスをつけてロープを結んでいようと、登れるか登れないかわからないところにチャレンジしなかったら「クライマー」と呼ばれる資格がない。

近年の私は、山に雪のない時期はフリークライミングに絞っている。雪のある時期は出来るだけ山に入る。フリークライミングの技術を上達させながら雪山の本番に備えるパターンになっている。

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