(前回)
日本でも大岡裁きがあるように、中国では包拯(包青天)が名裁判官として有名だ。逆の観点から言えば、それほど賄賂で不正な判断を下す裁判官が多かったことを証拠だてている。今回取り上げるのは清廉というより、聡明な裁判官の話。
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馮夢龍『智嚢』【巻 9 / 386 / 許進姚公張昺】(私訳・原文)
ある時、蘇の人が行商に出た。妻は家で鶏を数匹飼って夫の帰りを待っていた。数年経って夫が戻ってきたので、早速飼っていた鶏を絞めて夫にごちそうしたところ、夫は即死した。その隣の住人はきっと妻に愛人ができたので夫を殺したに違いないと役所に訴えた。知事の姚公がこの件を取り調べたが、姦通などの証拠が挙がってこなかったので、もしや鶏自身に毒があったのではないかと疑った。そして、手下に老妻が飼っていた鶏をもってこさせて、料理し、死刑囚2人に食べさせたところ、2人とも死んだ。それで、この妻は無罪となった。と言うのは、鶏がムカデなどの毒虫を食べると体内に毒が蓄積するからである。家で飼っている年老いた鶏は食べないし、夏には鶏は食べないのはそういった理由だからだ。
蘇人出商於外、其妻蓄鶏数隻、以待其帰。数年方返、殺鶏食之、夫即死。隣人疑有外奸、首之太守姚公。鞫之、無他故。意其鶏有毒、令人覓老鶏、与当死囚遍食之、果殺二人、獄遂白。蓋鶏食蜈蚣百虫、久則蓄毒、故養生家鶏老不食、又夏不食鶏。
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ここも、実証的な調査をすることで妻の冤罪を晴らしたということだ。
昆虫の中には毒々しい色をしたものがいる。それは「鳥などに毒があるから食べるなよ」との警戒メッセージを出している。これらの昆虫は、生れた時から毒をもっているわけではなく、幼虫の時に食べる毒草から、体内に毒素が溜まっていくという仕組みだ。毒を食べてどうして大丈夫かというと、体内に毒素を分解するバクテリアが寄生していてそれが解毒してくれるからという。人間もこのようなバクテリアを体内に持てば、食べることのできる野菜や草も増え、食料問題も解決できると考えるかもしれないが、そううまくはいかない。それでは人口がますます増え、一層食料問題が深刻になるに違いない。
さて、養母にいじめられる童話は古今東西、限りなく多い。西洋にはシンデレラがあり、日本には鉢かづき姫がある。中国にも多分そのような童話は多いだろうが、『智嚢』の話は実話であり、話の筋も童話にはない残酷性が垣間見える。
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馮夢龍『智嚢』【巻 9 / 402 / 安重栄韓彦古】(私訳・原文)
後晋の安重栄は武人ではあったが、行政法務にも通暁していた。成徳で始めて節度使の役に就いた時、息子が不孝者だと訴えでる夫婦がいた。安重栄は自分の剣を抜いてその父に「これで息子に自害させよ」と渡した。父は泣いて、剣を受け取ろうとはしなかった。妻はそんな夫を叱って、剣を奪って息子を殺そうと追いかけた。問うてみると、その妻は実母ではなく継母であった。安重栄はその継母を叱って役所から追い出し、背後から彼女を射て殺した。
安重栄雖武人而習吏事。初為成徳節度、有夫婦訟其子不孝者。重栄抜剣、授其父使自殺之。其父泣不忍、其母従旁詬夫面、奪剣而逐其子、問之、乃継母也。重栄為叱其母出、而従後射殺之。
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中国における継母のいじわる話は、世説新語にも次のような話が載せられている。
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[世説新語・徳行] 王祥事は継母の朱夫人に甚だ謹しんで仕えていた。家に一本のすももの木があった。実がよくなるので、継母は王祥事に見張りをさせていた。ある時、暴風雨になったので、王祥事は木を抱いてないた。またある時、王祥事が寝ている時、継母は暗闇の中をやってきてベッドに切りつけた。たまたま、王祥事はトイレに行ってベッドが空であった。トイレから戻ると継母が盛んに悔しがっているので、膝まずいて「それほど私が憎いのなら殺してください」と言った。この言葉に心動かされた継母はその後は実子のようにかわいがった。
[世説新語・徳行] 王祥事後母朱夫人甚謹、家有一李樹、結子殊好、母恒使守之。時風雨忽至、祥抱樹而泣。祥嘗在別床眠、母自往闇斫之。値祥私起、空斫得被。既還、知母憾之不已、因跪前請死。母於是感悟、愛之如己子。
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結局、王祥が継母からいじめられ、一時は殺されかけたが、継母も心から悔改めて、実の母子のような関係となってめでたし、めでたしとなった。憎しみのあまりに殺そうとするなどとは、普通はとても考えられないところだが、ここに取り上げた2つの話が示すように、旧体制の中国では家庭内殺人は稀ではなかったのでは、と推測される。
(続く。。。)
日本でも大岡裁きがあるように、中国では包拯(包青天)が名裁判官として有名だ。逆の観点から言えば、それほど賄賂で不正な判断を下す裁判官が多かったことを証拠だてている。今回取り上げるのは清廉というより、聡明な裁判官の話。
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馮夢龍『智嚢』【巻 9 / 386 / 許進姚公張昺】(私訳・原文)
ある時、蘇の人が行商に出た。妻は家で鶏を数匹飼って夫の帰りを待っていた。数年経って夫が戻ってきたので、早速飼っていた鶏を絞めて夫にごちそうしたところ、夫は即死した。その隣の住人はきっと妻に愛人ができたので夫を殺したに違いないと役所に訴えた。知事の姚公がこの件を取り調べたが、姦通などの証拠が挙がってこなかったので、もしや鶏自身に毒があったのではないかと疑った。そして、手下に老妻が飼っていた鶏をもってこさせて、料理し、死刑囚2人に食べさせたところ、2人とも死んだ。それで、この妻は無罪となった。と言うのは、鶏がムカデなどの毒虫を食べると体内に毒が蓄積するからである。家で飼っている年老いた鶏は食べないし、夏には鶏は食べないのはそういった理由だからだ。
蘇人出商於外、其妻蓄鶏数隻、以待其帰。数年方返、殺鶏食之、夫即死。隣人疑有外奸、首之太守姚公。鞫之、無他故。意其鶏有毒、令人覓老鶏、与当死囚遍食之、果殺二人、獄遂白。蓋鶏食蜈蚣百虫、久則蓄毒、故養生家鶏老不食、又夏不食鶏。
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ここも、実証的な調査をすることで妻の冤罪を晴らしたということだ。
昆虫の中には毒々しい色をしたものがいる。それは「鳥などに毒があるから食べるなよ」との警戒メッセージを出している。これらの昆虫は、生れた時から毒をもっているわけではなく、幼虫の時に食べる毒草から、体内に毒素が溜まっていくという仕組みだ。毒を食べてどうして大丈夫かというと、体内に毒素を分解するバクテリアが寄生していてそれが解毒してくれるからという。人間もこのようなバクテリアを体内に持てば、食べることのできる野菜や草も増え、食料問題も解決できると考えるかもしれないが、そううまくはいかない。それでは人口がますます増え、一層食料問題が深刻になるに違いない。
さて、養母にいじめられる童話は古今東西、限りなく多い。西洋にはシンデレラがあり、日本には鉢かづき姫がある。中国にも多分そのような童話は多いだろうが、『智嚢』の話は実話であり、話の筋も童話にはない残酷性が垣間見える。
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馮夢龍『智嚢』【巻 9 / 402 / 安重栄韓彦古】(私訳・原文)
後晋の安重栄は武人ではあったが、行政法務にも通暁していた。成徳で始めて節度使の役に就いた時、息子が不孝者だと訴えでる夫婦がいた。安重栄は自分の剣を抜いてその父に「これで息子に自害させよ」と渡した。父は泣いて、剣を受け取ろうとはしなかった。妻はそんな夫を叱って、剣を奪って息子を殺そうと追いかけた。問うてみると、その妻は実母ではなく継母であった。安重栄はその継母を叱って役所から追い出し、背後から彼女を射て殺した。
安重栄雖武人而習吏事。初為成徳節度、有夫婦訟其子不孝者。重栄抜剣、授其父使自殺之。其父泣不忍、其母従旁詬夫面、奪剣而逐其子、問之、乃継母也。重栄為叱其母出、而従後射殺之。
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中国における継母のいじわる話は、世説新語にも次のような話が載せられている。
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[世説新語・徳行] 王祥事は継母の朱夫人に甚だ謹しんで仕えていた。家に一本のすももの木があった。実がよくなるので、継母は王祥事に見張りをさせていた。ある時、暴風雨になったので、王祥事は木を抱いてないた。またある時、王祥事が寝ている時、継母は暗闇の中をやってきてベッドに切りつけた。たまたま、王祥事はトイレに行ってベッドが空であった。トイレから戻ると継母が盛んに悔しがっているので、膝まずいて「それほど私が憎いのなら殺してください」と言った。この言葉に心動かされた継母はその後は実子のようにかわいがった。
[世説新語・徳行] 王祥事後母朱夫人甚謹、家有一李樹、結子殊好、母恒使守之。時風雨忽至、祥抱樹而泣。祥嘗在別床眠、母自往闇斫之。値祥私起、空斫得被。既還、知母憾之不已、因跪前請死。母於是感悟、愛之如己子。
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結局、王祥が継母からいじめられ、一時は殺されかけたが、継母も心から悔改めて、実の母子のような関係となってめでたし、めでたしとなった。憎しみのあまりに殺そうとするなどとは、普通はとても考えられないところだが、ここに取り上げた2つの話が示すように、旧体制の中国では家庭内殺人は稀ではなかったのでは、と推測される。
(続く。。。)