平成25年12月度 広布唱題会の砌
於 総本山客殿
(大日蓮 平成26年1月号 第815号 転載)
皆さん、おはようございます。
本日は、十二月度の広布唱題会に当たり、多数の御参加、まことに御苦労さまでございます。
本年も既に十二月に入りましたが、皆様にはいよいよ信心強盛に自行化他の行業に御精進のことと存じます。
さて、既に皆様方には御承知の通り、先月十九日に御影堂大改修落慶大法要が、国内外の僧俗代表列席のもと、盛大かつ厳粛に奉修されました。
続いて、現在、落慶記念法要が奉修されておりますが、御影堂は末法の御本仏宗祖日蓮大聖人の御影を御安置奉る当山の中心伽藍であり、その御影堂が、このたび耐震性を備え、堅固にして壮麗に大改修されたことは、私どもといたしまして心からの喜びであります。
これもひとえに、国内外の僧俗御一同の真心からの尊い浄財による御供養の賜物であり、心から厚く御礼申し上げるものであります。まことに有り難うございました。
今、宗門は来たるべき平成二十七年・第二祖日興上人御生誕七百七十年を期して法華講員五〇パーセント増、ならびに平成三十三年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年を期して法華講員八十万人の体勢を構築すべく、総力を結集して大折伏戦を展開しております。
この時に当たり、我々は、このたび見事に大改修成った御影堂の威容にふさわしい強盛な信心をもって、日夜朝暮に唱題に励み、いかなる困難や妨害にも負けず、強靭な意志と飽くなき実践行動をもって折伏を行じ、全支部誓願達盛を目指して、大折伏戦を展開していかなければならないと思います。
大聖人様は『立正安国論』に、
「嗟呼悲しいかな如来誠諦の禁言に背くこと。哀れなるかな愚侶迷惑の麁語に随ふこと。早く天下の静謐を思はゞ須く国中の謗法を断つべし」(御書247)
と仰せであります。
昨今の国内外における様々な状態を見ると、けっして安閑としているわけにはいきません。
そもそも、世の中の混乱と不幸の原因はどこにあるかと言えば、既に『立正安国論』にお示しの通り、邪義邪宗の謗法の害毒にあり、この謗法の退治なくして、真の仏国土を実現することはできません。
そこに今、我々が二十七年・三十三年の目標達成を目指して、講中の総力を結集して折伏を行じていく大事な意義が存しているのであります。
もちろん、我々が強盛に折伏を行じていけば、様々な困難や障害が行く手を阻むこと必定であります。
しかし、大聖人様は『教行証御書』に、
「日蓮が弟子等は臆病にては叶ふべからず。彼々の経々と法華経と勝劣・浅深・成仏不成仏を判ぜん時、爾前迹門の釈尊なりとも物の数ならず。何に況んや其の以下の等覚の菩薩をや。まして権宗の者どもをや。法華経と申す大梵王の位にて、民とも下し鬼畜なんどと下しても、其の過ち有らんやと意得て宗論すべし」(御書1109)
と仰せであります。
広布の戦いにあって「臆病」は禁物であります。むしろ、
「難来たるを以て安楽と意得べきなり」(御書1763)
と仰せのように、いかなる難も障害も敢然として受け止め、お題目を唱え、勇気を持ってこれを打ち破っていくことが肝要であります。
「歳寒の松柏」という言葉があります。松や柏が厳しい寒さにも葉の緑を保っているところから、どんな苦しい事態に陥っても、けっして節操を変えず、信念を貫き通すことの譬えでありますが、我々もまた、全人類の幸せと全世界の平和実現のために、いかなる事態が惹起しようが、決然として一切衆生救済の慈悲行である折伏を実践していくことこそ、今、最も急務であります。
そして、そのためには、しっかりと唱題に励むことが大事であります。
大聖人は『法華初心成仏抄』に、
「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕はれ給ふ。梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ。仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ。されば『若し暫くも持つ者は我れ則ち歓喜す諸仏も亦然なり』と説き給ふは此の心なり。されば三世の諸仏も妙法蓮華経の五字を以て仏に成り給ひしなり。三世の諸仏の出世の本懐、一切衆生皆成仏道の妙法と云ふは是なり。是等の趣を能く能く心得て、仏になる道には我慢偏執の心なく、南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり」(御書1321)
と仰せであります。
されば、私どもはこの御金言のままに、一心に唱題に励み、その功徳と歓喜をもって折伏に打って出ることが肝要であります。
本年も残り少なくなりましたが、皆様には、御影堂大改修の佳き年に当たり、いよいよ強盛に自行化他の信心に励み、もって自他共の幸せを築かれますよう心から念じ、本日の挨拶といたします。
日蓮正宗公式HP
http://www.nichirenshoshu.or.jp/