はちきんizyのアメリカ丼

料理にすると丼カップル
はちきんイジーとアメリカンいごっそうバッキーの
山あり谷ありの国際結婚ブログです。

ホスピスボランティアもワクチンMandate

2021-11-21 | ホスピスボランティア

ホスピスボランティアになって数年経つけれど、コロナ禍 活動をしていない。

感謝祭やクリスマスに患者さん達にカードを送ろうとカード作成の集まりもあったけれど働いている為それさえ参加できないでいる。

ズームで催されるミーティングも然り

 

そのホスピスもボランティアたちのコロナワクチンの摂取が義務つけられた。

 

ワクチンカードのコピーを提出する必要が出来たので、ボランティア活動に対する自分の希望と一緒に手紙を添えた。

 

 

仕事のスケジュールや家族の世話などの理由で患者さんは暫く持てない。

 

患者さん宛のクリスマスカードが家で書けるならそのお手伝いはしたい。

 

ホスピスに行くとパーキングには何台かの車が駐車していたけれど、ドアはロックされ、窓越しに受付を覗くと室内は暗く誰もいなかった。

郵便ボックスに手紙を入れかえった。

 

 

 

ぽちっとね

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自信なくお断りした

2021-02-25 | ホスピスボランティア

 

駐車場からビルまでの短い距離でも

歩いていると

痛みを感じる程

気温の低いこの地方

 

今年は特に寒さが厳しく

 

”こんなに長い日数

雪だるまが溶けずにいるのは珍しいぞ”

カチカチに凍った雪だるまを見ては

雪国育ちのバッキーさえが

驚いたように

何度も言うほどだ。

 

 

 

それが

昨日から

少々気温があがり

悲しきかな

雪だるまの頭はすっかり溶けてしまった。

 

 

 

 

 

溶けたと言っても

今日の気温は摂氏にして1度ほど。

 

 

            

 

コロナ禍

ホスピスのボランティア活動も停止し

約1年が過ぎようとしている。

 

 

 

そんな先週

ホスピスからのメールで

ZoomやFace time を使っての

バーチャル訪問を希望するボランティアはいるか

訊かれた。

 

いろいろ考えたけど

スクリーン越しに会話する事に

自信がなく

今回はお断りした。

 

患者さんと対面出来る日は

まだまだ 先の事になるんだろうけど、、、。

 

自信なし

 

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あまりにも早くに

2020-03-01 | ホスピスボランティア

ホスピスの患者さん フクさんは私と違い小さな爪をされているので

ネイルシートは 小さいサイズの petite になる

 

木曜日の朝、仕事に出掛ける前に

末娘ニックママからpetiteのネイルシートを受け取った私は

職場への道中、

フクさんにそれをつける日を思ってはウキウキなっていた。

 

田舎道を走っていると

ホスピスのコーディネーターからスマホに連絡が来た。

丁度その午後 ミーティングがあったので

その事だろうと電話に出ると

それはフクさんがその日の朝早く亡くなられた知らせだった。

 

 

一瞬、身体が硬直し返す言葉が出なかった。

 

でも

死によって病を持った肉体から解放されたフクさんを想うことが出来

1度でもお会い出来た事を嬉しく感じもした。

 

 

初めて訪問した月曜の午後、

ベッドに横になられていたフクさんは

部屋に入って来た私を見ると

小さな驚きを見せるや優しい笑顔で迎えてくれた。

 

訪問を喜んでくださっているのが嬉しく

緊張感も溶けて行った。

 

透き通るような白い肌に大きなブルーの瞳

何よりもあの優しい笑顔が印象に強く残っている。

 

 

あの日と同じ穏やかな想いに包まれておられますように、、、。

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後悔、、でも

2019-12-10 | ホスピスボランティア

週末イリノイの借家で過ごした私は月曜 仕事を終え次第

山口さんが住んでおられた老人ホームに向かった。

 

写真の事をお願いしたものの

係りの方の返事曖昧だった事から

わざわざ写真だけを別にしてくれそうにないような気がしたからだ。

 

”ゴミになる前にとりに行かなくては、、、” 

そればかりで心は一杯だった。

 

 

5時を過ぎていたからだろう

彼女のオフィスは閉まっていた。

手ぶらで帰る気持ちになれなかった私は

山口さんがおられたフロアーに向かった。

 

ナースステーションにいた一人のナースに事情を話すと

山口さんの持ち物は今も彼がいた部屋にあると言い

私を連れ部屋に行きテーブルの上にあったその写真を手渡してくれた。

 

 

山口さんがこの老人ホームで暮らし始めたのは10年ほど前の事だったらしい

温厚な彼は沢山のナースやエイドさんたちに好かれていたとも聞き

穏やかな日々を過ごされた老人ホームでの10年間を感じ嬉しかった。

 

ナースにお礼を言って

額に入った山口さんの写真を手にし

出口に向かって歩いていこうとした時

突然 まるで鉛でも持ったかのような重さを手に感じハッとした。


”なんて事をしてしまったんだ。” 

大きな責任を感じた私は山口さんの写真を持ち帰る事を後悔までした。


かと言って ゴミになって捨てられるのは嫌だ。


”私は亡くなった家族のお祈りも毎日しません。

そんな私ですが、それでもかまいませんか。”



写真を飾り

そんな頼りない言葉を山口さんにかけた。

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遺灰はどこに

2019-12-09 | ホスピスボランティア

 

山口さんのベッドサイドに座って日本の唱歌を流していると

ホスピスで音楽療法士をしておられる方が楽器を持って入って来られた。

 

この日は夕方の5時半までボランティアの人の名で埋まっていたので

5時半に戻って来ることにし

2時半に来られたその音楽療法士とバトンタッチした私は

軽食をとりに外に出る事にした。

 

ご家族のいない山口さんの遺灰の行先が気になっていた私は

それを訊きに老人ホームで役職をされている方の部屋に入った。

 

まるで家族のいない患者さんは山口さんが初めてでもあるかのように

 

”そうね どうなるか わからないわ。” と言われる

 

”でも火葬はされるんですよね。” と訊いた私に

 

”ええ まあ”  と力ない応えが返って来る。

 

山口さんの持ち物は多分 全て

ゴミと一緒に捨てられるんだろう  と思った私は

 

額に入った山口さんの写真が頂けるか 訊き

軽く頷いた彼女に

 

”忘れないでくださいね。”  と言って部屋を出た。

 

 

軽食を終え車に戻ろうとした時

 

最期を看取るプログラムの責任者であるジュディーさんから

 

”患者さんが亡くなられた為 キャンセルされました。” と

電子メールが届いた。

 

 悲しみはなかった。

 

死期をすぐそこにされていた山口さんが

身体的な苦しみから解かれた事に安心する想いが大きかった。

 

 

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ご苦労様

2019-12-08 | ホスピスボランティア

唱歌が山口さんを日本にかえしてくれると一人勝手に信じる私は

ふるさと をもう一度山口さんに聞いて欲しく

 

”私が行くまで待っててくださいね。”

 そう心の中で唱えては涙があふれて来て


死を前にした人に会いに行くってこういう気持ちなんだろうか と 

 家族の臨終にかけつけた事がなかった私はそんな事も思いながら

アイオワまでの田舎道を走った。


 

スピード違反はしていなかったけれど

気持がせっていたのか老人ホームには1時間ちょっとでつく事が出来た。

 

いつもと違い山口さんの部屋のドアは閉まっており

軽く2度ノックをしてからドアを開けると

2人部屋にいる山口さんのベッドの周りはカーテンで仕切られていた。



カーテンをあけると

最期を看取るプログラム 11th Hour Vigil を始められたジュディーさんがおられた。

 

彼女とはホスピスボランティアのトレーニングクラスを一緒にとっていたので

お互い顔は知っていた。


危篤状態の患者さんの名前や場所の情報は

電子メールやテキストメッセージで送る事は出来ず

電話でジュディーさんから受け取る事にもなっているので

何度か電話で話した事もあった。

 

”ありがとう” 

私の顔を見るやジュディーさんが言われる。

 

それは私が彼女に言いたい言葉だ。

 

 

 山口さんが何時にどのような医療ケア―を受けたかなどの説明を私にした後

ベッドサイドテーブルに山口さんの汚れた紙おむつが置かれていた事や

この部屋をシェアーしている認知症の方が出入りする状況を ケイアス chaos と言い

そんな不満を彼女が私の耳元でつぶいた。

 

 

そんな事が彼女程 気にならなかった私は軽く相槌を打ちながら聞いた。



 

テーブルに置かれた電池式の蝋燭や本をバッグの中に入れ

ジュディーさんが部屋を出られた。

 

蝋燭もお祈りの本も持って来ていない私は

サイドテーブルにいくつか積み重なっていた写真の額から

 お若い頃の山口さんの顔写真が入った物を取り出し

テーブルの上に置いた。


人があの世に逝くと 3-40代の身体になると読んだことがあり

その姿になっていく山口さんを想うからだ。


スマホで 唱歌 ふるさと を探し

山口さんの耳元に置き椅子に座った。


 ”ご苦労様 山口さん”   

そんな想いと一緒に ただただ痛みに苦しんでおられない事を願った。

 

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謎を解くように

2019-12-04 | ホスピスボランティア

明日の水曜日は寿司で5時まで働いた後

その足でイリノイの借家に帰る事にしたので

火曜日の夕方 山口さんを訪問した。

 

ベッドに横になられた山口さんを覗き込むと

すっかり頬がこけ 肌も灰色がかっておられ

一瞬息が詰まりそうだった。



 

今回もリべリーハープを持って行った。

 

弦の上に片手を置くと指先を動かされはするけれど

先週に比べ反応は弱々しい。

 

そうしてそのうち眠られてしまった。

 

眠られている山口さんのベッドサイドで

リベリーハープを奏でていると

テーブルの上に置かれてあった1冊の本が目に留まった。

 

茶色の紙でブックカバーがしっかりとされており

余計興味を持った私が中を開くと

小学館の学習雑誌 ”小学2年生”だった。



山口さんが養子としてアメリカに渡ったのは

彼が小学2年生の時だったのかも知れない。

 

謎を解いていくような思いで雑誌をめくった。

 


1ページ目に載っていた詩 ”たかいてっきょう” にある

  トンネルをでると の  と

それに続く たかいてっきょう の  が丸で囲まれており

て と で を間違って読んでしまう少年山口さんと

その指導をされていた施設の方を感じ きゅっとなった。


 

そうして1955年に発行されたこの雑誌が今も綺麗なまま残っている事に

山口さんを養子に迎えられたアメリカのご両親の深い愛も感じた。

 

 

 

山口さんが今、日本語を話されないのは

多分 アルツハイマーを病んでおられるからで

それまでは簡単な日本語なら理解されていたように思う。


 

日本の童謡を聴く度に毎回

”Oh"と声を出され

深い感動でもされたような表情になられるのは

記憶の奥に眠ったその歌が

日本で歌ったその時と一緒に蘇って来るからかも知れない。

 

 

今度訪問する時はハープを奏でるだけでなく

YouTubeで日本の童謡も流そう。

 

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感謝祭は

2019-11-28 | ホスピスボランティア

今年の感謝祭はバッキーと2歳違いの妹家族の家で迎える事になった。

 近くに住んでいるとはいっても

こういった機会にしか会う事がないので

楽しみと言えば楽しみかなぁー

 



今日は冷たい風が吹き荒れ、空はどんより

 

 

 

仕事を終えてから山口さんに会いに行った。

明日の感謝祭を挟んで私は4連休

アイオワに帰って来る日は12月2日になり

今週で11月が終了してしまう事が

山口さんに会いに行った一番大きな理由だった。



 そうして明日が感謝祭である事もあったし

 山口さんが弱っていらっしゃる事が気になった事もある。

 

 

お身体が 弱ってはいらっしゃったけれど

先週持って行った楽器 リベリーハープが奏でる音を喜んでくださり

障害を持たれた方の腕までシーツの下から取り出し

ハープの上にその手をのせられ



弦を弾く事を愉しんでくださった。

 

そんな山口さんの様子に先週よりしっかりされているのを感じた。

ただ先週と同じように会話を持つのは難しかったけどね。


 

楽器を弾くだけだったのに

あっという間に1時間が経過したので老人ホームを去る事にした。

 

”さようなら”  と言うと

 

”さよなら”  と返してくださったのが

唇の動きとそこから出る小さな音で分かった。

 


イリノイの家に帰りついたのは9時近く

それから最近3人ではまっているホラーミステリー家族ドラマを観ていたら



   翌日になった。


おやすみなさい。

 

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楽しんでいただけた

2019-11-23 | ホスピスボランティア

金曜日はアートクラスから始まり

パッチワークキルティングをキルトさんと2時間した後

老人ホームに山口さんを訪問

 

先週は忙しくて訪問出来なかったので山口さんに会うのは2週間ぶりだ。

 2週間前は3週間前に比べしっかりした口調で会話も出来

私たちはいつものように Youtube で日本の童謡やクラシックミュージックを聴いた。



アルツハイマーをお持ちの山口さんは毎週同じ事をして時間を過ごしても

毎回 まるで初めての事のように音楽がかかるや

驚きと一緒にぱぁーーと明るい顔になられたり

時には涙ぐんだ瞳で遠い昔にかえられたような表情をなさることもある。


 

でも今回はちょっと違った事をしてみようと

ホスピスに立ち寄り リベリーハープを借りて来た。

 

 弾き方を知らなくとも弦をはじく事で心地よい音を奏でる楽器だ。

 

 

 

 

部屋のベッドで横になっておられた山口さんを

車いすに移動させてもらおう と

ナースエイドに頼んだら

 

”今日は調子がお悪く 椅子に座っていても前かがみになられてしまうんですよ

危ないですからベッドに横になったままでよろしいですか?”  と

言われた私は

ベッドに横になった山口さんのお腹の上にハープを置き

弦をはじいて音を奏でた。


具合がお悪かった山口さんは

この日はっきりとした言葉で会話が出来なかったけれど

ハープの音を耳に

”ド、、レ、、、ミ、、、”  と言われているのが聞こえた。




山口さんの肩手をハープの上に置くと

指で弦をはじかれもした。


口元をほころばせ音に聞き入る山口さんに

空中を優しく飛びかう音符が見えるようだった。

 

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伸ばし伸ばしにしていた

2019-10-30 | ホスピスボランティア

引っ越し中 どんどん物を捨てるバッキーと

捨てられない私とで何度か言い争いが起こった。



”このクソおやじ” と腹が立った私は

自分の物は自分で運んでやる  と

重い箱も一人で移動させていたある日

車の奥に置いてあった最後の段ボールの箱を取ろうと

右腕を伸ばした所

 

バキッ、、、と言うのはちょっと大袈裟だけれど

グキッ  と言うような音がし

 

左のあばら骨に鋭い痛みが走った。


その1週間前に椅子から落ち打った部分だ。

 

今回の痛みは椅子から落ちた時より強く

歩くのさえ辛く声さえ出せない程だった。

 

 

職場では軽い仕事をしサポーターも着用

2-3週間後ぐらいにまあまあ回復してきた。



痛むと言っても仕事に行ける程度だから

ホスピスの患者さん  山口さんを訪問する事も出来たんだけれど

なんだかんだ理由をつけ伸ばし伸ばしにしていた。


最後に山口さんを訪問してから18日が経っている。

 

 


明日の水曜日からイリノイの家で4日間過ごす事もあり

10月が終わる前にもう1度山口さんを訪問しようと

火曜日の夕方、老人ホームに行った。

 

  

先週末、軽い脳卒中 strokeを起されたという山口さんは

以前のような会話も出来ず様子が変わっておられた。


それでもYouTubeから童謡が流れると

”オー―”  と小さな声を出し

目を細め涙ぐんだような表情になられる。

 

昔々に耳にされたその時に還られているのだろうか


勝手にそんな事を想像しては胸が熱くなった。



写真は今朝の川べり

  初雪が見られた。

 

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俺たちは仲間さ

2019-10-09 | ホスピスボランティア

今月、トンペイシェフ(中国人の中華シェフ)が有給休暇を取り中国に帰った為

 

毎週4日間続けて夕方の5時まで働いている。

 

その為老人ホームに住む山口さんの訪問は月曜から休みの金曜日に変更


 初めて訪問される方に、、、


 山口さんに出会った経緯はこちら 

 


キルトさんとパッチワークキルトをした後

 

老人ホームにいる山口さんを訪れた。


 

老人ホームに着くとすでに4時半

 

5時から夕飯が始まるので車いすを押しダイニングルームに行った。

 

 

山口さんは二人の男性とテーブルを共にする。

 

その中の一人は頭にHead Wrapをかぶり見るからにバイカーだったので

 

 ハーレーダビッドソンからとってハーリーさんと呼ぼう。


”ハーリーさんはバイカーですか?”  と訊くと


”えっ  なんで分かるんだ?”  とハーリーさん


”その服装で、、、ぷぷぷ と私


それを嬉しそうに聞くハーリーさんに

 

”山口さんもその昔 バイクに乗っておられたんですよ。” と話すと

 

 ハーリーさんがバイクの話を始められ

 

話の中には私の知らないバイクの名前も飛び出し


ちんぷんかんぷんの私の横で


アルツハイマーと脳梗塞の後遺症を持つ山口さんが


ハーリーさんの話に相槌を打ちながら会話を始められる。



”分かってるじゃないか  そうなんだよ。”  と


ハーリーさんもバイクの話をする相手が出来た事を喜んでいるかのように


暫く山口さんと話をしていた。



        

 

そんな中 山口さんが

 

”僕の英語を皆が馬鹿にするんだ。”  と


いつもの台詞をこぼされる。



 

”そんな事なんてないよ

 

君はちゃんとした英語を話しているよ。”  と

 

ハーリーさんが山口さんを勇気づける




 

 

そうして

 

”俺たちは仲間だぜ”  って意味あいのFist Bump をしようと


ハーリーさんが拳を出すと


それにすぐに応えた山口さんに


’分かってるじゃないか”  と


ハーリーさんも嬉しそう。



         写真の為3度して頂きました。 笑



 

山口さんとはいつも日本の景色をビデオで観たり

 

日本の音楽を聴いて過ごすんだけど

 

こうして山口さんと食卓を共にする方たちとの時間もとても良い時間になった。


ほんわか 良い気持に包まれた。

 

 

 

アルツハイマーを病んでおられる山口さんは

 

きっとこの日の会話も忘れられるだろうけれど

 

それを覚えておられるハーリーさんは

 

食事の席で又山口さんとの会話を楽しまれるかも知れない。



 

そうなると良い。

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ほっとした

2019-09-24 | ホスピスボランティア

月曜日はイリノイの家を8時に出


アイオワの職場に直行  


数時間働いた後


老人ホームに山口さんを訪問し


その後ヨガクラスで1時間のヨガ。



これが私の月曜日の日課になって3週間目だ。




 

数時間の仕事の為だけに


イリノイからアイオワまで通う気持ちにはならないけれど


これだけの事が1日に出来るなら


1時間半かけ通うのも悪くはないとも思い始めた。






山口さんは嫌な体験をした過去の話を口走る事が多いけれど


今日はそれがなく


2人で観た日本の動画や音楽の話を嬉しそうにされた。



だから私もほっとした。




お別れに


私が さよなら と言うと 


それに続き


”さよなら” と


いつもの恵比須顔で言われる。


動画を観ている時も


音楽を聴いている時も


それはいい笑顔をされる方で


優しさに包まれる。


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患者さんとの時間は

2019-09-05 | ホスピスボランティア

 

新しくついた患者さんは日本人の男性だったので

 

 山口さん (仮名)と呼ぶことにしよう。

 

 

 

アルツハイマー病も持っておられる山口さんは71歳


まだまだお若い、、です。

 

 

東京の孤児院にいた彼をアメリカ人夫婦が養子にされ

 

それ以後アメリカで生活をされている事を

 

ナースの言葉かけに頷きながら山口さんが私に話してくれた。

 

養子になった年齢も


どの町で育ったかも

 

病の為 確かではない。

 

 

 

 アルツハイマーを病んでおられる山口さんが話される内容は


断片的ではあったけれど


私が訪問した1時間 ほとんどずっと話をされていた。

 

 

 

会話の中で山口さんは何度も

 

”They made fun of me" 

 

 僕の事を馬鹿にするんだ  とか  からかうんだ。

 

と言う意味のその言葉を

 

悲しそうな表情で繰り返された。

 

48年生まれの山口さんが少年期を過ごされた50年代

 

今よりアジア人への差別も露骨だっただろうし


辛い思いをされたと想像するけど

 

その体験が今も


山口さんの心の傷として残っているのが悲しかった。

 

 

 

スマホで桜の動画を探してお見せすると

 

スマホをご存じでないようで


”それは何?”  と訊かれる。


 

電話でもあり写真やビデオも撮れると


それだけの事にも

 

驚いておられたので


面白くなった私は


”ほらこうして自分の写真も撮れるんですよ。”  と


調子に乗って二人でセルフィ―  


  

 

次回訪問する時はラップトップを持って行こうと思う

 

スマホより大きなスクリーンで

 

日本に関する動画をお見せしたい。

 

静かな音楽がお好きな山口さんでもある。

 

何かいい動画をご存じならお知らせください。

 

 

 

帰る時

 

”さよなら”  と言ったら

 

”さよなら”  と

 

すぐに返してもくださった。

 

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その人は日本人だった

2019-09-04 | ホスピスボランティア

先週、ホスピスのコーディネーター  ステイシーさん(仮名)から

 

新しい患者さんがついた連絡が入り

 

彼女のオフィスに出向いた。

 

 

”患者さんは男性なんだけど 良いかしら?”  と

 

ステイシーさんが確かめるように私に訊いたのは

 

女性のボランティアには女性の患者さんを 

 

男性には男性の患者さんをつけることが多いからだ。

 

”別に構いませんよ”  と言う私に

 

”それがね

 

この患者さんはアジア人なのよ

 

だから貴方にピッタリじゃないかと思って、、。” と

 

ステイシーさんはまるで自分の事のように

 

ウキウキされて話す。

 

 

でも患者さんの名前はどう見てもアメリカ名

 

一体どの国出身の方なんだろう  と興味もあったけれど

 

明日にでも会いに行きたい、、とまでは思わなかった。



どちらかと言うと


 ”家の事で忙しい時に、、、”  と

 

気持が進まなかった。

 

 

ボランティアと言う事に対する甘えだ。


 

週末を超え

 

2時までの仕事だった月曜日

 

夕方まで数時間あったので

 

患者さんを訪問する事にした。


老人ホームに入ると


一人のアシスタントナースが私をその患者さんの所まで案内してくれ


車いすに座ったその人を指し


”彼は日本人なのよ”  と言い


私に紹介する。

 

 えっーーーー  日本人?!


アジア人とは聞いていたけど


名前がアメリカ名だし 


日本人とは思いもしなかった私はびっくり





”こんにちは イジーです。”  と


私の名前を聞き日本人である事が患者さんに分かるだろうか  と


期待もして伝えた。

 

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婦人の傍で2時間

2019-08-31 | ホスピスボランティア

 

最期を看取るプログラムは

 

一人のホスピスボランティアさんによって

 

提案され出来たプログラムで


今年スタートしたばかり。

 

 

 

 

死を前にされた患者さんのインフォメーションは

 

メールでなく電話によって

 

希望するボランティアたちに送られる。

 

頂くインフォメーションは

 

患者さんの名前、住んでいる場所、年齢 それに誕生日、、と

 

ワークシートに記入しなくてはいけない内容のみ。

 

 メールやテキストを使わないのは

 

患者さんの情報が他に漏れる事を避けるためのようだ

 

こういった事にホスピスは非常に慎重




患者さんは

 

ラテン語でを意味する名を持つ婦人なので


 鳥婦人と呼ぼう。

 

 

 

 

鳥婦人が住んでおられる老人ホームの名に聞き覚えがあると思ったら

 

その昔私たちが住んでいたストリートに建っていた。

 

 

鳥婦人の部屋に行く途中

 

”まあ 鳥婦人に会いに行かれるの

 

彼女はそれはスイートな方なのよ。”  と

 

エレベーターの中で一緒になった一人の従業員に

 

そう言われ

 

緊張感がほぐれる。

 

 

病室に入ると見るからに小柄の鳥婦人が


真新しいキルトの掛け布団をかぶって

 

深い息をしながら眠っておられた。



 

 

”患者さんの手を握る” 


”お祈りの言葉をかける” などのアドバイスもあったけれど

 

 お祈りの言葉も覚えておらず 

 

手を握るには

 

室温が低く感じられ 

 

布団から腕を取り出す事を躊躇った私は

 

鳥婦人のベッドサイドにあったCDプレイヤーのディスプレイにある番号が

 

赤く点灯しているのに気づき

 

プレイボタンを押した。


 

波音や鳥の鳴き声をバックにし

 

ピアノやハープの演奏が静かに流れ始める。



流れる音楽にも何の反応もしない鳥婦人は


同じパターンの深い呼吸を繰り返されるだけだった。


呼吸は深くとも


苦痛を感じておられるように見えなかったのは


傍にいる私にも大きな救いだった。




そんな中で


 高校時代に観たアメリカ映画を思い出した。

 

 映画の内容は覚えていないのに

 

その中の1シーンが何故か記憶に鮮明。


 

 

 

それは、、、、、、、、

 

安楽死を選択できる未来の社会に暮らしていたある老人が

 

安楽死センター?に行く事を決める。

 

老人は係り員に自分の好きな映像や音楽を伝え

 

通された部屋にあるベッドに横になる。

 

 

スクリーンに映る大自然の画像を追いながら


ベートーベンの田園を耳にし

 

老人はあの世に旅立つ。

 

 

 と言う物。

 

 

映画のそのシーンを思い出しながら


安らかに逝かれますように、、、と

 

深い呼吸をする鳥婦人の傍で2時間程過ごした。

 

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