はちきんIzyのアメリカ丼

料理にすると丼カップル
はちきんイジーとアメリカンいごっそうバッキーの
山あり谷ありの国際結婚ブログ

深い信頼に

2017-08-24 | アメリカの家族

月曜、義母もとうとうカリフォルニアに帰った、、。



去年より言葉もはっきり言えるようになり

 身体の調子も良く

来年もまた帰省出来そうだ  と皆で話した事だ。



毎年 11月のサンクスギビング

 テキサスの娘(義母の次女)宅で過ごしている義母は

  今年 そこに 2か月間滞在するらしく


そのニュースに

ニックママはけいちゃんたちを連れ

 テキサスでクリスマスを過ごす計画を立てている。









義母がアイオワで過ごした10日間で

 最も楽しい時間が過ごせたのは

 皆でシカゴカブスの試合を観た日曜の午後、、だ。



  


10回戦まで持ち越したこの試合

  10回裏でカブスの逆転勝ち!






これには 悲鳴をあげて大喜びの義母。






この日


カブスの上原リリーフピッチャー

   10回裏でマウンドに立った。


立ったものの ピッチングが芳しくなく

  3分の2投球し他の投手に交代となる。


それもあり

  試合に勝ち 肩の荷が下りた気分でもあった、、、。ほっ







 義母がアイオワを発つ月曜の朝

 お別れをする為 ホテルに行くと

 リクライナーチェアーに座っていた義母が

  ちょっと驚いたような表情で私を見て微笑む。




リクライナーチェアーの前に置かれたオットマンに座ると



”アイ ラブ ユー” と

  義母が私の両手を握りしめ云う。


その瞬間 

 彼女の心の奥の奥に触れでもしたかのような感覚が走り

  それは 深い信頼となって

    私を包む、、、。


 それこそ 真から癒される。






私と義母も

 最初からこんな信頼関係を持っていた訳ではなかった。


私の生い立ちを不憫に思う気持ちや

 不自由な外国生活をしている事や

 バッキーが私を ぞんざいに扱う事やら、、、、

 そんな事からだろう

 彼女はいつも

  私を気にかけてくれた、、、でも


何があったのか

  どんな不満を自分が持ったのか

 もう記憶にはないけれど



”自分の意見は はっきり言おう”  と


 変に意気込んでいた時期があり

ある日 義母に対してきつい言葉を投げた所

 義母の傍にいた義父の表情が悲しげになり

  ハッとした私は

 それ以後 

 気を付けるようにした日の事は思い出される。





義母は問題のない人間関係を築く事が

   簡単に出来る人柄でもあったけど

今持つような ”深い信頼” は 感じていなかった。








バッキーが20代の頃

”俺たちの暮らしに干渉するな”  と

義母に云った事もあったらしい。


この事に関しては

義母が一人暮らしをするようになってから

 何度も聞かされたことがあり

  記憶に残った、、。


義父が亡くなり寂しかった義母はそんな風に

  昔を振り返ることが多かったのかも知れない。


あの頃私は ただ義母の話を聞くだけで

  その心を考える事はなかった、、、。


 

 ああ  そうだ


私の娘は義父母にとって初孫の上 

 次の孫が生まれるまで

  10年以上の間があったから

 バッキーが転職し義父母が住む町を離れる事になった時

  きっと 義母は寂しい想いをしただろうに


孫から離れてしまう

  義母の立場に立って考える事もなかった自分、、、だ、。




きっと そんな調子の私は

 貴重な物をもいろいろ見逃してきた事だろう。




アイオワのこの町と

  カリフォルニアの義弟が住む町は

乗り継ぎもあり 長いフライトになるけど

 また 来年帰って来れるように 


  

        元気でいて欲しい。

 

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亡父の誕生日に

2017-08-21 | アメリカの家族

私は仕事で行けなかったんだけど

金曜 義母を囲んで家族はリバークルーズに出掛けた。


  

亡くなった義父の誕生日だったその日を

 義母と共に祝いたかった義理妹が計画を立ててくれた。





準備した風船に




それぞれがサインし



   


空に飛ばす


  


空を見上げる義母の


  


風船と共に



天国の義父の元に でも




行ったよう、、、。



義理妹が働くショップで売られているこんなチャイムを準備し

  義母にプレゼントもした。


  


このチャイムには

  遺灰も入れられるようになっている。


  


キャプテンが子供たちにもボートの運転をさせてくれ


 

 カメ君他貴重な体験も出来たみたい、、。



姪っ子が持参した人形を抱いた義母の写真に


  


”片手に赤ちゃん

  もう一方にビールを持った姿は

最初の15年間のお袋の結婚生活そのものや”
  と

 愉快な
コメントを残すバッキー  ^0^

  

 (ボートの写真はネットより拝借)

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お金をばら撒く義母

2017-08-20 | アメリカの家族

アイオワに帰って来てからの義母は

孫やひ孫にお小遣いを与えたり

 食事会の費用も全額負担したりと

   お金を使い放題、、、


 自分のお金を使える今

   思い存分 使ってやる、、、とばかりに


それこそ お金をばら撒いている、、。^0^


 
脳に障害を持ち

自分で自分のお金の管理は出来ないのに

息子カップルにそれを使われている事は

   分かっており

 そんな事から来るストレスもあるだろうし


 何より 一人の息子だけでなく

家族皆に分けたい、、と

    そんな気持ちは大きそう。






倹約家の義父との暮らしで

  贅沢をする事なく過ごした義母は

自分の物を買う事は知らないけど

 家族の為には

 お金を使う人だった。


長女が小さかった頃

私が気づかないばかりに

 育児に必要な物をいろいろ揃えてもらった事も

    思い出される。

義母にとっては 大きな出費だったろうに、、。




義弟カップルが

  義母のお金を使いこんでいる、、と言っても


 彼女が今まで身に着ける事もなかった

  お洒落な衣類も買いそろえ

それらを身に着けた義母は 高齢モデルのよう


    

      (イヤリングをつけた義母も珍しい)

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親子だから、、

2017-08-19 | アメリカの家族


カメ君のフットボールの練習もスタートした。

フットボールが始まると  秋を思う

  夏も そろそろ終わりになる、、。 



カメ君を送り届けた後

 けいちゃんを連れ義母が滞在しているホテルに行った。




ニックママはその夜 遅くまで仕事があり

私はレストランでの仕事が入っていたので

義母と義弟がけいちゃんを

 ビンゴに連れて行ってくれる事になっていたからだ。




内臓が強く いたって元気 な私は

 今でも走ったり踊ったり飛び跳ねたり

その辺の若い人と変わりない事が出来るけど 

 頭がぼけてきて

記憶力低下の上に判断力も衰え

 ちょっとした事でパニックに陥る事が

   多くなって来ている、、、。




この日もA、B,C地点に

定められた時間に行かなければならなかった上に

 小さなハプニングで時間を取られてしまい

 頭の中が真っ白になる、、、。

  情けないものだ。 




そんな事があった後だった事もあり


 同じように

些細な事でパニックに陥る義母を目に

彼女と毎日生活をしている義弟の苦労を感じた。



義母が倒れた4年前から

 自分の家で介護をしている義弟と彼のパートナー


 義母の貯蓄や年金を

彼らが自由に使っている事は

病気で脳障害を持った義母も感ずいており

 時々 それに対する不信を

   態度に出す義母、、、。




この日もそれは些細な事で

  金銭の事で戒められた義弟が

 義母を睨みつけ

  自分の無実を証明するかのように振る舞う。




 なんだか そんなやり取りも

 親子ゆえに出来るんだろう と、、

   そう見えるようになった。






どの子も義母にとっては

  大切な 大切な子供たち、、


そうして 義弟にとって義母は

   大切な 大切な母さん、、なんだ。


ただ お金が好きなだけ、、、^0^


   



     コロラドボーイズの新学年は一足先にスタートした。


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7人全員集合

2017-08-15 | アメリカの家族

土曜の夜は帰省した義母を囲んで

レストランで会食。


義母の7人の子供達も 全員集合


それぞれの家族も揃い計30人の

賑やかな会食の時間となった。






シニアのアパートで義母が一人暮らしをしていた頃

こうして7人の兄弟姉妹が

一度に集まる事は まずなかった。






バッキー家は 仲がいい方だとは思うけど

7人となると

気の合わない者達もおり

他州に住む者たちとは

だんだんと疎遠にもなって来る。



  

たとえ疎遠になっても

 家族は家族だけど

こうして時間を共にする事で

  結びつきは強くなる。


 


こうして 皆の集まりを目にし

まるで そうする為に

義母が今の暮らしに入ったとさえ 思えてしまう事だ。



 


義母の介護のお手伝いをする為

  カリフォルニアに行った4年前、、、


義弟カップルと同じ屋根の下で暮らす中

 パートナーに不信感を抱き始めた私は

  彼の告げ口を家族にし

 そこから兄弟姉妹が対立する事になった。


 


あの時 私は 義母を救う為、、、

  それを強く信じ

正しい事をしていると思っていたけど

 問題がこじれて来て

自分のしている事が分からなくもなって来ていた。


   
 


ある日 ヨガをしていると

  結びついた7つの金具が

一つの大きな輪を作っているイメージが広がり

  ハッとした、、。

  

 亡くなった義父は

 7人の子供たちが一つの輪になることを望んでいる、、、と

     そう 思った。

それ以来 見方、、というか

  捉え方が変わって来た。


兄弟姉妹それぞれが持つ母親への愛情を

   評価するなど誰が出来よう。

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ACL再建手術を受ける事に、、

2017-08-04 | アメリカの家族

5歳の時からバスケをしていた姪っ子は

  中学時代にはチームでも目立つ選手になっていた。


将来バスケでスポーツ奨学金を受け

   大学に進む事も見はじめていた彼女は

バスケが強い高校に進みたく

その区域に引っ越す為

 ネットで新しい家まで 探し出した。


その家がお買い得であった事もあるだろうけど

  両親は家を売り その地域に引っ越した。






姪っ子が云う通り

  その高校のバスケチームは強く

 彼女が2年生の時 

州の大会で見事チャンピオンになった。

 (アメリカは全国大会はなく州大会止まり)



そのチャンピオン戦には

 アイオワに住む家族皆で

  試合がある他州まで

お揃いのTシャツを着て応援に駆け付けた事だった。



  





姪っ子が3年生だった今年の大会では

 惜しくも決勝戦まで行く事が出来なかったけど

姪っ子は州立大学のスポーツ奨学金を取り

  大学でもバスケを続ける知らせに

 私たちも大喜びした事だった。




アメリカの奨学金は返済不要

 スポーツ奨学金では学費は勿論 寮費や食費の他

   ちょっとした生活費も出されると聞く。



大学が決まったと言っても

 最後の高校生活となるこの年のバスケにかける姪っ子の思いは強く

この夏もクラブやトラベルチームで活躍していた。

   


その姪っ子がクラブであった最後の試合

相手選手のシュートをブロックし着地した時に

  膝を強くいため


 今月前十字靱帯(ACL)の再建手術をする事になったと言う。



  



何と 全治するのに

   6-8か月のリハビリが必要になると知り




シニアイヤー(高校4年生)でのバスケが無理になった事に

  目の前が灰色の雲で覆われ軽いショックを受けた私は

    それを知った時 送る言葉がすぐに見つからなかった。


前向きな言葉は そんな心情では出て来ない。




姪っ子 、、、ジョーダンちゃんの手術が成功しますように

  お祈り お願いします。

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ヘアーカットに

2017-06-17 | アメリカの家族


黒人の血が入ったカメ君の髪の毛は

  くるくる巻き毛


  
このクルクルカールが


 

私の目には 

   可愛くうつるんだけど

ニックママは 短く剃った髪型が好き。



コロラド次男君も連れ

   ヘアーカットに行って来た。


 


サイドをシェイブし


  ラインも入れてもらって


 

  
    二人とも 大満足!
 

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朝からハプニング

2017-06-15 | アメリカの家族


他州に住んでいる従兄弟と会うのは

 年に1度ぐらいだけど

 最後に会った時の記憶の箱は

 いつでも開けられるのだろう

 皆 毎週会ってるかのように

    はしゃぎまわる。



 

夕飯を終え 

 皆が居間に集まって

 DVDを観る時間、、、

 こんな 何でもないひと時

  共に過ごせる事の喜びを

ひしひしと感じる。


遠い道

  来てくれてありがとう。










他州のパークに向かった日曜は

朝からいくつかのハプニングがあった。



さあ 出発  と

バッキーのバンを走らせようとすると

バッテリーがあがり

エンジンがかからない、、、。


ただ 

私の車にケーブルをつなげただけで

  ブルンブルンと音をたてはじめ 

    すぐに出発は出来た。






半日パークで過ごし

  行きと同じように

友人から借りた二つのカイヤックを

  バッキーのバンの上にくくりつけ

  ハイウェイを走行中

ロープが切れ 

 カイヤックは宙に浮き 飛んでいく、、、。




私たちのバンの後ろについて走っていたミックママとニックママ姉妹は

  その光景を目に 心臓パクパク



  


ただ

 路上の端に飛ばされたカイヤックには

  何のダメージもなくすんだ



 



その日の夕飯にしようと

出掛ける前に

 肉の塊をスロークッカーに入れ

  イタリアンビーフを準備した私だったが

家に帰りつくと

  肉は朝 スロークッカーに入れたままの姿


コンセントに差し込んだのは

  スロークッカーの傍にあったミキサー、、、だった。


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来なかった、、かれ

2017-06-12 | アメリカの家族


金曜日にコロラドを発ったミックママ家族とは

  道中 何度かマルコポーロ(Marco Polo)のアプリを使って

   ビデオを送りあって連絡を取っていた。


そうして 車内でおにぎりを食べるボーイズの姿に

   嬉しくなった事だ。




皆は途中ホテルで1泊し

土曜日の午後アイオワに着く事になっていたので


  彼らを迎える準備にも

   力が入った土曜日の朝、、、


これが 息子一家を迎えるとなると

  嫁の事を思い

  細かい事にまで気が行くのだろうな、、などと

    思ったことだ。



 


ミックママ夫婦は結婚してから

  ずっと州外に住んでいる事もあるけど

婿が休暇を取って

 私たちを訪れる事はほとんどないので

 なおさら 

  婿と会う機会が少なく

今回 我が家で彼も数日過ごす事になり

皆それなりに気構えていた。





今回の滞在は約1週間だが

 ボーイズをここに置いて

  木曜日にシカゴに経ち

 友人カップルと週末を過ごすミックママと婿、、、


、、、と思っていたら



 


 一緒に来るものと思っていた婿は

コロラドの残り

  木曜日 一人でコロラドからシカゴに飛び 

 車でアイオワからシカゴに行くミックママと落合い

  シカゴの友人カップルと数日を過ごした後

ミックママとアイオワに来て

  ボーイズをピックアプし

    その足でコロラドに帰ると言う。



 又 彼との時間が少ない、、

   ってか  ほとんどない、、、訪問になる。



 


コロラドボーイズも皆  ご飯が大好きなんで

  手巻き寿司は皆に受け成功!

大人たちに好評だったのは エビ天 
  
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一番好きな人

2017-06-01 | アメリカの家族

姪っ子の卒業パーティーには

アイオワに住むバッキーの兄弟家族も参加した。


同じ町に住んでいても

 皆が顔を合わせるのは

  こうした機会がないとなかなかない。


 それもあるけれど

 皆が集まったこの時間が大好きな私、、、


何しろ 皆仲が良くて

 それは良いエネルギーに包まれる、、。


だから

必ず 家族写真を撮る。


”ほら みんな

  写真撮るから くっついて くっついて、、、”
  と言う写真魔の私に


すっかり慣れた家族は

 なんで? とか 又 写真、、、

 などの文句はもう言わない、、。



私の方を向き

こうして 笑顔で 並んでくれる。 



  




”バッキーは娘が一番好きな伯父さんなんだ。”  と

  6番目の義弟が言う彼の娘は

知的障害を持つ アリちゃん、、だ。






”そうね  だって

 バッキーはアリちゃんが小さい時から

  いつも彼女に話しかけていたから

彼女と上手く会話を持つ事も出来るし

アリちゃんの心に触れる事が出来るのよね。"
  と

私が言うと 

  そうだ そうだ と言わんかのように

  義弟が嬉しそうに頷いた。






障害児は21歳まで高校に通えるアメリカ、、

  去年 高校を卒業したアリちゃんは

街の老人ホームで働き始めてもいる。

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心にかかるから、、、

2017-05-31 | アメリカの家族


ブログで度々紹介しているvegan メニューがある レストランで

そのオーナーの息子さんの卒業パーティーと一緒に

姪っ子のパーティーも催された。






2人へのお祝い金は

オーナーの息子さんには20ドル

姪っ子には100ドルを

それぞれのカードに入れ

姪っ子には小さな縫いぐるみも加えた。



ちょっと前にあった姪っ子のフェイスブックのページに


こんな ↓





     ”キャーー 何て可愛いの

    誰かが私にこれをプレゼントしてくれたら

      うーーんと愛しちゃう”
 


     投稿があったからだ、、、。


  



あなたの事は いつも

心にかけている、、、



そんな気持ちを伝えたかった。






姪っ子が義理妹夫婦の養子となったのは

彼女が5歳の時だった。




3歳年上で 父違いのお兄ちゃんと

病弱だった乳児の弟3人で

この家庭にやって来た。



義理妹夫婦は その他にも2人の子供を養子にし

男の子4人、女の子1人、、の5人の子を育てた。

紅一点の姪っ子は

2人の兄と2人の弟の間で育った。



2人の弟は

乳児であった上に 病気がち

手のかかる子たちだったが


姪っ子は 小さい頃から 頭が良く

リーディングレベルも高く

学校の成績の良い子だった。


そう

  手のかからない姪っ子は

すくすく育っていった、、、。




私が センシティブ過ぎるのかも知れない、けど、


ふとした事で

姪っ子の心に 寂しさを感じる事は


この13年間に何度かあった、、、。




そうして

子が実の親から 離される事や

養子である娘を育てる母親の気持ち、、などを

考えさせられもした。










数年前に

高校を卒業した2人の兄も家を出 、 独立



姪っ子は

ナースになる為 大学に進む。


"あの子は頭の良い子やから

きっと やり遂げるだろう。"


言ったバッキーに

"精神的にも 強い子だし、、ね。"

私が言った。



卒業 おめでとう!

ずっと あなたの事、、応援してるよ。

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感謝祭と思い出す家族

2016-11-24 | アメリカの家族


明日の木曜日は 感謝祭  

けいちゃんたちの小学校は

  水曜から5日間お休み、、、。


 他州に住む家族も

この休みに帰省することは多く

  皆で七面鳥などのご馳走を頂き

家族と共に時間を過ごす。

  


ムースでは感謝祭のディナーを希望する人達 皆に

  無料の食事を提供する。

配達を希望する家庭には

  家までデリバーもし


そのお手伝いを

毎年していた私たち夫婦だが

 バッキーがムースから遠ざかった為

 今年はディナーを作る材料の寄付だけにし

 バッキーの妹のご主人の家族、、

    、、、菅野家(仮名 アメリカ人家族です)の人たちと一緒に

  食事を頂くことにした。




菅野家の人たちとは

  会っても年1度ぐらいだが

 皆 気兼ねのいらない人たちばかり なので

     気持も軽い。


 



イラク戦争の兵士だった

 菅野家の一番末っ子の息子さん、、アンディーは

私の長女と1歳違い だっただろうか、、、。


イラク戦争から帰還してから

   癌を発症し

その上 

歩くことも 話す事も出来ない

   重度の心身障害を持つ息子さんも生まれた。

 確か カメ君と同い年、、、。



どう考えても

 原発から出る廃棄物質で作られた

  劣化ウラン弾

  アンディーが 戦場で被爆した

    としか考えられない状況、、、、。




アンディーが車いすの生活になってからも

  人工呼吸器をつけた息子さんも一緒に

  奥様と3人で

菅野家の集まりには 顔を出しておられた、、、。

 

 アンディーが亡くなってからも

  奥様であるアンさんは

  一人で息子さんを育てておられたが

 去年 再婚され

 健康な男の子にも恵まれ 

 家族4人で

  幸せに暮らしておられるようだ。



ホリデーの集まりとなると

もう

  彼女と息子さんの姿を

  菅野家の集まりで見る事はないんだな、、、


 彼らの事を思い出した。

  

  


アメリカの皆さま

  ご家族で楽しい時間をお過ごし下さい、、、。


      (写真は長女一家)

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亡き友と義母の言葉と、、

2016-11-08 | アメリカの家族


カブスファンの叔父さんを訪れた後、

その町の墓地に眠る二人のカブスファンを訪問


一人は義母の父親、、、バッキーのグランパだ。

私たちが20代の時に

  購入した最初の家は

 グランパの家の斜め前だったんだが

彼がカブスファンであった記憶が

   全くない、、私だ。 ^^;







もう一人は

 45歳で亡くなったバッキーの友達ボーン。


シングルで

  これと言ってガールフレンドもいなかったボーンは

ベースボールシーズンになると

毎週末のように

我が家に来て

  バーベキューをしながら野球観戦をしていた。


チケットも安かった8-90年代のその頃

バッキーはボーンと 

 シカゴのリグリー球場まで 

  何度も 足を運んでもいた。





”ボーン、 

 カブスがやっとワールドチャンピオンになったぞ!”



 ボーンの墓石に

  カブスのステッカーを数枚貼り

   亡き親友にバッキーが報告する姿に

      ジーーン



   


80年代の私は

アメリカでの生活に不満が多く

  日曜日になると

娘をバッキーに任せ

 モールに買い物に行くことが多かった。


  ショッピングに行き

 留守にしていた ある日の日曜

いつものように 

ボーンとバーベキューをしながら

 酔っぱらって野球観戦をしていたバッキーを

  近所に住む義母が訪問、、。



その時 何があったかは知らないが

あとで その日の事を 



”まったく あの子は飲んでばかり

貴方が毎週買い物に出かける訳だわ。”
  と

  義母が私に言った言葉が

   その時の私には 

 買い物ばかりしている嫁に

     思われている 
  

   と感じられ

買い物に行くのは 

  ちょっと 控えたほうがいい   と

    思ったことだ。


日本から来たばかりの私から見て

  義母が使っていた衣類や基礎化粧品などが

    非常に質素だった事も

   あったと思う。




ボーンと娘が写るこの写真を見ると

  何よりもそれを思い出す、、、。



今は母親想いのバッキーだが

  20代の頃は

 母親との口論も多く

 ”家に来るな!”  とさえ

  言ったことがあったらしい。

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サプライズパーティー その1

2016-07-06 | アメリカの家族


義母の兄弟姉妹や




姪っ子甥っ子、、

そして古い友人たちも呼び

青い家で 開いた

義母へのサプライズパーティーは大成功!





天候にも恵まれ

1日 外でいられたのもラッキー! だった。





暫くぶりに会うバッキーの従兄弟たち、、、




昔と変わりない人もいれば

あれっ、

バッキーの叔父さんだったっけ? と

思ってしまう容姿をした従兄弟、、、や、、^^


皆 其々

成人した子供を持ち

家族で訪問してくれた。





そんな中、


計画を立てた私たちさえ

思いもしなかった ゲストの訪問があり









感動の涙!!


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ファミリーミーティングで、、 義母その3

2016-06-29 | アメリカの家族


アイオワに帰ってきたい、、、 と言う義母の為

老人ホームを探し出したアイオワの義妹の誘いで

川べりのレストランでランチ、、。





ビーチ沿いにあるこのレストランは

子供達にも人気。





ボートでやって来る客も多く

服装もカジュアル


このレストラン オリジナルのバーガーサラダ

オニオンリングやピコルス入り



ユニーク



ランチの後、皆で

老人ホームの見学に行く事になっていたが


"母さんは

老人ホームには入居したくないんだ"


言うCa義弟の言葉があり

険悪なムードになった兄弟たちに


"まずは

母さんの考えを皆で聞くため

ファミリーミーティングを開こう。"


バッキーが声をかけ

大人たちだけで

プライベートルームに席を持った。


私がカリフォルニアにいた頃も

義母は何度も 、、、時には涙し

"アイオワに帰りたい "
と言っていたが

いざ それを実行に移そうとすると


"Not Now" と言う。


今回も、、、


宇宙語だったが

今すぐにアイオワに帰って来る気持ちでない事は

皆 分かった。



ファミリーミーティングは終わり

老人ホームの見学は取り止められた






来年もアイオワに

来れると良いけど、、、ね、、 お義母さん。

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