平成21年11月度 広布唱題会の砌
於 総本山客殿
(大日蓮 平成21年12月号 第766号 転載)
皆さん、おはようこざいます。
本日は、総本山における十一月度の広布唱題会に当たりまして、多数の方々が参加され、まことに御苦労さまでございます。
本年も既に十一月を迎えましだが、皆様方には本年度の折伏誓願達成へ向けて、日夜、御精進のことと存じます。
以前にも申し上げましたが、新たなる目標に対しては、既にスタートが切られているわけでありますので、目標達成のためには、まず本年度の折伏誓願を必ず達成することが肝要でございます。
特に、今回の課題は全国すべての支部が目標を達成することでありまして、小さな支部も大きな支部も、平成二十七年までには必ず五十パーセント増を達成するように精進をしていただきたいと思います。
さて、大聖人様は仏法の正邪と国家の盛衰との関係を示され、『神国王御書』に、
「我が面を見る事は明鏡によるべし。国土の盛衰を計ることは仏鏡にはすぐべからず。仁王経・金光明経・最勝王経・守護経・涅槃経・法華経等の諸大乗経を開き見奉り侯に、仏法に付きて国も盛へ人の寿も長く、又仏法に付きて国もほろび、人の寿も短かかるべしとみへて候。譬へば水は能く舟をたすけ、水は能く舟をやぶる。五穀は人をやしない、人を損ず。小波小風は大船を損ずる事かたし。大波大風には小舟やぶれやすし。王法の曲がるは小波小風のごとし。大国と大人をば失ひがたし。仏法の失あるは大風大波の小舟をやぶるがごとし。国のやぶるヽ事疑ひなし」(御書1301㌻)
と仰せであります。
解りやすく申し上げますと、
〝自分の顔を見ようとするならば、曇りなき鏡に映して見るべきてあり、国家の盛衰を計り知ろうとするならば、仏教の鏡に照らして見るに越したことはない。仁王経・金光明経・最勝王経・守護経・涅槃経・法華経等の諸大乗経を開いて見るに、その信ずる仏法の正邪のいかんによって、その国が栄えもし、亡びもし、また人の寿命も長くもなり、短くもなると説かれている。例えば水はよく船を浮かべるが、また、ときには船を破ることもある。五穀は人の命を養うが、また身を害することもあるのと同じである。小さな波風は大きな船を破損することは難しいが、暴風雨のような大きな波風が起きれば小舟はひとたまりもなく破壊されてしまう。王法が曲がっているのは小さな波風のあるようなもので、大国と大人、強い国と優れた人を亡ぼすことはできないが、仏法が曲がると大きな波風が小舟を破損するように、その国をたやすく破壊することになる〟
と仰せられているのであります。
たしかに、王法の正邪も国の盛衰を決定する要因ではありますが、それよりも恐れなければならないのは仏法の正邪であります。仏法の正邪が世の中に与える影響は、王法が与える影響よりもはるかに大きいのであります。
このことは、既に大聖人が『立正安国論』において明かされていることでありまして、我々もよくよく心肝に染めなければならない大事なことであります。
仏法の正邪とは、正法と邪義邪法を明確に区別することであり、謗法を固く禁ずることであります。
故に大聖人は『立正安国論』のなかで、
「嵯呼悲しいかな如来誠諦の禁言に背くこと。哀れなるかな愚侶迷惑の麁語に随ふこと。早く天下の静謐を思はゞ須く国中の謗法を断つべし」(御書247㌻)
と仰せられているのであります。
「謗法を断つ」とは、折伏をすることであります。『曽谷殿御返事』には、
「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし。南岳大師の云はく『諸の悪人と倶に地獄に堕ちん』云云。謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」(御書1040㌻)
と仰せであります。
大聖人は弟子檀那として、法華経の敵を見て、折伏もせず黙過することは、無慈悲の極み、堕地獄の罪を積むことになると、厳しく仰せられているのであります。
また『南部六郎殿御書』には、
「栴檀の林に入りぬれば、たをらざるに其の身に薫ず。誹謗の者に親近すれば所修の善根悉く滅して倶に地獄に堕落せん。故に弘決の四に云はく『若し人本悪無けれども悪人に親近すれば後に必ず悪人と成りて悪名天下に遍し』云云」(御書463㌻)
と仰せであります。
〝栴檀の林の中に入ったならば、枝を折らなくても、自然にその栴檀の香りが我が身に移るように、謗法の者に対して、下種折伏もせず、むやみに親しくなろうとするならば、知らず知らずのうちに謗法の者の影響を受けて、今まで仏法を修行して得たところの善根はことごとく消え失せ、謗法の者と共に地獄に堕ちることであろう。故に妙楽大師は『弘決』に「もし人に本来、悪心がなくとも、悪人に近づけば、のちに必ず悪人となって、その悪名が天下に広く伝わる」〟
と仰せられているのであります。
かくの如く、謗法の者にむやみに親近することは厳重に誠めなければならないことであり、謗法を恐れ、その謗法を退治していくことが、成仏のためにはまことに大事なことなのであります。
既に『立正安国論』には、混乱と不幸と苦悩の原因はすべて邪義邪宗の謗法の害毒にあり、この謗法を断つところに初めて自らの幸せも、一家の幸せも、また国家ならびに世界の平和も必ず実現できると仰せあそばされているのであります。
つまり、折伏を行じていくところに真の幸せの道が聞かれてくるのでありますから、私どもは勇気を持って折伏に励むことが肝要であります。
特に、これからの戦いは折伏が主体となります。『立正安国論』には、
「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし」(御書250㌻)
と仰せであります。
我々はこの御金言を固く信じ、まずは本年度の誓願を必ず達成すべく、折伏を行じていくことが肝要であります。
特に、今月は第三祖日目上人御遷化の月であります。天奏の途次、美濃の国・垂井において御遷化あそばされた日目上人の身軽法重・死身弘法のお振る舞いを偲び奉り、一人ひとりが断固たる決意と行動をもって折伏を行じていくように心からお願いいたしまして、本日の挨拶といたします。
日蓮正宗公式HP