長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

アフリカの正体 EU・欧州中央銀行とスペイン・イタリア・ギリシャ国債

2012年12月30日 07時52分52秒 | 日記
アフリカの資源と貧困

欧州の危機にあたってありがたい守護神とも呼べるのは「マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁」である。ギリシャ危機、スペイン危機に端を発した「ユーロ危機」に対して「危機回避の為には何でもする」と啖呵を切った。この「何でもする」が何なのか?議論を呼んでいるがいわゆる彼が長年主張してきた「ユーロ2リーグ制度」ではないか。つまり同じユーロ圏でもドイツのユーロとギリシャやスペイン・イタリアのユーロは違うのである。PIIGSでは金利が暴騰し、事実上「ジャンク債」になっている。このままでは「ユーロ崩壊」である。だからこそドラギ総裁の「何でもする」発言が話題と議論を呼んでいるのだ。どうなるかは神のみぞ知るだが、「第二次世界大恐慌」の回避の強力な守護神登場である。そして欧州中央銀行がジャンク債となったスペイン・イタリア・ギリシャの国債を全部買い占めた。これで「欧州中央銀行が買うなら…」と個人投資家も買い出し、市場は一服した。イタリアは「脱税」、スペインは「不動産バブルの崩壊」、ギリシャは「大借金」であるがこの問題は当分続くだろう。だが、ドラギ氏は正しかった。スペインのバルセロナ(カタール州・スペインGDPの20%)が独立したいというがムリだ。バスクと同じ。欧州の経済危機にあたって「緊縮より成長を」と訴え、サルコジ氏を決選投票で制したオランド新大統領だが、その経済政策は大いに疑問だ。早くもメルケル独首相の貫く緊縮策にトーンダウンをしているようだが「緊縮策を必要としなくなるほどの経済成長」は、相当大きな成長でなければならないし、その大きな経済成長を実現させるためには長い時間を要する。今現在、起きている経済危機には対処できないのである。レーガン元米国大統領とサッチャー元英国首相の例を挙げると、彼らは「小さな政府」路線をとり、思い切った規制の廃止などを断行した。当然、最初は大量の失業者が出る。改革の芽が花開くのは15年後から20年後だ。だから、レーガン氏もサッチャー氏も職を追われた。しかし、米国はクリントン政権時代に高度成長という改革の花が咲き、英国もブレア政権時に成長を果たした。改革の成果が見えてくるには、それくらいの時間が必要であり、結果を拙速に問うべきではないのだ。もちろん、それらの成果も永遠に続くものではなく、絶えず改革の努力が必要だ。日本においては、例えば小泉改革とは名ばかりのもので、数少ない成果である郵政民営化も、今現在は骨抜きにされつつある。日本には「改革の芽」が見当たらないのである。選挙でギリシャは「ユーロ離脱」から回避されそうです。ギリシャの首相がアント二ス・サマラス氏(61)となり、連立政権で「緊縮財政路線」でやっていくことになりましたね。またスペインの財政危機となり、EUは事実上破たんしかかっているスペインに10兆円分のユーロを支援することで合意しました。ユーロ圏は現在17か国です。が、かつての「ヨーロッパ共同体(EC)」時代から「こんな寄り合い所帯(といっても5億人の市場)絶対どこかで破たんする」と私は学生時代から考えていました。それにしてもスペインの不良債権は15兆円、イタリアは190兆円です。スペイン国債は暴落に次ぐ暴落で、危険水域という7%を突破してしまいました。スペイン中央銀行のオルドネス総裁が辞任しました。辞任の理由は明らかになっていません。が、スペイン政界では銀行部門の財政悪化の責任を問う声が強まっていました。これを受けて1か月早い辞任となった模様です。2012年期の20か国・地域(G20)首脳会議後にスペイン破たんということですか。だが、スペインはEU第四位の経済大国ですから、万一破たんということになれば、ギリシャ破たんとは比べ物になりません。スペインの失業率は25%、若者は50%と高い。スペインの破たんは経済だけでなく治安(デモやテロや暴動)に発展するでしょう。またイタリアはEU第三位の経済大国です。ギリシャ救済のようなレベルではなくIMF・EU・アメリカ・日本・中国・インドなどがなんとかすべきです。ギリシャはEUをいずれは離脱するでしょう。が、ギリシャ人の大卒者の53%が国外で働きたいといい、ギリシャ国内は高齢者と年金受給者だけになりますよ。ギリシャ、スペインより早く財政破たんしたアイルランドはEUに尻拭いをされている仮死状態です。ユーロがダメだったのではない。各国が自由に国家予算を立てたり国債を発行するのではなく、EU全体で政治統合してEU予算EU国債という具合にしないと駄目です。でもそうなるとドイツだけになる可能性(EU第一位の経済大国でドイツがヨーロッパの牽引国)が大です。「金体制崩壊」「ニクソン・ショック」「バブル崩壊」「リーマンショック」「ギリシャショック」などのような「スペインショック」が2012年中に起こる。だが克服はできる。人類の英知を信じようではないか。とくに日本は消去法的に今は「円高(多分1ドル=50円までいく)」です。でも皆で企業や個人が「内部留保」ばかりため込んでも何にもなりません。日本の国債は1000兆円の赤字である。だが、個人金融資産が1400兆円、企業内部留保が8000兆円ある。緊縮だけでは成長は望めない。イノベーションやグリーンニューディールで雇用や経済成長を目指すべきです。景気は単に「お金じゃぶじゃぶ」「経済の血・お金を回せば景気が良くなる」などといった単純なものではありません。日本はバブル崩壊から20年間も「お金じゃぶじゃぶ(公的資金60兆円)」やってきたんです。でも景気はよくなりません。円高大損体質がいずれボディブローのようにこの日本という国を蝕みますね。欧州の危機は「対岸の火事」などではない。むしろ1000兆円もの借金がある日本の方が事態は深刻なのだ。またホスニ・ムバラク前エジプト大統領がエジプトの政治裁判で「終身刑」確定です。まあ、「死刑」でなかったのは国内のムバラク支持派への配慮ですね。またエジプト大統領選挙は元空軍出身でムバラク派のシャフイク氏(70)とイスラム原理主義者のモルシ氏(60)の一騎打ちです。が、ムバラク派は嫌だ、いやそれでいい、とエジプトでは過激なデモが続いています。またギリシャはパプリアス大統領による主要党党首連立協議が決裂し、2012年6月17日に再選挙することが決定しました。ギリシャ国内からの預金引き出し額が2012年5月14日時点で7億ユーロ(約710億円)に達しました。ギリシャは典型的な「衆愚政治」に陥っています。ギリシャ国民の78%が「ユーロ残留支持」。但し、「ユーロに残留するけど緊縮財政は嫌だ」…ギリシャ国民は甘すぎる。英国の紙幣印刷企業が「(ギリシャの前の通貨)ドラクマ」を印刷開始したといわれていて、今後「兆」単位の資産が短時間で蒸発してしまう。ギリシャとは異成りますが、日本の債務は1000兆円だ、ギリシャ危機を「他山の石」とは見ない方がいい。ギリシャ危機再びですよね。なにが問題か?はギリシャがユーロの足手纏いという事。フランスとドイツ(メルケル独首相とオランド仏大統領の「メルコランド体制」)は支援の条件に「緊縮財政」を求めた。が、それを始めるとギリシャ国内で6万社倒産・失業率も20%以上になり「反緊縮の政党」が選挙で躍進してあげくに党ごとに合意も出来ず、「再選挙」。PIIGSもほとんど劣等生だが、イタリアは国債発行第三位で、180兆円分です。当然日米なども10兆円6兆円ともっていて、紙くずにでもなれば負担が大きい。「緊縮しながら成長…とは胃腸にいい暴飲暴食だ」(浜矩子氏談)。一番の危機への導火線は、欧州中央銀行が不良債権を大量に買い取りユーロを大量に刷っている事。リーマン・ショックは、所詮は財政でのことだった。が、今度は中央銀行という伝家の宝刀を抜いて、鞘抜きまくりで世界金融恐慌にむけてまっしぐらです。EUは1兆ユーロ世界に貸しているので「世界大恐慌」への導火線になりえます。私は、早めに大企業に特許を大金で買ってもらって逃げたい。でも、それはしない。私も橋下徹氏や河村たかし氏のように戦う。せっかく面白い世の中(見えない大陸)が見えたのだ。やってやろうじゃないか!またフランスのジャンマルク・エロー首相は外相に元・首相のローラン・ファビウス氏(65)を指名しました。またギリシャ政界では再選挙を回避する為に、第三党の全ギリシャ社会主議運動(PASOK)のベニゼロス党首が第一党・新民主主義党(ND)のサマラス党首と会談。第二党の急進左派連合(SYRIZA)と第七党の民主左派との4党挙国一致政権をつくることで合意しようとしましたが決裂。ギリシャの連立合意は絶望的になりました。再選挙になりました。また南アフリカで知的障害のある17歳の少女が、7人の少年にレイプされ社会問題になっている。17秒に1人がレイプされるという「性大国」の南アフリカでもこればかりは…と衝撃を社会に与えているという。またパキスタンのギラニ首相が有罪・辞任、リベリア・テーラー元大統領が「シエラレオネ内戦介入」で国際司法裁判で有罪です。とうとうフランスの大統領選挙決選投票ですね。現職のサルコジ大統領に、オランド氏が激戦です。オランド新大統領投票率51.9%、サルコジ前大統領48.2%でオランド氏が社会党としては17年ぶりの政権交代です。EUの2012年度成長率はマイナス0.37%です。緊縮だけではなく、新しい産業を起こすことが求められている。EUは第二次金融支援(追加支援)をギリシャに向けてしました。ギリシャ国債を保有する債権者の相当程度が債務減免に協力するのを条件にです。ギリシャ国債を保有している多くの人々は「個人は減免対象外だろう。一儲けしてやろう」ということでしたから自業自得ですね。アメリカはシリコンバレーなどで放っておいても産業が興るのですが、日本やEUのように「緊縮財政しかない」とやるとネガティブな不景気になります。メルケル首相もオランド大統領もイタリアのモンティ首相も日本も、緊縮財政だけではなく産業を起こさないと景気回復はない、と考えないと。日本の場合は高品質な「移民」ですね。少子高齢化には移民政策はかかせません。EUはギリシャに13兆円の支援で合意しました。これで(一端は)デフォルト(債務不履行)は回避されました。ユーロ圏での国債の格下げでフランスとイタリアが最高級のAAAから格下げ、ドイツやオランダやデンマークやオーストリアなどはAAAのままでした。スペインでも政権交代があり、国民党党首・ラホイ氏が新首相になった。また借金大国で「滞納」が常態化していたイタリアがIMF(国際通貨基金)の監視下にはいった。イタリアのベルルスコーニ首相が辞任し、経済学者のマリオ・モンティ氏が新首相に。組閣も行った。また「ギリシャ危機」とは何か?というと何百兆円という財政債務(借金・国債)のギリシャがデフォルト・財政破たんの危機にあること。だからEU参加国のフランスとドイツらが50%負担してやるから、国内で年金・国民医療・公務員を削減しろ、という事。ギリシャ国民は反対。じゃあ国民投票で、との訳。EUのギリシャが財政破たん・債務不履行(デフォルト)するのは99%確実でパパンドレウ首相が「国民投票」だの言っている(2011年11月4日国民投票却下パパンドレウ首相・内閣信任案可決へ、2011年11月6日野党・新民主主義党サマラス党首とパパンドレウ首相辞任、大連立、解散総選挙で合意)のは国民にババを引かせて責任転嫁する為でしかない。ギリシャを発端にPIIGSもデフォルトは確実であり、とうとうEUが終焉を迎える。誰がユダか?そのレベルでしかない。2011年9月12日フランス南部のマルクールの原発で事故があったという。作業員4人死傷というがはたして…。また隠蔽なら「フランスよ、お前もか」である。2011年8月9日からイギリスの首都・ロンドンやリバプールなどで市民による暴動があった。住宅や店舗、二階建てバスなど焼かれたという。また2011年7月22日ノルウェーの首都オスロで首相を狙った「爆破テロ」があった。が、首相は無事、ウトヤ島では90人以上死亡したという。アルカイダの犯行ではないか?と思われていたがノルウェー人キリスト教原理主義社のアンネシュ・グレイビク容疑者(32)の犯行であった。また悪質な盗聴などが問題となり、メディア王で大資産家のマードック氏参加のイギリス大衆紙ニューズ・イン・ザ・ワールドが廃刊となった。また国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長が2011年12月からも二期目の続投を決意し、会議で合意された。また旧・ユーゴのクロアチアが2013年度をめどにEU加盟だそうです。また「ギリシャ危機」が再び深刻です。EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)が1110億ユーロ(13兆円)の融資を受けていたギリシャですが、さらに120億ユーロの追加融資です。日本・EU間でEPA(経済提携協定、FTA(自由貿易協定)より貿易・経済提携が広域)で合意しましたね。これで韓国勢とイーブンです。 旧ユーゴの虐殺事件を指揮して逃亡していたラトコ・ムラジィッチ被告が拘束されました。オランダのハーグ政治裁判所で裁判にかけられる訳です。まあ、カラジッチ被告と同じ「死刑」ですね。欧州中央銀行(ECB)の次期総裁にマリオ・ドラギ氏(イタリア中央銀行総裁)が内定しました。英国エリザベス女王は100年ぶりにアイルランドを訪問しました。ドイツが原発を一度に7基も停止した為に「電力輸入国」になりました。8割がフランスからだそうです。英国で完全小選挙区制から優先順位付き連記投票(AV)移行にたいしての国民投票が行われ7割が反対となりました。増税、高失業率、不況などキャメロン内閣の試練は続きますね。フランス大統領選挙まで1年、(社会党)のストロカーン氏が与党・国民運動連合のサルコジ氏より優勢です。第三党の国民戦線のマリーヌ・ルペンも追い上げています。2011年4月29日、英国のウィリアム王子(28)とケイト・ミドルトン氏(29)いよいよ挙式ですね。2011年4月19日ナイジェリアのジョナサン大統領が再選されました。2011年4月18日フィンランド総選挙では反EU化反対派の「真正フィン人党」が第三党に躍進でした。第一党は国民連合、次が中央党、真正フィン人党という位になった。2011年3月11日午後、東北三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の国内最大の大地震が起きました。被害は甚大です。死者・不明者2万9000人、福島第一原子力発電所では「メルトダウン」(「メルトダウン(炉心溶融)」) です。「東北地方太平洋沖地震」あるいは「東北関東大震災」「東日本大震災」では12万人以上が避難しています。食事、トイレ、健康問題、お金、情報不足、怪我、持病、大変な未曾有の被害で、まさに被災地は「地獄絵図」です。コートジボワールでは大統領選挙に敗れたバグボ前大統領と、当選したワタラ首相との軍勢で内戦が勃発、旧宗主国・フランス軍やEU軍が軍事介入です。が、泥沼でまるで「ベトナム戦争」です。バグボ前大統領が身柄拘束されましたね。NZ(ニュージーランド)のクライストチャーチでM6.3の地震が日本時間2011年2月22日午前8時05分(現地時間昼)に起きました。日本人の安否不明はなくなりました。日本人の平内好子さん(61)、川端恭子さん(20)、土橋あすかさん(28)、堀田めぐみさん(19)波多祐三子さん(29)、百万元輝さん(27)、北川泰大さん(39)の死亡がまず確認です。キー首相は死亡者は200人という。被害額は9117億円です。チェニジアで反政府デモで長期独裁体制を敷いていた大統領が失脚したことで、イエメン、アルジェリアでも反政府デモが活発になっていますね。エジプト・カイロでは数万人の反政府デモが起き74人の死者がでましたが、ムバラク大統領は辞任しました。イランでも数万人の民主化デモです。サッカーW杯の2018年開催がロシア、2022年が中東カタール開催にきまりました。馬鹿は日本です。くだらない女学生の作文で開催出来ると本気で思っている。例えば「宮崎駿のアニメ」や「イチロー」「松井秀喜」「天皇」を何故出さなかったのか?開催獲得出来ないのは「戦略」がないからだ。ギリシャの次はアイルランドの不動産バブルが崩壊。アイルランド国債が下落して紙切れ同然と化し、またEU経済に大打撃です。またPIIGSが炎上しました。まあ、またドイツとフランス、イギリスが「尻拭い」ですね。アイルランドは欧州・EUに10億円(150億ユーロ)の緊急融資を請求しました。日本政府がインド日本間のEPAを正式締結、またTPP(環太平洋パートナーシップ。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ、アメリカ、メキシコ、オーストラリアで結ばれた経済提携)に参加する意向を示しました。TPPに参加することはいいことだ。実際の話、農業などの第一次産業はわずか1.5%でしかない。その農業漁業を守る為、98.5%の製造業などが「貧乏くじ」を掴まされている。農業の関税を撤廃すれば農水省の試算では7.9兆円の被害があるという。だが同時に製造業は3.2%のプラスだという。要は「農水省と農協のプロパガンダ」に騙されないことだ。例えばチェリーが輸入されるとき農協は何と言ったか?「日本のさくらんぼ農家が全滅する」と言った。が、今、山形のさくらんぼ農家が全滅してるか?オレンジのとき農協は何と言ったか?和歌山や愛媛のみかん農家は全滅したか?牛肉のとき農協は何と言ったか?神戸や松坂や米沢の牛農家は全滅したか?農協は「寄生虫」みたいなものだ。農家の恐怖心を煽り、農水省と結託して甘い蜜を吸おうとするだけ。農協など潰せ!悪質な農協のデマに騙されるな!「安い海外からの農作物」などはいってきても「値段の高いが品質のよい日本産農作物」は必ず売れる。絶対にだ。EPAとFTAということが最近経済関係で聞かれますが何だかわかりますか?EPAとは「経済連携協定」つまり「ひと、もの、金」を自由にして貿易していこうという2国間連携協議で、FTAとは「自由貿易協定」という2国間の規制や関税を撤廃していこうというものです。ですが、私が考えるにEPAもFTAも所詮は2国間での協議であまり意味がない、と思う。ならWTOであろうと思います。 日本政府がインド日本間のEPAを正式締結、またTPP(環太平洋パートナーシップ。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイで結ばれた経済提携)に参加する意向を示しました。TPPに参加することはいいことだ。実際の話、農業などの第一次産業はわずか1.5%でしかない。その農業漁業を守る為、98.5%の製造業などが「貧乏くじ」を掴まされている。農業の関税を撤廃すれば農水省の試算では7.9兆円の被害があるという。だが同時に製造業は3.2%のプラスだという。要は「農水省と農協のプロパガンダ」に騙されないことだ。例えばチェリーが輸入されるとき農協は何と言ったか?「日本のさくらんぼ農家が全滅する」と言った。が、今、山形のさくらんぼ農家が全滅してるか?オレンジのとき農協は何と言ったか?和歌山や愛媛のみかん農家は全滅したか?牛肉のとき農協は何と言ったか?神戸や松坂や米沢の牛農家は全滅したか?農協は「寄生虫」みたいなものだ。農家の恐怖心を煽り、農水省と結託して甘い蜜を吸おうとするだけ。農協など潰せ!悪質な農協のデマに騙されるな!EPAとFTAということが最近経済関係で聞かれますが何だかわかりますか?EPAとは「経済連携協定」つまり「ひと、もの、金」を自由にして貿易していこうという2国間連携協議で、FTAとは「自由貿易協定」という2国間の規制や関税を撤廃していこうというものです。ですが、私が考えるにEPAもFTAも所詮は2国間での協議であまり意味がない、と思う。ならWTOであろうと思います。「労働者派遣法改正案」に派遣労働者の5割が反対しています。何故反対かというと「派遣労働者」として働けなくなるからです。正社員では雇ってもらえない。その事実を政治家は知りません。今後はいろいろなことが考えられます。①正社員として働けない。②3年間準社員に。③3年間の準社員給料が派遣労働者給料をしたまわる(多分月10万円)。「時給1000円」政策にしても呆れます。東京の時給900円ならまだいいのですが、地方は700円から600円です。サービス業のバイトなど崩壊する恐れがあります。「ドイツの時給は1200円だ」と馬鹿なエコノミストが入れ知恵しているようなんですが、経済システムそのものが違います。また米国の失業ですが医療関係での求人が増えているようですが、医療関係の人材がいなくて「ミスマッチ」が起きているそうです。逆に金融弁護製造業はひと余りの状態でそうですね。まずはアフリカの水不足と戦争と貧困についてのWikipediaです。イギリスの総選挙の結果は労働党258、保守党306、自民党57議席などでどの党も単独過半数に届かず、ハングバラーメント(宙ぶらりん)状態です。オーストラリラ議会もギラード首相(労働党・女性(48))とアボット自由党党首で宙ぶらりん状態です。ちなみにギラード首相は女性で独身だが「赤毛の恋多き首相」として有名だ。彼女は1561年イギリス・ウエールズ出身だが、幼い頃病気がちで、両親とともにオーストラリアに移住したのだ。ちなみに豪州の国会議員226人中、3分1の68人は女性だ。今回の選挙では、イギリス国民もオーストラリア国民も2大政党制を拒否したのです。皆さんはもちろんアンゲラ・メルケル首相(56)をご存知ですよね?女史はドイツの女性首相で、世界に影響を与える女性4年連続世界一です。1954年生まれで、西ドイツ(当時)から東ドイツ(当時)に幼い頃移住して育ちました。1989年11月の「ベルリンの壁崩壊」を機に政治家になりました。「民主主義の出発(DA)党」に入党。統一ドイツのヘルムート・コール首相の内閣に入閣(女性で東ドイツ出身であるからで、彼女の才能を認めてではなかった。そのためマスコミや国民は「コールのお嬢ちゃん」と揶揄していた)する。その後、コールの不正献金疑惑を受けてコール首相は退陣し、女史は「キリスト教民主同盟」党首に就任。2006年に女性初のドイツ首相になった。支持率はなんと60%。出生率をあげようと「両親手当制度(親に育児金年80万円から120万円あげる)」などをうちだした。Mutti(ムッティ=母ちゃん)とドイツ人から愛されていたが、ギリシャ危機でEU全体で9兆円払うのに、ドイツだけで2兆5000億円払わされることになり、支持率は40%と下がった。キャメロン氏率いる保守党が第三極・自民党と連立与党を組みましたね。ブラウン首相(労働党)は辞任し、キャメロン首相誕生です。ちなみにイギリスではなくUnited Kingdom(U.K.)です。まずイングランドというイギリスの中軸国が18世紀にウェールズを侵略併合し、19世紀にスコットランドを侵略併合、20世紀に北アイルランド侵略併合して現在のU.K.になります。ギリシャでは財政危機でギリシャ国債が暴落して増税などでデモが発生しました。ギリシャは貧富の差が激しく、「EUの落ちこぼれ」と言われていた国です。またギリシャ危機で世界同時株安です。だがこれは、NY証券市場でミリオン(100万)をピリオン(10億)と打ち込み間違いをしたためです。ですが「リーマンショック」と同じくらいの衝撃「ギリシャショック」です。ギリシャでは財政健全化のため6000島の売却やリースするそうです。ミコノス島やロードス島といった人気観光地の島もリースするという。イオニア海のナフシカ島1200エーカー(約4.9平方キロ)は全体が1500万ユーロ(約16億5000万円)で売りに出されているそうです。ロシアや中国のお金持ちは「エーゲ海の島」に興味を示すかもしれない。だが3兆円の債務は相当の数の島を売らなければ駄目ですね。PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)という財政破綻未満国があり、EUの未来は決して明るくはない。PIIGS全国が経済破綻したらドイツだけではユーロは維持できない。EUのユーロは1999年から導入され2003年には機軸国のドイツとフランスが財政赤字率が3%に達して甘えの構造が生まれてしまった。EU(ヨーロッパ連合)は金融政策と通貨(ユーロ)は同じですが、財政政策は各国違う。ギリシャは年金が53歳からもらえ、しかも現役世代の8割です。しかも賄賂が横行して、表にできない金が30兆円もあります。観光産業しかないのに、GDPの75%が公務員給料と年金です。EUはとりあえず1100億ユーロ(13億円)の財政支援策をまとめました。さてどうなるか、しばらくは様子見です。またギリシャの混乱が飛び火してかリーマン・ショック以来の株価最安値です。が、これはアメリカの経済が良くなっていて、中国経済も順調ですから、100年に一度の金融危機からはリカバリーした状態です。悲惨なのはEUだけです。ギリシャはユーロ通貨にしてしまった為に財政政策(税金、社会保障、インフラ)や金融政策(金利の上げ下げ)が出来ません。ドイツとフランスがまた尻拭いです。また日本の銀行の御笑い種をひとつ。みずほFGの前田晃伸会長と傘下のみずほコーポレート銀行の斉藤宏会長、みずほ銀行の杉山清次会長3人が総辞職しました。三井住友銀行、東京三菱UFJ銀行の3大メガバンクの中で、みずほFG(富士銀行、第一勧業銀行、日本振興銀行)は一番統合がうまくいってない銀行です。財閥系ではないというエクスキューズもあるでしょうが、女性との不倫問題を起こしても会長の座にしがみつくなどこのFGは「まとも」ではありません。3大メガバンクの中で一番資金利益率が最低で、株価も100円以下なのは「出鱈目なガバナンス」の証拠です。財閥系でないからこそしっかりしてほしいものです。2010年1月の中米ハイチの地震で今も100万人以上のひとが路上生活だということです。また日本人の70%が「格差のない社会がほしい」といいます。これは大変遺憾なことです。人間なら野心や夢があってサバイバルやアグレッシブになってほしいものです。すみやかな救いの手をお願いします。ハイチでは雨季が迫っています。また子供の売買まであるそうです。救済については私も微力ながら何か出来ないか考えます。皆さんもお考え下さい。また先進国では蛇口をひねれば水は出る。しかし途上国では遠くの川の水や雨水や泥水です。水汲みが子供達の仕事だったりします。赤痢や食中毒で毎年150万人が亡くなっています。日本では井戸を掘るボランティア活動をしています。が、人間の力では月に一回の井戸しか作れません。大事なのは井戸を掘るボランティア活動より「井戸を掘る技術を教えるボランティア活動」です。食べ物を与えるのではなく食べ物の作り方を教えるのである。
世界中で10億人が「水」に困っています。が、例えばブラックアフリカは「砂漠」というイメージですが、アフリカ南部は地下水が豊富だそうです。つまり井戸さえ掘る技術があれば大勢のひとが助かる訳です。しかし、アフリカというと「内戦、飢餓、ジャングル、草原にライオンに象」などですが、それは過去のことだ。アフリカの内戦は終わった。
実はアフリカには石油やレアメタルなど資源が豊富です。しかも10億人の市場です。安い人件費や資源大国から「21世紀はアフリカの時代」と言われています。中国は世界第四位の石油、レアメタル大国ですが、自分の分は取っておいて、アフリカ大陸に触手を伸ばしています。実はアフリカには北朝鮮のような独裁国家があるんですが、先進国は「民主化」を理由に援助できないんです。だが、中国は「内政不干渉」といって援助する訳です。石油やレアメタルをアフリカから援助とひきかえにどんどん取得しています。アフリカの山奥でも中国製の携帯電話が使われているそうです。20万人の死者がでた「ダルフール紛争」でも中国製の武器が使われたそうです。つまりアフリカは飢餓や内戦の大陸ではなく、10億人の資源大陸で10億人の市場な訳です。例外はソマリアですね。1960年にイギリスとフランスの植民地からソマリアは独立するのです。が、モハメド・アド・バーレ大統領(当時)が北朝鮮みたいな軍事独裁政治をやり、国はバラバラになり、軍事政権が崩壊して内戦状態に陥ります。例えて言えば日本の戦国時代のように宗教や部族間で内戦がまだおわりません。そこで「海賊ビジネス」が始まります。世界地図でみるとわかりますが、ソマリアは西洋と東洋の狭間です。そこで待っていれば物資を積んだ貨物船が必ず通る訳です。ソマリアの「海賊ビジネス」は「貨物」をとるのではなく、「人質」をとるのです。「人質」で「身代金」をたんまりとるのです。 またアフリカや東南アジアのイメージは内戦や飢餓です。特に「地雷」は東南アジアやアフリカで何億万個も埋まっていて、90分に一人に対人地雷で脚や手を失う方がいるそうです。対人地雷は「ひとを殺す兵器ではなく兵力を奪う兵器」と言われています。つまり地雷で脚や手を爆発して怪我人に2人の兵力が奪われるという卑劣な兵器な訳です。地雷は鉄製だけでなく竹製品や木製品もあります。年間120人死亡しています。世界中に地雷は約7000万個あるそうです。カンボジアだけで400万から600万個埋まっているそうです。
「対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)」には現在156か国が加盟しています。日本も加盟しています。が、アメリカ合衆国やロシアや中国は加盟していませんし、それどころか製造販売をしています。地雷は一個200円から300円くらいです。世界で一個取りのぞく度々、10個埋められます。アフリカのイメージはやはり砂漠や飢餓ですが、実はアフリカは「天然資源」が豊富で教育や内戦の問題をクリアすれば中国やインドに代わる「世界の工場」になる可能性大です。アフリカのイメージアップを期待してます。是非ともアフリカや東南アジアの問題を考えてください。また日本でも「貧困」が社会問題化しています。2009年から2010年も「年越し派遣村」が終了しました。ホームレスの中には全財産が146円という。また女性の姿もあったそうです。派遣村宿泊先には数千人が殺到しました。また鳩山首相と菅副首相らが視察しましたね。東京都渋谷区国立オリンピック記念青少年総合センターが「年越し派遣村宿泊先」でした。詳し
くは東京都相談所まで問い合わせください。派遣村宿泊先は休職中で都内在住の方だけです。都内以外でも175自治体で行っていました。連絡先は0120-874-505です。就職活動費用で酒やタバコを買う悪辣な輩がいたっていう。金をもらったら行方不明になった輩が200人もいるという。が、中には本当に困っているひとがいます。それを審査もせずに受け入れてしまった。馬鹿ですね。またここでは小泉竹中改革の瑕疵に触れたいと思っています。テレビで竹中平蔵氏と亀井静香氏が激論していました。竹中平蔵氏は構造改革「小泉竹中改革をすると言えば株価が上がる」という。学者さんだから数字を上げて「2002年から2007年までの株価と100万人の雇用創出」を強調していました。確かに今の派遣や不況は小泉竹中改革のせいではありません。グローバルスタンダードでした。リーマンショックや世界的不況も要因です。が、竹中平蔵氏はわかってないのは確かに雇用創出は数字上は100万人創出したかもしれない。が、それは製造業派遣スタッフです。皆さんもご存知の通り昔「派遣」は通訳やプログラマといった「専門職」だけだったのである。それを「単純型製造業派遣」を安易に認めたのである。当たり前の話ですが、単純型製造業派遣労働者は「不況になれば「調整弁」としてすぐに首切りされる」まるで根なし草のような存在です。それをまるで「雇用創出した」と武功のように言われては派遣切りで寒空の中路頭に迷っている方や年越し派遣村宿泊先の方やホームレスになってしまった方は激怒しますよ。学者さんだから数字上の雇用創出をいうけど「結局他人事」ですから現実が分からないのである。まあ、私は「郵政民営化」は賛成だし、過去のトピックスでもとりあえず賛成意見を書き込みしましたね。が、小泉竹中改革ですべていいことばかりだなんて考えていません。まあ、詳しくは過去のブログでお読みください。亀井静香氏の意見については政治家で、政治家って知らないことでも知ってるように言うと人気が出るってことです。どこの政治家も同じことです。経済学とはまったく無縁の亀井静香氏の方が竹中平蔵氏より魅力的に見えたは「権力」を握っていたからですよ(笑)では「デフレスパイラル」の解消法です。これはたったふたつしかありません。まずは「金融フロー」を拡大すること。つまり金融緩和やお札を金融機関に充実させることです。もうひとつは「消費フロー」を拡大することです。つまり需要供給を刺激することです。なお、南アフリカのWikipediaです。2010年のFIFAサッカーワールドカップの開催国です。アフリカで初のサッカーワールドカップです。南アフリカはアフリカの中でGDPが一位です。治安の悪さや貧困などの問題がある為に渡航はあまりお薦めしません。南アフリカは18世紀はオランダ、19世紀はイギリスが支配していました。香辛料や金が取れたからです。そこで白人達が大勢移住した訳です。日本の殺人は年129件、南アフリカは年15948件です。昔は「アパルトヘイト」という白人による黒人への人種隔離政策がありました。もう廃止になりましたけど人種間差別はあります。マンデラ大統領が1994年アパルトヘイトを廃止して、黒人初の大統領になりました。大統領(当時)は「南アフリカを虹の国にしよう」という。当時は白人居住区と黒人居住区がありました。黒人のひとは教育が当時いき届いていませんでした。その為に都市部に行っても働けなかった。黒人は隔離されていました。今は人種隔離政策はなくなりました。が、治安は悪いままです。白人の多くはオーストラリアに移住しています。が、南アフリカは金やダイヤモンドやレアメタル(レアメタルがないとパソコンが作れない)が豊富です。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、チャイナ・中国などの新新興国)という言葉があります。がBRICSではないか?と言われています。(Sはサウスアフリカつまり南アフリカです)南アフリカから2010年は目が離せませんね。後は情報が入り次第更新致します。
 

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震災から1年9か月 「2030年原発ゼロ」「綺麗ごと」では済まない原発現実

2012年12月30日 07時04分10秒 | 日記
「東日本大震災」 
 
今、原子力発電所が全部停まって火力発電所に99%特化しています。そこで使われるのが天然ガスですがこれはメタンガスのことです。プロパンガスというのは石油から分離する一番軽いもの(①プロパンガス②ガソリン③軽油④中油⑤重油)です。日本に輸入される天然ガスは零下160度で冷やし、1/600の液体にしてLNGタンカー船で運びこみます。非常に高コストです。単純に比較できないのですが、日本LNGは57.3ドル、アメリカのパイプラインは16.7ドルです。ロシアからのパイプライン計画も北方領土問題がネックです。でも、関係ありません。ロシアと日露安全保障条約を結び、シベリア開発、経済連携、天然資源共同開発など「経済連携」を密にすればいい。まずは経済連携でパートナーシップを高める。これだ。アメリカは100年分のシェールガス(頁岩・けつがん・シェール)が発見され「資源輸入国」から「資源輸出国」になりました。日本にはシェールガスはないのですが、メタンハイドレートが200年分日本海底に眠っています。東京電力は2012年12月14日、原子力部門の改革案を発表しました。原子力部門から独立して安全対策を指導、徹底する社内改革組織の設立などを柱に据え、過酷事故につながりかねない「負の連鎖」を断つ組織つくりを考えたそうだ。最終報告は2013年2月という。記者会見の問題点は(1)能力不足(2)知っていたが言えなかった(3)外部から圧力があった、です。45年前に福島第一原発建設時地元住民に「嘘をついていた」と認めた。また原発事故2日目にはメルトダウンしていたが、認めたのは11月後であった。後言いたいのですが活断層=危険=原子炉停止という流れは短絡的過ぎるということ。なら新潟中越沖地震で新潟県の柏崎刈羽の原子力発電所は何故大丈夫だったのか?普通の地震でも激しい地震でも普通は原子炉は安全に停まるんです。福島原発も地震で停止しています。その後の(想定外の)津波で原発全電源が停止して原子炉がメルトダウンしたのです。マスコミはそのことを知っているのに「脱原発派」におもねって報道しません。すべては視聴率、購買率の為なんです。皆さんもっと頭を使ってください。今、「脱原発!」などというのは赤ん坊でもできます。甘い嘘より苦くても大切な現実に目を向けましょうよ。原子力規制員会は活断層があるとして敦賀原発を廃炉にするという可能性を示しました。そんなこといっていたら日本中の原発は全部廃炉になりますよ。しっかりしてください。東電は福島に復興本拠地を4000人体制で設置すると決定。賠償も現地権限をもつという。日本海などにメタンハイドレート群が見つかりました。網走沖、秋田山形新潟沖、隠岐周辺沖にかなりの量のメタンハイドレート(メタンガスが凍ったもの)があるという。原発にかわる代価エネルギーとして期待大ですね。よかったですね。小林よしのり著作「ゴーマニズム宣言スペシャル 脱原発論」小学館刊行「読書感想文」フリージャーナリスト緑川鷲羽わしゅう。まず私が主張したいのは私は「原子力ムラ」の人間ではなく、「利権」とも無縁であるということ。マンガチックな「原発ブラボー再稼働」でもないということ。そして小林よしのり氏の本を読んで、「首相官邸の前で集団ヒステリーでお祭りデモに参加している連中と同じだ」という感想だ。確かに福島原発事故や乳飲み子の母や赤ん坊が泣いている映像を観たら誰だって「脱原発」になるのが人情だ。しかし、したり顔で「脱原発」を主張するなど赤ん坊でも出来る事なんだよ。小林氏は「一時的に電力が足りなくなって企業が出ていく?その程度の企業なら外国にどうぞ」という。現実がわかっていない。電力不足が「一時的」な訳ないだろう。企業は漫画家とは違う。1円2円の円高、電力料金で中小零細企業(全体の99%)は採算をとっている。そんな企業が中国やベトナム、インド、ミャンマーに出ていけば二度と帰って来ない。深刻な失業率になるだろう。漫画家の替りなど幾らでもいるが、職場の替りはない。また小林氏は「自分が9歳の頃(1956代)には原発はおろか火鉢しかなかった。大学生の頃漫画家デビューしたが(1970年代)、九州ではまだ原発はなくても幸せであった」という。現代エネルギー革命や、産業イノベーションがわかっていない。氏が学生や幼かった頃にはなかったスパコン、コンピュータやハイテク家電、スマートフォン、高品質テレビ、(節電)家電、クーラー…なにより電気がなければ水道の水さえ流れない。そういう基本的な事がわかっていない。悪戯に原発の危険や人々の恐怖心を煽り「原発は安全じゃない」と断罪する。これでは農家の恐怖心ばかり煽る農協と同じではないか。絶対に安全なものなどこの世に存在しない。車も飛行機もバスも全部「危険」であろう。何より太陽光や風力といういわゆる「再生可能エネルギー」が電力の1%であり、原発分はいままで30%であり、その分がすべて火力に特化しているから(電力の約99%)「電力不足」「電力料金値上げ」があるのであって、火力発電のエネルギー源の価格高騰に触れられていない。今「円高」であるので石油やガスの値段は高くない。だが、石油・ガスの価格高騰は続いている。価格高騰問題に触れられていないのは違和感がある。原発分の30%のキャパシティを太陽光・風力ではカバー出来ないのだ。それが現実だ。小林氏はあまりに感情に流され、プラグマティズムやコンストラクティブな思考を怠っている。只の「お涙頂戴」の「感情論」に騙されて、したい顔で「脱原発」では救われない。4号機の核燃料棒プールの危機など、政府も関係者も皆知っている。プロパガンダで原子力発電とオウム真理教を結び付けて描いているが、原子力を再稼働したり原発を廃炉にしながら新エネルギー開発(メタンハイドレード、シェールガス、地熱発電、新潟沖の未知の石油)していくのが「ヒトラー」(笑)だとでもいいたいのか?TPP交渉は「ナチス」(笑)か?私も政府の「冷温停止状態」「安全宣言」など信じていない。3・11の事故後すぐ私は「メルトダウン」もしくは「メルトスルー」していると思っていたのだ。だが「危険だ、危険だ」といっていても仕方ない。小林氏は「安全だというならお前が福島に住んでみろ!」という。私は福島ではないがすぐ近くの米沢(福島市郡山市のすぐ隣り)に住んでいるが健康だ。氏のいう「原発の代替案」が太陽光や風力では「お先真っ暗」だ。むしろ大事なのは「脱原発」と「原発再稼働」を二極化しないことだ。原発を求めている人々すべて賄賂をもらっているとか、右翼と決めつける氏こそ「左翼」になった「元・右翼」である。どっちみち福島原発事故で「新規原発開発」も「既存の原発再稼働」も殆どムリで、30年後には自然と「脱原発」になる。原発は全部停まるのだ。私だって将来的には「脱原発」の人間だ。氏の漫画は「感情論」であり「結果論」である。事故を観て恐怖を感じ、集団ヒステリー集団アレルギー、感情論を「プロパガンダ漫画」で描いているに過ぎない。こんなものでまともな代替案もなく、したり顔で「脱原発」を叫ぶなど、まさに「団塊の世代の安保闘争」「集団ヒステリーお祭りデモ」だ。マンガチックであり、主張が「子供」である。本書は一読の価値は確かにある。だが、氏がオウムテロの時のように脅迫に晒されているのは甚だ不幸ではあるが、こんなひとがジャーナリストの仲間とは、日本も甚だ「呑気な国」である。                
2012年10月1日青森県下北半島の大間原発(Jパワー)の再建設が始まりました。集団ヒステリーの「脱原発」ポピュリスト達はまた反発しています。が、Jパワーの会長は「原則40年稼働させたい」と現実的思考です。こういう現実がわかるひとの台頭は喜ばしい限りです。2012年9月27日「指定廃棄物(核のゴミ)」最終処理場が千葉県・宮城県・群馬県・栃木県・茨城県に決まりました。2012年9月20日「原子力規制委員会」が発足です。委員長・田中俊一氏。経団連など財界は「原発2030年代ゼロ」に反対していて、米倉氏が政府戦略会議辞職です。まあ、現実が見えている人々には当たり前の意見ですね。理由は後述しています。政府はとうとう「30年代原発ゼロ」を決定してしまいました。まさにポピュリズム(大衆迎合)です。でも閣議決定は見送りであるという。経済界からのはんぱつのおかげですよ。現実が見えない人たち(脱原発論者)には困ったものです。政府エネルギー戦略会議は「核燃料サイクルを維持」する方針を固め、もんじゅを研究炉にし、30年代に原発ゼロも併記するといいます。「2030年原発ゼロ」目標が、世論の圧力で明文化された。青森県の三村知事が、核燃料サイクル堅持を要望しています。国民の7割が脱原発をしたり顔で主張し、古川国家戦略担当大臣を枝野経済産業大臣も「脱原発」を決めてしまいたいといいます。やめて欲しいのはあと数か月後にはなくなる民主党政権に今後数十年続くエネルギー政策を付け焼刃で決めてほしくないということです。脱原発をし、原発をゼロにすると三十年後には核燃料再生が不要になります。青森県は結果として「核燃料永久貯蔵地」になってしまいます。青森県は「中間貯蔵地」であり「永久貯蔵地」という話になると話は違ってくると思います。事故調(福島原発事故調査委員会)のレポートは本質を突いていない。事故とは物理的な原因が起こり、波紋のように広がるものです。管首相(当時)や斑目委員長(当時)や枝野官房長官(当時)が悪かったうんぬんの前に物理的な自証を考えるべきです。「もう少しいい人材と英雄や天才的人物がいれば事故は防げた」とは思いません。全電源が地震や津波で喪失したら原子炉は冷やせないし、核は暴走する。どんな天才がいようが事故は(遅らせることは出来たかもしれないが)発生したと思います。設計上の問題であり、人材・組織の問題ではないからです。事故調のレポートは「犯人捜し」で、「脱原発論者」は「ポピュリスト(大衆迎合主義者)」だと私は断言します。理由は後述します。南海トラフの巨大地震被害想定は死者32人、浸水1015平方キロでそうです。10分以内の避難で14万人減、100%耐震化で3万人減です。備えあれば憂いなし、ということですか。全国の工業団地に万単位のメガソーラー計画があるそうです。だが、どんなに太陽光パネルを張り巡らせても原発分の3割は無理なんですよ。現在の技術では。だから単純にしたり顔で無策で「脱原発!」と声高に叫んでも集団ヒステリーだ、というんですよ。原発の将来を考える国民会議並びに国家エネルギー戦略会議は「1930年代前半に原発ゼロに」との結果になりました。東京電力福島第一原子力発電所事故の原因などを政府の事故調査・検証委員会は2012年7月23日最終報告書をまとめ、野田首相に提出した。被害が拡大した根源的問題として「東電も国も安全神話にとらわれていた」と指摘。危機管理対策の練り直しを促したとのこと。我が師・大前研一先生は政府と国双方のレポートを読み「率直に言ってどちらも役に立たないな」といいます。原因は津波?なら福島第二原発や東海第二原発は何故大丈夫であったのか?違いは「外部電源」です。福島第一原発は地震で外部電源がやられ、さらに津波で非常用電源もやられてメルトダウンしたのです。「外部電源」さえ無事なら大丈夫なんです。また「活断層の傍に原発あるから危険…脱原発!」というのには私は与しません。なら新潟の地震のとき柏崎刈羽原発は何故大丈夫だったのか?「脱原発デモ」など改革でも革命でも何でもない。くだらん「集団ヒステリー」でしかない。「再生可能エネルギー(太陽光・風力)」で原発分の30%のキャパはカバーできない。「集団ヒステリーデモ」などやめるべきだ。変なガキが「(nhkクロ現で「脱原発デモ」を取り上げることで)デモがないとかいっていたおっさんも黙るな」と悪口を書き込んでいた。私緑川鷲羽わしゅうは「デモがない」などといっていない。原子力規制委員会で委員長として田中俊一氏が内定しました。田中氏は放射線物理の専門家です。が、私は残念です。我が師・大前研一先生こそ委員長・規制庁長官にふさわしいと思っていたからです。福島第一原発の事故調査委員会で電力会社(東電)と民主党(官邸)・政府・当局が地震、津波対策を先送りしたことを「事故の根本的原因」と指摘し「自然災害ではなく人災」と断定しました。我が師・大前研一先生は「人災は一致するが、其のうえで「交流電源が長期的な損失を前提にしなくていい」という事故調のスタンスに問題があった」といいます。それに事故調は原子炉の分析を行っていません。原子炉内部にはいれない、ということで関係者1000人からアンケートをとり分厚い調査書を作成しただけ。こんなもの馬鹿馬鹿しい週刊誌やワイドショーと同じです。「外部電源」に触れられてないが「外部電源」が損失すれば3・11と同じことになります。再生可能エネルギー20年20%買い取りですが今は再生可能エネルギーのほうが値段が高く誰も買いません。夜間の電力料金引き下げも再生可能エネルギー20年20%も原発フル稼働しないと無理です。このままヒステリーで「脱原発」ムードでは日本の自殺です。皆さん目を覚ましてください。原発と原爆は違います。皆さんは誰かと同じでいい、皆脱原発というし、みたいな、「団塊世代の安保闘争」みたいな馬鹿はやめて目覚めてください。2012年7月5日に国会事故調が報告書を完成。述べ1167人に調査して、「東電・保安院の怠惰」否定せず、とした。地震・津波が起因ではあるが「人災」だ、という。2012年7月1日から再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、バイオマス)の買い取り法案が実施されましたね。誰が買うのか?政府か?電気会社か?株式会社か?いいえ、国民です。国民が電力料金に上乗せして払うのです。今まで再生可能エネルギーは1Kwh=10円くらいで採算がとれず普及しませんでした。それが太陽光(10円→42円)風力(10円→23円)地熱(時価→27円)となり値上げ分は国民が払います。最初は84円負担ですが国が再生可能エネルギーを30%にすれば月に800円から2300円の値上げになります。電気は税のようなもので選べないし、電気がなければ生活できません。基本的なことですが「再生可能エネルギー」が「原発分の30%」をつくれるか?ですがつくれないんです、今現在は。まあ、携帯電話みたいなものです。最初の20年前の携帯電話はカバンくらいおおきかった。それがいまや掌に隠れるほど小さくなり、且つ高性能になりました。再生可能エネルギーも同じようにイノベーションで大きく成長分野としては有望です。だが、今はまだ原子力程のキャパは無理なんです。福島第一原発事故で、日本国内では「原発の建設は危ない」と思いがちです。が、日本の原子炉建設メーカーである日立や三菱重工や東芝らは優秀です。世界でも日本勢に匹敵しているのはフランスのアレヴァ社くらいです。この市場に対しては韓国や中国も虎視眈々と参入を狙っています。しかし、日本勢の足元にも及びません。東芝・米ウエスチングハウス連合の原子炉である「AP1000」は、仮に福島原発事故と同じになっても最後まで自力で冷却できる設計であるそうです。今は原子炉建設は被害感情もあって難しい。だが、20年から30年後再生可能エネルギーに限界がきたとき原発が見直されると思います。また反原発脱原発ムードを創ったのはマスコミです。過剰報道をするから「脱原発デモ」などが起こるのです。脱原発のデモ(作家・大江健三郎・音楽家・坂本龍一呼びかけ)で代々木公園で10万人のデモがありました。いっとくが原発と原爆は全然違う。プロパガンダ(大衆操作)にいいからってリンクさせるな。私緑川鷲羽の立場はけして「原発ブラボー再稼働」などの漫画チックなバカげた考えの立場ではありません。私も「将来的には「脱原発」」という立場なんです。私が言いたいのは福島の原発事故や乳飲み子の母親と赤ん坊の涙をみれば誰だって「脱原発」の考えになるし、それが人情でしょう。が、只したり顔で「脱原発」と声高に叫ぶのなんて赤ん坊でもできる事なんですよ。大飯原発は再稼働したが、依然として原発分の3割の電力は火力発電に特化したまま。このままなら電力不足、電気料金高騰…最悪な事態が日本の産業に壁として立ちはだかります。それでもいい。何が何でも「脱原発」というなら地獄に行ってください。どんなに悲惨な日本経済になるか。勿論福島原発があんなことになって「新規原発開発」も「既存原発再稼働」も無理だし、拒絶反応もわかる。だが、真実から逃げて「脱原発!」と無策で叫んでいたら状況は好転するんですか?小林よしのりも櫻井よしこも勝間和代も無知すぎる。我々は甘い嘘よりもつらい現実に目を向けるべきだ。現時点で「再生可能エネルギー(風力・太陽光など)」では原発分の3割のキャパはカバー出来ない。将来の地熱発電やメタンハイドレードや新潟県沖の未知の石油など「将来のエネルギー開発」を急ぎながら、私だって嫌だが原発を廃炉にしていきながら「(日本経済に深刻な悪影響のある)計画停電」を回避していきましょう。甘い嘘や夢では食べていけない。我々は現実的な行動と思想で行動しよう。団塊の世代の「安保闘争」みたいな集団ヒステリーではなく、現実的に行動しようよ。悪戯に恐怖心を煽る前にもっと勉強しろ。このままでは日本の中小零細企業は電気関連でバタバタつぶれるぞ。もっと皆にはコンストラクティブな議論をして欲しい。集団ヒステリーでお祭りデモに参加してる人達を説得して下さい。2012年6月8日、野田首相は「原発を再稼働しないと日本がたちゆかなくなる」と会見。大飯原発を16日に再稼働し、夏期間限定ではない、と表明した。正論だね。大飯原発3,4号機の再稼働を橋下大阪市長は「ピーク時の3か月限定」というが賛成できません。ひとつは原子炉の安全性というのは、飛行機が離陸時と着陸時がリスクが高いのと同じに、原発は稼働時と停止時が高いリスクのタイミングだからです。一度稼働して定常状態になればリスクは高くありません。もうひとつは再び福島第一原発事故のような津波や地震が来ても、大飯原発は大丈夫で問題ないということです。これは専門家も証明しています。但し、今の事故調や民主党政権(というより財務省内閣)が原発を再び稼働させるのは橋下さんでなくとも疑問が残るでしょう。規制庁だの事故調だの「今更」です。あの3・11から1か月の「無政府状態」の方がむしろ事故被害より「国家として恐怖の国」なのです。事故調は管直人前首相、枝野経産相、海江田万里・元経済産業大臣を国会で証人喚問しました。またしらばっくれています。自分には罪がない、だの、知らなかった、だの。政治家も官僚もいつもそれです。だから私は嫌いなんです。政府は原発15%路線で検討だそうです。また東電がいよいよ完全国有化ですね。数兆円という損害賠償も税金で負担です。また東電新社長に広瀬直己氏(59歳・常務)です。2012年4月26日旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故から26年目ですね。東京湾北部地震での予想死者数は9700人だそうです。また東電会長に下河辺(しもこうべ)和彦・運営委員会委員長(64)=弁護士が就任だそうです。天下りの馬鹿どもはどんどんリストラしてくださいね。福井の大飯原発再稼働です。まずはよかった。原発が稼働しなければ火力発電に原発の30%分が特価したままとなり電力不足電気料金値上げですから。脱原発の過激派のひとたちももう少し頭つかおうね。2012年4月から放射線セシウムの新基準が決定されました。肉・魚・野菜・米100ベクレル、水10ベクレル、乳児用食品牛乳50ベクレルです。放射線暫定基準は500ベクレルから100ベクレルになった訳です。まあ100ベクレルでも健康に悪くはないし安全なのですが、「集団ヒステリー」ですね。生協は肉・野菜を50ベクレル、水牛乳を10ベクレル魚50ベクレル乳児用食品4ベクレルお菓子4ベクレルにしています。「集団ヒステリー」になって「ベクレル・デフレ」になるのが危険。一般的に国際基準は1000ベクレルなのだから。親ばかで「安全なものを子供に食べさせたい」も危険です。人間はそんなに簡単には死なない。自然界には常に40ベクレルは浮遊している。何も食べないわけにはいかない。出荷停止は24種類だ。昔からスリーマイルやチェルノブイリでICRP(国際自然保護委員会)では370ベクレルを国際基準としている。チェルノブイリと基準を日本は踏襲するべき。だが、とにかく福島の原発事故での集団アレルギーで、原発近くの産地食糧を食べたくないが国民の38%もいるという。とくにいえるのは食品の放射線濃度の検査費の高騰がもろに食品にくるということ。問題は3つ。1つ機械が足りない(高精度測定器1台2000万円・改修費700万円(2トン)維持費500万円)千葉県2機、福島10機。2つは時間がかかる。3つは数が多い(主要4産地、その他32産地)。「集団ヒステリー」は高くつくということだ。
南海トラフ(駿河湾から九州沖の浅い海溝)での巨大地震での予想津波は20メートル超と試算しました。どこに逃げればいいのでしょうか?また福島産コメは100ベクレル超で廃棄。あと驚いたのですが福島県民全員に補償する(浜通り40万円、中通り20万円、会津10万円)。新潟県の柏崎刈羽第一原発6号機が停止し、残りは北海道の泊原発3号機1機だけになった(泊原発も4月で停止)。「帰還困難」の慰謝料が600万円、「居住制限」の慰謝料は240万円と決まりました。 3・11「東日本大震災」から1年である。福島第一原発事故後、原発はゴキブリのように嫌われ、すべての発電は火力に特価した。私緑川鷲羽わしゅうも原発にかわる電力をいろいろ考えてみた。そこでアイスランドのような地熱発電ではないか、という結論に至ったのである。日本には火山・温泉も多く、アイスランドと似ている。勿論地熱発電には反対意見もある。①初期費用が高い(1回のボーリングで1億円)②温泉が涸れるのではないか?という不安③国立公園内であること。だが、仮に日本のすべての地熱を発電に使うと原発20基分だ。サトウキビ、海藻、ミドリムシなどからのバイオエタノール(開発中)、また日本海には天然ガスが凍ったメタンハイドレードが100年分ある。しかし、すべては未来でのこと。が、原発を蠅のように嫌うなら以上の発電しかない。原発がダメなら地熱・バイオエタノールだ。政府は東電の全役員に辞任を要求しました。また放射能汚染は深刻ですね。除染には2014年3月までかかるそうです。それだけ汚染は深刻だ、ということですね。①汚泥(おでい)は東京下水だけで160トン・13都県6万9000t。②家庭用ごみ7県で1万5400トンです。焼いても沸騰させても放射性セシウムは減らないからたまるのです。今は原発から放射能汚染物質はでていません。国は8000ベクレル以下は埋め立ててもかまわないという方針です。が、また子持ちの母親の涙のプロパガンダで反対され「埋め立て」は進んでません。ちなみに1ベクレルは0.0001ミリシーベルトです。ごみを分担するから「絆」ではなく東北地方にゴミ処理場や電力施設をつくって復興を図るべきです。東京電力は政府から9808億円の大借金をして、「2011年度の賠償金」を払いかえしていく予定です。政府は福島第一原発事故の「廃炉」まで30年かかると明らかにしました。やっぱりね。復興債の償還は25年間だという。また福島第一原発の2号機が一時臨界になり微量のキセノン(放射性物質)が検出されたという。震災で転校が2万5025人で7割が福島であるという。2011年3月11日の東日本大震災では義援金が3245億円が集まったが1109億円が渡っていない。義援金は税金ではないので政治家や官僚が配っている訳ではないのです。それぞれ国レベルの配分委員会(堀田力会長、プール金363億円)で被災者・原発避難者(避難地区認定住民のみ)・家が半壊または全壊したひと(家が壊れない被災地は☓)に渡される訳です。国単位の委員会から県単位の配分委員会(プール金403億円)にいき市町村単位の委員会(プール金343億円)から被災者に渡る。一家族に110万円から51万円くらい。募金では税金ではないので救えないのです。困っているひとの「一息」のためが義援金です。 9・11米国同時多発テロ事件から10年、東日本大震災から半年。米国ではアルカイダによる米国国内のテロの信ぴょう性の高い情報があるという。何も起こらないといいね。ただ、言っておくが我々が戦っているのはアルカイダなどのテロリスト集団でイスラム教徒ではない。9・11に歴史的必然などない。「脱原発」はテロリストレベルだと思います。3年間原発を一切使わなければ日本の産業はどうなりますか?一部の人は(1)世界唯一の被爆国日本こそ「核なき世界」を(2)再生可能エネルギーを国家戦略とすべき、と思っている。子供を抱えた母親の涙でプロパガンダですか?何度も言うが「原発の30%」は太陽光発電システムや風力発電ではカバー出来ない。結局火力に特価して電力料金値上げ電力不足で産業空洞化です。アメリカの国債が「Aaa(トリプルエー)」から「Aa+(ダブルエープラス)」に格下げになった。世界同時株安です。ですが米国が2013年までゼロ金利政策を続けると政策を発表して、世界同時株安は一服です。東証359円安、株価9300円割れです。心配していた「二番底」ですか?ここでは原子力発電と核兵器について述べます。「東日本大震災」復興財源と節電策。123号機はやはり炉心融解でした。浜岡原発停止「支持」は66%「原発全廃」は12%です。1号機の二重扉を開放し作業員が建家内部で作業しましたね。政府は30年以内にM8クラスで87%で起こるとされる東海大地震の対応として、静岡の中部電力浜岡原発の4号機5号機や全炉の停止(3670万KW)を決定した。(1号機2号機は廃炉、3号機は検査調整中)東北山形秋田新幹線全線開通。政府は「東北自動車道」の無料化です。原発賠償「交通費・宿泊費」「放射能検査料」「失業保証」「家畜の保証」「健康被害賠償」「計画停電」は何だったのですか?「計画停電」で信号や照明、店、工場がとまり経済観光をズタズタにしたのは明らかな「人災」です。消費者物価指数が下落したのも「人災」。政府はもっとちゃんとした判断をしてほしい。阿呆なら阿呆なりに「余計なこと」をしないで欲しい。クーラーは高いというがガスや灯油のほうが安くすむようになった。電気の冷暖房の方がお得。自粛は☓。お金はつかったほうが被災地の為になる。消費すると消費税と被災地の復興需要になる。56万人も宿泊場キャンセルだ。2ヶ月から6ヶ月間はステップ①準備作業、放射線量の測定方法検討。ステップ②冷却・放出の抑制、土地・家屋の計測・除染。現在2ヶ月の住宅などの建築期限を最長8ヶ月延長し、各地の農家を集約して、対規模化。東北地方を「食糧保管地区」へ。政府が土地を買いあげて高台に開発はコストが高いがやらねばならぬ。地震保険の支払が1854億円、東電の賠償金は8.3兆円だといいます。まあ、電気料金値上げと国からの公的資金導入でしょうね。原発から20Km圏内が「警戒地域」に指定されました。「警戒地域」とは罰金罰則があり、10万円以下もしくは拘束ですね。「震災復興賠償機構」が設立です。死者の9割が水死で、被災3県の60歳以上65%の死者もそういう老人であったそうです。汚染水の移送も開始されました。原発の炉心内部にロボットを搭載し、炉心内部が1時間あたり65mSv(ミリsh-ベルト)であると検知した。岩手県の地震と津波で壊滅した300Kmは「災害危険地域」に指定、政府も「原子力政策」を再検討するそうです。東電の石田顧問が辞任しました。半世紀にのぼる「天下り」の批判を受けてのことです。東電や原子力保安委員は放射線抑制まで6ヶ月から9ヶ月かかると発表しました。これで年内避難解除は困難になりました。2011年4月15日千葉県浦安にあり「液状化」の被害を受けていた東京ディズニーランドが一ヶ月ぶりで再開された。東北地方の宿泊施設では風評被害で39万人(うち6割外国人)ものひとがキャンセルしたといいます。気象庁は数ベクレルの放射線ヨウ素131が標高20mから500mで検出されたと発表した。こうなると浪江町や飯舘村は「安全です」とは言いにくい状態ですね。だが、原発から30Km内の500ミリシーベルト(mSv)とは1年間浴び続けて1万人に1人が癌になる、という程度です。過剰反応は駄目です。落ち着いて。あと「東日本大震災」という名称が外国人に混乱を与えています。「東日本大震災…日本の東側全部被災したのか?」というのです。名称変更がベストです。「復興構想会議」の五百旗頭真議長は「復興税」を提案してますね。なお「「義援金」「支援金」「寄附金」の違いは?」ですが「義援金」は被災者に直接渡る金で、「支援金」はボランティア活動の財源や支援物資や治療費などで、「寄附金」とはその都道府県の被災地のインフラやライフラインの復興やメンテナンスに遣われるお金です。義援金は大体「日本赤十字社」や「国連WFP協会」によって集められ被災地役所の「義援金配分委員会」に行き、そこから市町村役場→個人口座(あるいは直接支給)です。とにかく「罹(り)災証明」が必要なんですが、家や証明書すべて津波で流されて「本人確認」が出来ないというので「罹災証明」なしでも支給しようと決まりました。死者・行方不明35万円、家屋全焼全壊1戸35万円、半壊18万円、原発被害1戸100万円で、被害総額は25兆円になりそうです。第一次補正予算(5月)には4兆円だす(子ども手当なしに、高速道路無料化なしに、予算削減、年金半分税負担なしに)。増税は確かにすぐ出る金ではありません。法案を通すまででません。ですが900兆円も借金があるのにまた「赤字国債」ですか?日本国債の暴落の危険があり私は反対です。復興国債(2年から10年で元本返済(普通の国債は60年で元本返済ルール))しかないですね。その際「日銀」が買っては駄目。金融機関でないと。「復興税」というか被災地以外で10年間限定消費税2%(40兆円)増税です。また原発ですが今は更なる「水素爆発」を防ごうと「窒素」を炉心内部に注入しているところです。だが、ストロンチウムという放射線まで検知されました。ストロンチウムはカルシウムのように人骨に浸透する放射線です。チェルノブイリ事故では放射能汚染は10日間で520テラベクレル、福島第一原子力発電所事故では一ヶ月で63テラベクレルです。風向きによりあらたに福島県川俣町、飯舘村、南相馬市、田村町にも避難指示であるという。ちなみに「避難地区」は法的拘束力がない。「警戒地域」なら法的拘束力があり罰金もある。「電力ピークの夏が危ないなら4月5月6月に電気を貯めていればいいのでは?」は「電気」は貯められないのです。乾電池も「電気を貯めているのではなく元素反応で発電している」だけです。大きな乾電池が「発電所」という訳です。1987年7月24日の「大東京都心部大停電」の二の舞は避けたい。震災から1ヶ月以上過ぎればこんどは「心のケア」だ。欝、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不眠、悪夢、生活やお金、病気…まだまだこれからだ。ボランティアさんは「自己完結型」で被災地にいってください。食料も水もテント、車、被災民に迷惑にならないで「お役に立つ」仕事をしてください。2000万トンの瓦礫を分別・撤去・処分するのに最低でも5年はかかるそうです。瓦礫処理代は3000億円、道路・港湾整備に1.3兆円です。トモダチ作戦には68億円かかったそうです。ちなみに「余震はいつまで続くの?」という質問ですが、何十年と弱まりながら続きます。震度0という微弱な地震が阪神淡路大震災の神戸地方ではまだ余震があるという。マスコミの広報でおなじみになったメガネの中年のおじさん・西山秀彦さんは経済産業省でTPPに関して担当していた方です。前任者の中村氏、根井(ねい)氏は専門家でしたが、専門的過ぎて説明がわからないと移動になりました。現在原発の処理班は257名です。東京電力社員207人、関連会社社員50名で免震重要棟というところでパンやレトルト食品を食べながら通路に雑魚寝して頑張っています。「原発はいつ終結するの?」は、せいぜい10年から20年です。ですが、日本の技術力は災害後わずか6日間で870Kmもの寸断された道路を復旧させたことです。それというのも「災害対応対策協定」というのをゼネコンや中小土木業者と協定を結んでいたからに他なりません。また「品薄」ですが確かに「納豆」「ヨーグルト」「牛乳」「ペットボトル水」「ビデオテープ」「紙おむつ」がないですが、「買い占め」というよりは容器の石油原料が足りないのと「計画停電」のせいです。教育の遅れも深刻です。震災孤児は阪神淡路大震災の64人を上回る150人以上だそうですね。政府は農作物・コメの作付け制限を実施、「原発事故での放射能汚染には賠償金を払う」と決めました。東京電力は当分の間「計画停電」を実施しない予定です。福島第一原子力発電所事故が長期戦となるとして20キロ圏の住民の一時帰宅在を政府が認めました。海水の放射性ヨウ素の濃度が通常の14万倍で、震災転校は1万1000人、一時補正4兆円、支援額1兆円だそうです。日米軍による「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」が終了しました。これから2、3ヶ月はボランティアさんが大勢きて「瓦礫の撤去」「掃除」「遺体捜索」「ペットの世話」などマンパワーが必要だが1年、3年となってくると「心のケア」「生活相談」「うつ病」「不眠」「PTSD」「猛暑」など精神科医や主婦やケア・マネージャー、ボランティア・コーディネーターが必要になる。ちなみにですが「4号機はメルトダウンしてないの?」は、4号機は地震津波時に休炉中で炉心に燃料棒そのものがない為、(使用済み核燃料棒以外では)危険が少ないということです。メルトダウンでプルトニウムや放射性ヨウ素・放射線セシウムが検知されたということは、「炉心の下」か「配管」か「サプレッション・プール」かにヒビがはいっていて漏れ出しているのですね。今、「集中環境室」に低濃度放射能汚染水が溜まっていて、高濃度放射能汚染水を入れたい為に海に仕方なく放出したのです。「苦悩の内陸部避難」が始まりました。宮城南三陸町、岩手県・宮古市・山田町・大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市などの避難民が内陸部に「集団避難」しました。今、汚染水が直接海に流れている状態でした。ピット(電源ケーブル収納施設)に亀裂があり1000mSv/hの放射性ヨウ素が出ていました。一回コンクリートで固めて亀裂を埋めようとしたが失敗、高分子ポリマーという水をジェル状にするものを注入し、その後コンクリートを注入しましたが失敗。2011年4月6日早朝、2号機のピット(立て杭)から海に漏れていた高濃度放射能汚染水が、水ガラスという物質を注入したことにより海への流出が止まりました。これは一端の朗報です。 「大規模停電」を防ぐ為の「計画停電」は愚策である。しかも「計画停電」は栃木や埼玉、静岡という「田舎」ばかり…。「節電」というなら何故「東京26区」はダメなのだ?品川区や新宿区一回「計画停電」で神奈川県全体分ではないか。ならどうすればいいかをこの「プランナー」で「ストラテジスト(戦略家)」のフリージャーナリスト・緑川鷲羽(わしゅう)さんが献策する。まずは①「サマータイム導入」②「夏の高校野球・甲子園の延期(夏ではクーラーとテレビ齧りつきで電力の無駄)」③「電気の無駄使いに罰金(許容量の30%や50%なら無駄使いする度に罰金が重くなる)」④10年間限定で復興財源に消費税2%増税(40兆円)する。⑤地方分権化(道州制)。戦略とは顧客(国民)第一主義でなければならない。なんとか総研とか○○大学教授だの集めるだけ無駄。知恵や策略とはそんな学歴エリートには考えられないものなのだ。が、とうとう策がなくなって低レベルの放射線汚染水を海に「緊急避難で」放出しました。大事なのはメルトダウン(炉心熔解)が1号機2号機3号機ではすでに起こっていて、4号機の使用済み核燃料棒も危険だということ。メルトダウンしたからこそ原発付近で通常の3000倍や4000倍の放射能や「プルトニウム」がトレンチやピット(立て杭)から検出されているのです。1日に600tも冷却の為に放水すれば「満杯」になるのは道理。後、4、5年は放水をやり続けなければならない。10年後くらいで落ち着いたら燃料棒を搬出し、コンクリート漬けにするしかない。チェルノブイリ事故のときのような「直ちにコンクリート漬け」は「YES」といいがたい。コンクリートは熱に弱く、チェルノブイリ原発のいわゆる「石棺」はヒビがはいって放射能漏れが起きている。「コンクリート漬け」は10年後だ。原発付近は漁業権が放棄されている為、魚介類で「被曝」する訳ではありません。政府・民主党は東日本大震災の復興のために「復興構想会議」を設置して有識者を集めて「復興戦略」を考える予定であるといいます。また震災では内定取り消しが数百人、失業も何万人規模になりました。東電は1号機から4号機まで「廃炉」にすると発表しましたね。今は「合成樹脂」を瓦礫などに蒔いて「放射性物質」の飛散を止めようと足掻いています。「冷却水システム」は稼働確認され「電源」はいれました。仏の放水ロボット「タロン」も搭載するようです。基本的には「メガフロート」という「放射性物質汚染水貯蔵庫」に汚染水を移動させる予定であるそうです。なお海水ではなく今度は「淡水」を替りに注入しています。これは海水だと塩害があり、塩分が炉心の底にたまる為の処置です。だが「風評被害」が酷くなっています。福島第一原子力発電所から遥かに離れた九州や山口県の部品メーカーや繊維メーカーが「輸出先の外国企業」から「放射能に汚染されていないか証明書を下さい」などといわれているそうです。「日本の食料危ない」など明らかな「風評被害」が出ています。これにたいして説明責任がある「政府・民主党」ですがデマをとめる術を知りません。ちなみに福島第一原子力発電所の1号機(1971年3月26日)、2号機(1974年7月18日)、3号機(1976年3月14日)、4号機(1978年10月24日)、5号機(1978年4月18日)、6号機(1979年10月24日)という完成日です。でも古いから「安全じゃない」訳ではありません。1号機はGE製です。2号機からは「日本人」が一生懸命「真似して」作りました。部品交換やモデルチェンジしているので古いから事故…という因果関係ではありません。制御棒はきちんと入った為に核分裂・爆発にはなりません。だが燃料棒の「崩壊熱」で炉心が溶けてメルトダウンしたようです。なお「水素爆発」とは、炉心の燃料棒の冷却水が少なくなって燃料棒が露出して、化学反応を起し大量の水素が発生した。水素は空気より軽い為に建家の屋上にたまり引火して「水素爆発」したのです。「核爆発」ではありません。ですが福島第一原子力発電所の自主退避のエリアには「寝たきり老人」や「牛や鶏を飼っている酪農家」もいます。被害の「賠償金額」は物凄いことになりそうですね。「プルトニウム漏れ」はプルサーマル(プルトニウム・サーマルリアクター(プルトニウム軽水炉(ただの水の炉)和製英語))の3号機からでしょうと思います。プルサーマルとは「原子力発電」で「ウラン」や「プルトニウム」がでてその「プルトニウム」を再利用する原子炉です。ですが青森県六ヶ所村に処分する核燃料棒を集めることにはなっていますが、「最終処理場」はきまっていません。大前先生は「ロシアと仲良くなってシベリアやツンドラ地帯に燃料棒を埋葬するのがいい」といいますが違います。あの一帯の地下には「有毒ガス」が眠っていて掘れば「有毒ガス」が世界中に風で飛散してしまいます。なおプルサーマルの為の燃料は「MOX燃料」というものですが日本には処理後のプルトニウムを「MOX燃料」にする施設がありません。だから自衛隊の護衛をつけ、テロリストに「核爆弾の材料・プルトニウム」を盗まれないように、再処理施設のある仏のAREVAの工場まで運んだのでした。そのニュースを覚えていますか?今回の福島第一原子力発電所事故と「チェルノブイリ事故」の違いは「核爆発」と「メルトダウン」の違いです。水や食料が「摂取制限」「出荷制限」ときくと過剰反応してしまっては敵の思う壺です。もっと冷静になってください。また「SPEEDIって何ですか?」ですが「System Prediction of Einvriroental Emergency Dose Information.」(緊急時迅速放射能影響予想)というものです。風向きや温度、大気、気象、陸地や海面の起伏などを計算して放射能影響を地図上でグラフ化するシステムです。なお「原子力安全保安院」は経済産業省管轄の役人ですが、「原子力委員会」は「保安委員」を監視する有識者の団体です。2011年3月29日に海水から通常の3355倍の放射性ヨウ素が検出されたそうです。だが、1号機から6号機までのコントロール室などの照明が灯りました。実は日本の土壌にもウランが通常あります。東西冷戦下にアメリカや旧・ソ連が空気中、大気圏中で(今は地下で)核実験をしたからなんですね。だが、プルトニウムというのは重くて飛散しずらいので「放射性ヨウ素」や「セシウム」のように悪戯に恐れる必要はありません。ちなみに日本の電力の割合ですが、火力発電が60%、原子力発電が30%、水力が10%くらいです。水力発電所はもう日本中にダムをすべて造ってしまったので頭打ちです。火力発電はオイルショックなどがあったために原子力発電がいい、と始められたためです。放射線は細胞やDNAを傷つける為に恐れられています。が、大人や老人には免疫もあり、むしろ子供や赤ん坊の甲状腺(成長ホルモンや新陳代謝を司る喉のところ)がダメージを受けるといわれています。もちろんかなりの放射性ヨウ素をあびた場合は…ということですが。放射線は宇宙からも、大地からも、食料からも、大気からも出ています。世界平均放射線比率は2.4mSv(日本は1.24mSv)です。「暫定摂取制限」とは原子力安全保安院が決めていた摂取制限を、暫定的に政府が決めました。食べ物で(2000ベクレル/kg=0.049mSv/kg)、水で(大人(300ベクレル/kg=0.0007mSv)乳児で(100ベクレル/kg=0.002mSv))まで安全です。年間では50mSv(ミリシーベルト・日本は33.3mSv)まで安全。水で洗い流すだけで放射性ヨウ素は「半減」します。が、水を沸騰させては駄目です。放射性ヨウ素は「細菌」ではありません。沸騰すれば濃度が増して危険です。妊婦やおっぱいは安全です。「計画停電」ですが来年(2012年)夏くらいまで続きそうですね。ちなみに東京ドームの一回分のナイター戦で6000Kw(6000万世帯分) です。被災地に陸海空自衛隊10万人が派遣されていますが、キャンプをはって寝泊まりしています。自衛隊というのは「食料」「トイレ」「お風呂」など「自己完結」でできるから便利な軍隊なんです。在日アメリカ軍も「ともだち作戦(オペレーション・トモダチ)」で頑張ってました。仏からの専門家チームもありがたかったです。何故仏は原発に詳しいのか?は仏は世界一の「原発大国」だからです。原発59基、電力割合77%です。ちなみに日本の電力会社は「北海道電力」「東北電力」「東京電力」「北陸電力」「中部電力」「四国電力」「関西電力」「九州電力」「沖縄電力」があり、他に制御電力事業会社として「J-POWER」「日本原子力発電株式会社」などがあります。世界では仏EDF(4004wh)、ドイツEON(3454wh)仏ENEL(2877wh)日本・東京電力(2602wh)、米国エクセロン(1731wh)という順位になります。今回の東日本大震災の被害額は25兆円といわれています。阪神淡路大震災は10兆円でした。88年前の関東大震災は死者10万人で復興院の長官は歴史上の人物・後藤新平がなり、110兆円、遷都しない、耐震化などものの見事に決めていき首都は復興したのです。平成の後藤新平よ、いでよ!というところですが五百旗頭(いおきべ)真さんが「復興委員会会長」になりました。日本赤十字(1887年創設、トップ皇后陛下)には1160億円以上もの義援金が寄せられたそうです(経済界からはソフトバンクの孫正義氏が6300億円の自己資産から100億円の義援金。石川遼プロは今季(2011年)賞金全額寄付)。まだまだ日本人も捨てた物じゃあありません。仮設住宅建設も急ピッチで建てられていますが、コミュニティーごとで移動ということになりそうです。なぜなら1995年の阪神淡路大震災のときは「抽選方式」にしたため隣は見知らぬ他人で「老人の孤独死」などあったからです。地震保険(上限5000万円)は火災保険のオプションです。地震保険だけにはいることは出来ません。東北には472社の部品メーカーがありますが、大震災で「部品」がつくれなくなり「日本経済」が大打撃です。しかしテレビは「行政を動かす」「人命を救う」「支援を広げる」効果はあったと思います。民主党政権は「復興財源」として4000億円の赤字国債を発行するというが、あまりおすすめできません。これ以上借金が増えれば「日本国債」が暴落するからです。あと「過剰反応」にも罰則ですね。水道水にたった210ベクレルが…でペットボトル水を過剰反応で買い占める。それは1年間飲み続けてもレントゲン一回分でしかない。「専門家」ももっとちゃんと「説明」しないと「日本復興」は道さえなくなる。まずは「冷静な行動」をしてください。それにしても何故「政府・民主党」が「メルトダウンはしていない」と何故嘘の報道をしたのか?私には理解できません。まるで「大本営発表」です。嘘はすぐばれます。今回の2011年3月11日の「東北関東大震災」では未曾有の大災害で、死者・行方不明者2万9000人避難民12万人、福島第一原子力発電所の1号機から4号機まで大変な状態になりました。

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年末特別小説 花の慶次 前田慶次の生涯ブログ連載小説2

2012年12月30日 02時36分17秒 | 日記
         2 軍神・謙信


この時期、利家は拾阿弥という坊主を斬り殺している。拾阿弥が利家の妻・まつの”こうがい”を盗み、悪態をつき、利家を嘲笑し、唾を吐きかけたからだ。利家は信長の面前で拾阿弥を斬り殺し、刀を鞘におさめ、「ご処分を!」と信長にいった。
 信長は烈火のごとく怒り「犬! 斬ったな!」と吠えた。「切腹いたせ!」
「なぜひとを?」まつは利家に必死に尋ねた。
 利家は「ほめてくれると思うたのに!」と不満をもらした。
 まつは「命ですよ…。ひとの命より”こうがい”が大事なのですか?!」と問うた。
 利家は押し黙った。まったくその通りだった。ぐさっ! ときた。
 しかし、柴田勝家が必死に利家の命乞いをし、まつが信長に直談判したため、利家は切腹をまぬがれた。が、浪人となり、ぼろぼろの庵での生活がはじまった。
 秀吉はよくその庵を訪れ、薪を運んでくれた。「おね殿!」秀吉はおねに夢中だった。しかし、おねはまつに会いにきただけで、秀吉などに目もくれなかった。「サル!」おねは不快感を露にしたという。
清洲城下に着くと、信長は義元の首を城の南面にある須賀口に晒した。町中が驚いたという。なんせ、朝方にけっそうをかえて馬で駆け逃げたのかと思ったら、十倍の兵力もの敵大将の首をとって凱旋したのだ。「あのうつけ殿が…」凱旋パレードでは皆が信長たちを拍手と笑顔で迎えた。その中には利家や勝家、そして泥まみれの猿(秀吉)もいる。「勝った! 勝った!」小竹やなかや、さと、とも、も興奮してパレードを見つめた。
「御屋形様! おにぎりを!」
 まだうら若き娘であったおねが、馬上の信長に、おにぎりの乗った盆を笑顔でさしだした。すると秀吉がそのおにぎりをさっと取って食べた。おねはきゃしゃな手で盆をひっこめ、いらだたしげに眉をひそめた。「何をするのです、サル! それは御屋形様へのおにぎりですよ!」おねは声をあらげた。
「ごもっとも!」日吉は猿顔に満天の笑みを浮かべ、おにぎりをむしゃむしゃ食べた。一同から笑いがおこる。珍しく信長までわらった。
  ある夜、秀吉はおねの屋敷にいき、おねの父に「娘さんをわしに下され」といった。おねの父は困った。すると、おねが血相を変えてやってきて、「サル殿! あのおにぎりは御屋形様にあげようとしたものです。それを……横取りして…」と声を荒げた。
「ごもっとも!」
「何がごもっともなのです?! 皆はわたしがサル殿におにぎりを渡したように思って笑いました。わたしは恥ずかしい思いをしました」
「……おね殿、わしと夫婦になってくだされ!」秀吉はにこりと笑った。
「黙れサル!」おねはいった。そして続けた。「なぜわらわがサル殿と夫婦にならなければならぬのです?」
「運命にござる! おね殿!」
 おねは仰天した「運命?」
「さよう、運命にござる!」秀吉は笑った。
利家は妹のようなまつを可愛がった。しかし、おねに懸想(ラブ)していたという。「しかし世の中わからん。何でおね殿はあんな猿顔の秀吉などいいんだ?わしのほうが顔はいいのに」利家はまだ少女のまつに愚痴った。子供の頃から荒子城で居候のように育ったまつは「苦労人」である。「好きになるのに理由などありはしません。利家さまにはわたくしがおるではありませんか。それともわたくしでは不服ですか?」  
 利家は只、納得したように頷くしかない。「不服ではないがのう…」
 かくして、秀吉はおねと結婚した。結婚式は質素なもので浪人中の利家とまつ(利家二十二歳、まつ十二歳、2男9女に恵まれる)と一緒であった。秀吉はおねに目をやり、今日初めてまともに彼女を見た。わしの女子。感謝してるぞ。夜はうんといい思いをさせてやろう。かわいい女子だ。秀吉の目がおねの小柄な身体をうっとりとながめまわした。ほれぼれするような女子だ。さらさらの黒髪、きらめく瞳、そして男の欲望をそそらずにはおけない愛らしい胸や尻、こんな女子と夫婦になれるとはなんたる幸運だ! 秀吉の猿顔に少年っぽい笑みが広がった。少年っぽいと同時に大人っぽくもある。かれはおねの肩や腰を優しく抱いた。秀吉の声は低く、厄介なことなど何一つないようだった。
 利家はまつを見た。あのあどけない幼女だったまつが、こんなに可愛い娘になり、嫁になってくれた。利家は嬉しかった。本当に。心よりの底から。
  信長が清洲城で酒宴を繰り広げていると、権六(勝家)が、「いよいよ、今度は美濃ですな、御屋形様」と顔をむけた。信長は「いや」と首をゆっくり振った。そして続けた。「そうなるかは松平元康の動向にかかっておる」
 家臣たちは意味がわからず顔を見合わせたという。

  利家の父・前田利昌が死んだ。知らせをきいた利家だったが、戦の準備で葬儀に出席できなかった。そこで、利家は神社で号泣しながら、信長に「御屋形様! 『敦盛』を! わたくしめにみせてくだされ!」と嘆願した。
 信長は「誰か死んだか?」と尋ねた。利家は答えず、涙をぼろぼろ流し続けた。
 信長は『敦盛』を舞いはじめた。
 ……人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり、一度生をえて滅っせぬもののあるものか………
  それは、信長からのレクイエムだった。利家は只、号泣するのみ、だった。



   慶次らはひととおり戦談義と見学を終えた後、母の見舞いに山をおりた。
 母はすでに出家している為、定額山善光寺によることになる。最近はめっきりと病気がちになってもいた。いわゆる病気見舞いのようなものである。慶次には不安があった。何度も自分にかわって母の見舞いにきている弟から「母者の病状は悪い」と、きかされていたからだ。しかし、それを顔に出して面会する程、慶次は馬鹿ではない。
 上杉謙信にはかなわないまでも、内に智略を秘める利発な人物は、心をなかなか見せない。智略家に多い、謀略性がこの男の特技でもある。母上が死ぬ訳がない……
 それはわずかな希望であった。
 しかし、元来の現実主義者でもある慶次ではあったが、やはり不安は隠せない。
 ひとは死ぬ。
 子より親が先に死ぬのは道理でもあり、自然の摂理でもある。
 ……それはわかっているが……
 慶次は涙が出そうにもなった。痛々しい母の顔をみたときである。いかに智略家であっても感情までもコントロールはできない。悲しいし、母恋しい思いもあるに決まっている。 早くより前田利家の鬼・利久に目をつけられて前田家に養子に出されて、前田慶次となる。上杉に興味をもち、上杉景勝の補佐をしていた兼続を慕って、上杉に仕官することになる。弟が母の見舞いと看病を続けていた。 母は布団から身を起こして、
「元気そうでなによりです、慶次」という。
 慶次は、「いいえ。母者。どうか寝ていてくだされ」という。
 母は繰りごとのように「前田家……もっと前田利家公に仕え精進しなさい。お前は母の子ではなく、加賀の子になりなさい!」
 という。当たり前だ。加賀に生まれの人間は、若い御屋形様、利家公は軍神のようなものである。一度も戦に負けたことがない無敗伝説は『加賀の龍』の伝説となっている。
「ははっ!」
 慶次はうやうやしく母に頭を下げた。
 そして、慶次には母が消えかけた蝋燭の風前の灯と映り、その後の言葉が出なくなった。母者! ……どうか一日でも長く生きてくだされ。心の中で思うだけである。


  兄弟ふたりは壮天の青空をみつめ、丘の上にいた。
 そよ風が頬をかすめ、心地好い。
 ふたりはしんとした顔になり、
「母者は……だいじょうぶであろうか?」といいあった。
「まあとにかく」慶次はいった。「わしは前田家のために精進する。母者の命通りに…」「御屋形様は天下をとれるじゃろうか?」
「……わからぬ」
 弟は訝しがった。「わからぬとは? 御屋形様は加賀の龍……だれにも負けないはずじゃろうが兄者?」
「その御屋形様は天下を獲ろうという野心がない。加賀の守護となればあるいは…」
 慶次には残念でならない。武田信玄如きは天下を欲していた。織田に討たれた今川義元も天下を狙った男だ。しかし、御屋形様(利家)は領土を広げようという欲がない。
 前田利家のような軍略の天才ならば天下だって夢ではない筈だ。
 しかるに……
 慶次は遠くを見るような目をした。
「とにかく……わしは前田家のために尽力するのみだ。のう、それでよかろう?」
「兄者?」
 ふたりは無言になった。
 そんなとき馬の足音がきこえた。まずい! 赤い四菱の旗指物……武田軍じゃ!
「おんしら上杉者かぁ~っ?!」
 馬が三騎やってくる。とにかく逃げねば。
 矢が雲霞の如く飛んでくる。
「痛っ!」
 矢が慶次の肩をかすめた。少し、出血した。ふたりは駆け出し、藪の中に逃げ込んだ。 何とか逃げきったようである。それにしても危なかった。ふたりは大きく溜め息をもらした。武田め! 信玄が死んだからと勝頼の時代となっても荒々しい。
 過擦り傷の慶次は肩をおさえた。血が滲んだ。
「どうなされた?」
 可憐な女子が、ふたりに声をかけてきた。
 武田者ではないらしい。
「なあ~に。少し矢が掠めて血が出ただけじゃ」
 慶次はいった。女子は「化膿すると悪い。手当てしてやろう」という。
「このあたりの者か?」
 実頼は尋ねた。
 女子は「そうだ」という。「とにかく岩宿にこい」
 ぶしつけな態度をよそおっているのか…はたまた田舎者だからか…
 しかし、麗しき女子である。身形は不様というか貧乏くさいが。まさか間者か? とにかくふたりと女子は岩宿にいった。手当されてる間も、慶次は用心するような目で女子を見ていた。間者だとしたら武田…いや違うな。北条? 今川? それとも何処ぞや。
「…女子、名は?」
 慶次はきいた。
「教えない」
 女はぶしつけに横顔のままいった。そして、急に笑顔になり、何かいいかけた。
「なんだ?」
 弟は不信に思い、きいた。
「あなた方は加賀訛りがある。しかも武家のものであろう?」
 するどかった。
「あなた様は前田慶次さまですね?」
「…なぜわしの名を?」
 慶次は驚いた声をした。するどすぎる。やはり間者か?
「幼い頃より明晰で、放浪していた前田利久の養子まに取り立てられて召し抱えられ、前田利家さまの小姓頭兼補佐役となられたのでありましょう?」
 ふたりは無言で刀にそっと手をかけた。
「わらわは怪しい者ではござりません。斬ってもらっても結構です」
「くわしいの、女。どこぞかの間者であろう?」
「いいえ。慶次さま、見当違いでござりまする」
 女はふふふと微笑んだ。可愛い顔立ちである。「もう武田の者もいなくなりましたでしょう。武家のお偉いさまがこのような岩屋にいるべきではありません」
「……世話になった」
 慶次は驚いた顔のまま、腰をあげた。何者だ? この女子は……。
 ふたりはとにかく、場を去った。これがのちの運命の女となろうとは慶次でさえ思わない。するどく、明晰な女子じゃ。慶次は初めて、賢い女というものを知った。
 現代では女性が活躍するのは珍しくはないが、戦国時代では女子は活躍の場さえなかった。只の子供を産む道具のような見られ方が一般だったのである。



                       
  仙桃院は四十九歳……しかし美貌のために三十代頃にしかみえない。
「上杉家はわらわの弟・政虎(謙信)の神通力(カリスマ)で動いているようなもの」
息子・景勝を補佐する兼続に本音を吐露した。
 兼続は平伏してから、「仙桃院さまはさすがにわかっていらっしゃる」
 「しかしのう、兼続。われの息子で弟の養子・景勝以外にも、北条からの養子・三郎景虎もいる。政虎(謙信)はどちらを世継ぎに選ぶのか?」
「わかりませぬが、拙者の考えではやはり利発な景勝様でござりましょう」
「弟は不犯などと申して女人を受け付けぬ。こまった武将じゃ」
「いや」兼続は口をはさんだ。「なればこそ……御屋形様は神の如く崇められておりまする。ひとから義をとってしまえば野山の獣と同じでござる!」
「神か? しかし所詮は人間。天罰などと申しても義の戦などと申しても所詮は人間のおごりに過ぎぬ」
 仙桃院はするどかった。さすがは謙信の姉である。凡人だった謙信の兄・晴景とは違う。 兼続は何といっていいかわからずにいた。
 仙桃院は察した。「…ともかく、何があろうと、景勝のこと頼みまする」頭を軽く下げた。恐れ多い。兼続はふたたび平伏して「ははっ!」と歌舞伎役者のように唸るような声を発した。利発で聡明な男じゃ。仙桃院は微笑んで、
「そなたが男前なので、周りの女子たちが噂しておる」という。
「…なんと?」
「そなたにはひとに好かれる才があるようじゃの」
「いえ。めっそうもない。わたくしも御屋形様にならって不犯を…」
「女子を求めぬと?」
「いいえ。そのう…」兼続は困った。「どうしましょう?」おかしな言葉が口をついた。 仙桃院は笑って、
「無理なことじゃ。弟・謙信は変人なだけ……真似をしようとも不可能じゃ」
「…とにかく景勝さまを死ぬまで補佐いたしまする!」
「それは重畳! 頼みまするぞ」
 仙桃院はいった。兼続はこの後、秀吉から幾ら銭を積まれても仕官を断り、景勝を補佐し続ける。直江兼続はやがて、徳川家康までも恐れさせていくのだ。

  上杉政虎(謙信)が二度目の上洛のときとなった。
 朝廷から正式に関東守護に任命された。京は殺伐としていたが、上杉の行列が続いた。そして、事件は起こった。
 春日山城にいた宇佐美定満(フィクションの上杉謙信の大軍師・宇佐美定行とは一字違いだがこちらは実在の人物)は兼続を呼び止めた。深刻な顔だった。
「与六、そち、御屋形様をどう思う?」
 謙信に三願の礼をもって向かいいれられた宇佐美は、また謙信の弱さも見抜いていた。 兼続は、「御屋形様はまるで戦神のようでござりまする」という。
 宇佐美の白髪頭の眉間に皺がよった。
「戦神か……そうであればよいがな。領国の衆もそう見ていよう。しかし…所詮は御屋形様とて人間に過ぎぬ。怒りや癇癪や涙……人間なればこそだが失敗もしよう。そうすれば神話も消え失せようて…」
「何か上洛のおりありましたのでございましょうか?」
 兼続はわざと知らぬふりをした。宇佐美にはわかっていたが、あえて口にしない。
「上洛し、行列していたところ下馬せず見ていたものがおった」
「成田長政にございますな?」
 兼続はにやりといった。
「やはり…」宇佐美は唸った。「そちは只者ではないな。やはり知っておったか」
「いえ。只、わが耳に早く届いただけにござりまする」
「御屋形様は怒り身頭に達したのか鬼のような形相で伽籠からおりて近付き……成田を馬の上から引き摺り下ろし、鞭うった」
「『無礼者めが!』とでしょう?」
「うむ。まずいことだ。”人間”を出しては御屋形様でなくなる。他国の御屋形なればそれでもよかろうがのう」
「北条の籠城中にひとりでむかい、矢の霰の中、酒を飲んで死中に活を得たこともありましたとか…」
「うむ」宇佐美は顎を軽く撫でて「それもこれもすべては演技であれば上杉家を継いでも意味なしじゃ。義だの仁などと申したとて領民は見限ようて…」
「それで関東出兵のおり、成田勢が裏切って北条側についたのですな? 人質の伊勢夫人が越後におるというのに……こまりましたな」
 まるで宇佐美定満がふたりいるようである。謙信にとっての宇佐美と、景勝にとっての宇佐美……。ふたりは深刻な顔で黙り込むしかなかった。
しかし、当の本人・上杉謙信はいっこうに気にもせず上洛ののち、武田攻めのために武楴式をとり行なうのみだ。武楴式とは謙信が出陣前にとり行なう儀式であり、現在の米沢市の上杉祭りでも川中島合戦ショーの前日のとり行なわれている。
 政虎から輝虎となり、出家してこの年、上杉謙信となった御屋形様は武楴式を行う。
「天はわれにあり、鎧は胸にあり…われこそ毘沙門天なり!」
 おおおおっ~っ!
 謙信の激で、軍の兵士たちからどよめきが起こる。「いざ出陣!」…おおおお~っ!
 川中島の戦いは七度行われたが、結局痛み分けでおわる。
 このために信玄は天下を獲ることもなく肺病で死んでしまう。


  上杉謙信は与六兼続を弟子のように見ていた。
「兼続……そちはまだ若い」
 謙信は座敷でいった。兼続は下座で平伏している。
 謙信は剃髪しているために白いスカーフのようなものをかぶっている。「若いからこそ義を軽んずる」
「申し訳ござりません」兼続は再び平伏する。
「たが、それはいい。若いとはいいものじゃ。われもそちのようなときがあった」
「御屋形様が?!」
 謙信の思わぬ言葉に、兼続は驚いてみせた。義に劣る行為とは、兄・長尾晴景を追い落として領首になったことだという。兼続の生まれる前ではある。
「わしの義を受け継ぐのは養子の景勝でも三郎景虎でもない。そちじゃ」
 兼続は恐縮して、「恐れ多いことで…」と平伏した。
「正直な気持ちじゃ。期待しておるぞ。上杉家が生きるも死ぬるもすべてはそち次第じゃ」 謙信は正直に本音を吐露した。
 天才軍神は、宇佐美定満の後釜となるであろう兼続の天才を理解していた。さすがは英雄である。こののち謙信と兼続は本当の師弟関係になっていくことになる。
  慶次の妻は、前田利家の子女であった。
 妻はじゃじゃ馬をならして、慶次と再会した。騒ぎをおこしお供のものを困らせた。
 そして、間者だと思っていた女は慶次と結婚し、前田慶次に「うつけ!」とふざけてみせた。「…何じゃと?」「昔とかわりありませんね? 幼い頃わらわたちは遊んでおって…旦那さまは木に登ったはよいがおりられなくなってふざけました。同じです…うつけ! 旦那様がそのようなうつけでは困りまするよ」
 妻は可愛い顔で、いった。
「わかった。もううつけはやめじゃ!」
 妻が乙女心をみせると、慶次は「なんじゃ?」ときいた。
 何にしてもこれで慶次は年上の嫁をもらった。しかし、子はすぐに夭生してしまう。前田慶次は側室を生涯もたなかった。妻だけを愛した。
 その頃、慶次は前田利家の甥として放浪していた。                


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年末特別小説 花の慶次 前田慶次の生涯ブログ連載小説1

2012年12月30日 02時33分44秒 | 日記
小説 直江兼続の盟友

   花の慶次郎

    かぶき者のススメ

              ~上杉への仕官の生涯 ~

               ~天才武士、前田慶次郎…
                 「上杉の武功」はいかにしてなったか。~
                 前田慶次郎の生涯
                 total-produced&PRESENTED&written by
                  Washu Midorikawa
                   緑川  鷲羽

         this novel is a dramatic interoretation
         of events and characters based on public
         sources and an in complete historical record.
         some scenes and events are presented as
         composites or have been hypothesized or condensed.

        ”過去に無知なものは未来からも見放される運命にある”
                  米国哲学者ジョージ・サンタヤナ


          あらすじ

  前田慶次は天文二年、尾州海東の滝川益氏の子として生まれ、前田利家の兄・前田利久の養子として迎えられ、やがて前田利家、豊臣秀吉に仕える。
 十八歳のときに謙信と信玄との川中島の戦いをみる。以後、謙信を慕い、師弟関係へ。謙信が死ぬと、養子の景勝を補佐して『お館の乱』を勝利に導く。が、信長の勢いにおされる。奇跡が起こる。本能寺の変で信長が死んだのだ。その後、秀吉に従い、そして家康と対立……が、『関ケ原の戦』で米沢転封に。景勝とともに名門・上杉家を支えた慶次だったが、上杉の安泰を見守ると、死んだ。
                                おわり

         1 川中島


つい前にNHKの大河ドラマ化されるまで「前田利家」は日陰者であった。
 秀吉や信長や家康となると「死ぬほど」主人公になっている。秀吉は百姓出の卑しい身分からスタートしたが、持ち前の知恵と機転によって「天下」を獲った。知恵が抜群に回ったのも、天性の才、つまり天才だったからだろう。外見はひどく、顔は猿そのものであり、まわりが皆、秀吉のことを「サル、サル」と呼んだ。
 が、そういう罵倒や嘲笑に負けなかったところが秀吉の偉いところだ。
 利家は律義者で、策略はうまくなかったが、うそのつけない正直者で、信長に可愛がられた。秀吉の才能を見抜き、真の友として、一生支えたのもまた利家の眼力だった。
利家が尾張(愛知県)に生まれたとき、時代は群雄かっ歩の戦国の世だった。
 利家の恩人、織田信長は尾張の守護代で、駿河(静岡県)の今川や美濃(岐阜県)の斎藤らと血で血を洗う戦いを繰り広げていた。
  信長は苦労知らずの坊っちゃん気質がある。浮浪児でのちの豊臣(羽柴)秀吉(サル、日吉、または木下藤吉郎)や、六歳のころから十二年間、今川や織田の人質だったのちの徳川家康(松平元康)にくらべれば育ちのいい坊っちゃんだ。それがバネとなり、大胆な革命をおこすことになる。また、苦労知らずで他人の痛みもわからぬため、晩年はひどいことになった。そこに、私は織田信長の悲劇をみる。
質実剛健の家風で知られる上杉家の中で、前田慶次郎は明らかに浮いていた。
紫と白の肩身替りの色鮮やかな小袖に、墨染めの革袴、首には十字架のついた金鎖をじゃらじゃらと下げている。片手の中指には髑髏の金の指輪を嵌めて、近頃京で流行りのキセルをふかしていた。髪を南蛮人のように赤茶色に染めている。直江山城守兼続を頼って加賀前田藩から会津の上杉家へきて一千石の家禄を与えられた。衣装や行動が突飛なだけでなく、慶次郎は歌道・華道・茶道・囲碁・将棋・能・笛・太鼓・琵琶・にも通じ、風流人であった。
 前田家を離れ、禄もなく、労労の暮らしが長く、世話してくれる女房、子供がいないという慶次郎だが「嘘」である。加賀に妻と三人の娘がいる。
 上杉家には最上級士族の侍組の他に、馬廻組(先代謙信以来の直臣団)、五一騎組(上杉景勝の直臣団)、与板組(直江山城守兼続の直臣団)がある。
 あるとき慶次郎は林泉寺(上杉家の菩提寺)の和尚を殴りつけた。和尚は主君・上杉景勝の庇護の元、やや言い過ぎの横柄な態度をとったからだ。だが、家臣団は「和尚を殴るとは何事かか!」と青ざめる。が、慶次郎は「主君・上杉景勝公も直江山城守兼続公もそんなことで腹をたてるケツの穴の小さい男ではないわい!」と喝破した。
 上杉家は酒を愛した先代謙信公以来、人との交わりには酒が欠かせない。酒を酌み交わし、はじめて仲間として認める気風である。慶次郎も酒豪であったという。慶次郎には加賀に置き去りにした妻子がいた。前田利家の次兄・安勝の娘を娶っており、三女の娘(長女・坂、次女・華、三女・佐乃)のおるが慶次郎出奔後、残された妻子は加賀金沢の地でひっそり暮らしていた。慶次郎は妻子のことをきかれる度に「忘れた。出奔後はわしは生涯孤独だ」というばかりだ。
 戦国時代、十六世紀はどんな時代だったであろうか。
 実際にはこの時代は現代よりもすぐれたものがいっぱいあった。というより、昔のほうが技術が進んでいたようにも思われると歴史家はいう。現代の人々は、古代の道具だけで巨石を積み、四千年崩壊することもないピラミッドをつくることができない。鉄の機械なくしてインカ帝国の石城をつくることもできない。わずか一年で、大阪城や安土城の天守閣をつくることができない。つまり、先人のほうが賢く、技術がすぐれ、バイタリティにあふれていた、ということだ。
 戦国時代、十六世紀は西洋ではルネッサンス(文芸復興)の時代である。ギリシャ人やローマ人がつくりだした、彫刻、哲学、詩歌、建築、芸術、技術は多岐にわたり優れていた。西洋では奴隷や大量殺戮、宗教による大虐殺などがおこったが、歴史家はこの時代を「悪しき時代」とは書かない。
 日本の戦国時代、つまり十五世紀から十六世紀も、けして「悪しき時代」だった訳ではない。群雄かっ歩の時代、戦国大名の活躍した時代……よく本にもドラマにも芝居にも劇にも歌舞伎にも出てくる英雄たちの時代である。上杉謙信、武田信玄、毛利元就、伊達政宗、豊臣秀吉、徳川家康、織田信長、そして前田利家、この時代の英雄はいつの世も不滅の人気である。とくに、明治維新のときの英雄・坂本龍馬と並んで織田信長は日本人の人気がすこぶる高い。それは、夢やぶれて討死にした悲劇によるところが大きい。坂本龍馬と織田信長は悲劇の最期によって、日本人の不滅の英雄となったのだ。
 世の中の人間には、作物と雑草の二種類があると歴史家はいう。
 作物とはエリートで、温室などでぬくぬくと大切に育てられた者のことで、雑草とは文字通り畦や山にのびる手のかからないところから伸びた者たちだ。斎藤道三や松永久秀や怪人・武田信玄、豊臣秀吉などがその類いにはいる。道三は油売りから美濃一国の当主となったし、秀吉は浮浪児から天下人までのぼりつめた。彼らはけして誰からの庇護もうけず、自由に、策略をつかって出世していった。そして、巨大なる雑草は織田信長であろう。 信長は育ちのいいので雑草というのに抵抗を感じる方もいるかもしれない。しかし、小年期のうつけ(阿呆)パフォーマンスからして只者ではない。
 うつけが過ぎる、と暗殺の危機もあったし、史実、柴田勝家や林らは弟の信行を推していた。信長は父・信秀の三男だった。上には二人の兄があり、下にも十人ほどの弟がいた。信長はまず、これら兄弟と家督を争うことになった。弟の信行はエリートのインテリタイプで、父の覚えも家中の評判もよかった。信長はこの強敵の弟を謀殺している。
 また、素性もよくわからぬ浪人やチンピラみたいな連中を次々と家臣にした。能力だけで採用し、家柄など気にもしなかった。正体不明の人間を配下にし、重役とした。滝川一益、羽柴秀吉、細川藤孝、明智光秀らがそれであった。兵制も兵農分離をすすめ、重役たちを城下町に住まわせる。上洛にたいしても足利将軍を利用し、用がなくなると追放した。この男には比叡山にも何の感慨も呼ばなかったし、本願寺も力以外のものは感じなかった。 これらのことはエリートの作物人間ではできない。雑草でなければできないことだ。
  信長の生きた時代は下剋上の時代であった。
「応仁の乱」から四十年か五十年もたつと、権威は衰え、下剋上の時代になる。細川管領家から阿波をうばった三好一族、そのまた被官から三好領の一部をかすめとった松永久秀(売春宿経営からの成り上がり者)、赤松家から備前を盗みとった浦上家、さらにそこからうばった家老・宇喜多直家、あっという間に小田原城を乗っ取った北条早雲、土岐家から美濃をうばった斎藤道三(ガマの油売りからの出世)などがその例であるという。
 また、こうした下郎からの成り上がりとともに、豪族から成り上がった者たちもいる。   三河の松平(徳川)、出羽米沢の伊達、越後の長尾(上杉)、土佐の長曽我部らがそれであるという。中国十ケ国を支配する毛利家にしても、もともとは安芸吉田の豪族であり、かなりの領地を得るようになってから大内家になだれこんだ。尾張の織田ももともとはちっぽけな豪族の出である。
 また、この時代の足利幕府の関東管領・上杉憲政などは北条氏康に追われ、越後の長尾景虎(上杉謙信)のもとに逃げてきて、その姓と職をゆずっている。足利幕府の古河公方・足利晴氏も、北条に降った。関東においては旧勢力は一掃されたのだという。
 そして、こんな時代に、秀吉は生まれた。
  その頃、信長は天下人どころか、大うつけ(阿呆)と呼ばれて評判になる。両袖をはずしたカタビラを着て、半袴をはいていた。髪は茶せんにし、紅やもえ色の糸で巻きあげた。腰にはひうち袋をいくつもぶらさげている。町で歩くときもだらだら歩き、いつも柿や瓜を食らって、茫然としていた。娘たちの尻や胸を触ったりエッチなこともしたという。側の家臣も”赤武者”にしたてた。
 かれらが通ると道端に皆飛び退いて避けた。そして、通り過ぎると、口々に「織田のうつけ殿」「大うつけ息子」と罵った。
  一五五二年春、信長のうつけが極まった頃、信長の父・信秀が死んだ。

  前田利家はこの頃まだ十代、歌舞伎者で顔を白く塗り、主色の紋用を書いていた。いつも汚い服を着て、世間の評判など”どこ吹く風”であった。
  利家は尾張の荒子城主・前田利昌の四男で、長男の利久には女房もなく、いつも利家を可愛がってくれたという。尾張(愛知県)の農道を信長の一団が行軍していた。
 周りはほとんど田んぼや山々である。その奇妙な行進を村人たちは物見遊山でみていた。「うつけ(阿呆)! うつけ! うつけ!」童子たちが嘲笑する。
 織田信長は美濃(岐阜県)の斎藤道三と会うために行進していた。
 信長のお共の者は八百人くらいだ。ところが、その者たちは片衣どころか鎧姿であったという。完全武装で、まるで戦場にいくようであった。家臣の半分は三メートルもの長い槍をもち、もう半分が鉄砲をもっている。当時の戦国武将で鉄砲を何百ももっているものはいなかった。田仕事をしていた利家の母・たつは泥に汚れながらそれを見ていた。たつは唖然としていた。「あれが…信長さまかえ。まさにうつけじゃ」呟いた。
 たつはにやにやして馬上の若者を見た。
 茶せんにしたマゲをもえぎ色の糸で結び、カタビラ袖はだらだらと外れて、腰には瓢箪やひうち袋を何個もぶらさげている。例によって、瓜をほうばって馬に揺られている。
 通りの庶民の嘲笑を薄ら笑いで受けている。たつは圧倒された。
「噂どおりのうつけ者じゃ」たつは笑った。
 道三にあいにいくのにまるで戦を仕掛けるような格好だ。しかも、あれは織田のほんの一部。信長は城にもっと大量の槍や鉄砲をもっているだろう。鉄砲の力を知っておる。あなどれない。
「うつけ! うつけ! うつけ!」村人たちが嘲笑する。
 たつは、あらっ?と思った。行軍の横の草むらに利家がいる。鮮やかな色彩の服を着て、顔を白く塗った…あれは犬千代(利家)だ。わたしの息子だ。
 利家は汚い垢や埃だらけの格好で、大根をほうばっている。
「犬千代! 犬千代!」たつは笑った。大声で呼んだ。
 利家は大根をほうばり、奇声をあげている。「うつけ者!」信長はちらりと馬上から利家を見た。不思議なものを見るような顔だった。なんだ、この歌舞伎者の小汚ないのは……
「犬千代! 今までどこにいっとった?」たつは大声で尋ねた。是非とも答えがききたかった。どうしてたのか? 母はハンサムな息子を気遣った。
「母上、わしはうつけを見物に見にきたのよ!」利家は大声でいい、また大根をほうばった。すると、農民が「この盗人」と利家を追いかけだした。どうやら大根は盗んだものであるらしい。幼女・まつは荒子城にいくため、午後の田んぼ道を歩いた。誰もいなかったが、乳母のうめだけは付き添いで連れ添って歩いていた。
 うめは「いいか? まつ。世の中コツコツ努力して仕事したものが勝つんじゃぞ」と諭した。まつは「はい!」といった。
「あの前田犬千代さまは必ず大きな城持ち大名になる!」
 うめは笑った。そして「もしかしたら、おみゃあは本当に大名の奥方になれるかもしれん」
「……大名?」まつは真剣な顔になって尋ねた。ふたりは足をとめた。
「おうとも」うめはにやにやした。まつもにやにやして「わたしは必ず城持ち大名の奥方になる!」と強くいった。
「そして……」まつは続けた。「そして…天下人の奥方に!」
「天下人の奥方?! 馬鹿じゃねぇおみゃあは」
 ふたりは笑った。

前田利家は通称・又左衛門。槍が得意で「槍の又左」ともよばれた。
 いわゆる「かぶき者」で「かぶき者」とは「傾く(かぶく)」からきている。または「ばさら者」ともいわれた。「ばさら(婆娑羅)」とは「仏教の教に背く者」という言葉からきている。まあ、現代の「ヤンキー」みたいな存在である。つまり「不良」だ。

  天正四年(一五七六)……
 鬱蒼とした山道を駆けるふたりの男がいた。
「与七! 急げ! 大切な御屋形様の戦を見逃すぞ!」背の高い男がいった。
「待ってくれ……はあはあ…慶次殿!」
 部下らしい男は息を切らした。
 先にいく背の高い男こそ、前田慶次(当時十七歳)である。背は六尺(一八〇センチメートル)はあるだろうか。
 部下は樋口与七で、ある。
 天文2年(1533年)に慶次は生まれ、慶長17年6月4日に病死するまでの人生である。…墓は米沢市の万世の善光寺…
 慶次はハンサムな顔立ちで、すらりとした痩身な男で、智略のひとであったが、今はまだ只の若者に過ぎない。若き頃より放浪し、のちに直江兼続に惚れて上杉景勝に仕官し、軍略を磨くことになるのだが、まだまだ謙信の方が上であった。謙信には姉がいて、名を桃姫という。出家後は仙桃院と名を変えた。
 幼い頃、慶次は上杉謙信(当時は長尾景虎)の馬上での勇々しい姿をみたことがある。父親の田んぼ仕事の合間に、越後でのことだった。
 慶次はその時の謙信の姿を目に焼き付けていた。上杉家ならば…もしや…自分も!「謙信は…戦神じゃ! ひとから義をとってしまえば野山の獣と同じだ!」
 毘、龍……の旗印が風にたなびく……英雄・上杉謙信は慶次には眩しく映った。
 謙信に子はいない。謙信は結婚をしていなかったし、女性をまったく近付けなかったからだ。そのため謙信は実は女性であった……などという史実とおよそかけ離れた説まであるくらいである。その実は男色の気があったからだという説もある。
 何にせよ、一族親類の数が絶対的な力となる戦国時代にあえて子をなさなかったとすれば、変人といわなければならない。兼続は喜平次(景勝)に五歳で仕えたという。
「どちらが勝つじゃろうか?!」
「謙信に決まっておろう」
「しかし…」部下は続けた。「武田には山本勘介なる軍師が…」
「そんなやつ、謙信……上杉謙信公の足元にもおよばぬわ!」
 慶次は笑った。川中島は現在の新潟県と長野県の間に流れる千曲川のところである。ここで上杉軍と武田軍のこぜりあいが長く続けられていた。上杉謙信とは不思議なひとで、領土を広げようという野心のない人物で、各国の武将の中でも人望があつかった。楽しむが如く戦をし、武田攻めも義によって行っているだけだという。武田の領地である信濃や甲斐を狙っていた訳ではないのだ。すべては村上義清の要請……それだけだった。
 ちなみに兼続兄弟は戦に参加するために急ぐのではない。見学するためだった。これは何も珍しいことではなく、戦国時代にはよくあったことだという。例えば、牋ケ獄の戦いなどのときにも近くの農民たちが戦見学をしたとも記述にある。負傷者のために秀吉は農民から傘を買い上げたという。農民たちも貪欲なもので、負け組の将の首を狙って、賞金を貰ったり、死人の鎧や兜をかっぱらい金にかえる不貞な輩が大勢いたという。
 敗走中に農民に殺された明智光秀や小西行長なども不幸であった。
  そして、上杉謙信と武田信玄との激戦、川中島の戦いで、ある。

  信州(長野県)・川中島(信州と越後の国境付近)で、武田信玄と上杉謙信(長尾景虎)は激突した。世にいう「川中島合戦」である。戦国時代の主流は山城攻めだったが、この合戦は両軍四万人の戦いだといわれる。
  甲府市要害山で大永元(一五二一)年、武田信玄(晴信)は生まれた。この頃の十六世紀は戦国時代である。文永十(一五四一)年、武田信玄(晴信)は家督を継いだ。信濃には一国を束める軍がない。武田信玄は孫子の「風林火山」を旗印に信濃の四十キロ前までで軍をとめた。それから三~四ケ月動かなかった。
「武田などただの臆病ものよ!」
 信濃の豪族はたかをくくっていた。
 しかし、武田晴信はそんなに甘くはない。
 まず甲斐(山梨県)で軍備を整えた。
 出家もし、剃髪し、晴信から信玄と名をかえた。
 そして、信濃(長野県)の制圧の戦略をもくもくと練っていた。
「御屋形様! 武田の騎馬軍団の勇姿みせましょうぞ!」
 家臣たちは余裕だった。
 信玄も、
「信濃はわしのものとなる。甲斐の兵、武田軍は無敵ぞ」
 と余裕のままだった。
 謙信も「武田の兵を叩きつぶしてくれるわ!」息巻いた。
「いけ! 押し流せ!」
 陣羽織りの信玄の激が飛ぶ。
「うおおおっ!」
 武田の赤い鎧の集団が長槍をもって突撃する。
 信濃の豪族は油断した。そのすきに信玄は騎馬軍団をすすめ、信濃を平定した。領土を拡大していった。彼は、領土の経済へも目を向ける。「甲州法度之次第(信玄家法)」を制定。治水事業も行った。信玄は国を富ませて天下取りを狙ったのである。
 第一次川中島の合戦は天文二十二(一五五三)年におこった。まだ誰の支配地でもない三角洲、川中島に信玄は兵をすすめる。と、強敵が現れる。上杉謙信(長尾景虎)である。謙信はこのときまだ二十二歳。若くして越後(新潟県)を治めた天才だった。謙信は幼い頃から戦いの先頭にたち、一度も負けたことがなかったことから、毘沙門天の化身とも恐れられてもいた。また、謙信は義理堅く、信濃の豪族が助けをもとめてきたので出陣したのであった。上杉軍が逃げる武田軍の山城を陥していき、やがて信玄は逃げた。信玄の川中島侵攻は阻まれた。(二万人の負傷者)
 天文二十三(一五五四)年、武田は西の今川、南の北条と三国同盟を成立させる。それぞれが背後の敵を威嚇する体制ができあがった。
「これで……不倶戴天の敵・上杉謙信を倒せる!」
 信玄は笑った。
 ある日、両軍主領があう機会があった。
 永禄元年五月上杉・武田の和議が起こり、千曲川を隔てて両将が会見したとき、謙信は馬から降り、川岸で会見しようとした。
 すると信玄は礼を重んじることもなく、
「貴公の態度はいかにもうやうやしい。馬上から語ってもよかろうぞ」と放言した。
 信玄には謙信のような「義」「礼」がなかったのである。
 謙信はやはり武田と戦うことを誓った。
 上杉謙信は武諦式をおこない、戦の準備をはじめた。
「……今度の戦で信玄を倒す!」
 謙信は兵に激を飛ばした。
「おう!」
 上杉軍は決起盛んである。
  第二次川中島の合戦は天文二十四(一五五五)年四月に勃発した。
 信玄は上杉が犀川に陣をはったときの背後にある旭山城の山城に目をつける。上杉は犀川に陣をはり、両軍の睨み合いが数か月続く。
 膠着状態のなか、上杉武田両軍のなかにケンカが発生する。
「やめぬか! 義を守れ!」
 謙信は冷静にいって、書状を書かせた。
 謙信は部下に誓約書をかかせ鎮圧したのだ。
 どこまでも「義」のひとなのである。
 信玄は違った。
「おぬしら、働きをしたものには褒美をやるぞ!」
 と、信玄は人間の利益にうったえた。
「欲」「現実」のひとなのである。
 信玄は戦でいい働きをしたら褒美をやるといい沈静化させる。謙信は理想、信玄は現実味をとった訳だ。
 やがて武田が動く。
 上杉に「奪った土地を返すから停戦を」という手紙を送る。謙信はそれならばと兵を引き越後に帰った。
「……信玄を信じよう」
 義の謙信は疑いのない男だ。
 しかし、信玄は卑怯な現実主義者だった。
 第三次川中島の合戦は弘治三(一五五七)年四月に勃発した。
 武田信玄が雪で動けない上杉の弱みにつけこんで約束を反古にして、川中島の領地を奪ったことがきっかけとなった。”信玄の侵略によって信濃の豪族たちは滅亡に追いやられ、神社仏閣は破壊された。そして、民衆の悲しみは絶えない。隣国の主としてこれを黙認することなどできない”
 上杉謙信は激怒して出陣した。上杉軍は川中島を越え、奥まで侵攻。しかし、武田軍は戦わず、逃げては上杉を見守るのみ。これは信玄の命令だった。”敵を捕捉できず、残念である”上杉謙信は激怒する。”戦いは勝ちすぎてはいけない。負けなければよいのだ。 敵を翻弄して、いなくなったら領土をとる”信玄は孫子の兵法を駆使した。上杉はやがて撤退しだす。
 永禄二(一五五九)年、上杉謙信は京へのぼった。権力を失いつつある足利義輝が有力大名を味方につけようとしたためだ。謙信は将軍にあい、彼は「関東管領」を就任(関東支配の御墨付き)した。上杉謙信はさっそく関東の支配に動く。謙信は北条にせめいり、またたくまに関東を占拠。永禄三(一五六〇)年、今川義元が織田信長に桶狭間で討ち取られる。三国同盟に亀裂が走ることに……。
 上杉は関東をほぼ支配し、武田を北、東、南から抑えるような形勢になる。今川もガタガタ。しかも、この年は異常気象で、四~六月まで雨が降らず降れば十一月までどしゃぶり。凶作で飢餓もでた。
 第四次川中島の合戦は永禄四(一五六一)年、五月十七日勃発。それは関東まで支配しつつあった上杉に先手をうつため信玄が越後に侵攻したことに発した。信玄は海津城を拠点に豪族たちを懐柔していく。上杉謙信は越後に帰り、素早く川中島へ出陣した。
 上杉は川中島に到着すると、武田の目の前で千曲川を渡り、海津城の二キロ先にある妻女山に陣をはる。それは武田への挑発だった。
 十五日もの睨み合い…。信玄は別動隊を妻女山のうらから夜陰にまぎれて奇襲し、山から上杉軍を追い出してハサミ討ちにしようという作戦にでる(きつつき作戦)。
 しかし、上杉謙信はその作戦を知り、上杉軍は武田別動隊より先に夜陰にまぎれて山を降りる。
「よいか! 音をたてたものは首を斬り落とすぞ!」
 謙信は家臣や兵に命令した。
 謙信は兵に声をたてないように、馬には飼い葉を噛ませ口をふさぐように命令して、夜陰にまぎれて山を降りた。一糸乱れぬみごとな進軍だった。
 上杉軍は千曲川を越えた。
 九月十日未明、信玄が海津城を出発。永禄四(一五六一)年、九月十日未明、記録によれば濃い霧が辺りにたちこめていた。やがて霧がはれてくると、武田信玄は信じられない光景を目にする。
「……なんじゃと?! 上杉が陣の真ん前に?」
 信玄は驚いた。
 驚きのあまり軍配を地に落としてしまった。
 妻女山にいるはずの上杉軍が目の前に陣をしいていたのだ。上杉軍は攻撃を開始する。妻女山に奇襲をかけた武田別動隊はカラだと気付く。が、上杉軍の鉄砲にやられていく。「いけ! 押し流せ!」
 無数の長槍が交じりあう。
 雲霞の如く矢が飛ぶ。
 謙信は単身、馬で信玄にせまった。
 刀をふる謙信……
 軍配で受ける信玄……
 謙信と信玄の一気討ち「三太刀七太刀」…。
 このままでは本陣も危ない!
 信玄があせったとき武田別動隊が到着し、九月十日午前十時過ぎ、信玄の軍配が高々とあがる。総攻撃!
 ハサミうちにされ、朝から戦っていた兵は疲れ、上杉軍は撤退した。死傷者二万(両軍)の戦いは終了した。「上杉謙信やぶれたり!」信玄はいったという。
 武田信玄は川中島で勝利した。
 上杉はその後、関東支配を諦め、越後にかえり、信玄は目を西にむけた。
 第五次川中島の合戦は永禄七(一五六四)年、勃発した。
 しかし、両軍とも睨みあうだけで刃は交えず撤退。以後、二度と両軍は戦わなかった。 武田は領土拡大を西に向け、今川と戦う。こんなエピソードがある。今川と北条と戦ったため海のない武田領地は塩がなくなり民が困窮……そんなとき塩が大量に届く。それは上杉謙信からのものだった。たとえ宿敵であっても困れば助ける。「敵に塩をおくる」の古事はここから生まれた。
 武田は大大名になった。
 信玄は国づくりにも着手していく。治水工事、高板はたびたび川がはんらんしていた。 そこで竜王の民を移住させ、堤をつくった。
 上杉にも勝ち、金鉱二十もあらたに手にいれた。
 のちに信長は自分の娘を、信玄の息子勝頼に嫁がせている。
 しかし、信玄は信長の一向衆や寺焼き討ちなどをみて、
「織田信長は殺戮者だ! わしが生きているうちに正しい政をしなければ…」
 と考えた。それには上洛するしかない。

  のちに天下を争うことになる毛利も上杉も武田も織田も、いずれも鉱業収入から大きな利益を得てそれを軍事力の支えとした。
 しかし、一六世紀に日本で発展したのは工業であるという。陶磁器、繊維、薬品、醸造、木工などの技術と生産高はおおいに伸びた。その中で、鉄砲がもっとも普及した。ポルトガルから種子島経由で渡ってきた南蛮鉄砲の技術を日本人は世界中の誰よりも吸収し、世界一の鉄砲生産国とまでなる。一六〇〇年の関ケ原合戦では東西両軍併せて五万丁の鉄砲が装備されたそうだが、これほど多くの鉄砲が使われたのはナポレオン戦争以前には例がないという。
 また、信長が始めた「楽市楽座」という経済政策も、それまでは西洋には例のないものであった。この「楽市楽座」というのは税を廃止して、あらゆる商人の往来をみとめた画期的な信長の発明である。一五世紀までは村落自給であったが、一六世紀にはいると、通貨が流通しはじめ、物品の種類や量が飛躍的に発展した。
 信長はこうした通貨に目をむけた。当時の経済は米価を安定させるものだったが、信長は「米よりも金が動いているのだな」と考えた。金は無視できない。古い「座」を廃止して、金を流通させ、矢銭(軍事費)を稼ごう。
 こうした通貨経済は一六世紀に入ってから発展していた。その結果、ガマの油売りから美濃一国を乗っ取った斎藤道三(山崎屋新九郎)や秀吉のようなもぐりの商人を生む。
「座」をもたないものでも何を商ってもよいという「楽市楽座」は、当時の日本人には、土地を持たないものでもどこでも耕してよい、というくらいに画期的なことであった。

  信長は斎藤氏を追放して稲葉山城に入ると、美濃もしくは井の口の名称をかえることを考えた。中国の古事にならい、「岐阜」とした。岐阜としたのは、信長にとって天下とりの野望を示したものだ。中国の周の文王と自分を投影させたのだ。
 日本にも王はいる。天皇であり、足利将軍だ。将軍をぶっつぶして、自分が王となる。日本の王だ。信長はそう思っていた。
 信長は足利幕府の将軍も、室町幕府も、天皇も、糞っくらえ、と思っていた。神も仏も信じない信長は、同時に人間も信じてはいなかった。当時(今でもそうだが)、誰もが天皇を崇め、過剰な敬語をつかっていたが、信長は天皇を崇めたりはしなかった。
 この当時、その将軍や天皇から織田信長は頼まれごとをされていた。
 天皇は「一度上洛して、朕の頼みをきいてもらいたい」ということである。
 天皇の頼みというのは武家に犯されている皇室の権利を取り戻してほしいということであり、足利将軍は幕府の権益や威光を回復させてほしい……ということである。
 信長は天皇をぶっつぶそうとは考えなかったが、足利将軍は「必要」と考えていなかった。天皇のほかに「帽子飾り」が必要であろうか?
 室町幕府をひらいた初代・足利尊氏は確かに偉大だった。尊氏の頃は武士の魂というか習わしがあった。が、足利将軍家は代が過ぎるほどに貴族化していったという。足利尊氏の頃は公家が日本を統治しており、そこで尊氏は立ち上がり、「武家による武家のための政」をかかげ、全国の武家たちの支持を得た。
 しかし、それが貴族化していったのでは話にもならない。下剋上がおこって当然であった。理念も方針もすべて崩壊し、世の乱れは足利将軍家・室町幕府のせいであった。
 ただ、信長は一度だけあったことのある十三代足利将軍・足利義輝には好意をもっていたのだという。足利義輝軟弱な男ではなかった。剣にすぐれ、豪傑だったという。
 三好三人衆や松永弾正久秀の軍勢に殺されるときも、刀を振い奮闘した。迫り来る軍勢に刀で対抗し、刀の歯がこぼれると、すぐにとりかえて斬りかかった。むざむざ殺されず、敵の何人かは斬り殺した。しかし、そこは多勢に無勢で、結局殺されてしまう。
 なぜ三好三人衆や松永弾正久秀が義輝を殺したかといえば、将軍・義輝が各大名に「三好三人衆や松永弾正久秀は将軍をないがしろにしている。どうかやつらを倒してほしい」という内容の書を送りつけたからだという。それに気付いた三好らが将軍を殺したのだ。(同じことを信長のおかげで将軍になった義昭が繰り返す。結局、信長の逆鱗に触れて、足利将軍家、室町幕府はかれの代で滅びてしまう)
 十三代足利将軍・足利義輝を殺した三好らは、義輝の従兄弟になる足利義栄を奉じた。これを第十四代将軍とした。義栄は阿波国(徳島県)に住んでいた。三好三人衆も阿波の生まれであったため馬があい、将軍となった。そのため義栄は、”阿波公方”と呼ばれた。 このとき、義秋(義昭)は奈良にいた。「義栄など義輝の従兄弟ではないか。まろは義輝の実の弟……まろのほうが将軍としてふさわしい」とおもった。
 足利義秋(義昭)は、室町幕府につかえていた細川藤孝によって六角義賢のもとに逃げ込んだ。義秋は覚慶という名だったが、現俗して足利義秋と名をかえていた。坊主になどなる気はさらさらなかった。殺されるのを逃れるため、出家する、といって逃げてきたのだ。
 しかし、六角義賢(南近江の城主)も武田家とのごたごたで、とても足利義秋(義昭)を面倒みるどころではなかった。仕方なく細川藤孝は義秋を連れて、越前の守護代をつとめていて一乗谷に拠をかまえていた朝倉義景の元へと逃げた。
 朝倉義景は風流人で、合戦とは無縁の生活をするためこんな山奥に城を築いた。義景にとって将軍は迷惑な存在であった。足利義秋は義昭と名をかえ、しきりに「軍勢を率いて将軍と称している義栄を殺し、まろを将軍に推挙してほしい」と朝倉義景にせまった。
 義景にしては迷惑なことで、絶対に軍勢を率いようとはしなかった。
 朝倉義景にとって、この山奥の城がすべてであったのだ。


  足利義昭が織田信長に「幕府回復のために力を貸していただきたい」と打診していた頃、信長はまだ稲葉山城(岐阜城)攻略の途中であったから、それほど関心を示さなかった。また、天皇からの「天皇領の回復を願いたい」というも放っておいた。
 朝倉義景の一乗谷城には足利義昭や細川藤孝が厄介になる前に、居候・光秀がいた。のちに信長を本能寺で討つことになる明智十兵衛光秀である。美濃の明智出身であったという。機知に飛んだ武士で、教養人、鉄砲の名人で、諸国を放浪していたためか地理や地方の政や商いに詳しかった。
 光秀は朝倉義景に見切りをつけていた。もともと朝倉義景は一国の主で満足しているような男で、とうてい天下などとれる器ではない。このような男の家臣となっても先が知れている。光秀は誇り高い武将で、大大名になるのが夢だ。…義景では……ダメだ。
 光秀は細川藤孝に「朝倉義景殿ではだめだ。織田信長なら、あるいは…」と漏らした。「なるほど」細川は唸った。「信長は身分や家格ではなく能力でひとを判断するらしい。義昭さまを連れていけば…あるいは…」
 ふたりは頷いた。やっと公方様の役に立つかも知れない。こうなったらとことん信長を利用してやる。信長のようなのは利用しない手はない。
 光秀も細川藤孝も興奮していた。これで義昭さまが将軍となれる。…かれらは信長の恐ろしさをまだ知らなかったのだ。信長が神や仏を一切信じず、将軍や天皇も崇めないということを……。光秀たちは無邪気に信長を利用しようとした。しかし、他人に利用される程、信長は甘くない。信長は朝倉義景とは違うのだ。
 光秀も細川藤孝もその気になって、信長に下話した。すると、信長は足利義昭を受け入れることを快諾した。なんなら将軍に推挙する手助けをしてもいい、と信長はいった。
 明智十兵衛光秀も細川藤孝も、にやりとした。
 信長が自分たちの思惑通りに動いたからだ。
 ……これで、義昭さまは将軍だ。してやったり!
 だが、光秀たちは信長が「義昭を利用してやろう」などと思っていることを知らなかった。いや、そんなことは思いもよらなかった。なにせ、光秀たちは古い価値観をもった武士である。誰よりも天皇や室町幕府、足利将軍の崇拝者であり、天皇や将軍を利用しようという人間がいるなど思考の範疇外であったのだ。
 信長は「くだらん将軍だが、これで上洛の口実ができる」と思った。
 信長が快諾したのは、義昭を口実に上洛する、つまり京都に入る(当時の首都は京都)ためである。かれも次第に世の中のことがわかってきていて、ただの守護代の家臣のそのまた家臣というところからの成り上がりでは天下はとれないとわかっていた。ただやみくもに野望を抱き、武力蜂起しても天下はとれないのをわかっていた。
 日本の社会は天皇などが中心の社会で、武家はその家臣というのが通例である。武力だけで天下の道を辿るのは難しい。チンギス・ハンのモンゴルや、秦始皇帝の中国とは違うのだ。天下をとるには上洛して、天皇らを嫌でもいいから奉らなければならない。
 そこで信長は「天下布武」などといいだした。
 つまり、武家によって天下をとる、という天下獲りの野望である。おれは天下をとる。そのためには天皇だろうが、将軍だろうが利用するだけ利用してやる!
 信長は興奮し、心の中で笑った。うつろな笑いだった。
 確かに、今、足利義昭も天皇も「権威を回復してほしい」といってきている。しかし、それは信長軍の武力が台頭してきているからで、弱くなれば身分が違うとバッサリきりすてられるかも知れない。そこで、どの大名も戴くことをためらった足利義昭をひきいて上洛すれば天下に信長の名が轟く。義昭は義輝の弟で、血も近い。なにより恩を売っておけば、何かと利用できる。恩人として、なにかしらの特権や便宜も計られるだろう。信長は狡猾に計算した。
「天下布武」などといったところで、おれはまだ美濃と尾張だけだ。おれは日本中を支配したいのだ。そのために足利義昭を利用して上洛しなくてはならないのだ。
 そのためにはまず第十四代将軍・足利義栄を戴いている三好や松永久秀を滅ぼさなければならない。信長は戦にうって出ることを考えていた。自分の天下のために!
 信長は当時の常識だった「将軍が一番偉い」などという考えをせせら笑った。なにが偉いものか! 偉いのはおれだ! 織田……織田信長だ! この俺に幸運がやってきた!
  慶次郎は「織田信長は紛い者のかびきものだ」という。「本物のカブキ者はひとの頭をおさえて権力をふるい、女子供や僧侶を虐殺したりしない。最期は家臣に牙を剥かれて死んだ愚者だ」。信長は義父の前田利久や嫁の義父の仇のようなものだ。前田利久は前田家の嫡子であったが子がなく弟の安勝の娘を養女とし、滝川一益の息子・慶次郎を養女の婿として迎えた。この慶次郎が前田家の「跡継ぎ」の筈である。だが、前田利久を嫌った織田信長が、荒子城から前田利久一家を追放し、前田利家を前田家の主としたのだ。「信長め!」慶次郎は悔しがったことだろう。


  足利義昭にしてみれば織田信長などチンピラみたいな男である。かれが越前にいったのも朝倉義景を通して越後の長尾(上杉)景虎(謙信)に頼ろうとしたのだし、また上杉でなくても武田信玄でも誰でもよかった。チンピラ信長などは「腰掛け」みたいなものである。なんといっても上杉謙信や武田信玄は信長より大物に写った。が、上杉も武田も容易に兵を挙げてくれなかった。義昭はふたりを呪った。
 しかし、信長にとっては千載一遇の好機であった。朝倉がどうでようと、足利義昭を利用すれば上洛の大義名分が出来る。遠交近攻で、上洛のさまたげとなるものはいない。
 信長は明智光秀や細川藤孝から義昭の依頼を受けて、伊勢方面に出兵した。滝川一益に北伊勢方面を攻撃させた。そうしながら伊勢の実力者である関一族の総領神戸氏の家に、三男の信孝を養子としておしつけた。工藤一族の総領である長野氏の名を弟信包に継がせたりしたという。信長の狙いは南伊勢の北畠氏である。北畠氏を攻略せねば上洛に不利になる。信長はさらに、
「足利義昭さまが越前にいてはやりにくい。どうか尾張にきてくだされ」と書状をおくった。義昭はすぐに快諾した。永禄十一年(一五六八)七月十三日、かれは越前一乗谷を出発した。朝倉義景には「かくかくしかじかで信長のところにまいる」といった。当然ながら義景は嫌な顔をした。しかし、朝倉義景は北近江一国で満足している、とうてい兵をあげて天下をとるだけの実力も器もないのだから仕方ない。
 上洛にたいして、信長は朝倉義景につかいをだした。義景は黙殺した。六角義賢(南近江の城主)ははねつけた。それで、信長は六角義賢を攻め滅ぼし、大軍を率いて京都にむかった。九月一二日に京都にはいった。足利義昭を京都の清水寺に宿舎として入れ、松永と三好三人衆と対峙した。松永弾正久秀は機を見るのに敏な男で、人質をさしだして和睦をはかった。それがきっかけとなり信長は三好三人衆の軍勢を叩き潰した。
 足利義昭は「こやつらは兄義輝を殺した連中だ。皆殺しにいたせ!」といきまいた。
 しかし信長が「義昭さま、ここは穏便に願う」と抑圧のある声で抑えた。
 永禄十一年(一五六八)十月十八日、足利義昭は将軍に推挙された。第一四代将軍・義栄は摂津の逃れて、やがてそこで死んだ。
「阿波公方・足利義栄の推挙に荷担し、義輝を殺した松永と三好三人衆を京都より追放する」時の帝正親町天皇はそう命じた。
 松永弾正久秀は降伏したものの、また信長と対立し、ついにはかれはおいつめられて爆死してしまう(大事にしていた茶道具とともに爆薬を体にまきつけて火をつけた)。
 直江兼続が織田信長とあったのはこの頃だったという。兼続は「ひとに義がなければ野山の獣と同じでござる!」という。上杉謙信に金色の洛中洛外図屏風を送った信長は「天下を取れるなら鬼にでも魂をくれるわ!」という。信長は義昭のために二条城を造らせた。 足利義昭は非常に喜んだ。これでまろは本物の将軍である。かれは信長に利用されているとはまだ感付いていなかった。「あなたはまろの御父上さまだ」義昭はきしょくわるくいった。信長は答えなかった。当時、信長三十六歳、義昭は三十二歳だった。「あなたは偉大だ。あなたを副将軍としてもよい。なんならもっと…」
「いや」信長は無表情のままきっぱりいった。「副将軍はけっこうでござる。ただし、この信長ひとつだけ願いがござる」
「それは?」
「和泉国の堺と、近江国の大津と草津に、代官所を置かせていただきたい」
 義昭はよく考えもせず、簡単に「どうぞどうぞ、代官所なりなんなり置いてくだされ。とにかくあなたはまろの御父上なのですから」と答えて、にやりとした。気色悪かった。 信長には考えがあった。堺と、大津と草津は陸運の要所である。そこからとれる税をあてにしたのだ。そして信長は京都で、ある人物にあった。それは南蛮人、ルイス・フロイスで、あった。キリスト教宣教師の。
  前田慶次は和漢の書に通じ、古典を愛し、茶道や能にも明るく、芸能も達者であるから、その名はおのずと諸国にしれわたる。慶次が放浪している頃、諸国の大名が高禄をもって召し抱えようとした。が、栄達の望みを微塵も持たぬ彼は、誘いの全てを断って気ままに浮世を送った。マンガ『花の慶次』のようなことはなかったが、さすがはカブキ者といわれるだけあって英雄伝が豊富だ。                       


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震災から1年9か月 「2030年原発ゼロ」「綺麗ごと」では済まない原発現実

2012年12月21日 11時38分18秒 | 日記
「東日本大震災」 
 
東京電力は2012年12月14日、原子力部門の改革案を発表しました。原子力部門から独立して安全対策を指導、徹底する社内改革組織の設立などを柱に据え、過酷事故につながりかねない「負の連鎖」を断つ組織つくりを考えたそうだ。最終報告は2013年2月という。記者会見の問題点は(1)能力不足(2)知っていたが言えなかった(3)外部から圧力があった、です。45年前に福島第一原発建設時地元住民に「嘘をついていた」と認めた。また原発事故2日目にはメルトダウンしていたが、認めたのは11月後であった。後言いたいのですが活断層=危険=原子炉停止という流れは短絡的過ぎるということ。なら新潟中越沖地震で新潟県の柏崎刈羽の原子力発電所は何故大丈夫だったのか?普通の地震でも激しい地震でも普通は原子炉は安全に停まるんです。福島原発も地震で停止しています。その後の(想定外の)津波で原発全電源が停止して原子炉がメルトダウンしたのです。マスコミはそのことを知っているのに「脱原発派」におもねって報道しません。すべては視聴率、購買率の為なんです。皆さんもっと頭を使ってください。今、「脱原発!」などというのは赤ん坊でもできます。甘い嘘より苦くても大切な現実に目を向けましょうよ。原子力規制員会は活断層があるとして敦賀原発を廃炉にするという可能性を示しました。そんなこといっていたら日本中の原発は全部廃炉になりますよ。しっかりしてください。東電は福島に復興本拠地を4000人体制で設置すると決定。賠償も現地権限をもつという。日本海などにメタンハイドレート群が見つかりました。網走沖、秋田山形新潟沖、隠岐周辺沖にかなりの量のメタンハイドレート(メタンガスが凍ったもの)があるという。原発にかわる代価エネルギーとして期待大ですね。よかったですね。小林よしのり著作「ゴーマニズム宣言スペシャル 脱原発論」小学館刊行「読書感想文」フリージャーナリスト緑川鷲羽わしゅう。まず私が主張したいのは私は「原子力ムラ」の人間ではなく、「利権」とも無縁であるということ。マンガチックな「原発ブラボー再稼働」でもないということ。そして小林よしのり氏の本を読んで、「首相官邸の前で集団ヒステリーでお祭りデモに参加している連中と同じだ」という感想だ。確かに福島原発事故や乳飲み子の母や赤ん坊が泣いている映像を観たら誰だって「脱原発」になるのが人情だ。しかし、したり顔で「脱原発」を主張するなど赤ん坊でも出来る事なんだよ。小林氏は「一時的に電力が足りなくなって企業が出ていく?その程度の企業なら外国にどうぞ」という。現実がわかっていない。電力不足が「一時的」な訳ないだろう。企業は漫画家とは違う。1円2円の円高、電力料金で中小零細企業(全体の99%)は採算をとっている。そんな企業が中国やベトナム、インド、ミャンマーに出ていけば二度と帰って来ない。深刻な失業率になるだろう。漫画家の替りなど幾らでもいるが、職場の替りはない。また小林氏は「自分が9歳の頃(1956代)には原発はおろか火鉢しかなかった。大学生の頃漫画家デビューしたが(1970年代)、九州ではまだ原発はなくても幸せであった」という。現代エネルギー革命や、産業イノベーションがわかっていない。氏が学生や幼かった頃にはなかったスパコン、コンピュータやハイテク家電、スマートフォン、高品質テレビ、(節電)家電、クーラー…なにより電気がなければ水道の水さえ流れない。そういう基本的な事がわかっていない。悪戯に原発の危険や人々の恐怖心を煽り「原発は安全じゃない」と断罪する。これでは農家の恐怖心ばかり煽る農協と同じではないか。絶対に安全なものなどこの世に存在しない。車も飛行機もバスも全部「危険」であろう。何より太陽光や風力といういわゆる「再生可能エネルギー」が電力の1%であり、原発分はいままで30%であり、その分がすべて火力に特化しているから(電力の約99%)「電力不足」「電力料金値上げ」があるのであって、火力発電のエネルギー源の価格高騰に触れられていない。今「円高」であるので石油やガスの値段は高くない。だが、石油・ガスの価格高騰は続いている。価格高騰問題に触れられていないのは違和感がある。原発分の30%のキャパシティを太陽光・風力ではカバー出来ないのだ。それが現実だ。小林氏はあまりに感情に流され、プラグマティズムやコンストラクティブな思考を怠っている。只の「お涙頂戴」の「感情論」に騙されて、したい顔で「脱原発」では救われない。4号機の核燃料棒プールの危機など、政府も関係者も皆知っている。プロパガンダで原子力発電とオウム真理教を結び付けて描いているが、原子力を再稼働したり原発を廃炉にしながら新エネルギー開発(メタンハイドレード、シェールガス、地熱発電、新潟沖の未知の石油)していくのが「ヒトラー」(笑)だとでもいいたいのか?TPP交渉は「ナチス」(笑)か?私も政府の「冷温停止状態」「安全宣言」など信じていない。3・11の事故後すぐ私は「メルトダウン」もしくは「メルトスルー」していると思っていたのだ。だが「危険だ、危険だ」といっていても仕方ない。小林氏は「安全だというならお前が福島に住んでみろ!」という。私は福島ではないがすぐ近くの米沢(福島市郡山市のすぐ隣り)に住んでいるが健康だ。氏のいう「原発の代替案」が太陽光や風力では「お先真っ暗」だ。むしろ大事なのは「脱原発」と「原発再稼働」を二極化しないことだ。原発を求めている人々すべて賄賂をもらっているとか、右翼と決めつける氏こそ「左翼」になった「元・右翼」である。どっちみち福島原発事故で「新規原発開発」も「既存の原発再稼働」も殆どムリで、30年後には自然と「脱原発」になる。原発は全部停まるのだ。私だって将来的には「脱原発」の人間だ。氏の漫画は「感情論」であり「結果論」である。事故を観て恐怖を感じ、集団ヒステリー集団アレルギー、感情論を「プロパガンダ漫画」で描いているに過ぎない。こんなものでまともな代替案もなく、したり顔で「脱原発」を叫ぶなど、まさに「団塊の世代の安保闘争」「集団ヒステリーお祭りデモ」だ。マンガチックであり、主張が「子供」である。本書は一読の価値は確かにある。だが、氏がオウムテロの時のように脅迫に晒されているのは甚だ不幸ではあるが、こんなひとがジャーナリストの仲間とは、日本も甚だ「呑気な国」である。                
2012年10月1日青森県下北半島の大間原発(Jパワー)の再建設が始まりました。集団ヒステリーの「脱原発」ポピュリスト達はまた反発しています。が、Jパワーの会長は「原則40年稼働させたい」と現実的思考です。こういう現実がわかるひとの台頭は喜ばしい限りです。2012年9月27日「指定廃棄物(核のゴミ)」最終処理場が千葉県・宮城県・群馬県・栃木県・茨城県に決まりました。2012年9月20日「原子力規制委員会」が発足です。委員長・田中俊一氏。経団連など財界は「原発2030年代ゼロ」に反対していて、米倉氏が政府戦略会議辞職です。まあ、現実が見えている人々には当たり前の意見ですね。理由は後述しています。政府はとうとう「30年代原発ゼロ」を決定してしまいました。まさにポピュリズム(大衆迎合)です。でも閣議決定は見送りであるという。経済界からのはんぱつのおかげですよ。現実が見えない人たち(脱原発論者)には困ったものです。政府エネルギー戦略会議は「核燃料サイクルを維持」する方針を固め、もんじゅを研究炉にし、30年代に原発ゼロも併記するといいます。「2030年原発ゼロ」目標が、世論の圧力で明文化された。青森県の三村知事が、核燃料サイクル堅持を要望しています。国民の7割が脱原発をしたり顔で主張し、古川国家戦略担当大臣を枝野経済産業大臣も「脱原発」を決めてしまいたいといいます。やめて欲しいのはあと数か月後にはなくなる民主党政権に今後数十年続くエネルギー政策を付け焼刃で決めてほしくないということです。脱原発をし、原発をゼロにすると三十年後には核燃料再生が不要になります。青森県は結果として「核燃料永久貯蔵地」になってしまいます。青森県は「中間貯蔵地」であり「永久貯蔵地」という話になると話は違ってくると思います。事故調(福島原発事故調査委員会)のレポートは本質を突いていない。事故とは物理的な原因が起こり、波紋のように広がるものです。管首相(当時)や斑目委員長(当時)や枝野官房長官(当時)が悪かったうんぬんの前に物理的な自証を考えるべきです。「もう少しいい人材と英雄や天才的人物がいれば事故は防げた」とは思いません。全電源が地震や津波で喪失したら原子炉は冷やせないし、核は暴走する。どんな天才がいようが事故は(遅らせることは出来たかもしれないが)発生したと思います。設計上の問題であり、人材・組織の問題ではないからです。事故調のレポートは「犯人捜し」で、「脱原発論者」は「ポピュリスト(大衆迎合主義者)」だと私は断言します。理由は後述します。南海トラフの巨大地震被害想定は死者32人、浸水1015平方キロでそうです。10分以内の避難で14万人減、100%耐震化で3万人減です。備えあれば憂いなし、ということですか。全国の工業団地に万単位のメガソーラー計画があるそうです。だが、どんなに太陽光パネルを張り巡らせても原発分の3割は無理なんですよ。現在の技術では。だから単純にしたり顔で無策で「脱原発!」と声高に叫んでも集団ヒステリーだ、というんですよ。原発の将来を考える国民会議並びに国家エネルギー戦略会議は「1930年代前半に原発ゼロに」との結果になりました。東京電力福島第一原子力発電所事故の原因などを政府の事故調査・検証委員会は2012年7月23日最終報告書をまとめ、野田首相に提出した。被害が拡大した根源的問題として「東電も国も安全神話にとらわれていた」と指摘。危機管理対策の練り直しを促したとのこと。我が師・大前研一先生は政府と国双方のレポートを読み「率直に言ってどちらも役に立たないな」といいます。原因は津波?なら福島第二原発や東海第二原発は何故大丈夫であったのか?違いは「外部電源」です。福島第一原発は地震で外部電源がやられ、さらに津波で非常用電源もやられてメルトダウンしたのです。「外部電源」さえ無事なら大丈夫なんです。また「活断層の傍に原発あるから危険…脱原発!」というのには私は与しません。なら新潟の地震のとき柏崎刈羽原発は何故大丈夫だったのか?「脱原発デモ」など改革でも革命でも何でもない。くだらん「集団ヒステリー」でしかない。「再生可能エネルギー(太陽光・風力)」で原発分の30%のキャパはカバーできない。「集団ヒステリーデモ」などやめるべきだ。変なガキが「(nhkクロ現で「脱原発デモ」を取り上げることで)デモがないとかいっていたおっさんも黙るな」と悪口を書き込んでいた。私緑川鷲羽わしゅうは「デモがない」などといっていない。原子力規制委員会で委員長として田中俊一氏が内定しました。田中氏は放射線物理の専門家です。が、私は残念です。我が師・大前研一先生こそ委員長・規制庁長官にふさわしいと思っていたからです。福島第一原発の事故調査委員会で電力会社(東電)と民主党(官邸)・政府・当局が地震、津波対策を先送りしたことを「事故の根本的原因」と指摘し「自然災害ではなく人災」と断定しました。我が師・大前研一先生は「人災は一致するが、其のうえで「交流電源が長期的な損失を前提にしなくていい」という事故調のスタンスに問題があった」といいます。それに事故調は原子炉の分析を行っていません。原子炉内部にはいれない、ということで関係者1000人からアンケートをとり分厚い調査書を作成しただけ。こんなもの馬鹿馬鹿しい週刊誌やワイドショーと同じです。「外部電源」に触れられてないが「外部電源」が損失すれば3・11と同じことになります。再生可能エネルギー20年20%買い取りですが今は再生可能エネルギーのほうが値段が高く誰も買いません。夜間の電力料金引き下げも再生可能エネルギー20年20%も原発フル稼働しないと無理です。このままヒステリーで「脱原発」ムードでは日本の自殺です。皆さん目を覚ましてください。原発と原爆は違います。皆さんは誰かと同じでいい、皆脱原発というし、みたいな、「団塊世代の安保闘争」みたいな馬鹿はやめて目覚めてください。2012年7月5日に国会事故調が報告書を完成。述べ1167人に調査して、「東電・保安院の怠惰」否定せず、とした。地震・津波が起因ではあるが「人災」だ、という。2012年7月1日から再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、バイオマス)の買い取り法案が実施されましたね。誰が買うのか?政府か?電気会社か?株式会社か?いいえ、国民です。国民が電力料金に上乗せして払うのです。今まで再生可能エネルギーは1Kwh=10円くらいで採算がとれず普及しませんでした。それが太陽光(10円→42円)風力(10円→23円)地熱(時価→27円)となり値上げ分は国民が払います。最初は84円負担ですが国が再生可能エネルギーを30%にすれば月に800円から2300円の値上げになります。電気は税のようなもので選べないし、電気がなければ生活できません。基本的なことですが「再生可能エネルギー」が「原発分の30%」をつくれるか?ですがつくれないんです、今現在は。まあ、携帯電話みたいなものです。最初の20年前の携帯電話はカバンくらいおおきかった。それがいまや掌に隠れるほど小さくなり、且つ高性能になりました。再生可能エネルギーも同じようにイノベーションで大きく成長分野としては有望です。だが、今はまだ原子力程のキャパは無理なんです。福島第一原発事故で、日本国内では「原発の建設は危ない」と思いがちです。が、日本の原子炉建設メーカーである日立や三菱重工や東芝らは優秀です。世界でも日本勢に匹敵しているのはフランスのアレヴァ社くらいです。この市場に対しては韓国や中国も虎視眈々と参入を狙っています。しかし、日本勢の足元にも及びません。東芝・米ウエスチングハウス連合の原子炉である「AP1000」は、仮に福島原発事故と同じになっても最後まで自力で冷却できる設計であるそうです。今は原子炉建設は被害感情もあって難しい。だが、20年から30年後再生可能エネルギーに限界がきたとき原発が見直されると思います。また反原発脱原発ムードを創ったのはマスコミです。過剰報道をするから「脱原発デモ」などが起こるのです。脱原発のデモ(作家・大江健三郎・音楽家・坂本龍一呼びかけ)で代々木公園で10万人のデモがありました。いっとくが原発と原爆は全然違う。プロパガンダ(大衆操作)にいいからってリンクさせるな。私緑川鷲羽の立場はけして「原発ブラボー再稼働」などの漫画チックなバカげた考えの立場ではありません。私も「将来的には「脱原発」」という立場なんです。私が言いたいのは福島の原発事故や乳飲み子の母親と赤ん坊の涙をみれば誰だって「脱原発」の考えになるし、それが人情でしょう。が、只したり顔で「脱原発」と声高に叫ぶのなんて赤ん坊でもできる事なんですよ。大飯原発は再稼働したが、依然として原発分の3割の電力は火力発電に特化したまま。このままなら電力不足、電気料金高騰…最悪な事態が日本の産業に壁として立ちはだかります。それでもいい。何が何でも「脱原発」というなら地獄に行ってください。どんなに悲惨な日本経済になるか。勿論福島原発があんなことになって「新規原発開発」も「既存原発再稼働」も無理だし、拒絶反応もわかる。だが、真実から逃げて「脱原発!」と無策で叫んでいたら状況は好転するんですか?小林よしのりも櫻井よしこも勝間和代も無知すぎる。我々は甘い嘘よりもつらい現実に目を向けるべきだ。現時点で「再生可能エネルギー(風力・太陽光など)」では原発分の3割のキャパはカバー出来ない。将来の地熱発電やメタンハイドレードや新潟県沖の未知の石油など「将来のエネルギー開発」を急ぎながら、私だって嫌だが原発を廃炉にしていきながら「(日本経済に深刻な悪影響のある)計画停電」を回避していきましょう。甘い嘘や夢では食べていけない。我々は現実的な行動と思想で行動しよう。団塊の世代の「安保闘争」みたいな集団ヒステリーではなく、現実的に行動しようよ。悪戯に恐怖心を煽る前にもっと勉強しろ。このままでは日本の中小零細企業は電気関連でバタバタつぶれるぞ。もっと皆にはコンストラクティブな議論をして欲しい。集団ヒステリーでお祭りデモに参加してる人達を説得して下さい。2012年6月8日、野田首相は「原発を再稼働しないと日本がたちゆかなくなる」と会見。大飯原発を16日に再稼働し、夏期間限定ではない、と表明した。正論だね。大飯原発3,4号機の再稼働を橋下大阪市長は「ピーク時の3か月限定」というが賛成できません。ひとつは原子炉の安全性というのは、飛行機が離陸時と着陸時がリスクが高いのと同じに、原発は稼働時と停止時が高いリスクのタイミングだからです。一度稼働して定常状態になればリスクは高くありません。もうひとつは再び福島第一原発事故のような津波や地震が来ても、大飯原発は大丈夫で問題ないということです。これは専門家も証明しています。但し、今の事故調や民主党政権(というより財務省内閣)が原発を再び稼働させるのは橋下さんでなくとも疑問が残るでしょう。規制庁だの事故調だの「今更」です。あの3・11から1か月の「無政府状態」の方がむしろ事故被害より「国家として恐怖の国」なのです。事故調は管直人前首相、枝野経産相、海江田万里・元経済産業大臣を国会で証人喚問しました。またしらばっくれています。自分には罪がない、だの、知らなかった、だの。政治家も官僚もいつもそれです。だから私は嫌いなんです。政府は原発15%路線で検討だそうです。また東電がいよいよ完全国有化ですね。数兆円という損害賠償も税金で負担です。また東電新社長に広瀬直己氏(59歳・常務)です。2012年4月26日旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故から26年目ですね。東京湾北部地震での予想死者数は9700人だそうです。また東電会長に下河辺(しもこうべ)和彦・運営委員会委員長(64)=弁護士が就任だそうです。天下りの馬鹿どもはどんどんリストラしてくださいね。福井の大飯原発再稼働です。まずはよかった。原発が稼働しなければ火力発電に原発の30%分が特価したままとなり電力不足電気料金値上げですから。脱原発の過激派のひとたちももう少し頭つかおうね。2012年4月から放射線セシウムの新基準が決定されました。肉・魚・野菜・米100ベクレル、水10ベクレル、乳児用食品牛乳50ベクレルです。放射線暫定基準は500ベクレルから100ベクレルになった訳です。まあ100ベクレルでも健康に悪くはないし安全なのですが、「集団ヒステリー」ですね。生協は肉・野菜を50ベクレル、水牛乳を10ベクレル魚50ベクレル乳児用食品4ベクレルお菓子4ベクレルにしています。「集団ヒステリー」になって「ベクレル・デフレ」になるのが危険。一般的に国際基準は1000ベクレルなのだから。親ばかで「安全なものを子供に食べさせたい」も危険です。人間はそんなに簡単には死なない。自然界には常に40ベクレルは浮遊している。何も食べないわけにはいかない。出荷停止は24種類だ。昔からスリーマイルやチェルノブイリでICRP(国際自然保護委員会)では370ベクレルを国際基準としている。チェルノブイリと基準を日本は踏襲するべき。だが、とにかく福島の原発事故での集団アレルギーで、原発近くの産地食糧を食べたくないが国民の38%もいるという。とくにいえるのは食品の放射線濃度の検査費の高騰がもろに食品にくるということ。問題は3つ。1つ機械が足りない(高精度測定器1台2000万円・改修費700万円(2トン)維持費500万円)千葉県2機、福島10機。2つは時間がかかる。3つは数が多い(主要4産地、その他32産地)。「集団ヒステリー」は高くつくということだ。
南海トラフ(駿河湾から九州沖の浅い海溝)での巨大地震での予想津波は20メートル超と試算しました。どこに逃げればいいのでしょうか?また福島産コメは100ベクレル超で廃棄。あと驚いたのですが福島県民全員に補償する(浜通り40万円、中通り20万円、会津10万円)。新潟県の柏崎刈羽第一原発6号機が停止し、残りは北海道の泊原発3号機1機だけになった(泊原発も4月で停止)。「帰還困難」の慰謝料が600万円、「居住制限」の慰謝料は240万円と決まりました。 3・11「東日本大震災」から1年である。福島第一原発事故後、原発はゴキブリのように嫌われ、すべての発電は火力に特価した。私緑川鷲羽わしゅうも原発にかわる電力をいろいろ考えてみた。そこでアイスランドのような地熱発電ではないか、という結論に至ったのである。日本には火山・温泉も多く、アイスランドと似ている。勿論地熱発電には反対意見もある。①初期費用が高い(1回のボーリングで1億円)②温泉が涸れるのではないか?という不安③国立公園内であること。だが、仮に日本のすべての地熱を発電に使うと原発20基分だ。サトウキビ、海藻、ミドリムシなどからのバイオエタノール(開発中)、また日本海には天然ガスが凍ったメタンハイドレードが100年分ある。しかし、すべては未来でのこと。が、原発を蠅のように嫌うなら以上の発電しかない。原発がダメなら地熱・バイオエタノールだ。政府は東電の全役員に辞任を要求しました。また放射能汚染は深刻ですね。除染には2014年3月までかかるそうです。それだけ汚染は深刻だ、ということですね。①汚泥(おでい)は東京下水だけで160トン・13都県6万9000t。②家庭用ごみ7県で1万5400トンです。焼いても沸騰させても放射性セシウムは減らないからたまるのです。今は原発から放射能汚染物質はでていません。国は8000ベクレル以下は埋め立ててもかまわないという方針です。が、また子持ちの母親の涙のプロパガンダで反対され「埋め立て」は進んでません。ちなみに1ベクレルは0.0001ミリシーベルトです。ごみを分担するから「絆」ではなく東北地方にゴミ処理場や電力施設をつくって復興を図るべきです。東京電力は政府から9808億円の大借金をして、「2011年度の賠償金」を払いかえしていく予定です。政府は福島第一原発事故の「廃炉」まで30年かかると明らかにしました。やっぱりね。復興債の償還は25年間だという。また福島第一原発の2号機が一時臨界になり微量のキセノン(放射性物質)が検出されたという。震災で転校が2万5025人で7割が福島であるという。2011年3月11日の東日本大震災では義援金が3245億円が集まったが1109億円が渡っていない。義援金は税金ではないので政治家や官僚が配っている訳ではないのです。それぞれ国レベルの配分委員会(堀田力会長、プール金363億円)で被災者・原発避難者(避難地区認定住民のみ)・家が半壊または全壊したひと(家が壊れない被災地は☓)に渡される訳です。国単位の委員会から県単位の配分委員会(プール金403億円)にいき市町村単位の委員会(プール金343億円)から被災者に渡る。一家族に110万円から51万円くらい。募金では税金ではないので救えないのです。困っているひとの「一息」のためが義援金です。 9・11米国同時多発テロ事件から10年、東日本大震災から半年。米国ではアルカイダによる米国国内のテロの信ぴょう性の高い情報があるという。何も起こらないといいね。ただ、言っておくが我々が戦っているのはアルカイダなどのテロリスト集団でイスラム教徒ではない。9・11に歴史的必然などない。「脱原発」はテロリストレベルだと思います。3年間原発を一切使わなければ日本の産業はどうなりますか?一部の人は(1)世界唯一の被爆国日本こそ「核なき世界」を(2)再生可能エネルギーを国家戦略とすべき、と思っている。子供を抱えた母親の涙でプロパガンダですか?何度も言うが「原発の30%」は太陽光発電システムや風力発電ではカバー出来ない。結局火力に特価して電力料金値上げ電力不足で産業空洞化です。アメリカの国債が「Aaa(トリプルエー)」から「Aa+(ダブルエープラス)」に格下げになった。世界同時株安です。ですが米国が2013年までゼロ金利政策を続けると政策を発表して、世界同時株安は一服です。東証359円安、株価9300円割れです。心配していた「二番底」ですか?ここでは原子力発電と核兵器について述べます。「東日本大震災」復興財源と節電策。123号機はやはり炉心融解でした。浜岡原発停止「支持」は66%「原発全廃」は12%です。1号機の二重扉を開放し作業員が建家内部で作業しましたね。政府は30年以内にM8クラスで87%で起こるとされる東海大地震の対応として、静岡の中部電力浜岡原発の4号機5号機や全炉の停止(3670万KW)を決定した。(1号機2号機は廃炉、3号機は検査調整中)東北山形秋田新幹線全線開通。政府は「東北自動車道」の無料化です。原発賠償「交通費・宿泊費」「放射能検査料」「失業保証」「家畜の保証」「健康被害賠償」「計画停電」は何だったのですか?「計画停電」で信号や照明、店、工場がとまり経済観光をズタズタにしたのは明らかな「人災」です。消費者物価指数が下落したのも「人災」。政府はもっとちゃんとした判断をしてほしい。阿呆なら阿呆なりに「余計なこと」をしないで欲しい。クーラーは高いというがガスや灯油のほうが安くすむようになった。電気の冷暖房の方がお得。自粛は☓。お金はつかったほうが被災地の為になる。消費すると消費税と被災地の復興需要になる。56万人も宿泊場キャンセルだ。2ヶ月から6ヶ月間はステップ①準備作業、放射線量の測定方法検討。ステップ②冷却・放出の抑制、土地・家屋の計測・除染。現在2ヶ月の住宅などの建築期限を最長8ヶ月延長し、各地の農家を集約して、対規模化。東北地方を「食糧保管地区」へ。政府が土地を買いあげて高台に開発はコストが高いがやらねばならぬ。地震保険の支払が1854億円、東電の賠償金は8.3兆円だといいます。まあ、電気料金値上げと国からの公的資金導入でしょうね。原発から20Km圏内が「警戒地域」に指定されました。「警戒地域」とは罰金罰則があり、10万円以下もしくは拘束ですね。「震災復興賠償機構」が設立です。死者の9割が水死で、被災3県の60歳以上65%の死者もそういう老人であったそうです。汚染水の移送も開始されました。原発の炉心内部にロボットを搭載し、炉心内部が1時間あたり65mSv(ミリsh-ベルト)であると検知した。岩手県の地震と津波で壊滅した300Kmは「災害危険地域」に指定、政府も「原子力政策」を再検討するそうです。東電の石田顧問が辞任しました。半世紀にのぼる「天下り」の批判を受けてのことです。東電や原子力保安委員は放射線抑制まで6ヶ月から9ヶ月かかると発表しました。これで年内避難解除は困難になりました。2011年4月15日千葉県浦安にあり「液状化」の被害を受けていた東京ディズニーランドが一ヶ月ぶりで再開された。東北地方の宿泊施設では風評被害で39万人(うち6割外国人)ものひとがキャンセルしたといいます。気象庁は数ベクレルの放射線ヨウ素131が標高20mから500mで検出されたと発表した。こうなると浪江町や飯舘村は「安全です」とは言いにくい状態ですね。だが、原発から30Km内の500ミリシーベルト(mSv)とは1年間浴び続けて1万人に1人が癌になる、という程度です。過剰反応は駄目です。落ち着いて。あと「東日本大震災」という名称が外国人に混乱を与えています。「東日本大震災…日本の東側全部被災したのか?」というのです。名称変更がベストです。「復興構想会議」の五百旗頭真議長は「復興税」を提案してますね。なお「「義援金」「支援金」「寄附金」の違いは?」ですが「義援金」は被災者に直接渡る金で、「支援金」はボランティア活動の財源や支援物資や治療費などで、「寄附金」とはその都道府県の被災地のインフラやライフラインの復興やメンテナンスに遣われるお金です。義援金は大体「日本赤十字社」や「国連WFP協会」によって集められ被災地役所の「義援金配分委員会」に行き、そこから市町村役場→個人口座(あるいは直接支給)です。とにかく「罹(り)災証明」が必要なんですが、家や証明書すべて津波で流されて「本人確認」が出来ないというので「罹災証明」なしでも支給しようと決まりました。死者・行方不明35万円、家屋全焼全壊1戸35万円、半壊18万円、原発被害1戸100万円で、被害総額は25兆円になりそうです。第一次補正予算(5月)には4兆円だす(子ども手当なしに、高速道路無料化なしに、予算削減、年金半分税負担なしに)。増税は確かにすぐ出る金ではありません。法案を通すまででません。ですが900兆円も借金があるのにまた「赤字国債」ですか?日本国債の暴落の危険があり私は反対です。復興国債(2年から10年で元本返済(普通の国債は60年で元本返済ルール))しかないですね。その際「日銀」が買っては駄目。金融機関でないと。「復興税」というか被災地以外で10年間限定消費税2%(40兆円)増税です。また原発ですが今は更なる「水素爆発」を防ごうと「窒素」を炉心内部に注入しているところです。だが、ストロンチウムという放射線まで検知されました。ストロンチウムはカルシウムのように人骨に浸透する放射線です。チェルノブイリ事故では放射能汚染は10日間で520テラベクレル、福島第一原子力発電所事故では一ヶ月で63テラベクレルです。風向きによりあらたに福島県川俣町、飯舘村、南相馬市、田村町にも避難指示であるという。ちなみに「避難地区」は法的拘束力がない。「警戒地域」なら法的拘束力があり罰金もある。「電力ピークの夏が危ないなら4月5月6月に電気を貯めていればいいのでは?」は「電気」は貯められないのです。乾電池も「電気を貯めているのではなく元素反応で発電している」だけです。大きな乾電池が「発電所」という訳です。1987年7月24日の「大東京都心部大停電」の二の舞は避けたい。震災から1ヶ月以上過ぎればこんどは「心のケア」だ。欝、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不眠、悪夢、生活やお金、病気…まだまだこれからだ。ボランティアさんは「自己完結型」で被災地にいってください。食料も水もテント、車、被災民に迷惑にならないで「お役に立つ」仕事をしてください。2000万トンの瓦礫を分別・撤去・処分するのに最低でも5年はかかるそうです。瓦礫処理代は3000億円、道路・港湾整備に1.3兆円です。トモダチ作戦には68億円かかったそうです。ちなみに「余震はいつまで続くの?」という質問ですが、何十年と弱まりながら続きます。震度0という微弱な地震が阪神淡路大震災の神戸地方ではまだ余震があるという。マスコミの広報でおなじみになったメガネの中年のおじさん・西山秀彦さんは経済産業省でTPPに関して担当していた方です。前任者の中村氏、根井(ねい)氏は専門家でしたが、専門的過ぎて説明がわからないと移動になりました。現在原発の処理班は257名です。東京電力社員207人、関連会社社員50名で免震重要棟というところでパンやレトルト食品を食べながら通路に雑魚寝して頑張っています。「原発はいつ終結するの?」は、せいぜい10年から20年です。ですが、日本の技術力は災害後わずか6日間で870Kmもの寸断された道路を復旧させたことです。それというのも「災害対応対策協定」というのをゼネコンや中小土木業者と協定を結んでいたからに他なりません。また「品薄」ですが確かに「納豆」「ヨーグルト」「牛乳」「ペットボトル水」「ビデオテープ」「紙おむつ」がないですが、「買い占め」というよりは容器の石油原料が足りないのと「計画停電」のせいです。教育の遅れも深刻です。震災孤児は阪神淡路大震災の64人を上回る150人以上だそうですね。政府は農作物・コメの作付け制限を実施、「原発事故での放射能汚染には賠償金を払う」と決めました。東京電力は当分の間「計画停電」を実施しない予定です。福島第一原子力発電所事故が長期戦となるとして20キロ圏の住民の一時帰宅在を政府が認めました。海水の放射性ヨウ素の濃度が通常の14万倍で、震災転校は1万1000人、一時補正4兆円、支援額1兆円だそうです。日米軍による「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」が終了しました。これから2、3ヶ月はボランティアさんが大勢きて「瓦礫の撤去」「掃除」「遺体捜索」「ペットの世話」などマンパワーが必要だが1年、3年となってくると「心のケア」「生活相談」「うつ病」「不眠」「PTSD」「猛暑」など精神科医や主婦やケア・マネージャー、ボランティア・コーディネーターが必要になる。ちなみにですが「4号機はメルトダウンしてないの?」は、4号機は地震津波時に休炉中で炉心に燃料棒そのものがない為、(使用済み核燃料棒以外では)危険が少ないということです。メルトダウンでプルトニウムや放射性ヨウ素・放射線セシウムが検知されたということは、「炉心の下」か「配管」か「サプレッション・プール」かにヒビがはいっていて漏れ出しているのですね。今、「集中環境室」に低濃度放射能汚染水が溜まっていて、高濃度放射能汚染水を入れたい為に海に仕方なく放出したのです。「苦悩の内陸部避難」が始まりました。宮城南三陸町、岩手県・宮古市・山田町・大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市などの避難民が内陸部に「集団避難」しました。今、汚染水が直接海に流れている状態でした。ピット(電源ケーブル収納施設)に亀裂があり1000mSv/hの放射性ヨウ素が出ていました。一回コンクリートで固めて亀裂を埋めようとしたが失敗、高分子ポリマーという水をジェル状にするものを注入し、その後コンクリートを注入しましたが失敗。2011年4月6日早朝、2号機のピット(立て杭)から海に漏れていた高濃度放射能汚染水が、水ガラスという物質を注入したことにより海への流出が止まりました。これは一端の朗報です。 「大規模停電」を防ぐ為の「計画停電」は愚策である。しかも「計画停電」は栃木や埼玉、静岡という「田舎」ばかり…。「節電」というなら何故「東京26区」はダメなのだ?品川区や新宿区一回「計画停電」で神奈川県全体分ではないか。ならどうすればいいかをこの「プランナー」で「ストラテジスト(戦略家)」のフリージャーナリスト・緑川鷲羽(わしゅう)さんが献策する。まずは①「サマータイム導入」②「夏の高校野球・甲子園の延期(夏ではクーラーとテレビ齧りつきで電力の無駄)」③「電気の無駄使いに罰金(許容量の30%や50%なら無駄使いする度に罰金が重くなる)」④10年間限定で復興財源に消費税2%増税(40兆円)する。⑤地方分権化(道州制)。戦略とは顧客(国民)第一主義でなければならない。なんとか総研とか○○大学教授だの集めるだけ無駄。知恵や策略とはそんな学歴エリートには考えられないものなのだ。が、とうとう策がなくなって低レベルの放射線汚染水を海に「緊急避難で」放出しました。大事なのはメルトダウン(炉心熔解)が1号機2号機3号機ではすでに起こっていて、4号機の使用済み核燃料棒も危険だということ。メルトダウンしたからこそ原発付近で通常の3000倍や4000倍の放射能や「プルトニウム」がトレンチやピット(立て杭)から検出されているのです。1日に600tも冷却の為に放水すれば「満杯」になるのは道理。後、4、5年は放水をやり続けなければならない。10年後くらいで落ち着いたら燃料棒を搬出し、コンクリート漬けにするしかない。チェルノブイリ事故のときのような「直ちにコンクリート漬け」は「YES」といいがたい。コンクリートは熱に弱く、チェルノブイリ原発のいわゆる「石棺」はヒビがはいって放射能漏れが起きている。「コンクリート漬け」は10年後だ。原発付近は漁業権が放棄されている為、魚介類で「被曝」する訳ではありません。政府・民主党は東日本大震災の復興のために「復興構想会議」を設置して有識者を集めて「復興戦略」を考える予定であるといいます。また震災では内定取り消しが数百人、失業も何万人規模になりました。東電は1号機から4号機まで「廃炉」にすると発表しましたね。今は「合成樹脂」を瓦礫などに蒔いて「放射性物質」の飛散を止めようと足掻いています。「冷却水システム」は稼働確認され「電源」はいれました。仏の放水ロボット「タロン」も搭載するようです。基本的には「メガフロート」という「放射性物質汚染水貯蔵庫」に汚染水を移動させる予定であるそうです。なお海水ではなく今度は「淡水」を替りに注入しています。これは海水だと塩害があり、塩分が炉心の底にたまる為の処置です。だが「風評被害」が酷くなっています。福島第一原子力発電所から遥かに離れた九州や山口県の部品メーカーや繊維メーカーが「輸出先の外国企業」から「放射能に汚染されていないか証明書を下さい」などといわれているそうです。「日本の食料危ない」など明らかな「風評被害」が出ています。これにたいして説明責任がある「政府・民主党」ですがデマをとめる術を知りません。ちなみに福島第一原子力発電所の1号機(1971年3月26日)、2号機(1974年7月18日)、3号機(1976年3月14日)、4号機(1978年10月24日)、5号機(1978年4月18日)、6号機(1979年10月24日)という完成日です。でも古いから「安全じゃない」訳ではありません。1号機はGE製です。2号機からは「日本人」が一生懸命「真似して」作りました。部品交換やモデルチェンジしているので古いから事故…という因果関係ではありません。制御棒はきちんと入った為に核分裂・爆発にはなりません。だが燃料棒の「崩壊熱」で炉心が溶けてメルトダウンしたようです。なお「水素爆発」とは、炉心の燃料棒の冷却水が少なくなって燃料棒が露出して、化学反応を起し大量の水素が発生した。水素は空気より軽い為に建家の屋上にたまり引火して「水素爆発」したのです。「核爆発」ではありません。ですが福島第一原子力発電所の自主退避のエリアには「寝たきり老人」や「牛や鶏を飼っている酪農家」もいます。被害の「賠償金額」は物凄いことになりそうですね。「プルトニウム漏れ」はプルサーマル(プルトニウム・サーマルリアクター(プルトニウム軽水炉(ただの水の炉)和製英語))の3号機からでしょうと思います。プルサーマルとは「原子力発電」で「ウラン」や「プルトニウム」がでてその「プルトニウム」を再利用する原子炉です。ですが青森県六ヶ所村に処分する核燃料棒を集めることにはなっていますが、「最終処理場」はきまっていません。大前先生は「ロシアと仲良くなってシベリアやツンドラ地帯に燃料棒を埋葬するのがいい」といいますが違います。あの一帯の地下には「有毒ガス」が眠っていて掘れば「有毒ガス」が世界中に風で飛散してしまいます。なおプルサーマルの為の燃料は「MOX燃料」というものですが日本には処理後のプルトニウムを「MOX燃料」にする施設がありません。だから自衛隊の護衛をつけ、テロリストに「核爆弾の材料・プルトニウム」を盗まれないように、再処理施設のある仏のAREVAの工場まで運んだのでした。そのニュースを覚えていますか?今回の福島第一原子力発電所事故と「チェルノブイリ事故」の違いは「核爆発」と「メルトダウン」の違いです。水や食料が「摂取制限」「出荷制限」ときくと過剰反応してしまっては敵の思う壺です。もっと冷静になってください。また「SPEEDIって何ですか?」ですが「System Prediction of Einvriroental Emergency Dose Information.」(緊急時迅速放射能影響予想)というものです。風向きや温度、大気、気象、陸地や海面の起伏などを計算して放射能影響を地図上でグラフ化するシステムです。なお「原子力安全保安院」は経済産業省管轄の役人ですが、「原子力委員会」は「保安委員」を監視する有識者の団体です。2011年3月29日に海水から通常の3355倍の放射性ヨウ素が検出されたそうです。だが、1号機から6号機までのコントロール室などの照明が灯りました。実は日本の土壌にもウランが通常あります。東西冷戦下にアメリカや旧・ソ連が空気中、大気圏中で(今は地下で)核実験をしたからなんですね。だが、プルトニウムというのは重くて飛散しずらいので「放射性ヨウ素」や「セシウム」のように悪戯に恐れる必要はありません。ちなみに日本の電力の割合ですが、火力発電が60%、原子力発電が30%、水力が10%くらいです。水力発電所はもう日本中にダムをすべて造ってしまったので頭打ちです。火力発電はオイルショックなどがあったために原子力発電がいい、と始められたためです。放射線は細胞やDNAを傷つける為に恐れられています。が、大人や老人には免疫もあり、むしろ子供や赤ん坊の甲状腺(成長ホルモンや新陳代謝を司る喉のところ)がダメージを受けるといわれています。もちろんかなりの放射性ヨウ素をあびた場合は…ということですが。放射線は宇宙からも、大地からも、食料からも、大気からも出ています。世界平均放射線比率は2.4mSv(日本は1.24mSv)です。「暫定摂取制限」とは原子力安全保安院が決めていた摂取制限を、暫定的に政府が決めました。食べ物で(2000ベクレル/kg=0.049mSv/kg)、水で(大人(300ベクレル/kg=0.0007mSv)乳児で(100ベクレル/kg=0.002mSv))まで安全です。年間では50mSv(ミリシーベルト・日本は33.3mSv)まで安全。水で洗い流すだけで放射性ヨウ素は「半減」します。が、水を沸騰させては駄目です。放射性ヨウ素は「細菌」ではありません。沸騰すれば濃度が増して危険です。妊婦やおっぱいは安全です。「計画停電」ですが来年(2012年)夏くらいまで続きそうですね。ちなみに東京ドームの一回分のナイター戦で6000Kw(6000万世帯分) です。被災地に陸海空自衛隊10万人が派遣されていますが、キャンプをはって寝泊まりしています。自衛隊というのは「食料」「トイレ」「お風呂」など「自己完結」でできるから便利な軍隊なんです。在日アメリカ軍も「ともだち作戦(オペレーション・トモダチ)」で頑張ってました。仏からの専門家チームもありがたかったです。何故仏は原発に詳しいのか?は仏は世界一の「原発大国」だからです。原発59基、電力割合77%です。ちなみに日本の電力会社は「北海道電力」「東北電力」「東京電力」「北陸電力」「中部電力」「四国電力」「関西電力」「九州電力」「沖縄電力」があり、他に制御電力事業会社として「J-POWER」「日本原子力発電株式会社」などがあります。世界では仏EDF(4004wh)、ドイツEON(3454wh)仏ENEL(2877wh)日本・東京電力(2602wh)、米国エクセロン(1731wh)という順位になります。今回の東日本大震災の被害額は25兆円といわれています。阪神淡路大震災は10兆円でした。88年前の関東大震災は死者10万人で復興院の長官は歴史上の人物・後藤新平がなり、110兆円、遷都しない、耐震化などものの見事に決めていき首都は復興したのです。平成の後藤新平よ、いでよ!というところですが五百旗頭(いおきべ)真さんが「復興委員会会長」になりました。日本赤十字(1887年創設、トップ皇后陛下)には1160億円以上もの義援金が寄せられたそうです(経済界からはソフトバンクの孫正義氏が6300億円の自己資産から100億円の義援金。石川遼プロは今季(2011年)賞金全額寄付)。まだまだ日本人も捨てた物じゃあありません。仮設住宅建設も急ピッチで建てられていますが、コミュニティーごとで移動ということになりそうです。なぜなら1995年の阪神淡路大震災のときは「抽選方式」にしたため隣は見知らぬ他人で「老人の孤独死」などあったからです。地震保険(上限5000万円)は火災保険のオプションです。地震保険だけにはいることは出来ません。東北には472社の部品メーカーがありますが、大震災で「部品」がつくれなくなり「日本経済」が大打撃です。しかしテレビは「行政を動かす」「人命を救う」「支援を広げる」効果はあったと思います。民主党政権は「復興財源」として4000億円の赤字国債を発行するというが、あまりおすすめできません。これ以上借金が増えれば「日本国債」が暴落するからです。あと「過剰反応」にも罰則ですね。水道水にたった210ベクレルが…でペットボトル水を過剰反応で買い占める。それは1年間飲み続けてもレントゲン一回分でしかない。「専門家」ももっとちゃんと「説明」しないと「日本復興」は道さえなくなる。まずは「冷静な行動」をしてください。それにしても何故「政府・民主党」が「メルトダウンはしていない」と何故嘘の報道をしたのか?私には理解できません。まるで「大本営発表」です。嘘はすぐばれます。今回の2011年3月11日の「東北関東大震災」では未曾有の大災害で、死者・行方不明者2万9000人避難民12万人、福島第一原子力発電所の1号機から4号機まで大変な状態になりました。1号機と3号機では一時燃料棒内の冷却水が不足して、水素が建家にたまり「水素爆発」しました。これにより、1号機3号機の建物が爆破、2号機の圧力抑制室(サプレッション・プール)では一部破損炎上(鎮火しました)「電源復旧」を目指しています。3号機4号機に放水、1号機4号機2号機の通電を確認(中央制御室の照明など)しました。3号機5号機6号機も照明点灯。汚染たまり水が1000mSvという値です。だが、病院・避難所で死者が相次いでいます。福島第一原子力発電所付近の海水からは「放射性ヨウ素131,134,137」が検出されましたね。だが、人体に影響のないレベルです。この前210Bq(ベクレル)であった葛飾区の東京都の水道水の放射性ヨウ素131は2011年3月24日76Bqまで減り、東京都は「摂取制限」を解除しました。あまり「過剰反応」をし過ぎると「限度」がなくなりますよ。また3号機の地下室で作業中であった3人の作業員が被曝してそのうち2人が病院に搬送されたそうです。3号機のタービン建家地下室にたまっていた30cmの水に足をとられ、170から180mSv(ミリ・シーベルト)被曝したという。当然、作業員は放射能防護服だった。が、長靴とズボンの隙間から放射性水がはいり、知らぬ間に被曝したようです。「β線熱傷(火傷と同じ病状)」だそうです。だが、2011年3月28日3人は退院です。発電所を地下にしたのは愚ですね。雨水海水ですぐ駄目になる。

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ヒカル 生き抜け!ファンタジックノベル・ブログ連載小説2

2012年12月21日 07時26分17秒 | 日記
         魔法のペンダント



  ヒッキーはとにかく駆けた。全速力で駆け出した。陽が暮れて、周りは真っ暗になった。「な、なんなのよアイツ」彼女はぶつぶつ文句をいいながら駆けていた。
 途中、何度も転びそうになった。しかし、怖い、疲れた、なんて言ってられない。これは一大事、一生のうち一度あるかないかの大ピンチなのだ。彷徨って。駆けて。とにかく、今日は本当に忙しい。ヒッキーは頭痛のする思いだった。頭がキリキリ痛む。
「パパ! マミー!」ヒッキーは泣き声のまま叫んだ。
 やがて、彼女は父・宇喜多秀康と、母・藤つぐみを発見した。両親は広大な草原の真ん中でカラスたちに攻められていた。悲鳴をあげ、両手を振り、頭を抱える両親たち。ヒッキーは叫んだ。「パパーっ! マミーっ!」
 しかし、なんということだろう?
 カラスの大群が両親に群れ、次の瞬間、煙りとともにヒッキーの両親は「鶏」に身をかえられてしまったのだ。魔法で、鶏に。ちっぽけな白い羽の鶏に。
「ひいい~っ!」ヒッキーは悲鳴をあげた。彼女は口をあけ、また何もいわず閉じた。世界の終りがきたときに何がいえるだろう。心臓がかちかちの石と化して、胸に垂れ下がるのと同時に血管の血が氷になっていくのを感じた。あせって、手足が小刻みに震えた。 異常な事態だった。彼女にとって、おこるはずのない事だった。当然だろう。両親が鶏になってしまうなんて。しかも、ここは何処なのかもわからない。異常だ。なんとも異常だ。ヒッキーにとって、両親のことも、この世界のことも、すべて”異常”だった。なんといっても、彼女には新し過ぎるし、摩訶不思議すぎるのだ。
 とにかく、ヒッキーは泣きながら駆けた。
 やがて森がきえ、前方の遠くに美しい都市の夜景がみえてきた。まるで亡国の都市のような百万ドルの夜景だった。きれいだが、ヒッキーにとってはそんな悠長なことをいっている場合ではない。とにかく、駆けた。そして、「キャアァアア…ッ」となった。
 崖からすべり落ちたのだ。
 ヒッキーの体が崖から、暗い奈落の底に落ちていった。彼女の悲鳴がこだまする。
 落ちながら、彼女は、「……あたし…死んじゃうわ…」と思った。そして、怖くなり、目をぎゅっとつぶった。ヒカルのいた草原は、もはや忘却の彼方だ。
「ヒカルーッ」突然、少年の声が耳にきこえた。ヒカルは猛スピードで落ちながらも、目を見開いた。すると、さきほどの少年が、金髪の痩せた白人少年が、空から飛んできていた。「あなたは……さっきの!」
 少年は空を飛び、落ちるヒカルを抱き抱えた。すると、ヒカルの体が羽毛のように空にふわりと浮いた。彼女にとっては、またまたの驚きだった。なんで宙に浮くのか? 到底ヒカルには納得のできないことだった。しかし、事実だ。現に、目の前で起こっていることであった。……なんで…空を……。
 ヒッキーは狼狽した。
 少年は「ヒカル、だいじょうぶか?」と優しい声でいった。
「な……なんで…わたしの名を…?」
「わたしはそなたの味方だ。ヒカル…宇喜多ヒカル」
 ヒカルは無言になり、茫然と少年の顔を見た。ハンサムではあった。しかし、どことなく少年っぽさが残っている。
 ヒカルは「……あなたは…誰?」ときいた。
「わたしの名はマイケル。そなたの味方だ、ヒカル」
「どうして……? …なぜわたしの名を知ってるの?」
「わたしはそなたのことはなんでも知っている」マイケルという少年は微笑んだ。
 その瞬間、ヒッキーの胸に、頭に、恐怖が舞い戻ってきた。「パパが…マミーが…」
「知っている。しかし、鶏にされるとは…」
「どうして!」ヒッキーはうわずった声になった。「…パパやママは、どうなるの?!」
「心配ない」
 マイケルは頷いた。そして続けた。「人間に戻ることも可能だ。ハデスの魔法で鶏にされたのだ」
「…ハデスって?」
 ヒッキーは問うた。とにかく答えが一秒でも早く知りたかった。
「ハデスとはここ冥界の王だ」
「…そう……え?!」ヒッキーは目を丸くした。「冥界…?! ここが?!」
「そうだ」
「冥界…って…」ヒッキーの声が震えだした。「黄泉の国ってこと?」
 マイケルはふたたび頷いた。「日本ではそういうらしいな」
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。
 マイケルは何もいわず、彼女を優しい瞳でみていた。
 ヒッキーはいった。「わたし……死んだの…? パパもマミーも…?」
 それは恐ろしいことだった。言葉にするともっと恐ろしくなった。自分が死んだ…?
どうしようもなく体が小刻みに震え、額には汗が吹き出す有様である。自分や両親が死んだなんて誰がうけとめられようか? 恐ろしい。恐怖のマントラだ。
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。「……死んだの…? パパもマミーも…? わたしも…?」
 すべてが異常だった。異常だ。異常。なにもかも信じられないことだった。自分が死んだのだ。あの世にいったのだ。ヒッキーにとって何もかも信じられないことだらけだった。無理もない。こんな異常事態を信じられるか! こんな状況で、冷静になれ、とはそのほうがどうかしている。死んだ? 自分が? 死んだ?
「案ずるな!」マイケルはいった。「そなたたちは死んではいない」
「…でも………」
「間違って、この冥界に迷い込んだのだ。条件さえ整えば、そなたたちは人間界に戻れる」マイケルは強くいった。抑圧のある声だった。が、その中に優しさが混じってもいた。味方というのは…案外、本当らしい。
「…条件って…?」あえぎあえぎだが、やっと声がでた。
「それは…」ためらった。
 マイケルが何か言おうとした次の瞬間、ヒッキーの首からかかっていたペンダントが、赤い閃光を放っした。それは、イナズマのような鋭い閃光であった。
 ものすごい光で、目がつぶれそうだ。
「いけない!」マイケルがわめいた。「早く両手で光を隠すんだ!」
 ヒッキーは狼狽しながらも、いわれた通りに光をさえぎろうと両手で、物凄い光、閃光を放っしているペンダントを包んだ。なおも、指の隙間から赤い閃光がもれる。
 ……なんなの? これって!
 ヒッキーは周章狼狽するばかりだ。
「とにかく…」マイケルは続けた。「あの森の奥に隠れよう」
 閃光は遠くまで放っしていた。とにかく、この光は”問題”であり、”危険”でもあるようだ。ヒッキーは何がなんだかわからなかった。とにかく、異常だ。異常事態だ。ペンダントが閃光を放っしたことも、空をふわふわ飛んでいることも。何もかも異常だった。
 ヒッキーは事情を把握しようと努めたが、頭が混乱するばかりで答えなどみつからなかった。無理もない。こんなところに放り出されて、この世界を理解しろ、というほうがどうかしている。とにかく、ヒッキーは頭が痛くなる思いだった。
 ふわりと森の奥におりると、ヒッキーはがくりとなった。マイケルが抱き抱える。
「ヒカル! だいじょうぶか?」マイケルは優しくいった。
「…え…えぇ」ヒッキーはやっと声を出した。「でも…」
「なんだ?」
「なんでこのペンダント、光ってるの?」
 マイケルは頷いた。「それは、魔法のペンダントだからだ」
 ヒッキーは答えなかった。魔法? なにいってんのよ!
「そのペンダントは魔法のペンダントのうちのひとつ。もうひとつは青色だ。そのふたつのペンダントを集めると何でもひとつだけ”願い”が叶うのだ」
「それって」ヒカルは信じられないという顔でいった。「アラジンの魔法のランプみたいなもの?」
「そうかも知れない」いやにマイケルは冷静だった。
 狼狽しているのはヒカルだけだ。「じゃあ、パパやマミーも人間に戻れる? 元の世界へ帰れる?」
「あぁ」マイケルは優しくいった。「そのペンダントは伝説の軍師がもつものだという。あるいはそなたが伝説の…」
「違うわ!」ヒッキーは強くいった。「これ、骨董屋で十ドルで買ったものだもの!」
 マイケル不敵にわらった。「知っている。たまたま購入しただけであろう?」
 ヒカルは強く頷いた。泣きたい気分でもあった。
「しかし……この世界では、そなたは嘘をつくしかない。伝説の軍師となるしかないのだ。わかるか?」
「わ…わかんないよ!」ヒッキーは激しく首を振った。「軍師って…諸葛亮孔明みたいな?」 マイケルふたたび不敵にわらった。「そうだ! この世界では『三国志演義』を知らぬものが多い。諸葛亮孔明の策略などを学ぶのだ。……マネといってもいい」
「でも……」
 ヒカルはそう呟く。と、ペンダントの閃光が消えた。
「よし! とにかく街までいこう!」マイケルは強くいった。「ハデスに気づかれてなければよいが」

  やがて、街の夜景がみえてきた。大きな橋がある。街は欧州の小都市のような古風な造りだ。ヒッキーはマイケルと並んで街まで歩いた。ペンダントは服の中である。
「いいか? 嘘をつくのだぞ」マイケルはひそひそいった。
「でも…」あせった。
「嘘をつかねば、そなたは亡霊になるだけだ」
「…亡霊? そんな!」ヒッキーは唸った。
 そんなとき、大きな悪魔のような魔物たちが、羽ばたきながら空からやってきていた。すごい数だ。ハデスの”使い魔”である。
「ハデスに感づかれた! 逃げよ、ヒカル!」マイケルは叫んだ。
「でも……」
「いいから!」マイケルは焦りながら、木のお札をヒッキーに渡した。「その通行札で、バティステュータ将軍の支配するヘロス地区までいくんだ! そこのテディ爺を頼れ!」「どうやって?!」ヒッキーは足踏みして、震えた。マイケルはいった。「この道をまっすぐいくと駅がある。その駅の幽霊列車にのって……行くんだ! 終点がヘロスだ!」
 マイケルは手のひらから魔法の砂をまいた。「早く行け! ヒカル、走れ!」
 ヒッキーはとにかく駆け出した。途中、黒い亡霊や妖怪みたいなのと擦れ違ったが、とにかく脇目もふらず駆けた。とにかく、駆けた。
 しばらくすると、マイケルのいった通り、駅がみえた。札を差し出し、ヒッキーは幽霊列車に乗り込んだ。扉がしまる。幽霊列車が動きだす。
 と、しばらくして、幽霊列車は夜空に飛んだ。まるで白鳥のようだった。
 風景が、景色が夜空一色になる。足元に森や街の光がみえた。
 わたし……どうなっちゃうのよ。ママやパパは? ヒッキーは空虚な落ち込んだ気分だった。今、彼女のポケットには何もない。変な札だけだ。ひどく落胆していた。両親まで鶏にされて、これからどうなるのか……わからなかった。「…これから……どうなっちゃうのかしら?」不意に疲労が襲いかかってきて、ヒッキーは自分がつぶされそうな感覚を覚えた。窓に写る自分の顔をしげしげみた。この何年、ヒッキーは自分のことは自分で処理してきた。そうヘタな生き方ではなかった。しかし、今度のことはどうしていいかわからなかった。しかも、悪いことに孤独でもある。くそっ、孤独なんだ。両親も誰もいない。
 ヒカルは考えた。頭痛がする。とにかく、列車に揺られて…。その先はどうなっちゃうの?ヒッキーこと宇喜多ヒカルは椅子にすわり、夜景を眺め、茫然とするしかなかった。 どうなっちゃうのだろう…? それがヒカルの心境で、あった。          


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ヒカル 生き抜け!ファンタジックノベル・ブログ連載小説1

2012年12月19日 07時17分39秒 | 日記
小説

宇喜多ヒカル


                    ~オートマチック~


                   <HIKARU>
                     歌姫・宇喜多ヒカルが不思議な冒険へ!
                     今だからこそ、宇喜多ヒカル!
                    total-produced&presented& written by
                       washu  midorikawa
                        緑川  鷲羽



  永遠に女性なるものがわれらを引き上げていく
                 「ファウスト」ゲーテ

……この物語は、宇喜多ヒカル(ヒッキー)の冒険小説ですが、登場する人物、団体、名称、組織名などすべて架空のフィクションです。ご了承ください。……


  宇喜多ヒカルは十七歳。
 実力派のシンガーソングライターの歌姫である。けっこう売れている。そんなヒッキーが不思議な世界へ迷い込んだからさぁ大変。空飛ぶ少年マイケル、ハデス王、ポセイドン、陰謀家・ロペス大佐…。ヒカルはなんとかこの世界から抜け出そうと活躍する。その日から、ヒッキーの人生を大きく変える奇妙な旅がはじまった。愛と感動のヒューマン・ワンダーティル・ファンタジー。






        ヒカル 梗概(あらすじ)

  宇喜多ヒカルは十七歳。
  実力派のシンガーソングライターの歌姫である。けっこう売れている。そんなヒッキー(ヒカルのあだ名)はNYでレコーデングをしている。歌はうまい。曲も詩も書ける。英語だってバッチリだ。ヒカルは才媛であり美少女だ。
 まぁ、歌はうまい。曲も詩も書ける。英語だってバッチリの”才媛”だ。ヒッキー(以下H)はNYには両親ときていた。父親は宇喜多秀康、母は元・演歌歌手の藤つぐみである。Hは両親の車で移動中、骨董屋に目をとめ、車をとめてひとりではいる。そこで、Hは不思議な赤色のペンダントを購入、そんなやさき交通事故にあう。Hと両親は不思議な霊界へと旅立つ。やがて、Hは両親とはなればなれになり彷徨う。どれくらい過ぎた頃だろう? 空からピーターパンのように飛んできた少年が「そなたなぜここにいる? 早く戻れ!」という。両親もHも、本当は死ぬはずではなかった……というのだ。Hの両親は魔力でニワトリにされていた。Hは恐怖で泣き叫び、崖から落ちる。それを救う少年、と、Hの首からさげていた例のペンダントから閃光が放たれる。少年は、それは魔法の伝説の首飾りで、もうひとつの首飾りをあわせれば願いがなんでもひとつだけ叶うのだ、という。それがあれば人間界に戻れる……! とにかく、この国の独裁者・ハデスは”伝説の首飾りをもつ人物”の存在に気づく。少年はHに通行札を渡し、反乱軍の将軍・バティステュータ(以下、B)のところへ幽霊列車で逃がす。HはBの支配するヘロス地区へ。そこで、Hはテディ爺さんのところへ転がり込む。だが、やがてBにバレて、伝説の軍師、としてHは迎えいれられる。もちろん、Hはそんなのではないので、狼狽する。しかし、少年らが嘘をつき、Hは、偽者の”軍師”、となる。H、Bの同盟軍のポセイドンの元へ渋々向かうと、ハデス軍の大佐・ロペスがポセイドンを暗殺する。とうとうB+ポセイドン残党軍vsハデス軍の全面戦争へ。Hは逃げ惑う。しかし、B+ポセイドン残党軍がHの軍略
(三国志で読んだものの猿真似)で勝利。最後に、天敵・ロペスをやぶり、ふたつのペンダントを手にいれて、Hと両親は元の人間の世界へと帰還する。両親は何も覚えいない。気づいたらそこは病院だった。ひとまわり成長したH。冒険の終り? ……いや、これから始まるのだ!

                          「ヒカル」あらすじ おわり






         ヒカル(ヒッキー)




  なんの問題もなかった。
 レコーディングは順風満帆だったし、何の危険もなかった。危険はゼロだ! 危険ゼロ! ニューヨークでのレコーディングは宇喜多ヒカルにとっては初めてではなかったし、何の支障もなかった。ヒッキー(ヒカルのあだ名)はなんといっても英語ペラペラだ。問題なんておこるはずないではないか。そう、危険はゼロだ! 危険ゼロ。
 ヒカルにとって、この仕事は非常に甘い仕事であり、危険などまったく感じなかった。なんといっても、音楽は心を安らがせてくれるし、大金になるとなればなおさらだ。ヒッキーは、作詞、作曲、編曲…なんでもござれだ。馬鹿のアイドルたちのようにすべて”他人まかせ”ではない。自分で立つ人間なのだ。作詞、作曲、編曲、それこそヒッキーのもっとも得意としている分野であり、得意な才能である。
 宇喜多ヒカルは十七歳。実力派のシンガーソングライターの歌姫である。けっこう売れている。そんなヒッキー(ヒカルのあだ名)はNYで二毎目のアルバムのレコーデングをしている。ファースト・シングル『オートマチックス』は100万枚売れた。ヒカルは印税で金持ちになった。歌はうまい。曲も詩も書ける。英語だってバッチリだ。ヒカルは才 媛であった。しかも美人だ。黒く長い髪、透明に近い白い肌、ひとえの大きな、大きな瞳にはびっしりと長いまつ毛がはえていて、伏し目にすると淡い影を落とす。手足は華奢で細くて、、美少女である。服はシャツにスカートだ。 まぁ、歌はうまい。曲も詩も書ける。英語だってバッチリの”才媛”だ。ヒッキーはNYには両親ときていた。父親は宇喜多秀康、母は元・演歌歌手の藤つぐみである。
 ヒッキーは一九八五年九月二十三日、NYで生まれた。
 そして、十何才まで過ごしたのである。当然、英語はネイティヴと同じようなきれいな発音の英語を話す。だが、だからといってヒッキーは日本語や漢字がまるでダメ…などということもない。よく外国かぶれの日本人が、「アメリカに永く住んでたからもう味噌汁なんて飲めないよ」などというらしいが、彼女はそんなことはまるっきりない。寝るときもベットでなく蒲団だし、食べるのは日本食だ。納豆も食べる。梅干しもオーケーだ。
 ヒッキーは米国社会の”日本人”なのだ。
 彼女は、来年、コロンビア大学にいくことになっている。音楽だけでなく、勉学も出来た訳だ。まさに”才媛”。二毎目のアルバムのレコーデングをしているレコーディング・スタジオはニューヨークの五番街の近くにあって、とても清潔そうな高級レコーディング・スタジオという感じだ。治安の悪いアメリカにしては防犯的で、コンクリートつくりの壁や鉄骨むきだしもなかなか様になっている。レコーディング用の機器もそろっていて、スタッフも一流だ。父親の宇喜多秀康は”音楽プロデューサー”でもある。
 なにかと娘に指示していて、いかにもうるさい。秀康はがっちりとした体格の中年男で、短い髪に髭面、濃いサングラスをかけている。割腹はいい。彼は、日本時代、昔、バンドをやっていたという。そして、演歌歌手の藤つぐみのバック・バンドをした。それが縁で、ふたりは結婚し、NYへと渡ったのである。
 ヒッキーたちの自宅はNYの外れにある。ヒッキーはアメリカで育ったため、ひどく自己主張の強い、我儘な娘になった。前に出る娘なのである。
 アルバム収録局の作詞作曲も、ヒッキーがおこなっていた。後は、プロの一流ミュージシャンをよんでドカスカやるだけだ。
 彼女には自信があった。何せ、創作が得意分野なのだ。趣味で”マンガ絵”も描く。しかも、今回のレコーディングは得意中の得意であった。母の藤つぐみは「今回のレコーディングはドブ鼠の匂いがする」といった。しかし、どぶ鼠どころか、虎や狼でさえいなかった。今回はもっとも甘い仕事であり、危険はゼロだ! 危険ゼロ! それがヒッキーが自分自身にいいきかせている言葉だった。危険はゼロだ! 何も問題なんてあるはずもない。ゼロだ! ゼロ!
 母の藤つぐみは秀康のどこが気にいったのか知らないが、とにかく彼女は美貌であった。もうオバさんではあるが、とにかく綺麗だった。元・演歌歌手。演歌。歌手。
 つぐみは「大阪の女やねん」「つぐみの夢は夜ひらく」などといったヒット曲をもつ。彼女の人気が下火になったとき、宇喜多秀康が入り込んできたのである。それは、無防備なところに入り込んでくる、強烈な一撃であった。下世話なことだが、ヒカルができたのも”一撃”であったという。一撃で突き、発射し、受精し、できた。
 レコーディングは順調だった。それにしてもこんなにおいしい取引なのに、なぜヒカルの目の前でバラバラになってしまうのだろう。耳元で粉々になってしまうのだろう。
 しかし、ヒカルは上機嫌であった。曲もいい出来にしあがってるし、また何百万枚か売れれば、また何十億とかせげる。しかも、その金はうしろめたいものでもない。誰かから奪ったり、騙しとった訳でもない。音楽は芸術である。芸術で儲かるならそれほどいいものはない。「オーケー! ジャスト・ドゥ・イット!」
 ヒッキーは笑顔で、手を挙げた。そして、指をくるくる回してみた。首尾は上々だった。とにかく、調子がいい。マニピュレーターのジョージもにこにこしていた。
 ジョージは今まで器材に向かっていたのだが、このとき初めてヒッキーをみた。ヒッキーは上機嫌で、今にも狂わんばかりの笑顔だった。ヒッキーの端整な顔に笑みが広がった。れは少女っぽいと同時に大人っぽくもある。魅力的な、説得力のある微笑だった。
「グラミー賞でも取るつもりかい? お嬢ちゃん」ジョージは皮肉をこめて言った。
「いいえ。とるのは、サッカーのワールドカップよ!」
 ヒッキーはジョークをかました。そして、またも笑った。とにかく笑いの渦にまきこもう。そうすればすべてうまくいく……。ヒッキーはそう思っていた。
 上々。首尾は完璧。何も問題もおきない。レコーディングは順調だったし、スタッフとの息もぴったり。何も不都合などなかった。これはヒカルがやってきた中で、もっとも甘い仕事であり、自信があった。「オーケー! オーケー!」ヒッキーは椅子に腰掛けて、大笑いした。とにかくハッピーだった。オーケー! オーケー! オーケー! ヒッキーは首をまわし、指をまわし、二番目の笑顔、つまり魅力的な笑顔を顔につくった。
「よし、こんなもんっしょ! 今日はここまで!」
 ヒッキーは恍惚のままいった。
 レコーディング第一日目は順風満帆に終了した。もう、辺りは夕日のセピア色であった。ヒッキーは父親・宇喜多秀康の運転する真っ黒なリムジンに乗り込んだ。収録は順風。まるで問題なし。彼女は気分がよかった。目の前が明るくなるような思いでもあった。
 母・つぐみは「おつかれさん」といって、烏龍茶を差し出した。「サンクス・マミー」 やがて、リムジンはゆっくりと動きだした。そんなに道は混んではいない。
 宇喜多ヒカルことヒッキーは、気分上々。鼻歌まで飛びだす始末だった。
 ♪エニウェイ・トウギャザー…♪
「あれ?」突然、ヒッキーは目をみはり、すっとんきゅうな声をあげた。母は「どうしたの? ヒカル」と訝しげにきいた。父は煙草をふかしたまま運転中だ。
「あれ……っ」ヒッキーはいった。「あんなところに骨董屋なんて、あったっけ?」
「…知らないわよ。もう。骨董屋なんてあんたに関係ない店でしょ?」
 母は横顔のままいった。だが、ヒッキーの興味は”その店”に集中していた。どうしてもその店のことが気にかかった。どうしても入店してみたくなった。なぜだか興奮し、体中が火照り、喉が渇く思いだった。「パパ! パパ!」
「なんだ?」父親・宇喜多秀康はおっとり続けた。「なにかあったか? ヒカル」
「あれよ、あれ! あの骨董屋! あんなところに店があった?」
「知らないよ」秀康は呆れた声をだした。
「とにかく! とめて! 車をとめて!」ヒッキーはいった。抑圧のある声だった。
 車がとまると、ヒッキーは後部座席から扉をあけ、飛び出した。駿風のように。「ヒカル! 財布は?!」母・つぐみはいった。「お金ないと何も買えないわよ!」
 ヒッキーはUターンして財布を手にすると、骨董屋に走った。ヒッキーの中の”何か”が”第六感”が、この店に入れ、と告げていた。頭の中がぐるぐる回るような気がした。 その骨董屋は、非常に古風な中国風の建物で、何やら中国語か韓国語かわからないが看板がたってあり、朱色の門と柱が印象的でもあり不思議な印象も与えた。うすきみ悪い店。どことなく蔦のはいまわっているような。幽霊屋敷のような。とにかく、興味深いたたずまいである。「わぁ~お! イッツ・ア・ワンダーショップ」
 ヒカルはいった。
 そして、彼女はひと気のない店の中へと茫然とした表情のまま進んだ。本当に、不思議な店だった。骨董品が並んでいる。中国の壺とか、日本の伊万里、象牙、ヤックルの首、豹皮、さまざまな瓶…。ヒッキーはそれらを茫然と眺めていた。
 彼女は、あまりの異様というか不思議な雰囲気に、唖然とするしかなかった。息もできないほど唖然としていた。こんな店は、生まれて初めてだった。
「何をお探しかえ?」
 急にしゃがれた声がした。見ると、そこには玉葱ヘアーの白髪の婆さんがいた。厚化粧で、背も低く(といってもカウンターの席に座っている)、まるで”占い師”のようだ。 水晶球も側に置いてある。にやりと不敵に笑う婆は、不気味だった。
「いえ。……お婆さん。あのぉ」ヒッキーは口ごもった。まさか、ひやかしとはいえない。「ここには何でもあるぞえ」婆はにやりと笑った。そして続けた。「安くしとくよ」
 ヒッキーは、婆の席にあった写真に目をとめた。「この赤ちゃん、誰ですか?」優しい、親しみのこもった声で、笑顔をつくって、きいた。
「この子かえ?……この子は、あたしの息子だよ」
「へえ~っ。息子さん」ヒッキーはとにかく笑顔でいこうと思った。優しく。笑顔で。とにかく、今はこの線でいかねば。「可愛いですね」にこりとした。
「ありがと」婆はにこやかにいった。しかし、その笑顔も一瞬で、婆は寂しい顔をした。「……この子とはもう何十年もあってないんだよ」
 ヒッキーは、絶望の表情の婆に、返すことばもなかった。こんなとき、なんといえばいいのだろう? 婆は続けた。「……もう何十年も行方不明でねぇ」
「け…警察には?」ヒッキーはやっと言葉を発した。うわずった変な声になった。
「届けたよ。でも、みつからないんだよ」
「でも……きっとみつかりますよ! 元気で帰ってきますよ。絶対!」
「ほほほ、あんたはいい娘だねぇ」
 婆は感心していった。
「いいえ、それほどでも…」ヒカルは馬鹿な返事をした。
 婆は「気にいった! これをやろうじゃないの」といって、ケースから赤色のペンダントを取りだした。ヒッキーの前に差し出す。それは、不思議な紋様のある大きな宝石のようなペンダントであった。きれいにピカピカで、なんとも古風でもある。紋様が興味深かかった。「これを、あげるよ」
 ヒカルは婆に「でも……こんな高価なものタダって訳には…」と口ごもった。
 金ならある。婆は少し怪訝な顔をした。ヒッキーはいった。「ただでもらう訳にはいかないです。買います。いくらですか?」
「ただでもいいんだが………まぁ、お前さんが買うっていうなら」婆は続けた。「十ドルでいいよ」
 安っ。ヒカルは心の中で笑った。百ドルくらいなら自分も迷ったろう。だが、十ドルなら話しははやい。安いし、ペンダントもきれいでもある。これ欲しい! ってほどのものでもないが、このままひやかしで帰るのも失礼かも知れない。
「オーケー! それちょうだいするわ」ヒカルは笑った。
  こうして、ヒッキーはペンダントを購入し、首にさげ、車にもどった。
「なに買ったんだ?」父親・宇喜多秀康はおっとり続けた。「なにか買ったのか? ヒカル」「これ! ペンダント! きれいでしょ?」
「知らないよ」秀康は呆れた声をだした。母・藤つぐみも笑った。
「とにかく! はやく帰りましょ! アイム・ハングリーよ」ヒッキーはいった。抑圧のある声だった。腹が減った。腹が減っては戦はできぬ。ってところだ。
 だが、不幸がおこる。
 彼女たちの乗った車がスリップし、対向車線のトラックにつっこんだのだ。ヒッキーは戦慄で目をつぶった。が、そのあとのことはまったく分からなくなった。事故。交通事故。辺りはすごい轟音と衝撃でパニックになった。
 だが、次の瞬間、ヒッキーと両親は白っぽい草原を歩いていた。なぜ、歩いているのかも分からなかった。でも、両親はひと気のない草原を黙々とあるいていた。
 なんとも不思議な草原だった。
 ヤマガラスが羽音をたてて飛び、群なす小鳥たちが草原の上を勢いよく飛び交っていた。ミヤマガラスは、灰色の曇天に現れては、カアカア鳴きながら空に向かって飛んでいった。 両親とはぐれて、ヒッキーはあてもなく彷徨った。
 彼女は避難所を求めて木陰に急いだ。と、そのとき、頭上に響いた声が下りてきて、彼女を包みこんだ。木々の幹は巨大な響きの輪を広げた。無数の木々は大きくて、濡れて黒い模様がつき、まるでオバケのようでもあった。頭上の響きと足元のゆるい感じで、ヒッキーはいい知れない恐怖を感じてもいた。
 命令されたように静まりかえった森にはいると、幹たちが自分に襲いかかってくるのではないか? という気がした。彼女は、地獄絵図を連想した。裸で血の海に投げ出されたような感覚に、ヒッキーは小刻みに震えた。今や自分だけが実在なのだ。他はすべて忘却の彼方にあった。「パパーっ! マミーっ!」彼女は左右に顔をふり、大声で両親を呼んだが、返事はない。「アイ・ドント・ノウ・ホウイ?」
 ヒッキーは呟いた。…いったいどうなってるのよ? もうっ。彼女は混乱で頭痛がする思いだった。両親はいない。どこにも姿がみえない。ここは……何処? 何処なのよ?
 と、そのとき、頭上に響いた声が下りてきて、彼女を包みこんだ。いや、空から眉目な少年が、中世欧州のような服をきた少年が空からまるでピーターパンのように飛んできた。「そなた、なぜここにいる?! …はやく元いたところに戻れ! もうすぐ陽もくれる。いそげ!」少年はふわりと地上に舞い下りていった。
「え? なに?!」驚いて、わめいた。
「いいから、いくんだ! さぁ、走れ!」少年は真顔で叫んだ。狼狽のヒカルは、とにかく駆け出した。                                 


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裁判員裁判 「尼崎連続変死事件」角田美代子容疑者拘留場で自殺

2012年12月13日 05時51分39秒 | 日記
裁判員制度

 2012年12月12日、尼崎連続変死事件の女ボスで、様々な殺人行為虐待行為に関わったとされる角田美代子容疑者(64)が、神戸市中央区の神戸警察拘留場でシャツで首を絞めて自殺しているのが発見された。大きな悪玉が自殺だが、事件の真実を語ってから「死刑」という形で死んでほしかった。これでは事件の被害者家族も報われない。あの世に遁走された、という感想だ。マスメディアの影響化が進むということは、ひとつのデバイスに収納出来る要素が増えるが透明化が進捗していくということです。透明化されたメディアの中に、どうやって一貫性や共通項を持たせるのかだと思います。どこまでの自由と制約を義務付けるのが適切なのか?どこまでの許容範囲で情報の透明化とマスメディアの報道の一貫性や共通するか。自由裁量が過大なら、定義の意義さえも希薄化していきます。
多様化が進む社会において、ある条件に基づいた情報で、突発的にストーカー犯罪が誘発される。今後もメディアに適用できる最大公約数的な情報の有効性は、質量ともに減少し続けるでしょう。 メディア就中警察機関は情報の透明化と希薄化がストーカー事件を誘発し続ける真実の声に傾聴するべきです。現実的思考から遁走しては零点です。現実感と真摯さがメディアの命ということですね。2012年の神奈川逗子市のストーカー殺人事件で話題となっている「ストーカー事件」ですが2012年の相談件数だけで13000件といいます。「ストーカー規制法案」は2000年11月24日に法制化されたのですが、定義が「恋愛感情、好意感情、それらが満たされない恨みの感情を充足する目的のつきまとい」です。一般的にメールを何千件送ってくるとか、電話を頻繁にかけてくるとかぬいぐるみや花束を贈ってくる…などです。違反項目は8つで、(1)つきまといなど(2)無言連続電話/FAX(3)監視を知らせる(4)汚物などの郵送(5)面会・交際の強要(6)名誉を傷つける(7)乱暴な言動(8)性的羞恥心を害する、です。該当しても日本の警察は甘いから2、3回くらいでは動いてくれない。動いても(1)パトロール(2)防犯器具の貸し出し(3)警告→禁止命令です。年間1万件のうち警告→禁止命令(被害者にあうな、半径何m以内に等)は1%しかない。桶川ストーカー殺人事件や逗子市のストーカー殺人事件などで「正当な理由もなくつきまとったらストーカー」と定義して欲しい。一番いいのは英国の「嫌がらせ規制法」の導入である。条項として「他人を悩ます、不幸を引き起こす」「暴力の恐怖を与える行為」はすべてストーカー犯罪として、最低5年の禁固刑(日本は2012年現在は最高1年の禁固刑)だ。よくできた「DV規制法」にストーカー犯罪も入れて欲しい。
「冤罪(えんざい)」はTVでの他人事ではない。PC遠隔操作で4人が誤認逮捕(冤罪)も話題になった。痴漢の冤罪も映画になった。例えば近所に放火火災があってもし自分が灯油入りのポリタンクをもって逃げる映像を防犯カメラが撮っていたら?「任意同行」で取調室でバンバンやられたら「やってない」といえるだろうか?話も聞いてもらえず、家にも帰れず、誘導尋問「いったら楽になるぞ」でやってもいないのにやったというかも知れない。拘留期間は最長20日間だから一度でも「楽になりたい」と「やった」と証言すれば逮捕送検、検察でも供述調書がとられ、裁判になる(有罪率99.4%)。ほとんど冤罪でもマイナリさんや厚労省の村木厚子さんみたいになる。どこかで「非常停止装置」のような機関があればいいが日本にはない。例えば痴漢に間違われたら(冤罪でも)ほとんどのひとは犯人である。任意同行は、法律上は断ってもいいことになってるが、断る事はほぼ不可能である。日本の目撃情報も怪しい。普通の国なら5、6人の似た人(ボランティア)の中から「あのひとです」と選べるが、日本は取調室の容疑者をマジックミラー越しに見て「あのひとです」というが怪しいものだ。人間の記憶は元々あいまいなのに時間がたって数秒見ただけの人物の顔や体型や着衣などわかる筈もない。そもそも何故死刑は2人殺さないと死刑にならないのか?(死刑廃止論は除外して)マイナリさんのような冤罪も怖いが酒鬼薔薇聖斗や山口母子殺人犯・元少年(本名を知ってるが記述しない)のようなのは、「少年であってもひとを殺せば死刑に」しないとこの国はどうしようもない国になる。この国は被害者より加害者に甘い。強姦にしても告発制度で、被害女性が被害届を出さない限り逮捕できない。これでは「泣き寝入りの女性被害者」ばかりになる。女性の告発ひとつで…というのも冤罪も怖い。痴漢の冤罪も「映画」になったほどだ。 だが、この国の犯罪の冤罪率はあまり高くない。マイナリさんみたいな冤罪や、映画になった痴漢の冤罪も少ない。冤罪か冤罪ではないか?は裁判官にまかせてはどうか?
神奈川県で、2012年11月6日、元教員の小堤英統(こずつみひでと・40)容疑者がかつて交際していた三好梨絵(りえ・33)さんを殺害し自殺した事件でメールを1000件、付きまといなどを繰り返していた事実がわかった。ストーカー規制法の限界である。実際こういう事件は増えており、殺害に至らなくてもストーカー事象は増加の一方であるという。東電社員殺害事件で犯人とされていた再審裁判でゴビンダ・プラサド・マイナリさん(46)が「無罪」であり、控訴審裁判後、裁判官らが正式に謝罪した。「山口県光市母子殺害事件」で死刑が確定した元・少年(31・福田孝行)が広島地裁に再審請求をしているのがわかった。どこまでも反省がない。「おい小池!」の指名手配写真でしられる殺人罪の小池俊一容疑者(偽名・小笠原準一)が、病死していたことがわかった。10年前から同居していた女性(67)は「偽名とは知っていたが小池容疑者とは知らなかった」と証言している。警察は容疑者死亡のまま書類送検するとしている。「秋葉原17人殺傷事件(2008年)」で裁判になっている加藤智大被告(ともひろ、29)が2審でも死刑が確定した。加藤智大被告は悪魔のようなへたれであり、死刑にしなければ道理が立たない。確実に死刑にするしかない。AIJ投資顧問(東京都中央区)による企業年金消失問題で、厚生年金基金などから資金約70億円を運用せずだまし取ったとして警視庁捜査2課は浅川和彦・同社社長ら4人を逮捕した。2012年6月15日、オウム真理教元信者で「地下鉄サリン実行犯等」の指名手配中の高橋克也被告(54)が、東京大田区の漫画喫茶で逮捕された。オウム手配犯では最後の手配犯であった。だが、真相など解明されないだろう。現在「仮病」をつかっている麻原彰晃(本名・松本智津夫)しか「本当の真相」などわからない。2012年6月10日、大阪ミナミで通り魔事件がありました。2人刺殺した容疑者は礒飛(いそひ)京三容疑者(36)で、被害者は東京都久留米市の音楽イベント・プロデューサの南野信吾さん(42)と大阪中央区の佐々木トシさん(66)です。犯人は自殺しようとしたが死にきれず、人を殺せば死刑になると思った、という。とんでもない馬鹿野郎ですね。2012年4月23日午前7時55分、京都府亀岡市篠町篠上北裏(しのちょうしのかみきたうら)の府道で、無免許運転で18歳の無職の少年(居眠り?)の乗用車が集団登校中の集団に突っ込んだ。この事件で松村幸姫(ゆきひ)さん(26)とお腹の胎児と小谷(おだに)真緒さん(7)が死亡、他3人が重体、3人が重傷、3人が軽傷となった。犯人の親は「一生をかけて償うしかない」というが…。無免許で一晩中友達乗せてドライブしていたというし…。死んだ人間は生き返らないからね。だからこの被告少年(18)は悪質だとして少年院裁判所は逆送、少年は成人同等の裁判を受けることになった。死刑だといいよね。1997年3月19日東京都渋谷区のアパートの空家で、東京電力会社員の女性(当時・39)が殺害され遺体でみつかった事件で隣のアパートに住むネパール人被告が冤罪で逮捕された事の続報です。遺体の体内にあった精液とネパール人ゴンビダ・プラサド・マイナリさん(45)のDNAが違うということがわかり釈放されました。しかし、15年間も冤罪で刑務所にぶち込まれていた訳です。今後、こういうことがないようにしてほしい。また名張毒ぶどう酒事件(1961年)の奥西死刑囚の再審が認められませんでした。また横浜地裁は建設石綿(アスベスト)損害賠償を棄却です。神奈川県の元作業員と遺族87人が国と建設会社44社を訴えたのですが、残念な結果でした。2012年5月21日18時頃、渋谷地下鉄駅で男がエスカレーターで男性被害者(53)の右腹と右耳をナイフで刺し逃走中でしたが逮捕されました。渡辺和宏被告(32)が逮捕です。「(被害者と)肩がぶつかり頭にきてサバイバル・ナイフで刺した」という。また千葉県の15歳のガキ(男子)が自分の祖母を殺して逮捕されましたね。裁判員裁判更新から3年、裁判員裁判で殺人事件に裁判員が関与するのを64%が肯定、性犯罪を外すは男性13%女性24%賛成、ストレスは女性で51%だといいます。(毎日新聞2012年5月18日記事)性犯罪が厳罰化の傾向です。殺人未遂やわいせつ致傷などといった量刑拡大です。まあ強姦とか痴漢とか盗撮とか「明らかな犯罪」「女性の敵」ですね。さすがに死刑まではいかないけど、まあ女性の敵です。2012年4月29日午前に高速バスが衝突事故を起こし7人死亡、32人重体、36人が怪我です。群馬県の関越道で「陸援隊」が運営する針生エキスプレスの高速ツアーバス(TDL行き)の運転手が居眠り運転をして事故を起こしたそうです。日弁連新会長に山岸憲司氏(元・日弁連事務総長・64)が宇都宮健児氏(65)を破り、初当選ですね。おめでとうございます。2012年4月25日元夫の白田(はくた)正男(47)が元妻の優子さん(32)を刺殺し自殺した。これは遺憾な事件ですが、またもDV・ストーカーでの被害者です。警察のストーカー法案と行動は「ザル法」です。警察は事件が起きないと行動しない。まあ、「お役所仕事」ですから。2012年4月13日、木嶋佳苗被告(37)の裁判員裁判(さいたま地裁・大熊一之裁判長)で、木嶋被告が3人殺害したとして死刑求刑です。殺害を否定し、殺害で得た大金で贅沢生活…と、更生の可能性皆無との判断です。被害者は東京都・寺田隆夫さん、千葉・安藤建三さん、東京・大出嘉之さん、らでいずれも睡眠薬で眠らされ練炭自殺にみせかけて木嶋被告に殺害されています。密室殺人なだけに直接証拠がなく、状況証拠を積み上げている状態です。木嶋被告は控訴しましたね。とんでもないデブスです。金の為に人殺しをしたデブスです。裁判員裁判は前奥中央に「裁判官3人」右左となりに裁判員3人ずつ向かって左に検察官、向かって右に弁護人、真中が被告人です。木嶋裁判では起訴10件、法廷36回(詐欺など)、証人60人でした。アメリカの陪審員制度では「全員一致が条件」だが日本の司法は「多数決」です。それでも「死刑」であったらしいです。木嶋裁判は最初アトランダムに249人に「呼び出し状」を送り、61人がきてアトランダムに6人の裁判員と補欠6人(法廷後ろで全部聞く。裁判員の補欠)が決まりました。裁判員を断るのには「重要な仕事がその日ある」「高齢者」「学生」「病気」「通院」「葬儀」「手術」「介護」「マスコミ関係者」「警察関係者」「弁護士」などで、被告と親しい人はもちろんダメ。民間の声を入れる為と称して3年間で2万6000人が裁判員になり、そのうち死刑判決は18件です。基本的には評議(裁判の公ではなく裁判官との密談)内容は一生秘密(守秘義務)ですね。ブログやマスコミや他人に言ってはダメ。裁判員は日当1万円ですがやりたくない。交通費や宿泊代(ビジネスホテル)、弁当もでるが嫌だ。まあ、私緑川鷲羽わしゅうは「うつ病」だから「赤紙」は来ないか。バンザーイ!とにかく他人に死刑求刑など嫌ですよね。2012年2月20日、山口県光市で本村さんの奥さん(弥生さん)と赤ん坊の友夏ちゃんを当時18歳の強姦魔の少年がわいせつ目的で殺害した事件の最終判決があった。事件から13年後の判決は「死刑」だ。まあ、妥当な判決だ。強姦魔の元・少年(30)は未だに反省も謝罪もないという。「死刑」になりたくなくて一時期「過失致死」を訴えていました。弥生さんに甘えたかった。友夏ちゃんを押入れの袋にいれたのは「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」という。確実に「死刑」にせねば気軽にシャバに出せばまた強姦殺しをする。毎日新聞などは1999年に発生した元・少年18歳(大月(旧姓・福田)孝行)の匿名を死刑が確定しても続けるという。本村洋さんの13年の苦悩などどうでもいい、とでもいうのか?というか元少年の「心の更生」などと偉ぶっているが偽善でしかない。大月はセックスをしたくて本村さんの家に配管工と称して押し入り、洋さんの妻・弥生さんを殺害後死姦、赤ん坊の夕夏ちゃんも殺した。「心の更生を期待する」だの笑わせる。大月は今も反省などしていない。「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」「オスはメスを求めメスはオスを求める、これ自然の摂理ね。被害者さんあれ調子のってまんなあ」…。どこが「心の厚生」につながるのか?ナチスや宅間守、酒鬼薔薇聖斗(東真一郎)と何が違うのか?その程度の話、でしかない。2011年11月16日最高裁で「裁判員裁判は憲法違反だ」という裁判に「裁判員裁判は憲法違反とまではいえない」と判決が下った。それでいいのか?私には理解できない。 2011年7月4日、千葉県地方裁判所で2007年イギリス人英会話教師(当時)リンゼイ・アン・ホーカーさんを強姦殺害の末長期逃亡していて逮捕された市橋達也被告の「裁判員裁判」で無期懲役求刑です。市橋達也被告は「強姦はしたが殺意はなかった」といい逃れです。これにはリンゼイさんの遺族も厳しい態度でした。2011年7月21日判決です。2011年6月17日羽賀研二(本名・当真美喜男)被告(49)に大阪地検が逆転の実刑判決です。懲役8年。未公開株を一株40万円のものを3倍の120万円(被害額3億7000万円)で会社社長に売って現金を詐取した犯行でです。自業自得ですね。2011年6月11日千葉県木更津市での女性遺体遺棄事件(被害者・千葉県女子大生・菊池果奈さん(19))で24歳の犯人(本田祐樹被告)が逮捕されました。遺体遺棄の際の指紋が決め手になったという。2011年6月8日児童8人が犠牲になった大阪教育大学附属池田小学校(大阪府池田市)の乱入事件(犯人はすでに死刑執行)から10年となり「追悼式」が開かれた。また2011年6月7日タレントの山口もえの夫(尾関茂雄被告(36))が風営法違反で逮捕されたという。東京港区西麻布の会員制高級クラブ「Birth NISHIAZABU」の営業を無許可でやっていた疑い。元・IT青年実業者だが、社長をクビになり金に困っての犯行のようだ。2011年5月12日東京都立川市の日月警備所に2人組の強盗が乱入、過去最高額6億400万円が強奪された事件で31歳の男(住所不定職業不詳の植木秀明容疑者)を逮捕、渡辺豊容疑者(41)も2011年6月2日逮捕です。この事件には10人以上の暴力団関係者が加担しているそうです。卒業式の君が代の斉唱時不起立を理由に東京都教諭の定年後の再雇用を拒否したのは「思想と良心の自由」を保障した憲法に違反する、と元都立高校教諭の申谷(さるや)雄二さん(64)が都に賠償を求めた裁判で、最高裁は「都が合憲」と判断し結審した。「思想の自由」など知った事ではないとでもいうのか?理解に苦しみます。また茨城県利根町布川(ふかわ)で67年、大工の男性(当時62歳)が殺害された事件で無期懲役が確定していた仮保釈中の桜井昌司さん(64)と杉山卓男(たかお)さん(64)に水戸地検は無罪を求刑した。いわゆる「布川事件」で冤罪が晴れた訳だ。しかし、桜井さん杉山さんの失った時間は戻ってこない。2011年5月23日岡山市で16歳長女を縛り死なせたとして37歳の母親が、虐待致死の疑いで逮捕された。岡山市北区北方2の6の無職・清原陽子容疑者(37)は、長女で知的障害を持つ高等支援学校に通う長女(16)を裸にして手足を縄で縛り風呂に監禁。長女は体重27Kgで餓死したという。容疑者は「しつけ」といい、その後黙秘している。舞鶴少女殺害の被告に無期懲役判決です。京都府舞鶴市で2008年、府立高校一年生の小杉美穂さん(当時15歳)が殺害された事件で殺人と強制わいせつ致死罪の罪に問われた中勝美(なかかつみ、62歳)に京都地検は無期懲役判決を下しました。殺人を犯しながら反省もせず「無罪」だのという。遺族にはやりきれない事だろう。2009年に起きた海上自衛隊あたご漁船衝突事故で、後潟桂太郎被告(38)と長岩友久被告(37)が横浜地検で無罪判決です。漁船側に回避義務があったといいます。よくわからないが無罪かどうかは意見は十人十色ですね。今年今月の鹿児島県指宿市の夫婦殺害事件で、自首した川下誠被告(47)が逮捕起訴されました。2011年4月12日検察の証拠資料改ざんしたいわゆる「検察事件・村木厚子さん冤罪事件」で前田恒彦被告(43)に懲役1年6ヶ月の実刑です。また磯谷利恵さん(当時31歳)が殺害された「名古屋闇サイト殺人事件」で死刑であった被告のひとりが「死刑」から「無期懲役」に減免です(他の2人は死刑)。これでは遺族がうかばれませんね。堀慶未被告(よしとも・35歳)が裁判が不服として上告、川岸健治被告(44)は上告なしです。鬼畜め!2009年「秋葉原連続通り魔事件(7人死亡10人負傷)」の犯人・加藤智大被告に死刑求刑です。加藤智大被告の「責任能力」を認めた訳です。平成6年(1994年)「連続リンチ殺害事件(4人虐殺)」で犯人で当時18歳から19歳の元・少年(小林正人死刑囚(36)、小森攘死刑囚(35)、芳我匡由死刑囚(35))に死刑求刑です。これはもちろん当たり前なんですが、何故ここまで時間がかかるのか?これは元・少年の鬼畜どもが何度も控訴、上告したからです。鬼畜の殺戮魔の小林、小森、芳我らは「未成年だったからまだひとの死の重さがわからなかった」と抜かしたとききます。こういう輩は早く「死刑執行」すべきですね。裁判には「三審制」というのがあります。「地方裁判所」で納得がいかなければ「控訴」して「高等裁判所」で裁判、それでも納得いかねば「上告」して「最高裁判所」まで裁判することができるのが「三審制」です。2010年12月10日、裁判員裁判では初の「死刑求刑からの無罪判決」でした。鹿児島の夫婦強殺事件で白浜政広被告(71)が無罪判決です。ですが、事件現場に指紋や皮膚DNAが残り、アリバイがない、「事件現場には一度も行ってない」が嘘、という「明らかな冤罪」とは言えません。いわゆる「疑わしきは被告の利益に」というグレー判決です。2010年11月19日、宮城県石巻市での被告少年(19)が3人殺傷した事件で裁判員裁判未成年初の「死刑求刑」がされました。2010年10月25日裁判員裁判初の「死刑求刑」がなされました。横浜市で殺害し、遺体をバラバラにし遺棄した鬼畜・池田容之(ひろゆき・32)被告が「死刑求刑」です。また類似事件は秋葉原の耳掻き店に勤める江尻美保さん(21)をストーカーして祖母の鈴木芳江さん(78)とともに殺害した事件で、林貢二(こうじ、42)被告に死刑求刑がなされました。裁判員裁判では初の「死刑求刑」ですが「無期懲役」でしたね。「無期懲役」が確定しました。2010年8月「死刑制度の再考を」と千葉景子法務大臣の意向で「死刑執行場」がマスコミに公開されました。世界200国で「死刑制度廃止」されているのですが、日本は存続するという。が、遺族からみたら「何で娘が殺されたのにあいつ(犯人)はのうのうと生きているんだ?!」という感情は当然だろう。それがひとの情というものだ。私だってそういう気持ちはよくわかる。だから敵を謀殺したのだ。それが人間というものなのだ。そんな「死刑制度」のウイッキペデアです。死刑制度があるのは米国(州によってない州も)日本や東アジア、中央アジア、中東、東アフリカです。トルコは死刑制度を廃止することを条件にEU加盟しました。物凄く死刑をしているのは中国と北朝鮮です。実は国連に「死刑廃止条約」というのがあるのですが、日本などや中国は認めていません。北朝鮮は独裁国家だからです。死刑廃止派は「冤罪だったら?」「生きて罪を償わせたら?」といい、死刑存続派は「遺族の気持ちは?」「命で償うべきでは?」といいます。現在107人の死刑囚が「拘置所」で24時間監視中です。刑務所ではないので作業などはありません。一般的に警察に捕まると「留置所」に入れられ法が決まるまで「拘置所(警察庁管轄)」に保留され、法が決まったら「刑務所(法務省管轄)」で作業など(禁固刑は作業なし)をして罪を償う訳です。法務大臣がサインすれば死刑執行されますが2001年から2009年まで7人しか執行されていません。ちなみに「無期懲役」とは10年から30年で刑務所から出されます。税金負担軽減の為ですが、なら「終身刑」にしたら?という意見がありますが介護費医療費など「終身刑(一生出られない)」の方が税金負担は大きいです。2004年5月裁判員法成立、2009年5月裁判員法施行、2009年8月に初の裁判員裁判が開始されました。何故一般のひとが裁判に参加することになったか?は日本の裁判は「お上が取り行う」ということでプロの裁判官が行っていました。しかし、1980年代から死刑囚の最審無罪、つまりえん罪が相次いで明らかになり、弁護士から「裁判官は検察官の主張を採用し過ぎる」との批判が強くなったからだそうです。最高裁や法務省は消極的でしたが、五年という異例の周知、準備期間を経て今年から始めました。日本には昔国民が裁判に関わったことがありました。戦前の1928年に国民だけで有罪・無罪を審査する陪審員制度が導入されて、484件審理されました。でも、国民の出した決論が裁判官を拘束しないシステムだった為に浸透せずに43年に停止されたそうです。なぜ「陪審員」でなく「裁判員」なのか?ですが、海外では事件ごとに国民が審理する陪審員制度と、審議制度があり、審議会はどちらを選ぶか激論になることがあり、松尾浩也東京大学名誉教授が参加する国民を「裁判員」と呼びましたそうです。事件ごとに裁判員6人と補欠3人裁判官3人で有罪無罪と量刑を決める日本独自案ができたそうです。最初の裁判員制度の事件は東京都内で近所トラブルで小島千枝さん(66、本名文春子)を藤井勝吉被告が刺殺した事件でありました。裁判員は女性5人に男性1人でした。裁判員は46人の中から選ばれました。裁判は裁判員がわかり易いようにコンピューターグラフィックやわかり易い言葉で行っていました。また死体の傷の写真にはさすがに目をそらしたり眉をひそめていたそうです。裁判員制度は私は反対します。なぜならプロではなくアマチュアが審理を行なうからです。プロの裁判官や弁護士なら冷静沈着に裁きが出来ます。が、ど素人は「感情論」になるに決まっています。例えば、山口県光市の母子殺害事件のような判例の場合、「被害者の本村さんのいう通りだ!」「犯人元・少年は強姦魔だ!」などとなるに決まっています。そもそもなぜ国民が参加する必要があるのか意味がわかりません。参加するにしても何故「凶悪事件だけ」なのでしょうか?もっと軽い万引きやひったくりでは何故駄目なのでしょうか分からないです。私は参加したくありません。国民の7割が参加したくありませんと言っています。意味がわかりません。何故「凶悪事件だけ」なんですか?もっと軽い万引きやひったくりでは駄目なのでしょうか分からないです。説明してください。またいわゆる「時効」が廃止されました。「逃げ得を許さない」それはそれでいいのですが、犯罪から30年や50年喪たつと供述やアリバイ、証拠も散在しますし、「30年前の5月4日の午後何をしていた?」などときかれてもアインシュタインでも答えられない。足利事件のような冤罪をどう防ぐのかが課題です。今回は官僚の「天下り」についてです。天下りは有名でしょうが、本当に知っているひとは少ないです。民主党政権は天下り早期退職を禁止にする方針です。が、公務員を65歳まで勤務させていくとやはり無断な仕事をまた造る可能性はありますね。公務員の2割カットにしても(私は個人的には3割カットボーナスカットするべきだと思う)官僚や役人が反発するに決まっています。公務員は低給料ですが「天下り」で何十億円くらい(税金を)貰う訳です。八ツ場(やんば)ダムにしても50年間で3600億円使ったらしいけど何千人の官僚が「甘い汁」を吸ったことでしょうか。すべては「天下り」が原因な訳です。官僚に「65歳定年」を聞くと「いらない老人事務次官が永くいすわって人事が沈滞する」と答えます。公務員も民間企業のように「抜擢」や「降格」「外からも人材抜擢」をするべきです。でも公務員改革は明治以来の「公務員給料法」をかえないと無理です。あのマッカーサーでさえかえられなかった法律
です。民主党は出来るでしょうか?みんなの党は「内閣人事局」を提案しています。霞が関幕府を倒せるか?官僚の新人はまだ「改革意識」があるそうですが…。「身分」から「職業」へです。まあ、頑張ってください。
 
          教育の失敗、ノブレス・オブリージュ
 
 「エリエール」で知られる大王製紙の前会長で創業者の孫の井川意高(いかわもとたか)容疑者(47)がグループ企業から100億円横領して刑事告訴された。全部ギャンブルで遣い果たしたという。とんでもない「バカボン」です。もう少しノブレスオブリージュや社会道徳が欲しかった。だが、そんな大金私財で返せる訳もなく、自殺して「死亡保険」でちょっとははらってほしい。 2011年10月3日朝霞(あさか)国家公務員宿舎建設が「凍結」された。16宿舎を解体して朝霞国家公務員宿舎に統合するというが、都心の一等地(埼玉県)なのに家賃月4万円(税込宿代+光熱費込み)という贅沢宿舎に「ふざけるな!」「その分を東日本大震災復興費に当てろ!」と不満轟々でした。ですが「廃止」でなく「凍結」ということはいずれ「解凍」するということです。実は役人を監視する役人つまり「マネジャー」が20万人(地方出先機関)います。銀行じゃないので「無駄」ですよね。政治家は官僚に舐められているのは官僚と「同じ土俵」で対峙しちゃうから。だから騙されたり詐欺まがいの官僚言葉でしてやられる。政治家は「国民の立場に立てばダメだ!」ときっぱりいえばいいだけ。パブリックサーヴァント(公僕)という事を忘れるな。また「人事院勧告」とは「人事院」とは「国の人事部」です。国家公務員や国会議員の給料を韓国する行政機関です。が、だいたい民間が年収406万円にたいして公務員年収は633万9000円です。人事院は「民間と同じ基準で」というが「エリート企業と同じ…」というおまけつきなんです。2010年11月26日、馬渕氏仙谷氏の問責決議案が可決されました。馬渕国土交通大臣は「尖閣諸島中国漁船衝突ビデオ流出事件」で仙谷官房長官は「自衛隊を「暴力装置」」と発言したことでだ。2010年11月22日、国会軽視発言をうけて菅内閣の柳田法相が辞任しました。菅直人総理大臣ならびに仙谷官房長官、馬渕大臣、前原大臣らの「ドミノ辞任」の問責決議案も野党は検討しているようです。民主党の柳田法務大臣が地元広島でのパーティーで「法務関係なんかさっぱりわからないから官僚まかせ(馬鹿で資質がないから)」「法務大臣としての国会答弁は2つだけ。「個別の案件にはお答え出来かねます」と「法的観念に対して適切に対処していきます」だよ(笑)」と言って(39回も言っている)反感され一応謝罪しました(馬鹿のひとつ覚えの「真摯に対応していきます。謝罪いたし…」を20回繰り返す)。このひと馬鹿なの?菅内閣支持率は26%、「法相辞任するべき」は79%です。現在、「官僚の天下り」は4500の特殊法人団体に2万5000人が天下りして毎年12兆円が無駄になっています。民主党政権になってから「天下り」を禁止するとの「建前論」から事実上の天下りである現役官僚による民間企業への出向を良しとした。「退官後」からの天下りより「現役」であるほうがむしろ悪質で質が悪い、という現役経済産業省官僚の古賀茂明氏の主張は至極当然で正論である。だが、その古賀氏を官房長官(当時)である仙谷由人(せんごくよしと)氏が恫喝し、2週間もの「ひとり全国出張」を科して虐めるなど言語道断である。いったい「影の首相」は国民と官僚機関や労組のどちらの味方なのか?なお官僚とはキャリア役人のことです。キャリアとはかなり難しい国家公務員試験をパスした役人のことでおもに中央官庁(霞が関)に勤める 官僚のことです。
おもに東京大学法学部卒業が多いといわれます。何故かといえば東京大学(旧・帝都大学)法学部は元元、「官僚を育てる為に作られた大学」だからです。東京大学以外でキャリア試験をパスしていないひとは「ノンキャリア」といわれなかなか出世することが出来ません。そんな中で逮捕されました村木厚子元・被告は異例の出世をしたことになりますね(村木氏は2010年9月10日に「無罪」です)。また官僚の騙しのテクニックを教えます。官僚は正面からは抵抗しません。例えば霞が関文学というのがある。「財政」は予算編成のことです。「調査審議する」は予算編成を含まないことです。すれ違い答弁もします。とにかくくねくねといい逃れます。「完全無料化」と「完全に無料化」は「に」が入っただけでかなり違います。にが入ると「完全無料化」ではなく民間法人や国の持ち株主化も含まれる訳です。
官僚の主な仕事は「国会対策(政治家の答弁)」です。
つまり政治家がどんな質問をしてどんな答えをするか決めて「作文」を作成することです。政治家は官僚の「操り人形」のようなものなんです。だからこの統治能力をなくすべきです。官僚が「政治家の作文を造るのは止めさせて」政治家に自分自身の頭で考えさせることです。
官僚にももちろん定年は「建前として」あります。が、官僚社会は完全なピラミッド形式です。一番偉いのは大臣(政治家)ですが、官庁のトップは「事務次官」です。ですが事務次官はたったひとりしかなれません。当然ながら歳をとるごとに「間引き」される訳です。
だから官僚は定年前に省庁の関連会社に天下りする訳です。ですが「再就職」とはいえ、官僚はハローワーク(職業安定所)で職場を探す訳ではありません。退職金何千万円を貰った後で「渡り」と言って出身省庁関連会社役員など数年間だけ席を置き、次々と会社役員などを渡り歩き、その度々に「何千万円」もの退職金を貰います。合計金額は何億円の退職金を貰うそうです。その再就職先で元・官僚は何日も出社せずに、官庁と天下り会社の「口聞き(公共事業の斡旋など)」をするだけです。
能力が本当にあるひとならいいんですが…。まあ、一般会社では「渡り」はもちろん「官庁省庁による再就職活動」などすることはありません。官僚はハローワーク(就職案内所)で再就職活動をしてください。それがノーマルな就職活動というものです。とにかく「天下り」や「渡り」を禁止してください。官僚はハローワークに行って就職活動をしてください。
まあ、天下り先の公益法人の廃止ですね。

よく聞かれる「友愛」とはプリンシィプルやノブレス・オブリージュではないだろうか。「友愛」を一般化することなど不可能です。意味もありません。猿の世界を見ればいい。ボス猿は仲間の嫌いな猿をいじめ抜く。いじめられた猿は隅で小さくなっている。人間は猿とは違う。いじめられたら「負けたままで堪るか。今に見ていろ!」という人間が出てくる。この反発力が人類を発展させてきた。皆がニコニコ笑ってお互いが好きという世界はむしろ不気味だし、人間の成長もあり得ない。あのソクラテスでさえ死のまぎわは「私は知識の海の浜辺で貝殻を拾っているだけだ」という。あの天才のソクラテスでさえ「自分の無知」を認めて死んだ。なのにソクラテスの半分のIQもない輩がわかったことを言うのは醜悪です。私だって「知らないことばかり」です。もっと自分の頭で考えるところです。知らないことは知らないことです。わかったふりでは何も変わらない。お互い勉強不足ですね。頑張ってください。
また「お金儲け」のことですが、確かに「お金」は大事です。どんな綺麗事を言ったところでお金がなければ一切れのパンさえ買えない。それが現実です。だがだからと言ってホリエモンや小室哲哉のように「命の次に大事なのはお金だ!」では只の馬鹿です。よく論語と算盤というように「お金儲け」と「論語(道徳)」は両立するべきです。「命の次に大事なのはお金だ」では只の福永法源です。所詮、お金儲けには論語がないと只のホリエモンや小室哲哉や福永法源のように没落する。要は何の為にお金儲けをするか?だ。私利私欲では何も変わらない。自民党政権になったところで何も生活は飛躍的には変わらない。宝くじを買ったって当たる訳ありません。努力なきところでペイなきです。論語と算盤というように人間はいかになろうともプリンシプルを失っては生きていけないのです。悪銭身につかずです。努力なきところにお金儲けなしです。ホリエモンや福永法源や小室哲哉では意味がありません。もっとプリンシプルをしっかり持ってください。上杉の義を持ってく
ださい。それがプリンシプル(原理・原則)です。
またノブレス・オブリージュとは高貴なる責任です。高い地位やポジションにいるひとやパブリックサーバント(公僕)には責任がともなうということです。只の権力欲や出世心では高い地位やポジションについても失敗する。高い地位のひとには「社会的貢献の責任」がともなうということです。頑張ってください。 
 
 
      アジア共同体(AAU)
 
 「APECって何ですか?」ですが「Asia Pacific Economic Coopperation.(アジア太平洋経済協力会議)」です。カナダ、米国、メキシコ、ペルー、チリ、ロシア、韓国、日本、中国、香港、台湾、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランドの21カ国が加盟して「関税撤廃」などで協議しています。自由貿易交渉いわゆるFTAで日本はEPA(経済連携協定)で日本は出遅れました。アフリカ支援金が1・8兆円に決まりましたね。政府はEPAでの交渉を諦めて、WTO(世界貿易機関)を軸に考えているそうです。何にしても交渉の停滞は致命的でしょう。誰かがAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で交渉するべきなのですという。が、アジアとアメリカ合衆国が(しかもヨーロッパまでが)集まるまるで国連のような経済協力会議では話になりません。戦前の大英帝国、戦後のアメリカ合衆国のような代わりを中国に「屋台骨」として期待しても無駄です。中国を過大評価しては危険でしょうね。中国経済はまだ弱く、戦後のアメリカ合衆国のような代わりはまだ無理じゃないかと思う。日本は「ものつくり」国家です。が、だからといってアメリカ合衆国が「ものつくり」を忘れたか?と思うのは違います。世界優良百社の中にアメリカ合衆国の企業は60社入ります。日本企業は8社だけです。アメリカ合衆国の企
業は世界的巨大企業です。例えばコカ・コーラやインテル、ペプシコーラなどです。ポスト自動車はグリーンニューデールの環境商品です。アジアはアジアでまとまるべきなのです。BRICs(ブリックス)という新興国がある。国名ではありません。それぞれブラジル(人口1億人GDP1兆ドル)、ロシア(人口1億人GDP1兆ドル)、インド(人口11億人GDP1兆ドル)、中国(人口13億人GDP3兆ドル)などである。ロシアは石油ガスのエネルギー資源国。ブラジルは農業資源国です。またアジアの工業新興国の中国とインドは私の私案AAUの加盟国です。景気刺激策が効果を表しているのが中国とインドです。株価が右肩上がりです。中国は最近中に日本を抜いて世界第二の経済力を持つだろう。つまり日本は第三の国に落ちぶれるということです。ブラジルは日本より高くなり、ロシアは日本より株価が低いものの右肩上がりです。 今、日本にはAPEC(アジア太平洋協力会
議)などがあるが、アジア、EU、アメリカなどがほとんどごちゃごちゃになっている感じです。南北アメリカにはNAFTA、ヨーロッパにはEU、アフリカにはAUなどあるが、アジアだけの共同体というものはない。日本とフィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアのASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、オーストラリア、ニュージーランド、中国、韓国、ブルネイを加えた国で共同体をつくるべきだ。
その名称はAAU(アジア共同体)、こう書くと戦前の「大東亜共栄圏」をイメージする方もいるかもしれない。しかし、そういう日本だけが得する共同体ではなく、互いの国が共通の利益を共に守り合う構想である。 そのさいリーダーは日本ではなくシンガポールであるべきだ。シンガポールは日本の淡路島の大きさに満たない小国ながら、大中継点として発展し、外交もうまい。副リーダーは中国でいいだろう。アジアの中の日本人像は「ブロンドの髪に青い目で肌だけは黄色」 という異国人である。そんな日本人がリーダーでは駄目なのだ。石油はインドネシアやブルネイが中心になる。オーストラリアの国土の半分の天然資源は手付かずという。50年というスパンで開発計画は可能です。森林資源もマレーシア、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンに豊富です。また、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシアは農業国だから資源国になりえる。何故オーストラリアとニュージーランドをAAUに入れるのか? そ
れはオーストラリアとニュージーランドは白人国家で、イギリスのコモンウェルズ(英連邦)だからだ。アメリカとイギリスと肌の色が同じであり宗教も人種も同じだ。「肌の色が違うだけなのに……」というのは甘い。なぜアメリカがドイツでなく日本に二回も原爆を落としたのか考えたらいい。彼らの中に日本人は人種的にワンランク下だという心理があるからだ。オーストラリアとニュージーランドはアメリカと同じアングロサクソン系人種である。ドイツはゲルマン系、第二次世界大戦ではアメリカイギリスに見捨てられた。しかし、アングロサクソン系国で見捨てられた国はなかった。オーストラリアとニュージーランドはAAUが人種的に叩かれない為の切り札である。オーストラリアとニュージーランドもアジアの一員と自覚している。だから朝鮮戦争のとき数万人もの兵士を送ったのである。今こそアジア共同体で本当の自立をしようではないか。
AAUには当然人口10億人のインドももちろん必要である。かっては貧乏だったインドもバンガロールではコンピュータープログラム、ニューデリーでもかなり勢いがあります。AAUには絶対必要であります。 
 

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TPP農家の恐怖心を煽る農協・農業の明日へのビジョン

2012年12月12日 17時49分43秒 | 日記
「コメは一粒たりとも…」は農協のプロパガンダ 
 
 
TPP論では日本農家の為に海外農産物関税撤廃反対!という農家(というか農協)が多い。だが、日本が海外に水田を買うことも考えられる。海外に土地を買い、農地開発を行えば、それが食料安保だ。ベトナムで作り、タイで作り、アルゼンチンで作り、カナダで作り、オーストラリアで作り問題を解決する
TPPにもみる大衆操作(プロパガンダ) どうも農水省や農協がからむと「恐怖心」が前え前えとピノッキオの伸びる鼻のように伸びますね。何だかいつもそうですね。さくらんぼのとき、農協や農水省は「チェリーを輸入すると山形のさくらんぼ農家が全滅する」といいましたね。またオレンジのときも、「和歌山や愛媛のみかん農家が全滅する」といいましたっけ。ビーフのときも「米沢や神戸、松阪の牛肉酪農家が全滅する」といいましたね。ライスのときも「新潟や秋田や九州のコメ農家が全滅する」といいましたね。酒は財務省(元・大蔵省)管轄ですが同じようなこといってましたよね。ここでTPPに反対している酪農家や農家、業者にお考えして欲しいのは「結果」「現実」はどうでしたか?ということです。「恐怖心」に煽られるのは「人情」です。ひとは情や利益に弱い。だが、負けないで。諦めないで。「つや姫」戦略(戦略家・緑川鷲羽の場合)山形県の主力品種・「つや姫」の認知不足で県外ではなかなか売れないという。まあ、戦略家の私がボランテア覚悟で献策させてもらえば「つや姫」と「AKB48」をリンクさせることではないかと思う。例えばつや姫のCMにAKB48を使いまたパッケージにもAKB48それぞれのひとりひとりがまさに「つや姫」となり、包装写真をAKBの姫のコスチューム姿にする。AKB48の「つや姫」のテーマ曲もつくればいい。もう少し「戦略」だの言葉遊びではなく、ちゃんと「戦略」を考えたほうがいい。学歴エリートになど戦略は考えられない。それを知ればいいのだ。「コメは一粒たりとも…」は悪質な「農協」のプロパガンダであった。現実をみればWTO(国際世界貿易機関)のルールのおかげでもっとも潤っているのが日本だからだ。この国は自由貿易のルールがなくなればすぐに干上がる。資源がないからだ。なのに政治家たちは「農民の保護」「農業の戸別保障」などと馬鹿のひとつ覚えのように言う。政治家たちが本当に農家のことを考えているなら来るべき農作物自由化にそなえ離農する者はさせ、大規模化したい者には補助金を出し育成するなど戦略を考えるべきだ。彼ら農協らと政治家はサクランボ、オレンジ、牛肉、コメなどのときも「農家が困る」と反対した。しかし、サクランボや牛肉、オレンジ、コメを輸入して山形のサクランボ農家や三重の牛肉農家、ササニシキ・コシヒカリなどをつくっているコメ農家が潰れただろうか?答えは「ノー」だ。悪質な農協や利益集団、政治家がプロパガンダ(大衆操作)をしているだけだ。日本の農作物は「おいしい」。もっと自信をもってほしい。日本産梨や林檎や柿も値段が高いのに「品質が高くておいしい」と外国で飛ぶように売れている。次はササニシキ・コシヒカリ・秋田こまちの番だ。農協が言うような「脅威論」にだまされず、日本の農家の皆さん自信をもっていいですよ。また宮崎県では「口諦疫(こうていえき)」が猛威をふるっていました。30万頭の牛が殺処分、180億円の被害でした。この病は牛や豚などに感染するのですが、人間には感染しません。怖いのは病気より風評被害ですね。なんとか終息したようです。まずは民主党の天下の愚策「農業者戸別補償制度(416億円)」のウイッキペデアです。つまり、農家の所得が低いから補填してやるという典型的なバラマキ政策です。まず農地の面積が確かに減っています。1960年に609万ヘクタールだった農地は2009年には462万ヘクタール…そのうち耕作放置地は38万ヘクタール(埼玉県の面積と同じ)です。昔は米は米屋でしか買えなかったそうです。スーパーやコンビ二やデパートでは買えなかったそうです。それは戦時中の1942年の「食糧管理法」ででした。これは戦争時ですから国が強制的に米麦を没収し、国民に「有料配給」していました。
  戦後、コメ不足はなくなりますが国が米穀を農家から高く買い、安く国民に提供することで農家や悪名高い農協(現・JA)が幅をきかせるようになります。1981年までコメを買う免許証のような「米穀通帳」などというものがあったそうです。やがて、農業の機械化近代化で「コメ余り状態」になり、国は「減反(げんたん)政策」を始めます。1反=10アール(1000坪)畳100枚分で、1反減反で3万円。転作のときは4万円。全国180万人の農家ですが、こういうバラマキにより農協は一事栄華を極めます。今、農家の高齢化(平均年齢65歳)と農家の所得下落(サラリーマンの平均年少400万円以下)とコメ余り、で農業は衰退しています。民主党は農家票のため「農家戸別補償政策」などとして「コメはどんどん作って!損失は補填するから」と甘い言葉を囁く。全国的に農業は「販売価格-生産費用=-1.5万円」という状態です。そこで損した分は税金で補填するというのです。社会主義国や共産主義ではありません。冗談じゃありません。損しても国が赤字をクリアーにしてくれるなら誰が真面目に働きますか?日本は北朝鮮やソ連ですか?天下の愚策です。また「食料自給率」にたいしてのWikipediaです。まず食料と食糧は同じ「しょくりょう」と読みますが意味合いが違います。まず食糧は穀物です。つまり米や麦です。食料は米だけでなく肉や魚などのすべての食べ物です。では食料自給率とは何ですか?ですがその国で全ての食べ物を作って提供できるか?という率です。日本の自給率は僅かに41%です。大丈夫ですか?海外から食料輸入がなくなる(そんなことがある訳ないが)と御飯と芋だけの生活になります。まるで江戸時代です。なぜ食料自給率が減ったかは農業人口が減ったのと日本人の食生活の欧米化などです。1960年は65歳以上の農業従事者は1割でした。それが2000年には8割以上になります。つまり農業従事者の高年齢化が進んでいる状態な訳です。すべては悪質な農協(JA)と農水省が利権を漁っているからなんです。減反も利権のひとつで、減反(げんたん)とは田んぼで米をつくらないかわりに補助金をやる、ということ。民主党の農家戸別保障と同じです。日本の米が値段が高いのは利権の為です。しかし、日本の米は美味しいし十分外国でペイします。ミニマムアクセス米(外国から770トン、2700億円をペナルティとして買っている)など馬鹿です。結局、農家の補助金は2兆円から7兆円、農家の払う税金は270億円程度です。明らかな自転車操業です。すべての元凶は農協です。農協を潰さないかぎり利益搾取は終わりません。農業が好きな農業ガールなど嘘っぱちです。女の子や男も泥仕事より、事務職をしたがります。農業娘。など「農協のプロパガンダ」です。騙されないでください。
また「商店街のシャッター通り問題」ですが、単にニーズの問題だと思います。コンビニやスーパーにはいろいろな商品が揃っている。だが、中央商店街にはあまりないし、夕方にはシャッターが閉まってしまいます。なら何故商店街の人たちは「大店法」に反対するだけじゃなく「カネをだしあって「コンビニ」」を作らないのか?24時間年中無休の「コンビニ」を作れば消費者のニーズを掴める。公共事業頼りの土木業者が淘汰されるのは「時代」だろう。自民党時代、特に田中角栄時代の公共事業頼りの景気対策は酷過ぎる。その為無駄な土木業者が増えすぎたのだ。只の淘汰である。サラリーマン・OLは運がいい、と思え。派遣社員より「高給与」なのだから。農家もJAのプロパガンダ(大衆操作)なんかにダマされないで頑張れ。高品質なものは値段が高くても売れる。「農家が潰れる」「食糧安保」などバカバカしい議論に騙されるな。TPPは農家層はわずか1.5%、90%の日本の産業が「騙されて反対している農家」の犠牲になるのは明らかにおかしい。TPPで関税がゼロになれば日本の輸出産業にプラスだ。農家も儲かり、ソニーや東芝や三井物産も儲かる。需要と供給がうまくいけば「200万農家の甘え」も治る。それが「第三の開国」だ。


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日本航空   2012年12月7日山形県庄内空港で航空機80mオーバーラン

2012年12月11日 07時55分21秒 | 日記
 日本航空JAL債務1247億円     
 
 2012年12月8日、山形県庄内空港で乗客を乗せた航空機が80mオーバーランです。幸い負傷者がいなかったがもっと気負付けてほしい。2012年9月19日にJAL・日本航空が経営破たんから2年7か月ぶりに再上場です。初日の株価は3830円・時価総額が6900億円(借金返済3500億円)・利益総額2980億円です。LCC(Low cost carea)が今、話題です。オーストラリアの往復で4万円とか規制緩和で、満席にして、全部満室にするため全部「自由席」にする。水やジュースや食べ物は有料。機内食+ドリンク(1000円)、DVD鑑賞(1万円)…。全日空もLCCの別会社を起業するそうです。日航が機長乗務員ら100人をリストラすることがわかりました。将来的には1000人リストラすると稲森社長は望んでいます。日本政策投資銀行が日本航空に3000億円融資することで合意しました。2010年10月21日、いよいよ羽田国際化・ハブ空港化実施です。JALやANNがLCC(格安航空会社)を参入させることで合意です。関空を拠点に長距離バス感覚でということですがネックは日本の空港の人件費・離発着料金・燃料費の高さです。一言にLCCといっても各社ともここの問題がクリアーされないと長距離バスみたいには料金は安くなりませんよ。羽田空港(東京国際空港)のD滑走路ができて滑走路が4本になり、いよいよハブ空港化の予定ですね。今までは中国韓国台湾だけだった羽田国際便が欧州、北米、中東、中米ハワイ・ホノルルにまで路線が広がります。羽田の新管制塔は世界3位の110.3mだそうです。離発着数は40.5万回。なお参考までに主要都市から空港へのアクセス時間です羽田空港(東京から14分)、J・F・ケネディ空港(ニューヨークから35分)、シャルル・ド・ゴール空港(パリから29分)、北京首都空港(北京から26分)、チャンギ空港(シンガポールから27分)、仁川空港(ソウルから90分)…などです。ハブ空港化のメリットは航空運賃やコストをかなり安くでき、なおかつ観光客やビジネス客、国際会議を招致しやすくなることです。今は仁川(インチョン)空港は「177都市うち日本の都市27都市、滑走路3本、運用24時間」に比べ成田空港は「87都市のうち日本の都市8都市、滑走路2本、運用6:00時から23:00時まで」でまったく歯が立ちません。今後は「オープンスカイ(国際自由化)」というキーワードを覚えるようにしてください。国と国の航空の自由化です。日本航空の会長になった稲森和夫さん(78)は不満たらたらです。要するにガバナンスが出鱈目だ、ということです。2010年8月12日「日本航空機が墜落する事故」から25年目となりました。早いものです。私が中学生くらいでの衝撃的事故でした。よく覚えています。事故の風化が怖いが再発のほうが恐怖です。日本航空がアメリカン航空の米ダラスに幹部社員100人を派遣して「社外秘」の財務システムを伝授してもらっているそうです。ANNとJALが外国航空会社と提携して、格安航空事業を開始します。だが、日本航空の債務超過額が1兆円です。国際協力銀行が中小機移行費用2000億円を日航に貸し付けるそうです。前原誠司国土交通相は「空港特別会計」を見直し羽田空港をハブ空港化すると発表しましたね。米国2大航空会社ユナイテッド社とコンチネンタル社が合併し、世界最大の航空会社が誕生です。日本航空は傘下の「JALホテルズ」をホテルオークラに60億円で売却しました。アイスランドで火山噴火があり噴煙で24ヶ国で空港閉鎖でしたが復興しました。これは天災だから仕方がない。日航は50路線を廃止、削減しました。関西空港と伊丹空港の運営が一体運営されるそうですね。98番目の空港茨城空港が開港しましたね。総建設費用220億円、年間利用者予定81万人、が定期便はわずか2路線です。多分100年経ってもペイしないでしょうね(笑)しかも98空港のうちペイしている空港は8港だけです。が、実は空港は赤字ですが、20空港の天下り公益法人が290億円も蓄財していますね。まさに「役人天国」です。茨城空港は百里基地にある「百里飛行場」を兼ねている、軍民共用の空港です。その利点を活かして、空港としての目的・位置づけを明確化してほしかった。団体客専門の空港とか考えればいいのに普通の空港でスタートしましたね。中国の春秋航空が中国日本(茨城)往復で4000円を目指すそうです。静岡空港と同じく茨城空港はいりません。常磐道を使えば成田のほうが近いと茨城のひとも見抜いています。不要な空港は外資系に売ればいいと思います。日航の経営破綻は企業年金(国民、厚生、共済年金とは別に大企業が設定している積み立て形年金)や原因として大量の赤字路線。機種が多いなど。前原国交大臣は大手銀行と最終会議をしましたね。1000億円の融資増加枠です。必要資金2400億円が政府試算国際線一社の場合圧縮されるそうです。日本航空は法的整理決定です。つまり「法的に破産手続き」するということです。更生法申請(倒産)しました。負債2・3兆円、政府保証金1兆円(税金)です。2010年1月19日に再生機構下に移されました。倒産で負債2兆円でした。株取引が停止されました。日本航空には1兆円くらい税金が入る訳ですが、まったく政府保証金のない全日空が弱くなるような政策(例えば日本航空の安売り)はやめてほしい。明らかにカスタマーにとって不利益でしょうから。整理されるのは日本航空、日本航空インターナショナル、JALキャピタルの日本航空グループです。日本航空の上場廃止ということで株価はゼロつまり紙くずになります。マイレージは保護されるそうですけど早く保有者は売却してくださいね。3500億円(全体8000億円)の債務放棄を決めました。大事なのはリストラして搭乗料金を高くしても「ユニバーサルサービス」を落とさないことです。国内の不採算路線は飛ばしたいなら地方自治体で公的負担(つまり税金)で補填するべきではありませんか?38万人の株主はかわいそうだが、日本航空の倒産は仕方ありません。諦めてください。また日本航空のCEOは運輸業界から起用(京セラの稲盛和夫名誉会長が就任)、COOには社内昇格するそうです。社長には大西賢(まさる)氏(54)、副社長は田口久雄氏(54)です。2010年2月1日に新体制がスタートしました。日本航空はリストラ1万5000人、ホテル資産など売却、品川の本社を羽田へ移設するなど改革案が固まりそうです。日本航空のOBの「3分の2」は微妙ですが、日本航空年金基金の解散もあり得ます。羽田空港を24時間国際化をするそうです。アメリカンとの提携を強化するそうです。
が、羽田空港成田空港以前に「日本の空港の馬鹿高い離着陸料金(着陸費用は特別会計に入り新しい空港の開発に遣われる)引き下げ」をしない限り韓国の仁川(インチョン)空港に勝てませんよ。観光立国を目指すなら仁川空港のように空港着陸料を安くして、24時間フルで運航して更に外国語の案内所や案内人を設けるべきです。リニアを東京から大阪まで67分くらいで結ぶらしいけどコストパフォーマンスが鍵になります。値段が高いと便利でも需要供給がうまくいかないかもしれない。成田空港は国外線長距離、羽田空港は国外線短距離で深夜は羽田空港がハブ空港となるらしいです。大丈夫ですか?羽田空港が都心に近く利便性があるなら必ず羽田空港が国外線長期間もやりますよ。やらなかったらハブ空港じゃないでしょう?全日空とユナイテッド航空とコンチネンタル航空が独禁法除外申請していますね。これは料金値下げや機内サービス向上の為です。JAL(日本航空)のつなぎ融資が政府保証で実現化しましたね。日航の借金は8000
億円。2009年の最終赤字が1300億円です。企業再生支援機構から日本航空に公的資金(つまり税金)を3000億円投入することが決まりました。債務免除(つまり借金の帳消し)が2600億円です。リストラも9000人ですが人員整理するそうですね。空港会社の社員は全体で4万8000人ですよ。しかも、09年中に1800億円資金調達できないと潰れる危機でした。JAL(日本航空)の問題は「不採算路線」(日本の97路線のなか16路線廃止)もありますが、待遇にもあります。例えば、日本航空の年金は1人25万円、全体で3300億円です。この馬鹿高い年金制度も税金を投入する際の問題点になるでしょう。日本航空は企業年金を現役で53%OBで30%全体で40%減額するそうですね。西松社長も引責辞任です。(利益集団の日本航空のOBは「年金減らすな!」などと抜かしています。醜悪な連中ですが、やっと事態がわかったのか?OBの65%が年金減額に同意しています)しかも労働組合が7団体もあります。また新型インフルエンザでの利用者の減少、大きくて古い飛行機が多くお金がかかるということも問題点としてあります。まるで「親方日の丸時代」の「国鉄(JR)」や「電電公社(NTT)」です。しかも、税金を3000億円も投入してほとんど「国有化」です。まあ、航空はインフラのひとつだけれど徹底的に歳出削減をしてください。それからなら公的資金投入やむなしです。ボーナスゼロや役員報酬ゼロや日本航空の年金を「特別立法化」で対処するのはあたり前です。日本航空の純損失1312億円(中間決算)ですね。まあ日本の54空港のうち黒字化はわずか4空港だけですね。航空会社の危機はパンアメリカン(パンナム)1990年にパンナムはついに倒産します。何故日本航空会社という民間の企業を助けなければならないか?は日本初の国際線が日本航空だからです。1954年2月2日羽田→サンフランシスコ間でプロペラ機でしたが当時の片道値段は650ドル(23万4000円)。当時の大学初任給が1万2087円の時代です。だから日本航空は半民間半官だった訳なんです。国のお金が入っていた。日本航空が民間企業になったのは1987年です。それまで日本航空は「天下り先」だった訳なんですね。日本航空(JAL)は16種類の飛行機を持ち、166機保有しています。全日空(ANA)は9種類で144機保有しています。日本航空は機種が古く多いのですね。つまり整備の部品、機種ごとのパイロットも多数必要になりコストパフォーマンスが悪い訳なんです。日本航空の機種はボーイング47-400(36)マグダネル・ダグラスMD-90(16)MD-81(8)、エアバスA300-600R(18)など古い機種だけです。しかも日本の空港は97空港もあります。2010年には98空港(茨城空港)になります。この茨城空港は廃止が検討されていますね。関西空港は1兆円の負債を抱えて、普天間の基地を誘致しようって橋下徹大阪府知事が
動いていますね。かなり好評なようです。何故空港が多いかはブッシュ・シニアが「日米構造協議」で空港を作れ、と煽ったからです。でも日本航空がなくなったら60%の航空便がなくなります。だから「インフラ」として必要な訳なんです。だから税金を投入する訳なんですね。特別会計が問題なんです。例えば「道路特別会計」(車がまだ贅沢だったとき、道路拡張の特別会計が遣われていました)と同じく「特別会計」(飛行機用つまり空港整備特別会計)が作られ98の空港が作られた。これは護送船団方式なんです。第二次世界大戦後、日本の銀行はよく潰れました。だから、日本政府は潰れないように「都市銀行、地方銀行、信用銀行」に住み分けした。小さな銀行が潰れないようにと金利などを政府が決めていました。空港も住み分けしたのです。「日本航空(国際線)全日空(国内主要路線)東亜国内航空(JAS、国内地方路線)」…。しかし、80年代、グローバル社会化で日航は小さな航空会社や経営悪化航空会社を吸収、機種が増えた。日航が潰れたらインフラとして国内路線がほとんどなくなるから会社更正法で税金を投入して倒産を免れた訳です。成田空港(国内180万人国際3100万人滑走路2本)羽田(国内6500万人国際1800万人滑走路4本)羽田成田空港に住み分けたのは「内際分離」で、羽田は昔パンク状態で千葉県成田に空港を作るとき地元農民に反対されて「成田空港は国際線で」と説得したからです。結局「政治」なんですよ(笑) 
 

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震災から1年半 活断層で敦賀原発が廃炉可能性あり

2012年12月11日 07時45分40秒 | 日記
 「東日本大震災」 
 
原子力規制員会は活断層があるとして敦賀原発を廃炉にするという可能性を示しました。そんなこといっていたら日本中の原発は全部廃炉になりますよ。しっかりしてください。東電は福島に復興本拠地を4000人体制で設置すると決定。賠償も現地権限をもつという。日本海などにメタンハイドレート群が見つかりました。網走沖、秋田山形新潟沖、隠岐周辺沖にかなりの量のメタンハイドレート(メタンガスが凍ったもの)があるという。原発にかわる代価エネルギーとして期待大ですね。よかったですね。小林よしのり著作「ゴーマニズム宣言スペシャル 脱原発論」小学館刊行「読書感想文」フリージャーナリスト緑川鷲羽わしゅう。まず私が主張したいのは私は「原子力ムラ」の人間ではなく、「利権」とも無縁であるということ。マンガチックな「原発ブラボー再稼働」でもないということ。そして小林よしのり氏の本を読んで、「首相官邸の前で集団ヒステリーでお祭りデモに参加している連中と同じだ」という感想だ。確かに福島原発事故や乳飲み子の母や赤ん坊が泣いている映像を観たら誰だって「脱原発」になるのが人情だ。しかし、したり顔で「脱原発」を主張するなど赤ん坊でも出来る事なんだよ。小林氏は「一時的に電力が足りなくなって企業が出ていく?その程度の企業なら外国にどうぞ」という。現実がわかっていない。電力不足が「一時的」な訳ないだろう。企業は漫画家とは違う。1円2円の円高、電力料金で中小零細企業(全体の99%)は採算をとっている。そんな企業が中国やベトナム、インド、ミャンマーに出ていけば二度と帰って来ない。深刻な失業率になるだろう。漫画家の替りなど幾らでもいるが、職場の替りはない。また小林氏は「自分が9歳の頃(1956代)には原発はおろか火鉢しかなかった。大学生の頃漫画家デビューしたが(1970年代)、九州ではまだ原発はなくても幸せであった」という。現代エネルギー革命や、産業イノベーションがわかっていない。氏が学生や幼かった頃にはなかったスパコン、コンピュータやハイテク家電、スマートフォン、高品質テレビ、(節電)家電、クーラー…なにより電気がなければ水道の水さえ流れない。そういう基本的な事がわかっていない。悪戯に原発の危険や人々の恐怖心を煽り「原発は安全じゃない」と断罪する。これでは農家の恐怖心ばかり煽る農協と同じではないか。絶対に安全なものなどこの世に存在しない。車も飛行機もバスも全部「危険」であろう。何より太陽光や風力といういわゆる「再生可能エネルギー」が電力の1%であり、原発分はいままで30%であり、その分がすべて火力に特化しているから(電力の約99%)「電力不足」「電力料金値上げ」があるのであって、火力発電のエネルギー源の価格高騰に触れられていない。今「円高」であるので石油やガスの値段は高くない。だが、石油・ガスの価格高騰は続いている。価格高騰問題に触れられていないのは違和感がある。原発分の30%のキャパシティを太陽光・風力ではカバー出来ないのだ。それが現実だ。小林氏はあまりに感情に流され、プラグマティズムやコンストラクティブな思考を怠っている。只の「お涙頂戴」の「感情論」に騙されて、したい顔で「脱原発」では救われない。4号機の核燃料棒プールの危機など、政府も関係者も皆知っている。プロパガンダで原子力発電とオウム真理教を結び付けて描いているが、原子力を再稼働したり原発を廃炉にしながら新エネルギー開発(メタンハイドレード、シェールガス、地熱発電、新潟沖の未知の石油)していくのが「ヒトラー」(笑)だとでもいいたいのか?TPP交渉は「ナチス」(笑)か?私も政府の「冷温停止状態」「安全宣言」など信じていない。3・11の事故後すぐ私は「メルトダウン」もしくは「メルトスルー」していると思っていたのだ。だが「危険だ、危険だ」といっていても仕方ない。小林氏は「安全だというならお前が福島に住んでみろ!」という。私は福島ではないがすぐ近くの米沢(福島市郡山市のすぐ隣り)に住んでいるが健康だ。氏のいう「原発の代替案」が太陽光や風力では「お先真っ暗」だ。むしろ大事なのは「脱原発」と「原発再稼働」を二極化しないことだ。原発を求めている人々すべて賄賂をもらっているとか、右翼と決めつける氏こそ「左翼」になった「元・右翼」である。どっちみち福島原発事故で「新規原発開発」も「既存の原発再稼働」も殆どムリで、30年後には自然と「脱原発」になる。原発は全部停まるのだ。私だって将来的には「脱原発」の人間だ。氏の漫画は「感情論」であり「結果論」である。事故を観て恐怖を感じ、集団ヒステリー集団アレルギー、感情論を「プロパガンダ漫画」で描いているに過ぎない。こんなものでまともな代替案もなく、したり顔で「脱原発」を叫ぶなど、まさに「団塊の世代の安保闘争」「集団ヒステリーお祭りデモ」だ。マンガチックであり、主張が「子供」である。本書は一読の価値は確かにある。だが、氏がオウムテロの時のように脅迫に晒されているのは甚だ不幸ではあるが、こんなひとがジャーナリストの仲間とは、日本も甚だ「呑気な国」である。                
2012年10月1日青森県下北半島の大間原発(Jパワー)の再建設が始まりました。集団ヒステリーの「脱原発」ポピュリスト達はまた反発しています。が、Jパワーの会長は「原則40年稼働させたい」と現実的思考です。こういう現実がわかるひとの台頭は喜ばしい限りです。2012年9月27日「指定廃棄物(核のゴミ)」最終処理場が千葉県・宮城県・群馬県・栃木県・茨城県に決まりました。2012年9月20日「原子力規制委員会」が発足です。委員長・田中俊一氏。経団連など財界は「原発2030年代ゼロ」に反対していて、米倉氏が政府戦略会議辞職です。まあ、現実が見えている人々には当たり前の意見ですね。理由は後述しています。政府はとうとう「30年代原発ゼロ」を決定してしまいました。まさにポピュリズム(大衆迎合)です。でも閣議決定は見送りであるという。経済界からのはんぱつのおかげですよ。現実が見えない人たち(脱原発論者)には困ったものです。政府エネルギー戦略会議は「核燃料サイクルを維持」する方針を固め、もんじゅを研究炉にし、30年代に原発ゼロも併記するといいます。「2030年原発ゼロ」目標が、世論の圧力で明文化された。青森県の三村知事が、核燃料サイクル堅持を要望しています。国民の7割が脱原発をしたり顔で主張し、古川国家戦略担当大臣を枝野経済産業大臣も「脱原発」を決めてしまいたいといいます。やめて欲しいのはあと数か月後にはなくなる民主党政権に今後数十年続くエネルギー政策を付け焼刃で決めてほしくないということです。脱原発をし、原発をゼロにすると三十年後には核燃料再生が不要になります。青森県は結果として「核燃料永久貯蔵地」になってしまいます。青森県は「中間貯蔵地」であり「永久貯蔵地」という話になると話は違ってくると思います。事故調(福島原発事故調査委員会)のレポートは本質を突いていない。事故とは物理的な原因が起こり、波紋のように広がるものです。管首相(当時)や斑目委員長(当時)や枝野官房長官(当時)が悪かったうんぬんの前に物理的な自証を考えるべきです。「もう少しいい人材と英雄や天才的人物がいれば事故は防げた」とは思いません。全電源が地震や津波で喪失したら原子炉は冷やせないし、核は暴走する。どんな天才がいようが事故は(遅らせることは出来たかもしれないが)発生したと思います。設計上の問題であり、人材・組織の問題ではないからです。事故調のレポートは「犯人捜し」で、「脱原発論者」は「ポピュリスト(大衆迎合主義者)」だと私は断言します。理由は後述します。南海トラフの巨大地震被害想定は死者32人、浸水1015平方キロでそうです。10分以内の避難で14万人減、100%耐震化で3万人減です。備えあれば憂いなし、ということですか。全国の工業団地に万単位のメガソーラー計画があるそうです。だが、どんなに太陽光パネルを張り巡らせても原発分の3割は無理なんですよ。現在の技術では。だから単純にしたり顔で無策で「脱原発!」と声高に叫んでも集団ヒステリーだ、というんですよ。原発の将来を考える国民会議並びに国家エネルギー戦略会議は「1930年代前半に原発ゼロに」との結果になりました。東京電力福島第一原子力発電所事故の原因などを政府の事故調査・検証委員会は2012年7月23日最終報告書をまとめ、野田首相に提出した。被害が拡大した根源的問題として「東電も国も安全神話にとらわれていた」と指摘。危機管理対策の練り直しを促したとのこと。我が師・大前研一先生は政府と国双方のレポートを読み「率直に言ってどちらも役に立たないな」といいます。原因は津波?なら福島第二原発や東海第二原発は何故大丈夫であったのか?違いは「外部電源」です。福島第一原発は地震で外部電源がやられ、さらに津波で非常用電源もやられてメルトダウンしたのです。「外部電源」さえ無事なら大丈夫なんです。また「活断層の傍に原発あるから危険…脱原発!」というのには私は与しません。なら新潟の地震のとき柏崎刈羽原発は何故大丈夫だったのか?「脱原発デモ」など改革でも革命でも何でもない。くだらん「集団ヒステリー」でしかない。「再生可能エネルギー(太陽光・風力)」で原発分の30%のキャパはカバーできない。「集団ヒステリーデモ」などやめるべきだ。変なガキが「(nhkクロ現で「脱原発デモ」を取り上げることで)デモがないとかいっていたおっさんも黙るな」と悪口を書き込んでいた。私緑川鷲羽わしゅうは「デモがない」などといっていない。原子力規制委員会で委員長として田中俊一氏が内定しました。田中氏は放射線物理の専門家です。が、私は残念です。我が師・大前研一先生こそ委員長・規制庁長官にふさわしいと思っていたからです。福島第一原発の事故調査委員会で電力会社(東電)と民主党(官邸)・政府・当局が地震、津波対策を先送りしたことを「事故の根本的原因」と指摘し「自然災害ではなく人災」と断定しました。我が師・大前研一先生は「人災は一致するが、其のうえで「交流電源が長期的な損失を前提にしなくていい」という事故調のスタンスに問題があった」といいます。それに事故調は原子炉の分析を行っていません。原子炉内部にはいれない、ということで関係者1000人からアンケートをとり分厚い調査書を作成しただけ。こんなもの馬鹿馬鹿しい週刊誌やワイドショーと同じです。「外部電源」に触れられてないが「外部電源」が損失すれば3・11と同じことになります。再生可能エネルギー20年20%買い取りですが今は再生可能エネルギーのほうが値段が高く誰も買いません。夜間の電力料金引き下げも再生可能エネルギー20年20%も原発フル稼働しないと無理です。このままヒステリーで「脱原発」ムードでは日本の自殺です。皆さん目を覚ましてください。原発と原爆は違います。皆さんは誰かと同じでいい、皆脱原発というし、みたいな、「団塊世代の安保闘争」みたいな馬鹿はやめて目覚めてください。2012年7月5日に国会事故調が報告書を完成。述べ1167人に調査して、「東電・保安院の怠惰」否定せず、とした。地震・津波が起因ではあるが「人災」だ、という。2012年7月1日から再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、バイオマス)の買い取り法案が実施されましたね。誰が買うのか?政府か?電気会社か?株式会社か?いいえ、国民です。国民が電力料金に上乗せして払うのです。今まで再生可能エネルギーは1Kwh=10円くらいで採算がとれず普及しませんでした。それが太陽光(10円→42円)風力(10円→23円)地熱(時価→27円)となり値上げ分は国民が払います。最初は84円負担ですが国が再生可能エネルギーを30%にすれば月に800円から2300円の値上げになります。電気は税のようなもので選べないし、電気がなければ生活できません。基本的なことですが「再生可能エネルギー」が「原発分の30%」をつくれるか?ですがつくれないんです、今現在は。まあ、携帯電話みたいなものです。最初の20年前の携帯電話はカバンくらいおおきかった。それがいまや掌に隠れるほど小さくなり、且つ高性能になりました。再生可能エネルギーも同じようにイノベーションで大きく成長分野としては有望です。だが、今はまだ原子力程のキャパは無理なんです。福島第一原発事故で、日本国内では「原発の建設は危ない」と思いがちです。が、日本の原子炉建設メーカーである日立や三菱重工や東芝らは優秀です。世界でも日本勢に匹敵しているのはフランスのアレヴァ社くらいです。この市場に対しては韓国や中国も虎視眈々と参入を狙っています。しかし、日本勢の足元にも及びません。東芝・米ウエスチングハウス連合の原子炉である「AP1000」は、仮に福島原発事故と同じになっても最後まで自力で冷却できる設計であるそうです。今は原子炉建設は被害感情もあって難しい。だが、20年から30年後再生可能エネルギーに限界がきたとき原発が見直されると思います。また反原発脱原発ムードを創ったのはマスコミです。過剰報道をするから「脱原発デモ」などが起こるのです。脱原発のデモ(作家・大江健三郎・音楽家・坂本龍一呼びかけ)で代々木公園で10万人のデモがありました。いっとくが原発と原爆は全然違う。プロパガンダ(大衆操作)にいいからってリンクさせるな。私緑川鷲羽の立場はけして「原発ブラボー再稼働」などの漫画チックなバカげた考えの立場ではありません。私も「将来的には「脱原発」」という立場なんです。私が言いたいのは福島の原発事故や乳飲み子の母親と赤ん坊の涙をみれば誰だって「脱原発」の考えになるし、それが人情でしょう。が、只したり顔で「脱原発」と声高に叫ぶのなんて赤ん坊でもできる事なんですよ。大飯原発は再稼働したが、依然として原発分の3割の電力は火力発電に特化したまま。このままなら電力不足、電気料金高騰…最悪な事態が日本の産業に壁として立ちはだかります。それでもいい。何が何でも「脱原発」というなら地獄に行ってください。どんなに悲惨な日本経済になるか。勿論福島原発があんなことになって「新規原発開発」も「既存原発再稼働」も無理だし、拒絶反応もわかる。だが、真実から逃げて「脱原発!」と無策で叫んでいたら状況は好転するんですか?小林よしのりも櫻井よしこも勝間和代も無知すぎる。我々は甘い嘘よりもつらい現実に目を向けるべきだ。現時点で「再生可能エネルギー(風力・太陽光など)」では原発分の3割のキャパはカバー出来ない。将来の地熱発電やメタンハイドレードや新潟県沖の未知の石油など「将来のエネルギー開発」を急ぎながら、私だって嫌だが原発を廃炉にしていきながら「(日本経済に深刻な悪影響のある)計画停電」を回避していきましょう。甘い嘘や夢では食べていけない。我々は現実的な行動と思想で行動しよう。団塊の世代の「安保闘争」みたいな集団ヒステリーではなく、現実的に行動しようよ。悪戯に恐怖心を煽る前にもっと勉強しろ。このままでは日本の中小零細企業は電気関連でバタバタつぶれるぞ。もっと皆にはコンストラクティブな議論をして欲しい。集団ヒステリーでお祭りデモに参加してる人達を説得して下さい。2012年6月8日、野田首相は「原発を再稼働しないと日本がたちゆかなくなる」と会見。大飯原発を16日に再稼働し、夏期間限定ではない、と表明した。正論だね。大飯原発3,4号機の再稼働を橋下大阪市長は「ピーク時の3か月限定」というが賛成できません。ひとつは原子炉の安全性というのは、飛行機が離陸時と着陸時がリスクが高いのと同じに、原発は稼働時と停止時が高いリスクのタイミングだからです。一度稼働して定常状態になればリスクは高くありません。もうひとつは再び福島第一原発事故のような津波や地震が来ても、大飯原発は大丈夫で問題ないということです。これは専門家も証明しています。但し、今の事故調や民主党政権(というより財務省内閣)が原発を再び稼働させるのは橋下さんでなくとも疑問が残るでしょう。規制庁だの事故調だの「今更」です。あの3・11から1か月の「無政府状態」の方がむしろ事故被害より「国家として恐怖の国」なのです。事故調は管直人前首相、枝野経産相、海江田万里・元経済産業大臣を国会で証人喚問しました。またしらばっくれています。自分には罪がない、だの、知らなかった、だの。政治家も官僚もいつもそれです。だから私は嫌いなんです。政府は原発15%路線で検討だそうです。また東電がいよいよ完全国有化ですね。数兆円という損害賠償も税金で負担です。また東電新社長に広瀬直己氏(59歳・常務)です。2012年4月26日旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故から26年目ですね。東京湾北部地震での予想死者数は9700人だそうです。また東電会長に下河辺(しもこうべ)和彦・運営委員会委員長(64)=弁護士が就任だそうです。天下りの馬鹿どもはどんどんリストラしてくださいね。福井の大飯原発再稼働です。まずはよかった。原発が稼働しなければ火力発電に原発の30%分が特価したままとなり電力不足電気料金値上げですから。脱原発の過激派のひとたちももう少し頭つかおうね。2012年4月から放射線セシウムの新基準が決定されました。肉・魚・野菜・米100ベクレル、水10ベクレル、乳児用食品牛乳50ベクレルです。放射線暫定基準は500ベクレルから100ベクレルになった訳です。まあ100ベクレルでも健康に悪くはないし安全なのですが、「集団ヒステリー」ですね。生協は肉・野菜を50ベクレル、水牛乳を10ベクレル魚50ベクレル乳児用食品4ベクレルお菓子4ベクレルにしています。「集団ヒステリー」になって「ベクレル・デフレ」になるのが危険。一般的に国際基準は1000ベクレルなのだから。親ばかで「安全なものを子供に食べさせたい」も危険です。人間はそんなに簡単には死なない。自然界には常に40ベクレルは浮遊している。何も食べないわけにはいかない。出荷停止は24種類だ。昔からスリーマイルやチェルノブイリでICRP(国際自然保護委員会)では370ベクレルを国際基準としている。チェルノブイリと基準を日本は踏襲するべき。だが、とにかく福島の原発事故での集団アレルギーで、原発近くの産地食糧を食べたくないが国民の38%もいるという。とくにいえるのは食品の放射線濃度の検査費の高騰がもろに食品にくるということ。問題は3つ。1つ機械が足りない(高精度測定器1台2000万円・改修費700万円(2トン)維持費500万円)千葉県2機、福島10機。2つは時間がかかる。3つは数が多い(主要4産地、その他32産地)。「集団ヒステリー」は高くつくということだ。
南海トラフ(駿河湾から九州沖の浅い海溝)での巨大地震での予想津波は20メートル超と試算しました。どこに逃げればいいのでしょうか?また福島産コメは100ベクレル超で廃棄。あと驚いたのですが福島県民全員に補償する(浜通り40万円、中通り20万円、会津10万円)。新潟県の柏崎刈羽第一原発6号機が停止し、残りは北海道の泊原発3号機1機だけになった(泊原発も4月で停止)。「帰還困難」の慰謝料が600万円、「居住制限」の慰謝料は240万円と決まりました。 3・11「東日本大震災」から1年である。福島第一原発事故後、原発はゴキブリのように嫌われ、すべての発電は火力に特価した。私緑川鷲羽わしゅうも原発にかわる電力をいろいろ考えてみた。そこでアイスランドのような地熱発電ではないか、という結論に至ったのである。日本には火山・温泉も多く、アイスランドと似ている。勿論地熱発電には反対意見もある。①初期費用が高い(1回のボーリングで1億円)②温泉が涸れるのではないか?という不安③国立公園内であること。だが、仮に日本のすべての地熱を発電に使うと原発20基分だ。サトウキビ、海藻、ミドリムシなどからのバイオエタノール(開発中)、また日本海には天然ガスが凍ったメタンハイドレードが100年分ある。しかし、すべては未来でのこと。が、原発を蠅のように嫌うなら以上の発電しかない。原発がダメなら地熱・バイオエタノールだ。政府は東電の全役員に辞任を要求しました。また放射能汚染は深刻ですね。除染には2014年3月までかかるそうです。それだけ汚染は深刻だ、ということですね。①汚泥(おでい)は東京下水だけで160トン・13都県6万9000t。②家庭用ごみ7県で1万5400トンです。焼いても沸騰させても放射性セシウムは減らないからたまるのです。今は原発から放射能汚染物質はでていません。国は8000ベクレル以下は埋め立ててもかまわないという方針です。が、また子持ちの母親の涙のプロパガンダで反対され「埋め立て」は進んでません。ちなみに1ベクレルは0.0001ミリシーベルトです。ごみを分担するから「絆」ではなく東北地方にゴミ処理場や電力施設をつくって復興を図るべきです。東京電力は政府から9808億円の大借金をして、「2011年度の賠償金」を払いかえしていく予定です。政府は福島第一原発事故の「廃炉」まで30年かかると明らかにしました。やっぱりね。復興債の償還は25年間だという。また福島第一原発の2号機が一時臨界になり微量のキセノン(放射性物質)が検出されたという。震災で転校が2万5025人で7割が福島であるという。2011年3月11日の東日本大震災では義援金が3245億円が集まったが1109億円が渡っていない。義援金は税金ではないので政治家や官僚が配っている訳ではないのです。それぞれ国レベルの配分委員会(堀田力会長、プール金363億円)で被災者・原発避難者(避難地区認定住民のみ)・家が半壊または全壊したひと(家が壊れない被災地は☓)に渡される訳です。国単位の委員会から県単位の配分委員会(プール金403億円)にいき市町村単位の委員会(プール金343億円)から被災者に渡る。一家族に110万円から51万円くらい。募金では税金ではないので救えないのです。困っているひとの「一息」のためが義援金です。 9・11米国同時多発テロ事件から10年、東日本大震災から半年。米国ではアルカイダによる米国国内のテロの信ぴょう性の高い情報があるという。何も起こらないといいね。ただ、言っておくが我々が戦っているのはアルカイダなどのテロリスト集団でイスラム教徒ではない。9・11に歴史的必然などない。「脱原発」はテロリストレベルだと思います。3年間原発を一切使わなければ日本の産業はどうなりますか?一部の人は(1)世界唯一の被爆国日本こそ「核なき世界」を(2)再生可能エネルギーを国家戦略とすべき、と思っている。子供を抱えた母親の涙でプロパガンダですか?何度も言うが「原発の30%」は太陽光発電システムや風力発電ではカバー出来ない。結局火力に特価して電力料金値上げ電力不足で産業空洞化です。アメリカの国債が「Aaa(トリプルエー)」から「Aa+(ダブルエープラス)」に格下げになった。世界同時株安です。ですが米国が2013年までゼロ金利政策を続けると政策を発表して、世界同時株安は一服です。東証359円安、株価9300円割れです。心配していた「二番底」ですか?ここでは原子力発電と核兵器について述べます。「東日本大震災」復興財源と節電策。123号機はやはり炉心融解でした。浜岡原発停止「支持」は66%「原発全廃」は12%です。1号機の二重扉を開放し作業員が建家内部で作業しましたね。政府は30年以内にM8クラスで87%で起こるとされる東海大地震の対応として、静岡の中部電力浜岡原発の4号機5号機や全炉の停止(3670万KW)を決定した。(1号機2号機は廃炉、3号機は検査調整中)東北山形秋田新幹線全線開通。政府は「東北自動車道」の無料化です。原発賠償「交通費・宿泊費」「放射能検査料」「失業保証」「家畜の保証」「健康被害賠償」「計画停電」は何だったのですか?「計画停電」で信号や照明、店、工場がとまり経済観光をズタズタにしたのは明らかな「人災」です。消費者物価指数が下落したのも「人災」。政府はもっとちゃんとした判断をしてほしい。阿呆なら阿呆なりに「余計なこと」をしないで欲しい。クーラーは高いというがガスや灯油のほうが安くすむようになった。電気の冷暖房の方がお得。自粛は☓。お金はつかったほうが被災地の為になる。消費すると消費税と被災地の復興需要になる。56万人も宿泊場キャンセルだ。2ヶ月から6ヶ月間はステップ①準備作業、放射線量の測定方法検討。ステップ②冷却・放出の抑制、土地・家屋の計測・除染。現在2ヶ月の住宅などの建築期限を最長8ヶ月延長し、各地の農家を集約して、対規模化。東北地方を「食糧保管地区」へ。政府が土地を買いあげて高台に開発はコストが高いがやらねばならぬ。地震保険の支払が1854億円、東電の賠償金は8.3兆円だといいます。まあ、電気料金値上げと国からの公的資金導入でしょうね。原発から20Km圏内が「警戒地域」に指定されました。「警戒地域」とは罰金罰則があり、10万円以下もしくは拘束ですね。「震災復興賠償機構」が設立です。死者の9割が水死で、被災3県の60歳以上65%の死者もそういう老人であったそうです。汚染水の移送も開始されました。原発の炉心内部にロボットを搭載し、炉心内部が1時間あたり65mSv(ミリsh-ベルト)であると検知した。岩手県の地震と津波で壊滅した300Kmは「災害危険地域」に指定、政府も「原子力政策」を再検討するそうです。東電の石田顧問が辞任しました。半世紀にのぼる「天下り」の批判を受けてのことです。東電や原子力保安委員は放射線抑制まで6ヶ月から9ヶ月かかると発表しました。これで年内避難解除は困難になりました。2011年4月15日千葉県浦安にあり「液状化」の被害を受けていた東京ディズニーランドが一ヶ月ぶりで再開された。東北地方の宿泊施設では風評被害で39万人(うち6割外国人)ものひとがキャンセルしたといいます。気象庁は数ベクレルの放射線ヨウ素131が標高20mから500mで検出されたと発表した。こうなると浪江町や飯舘村は「安全です」とは言いにくい状態ですね。だが、原発から30Km内の500ミリシーベルト(mSv)とは1年間浴び続けて1万人に1人が癌になる、という程度です。過剰反応は駄目です。落ち着いて。あと「東日本大震災」という名称が外国人に混乱を与えています。「東日本大震災…日本の東側全部被災したのか?」というのです。名称変更がベストです。「復興構想会議」の五百旗頭真議長は「復興税」を提案してますね。なお「「義援金」「支援金」「寄附金」の違いは?」ですが「義援金」は被災者に直接渡る金で、「支援金」はボランティア活動の財源や支援物資や治療費などで、「寄附金」とはその都道府県の被災地のインフラやライフラインの復興やメンテナンスに遣われるお金です。義援金は大体「日本赤十字社」や「国連WFP協会」によって集められ被災地役所の「義援金配分委員会」に行き、そこから市町村役場→個人口座(あるいは直接支給)です。とにかく「罹(り)災証明」が必要なんですが、家や証明書すべて津波で流されて「本人確認」が出来ないというので「罹災証明」なしでも支給しようと決まりました。死者・行方不明35万円、家屋全焼全壊1戸35万円、半壊18万円、原発被害1戸100万円で、被害総額は25兆円になりそうです。第一次補正予算(5月)には4兆円だす(子ども手当なしに、高速道路無料化なしに、予算削減、年金半分税負担なしに)。増税は確かにすぐ出る金ではありません。法案を通すまででません。ですが900兆円も借金があるのにまた「赤字国債」ですか?日本国債の暴落の危険があり私は反対です。復興国債(2年から10年で元本返済(普通の国債は60年で元本返済ルール))しかないですね。その際「日銀」が買っては駄目。金融機関でないと。「復興税」というか被災地以外で10年間限定消費税2%(40兆円)増税です。また原発ですが今は更なる「水素爆発」を防ごうと「窒素」を炉心内部に注入しているところです。だが、ストロンチウムという放射線まで検知されました。ストロンチウムはカルシウムのように人骨に浸透する放射線です。チェルノブイリ事故では放射能汚染は10日間で520テラベクレル、福島第一原子力発電所事故では一ヶ月で63テラベクレルです。風向きによりあらたに福島県川俣町、飯舘村、南相馬市、田村町にも避難指示であるという。ちなみに「避難地区」は法的拘束力がない。「警戒地域」なら法的拘束力があり罰金もある。「電力ピークの夏が危ないなら4月5月6月に電気を貯めていればいいのでは?」は「電気」は貯められないのです。乾電池も「電気を貯めているのではなく元素反応で発電している」だけです。大きな乾電池が「発電所」という訳です。1987年7月24日の「大東京都心部大停電」の二の舞は避けたい。震災から1ヶ月以上過ぎればこんどは「心のケア」だ。欝、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不眠、悪夢、生活やお金、病気…まだまだこれからだ。ボランティアさんは「自己完結型」で被災地にいってください。食料も水もテント、車、被災民に迷惑にならないで「お役に立つ」仕事をしてください。2000万トンの瓦礫を分別・撤去・処分するのに最低でも5年はかかるそうです。瓦礫処理代は3000億円、道路・港湾整備に1.3兆円です。トモダチ作戦には68億円かかったそうです。ちなみに「余震はいつまで続くの?」という質問ですが、何十年と弱まりながら続きます。震度0という微弱な地震が阪神淡路大震災の神戸地方ではまだ余震があるという。マスコミの広報でおなじみになったメガネの中年のおじさん・西山秀彦さんは経済産業省でTPPに関して担当していた方です。前任者の中村氏、根井(ねい)氏は専門家でしたが、専門的過ぎて説明がわからないと移動になりました。現在原発の処理班は257名です。東京電力社員207人、関連会社社員50名で免震重要棟というところでパンやレトルト食品を食べながら通路に雑魚寝して頑張っています。「原発はいつ終結するの?」は、せいぜい10年から20年です。ですが、日本の技術力は災害後わずか6日間で870Kmもの寸断された道路を復旧させたことです。それというのも「災害対応対策協定」というのをゼネコンや中小土木業者と協定を結んでいたからに他なりません。また「品薄」ですが確かに「納豆」「ヨーグルト」「牛乳」「ペットボトル水」「ビデオテープ」「紙おむつ」がないですが、「買い占め」というよりは容器の石油原料が足りないのと「計画停電」のせいです。教育の遅れも深刻です。震災孤児は阪神淡路大震災の64人を上回る150人以上だそうですね。政府は農作物・コメの作付け制限を実施、「原発事故での放射能汚染には賠償金を払う」と決めました。東京電力は当分の間「計画停電」を実施しない予定です。福島第一原子力発電所事故が長期戦となるとして20キロ圏の住民の一時帰宅在を政府が認めました。海水の放射性ヨウ素の濃度が通常の14万倍で、震災転校は1万1000人、一時補正4兆円、支援額1兆円だそうです。日米軍による「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」が終了しました。これから2、3ヶ月はボランティアさんが大勢きて「瓦礫の撤去」「掃除」「遺体捜索」「ペットの世話」などマンパワーが必要だが1年、3年となってくると「心のケア」「生活相談」「うつ病」「不眠」「PTSD」「猛暑」など精神科医や主婦やケア・マネージャー、ボランティア・コーディネーターが必要になる。ちなみにですが「4号機はメルトダウンしてないの?」は、4号機は地震津波時に休炉中で炉心に燃料棒そのものがない為、(使用済み核燃料棒以外では)危険が少ないということです。メルトダウンでプルトニウムや放射性ヨウ素・放射線セシウムが検知されたということは、「炉心の下」か「配管」か「サプレッション・プール」かにヒビがはいっていて漏れ出しているのですね。今、「集中環境室」に低濃度放射能汚染水が溜まっていて、高濃度放射能汚染水を入れたい為に海に仕方なく放出したのです。「苦悩の内陸部避難」が始まりました。宮城南三陸町、岩手県・宮古市・山田町・大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市などの避難民が内陸部に「集団避難」しました。今、汚染水が直接海に流れている状態でした。ピット(電源ケーブル収納施設)に亀裂があり1000mSv/hの放射性ヨウ素が出ていました。一回コンクリートで固めて亀裂を埋めようとしたが失敗、高分子ポリマーという水をジェル状にするものを注入し、その後コンクリートを注入しましたが失敗。2011年4月6日早朝、2号機のピット(立て杭)から海に漏れていた高濃度放射能汚染水が、水ガラスという物質を注入したことにより海への流出が止まりました。これは一端の朗報です。 「大規模停電」を防ぐ為の「計画停電」は愚策である。しかも「計画停電」は栃木や埼玉、静岡という「田舎」ばかり…。「節電」というなら何故「東京26区」はダメなのだ?品川区や新宿区一回「計画停電」で神奈川県全体分ではないか。ならどうすればいいかをこの「プランナー」で「ストラテジスト(戦略家)」のフリージャーナリスト・緑川鷲羽(わしゅう)さんが献策する。まずは①「サマータイム導入」②「夏の高校野球・甲子園の延期(夏ではクーラーとテレビ齧りつきで電力の無駄)」③「電気の無駄使いに罰金(許容量の30%や50%なら無駄使いする度に罰金が重くなる)」④10年間限定で復興財源に消費税2%増税(40兆円)する。⑤地方分権化(道州制)。戦略とは顧客(国民)第一主義でなければならない。なんとか総研とか○○大学教授だの集めるだけ無駄。知恵や策略とはそんな学歴エリートには考えられないものなのだ。が、とうとう策がなくなって低レベルの放射線汚染水を海に「緊急避難で」放出しました。大事なのはメルトダウン(炉心熔解)が1号機2号機3号機ではすでに起こっていて、4号機の使用済み核燃料棒も危険だということ。メルトダウンしたからこそ原発付近で通常の3000倍や4000倍の放射能や「プルトニウム」がトレンチやピット(立て杭)から検出されているのです。1日に600tも冷却の為に放水すれば「満杯」になるのは道理。後、4、5年は放水をやり続けなければならない。10年後くらいで落ち着いたら燃料棒を搬出し、コンクリート漬けにするしかない。チェルノブイリ事故のときのような「直ちにコンクリート漬け」は「YES」といいがたい。コンクリートは熱に弱く、チェルノブイリ原発のいわゆる「石棺」はヒビがはいって放射能漏れが起きている。「コンクリート漬け」は10年後だ。原発付近は漁業権が放棄されている為、魚介類で「被曝」する訳ではありません。政府・民主党は東日本大震災の復興のために「復興構想会議」を設置して有識者を集めて「復興戦略」を考える予定であるといいます。また震災では内定取り消しが数百人、失業も何万人規模になりました。東電は1号機から4号機まで「廃炉」にすると発表しましたね。今は「合成樹脂」を瓦礫などに蒔いて「放射性物質」の飛散を止めようと足掻いています。「冷却水システム」は稼働確認され「電源」はいれました。仏の放水ロボット「タロン」も搭載するようです。基本的には「メガフロート」という「放射性物質汚染水貯蔵庫」に汚染水を移動させる予定であるそうです。なお海水ではなく今度は「淡水」を替りに注入しています。これは海水だと塩害があり、塩分が炉心の底にたまる為の処置です。だが「風評被害」が酷くなっています。福島第一原子力発電所から遥かに離れた九州や山口県の部品メーカーや繊維メーカーが「輸出先の外国企業」から「放射能に汚染されていないか証明書を下さい」などといわれているそうです。「日本の食料危ない」など明らかな「風評被害」が出ています。これにたいして説明責任がある「政府・民主党」ですがデマをとめる術を知りません。ちなみに福島第一原子力発電所の1号機(1971年3月26日)、2号機(1974年7月18日)、3号機(1976年3月14日)、4号機(1978年10月24日)、5号機(1978年4月18日)、6号機(1979年10月24日)という完成日です。でも古いから「安全じゃない」訳ではありません。1号機はGE製です。2号機からは「日本人」が一生懸命「真似して」作りました。部品交換やモデルチェンジしているので古いから事故…という因果関係ではありません。制御棒はきちんと入った為に核分裂・爆発にはなりません。だが燃料棒の「崩壊熱」で炉心が溶けてメルトダウンしたようです。なお「水素爆発」とは、炉心の燃料棒の冷却水が少なくなって燃料棒が露出して、化学反応を起し大量の水素が発生した。水素は空気より軽い為に建家の屋上にたまり引火して「水素爆発」したのです。「核爆発」ではありません。ですが福島第一原子力発電所の自主退避のエリアには「寝たきり老人」や「牛や鶏を飼っている酪農家」もいます。被害の「賠償金額」は物凄いことになりそうですね。「プルトニウム漏れ」はプルサーマル(プルトニウム・サーマルリアクター(プルトニウム軽水炉(ただの水の炉)和製英語))の3号機からでしょうと思います。プルサーマルとは「原子力発電」で「ウラン」や「プルトニウム」がでてその「プルトニウム」を再利用する原子炉です。ですが青森県六ヶ所村に処分する核燃料棒を集めることにはなっていますが、「最終処理場」はきまっていません。大前先生は「ロシアと仲良くなってシベリアやツンドラ地帯に燃料棒を埋葬するのがいい」といいますが違います。あの一帯の地下には「有毒ガス」が眠っていて掘れば「有毒ガス」が世界中に風で飛散してしまいます。なおプルサーマルの為の燃料は「MOX燃料」というものですが日本には処理後のプルトニウムを「MOX燃料」にする施設がありません。だから自衛隊の護衛をつけ、テロリストに「核爆弾の材料・プルトニウム」を盗まれないように、再処理施設のある仏のAREVAの工場まで運んだのでした。そのニュースを覚えていますか?今回の福島第一原子力発電所事故と「チェルノブイリ事故」の違いは「核爆発」と「メルトダウン」の違いです。水や食料が「摂取制限」「出荷制限」ときくと過剰反応してしまっては敵の思う壺です。もっと冷静になってください。また「SPEEDIって何ですか?」ですが「System Prediction of Einvriroental Emergency Dose Information.」(緊急時迅速放射能影響予想)というものです。風向きや温度、大気、気象、陸地や海面の起伏などを計算して放射能影響を地図上でグラフ化するシステムです。なお「原子力安全保安院」は経済産業省管轄の役人ですが、「原子力委員会」は「保安委員」を監視する有識者の団体です。2011年3月29日に海水から通常の3355倍の放射性ヨウ素が検出されたそうです。だが、1号機から6号機までのコントロール室などの照明が灯りました。実は日本の土壌にもウランが通常あります。東西冷戦下にアメリカや旧・ソ連が空気中、大気圏中で(今は地下で)核実験をしたからなんですね。だが、プルトニウムというのは重くて飛散しずらいので「放射性ヨウ素」や「セシウム」のように悪戯に恐れる必要はありません。ちなみに日本の電力の割合ですが、火力発電が60%、原子力発電が30%、水力が10%くらいです。水力発電所はもう日本中にダムをすべて造ってしまったので頭打ちです。火力発電はオイルショックなどがあったために原子力発電がいい、と始められたためです。放射線は細胞やDNAを傷つける為に恐れられています。が、大人や老人には免疫もあり、むしろ子供や赤ん坊の甲状腺(成長ホルモンや新陳代謝を司る喉のところ)がダメージを受けるといわれています。もちろんかなりの放射性ヨウ素をあびた場合は…ということですが。放射線は宇宙からも、大地からも、食料からも、大気からも出ています。世界平均放射線比率は2.4mSv(日本は1.24mSv)です。「暫定摂取制限」とは原子力安全保安院が決めていた摂取制限を、暫定的に政府が決めました。食べ物で(2000ベクレル/kg=0.049mSv/kg)、水で(大人(300ベクレル/kg=0.0007mSv)乳児で(100ベクレル/kg=0.002mSv))まで安全です。年間では50mSv(ミリシーベルト・日本は33.3mSv)まで安全。水で洗い流すだけで放射性ヨウ素は「半減」します。が、水を沸騰させては駄目です。放射性ヨウ素は「細菌」ではありません。沸騰すれば濃度が増して危険です。妊婦やおっぱいは安全です。「計画停電」ですが来年(2012年)夏くらいまで続きそうですね。ちなみに東京ドームの一回分のナイター戦で6000Kw(6000万世帯分) です。被災地に陸海空自衛隊10万人が派遣されていますが、キャンプをはって寝泊まりしています。自衛隊というのは「食料」「トイレ」「お風呂」など「自己完結」でできるから便利な軍隊なんです。在日アメリカ軍も「ともだち作戦(オペレーション・トモダチ)」で頑張ってました。仏からの専門家チームもありがたかったです。何故仏は原発に詳しいのか?は仏は世界一の「原発大国」だからです。原発59基、電力割合77%です。ちなみに日本の電力会社は「北海道電力」「東北電力」「東京電力」「北陸電力」「中部電力」「四国電力」「関西電力」「九州電力」「沖縄電力」があり、他に制御電力事業会社として「J-POWER」「日本原子力発電株式会社」などがあります。世界では仏EDF(4004wh)、ドイツEON(3454wh)仏ENEL(2877wh)日本・東京電力(2602wh)、米国エクセロン(1731wh)という順位になります。今回の東日本大震災の被害額は25兆円といわれています。阪神淡路大震災は10兆円でした。88年前の関東大震災は死者10万人で復興院の長官は歴史上の人物・後藤新平がなり、110兆円、遷都しない、耐震化などものの見事に決めていき首都は復興したのです。平成の後藤新平よ、いでよ!というところですが五百旗頭(いおきべ)真さんが「復興委員会会長」になりました。日本赤十字(1887年創設、トップ皇后陛下)には1160億円以上もの義援金が寄せられたそうです(経済界からはソフトバンクの孫正義氏が6300億円の自己資産から100億円の義援金。石川遼プロは今季(2011年)賞金全額寄付)。まだまだ日本人も捨てた物じゃあありません。仮設住宅建設も急ピッチで建てられていますが、コミュニティーごとで移動ということになりそうです。なぜなら1995年の阪神淡路大震災のときは「抽選方式」にしたため隣は見知らぬ他人で「老人の孤独死」などあったからです。地震保険(上限5000万円)は火災保険のオプションです。地震保険だけにはいることは出来ません。東北には472社の部品メーカーがありますが、大震災で「部品」がつくれなくなり「日本経済」が大打撃です。しかしテレビは「行政を動かす」「人命を救う」「支援を広げる」効果はあったと思います。民主党政権は「復興財源」として4000億円の赤字国債を発行するというが、あまりおすすめできません。これ以上借金が増えれば「日本国債」が暴落するからです。あと「過剰反応」にも罰則ですね。水道水にたった210ベクレルが…でペットボトル水を過剰反応で買い占める。それは1年間飲み続けてもレントゲン一回分でしかない。「専門家」ももっとちゃんと「説明」しないと「日本復興」は道さえなくなる。まずは「冷静な行動」をしてください。それにしても何故「政府・民主党」が「メルトダウンはしていない」と何故嘘の報道をしたのか?私には理解できません。まるで「大本営発表」です。嘘はすぐばれます。今回の2011年3月11日の「東北関東大震災」では未曾有の大災害で、死者・行方不明者2万9000人避難民12万人、福島第一原子力発電所の1号機から4号機まで大変な状態になりました。1号機と3号機では一時燃料棒内の冷却水が不足して、水素が建家にたまり「水素爆発」しました。これにより、1号機3号機の建物が爆破、2号機の圧力抑制室(サプレッション・プール)では一部破損炎上(鎮火しました)「電源復旧」を目指しています。3号機4号機に放水、1号機4号機2号機の通電を確認(中央制御室の照明など)しました。3号機5号機6号機も照明点灯。汚染たまり水が1000mSvという値です。だが、病院・避難所で死者が相次いでいます。福島第一原子力発電所付近の海水からは「放射性ヨウ素131,134,137」が検出されましたね。だが、人体に影響のないレベルです。この前210Bq(ベクレル)であった葛飾区の東京都の水道水の放射性ヨウ素131は2011年3月24日76Bqまで減り、東京都は「摂取制限」を解除しました。あまり「過剰反応」をし過ぎると「限度」がなくなりますよ。また3号機の地下室で作業中であった3人の作業員が被曝してそのうち2人が病院に搬送されたそうです。3号機のタービン建家地下室にたまっていた30cmの水に足をとられ、170から180mSv(ミリ・シーベルト)被曝したという。当然、作業員は放射能防護服だった。が、長靴とズボンの隙間から放射性水がはいり、知らぬ間に被曝したようです。「β線熱傷(火傷と同じ病状)」だそうです。だが、2011年3月28日3人は退院です。発電所を地下にしたのは愚ですね。雨水海水ですぐ駄目になる。ここで原子力保安院が「福島第一原子力発電所事故の「危機レベル」は7」といい世界中で納得です。何故ならスリーマイル島原発事故のレベル6より酷い状態であるからです。1時間あたりの放射性が1号機6万μSv、2号機100万μSv、3号機が75万μSv、4号機が500万μSvで、3号機建家の地下水から放射性ヨウ素134が69億ベクレル(Bq)、放射性ヨウ素131が13000万μSvです。一時39京ベクレルまでいったそうです。69億ベクレル(2011年3月27日深夜「検知されていない。誤りでありました」と原子力安全保安院(経産省管轄役人)が訂正しました。)など通常ならありえないことで、放射能炉心の一部が破損して漏れてる可能性が高いそうです。が、「原発の現場」でです。「過剰反応」はやめて下さい。
また1号機2号機3号機のタービン建家のトレンチ(配菅構)に放射能に汚染された水が発見されました。1号機が0.4mSv1h、2号機が1000mSv1h、3号機は?です。また原発事故では0.54ベクレルのプルトニウム(238,239,240)が検出されたそうです。「早くコンクリートで固めろ」というのは時期早々で5年から10年後ならいいでしょう。燃料棒はどちらにしても取り除く必要があり、地下800mから1000mに永久埋葬することだ。今回の福島第一原子力発電所の事故の反省を刈谷原発などに活かす必要があり、いいますが「原発に「絶対安全」」などない。もんじゅのような高速増殖炉はやめたらいい。放水車にしても5気圧以上必要です。売れなくなる東芝・日立・三菱の原発産業はGE、WH、AREGVAの傘下にはいること。被曝死亡者に国は9000万円だすそうだが米軍のアフガン戦争戦死者でも380万円です。被災地域減免(所得税・法人税・相続税・固定資産税・登録所得税の減免)です。津波で漁船2500隻が破壊、水没地区1万ヘクタール、ガソリンは1リットル150円台まで高騰しました。

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高速道路老朽化 インフラ老朽化にはコンパクト・シティ(集合街)構想を

2012年12月09日 09時38分31秒 | 日記
高速道路Wikipedia

第二次ベビーブーマ世代、高度経済成長期に一斉にいきおいで「高速道路」や「高速トンネル」や「空港」「高架橋」「線路」建設…こうしたインフラが2012年の現在「老朽化」の問題であるという。確かに私が生まれた1970年から42年で橋もトンネルも老朽化しているな、とは思っていた。地元の橋もこの前工事していたなあ。ニュースでトンネルの事故を観ました。でもけして他人事ではなく、首都高だって老朽化の不安がある筈。今度の選挙では、原発ゼロだの現実離れしたことをいう候補者が多いが、私はこうした老朽化にも取り組み(当然デフレ円高や原発エネルギー少子高齢化女性問題にも取り組み)国難ともいえるこの時代をリードしてくれる政党・候補者に投票しようと思う。今の時代「ニューディール政策」みたいなハコもの建設よりインフラ補強を優先するのが重要であると思うのだ。そういう政党が「本物」の政党である。綺麗事ばかりの政治家はいらぬ。ちなみにインフラとはインフラストラクチャー(社会基盤)の訳語。生活を支える施設だ。高速道路は昭和48年代で1000km、昭和64年代4000km、平成3年代87000kmです。高速道路要補修69か所、鉄道80年以上80%、下水道補修年5300か所、インフラの維持費は40年プランで570兆円(国の予算年94兆円)*お金がなくてインフラのメンテナンスが出来ない。人口も2012年で1億2700万人だが、2050年には9500万人になるという。国民ひとりひとりが橋や道路やトンネルの老朽化を発見し、補強していく。あとはコンパクト・シティ(集合街)構想しかない。国土交通省は新函館→札幌3区間の「北海道新幹線」「北陸新幹線」「鹿児島までの九州新幹線延伸」を3兆円で着工するそうです。私は効果や採算の面で反対なのですが、大前先生は「東海道新幹線が大地震などで使えなくなった場合のバックアップとして(北陸新幹線は)必要だ。3兆円は高くない。モラトリアム法では79兆円の税金が中小零細企業にばら撒かれた。それに比べれば線路は100年後200年後まで残る。我々の国が鉄道王国なのも明治の人が整備列車線路をひいて未来へのインフラを作ってくれたからだよ」と言います。まあ、なるほどな、とは思う。北海道と九州・四国新幹線は採算があう訳もなく、山形・秋田・長野・新幹線みたいに「赤字体質」から抜けられないだろうが。まあ、もしもの時のバックアップといわれれば、そうかなあ、とも思う。最近50年間開発中だった日本のリニアモーターカー(マグレブmugnetic levitetion)が東京品川から大阪間で2014年着工、2045年完成で計画案が実現しました。最高時速581km/hです。こういうと「上海でリニアもう走ってるよ」というひとがいるかも知れない。上海トランスラピット(最高時速430km/h)はドイツ製でのものですね?その通りですが、上海のリニアは1cmしか浮きません。が、日本のリニアは10cm浮きます。しかも地下40mを走る予定です。電気磁石の反発と引っ張りで浮き動きます。途中で電気が切れたら車輪が臨時にでますし、10cmも浮くので地震に強い訳です。国土交通省はリニアについて「直線ルートが妥当」と審議会で最新答申を可決しましたね。2010年12月4日、東北新幹線全線開通(東京⇔青森81.8キロ)しました。これは39年ぶりの悲願だったそうです。2015年には青森⇔函館までいくそうです。2010年11月6日、前原元国交大臣の後任の馬渕国交大臣は「八ッ場ダム中止計画」の事実上の撤回発言をしました。まあ、ゼネコンや官僚に負けた訳です。「高速道路無料化」にたいしてのWikipediaです。高速道路一部無料化の実験が2010年6月28日から実施です。与党は「高速道路無料化」を断念しました。民主党の道路政策でコメントをいただきました。まあ、そう硬くならないでこの項目を参考にしてください。高速道路新料金6月断念です。まずは道路会社(旧・道路公団)の借金は31兆円です。と言っておきます。あと、高速道路民営化の問題点についてトピックを紹介します。そもそも民営化の卸下問が正しいのか?(20年経過したら無料にするという約束だったが永久に…違法行為です)道路関連予算と料金収入を分ける大義名分がない。(道路公団は有料と無料の道路を用意すべきでありなければ重複投資が発生する)民営化したら所有権が移る。権限は?現在の負債は誰がいつ負担するのか?経営に失敗した道路公団を民営化の母体とすべき理由は?国民負担は国民に問うべきではないか?民主党政権は高速道路無料化で道路の通行料金で返済していた分は税金で補填するそうです。が、高速道路無料化は高速道路を使っていない方も税金でとられるということです。が、高速道路無料化ということは物流コストが下がり商品価格が下がり、充分ペイするという。高速道路の新料金が決まりました。(本州四国高速道路を除いて((フェリー会社の延命のため))高速道路料金は軽自動車で1000円、普通自動車2000円、トラック5000円。エコカー1000円。首都圏高速は普通自動車が500円から900円、大型で1000円から1800円です。値上がりの分の1・3兆円を無駄な公共事業(東京外環道、4車線化、IC拡大)高速道路は実質「値上」でした。が、小沢がまた文句をいって「7月の参議院選挙で値上だと勝てない」とまた朝令暮改のように「見直し」だという。馬鹿馬鹿しい。まじめに解説する気にもならない。しかも前原氏(国土交通大臣)がつっぱねると「見直しなし」だという。なんという頭の弱い内閣です。また環境問題は「高速道路無料化するとCO2が増える」というのがあります。が、確かに一時的には増えるけどずっと高速道路無料化なら必ず減っていくのは明らかでしょうか。それは専門家も認めています。またそもそも高速道路は本当はすぐに無料化する筈だったんです。1956年にさかのぼるけど名神高速道路東名高速道路の高速道路をつくるときに日本はまだ貧しかったから世界銀行から金を借りたんです。で、高速道路を造ったんです。その当時日本はまだ貧しかったから車も少なかった訳です。だから通行料金をとって世界銀行へ返済すればいい。そう考えた。(1990年に返済終了)が、田中角栄が出てきてかわりました。「料金プール制度」などと言って地方で高速道路を造り始めます。田中角栄は地元新潟県と東京の間に高速道路を造りました。またいろいろな地方が高速道路を造り始めます。それで旧・道路公団の借金が31兆円になった訳です。確かに最初は世界銀行から借りました。が、今は日本
は世界銀行に金を貸している状態です。では道路公団はどこから金を借りていたのでしょうか?それは2001年までは国民でした。皆さんは財政投融資というのをご存知ですか?つまり財政投融資とは郵便貯金と簡易保険のことだったんです。その額は340兆円です。それが郵政民営化までは地方の高速道路工事に使われていたんです。だが、道路公団も民営化されました。今は旧・道路公団は銀行から金を借りて道路を造っています。日本高速道路保有機構が6分社化されてそれぞれ日本道路会社、首都高速道路会社、西日本高速道路会社、中日本高速道路会社、東日本高速道路会社、阪神高速道路会社です。だが、借金は31兆円です。が、何の無駄な高速道路を造らなければ2020年で返済終了します。が、道路は政治家の利権です。仕組みをかえて高速道路を造り過ぎない政策が必要ですね。せっかく民主党政権になったのだから「無駄な高速道路は造りません」ということをポリシーにするべきだ。せっかく民主党政権になったのだからです。また自民党議員みた
いに道路利権にしがみつくなら民主党政権もおわりです。頑張ってください。
また財源ですがアイデアがあります。まずは実は13兆円もある道路財源なら17%(2,2兆円)削減することは可能です。それに道路建設費用・維持管理費用に当てる。更に31兆円の借金返済の為には新たに「車両プレート負担税」を導入する。これで、31兆円の借金返済に当てる。「車両プレート負担税」は自家用車なら年3万円、貨物なら年20万円です。あまり車を使わない人ならETCで料金収入を分ければいいのです。解決策はあります。財源ならこれです。


裁判員制度

 マスメディアの影響化が進むということは、ひとつのデバイスに収納出来る要素が増えるが透明化が進捗していくということです。透明化されたメディアの中に、どうやって一貫性や共通項を持たせるのかだと思います。どこまでの自由と制約を義務付けるのが適切なのか?どこまでの許容範囲で情報の透明化とマスメディアの報道の一貫性や共通するか。自由裁量が過大なら、定義の意義さえも希薄化していきます。
多様化が進む社会において、ある条件に基づいた情報で、突発的にストーカー犯罪が誘発される。今後もメディアに適用できる最大公約数的な情報の有効性は、質量ともに減少し続けるでしょう。 メディア就中警察機関は情報の透明化と希薄化がストーカー事件を誘発し続ける真実の声に傾聴するべきです。現実的思考から遁走しては零点です。現実感と真摯さがメディアの命ということですね。2012年の神奈川逗子市のストーカー殺人事件で話題となっている「ストーカー事件」ですが2012年の相談件数だけで13000件といいます。「ストーカー規制法案」は2000年11月24日に法制化されたのですが、定義が「恋愛感情、好意感情、それらが満たされない恨みの感情を充足する目的のつきまとい」です。一般的にメールを何千件送ってくるとか、電話を頻繁にかけてくるとかぬいぐるみや花束を贈ってくる…などです。違反項目は8つで、(1)つきまといなど(2)無言連続電話/FAX(3)監視を知らせる(4)汚物などの郵送(5)面会・交際の強要(6)名誉を傷つける(7)乱暴な言動(8)性的羞恥心を害する、です。該当しても日本の警察は甘いから2、3回くらいでは動いてくれない。動いても(1)パトロール(2)防犯器具の貸し出し(3)警告→禁止命令です。年間1万件のうち警告→禁止命令(被害者にあうな、半径何m以内に等)は1%しかない。桶川ストーカー殺人事件や逗子市のストーカー殺人事件などで「正当な理由もなくつきまとったらストーカー」と定義して欲しい。一番いいのは英国の「嫌がらせ規制法」の導入である。条項として「他人を悩ます、不幸を引き起こす」「暴力の恐怖を与える行為」はすべてストーカー犯罪として、最低5年の禁固刑(日本は2012年現在は最高1年の禁固刑)だ。よくできた「DV規制法」にストーカー犯罪も入れて欲しい。
「冤罪(えんざい)」はTVでの他人事ではない。PC遠隔操作で4人が誤認逮捕(冤罪)も話題になった。痴漢の冤罪も映画になった。例えば近所に放火火災があってもし自分が灯油入りのポリタンクをもって逃げる映像を防犯カメラが撮っていたら?「任意同行」で取調室でバンバンやられたら「やってない」といえるだろうか?話も聞いてもらえず、家にも帰れず、誘導尋問「いったら楽になるぞ」でやってもいないのにやったというかも知れない。拘留期間は最長20日間だから一度でも「楽になりたい」と「やった」と証言すれば逮捕送検、検察でも供述調書がとられ、裁判になる(有罪率99.4%)。ほとんど冤罪でもマイナリさんや厚労省の村木厚子さんみたいになる。どこかで「非常停止装置」のような機関があればいいが日本にはない。例えば痴漢に間違われたら(冤罪でも)ほとんどのひとは犯人である。任意同行は、法律上は断ってもいいことになってるが、断る事はほぼ不可能である。日本の目撃情報も怪しい。普通の国なら5、6人の似た人(ボランティア)の中から「あのひとです」と選べるが、日本は取調室の容疑者をマジックミラー越しに見て「あのひとです」というが怪しいものだ。人間の記憶は元々あいまいなのに時間がたって数秒見ただけの人物の顔や体型や着衣などわかる筈もない。そもそも何故死刑は2人殺さないと死刑にならないのか?(死刑廃止論は除外して)マイナリさんのような冤罪も怖いが酒鬼薔薇聖斗や山口母子殺人犯・元少年(本名を知ってるが記述しない)のようなのは、「少年であってもひとを殺せば死刑に」しないとこの国はどうしようもない国になる。この国は被害者より加害者に甘い。強姦にしても告発制度で、被害女性が被害届を出さない限り逮捕できない。これでは「泣き寝入りの女性被害者」ばかりになる。女性の告発ひとつで…というのも冤罪も怖い。痴漢の冤罪も「映画」になったほどだ。 だが、この国の犯罪の冤罪率はあまり高くない。マイナリさんみたいな冤罪や、映画になった痴漢の冤罪も少ない。冤罪か冤罪ではないか?は裁判官にまかせてはどうか?
神奈川県で、2012年11月6日、元教員の小堤英統(こずつみひでと・40)容疑者がかつて交際していた三好梨絵(りえ・33)さんを殺害し自殺した事件でメールを1000件、付きまといなどを繰り返していた事実がわかった。ストーカー規制法の限界である。実際こういう事件は増えており、殺害に至らなくてもストーカー事象は増加の一方であるという。東電社員殺害事件で犯人とされていた再審裁判でゴビンダ・プラサド・マイナリさん(46)が「無罪」であり、控訴審裁判後、裁判官らが正式に謝罪した。「山口県光市母子殺害事件」で死刑が確定した元・少年(31・福田孝行)が広島地裁に再審請求をしているのがわかった。どこまでも反省がない。「おい小池!」の指名手配写真でしられる殺人罪の小池俊一容疑者(偽名・小笠原準一)が、病死していたことがわかった。10年前から同居していた女性(67)は「偽名とは知っていたが小池容疑者とは知らなかった」と証言している。警察は容疑者死亡のまま書類送検するとしている。「秋葉原17人殺傷事件(2008年)」で裁判になっている加藤智大被告(ともひろ、29)が2審でも死刑が確定した。加藤智大被告は悪魔のようなへたれであり、死刑にしなければ道理が立たない。確実に死刑にするしかない。AIJ投資顧問(東京都中央区)による企業年金消失問題で、厚生年金基金などから資金約70億円を運用せずだまし取ったとして警視庁捜査2課は浅川和彦・同社社長ら4人を逮捕した。2012年6月15日、オウム真理教元信者で「地下鉄サリン実行犯等」の指名手配中の高橋克也被告(54)が、東京大田区の漫画喫茶で逮捕された。オウム手配犯では最後の手配犯であった。だが、真相など解明されないだろう。現在「仮病」をつかっている麻原彰晃(本名・松本智津夫)しか「本当の真相」などわからない。2012年6月10日、大阪ミナミで通り魔事件がありました。2人刺殺した容疑者は礒飛(いそひ)京三容疑者(36)で、被害者は東京都久留米市の音楽イベント・プロデューサの南野信吾さん(42)と大阪中央区の佐々木トシさん(66)です。犯人は自殺しようとしたが死にきれず、人を殺せば死刑になると思った、という。とんでもない馬鹿野郎ですね。2012年4月23日午前7時55分、京都府亀岡市篠町篠上北裏(しのちょうしのかみきたうら)の府道で、無免許運転で18歳の無職の少年(居眠り?)の乗用車が集団登校中の集団に突っ込んだ。この事件で松村幸姫(ゆきひ)さん(26)とお腹の胎児と小谷(おだに)真緒さん(7)が死亡、他3人が重体、3人が重傷、3人が軽傷となった。犯人の親は「一生をかけて償うしかない」というが…。無免許で一晩中友達乗せてドライブしていたというし…。死んだ人間は生き返らないからね。だからこの被告少年(18)は悪質だとして少年院裁判所は逆送、少年は成人同等の裁判を受けることになった。死刑だといいよね。1997年3月19日東京都渋谷区のアパートの空家で、東京電力会社員の女性(当時・39)が殺害され遺体でみつかった事件で隣のアパートに住むネパール人被告が冤罪で逮捕された事の続報です。遺体の体内にあった精液とネパール人ゴンビダ・プラサド・マイナリさん(45)のDNAが違うということがわかり釈放されました。しかし、15年間も冤罪で刑務所にぶち込まれていた訳です。今後、こういうことがないようにしてほしい。また名張毒ぶどう酒事件(1961年)の奥西死刑囚の再審が認められませんでした。また横浜地裁は建設石綿(アスベスト)損害賠償を棄却です。神奈川県の元作業員と遺族87人が国と建設会社44社を訴えたのですが、残念な結果でした。2012年5月21日18時頃、渋谷地下鉄駅で男がエスカレーターで男性被害者(53)の右腹と右耳をナイフで刺し逃走中でしたが逮捕されました。渡辺和宏被告(32)が逮捕です。「(被害者と)肩がぶつかり頭にきてサバイバル・ナイフで刺した」という。また千葉県の15歳のガキ(男子)が自分の祖母を殺して逮捕されましたね。裁判員裁判更新から3年、裁判員裁判で殺人事件に裁判員が関与するのを64%が肯定、性犯罪を外すは男性13%女性24%賛成、ストレスは女性で51%だといいます。(毎日新聞2012年5月18日記事)性犯罪が厳罰化の傾向です。殺人未遂やわいせつ致傷などといった量刑拡大です。まあ強姦とか痴漢とか盗撮とか「明らかな犯罪」「女性の敵」ですね。さすがに死刑まではいかないけど、まあ女性の敵です。2012年4月29日午前に高速バスが衝突事故を起こし7人死亡、32人重体、36人が怪我です。群馬県の関越道で「陸援隊」が運営する針生エキスプレスの高速ツアーバス(TDL行き)の運転手が居眠り運転をして事故を起こしたそうです。日弁連新会長に山岸憲司氏(元・日弁連事務総長・64)が宇都宮健児氏(65)を破り、初当選ですね。おめでとうございます。2012年4月25日元夫の白田(はくた)正男(47)が元妻の優子さん(32)を刺殺し自殺した。これは遺憾な事件ですが、またもDV・ストーカーでの被害者です。警察のストーカー法案と行動は「ザル法」です。警察は事件が起きないと行動しない。まあ、「お役所仕事」ですから。2012年4月13日、木嶋佳苗被告(37)の裁判員裁判(さいたま地裁・大熊一之裁判長)で、木嶋被告が3人殺害したとして死刑求刑です。殺害を否定し、殺害で得た大金で贅沢生活…と、更生の可能性皆無との判断です。被害者は東京都・寺田隆夫さん、千葉・安藤建三さん、東京・大出嘉之さん、らでいずれも睡眠薬で眠らされ練炭自殺にみせかけて木嶋被告に殺害されています。密室殺人なだけに直接証拠がなく、状況証拠を積み上げている状態です。木嶋被告は控訴しましたね。とんでもないデブスです。金の為に人殺しをしたデブスです。裁判員裁判は前奥中央に「裁判官3人」右左となりに裁判員3人ずつ向かって左に検察官、向かって右に弁護人、真中が被告人です。木嶋裁判では起訴10件、法廷36回(詐欺など)、証人60人でした。アメリカの陪審員制度では「全員一致が条件」だが日本の司法は「多数決」です。それでも「死刑」であったらしいです。木嶋裁判は最初アトランダムに249人に「呼び出し状」を送り、61人がきてアトランダムに6人の裁判員と補欠6人(法廷後ろで全部聞く。裁判員の補欠)が決まりました。裁判員を断るのには「重要な仕事がその日ある」「高齢者」「学生」「病気」「通院」「葬儀」「手術」「介護」「マスコミ関係者」「警察関係者」「弁護士」などで、被告と親しい人はもちろんダメ。民間の声を入れる為と称して3年間で2万6000人が裁判員になり、そのうち死刑判決は18件です。基本的には評議(裁判の公ではなく裁判官との密談)内容は一生秘密(守秘義務)ですね。ブログやマスコミや他人に言ってはダメ。裁判員は日当1万円ですがやりたくない。交通費や宿泊代(ビジネスホテル)、弁当もでるが嫌だ。まあ、私緑川鷲羽わしゅうは「うつ病」だから「赤紙」は来ないか。バンザーイ!とにかく他人に死刑求刑など嫌ですよね。2012年2月20日、山口県光市で本村さんの奥さん(弥生さん)と赤ん坊の友夏ちゃんを当時18歳の強姦魔の少年がわいせつ目的で殺害した事件の最終判決があった。事件から13年後の判決は「死刑」だ。まあ、妥当な判決だ。強姦魔の元・少年(30)は未だに反省も謝罪もないという。「死刑」になりたくなくて一時期「過失致死」を訴えていました。弥生さんに甘えたかった。友夏ちゃんを押入れの袋にいれたのは「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」という。確実に「死刑」にせねば気軽にシャバに出せばまた強姦殺しをする。毎日新聞などは1999年に発生した元・少年18歳(大月(旧姓・福田)孝行)の匿名を死刑が確定しても続けるという。本村洋さんの13年の苦悩などどうでもいい、とでもいうのか?というか元少年の「心の更生」などと偉ぶっているが偽善でしかない。大月はセックスをしたくて本村さんの家に配管工と称して押し入り、洋さんの妻・弥生さんを殺害後死姦、赤ん坊の夕夏ちゃんも殺した。「心の更生を期待する」だの笑わせる。大月は今も反省などしていない。「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」「オスはメスを求めメスはオスを求める、これ自然の摂理ね。被害者さんあれ調子のってまんなあ」…。どこが「心の厚生」につながるのか?ナチスや宅間守、酒鬼薔薇聖斗(東真一郎)と何が違うのか?その程度の話、でしかない。2011年11月16日最高裁で「裁判員裁判は憲法違反だ」という裁判に「裁判員裁判は憲法違反とまではいえない」と判決が下った。それでいいのか?私には理解できない。 2011年7月4日、千葉県地方裁判所で2007年イギリス人英会話教師(当時)リンゼイ・アン・ホーカーさんを強姦殺害の末長期逃亡していて逮捕された市橋達也被告の「裁判員裁判」で無期懲役求刑です。市橋達也被告は「強姦はしたが殺意はなかった」といい逃れです。これにはリンゼイさんの遺族も厳しい態度でした。2011年7月21日判決です。2011年6月17日羽賀研二(本名・当真美喜男)被告(49)に大阪地検が逆転の実刑判決です。懲役8年。未公開株を一株40万円のものを3倍の120万円(被害額3億7000万円)で会社社長に売って現金を詐取した犯行でです。自業自得ですね。2011年6月11日千葉県木更津市での女性遺体遺棄事件(被害者・千葉県女子大生・菊池果奈さん(19))で24歳の犯人(本田祐樹被告)が逮捕されました。遺体遺棄の際の指紋が決め手になったという。2011年6月8日児童8人が犠牲になった大阪教育大学附属池田小学校(大阪府池田市)の乱入事件(犯人はすでに死刑執行)から10年となり「追悼式」が開かれた。また2011年6月7日タレントの山口もえの夫(尾関茂雄被告(36))が風営法違反で逮捕されたという。東京港区西麻布の会員制高級クラブ「Birth NISHIAZABU」の営業を無許可でやっていた疑い。元・IT青年実業者だが、社長をクビになり金に困っての犯行のようだ。2011年5月12日東京都立川市の日月警備所に2人組の強盗が乱入、過去最高額6億400万円が強奪された事件で31歳の男(住所不定職業不詳の植木秀明容疑者)を逮捕、渡辺豊容疑者(41)も2011年6月2日逮捕です。この事件には10人以上の暴力団関係者が加担しているそうです。卒業式の君が代の斉唱時不起立を理由に東京都教諭の定年後の再雇用を拒否したのは「思想と良心の自由」を保障した憲法に違反する、と元都立高校教諭の申谷(さるや)雄二さん(64)が都に賠償を求めた裁判で、最高裁は「都が合憲」と判断し結審した。「思想の自由」など知った事ではないとでもいうのか?理解に苦しみます。また茨城県利根町布川(ふかわ)で67年、大工の男性(当時62歳)が殺害された事件で無期懲役が確定していた仮保釈中の桜井昌司さん(64)と杉山卓男(たかお)さん(64)に水戸地検は無罪を求刑した。いわゆる「布川事件」で冤罪が晴れた訳だ。しかし、桜井さん杉山さんの失った時間は戻ってこない。2011年5月23日岡山市で16歳長女を縛り死なせたとして37歳の母親が、虐待致死の疑いで逮捕された。岡山市北区北方2の6の無職・清原陽子容疑者(37)は、長女で知的障害を持つ高等支援学校に通う長女(16)を裸にして手足を縄で縛り風呂に監禁。長女は体重27Kgで餓死したという。容疑者は「しつけ」といい、その後黙秘している。舞鶴少女殺害の被告に無期懲役判決です。京都府舞鶴市で2008年、府立高校一年生の小杉美穂さん(当時15歳)が殺害された事件で殺人と強制わいせつ致死罪の罪に問われた中勝美(なかかつみ、62歳)に京都地検は無期懲役判決を下しました。殺人を犯しながら反省もせず「無罪」だのという。遺族にはやりきれない事だろう。2009年に起きた海上自衛隊あたご漁船衝突事故で、後潟桂太郎被告(38)と長岩友久被告(37)が横浜地検で無罪判決です。漁船側に回避義務があったといいます。よくわからないが無罪かどうかは意見は十人十色ですね。今年今月の鹿児島県指宿市の夫婦殺害事件で、自首した川下誠被告(47)が逮捕起訴されました。2011年4月12日検察の証拠資料改ざんしたいわゆる「検察事件・村木厚子さん冤罪事件」で前田恒彦被告(43)に懲役1年6ヶ月の実刑です。また磯谷利恵さん(当時31歳)が殺害された「名古屋闇サイト殺人事件」で死刑であった被告のひとりが「死刑」から「無期懲役」に減免です(他の2人は死刑)。これでは遺族がうかばれませんね。堀慶未被告(よしとも・35歳)が裁判が不服として上告、川岸健治被告(44)は上告なしです。鬼畜め!2009年「秋葉原連続通り魔事件(7人死亡10人負傷)」の犯人・加藤智大被告に死刑求刑です。加藤智大被告の「責任能力」を認めた訳です。平成6年(1994年)「連続リンチ殺害事件(4人虐殺)」で犯人で当時18歳から19歳の元・少年(小林正人死刑囚(36)、小森攘死刑囚(35)、芳我匡由死刑囚(35))に死刑求刑です。これはもちろん当たり前なんですが、何故ここまで時間がかかるのか?これは元・少年の鬼畜どもが何度も控訴、上告したからです。鬼畜の殺戮魔の小林、小森、芳我らは「未成年だったからまだひとの死の重さがわからなかった」と抜かしたとききます。こういう輩は早く「死刑執行」すべきですね。裁判には「三審制」というのがあります。「地方裁判所」で納得がいかなければ「控訴」して「高等裁判所」で裁判、それでも納得いかねば「上告」して「最高裁判所」まで裁判することができるのが「三審制」です。2010年12月10日、裁判員裁判では初の「死刑求刑からの無罪判決」でした。鹿児島の夫婦強殺事件で白浜政広被告(71)が無罪判決です。ですが、事件現場に指紋や皮膚DNAが残り、アリバイがない、「事件現場には一度も行ってない」が嘘、という「明らかな冤罪」とは言えません。いわゆる「疑わしきは被告の利益に」というグレー判決です。2010年11月19日、宮城県石巻市での被告少年(19)が3人殺傷した事件で裁判員裁判未成年初の「死刑求刑」がされました。2010年10月25日裁判員裁判初の「死刑求刑」がなされました。横浜市で殺害し、遺体をバラバラにし遺棄した鬼畜・池田容之(ひろゆき・32)被告が「死刑求刑」です。また類似事件は秋葉原の耳掻き店に勤める江尻美保さん(21)をストーカーして祖母の鈴木芳江さん(78)とともに殺害した事件で、林貢二(こうじ、42)被告に死刑求刑がなされました。裁判員裁判では初の「死刑求刑」ですが「無期懲役」でしたね。「無期懲役」が確定しました。2010年8月「死刑制度の再考を」と千葉景子法務大臣の意向で「死刑執行場」がマスコミに公開されました。世界200国で「死刑制度廃止」されているのですが、日本は存続するという。が、遺族からみたら「何で娘が殺されたのにあいつ(犯人)はのうのうと生きているんだ?!」という感情は当然だろう。それがひとの情というものだ。私だってそういう気持ちはよくわかる。だから敵を謀殺したのだ。それが人間というものなのだ。そんな「死刑制度」のウイッキペデアです。死刑制度があるのは米国(州によってない州も)日本や東アジア、中央アジア、中東、東アフリカです。トルコは死刑制度を廃止することを条件にEU加盟しました。物凄く死刑をしているのは中国と北朝鮮です。実は国連に「死刑廃止条約」というのがあるのですが、日本などや中国は認めていません。北朝鮮は独裁国家だからです。死刑廃止派は「冤罪だったら?」「生きて罪を償わせたら?」といい、死刑存続派は「遺族の気持ちは?」「命で償うべきでは?」といいます。現在107人の死刑囚が「拘置所」で24時間監視中です。刑務所ではないので作業などはありません。一般的に警察に捕まると「留置所」に入れられ法が決まるまで「拘置所(警察庁管轄)」に保留され、法が決まったら「刑務所(法務省管轄)」で作業など(禁固刑は作業なし)をして罪を償う訳です。法務大臣がサインすれば死刑執行されますが2001年から2009年まで7人しか執行されていません。ちなみに「無期懲役」とは10年から30年で刑務所から出されます。税金負担軽減の為ですが、なら「終身刑」にしたら?という意見がありますが介護費医療費など「終身刑(一生出られない)」の方が税金負担は大きいです。2004年5月裁判員法成立、2009年5月裁判員法施行、2009年8月に初の裁判員裁判が開始されました。何故一般のひとが裁判に参加することになったか?は日本の裁判は「お上が取り行う」ということでプロの裁判官が行っていました。しかし、1980年代から死刑囚の最審無罪、つまりえん罪が相次いで明らかになり、弁護士から「裁判官は検察官の主張を採用し過ぎる」との批判が強くなったからだそうです。最高裁や法務省は消極的でしたが、五年という異例の周知、準備期間を経て今年から始めました。日本には昔国民が裁判に関わったことがありました。戦前の1928年に国民だけで有罪・無罪を審査する陪審員制度が導入されて、484件審理されました。でも、国民の出した決論が裁判官を拘束しないシステムだった為に浸透せずに43年に停止されたそうです。なぜ「陪審員」でなく「裁判員」なのか?ですが、海外では事件ごとに国民が審理する陪審員制度と、審議制度があり、審議会はどちらを選ぶか激論になることがあり、松尾浩也東京大学名誉教授が参加する国民を「裁判員」と呼びましたそうです。事件ごとに裁判員6人と補欠3人裁判官3人で有罪無罪と量刑を決める日本独自案ができたそうです。最初の裁判員制度の事件は東京都内で近所トラブルで小島千枝さん(66、本名文春子)を藤井勝吉被告が刺殺した事件でありました。裁判員は女性5人に男性1人でした。裁判員は46人の中から選ばれました。裁判は裁判員がわかり易いようにコンピューターグラフィックやわかり易い言葉で行っていました。また死体の傷の写真にはさすがに目をそらしたり眉をひそめていたそうです。裁判員制度は私は反対します。なぜならプロではなくアマチュアが審理を行なうからです。プロの裁判官や弁護士なら冷静沈着に裁きが出来ます。が、ど素人は「感情論」になるに決まっています。例えば、山口県光市の母子殺害事件のような判例の場合、「被害者の本村さんのいう通りだ!」「犯人元・少年は強姦魔だ!」などとなるに決まっています。そもそもなぜ国民が参加する必要があるのか意味がわかりません。参加するにしても何故「凶悪事件だけ」なのでしょうか?もっと軽い万引きやひったくりでは何故駄目なのでしょうか分からないです。私は参加したくありません。国民の7割が参加したくありませんと言っています。意味がわかりません。何故「凶悪事件だけ」なんですか?もっと軽い万引きやひったくりでは駄目なのでしょうか分からないです。説明してください。またいわゆる「時効」が廃止されました。「逃げ得を許さない」それはそれでいいのですが、犯罪から30年や50年喪たつと供述やアリバイ、証拠も散在しますし、「30年前の5月4日の午後何をしていた?」などときかれてもアインシュタインでも答えられない。足利事件のような冤罪をどう防ぐのかが課題です。今回は官僚の「天下り」についてです。天下りは有名でしょうが、本当に知っているひとは少ないです。民主党政権は天下り早期退職を禁止にする方針です。が、公務員を65歳まで勤務させていくとやはり無断な仕事をまた造る可能性はありますね。公務員の2割カットにしても(私は個人的には3割カットボーナスカットするべきだと思う)官僚や役人が反発するに決まっています。公務員は低給料ですが「天下り」で何十億円くらい(税金を)貰う訳です。八ツ場(やんば)ダムにしても50年間で3600億円使ったらしいけど何千人の官僚が「甘い汁」を吸ったことでしょうか。すべては「天下り」が原因な訳です。官僚に「65歳定年」を聞くと「いらない老人事務次官が永くいすわって人事が沈滞する」と答えます。公務員も民間企業のように「抜擢」や「降格」「外からも人材抜擢」をするべきです。でも公務員改革は明治以来の「公務員給料法」をかえないと無理です。あのマッカーサーでさえかえられなかった法律
です。民主党は出来るでしょうか?みんなの党は「内閣人事局」を提案しています。霞が関幕府を倒せるか?官僚の新人はまだ「改革意識」があるそうですが…。「身分」から「職業」へです。まあ、頑張ってください。
 
          教育の失敗、ノブレス・オブリージュ
 
 「エリエール」で知られる大王製紙の前会長で創業者の孫の井川意高(いかわもとたか)容疑者(47)がグループ企業から100億円横領して刑事告訴された。全部ギャンブルで遣い果たしたという。とんでもない「バカボン」です。もう少しノブレスオブリージュや社会道徳が欲しかった。だが、そんな大金私財で返せる訳もなく、自殺して「死亡保険」でちょっとははらってほしい。 2011年10月3日朝霞(あさか)国家公務員宿舎建設が「凍結」された。16宿舎を解体して朝霞国家公務員宿舎に統合するというが、都心の一等地(埼玉県)なのに家賃月4万円(税込宿代+光熱費込み)という贅沢宿舎に「ふざけるな!」「その分を東日本大震災復興費に当てろ!」と不満轟々でした。ですが「廃止」でなく「凍結」ということはいずれ「解凍」するということです。実は役人を監視する役人つまり「マネジャー」が20万人(地方出先機関)います。銀行じゃないので「無駄」ですよね。政治家は官僚に舐められているのは官僚と「同じ土俵」で対峙しちゃうから。だから騙されたり詐欺まがいの官僚言葉でしてやられる。政治家は「国民の立場に立てばダメだ!」ときっぱりいえばいいだけ。パブリックサーヴァント(公僕)という事を忘れるな。また「人事院勧告」とは「人事院」とは「国の人事部」です。国家公務員や国会議員の給料を韓国する行政機関です。が、だいたい民間が年収406万円にたいして公務員年収は633万9000円です。人事院は「民間と同じ基準で」というが「エリート企業と同じ…」というおまけつきなんです。2010年11月26日、馬渕氏仙谷氏の問責決議案が可決されました。馬渕国土交通大臣は「尖閣諸島中国漁船衝突ビデオ流出事件」で仙谷官房長官は「自衛隊を「暴力装置」」と発言したことでだ。2010年11月22日、国会軽視発言をうけて菅内閣の柳田法相が辞任しました。菅直人総理大臣ならびに仙谷官房長官、馬渕大臣、前原大臣らの「ドミノ辞任」の問責決議案も野党は検討しているようです。民主党の柳田法務大臣が地元広島でのパーティーで「法務関係なんかさっぱりわからないから官僚まかせ(馬鹿で資質がないから)」「法務大臣としての国会答弁は2つだけ。「個別の案件にはお答え出来かねます」と「法的観念に対して適切に対処していきます」だよ(笑)」と言って(39回も言っている)反感され一応謝罪しました(馬鹿のひとつ覚えの「真摯に対応していきます。謝罪いたし…」を20回繰り返す)。このひと馬鹿なの?菅内閣支持率は26%、「法相辞任するべき」は79%です。現在、「官僚の天下り」は4500の特殊法人団体に2万5000人が天下りして毎年12兆円が無駄になっています。民主党政権になってから「天下り」を禁止するとの「建前論」から事実上の天下りである現役官僚による民間企業への出向を良しとした。「退官後」からの天下りより「現役」であるほうがむしろ悪質で質が悪い、という現役経済産業省官僚の古賀茂明氏の主張は至極当然で正論である。だが、その古賀氏を官房長官(当時)である仙谷由人(せんごくよしと)氏が恫喝し、2週間もの「ひとり全国出張」を科して虐めるなど言語道断である。いったい「影の首相」は国民と官僚機関や労組のどちらの味方なのか?なお官僚とはキャリア役人のことです。キャリアとはかなり難しい国家公務員試験をパスした役人のことでおもに中央官庁(霞が関)に勤める 官僚のことです。
おもに東京大学法学部卒業が多いといわれます。何故かといえば東京大学(旧・帝都大学)法学部は元元、「官僚を育てる為に作られた大学」だからです。東京大学以外でキャリア試験をパスしていないひとは「ノンキャリア」といわれなかなか出世することが出来ません。そんな中で逮捕されました村木厚子元・被告は異例の出世をしたことになりますね(村木氏は2010年9月10日に「無罪」です)。また官僚の騙しのテクニックを教えます。官僚は正面からは抵抗しません。例えば霞が関文学というのがある。「財政」は予算編成のことです。「調査審議する」は予算編成を含まないことです。すれ違い答弁もします。とにかくくねくねといい逃れます。「完全無料化」と「完全に無料化」は「に」が入っただけでかなり違います。にが入ると「完全無料化」ではなく民間法人や国の持ち株主化も含まれる訳です。
官僚の主な仕事は「国会対策(政治家の答弁)」です。
つまり政治家がどんな質問をしてどんな答えをするか決めて「作文」を作成することです。政治家は官僚の「操り人形」のようなものなんです。だからこの統治能力をなくすべきです。官僚が「政治家の作文を造るのは止めさせて」政治家に自分自身の頭で考えさせることです。
官僚にももちろん定年は「建前として」あります。が、官僚社会は完全なピラミッド形式です。一番偉いのは大臣(政治家)ですが、官庁のトップは「事務次官」です。ですが事務次官はたったひとりしかなれません。当然ながら歳をとるごとに「間引き」される訳です。
だから官僚は定年前に省庁の関連会社に天下りする訳です。ですが「再就職」とはいえ、官僚はハローワーク(職業安定所)で職場を探す訳ではありません。退職金何千万円を貰った後で「渡り」と言って出身省庁関連会社役員など数年間だけ席を置き、次々と会社役員などを渡り歩き、その度々に「何千万円」もの退職金を貰います。合計金額は何億円の退職金を貰うそうです。その再就職先で元・官僚は何日も出社せずに、官庁と天下り会社の「口聞き(公共事業の斡旋など)」をするだけです。
能力が本当にあるひとならいいんですが…。まあ、一般会社では「渡り」はもちろん「官庁省庁による再就職活動」などすることはありません。官僚はハローワーク(就職案内所)で再就職活動をしてください。それがノーマルな就職活動というものです。とにかく「天下り」や「渡り」を禁止してください。官僚はハローワークに行って就職活動をしてください。
まあ、天下り先の公益法人の廃止ですね。

よく聞かれる「友愛」とはプリンシィプルやノブレス・オブリージュではないだろうか。「友愛」を一般化することなど不可能です。意味もありません。猿の世界を見ればいい。ボス猿は仲間の嫌いな猿をいじめ抜く。いじめられた猿は隅で小さくなっている。人間は猿とは違う。いじめられたら「負けたままで堪るか。今に見ていろ!」という人間が出てくる。この反発力が人類を発展させてきた。皆がニコニコ笑ってお互いが好きという世界はむしろ不気味だし、人間の成長もあり得ない。あのソクラテスでさえ死のまぎわは「私は知識の海の浜辺で貝殻を拾っているだけだ」という。あの天才のソクラテスでさえ「自分の無知」を認めて死んだ。なのにソクラテスの半分のIQもない輩がわかったことを言うのは醜悪です。私だって「知らないことばかり」です。もっと自分の頭で考えるところです。知らないことは知らないことです。わかったふりでは何も変わらない。お互い勉強不足ですね。頑張ってください。
また「お金儲け」のことですが、確かに「お金」は大事です。どんな綺麗事を言ったところでお金がなければ一切れのパンさえ買えない。それが現実です。だがだからと言ってホリエモンや小室哲哉のように「命の次に大事なのはお金だ!」では只の馬鹿です。よく論語と算盤というように「お金儲け」と「論語(道徳)」は両立するべきです。「命の次に大事なのはお金だ」では只の福永法源です。所詮、お金儲けには論語がないと只のホリエモンや小室哲哉や福永法源のように没落する。要は何の為にお金儲けをするか?だ。私利私欲では何も変わらない。自民党政権になったところで何も生活は飛躍的には変わらない。宝くじを買ったって当たる訳ありません。努力なきところでペイなきです。論語と算盤というように人間はいかになろうともプリンシプルを失っては生きていけないのです。悪銭身につかずです。努力なきところにお金儲けなしです。ホリエモンや福永法源や小室哲哉では意味がありません。もっとプリンシプルをしっかり持ってください。上杉の義を持ってく
ださい。それがプリンシプル(原理・原則)です。
またノブレス・オブリージュとは高貴なる責任です。高い地位やポジションにいるひとやパブリックサーバント(公僕)には責任がともなうということです。只の権力欲や出世心では高い地位やポジションについても失敗する。高い地位のひとには「社会的貢献の責任」がともなうということです。頑張ってください。 
 
 

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沙弥2 さや・アンコール特別連載大島優子主演2015年nhk朝ドラ?小説3

2012年12月07日 05時36分08秒 | 日記
         東京での日々



  私が東京にきてから、もう数年が経つ。
 私こと、黒野ありさが東京にきたのは、高校を卒業して、大学に入ったくらいの時だから、黒野ありさは東京通って訳でもない。それどころか、私はまだまだ東京について知らないことの方が、多い。…原宿とか渋谷とか青山とかTDL(東京ディズニー・ランド)とか、それからそれから…。いっぱい知っているようでも、私はまだ無知で、『異邦人』って感じなのだ。『東京砂漠!』なんていう言葉があるけど、私の住んでいるのは下町のせいか、そんなに東京のひとが冷たいとかは感じない。
 きっと、冷たいのは東京人じゃなくて田舎からやってきた異国人(?)の方だろう。そういうひとは訛りや外見やらを気にするあまり、他人を思いやる余裕がなくなっているのだ。だから、冷たい態度をとる。それが、東京でのことだから、「東京のひとは冷たい」ってなっちゃうのだろう。私もそんな風になる時もある。反省すべき点だ。
 でも、そういう東京での日々も、また楽しい。

 私の父が始めた食堂も、けっこう客がくるようになっていた。
『黒野食堂』は、東京の下町にある大衆食堂だ。下町だから、なんというか田舎くさいっていうか醤油くさいっていうか…とにかくそんな感じの店である。けして、青山や渋谷にあるようなお洒落なフレンチ・レストランとかそういう店ではない。
 何度もいうが『大衆の食堂』なのだ。近所の学生やおっちゃんおばちゃんの食堂!だ。だから、けして食堂のラーメンとか定食も(値段が)高くない。そりゃあそうだ。値段が高けりゃお客さんがこなくなる。官僚とかが接待で行く『向島の料亭』じゃないんだから、値段が高くては客がこなくなるだけだ。そんなに高級で美味な料理を出す訳じゃないんだから。でも、けしてマズい料理を出す訳でもないけどね。
 一方的に私こと黒野ありさの話しをしてきたので、これからは主人公の緑川沙弥の話しもしようと思う。
 沙弥が執筆を続けたが『鳴かず飛ばず…』って話は前にした。しかし、彼女は『M田ショック』に次ぐショックを受けていた。(『M田ショック』とは、沙弥が作家になる前、どうしても出版したくって「小平」という作品をM新聞出版局第一編集部に送り、そこのM田という中年男に罵倒された事件をいう。彼女は「ひとの読む水準に達してないんだよ!」などと罵倒された。)
『M田ショック』パート2ともいうべきショック…『白戦ショック』である!
 今度は「ゴースト・ホテル」という作品を白戦社に送り、そこのH田均という男に、また、罵倒されたのだ。また、彼女は「ひとの読む水準に達してないんだよ!」などと罵倒されたのだ。この『白戦ショック』に彼女はしばらく打ちひしがれたとさやかは言ってた。 当然だろう。偉そうに、「ひとの読む水準に達してないんだよ!」などというのはM田だけだと思っていたからだ。M田は特殊な特異な人物だと思っていたところに、「いや、もっともっとM田ならぬH田もいるよ!」と頭をこづかれた思いだったに違いない。
 とにかく、私が知らない間に、緑川沙弥は『白戦ショック』という事件に遭遇していた。 その頃、私はそんなことなどつゆ知らず、ただキャンパス・ライフを謳歌していただけだった。でも、知らないのもムリもなく、だろう。なぜなら、緑川沙弥はそうしたことを一言もいわないからだ。…弱さを見せるのが嫌いな娘なのだ。負ずぎらいの娘なのだ。だから、そういう情報は私にはのちのちになってからしか手に入らない。くやしい。
 そういえば、なぜ彼女は東京に住まないのだろう。その方が便利なのに。
 これに対して緑川沙弥は、
「東京にいなくても地方でも仕事は出来るさ。今や、インターネットで世界中とつながる時代なんだぜ。SOHOでな」
 と言った。私はわからなかったので、「SOHOって?」ときいた。
「バカだね、ありさは…。SOHOっていうのはスモール・オフィス・ホーム・オフィスって意味だよ。つまり、コンピュータと回線さえあれば地方にいながらにして東京でもNYでもどこにでも繋げられるってことさ」
「でも、仕事にいくには東京に住んだほうが便利でしょ?」
「……う~ん、まぁな。でも、やっぱり東京はひとの住むところじゃねぇよ。遊ぶにはいいけどな。物価も高いし、ひとが蟻の巣ひっかきまわしたようにウジャウジヤいるだろ?そういうのって私はあんまり好きじゃないんだ」
「やっぱり米沢が好きってこと?」
「ちがうよ!」
 沙弥は言った。でも、私にはそれが嘘であることもわかっていた。あの娘は故郷が好きなのだ。私はなんとなく嬉しくなったのを覚えている。

 しばらくしてから、電話のベルがリーンとなった。
「はい、黒野です。あ! 沙弥?」
 それは沙弥からだった。
「よう、ブス!ひさしぶりだな」
 沙弥はアハハと笑った。
「うん。ひさしぶり。……何か用?」
「あのさ。明日、ちょっと仕事の打ち合わせで東京まで行くんだ」
「あ、そう。それで?」
「あぁ、それでお前ん家にいこうかな、と思ってさ。いいか?」
「うん!いいよ、おいで!」私は微笑って頷いた。
「うん。…とにかく」
「とにかく?」
 沙弥の声が元気で明るいものになった。「とにかく、お前、どうせ暇なんだろ?迎えにきてくれよな」
「『つばさ』でくるの?東京駅ね?……わかった」
 私はもう一度、弾かれたように頷いた。

  緑川沙弥は次の日の午前中の新幹線で東京駅に着いた。
 その日は、あまりいい天気とはいいがたいものだった。雲はどんよりとしていて、それでいて太陽の光もちらほら見えたりもする。
「おそいぞ、ブス」
 沙弥は駅に着いて少し待ったのか、そう悪態を私についた。
「ゴメン、ゴメン」
 私は笑った。
「笑いごとじゃないよ……迎えに来ないかと思った」
「そしたらどうしてた?泣いてた?」
「ばーか、私は幼児じゃないんだぞ」
「そうでしょうよ」私はもう一度笑った。そして「ひさしぶりに顔合わせたね。元気だった? 沙弥」と言った。
「見えば分かるだろ。それより腹減ったな。なんか食わせろ!」
「奢ってよ……作家先生なんでしょ?私はまだ学生なんだから」
「いやだね!」
 沙弥はニヤニヤ笑いながら私に言った。
「わかったわよ」私もニヤニヤ言った。「じゃあ、割り勘ね。牛丼でいい?」
「あぁ」
 こうして、私と沙弥は安っぽい牛丼屋へ入り、食べ、それからなんとなく映画を観た。その映画は、『マザー・テレサ』というドキュメンタリー映画だった。そう、97年9月5日に心臓病のために亡くなったマザー・テレサの映画だった。あの、『スラム街の聖女』である。
 あらすじはこんな感じだ。

 1997年9月5日、「スラム街の聖女」と呼ばれたマザー・テレサが心臓病のために亡くなった。この死はダイアナ元英国皇太子妃の死からわずか一週間後のことだった。
 マザーの持ち物はいつもサリーと草履だけ。なぜ、あれほどまでにマザーや仲間たちは貧困者に愛をあたえつづけることが出来たのか?その愛に迫るのが、このドキュメンタリー映画だった。
 マザー・テレサは1910年8月26日、マケドニアのスコピエに生まれた。明るく活発なこの少女は、ある本にであう。聖人フランシスコの話だった。そしてテレサ(本名・アグネス)は決心する。神に仕えようと。そして彼女は修道女となり、インドへ渡る。
 インドで教師としての数年間は、平和そのものだった。が、第二次世界大戦や内戦による飢饉で餓死者が多くでる。悩むテレサの耳に、そんな中、神の声がきこえる。「貧しいものを救え」。こうしてテレサは修道院を後にし、スラム街に。しかし、そこは予想以上の酷さだった。必死に貧困者救済に勤めるマザー・テレサには迫害がまっていた。しかし、マザーの献身的な活動をみて、批判者もしだいに矛をおさめていく。50年、『神の愛の宣教者会』設立。以後、『孤児たちの家』や『死を待つひとの家』『ハンセン病患者の家』をつぎつぎと設立していく。やがて半世紀、マザーはノーベル平和賞を受賞。しかし、マザーの活動にも終りがくる。後継者も次々と育ち、さらに活動しようとしていたやさきの1997年、マザーはこの世を去ってしまったのだ。
 マザーは言います。「この国のどこに飢えたひとが?この国のどこに裸のひとが?
 この国のどこに家のないひとが?と尋ねられます。
 いえ、この国にも飢えはあります。”一切れのパン”を求める飢えではなく、”愛を求める”激しい飢えです。心の飢えなのです。愛を与えられず、誰からも必要とされない心の飢え……これが一番の飢えなのです」
「与えなさい、心が痛むほどに…」 マザー・テレサ

 なんともいいようもない感動的なドキュメンタリー映画だった。私はいいようもないほど感動し感銘を受けた。でも、沙弥はそうでもないようだった。別に、彼女が冷たいから…ではないだろう。きっと、沙弥はこの映画を何度もすでに観ているからだ。
 そうに違いない。
 なにせ、緑川沙弥っていうのは、冷たい人間にみえて、実はそうではない。マザーみたいな活動にひと一倍共鳴したり感銘をしたりするほうなのだ。もちろん、顔や表情ではわからないけどね。でも、裏では人一倍感動するたちなのである。だから、この映画を初めてみた時、緑川沙弥は涙でうるうるしたに違いない。きっとそうだ!

「なかなか感動的な映画だったわね」
 私たちは映画館を出て、東京の街を歩いているところだった。私はふいにそう言った。「……あんなもの。お涙頂戴ものじゃねぇか」
 沙弥は冗談をいった。私は、
「じゃあ、つまらなかった?」と歩きながら、尋ねた。
「いや………まぁまぁかな」
「まぁまあ?」
「まあな」
 これじゃあ、会話になっていない。しかし、それはそれで楽しい思い出だった。
 しばらく歩いていると、偶然、父をみかけた。私と沙弥が帰ろうとオフィス街を歩いている時だった。ちょうど夕方で、暮れゆく太陽の赤色がビルの窓に反射して、辺りをセピア色に染めていた。
 交差点にはひとがどっと溢れ、信号が青になるのを待っていた。皆、せわしなく、きびしい顔をして、なんだか変だった。そんな時、現付きバイクに乗った私の父がそんな集団の横を通り過ぎた。きっと出前だ。私はそう思った。
 でも、それは不思議な光景でもあった。
 ほんの少し前、銀行マンだった頃の父も、交差点にたまっているエリートのひとりだったに違いない。まじめできびしい顔をして、信号待ちをしていたに違いない。
 しかし、いまは違う。もうそんなんじゃない。父はいい意味で違ってしまったのだ。へらへらとTVをみて笑ったり、ゴロゴロして欠伸したり、そんな風にかわった。もちろんエリートのほうがいいってひともいるだろう。だけど、私はいまの父のほうが好きだ。
 セカセカ働いて、いずれ過労で死ぬより、ラーメンや親子丼やらを作って680円や800円もらうほうが人間らしいではないか。私はそう思う。
 その時、信号がかわり、どっと人が流れた。私と沙弥も歩きだす。そうしながら私は考えた。
 その父と会社員やOL達とのすれ違いはほんの一瞬だったのに、父の変貌をかい間みせてくれた。それまでの、父の長い生活。私と母があのなつかしい田舎町で生活していたのと同じ時間、父はこの東京で呼吸していたのだ。仕事したり、ごはん食べたり、映画をみたり、同僚と赤ちょうちんにいったり、時には私と母を思い出したりして。
 その間に、父は、私や母のことを捨ててしまいたい、と思ったこともあったろうか?
 多分、あったに違いない。きっとあったろう。
 父も人間だから、ストレスやいやなものをももっていたに違いない。人間は誰でも人生の中において嫌な目にあう。そして、どうしようもないドロドロしたものを心に持つようになる。それは誰だって例外ではないのだ。
 だが、父はそれがいやだったのかも知れない。だから、「脱サラ」で食堂を始めたのだ。そして、私も父のように心のドロドロしたものを捨てたいと思っている。だから、とりあえず、他人には親切にしよう……そう思ってる。
「ねぇ、沙弥」私は言った。「これからどこ行く?」
「そうだな…東京ディズニーランドとか?」
「あはは…。ねぇ、ノーパンしゃぶしゃぶ行く? 沙弥」
「バーカ。…お前んちいこうぜ。汚ねぇ食堂にさ」
 ふたりはあははと笑った。で、私が、「ねぇ、沙弥。うちのお父さんね。きっとあんたの顔みたらきくわよ」
「なんて?」
「”コンパとかないのか?”って」
「”コンパ”?」
「そう」私は笑った。そして続けた。「お父さんのクセなのよ。女の子みるとコンパは?コンパは?っていうのが」
「ふ~ん。かわったオヤジだな」
 緑川沙弥は横顔のまま、微笑んだ。

 やがて、私と沙弥は下町にある『黒野食堂』に歩きついた。すると、
「やぁ、沙弥ちゃん、ひさしぶり」
「沙弥ちゃん、元気だった?」
 と、私の父と母が沙弥を出迎えた。
 ここでも外ヅラのいい沙弥は、
「おひさしぶりです。おじさん、おばさん。お世話になります」と深々と頭をさげた。
「うんうん。まぁ……ちらかってるけど、中に入って」
「はい」
 沙弥はもう一度頭をさげた。
「ところで……作家になったんだってね」
「えぇ、まぁ、一応」
「すごいね」父は感心した。そして、「じゃあ、印税ガッポリって訳だ」と言った。
「いえ。売れてないから……印税はまだですよ」
「ところで…」
「はい?」
「ところで…沙弥ちゃん。恋してる?」父は馬鹿なことをニコニコと尋ねた。そういえば、沙弥のボーイフレンドだった、あの小紫哲哉の死から、もう一年以上がたった頃だった。彼女に浮いた話しのひとつやふたつあってもおかしくない頃だった。
「してませんよ」沙弥はあははと笑った。
「そうか。そりゃあ寂しいね。コンパとかないの?」
 父は私の予想どおりに、沙弥にそうきいた。ので、私は、
「ほらね」と彼女にウインクして見せた。
 それに対して、緑川沙弥は苦笑するだけだった。

  次の日、沙弥は仕事を終えると、足速に新幹線で米沢へと戻った。
 米沢駅では、銀音寺さやかが沙弥を出迎えたという。そして、ふたりは歩きだした。自宅に向かって。ペンション『ジェラ』に向かって。

「おかえりなさい先生……お疲れでしょう?」
「いや、だいじょうぶだ」
「そうですか?……東京はどうでした?」
「まぁまあかな」
「そうですか。…ところで、今度は『オードリー・ヘプバーン』の伝記小説書いてらっしゃるんですよね?どうです、先生、執筆の調子は?」
 銀音寺さやかは興味深々に尋ねたという。それに対して、沙弥は、
「それはやめた!というより保留だ。…いまさら『オードリー・ヘプバーン』の伝記小説じゃあ、世間や文壇へのインパクトが弱いからな」と言った。
「インパクト?先生は、そんなものを執筆の基準に…?」
「なぜ悪い?!」沙弥はキッとした目で言った。「私は成功するためにやっているんだ。そのためにはなんだってやるぞ」
「はぁ……そうですか…」さやかはそう言うしかなかったという。
 やがてペンション『ジェラ』の看板が見える。ちょうどそんな時、沙弥はとんでもないことをしでかした。
「きゃあ」さやかは小さく悲鳴をあげて、真っ赤になった。沙弥がさやかのスカートをおもいっきりめくったのだ。通りすがりの男らはうれしそうにニタッと笑うと、そのまま通り過ぎてどこかへいってしまった。それからしばらくしてさやかが、
「なにするんですか、先生!パンツみられちゃったじゃないですか!」と真っ赤になりながら言った。それでも沙弥は気にもせず、無邪気に笑って、こういった。「けちけちしてんじゃねぇよ。みられてへるもんでもないだろう」
「そういう問題じゃありません」
「ばーか、パンツくらいでムキになんなよ」
 沙弥は横顔のまま笑った、という。                       


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沙弥2 さや・アンコール特別連載大島優子主演2015年nhk朝ドラ?小説1

2012年12月03日 09時05分59秒 | 日記





緑川沙弥<沙弥2>


         みどりかわ さや     さや2


                    total-produced&Presented&written by
                     midorikawa Washuu
                             緑川 鷲羽






  愁いを含んだ初夏の光りが、米沢市の河川敷に照りつけていた。五月三日、米沢では「上杉祭り」で、「川中島の合戦」が繰り広げられていた。白スカーフ姿の上杉謙信役が白馬に跨がり、武田信玄の本陣へ単身襲いかかる。そして、太刀を振るう。軍配で防ぐ信玄(三太刀七太刀)…。それは、米沢市で行われる上杉祭りのハイ・ライトであった。
 緑川沙弥は、その模様を大勢の観客とともに、眺めていた。
 沙弥は合戦をみながらも、もどかしさを隠し切れず、唇を噛んだ。作家として認められない。そう思うと、寒くもないのに、身体の芯から震えが沸き上がってくる。沙弥の身体は氷のように硬直した。「…どうしたの?沙弥……具合悪いの?」母の良子が問うと、沙弥は「なんでもない…」と言った。
 それは、きらきらした輝くような表情だった。






         あらすじ


  物語は東京から始まる。この物語のストーリー・テラーの黒野ありさは、東京のある大学に通う女子大生だ。そして、彼女のふるさとにはひとりの友達がいた。それは、緑川沙弥という女の子だった。沙弥は文学賞に受かり、作家デビューが決まったラッキーな娘。 確かに、沙弥はいやな女の子だった。
 意地悪で、自分のことしか考えず、病弱なくせにいつも憎まれ口ばかりたたく。でも、だからといって沙弥はブスではなく、とても綺麗な外見をしていた。そんな外見とヤクザのような言葉使いは、とてもギャップがあった。
 ある日、作家を目指す沙弥が文学賞をとる。そして、上京。しかし、パティー会場で待ち受けていたのは、のちのライバル、朱美里(しゅ・みり)だった。在日韓国人の朱は、学歴のない沙弥をバカにする。対立する沙弥だったが、日本の文学賞の最高峰・青木賞を先にとったのは朱美里のほうだった。緑川沙弥は頑張って執筆を続けるが、まったく売れず、鳴かず飛ばずの日々。失意の彼女の元に、弟子になりたいという美少女が現れる。それから死んだ彼女の恋人・小紫哲哉にそっくりのボーイ・フレンドまで出来る。作家としてはイマイチだったが、緑川沙弥は努力を続ける。
 そして、遂に、沙弥は、日本の文学賞の最高峰・青木賞を取る。至福の時を迎える沙弥。だが、彼女は学歴がないために日本文壇から拒絶されてしまう。華やかな歓迎はただの儀礼で、沙弥を招待したのは地方の弱小学校や講演会のみだった。学界レベルで招待したのはひとつもなく、大学からの招待などひとつもなかった。学歴がないため…日本はそういうシステムになっていたのだ。
 緑川沙弥は努力を続ける。しかし、執筆する作品はまったく売れず、悔しがる沙弥。そんな中、彼女の病気は進行していく。そして彼女はついに長編作品を執筆する。「やりましたね、先生。これでノーヴェル文学賞よ!」「そりゃあいいな…」「乾杯といきましょう」。しかし………沙弥はそのまま倒れて、病院に担ぎ込まれて、志なかばで死ぬ。希望の光りが消える時。沙弥は死んでしまう。珠玉の作品を残して。

 影をひきずりながら常に光をもとめ、上を見つづけた緑川沙弥。その姿は、沙弥を拒絶した日本の姿と、しばしば重なって見えるのである。

                                   おわり




         沙弥のライバルと弟子



 私は、東京のある大学に通う、女子大生だ。
 この物語は、私こと黒野ありさがストーリー・テラー…つまり語り部となってストーリーが展開するファンタジー風少女小説である。例えば、赤毛のアンとか若草物語とかみたいな、ね。そして、主人公は、私のふるさとの米沢市に住む、緑川沙弥である。
 確かに沙弥は嫌な女の子だった。
 病弱なくせに憎まれ口ばかりたたき、気に入らないことがあると暴れる。まったくもって嫌な娘、そんな感じなのだ。「バカヤロー!」「死ね!」「くそったれめ」などと汚い言葉を平気でいう沙弥。でも、彼女には特技がある。それは作家としての能力だ。まぁ、わかりやすくいうと文章がうまい。その結果、なんとか努力して文学賞に当選したくらいだ。私はうっとりと思う。沙弥は天才だった。って。
 沙弥が書くのはおもに小説で、恋愛小説がおもだ。もちろんそれだけではなく、エッセイや国際ジャーナリズム関係のものも書いている。で、やっとこさ認められて賞をとった!……って訳。まぁ、やっとこれで沙弥も「作家先生」ってとこだ。でも、浮き沈みの激しい文学界、しかも最近の活字離れ、なかなかペイするのも容易ではあるまい。プロになったはいいが仕事がこないためにHな小説連載で食いつなぐ、などという作家先生にならなければいいが。『失楽園』とか『チャタレイ夫人』みたいな、どうしようもないエロ小説連載とか。まあ、沙弥はプライドが高いから、『失楽園』に対抗して『動物園』、などと書くことはないだろうけどね。でも、金に困ったら執筆したりして。
 なぜ私がこんなに彼女のことを知っているかというと、私は彼女の親友で高校の同級生だったらだ。(もちろん彼女のすべてを知っている訳ではないけどね)
 何度もいうが、私の名前は黒野ありさ。東京の某女子大学に通う女子大生だ。
 年は彼女と同じ十八歳。
 ルックスのことで言えば、私は沙弥に比べればあまりパッとしないが、それでもけっこう可愛い、と自分では思っている。自惚れかなぁ?
 そう、確かに沙弥は美しかった。
 黒色の長い髪、透明に近い白い肌、ふたえの大きな瞳にはびっしりと長いまつ毛がはえている。細い腕や脚はすらりと長く、全身がきゅっと小さくて、彼女はあどけない妖精のような外見をしていた。沙弥の嘆声な顔に、少女っぽい笑みが広がった。少女っぽいと同時に大人っぽくもある。魅力的な、説得力のある微笑だった。私はたちまち怪しんで、一歩うしろにさがった。なんであれ、沙弥の片棒をかつぐのはごめんだ。ただでさえ、私の魂はぼろぼろなのだ。ただ………沙弥は美人だわ。
 細い腕も、淡いピンク色の唇も、愛らしい瞳も、桜の花びらのようにきらきらしていて、それはまるでこの世のものではないかのようにも思えた。
 それぐらい沙弥は美しかったってことだ。
 沙弥は、観光と温泉でもっているような米沢市に住んでいた。米沢市で有名な人物といえば、越後の龍・上杉謙信、上杉景勝、智君・上杉鷹山、軍師・直江兼続、前田慶次、政宗そして町で美少女と有名だった『変人』の緑川沙弥。彼女は、しんと光る満月のようだった。私こと黒野ありさは、観光で静かに活動するような故郷・米沢市を離れて東京の大学に進学した。まぁ、父親の仕事の関係ってこともある。東京での生活もまぁまぁ楽しい。 しかし、一瞬だが、故郷が妙になつかしく恋しく感じることもある。そしてそこで暮らす、沙弥や緑川家の人々のことも。

 緑川沙弥が作家になろうと思ったのはいつ頃だったろう?
 私は前に聞いたことがある。すると彼女は、
「小学校の時に、図書館でゲーテの詩集を読んで、なにがしかのインスピレーションを受けてさ。それで「作家になろう!」って決めたんだ」
 と、にやりと言った。
「ゲーテ?」
「あぁ、そうだ」
 ゲーテの詩集を読んで「作家になろう」と思ったと平然と言ったのだ。だけど、私はそれはちょっと嘘っぽいと思う。だから、
「ゲーテって詩人(注・ゲーテは詩だけでなく小説、音楽、絵画、政治もした)でしょ?詩人じゃなくて作家ってどういうこと?」と尋ねた。
 すると沙弥は「詩じゃあペイしない」といった。
 だから私は「ペイって?」と尋ねると、
「ありさって馬鹿だねぇ。ペイっていうのは儲かるって意味の英語だよ。詩人では儲からないってことを私は言ってんの」
 といって沙弥は私をせせら笑った。
「作家ならペイするの?」
「まぁな」
 沙弥はにやりとして言った。

 しかし、あの病弱な沙弥が作家なんて、なんともピッタリきて笑ってしまう。
 病気がちであるからいつも部屋にいるかベットで横になっている。で、原稿用紙に向かってセッセと小説やらを執筆する、なるほど!って感じがする。
 彼女はちょっとしたことでもすぐ病気になる。冷たい風にちょっと吹かれただけでも、少し気温が高くなっただけでも、冷たい雨に濡れただけでも……すぐに具合が悪くなる。 そのため彼女の母親の良子おばさんは苦労を惜しまず何度も病院につれていき、ちやほやと甘やかし、沙弥はニーチェばりの薬づけで生意気な女の子に育った。しかし、なまじっか普通の生活ができる程度には体が丈夫なので、彼女は本当にわがままで生意気な女の子に育った。わがままで、甘ったれでズル賢い……といったところだ。ひとの嫌がることばかりして、自分のことしか考えない…と、まるで悪女のようだった。
 でも、だからといって彼女はブスではない。それは前述した通りだ。
 私の母は、緑川家の経営するペンション「ジェラ」の隣の家に住んでいた。
 良子おばさんのご主人、つまり沙弥たちの父親はもうすでに亡くなっていて、ペンションはおばさんがひとりできりもみしている。私の父親は東京に単身赴任しているエリート銀行マンだった。が、何を思ったのか、突然脱サラして東京で食堂を始めた。それで私だけでなく、母も東京にきていまでは三人で忙しくやってる、って訳。
 まあ、私は平凡な娘って訳である。
 しかし、沙弥は違う。彼女は平凡ではない。というより少し異常だ。
 緑川沙弥はよく暴れる、きれる、部屋のものを壊したりガラスを割ったりもする。たんに気にいらないといってだ。良子おばさんや彼女の妹のまゆちゃんほどではないが、私も緑川沙弥に被害にあったほうだ。ものを投げられたり、頭をゴツンとやられたり…。それで私が「なにすんのよ!」と怒ると、
「私の機嫌がわるい時に目の前にいるほうが悪い!」
 などとのたまう。どういう理屈だか。こういうのを『屁理屈』というのだ。
  私はよく故郷の米沢市を思い出したりもする。
 私の住んでいた家の自分の部屋の窓からはきらめくような風景がみえたものだ。
 すごく眺めがよくて、窓からはきらきらと輝く湖がみえる。湖は昼には太陽を浴びてきらきらと輝き、夜は月明りが映って輝くような、美しい湖だ。
 私はよく米沢の光景を思い出す。きらきらとした朝日が差し込んで湖が輝く光景を…。それはしんとした静けさの中にあったっけ。
「あたしが死んだら骨は湖にまけ!」といつだったか沙弥は言ってたが、気持ちはわかる。 彼女はよく男の子を騙して湖の前を散歩した。散歩というよりデートだ。とにかく「外ヅラ」だけはいい沙弥はよく男の子と仲よく歩くことが多かった。
 夕暮れ。セピア色が空や森や山々を真っ赤に染め、きらきらと輝く。沙弥はゆっくりゆっくりと歩く。そして、細く白い腕を伸ばす。男の子が彼女の手を取り、沙弥は白い歯をみせてにこりと微笑む。その光景は私にはなんだかとてもかけがえのないものにも思えた。彼女の本性を知っているはずの私の胸にさえ、深いところに響くような、しみわたるような、そんな光景にも思えた。
 緑川沙弥から電話がきたのは、ちょうど私が東京の自宅でそんな物思いに耽っている時だった。ある日、電話がリーンとなった。で、私は「はい、黒野です」と出た。
 すると病院から彼女は電話でいった。
「おい!驚け、ありさ。受かったんだ!」
「え?何に?」
「バーカ、決まってんだろ!文学賞だよ、文学賞にうかったんだ!」
「文学賞?」
「そう、『文学新人賞』だ!出版だよ、出版までが決まったんだよ!賞とってさ……これで作家デビューだ!」
「ほんとう?!おめでとう!」
 私は思わず嬉しくなって言った。声がうわずった。
 そうか!あの緑川沙弥もとうとう作家か。作家先生か…。なんだか胸にこみあげてくるものがあった。自分が賞をとったわけでもないのに、なんだか嬉しかった。
 そうか!あの緑川沙弥もとうとう作家か!彼女の努力が遂に実ったのだ!
「それでさ……ありさ」
「なあに?」
「東京なんていったことないから……駅に出迎えにきてくれよ」
「東京駅に?」
「あぁ。『つばさ』でいくからさ」
「いいけど、大丈夫なの?」
「なにが?」
「あんた病弱なんでしょ?途中で死んだりとかしない?」
「バーカ、何いってんだよ。………とにかく、出迎え頼むぜ。そしたらお前んちの汚ねえボロ食堂も見てみたいな。後、文学賞の受賞パーティにも付き合ってくれ」
「いいわよ」
 私はそう言った。
 なにが、「お前んちの汚ねえボロ食堂」よ!と言いそうになったが、やめた。私は無駄なことはしない主義だ。冗談でいってるんだろうし、あの沙弥は絶対にあやまったりしない娘なのだ。それは私が一番よく知っている。
 だから私は、
「とにかく、気をつけて来てね」とだけいったのだ。
「あぁ。とにかく嬉しいな。賞とったのも……ひさしぶりにお前に逢えるのも、な」
 沙弥はそういってから「冗談さ」と照れくさそうに笑った。
 まぁ、冗談でしょうよ、私も笑った。

  緑川沙弥が新幹線『つばさ』で上京するのは5月頃となっていた。その次の日に受賞パーティがあるのだという。それで、私は母親を誘って、わざわざ黒野食堂を閉めて、タクシーで東京駅までむかえにいった。私は母に、
「……お母さん、今日食堂閉めて。沙弥が東京にくるんだ。駅まで出迎え付き合ってよ」 と言った。
「…え? 沙弥ちゃんが?なんで東京に?」
「彼女ね、文学賞とったのよ!しかも大賞よ」
「へえ~っ、それはすごいわね」母は沙弥をほめた。
「だから一緒に、ね」
「はいはい、そういうことなら仕方ないわね」
 母は笑顔で答えたっけ。
  外に出ると、春だというのに外気がむっと暑かった。
 太陽のとても近い昼間頃だ。春だというのにぎらぎらした陽差しが照り付けて、アスファルトやビルに反射して、なんだか変な気分にもなっていた。
「よかったわね、沙弥ちゃん」
 東京駅に向かうタクシーの中で、母は微笑んだ。「ずうっと昔から作家志望だったものね」
「あれ?お母さん、なんで知ってるの?」
「そりゃあね、沙弥ちゃんにきいたのよ」
「いつ?」
「沙弥ちゃんが小学生の頃よ。「将来は何になりたいの?」ってきいたら「作家!」って言ってたもの」
「へえ~っ。じゃあゲーテの話し、知ってる?」
「まあね、あの話し、ちょっと嘘っぽいけどね」
 私たちはアハハと笑った。
 そして私と母のふたりは東京駅についた。
 凄いひとだ。夏休みでもないのに、しかも平日なのに、ラッシュのような混み具合だった。まぁ、私は大学までは自転車でいってるのでラッシュの満員電車とか、そういうのは知らないけどね。あと、列車でのチカンとか……。
「あいかわらず…すごいひとね」
 母は呆れていった。
「……ほんと」
 私はなんとなく同意した。
 あんまりすごい人ゴミで、沙弥がどこにいるのか分からないかも知れない。そう私は思った。そう思っていると、
「おーい!そこのブスのありさ!そこのブス!」
 と、聞き慣れた声がした。これは緑川沙弥の声だ。人の波の間から、沙弥の頭がぴょんぴょん飛び出していた。彼女は小柄だから、飛び上がらないとダメなのだ。
「よう、ブス!ひさしぶり!」
「沙弥!」
 こうして感動の再会(?)となった。
「よかったよ、出迎えにきてくれて。こないかと思った」
「あ!友達を信用してないな」
「まぁな、だってお前って性格もブスだろ?出迎えをスッぽかすんじゃないかってな。一瞬、そう思ったんだ」
「何いってんのよ、性格ブスはあんたでしょ」
「まぁな」
 私たちはアハハと笑った。
「あ!おばさん、こんにちは。おひさしぶりです」
 沙弥は頭を下げた。
「こんにちは、沙弥ちゃん。おめでとう、ね」
「ありがとうございます」
 沙弥はもう一度、頭を下げた。そして私たちは彼女を連れて、沙弥のいう『ボロ食堂…黒野食堂』へとタクシーで戻った。『黒野食堂』とは私の父が東京で始めた食堂だ。東京……とはいっても下町の方で、荒川の近くである。だから、お洒落なイタリアン・レストランとかフレンチ・カフェとか、そんなのとは一線をかくす。というより、『黒野食堂』とは単なる、大衆食堂で、近所のおっちゃんおばちゃんや学生らの食堂なのである。
 まぁ、確かに、『ボロ食堂』、だ。
 でも、まぁ、いいではないのって感じもするな私は。

  次の日の午前中に『受賞パーティ』が都内の某ホテルで行われるという。それで沙弥は私の自宅に泊まった。一銭でも浮かせようという、緑川沙弥のハイパー・どケチぶりが発揮されたようだ。まぁ、でも私はひさしぶりに彼女と一緒に眠って、おしゃべりして、とても楽しかった。

 次の日は午前中に都内の某ホテルで『受賞パーティ』が行われるということで、私も緑川沙弥も早めに起きて、パーティ・ドレスに着替えた。私は付き添いで、赤いドレス、沙弥のはパール・ホワイトのやつだ。くやしいけど、彼女は私より可愛かった。
 しかし、その時、誰が予想したろうか?『受賞パーティ』で、あの緑川沙弥の最大のライバル……朱美里(しゅ・みり)が登場しようとは……。
 朱美里(しゅ・みり)は在日韓国人の娘で、だいたい歳は緑川沙弥と同じくらいだ。新進気鋭の新人作家で、『家族の絆』だけが売りである。この後、日本文壇の最高頂『茶川賞』をとってからはもっといい気になって、「日本の教育の失敗は『家族の絆』が崩壊したからだ」とかなんとか評論家ばりに偉そうに主張するのだが、それは後述する。
 とにかく朱美里は、沙弥とくらべるとそんなに美人じゃない。キツネ目だし、面長の顔だし、性格の悪さは沙弥の方が上だけどね…。
 それよりなにより驚いたのは、新人文学賞の大賞が緑川沙弥だけでなく、この朱美里もだったことだ。つまり大賞は、同時受賞って訳で、なんだこりゃって感じなのだ。
 私たちがパーティ会場に入ると、みんなが沙弥の美しさにため息をもらした。確かに、沙弥は美しかった。隣にいると私なんかは引き立て役みたいで惨めなくらいだった。
「沙弥………皆、あんたに注目してるわよ」
 私がそういうと、彼女は、「人寄せパンダさ」と、訳のわからぬことを言った。
 私がクエスチョンな顔をしていると、「あなたが緑川沙弥ね」と、声をかける女の声があった。「え?」それが朱美里(しゅ・みり)だった。
「私と一緒に大賞取ったからっていい気にならないでね」
「いえ……私は黒野ありさ。緑川沙弥はこっち!」
 私は言った。すると、生意気な朱美里の態度に頭にきたのか、沙弥が、
「お前が、しゅ・みり…か?」と睨んできいた。
「そうよ。あんたみたいなのと一緒なんてヘドがでるわ。大学も出てないようなのと…」「なんだとこのアマッ…やんのか?!」
「暴力反対!…ですわ」
 パーティ・ドレス着ながらケンカはやめてよ…って私は思った。そして、とにかくこの瞬間から、緑川沙弥は朱美里(しゅ・みり)を徹底的に憎むようになった。
 宿命のライバルってところか、諸葛孔明と司馬仲達みたいな、っていってもわからないかな?もちろん、朱美里も沙弥を憎んでいたようだ。みればわかるか。
 とにかく、こうしてパーティは終わった。
 そして、後に残ったのは、単なる『憎しみ』だけだった。

  腹立たしい気持ちのまま、次の日、緑川沙弥は新幹線でふるさとの米沢市に帰ることになる。ここからずっと私が沙弥に付き添っていた訳ではない。だから、田舎での彼女の行動とかはのちに緑川沙弥の弟子になる、銀音寺さやか、や、沙弥の妹のまゆちゃんなどから聞いた話しを参照して書いているのでご了承のほどを。
 銀音寺さやか、って誰かって?
 それは後述する。                               


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