楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

不動の滝ーお散歩(その6)

2017年05月31日 04時23分28秒 | ひとり歩き旅
板橋区赤塚の乗蓮寺近くに「不動の滝」と言われる滝がある。

現在、不動の滝周辺は区立公園に囲まれ、緑豊かな地域となっている。
 また、平成15年1月には、「東京都名湧水57選」に指定されている。
(不動の滝公園)

(不動の滝入り口)


今では近隣の宅地開発が進んで、水量も少なくなっているが、
板橋区教育委員会によれば、
(山岳信仰が盛んとなった江戸時代の中ごろより、
富士山・大山(神奈川県相模原)などの霊山に発拝する際、
出発に先だち地元の人たちがここで身を清める
“みそぎ”場として使われていた。
崖上にはこの滝の守護神ともいえる不動尊石像が祀られている。ー後略)

ちょろちょろとしか出ていない水では、
「東京湧水57選」に選ばれるのも恥ずかしい。

(湧水口)


小さな穴から出る水を受ける器の小ささから、出水量を解ってもらえるでしょうか。
その脇にある、石で造られたカエル。
水の出口の上にあるお地蔵さま、横に祀られているお不動様。

(湧水口上の地蔵様)

(湧水口横の不動尊)

(石造りの蛙)


こうして、今では寂れるばかり、富士講や大山詣では今や昔の話となった。






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いずれ、あやめか、かきつばた-お散歩(その5)

2017年05月27日 04時46分09秒 | つれづれなるままに考えること
「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」とは、

今を盛りの、水も滴るような若い美女を指して使う言葉と思っていた。

どうもカン違いで「立てばシャクヤク座ればボタン、歩く姿は百合の花」と一緒にしていた。


「いずれ菖蒲か杜若」は広辞苑によると、

「どちらもすぐれていて優劣きめがたい意」とある。


先日TVで「ショウブ、アヤメ、カキツバタ」の見分け方を教えていたが、

どれもこれも、ボクにはショウブであり、アヤメであり、カキツバタである。

第一、ショウブもアヤメも漢字で書くと同じ「菖蒲」である。

三つの花はそれぞれほんのチョット違うだけであるから、

気にしなければ、ショウブもアヤメもカキツバタも同じである。

広辞苑の言う通り、どれも美しく優劣きめがたいと言うことだ。

それにしてもずいぶん色々なアヤメか菖蒲かカキツバタがあるものですね。

(菖蒲1)

(菖蒲2)

(菖蒲3)

(菖蒲4)

(黄ショウブ)

(菖蒲5)

(菖蒲6)

(菖蒲7)


さて、どれがアヤメでどれがショウブでどれがカキツバタでしょうかね?






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赤塚植物園ーお散歩(その4)

2017年05月24日 05時41分20秒 | つれづれなるままに考えること
板橋区の赤塚植物園へ行きました。
入り口には大きなユリの木が生えています。
葉が半纏のような形をしていることから、別名をハンテンボクと言うそうです。
原産地は北アメリカ東部で、ここでは重要な蜜源樹だそうです。
まもなく百合の花に似た花を沢山咲かせますが、
木が高いので間近に見ることが出来ません。

(赤塚植物園)

(赤塚植物園入り口のユリの木)

(百合の木の花)(Webより)


植物園には色とりどりの花が咲いていました。
先ず終わりかかったボタンです。

(ボタン1)

(ボタン2)

(ボタン3)


ボタンは春のお彼岸のころのお花です。
お彼岸に、いただくあんころ餅のことを「ぼた餅」と言う位です。
秋のお彼岸のあんころ餅は「おはぎ」と言いますのは、
そうです、ご存知の萩の咲く頃だからです。

(クレマチス)

(シラン)


よく見かける花なのにシランと言うのは面白いですね。
花の名前の通りボクはその名前をよく知らない花です。

次がアマドコロ。甘野老(アマドコロ)と漢字で書くそうです。
花はご覧の通り緑白色ですが、地下茎は漢方薬に使われるそうです。

(アマドコロ)

(エゴノキの蕾)


エゴノキは釣鐘のように下を向いて咲く花ですが、まだ蕾のままです。
これだけの蕾が開花するのですから、木は真っ白に見えます。

(花が開いたエゴノキ)






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松月院ー板橋十景(その六)

2017年05月20日 05時48分10秒 | ひとり歩き旅
通称 松月院は曹洞宗のお寺で正式には、松月院 満吉山 宝持寺と言う。

(延徳四年(1492)、千葉自胤(よりたね)はこの寺を菩提寺と定め、
寺領を寄進し自ら中興開基となった。
開山堂には開基の位牌をまつり、
本堂西側には自胤のほか比久尼了雲の墓碑も建てられている。

また天正十九年(1591)、徳川家康は四十石の朱印地を寄進したが、
これにならって歴代将軍が下付した朱印状正本が持宝として秘蔵されている。

天保十二年(1841)、長崎の人・高島秋帆は幕命により、
徳丸ヶ原で西洋式砲術の訓練を行ったが、
当寺を本陣とした縁故で、
遺品が保存され、顕彰碑も建てられている。)(板橋区教育委員会)


(松月院の石柱)


松月院の石柱を進むと、総門があり、
この門の裏側に松月院の「ヒイラギ」がある。
このヒイラギは板橋区の天然記念物として文化財に登録されている。

(総門)


(ヒイラギは厚い常緑の葉の鋸歯(きょし=ぎざぎざのこと)が鋭く、
さわるとひいらぐ(ひりひり痛む)ことから、この由来が出ている。
ヒイラギとイワシの頭を節分の門部に指し、
鬼の侵入を防ぐという習俗は最近まで見られる。
また、ヒイラギの葉は若木では鋸歯が鋭く、
古木になると、鋸歯は消滅して全緑となり丸くなることから、
人間の成長の過程を象徴するとの説も残る。

松月院のヒイラギは、上部の樹冠の葉は丸く、
株の若い枝は鋸歯を持っている。
このような説話の葉の特徴を備えた古木は区内に珍しい。)(板橋区教育委員会)

(ヒイラギの巨木)


ヒイラギのある所は、次の山門のある所まで広場になって居り、
最近寺院経営が困難なためか、左手には幼稚園がある。
その先に山門はある。

(山門)

山門に続く白壁の塀は古寺らしく、見事で美しい。

(白壁)

門を潜ると、正面に本堂があり右手に鐘楼、
左手には、高島秋帆が砲術の練習をした記念の砲台の筒が置かれている。
徳丸ヶ原で大砲や鉄砲の練習をするだけあって、
砲弾が落ちても、周りに危険を及ぼさない広さの窪地の湿地帯であった。

(本堂)

(本堂の扁額)

(右手の鐘楼)

(鐘楼から見た本堂)

(左手の高島秋帆の顕彰碑の大砲の筒)


この徳丸ヶ原の砲術の練習場を、
昭和41年(1966)土地区画整理事業で、周りの高台を切り崩して埋め立て、
高島平の地名となり、高島平1~9丁目にわたる広さに、住宅が出来た。

話を戻そう。
本堂の左手に墓地が広がっているので、墓地に向かうと、
すぐ右手に、千葉自胤の墓がある。(向かって右から二つ目)

(千葉自胤の墓)


板橋区の説明板があるので、これをご覧ください。

(伝千葉一族の墓の説明板)


なお、宝物殿には、家康からの朱印状などが展示されている。




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国民の祝日に思うことーお散歩(その3)

2017年05月17日 05時39分42秒 | つれづれなるままに考えること
先月のこと、「4月29日は憲法記念日だったかしら?」とカミさんが言う。

「いや、天皇誕生日のはずだよ」とボク。

国民が、こんな調子だから、祝日に国旗を掲げる人が少なくなった。

カレンダーで確かめた。天皇誕生日は昭和天皇が生存中の話で、
もう29年も前に「昭和の日」と変わったことを確認。

次の平成天皇が、天皇を退位したいと言う時期になった。
今の「天皇誕生日」の祝日が、まもなく「平成の日」になるのも時間の問題だ。

ボクは毎日が祝日になって21年経過するから、祝日に感謝する気持ちが薄らいでいる。
散歩の途中に見かけた日の丸の国旗、「珍しい」と思うようになった。

(国旗)


ついこの間、「い」の一番に咲いた桜の実が色づき始めた。
この桜「桜桃(おうとう)」と言うそうだ。

(サクランボを付けた桜の木)


桜桃と言うと「桜桃忌」を思い出す。

1948年、愛人と入水自殺をした小説家 太宰治の忌日。
多摩川の羽村市近辺から、江戸の水事情を良くするため、
玉川兄弟が掘削し、江戸まで水を流した「玉川上水」での入水自殺。
三鷹近辺であったと言う。

ボクが東京へ来たとき、住まいが世田谷区世田谷であった。
その頃、桜上水駅が世田谷区内にあることを知って、
玉川上水の現場を見た。

桜上水駅近辺の「玉川上水」を見ると、
どうやっても、入水自殺はできそうもない深さの川であった。
太宰治は、愛人と連れ立って手足でも縛って川に入り、
横向きに寝ころんで抱き合っていたのだろうかと思った。


所が何かの仕事で三鷹近くに行くことになり、
近くの玉川上水を見ると、世田谷の上水とはまるで異なり、
川の深さがあって渓谷と言った方が良く、流れの速さも全く違っていた。
上水に落ちれば、生きて這い上がることはできないことが解った。
だから、上水の周りには入れないように金網で囲ってある。


桜の木の「桜桃」から話が飛んでしまったが。
「桜桃」を訓読みにすると(さくらもも)、これが(さくらんぼ)になるには、
ごく自然な成り行きに思える。
家に帰って国語辞典を広げると「桜桃(さくらんぼ)」とある。
なんか今日は新しい発見をしたように思えた。
考えてみれば、こんなこと80年も知らなかった自分が恥ずかしい。


その日散歩の途中に珍しくアカシアの花を見つけた。

(アカシアの花1)

(アカシアの花2)


その昔、このアカシアの木を見つけて、
「アカシアの雨が止むとき」の歌を思い出し、
「アカシアの雨」ってどんな雨なのだろうと悩んだことがある。

何日か後で思いがけず降った雨で、
アカシアの花が散りアスファルトの地面に花びらや花粉がベットリこびりついているのを見て、
これが「アカシアの雨」に違いないと思った。

(アカシアの雨?)


日米安保闘争が一段落した後、「アカシアの雨が止むとき」を歌手 西田佐知子が唄っている。
彼女の退廃的な歌い方が、濡れた地面にこびりついたアカシアの花びらや花粉、
取り除こうとしても取り除けそうもない「アカシアの雨」を見事に演じていた。


西田佐知子=アカシアの雨が止む時=live



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