楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
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     ・おくのほそ道を歩く

「江」(姫たちの戦国)を訪ねて③-- 徳川家霊廟

2011年06月17日 10時37分00秒 | つれづれなるままに考えること
(増上寺の徳川家霊廟)
増上寺の本堂の右脇を行くと突き当たりに徳川将軍家霊廟がある。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(鋳抜門)
入り口には、古くいかめしい鋳抜門(いぬきもん)があり、
扉には、葵の紋所が五個ずつ並び、
両側に昇り龍 降り龍が鋳抜かれ、
その荘厳さは、日光の東照宮と並び評された往時の姿を今に留めています。


・鋳抜門(旧国宝)ーもと文昭院殿霊廟(六代将軍 徳川家宣公)の宝塔前『中門』であったものです。
左右の扉に五個づつの葵紋を配し、両脇には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている(青銅製)ところから鋳抜門と呼ばれる。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(鋳抜門の内側)(この門は徳川将軍家六代将軍家宣公の宝塔前の「中門」
にあったものが移築された。)(増上寺)

この門の脇にある通用門を通って、私たちは徳川家霊廟へ入場する。
(2011年11月末まで公開。入場料500円)
(徳川家墓所は先の戦災の被害でそれぞれの中門や宝塔は消失している。
それぞれの宝塔(お墓)の前には「二天門」とか「惣門」があり、
その内側にさらに「勅額門」があり、この内側に宝塔(お墓)があった。)
(増上寺の戦災以前の図による)

徳川家霊廟の門の中には八基の宝塔があり、
右側に十二代 家慶公、九代 家重公、七代 家継公の三基が並ぶ。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(十二代 家慶公)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(九代 家重公)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(七代 家継公)

左側に将軍生母側室等の合祀塔、静観院和宮、十四代 家茂公の三基が並ぶ。


photo by hide-san from OCNフォトフレンド(合祀塔)

(合祀塔は、家光公第三子綱重、
五代綱吉公生母桂昌院、
11代家斉公正室広大院、
家宣公側室月光院ら、
南北御霊屋に祭られていた歴代将軍の夫人や子女の多数が祭られている。
なお、宝塔は月光院輝子の墳墓に祀られた宝塔である。)(増上寺)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(静観院和宮―皇女和宮)(青銅製)


photo by hide-san from OCNフォトフレンド(十四代 家茂公)
(十四代 家茂公―皇女和宮の夫)

奥の正面に二基の宝塔があり、
向って左が六代 家宣公夫妻、
向って右側が二代 秀忠公夫妻、
つまり正室「お江」のお墓である。



photo by hide-san from OCNフォトフレンド(六代 家宣公夫妻)(青銅製)


photo by hide-san from OCNフォトフレンド(二代 秀忠公(江の夫)、崇源院殿「お江の方」)

(増上寺の説明では、本来一人づつ別々のお墓があったが、
秀忠公宝塔は焼失のため、正室江与殿のものを使用している。)


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「江」(姫たちの戦国)を訪ねて②-- NHK大河ドラマ(東京タワーの「江」展)

2011年06月16日 11時00分00秒 | つれづれなるままに考えること
東京タワーの三階で「江~姫たちの戦国~」の特別展が行われている。
江が暮らした江戸城 大奥の暮らしの一端を覘くことが出来る。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(「江」展)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(ドラマに出てくる江戸城 大奥の扉と通路と将軍おなりを知らせる鈴)


photo by hide-san from OCNフォトフレンド(将軍の正妻を「御台所」と言うが、その御台所の居室)
書院造の構えで格式を感じる空間。違い棚においてあるのはお経の巻物。
床の間には香炉、他には鏡台など女性の部屋らしい置物が置かれている。


photo by hide-san from OCNフォトフレンド御台所の居室2

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(輿)
(NHK大河ドラマで、江姫が安土城に向う際に使用された輿)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(江の衣裳)
(江姫が身につけた衣裳)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(衣裳2)
ドラマの中で着けた
姉さま「初」と姉上「茶々」が身につけた衣裳

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(屏風 江戸城の図)国宝 江戸図屏風
「江」展はここまで、以下は江にかかわりある場所を訪ねて・・・


photo by hide-san from OCNフォトフレンド
(西久保八幡神社)慶長5年(1600)、家康と
江の夫・秀忠が関が原の戦いに望むに当って、
江が戦勝と安全を祈願した神社。
地下鉄「神谷町」駅下車

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(西久保八幡神社2)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド(落合坂)
「江」が荼毘にふされたと伝えられる我善坊谷はこの落合坂下の谷間
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「江」(姫たちの戦国)を訪ねて①-- 芝増上寺

2011年06月14日 13時19分00秒 | つれづれなるままに考えること
(芝増上寺)
二代将軍秀忠公の正室となったお江は、
死後 「崇源院殿 お江の方」として東京芝増上寺に埋葬されて、
お墓が増上寺内の徳川家廟所にある。

増上寺は今、都営三田線「御成門」駅の前―日比谷通りに面して、
三門があるが、三門と日比谷通りにT字路となる道路があり、
その先に「大門」があります。
photo by hide-san from OCNフォトフレンド
(大門)
「大門」については、
(増上寺の総門・表門にあたり、地名の由来になっている門で、
現在の門はコンクリート製に作り直されたものです。
旧大門は慶長三年(1598年)に江戸城の拡張・造営にあたり、
増上寺が芝に移転した際、それまで江戸城の大手門だった高麗門を、
徳川家康公より寺の表門として譲られたものでありました。
その旧大門は大正十二年(1923年)の関東大震災により倒壊の恐れが生じたため、
両国・回向院に移築されましたが昭和二十年の空襲により焼失しています。)
(以上は浄土宗大本山 増上寺による)

この大門は、先の東北大震災の影響で、屋根瓦が落下したと見え、
門の脇に「屋根瓦落下に注意」の立て看板があります。
東北の震源地からかなり離れた東京ですが、
ここまで影響があるくらい大きなものであったことが伺えます。
この「大門」をくぐってワンブロックで、増上寺の三門があります。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド
(増上寺の三門)
photo by hide-san from OCNフォトフレンド
「三門」でない「山門」の意味は、本来、寺院は山にあったため、
その入り口に当る門を山門といった。
「三門」は、仏教の教えを象徴する名前で、正式には「三解脱門」という。
三つの解脱とは、涅槃(悟り)に至るために通過しなければならない三つの関門―
空、無想、無作―のことと言うのだそうだ。
随分難しくその意味が解らない。
解らなくては法然上人が説いた「念仏を唱えれば浄土に行ける」と
仏教を簡単にした意味が無くなる。
その三つとは、「むさぼり、いかり、おろかさ」の煩悩を解脱する
ということだそうである。
photo by hide-san from OCNフォトフレンド

山門をくぐると、敷石伝いに本堂があり、中には黄金の阿弥陀様がいらっしゃる。

photo by hide-san from OCNフォトフレンド

(本堂)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド
(黄金の阿弥陀像)
photo by hide-san from OCNフォトフレンド

最初の鐘楼堂は寛永十年(1633年)に建立されたが、
現在の鐘楼堂自体は戦後の再建によるものと言う。
増上寺によれば、
(鐘楼堂に収められている大梵鐘は、
延宝元年(1673年)にあまりの大きさに七回の鋳造を経て完成し(東日本で最大級といわれております)、
江戸三大名鐘の一つに数えられています。
朝と夕べ、二回撞くその鐘の音は、時を告げるだけではなく、
人を惑わす百八の煩悩を浄化し、
人々の心を深い安らぎへと導く六度の誘いでもあります。


(鐘楼堂)
photo by hide-san from OCNフォトフレンド
江戸時代、口さがない江戸っ子の川柳には
「今鳴るは芝(増上寺)か上野(寛永寺)か浅草(浅草寺)か」・
「江戸七分ほどは聞こえる芝の鐘」・
「西国の果てまで響く芝の鐘」等と謳われ、
江戸っ子鐘と親しまれています。)(増上寺)

photo by hide-san from OCNフォトフレンド

本堂前方左手には、「西向観世音」があり、

(西向観世音)
photo by hide-san from OCNフォトフレンド

(千躰地蔵尊)
photo by hide-san from OCNフォトフレンド


その前に千躰地蔵尊が、
徳川家廟所前までずらりと並ぶ。

本堂の右脇を千躰地蔵尊の列に沿って行くと、
突き当たりに徳川将軍家霊廟がある。
photo by hide-san from OCNフォトフレンド
(徳川家霊廟)

この門の内側に「江」の墓所がある。
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