大日本赤誠会愛知県本部ブログ版”一撃必中”

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19世紀ドイツの地図も「竹島は日本領」明記、複数現存  分かりきった事。実力行使あるのみ!!

2010年01月20日 15時33分48秒 | 南西諸島 八重山、慶良間、西之島・竹島・対馬・沖ノ鳥島・南鳥島・沖縄島嶼問題

竹島(島根県)と朝鮮半島の間に境界線を引き、日本領とした19世紀後期のドイツ製の地図が複数現存していることが20日、島根県竹島資料室の調べで分かった。大阪大付属図書館ではこのうち最も古い1870年製の地図を所蔵。これまでにも竹島を日本領とする19世紀の西洋製地図は見つかっているが、さらに複数の地図が確認されたことで、日本の領有権確立を補強するとともに、韓国側の主張への反論材料になるという。

竹島資料室によると、大阪大のほか、海外の大学や古書店などへの調査で印刷時期の違うドイツの「シュティーラー地図」の所蔵を確認。1870~1899年の間に作製された約10枚で、竹島が日本領とされていた。竹島資料室では、これまでに島根県隠岐の島町の男性が所蔵する1872年のシュティーラー地図を確認。この地図上で、西洋名で書かれた竹島と朝鮮半島の間に境界線が引かれていた。 シュティーラー地図は、日清戦争後の1896年版では、台湾と中国大陸の間に境界線を引くなど、当時の国際情勢を反映。だが、現在は韓国領の鬱陵島を日本側に含むのは、日本人が同島に渡り活動していた影響とみられ、その経緯を詳しく検証する必要があるという。

韓国側研究者は「1920年代まで西洋地図では竹島を韓国領に属すると分類していた」と主張している。竹島資料室の杉原隆竹島研究顧問は「国際的に認められてこの内容で発行が続いたとみられ、さらに分析を進めたい」としている。

 

@こういった文献にはもはや何の興味もない。奪われた領土は奪い返す。日本人の誇りにかけて、後は戦うのみ。