限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

百論簇出:(第197回目)『自己主張と調整能力の民族マップ』

2016-12-04 23:00:43 | 日記
今から40年も前の話になるが、学生の頃ドイツに留学した時、大学が始まるまでの期間、暫くドイツ人の家庭にホームステイしたことがあった。その時に一番おどろいたのが、当時幼稚園の娘が両親に対して ― 日本流に言うと ― 何かにつけ、生意気に口答えをしていたことであった。それだけでも驚くべきことだが、一層驚いたのは、それに対して親が頭ごなしに叱っていないことだった。それどころか、親が子供の論理的矛盾や説明不足を追及して、結果的にはさらに口答えさせるように仕向けていたことだった。子供も、論理は幼稚ではあるものの、物の言い方はすでに大人の風格がにじんでいた。

もっとも、子供でも自立的なものの言い方をするのは、ドイツ人だけでない。当時(1977年、78年)ヨーロッパを旅行中、各地でこのような光景をたびたび見かけた。たとえば、ある時、アテネの公園でベンチに腰をかけると、すぐ近くで、子供が泣いているのにかまわず親が諄々と子供の悪い点を指摘している光景を目にした。子供は親の指摘に対して、泣きながらも律儀に「Yes や NO」と返事をしていた(多分イギリス人であっただろう)。さらに、同じような行動はその後、5年ほどしてアメリカ留学した時にも、ホームステイ先で見かけた。つまり、欧米の社会における子供の教育は自分の意見をしっかりと持つことを柱とする、との考えがあるということを知った次第だ。

ドイツ人の話に戻ると、学生のころドイツ語の留学試験の為に、テレビ講座やラジオ講座を真剣に聞いたり、ドイツ人の教師のドイツ語会話の授業などをかなり受講していた。それで、私としてはドイツ人をかなり知っているつもりになっていたのだが、その理解がいかに表面的であるかというのをドイツに行って強く思い知らされた。喩えて言えば、私が日本で知っていたドイツ人というのは  ― 失礼を承知の上で言うが ― 「動物園のライオン」だとすれば、本場ドイツで出会ったドイツ人は「アフリカの野生のライオン」そのものであった。

日本にいるドイツ人は、一面では日本や日本人に批判的であっても、根底の部分では日本の価値観・社会性を評価してくれている人が多い。また、日本人の振る舞いに対して配慮してくれている。ところが、本場ドイツのドイツ人は ― 当然のことながら ― 自分達の伝統的な仕方で振る舞っているので、日本人には無礼・不作法に思えるようなことも平気でする。ドイツ人はヨーロッパ人の中でもとりわけ頑固だと言われるが、その原因を私は彼らの強い自己主張にあると睨んだ。

ただ、このように強い自己主張の個人が集まっていて、どうして国がうまくまとまっているのかという点は当時から、非常に不思議に思っていた。日本人的に考えれば、自己主張の強い個人が集まればすぐにでも喧嘩別れして、バラバラになりそうなものである。しかし、実際はそうはなっていない。原子というのは、プラスイオンの陽子同士は強く反発しているが、それを上回る核力でしっかりと押さえつけているので、原子核が一つのグループとしてまとまっている。原子のようにドイツ人は個人個人の自己主張は強いものの、それを上回る強い調停能力があるために民族・国家として崩壊せずにいるのではないか、とこのごろようやく思い至った。

一方、中東などの諸国もドイツなどと同じ位、自己主張の強い個人が集まっているが、国家としてなかなかまとまらない。その差は、ひとえに調停能力が弱いためではないかと考える。

このような関係をグラフにしたのが下図である。


自己主張の弱い民族としては、日本と東南アジアが思い当たる。

日本人は、ドイツ人と比べてみると理念や骨太の主張で人を惹き付けるという点において、どうも見劣りがする。それは日本に世界に通じる一級の哲学者がいなかったことからも分かる。私は、これは日本民族にとっては非常に良かったことではないかと思っている。つまり、理念をガンガンとまくし立て、とことん論争しないと人々がまとまらないというのは、正直、疲れる。私の実感では、日本人はそのような論争に対して精神的にドイツ人ほどタフではないように思う。従って、多少の不都合はあるものの、強い調停能力のおかげで日本の社会がうまくまとまっていたのだといえる。(一番良い例が、徳川時代の250年間続いた平和社会だ。)

一方、東南アジアをみると、自己主張の強さでは日本人と同じ程度に弱いと言えよう。しかし、国家・民族としての調停能力も弱いためにしばしば政情不安が起こっている。(例外として最近のフィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテを挙げられる。)

このように世界の民族を(自己主張x調停能力)のマップで区分してみると、民主主義がうまく機能するには、調停能力が強くなければならないということが分かる。逆にいうと、調停能力の弱い民族・国家にとっては必ずしも民主主義がベストではなく、別の政治形態が相応しい可能性がある。 Afterthought(後知恵)を承知で言えば、 1990年の湾岸戦争以降、ブッシュが民主主義を広めるため、という錦の御旗を掲げてイラクのフセイン大統領を徹底的に排除したのが結果的に現在のIS(イスラミックステート)の跋扈につながったと言っていいだろう。
コメント (1)
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