「伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師」 武蔵野市立吉祥寺美術館

武蔵野市立吉祥寺美術館
「伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師」 
9/5-10/18



武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の「伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師」を見てきました。

伊豆の松崎出身、幕末明治期に左官職人として腕を振るった入江長八(1815~89)。元は狩野派に学び、鏝絵師と称されました。今年生誕200年を迎えています。

さて左官に鏝絵師。もちろん世に知られた名工ではありますが、一体どのような作品を残したのでしょうか。ともするとあまりイメージがわかないかもしれません。

素材は漆喰と鏝(コテ)です。つまり下地に漆喰を塗り上げ、コテを利用して浮き彫り的に絵を仕上げます。さらに上から彩色を施していきます。それを鏝絵と呼ぶそうです。


「近江のお兼」 1876年 漆喰着色 個人蔵
 
これが技に巧みでかつ絵に素晴らしい。中国画由来の山水図から立派な富士を捉えた富嶽図、はたまた鶏や草花、さらにはリアルな人物画などを全て漆喰で表現しています。

「秋江帰帆」。鏝絵山水画です。湖の上には白い帆船が浮かび、楼閣や東屋には人の姿も見えます。山がせり上がる姿も漆喰を盛り上げては立体的に作っていました。遠目からではいわゆるタブロー、端的に絵筆による絵画だと思ってしまうかもしれません。実に見事です。

長八が江戸で名声を得る切っ掛けになった作品だそうです。その名は「龍」。彼の得意としたモチーフです。勇ましき龍が波を割っては駆け上がります。茅場町にあった不動尊の再建にあたって制作したもの。龍の顔の陰影も漆喰の質感で巧みに表しています。こうした江戸の長八作品、かつては残っていましたが、多くが後の関東大震災によって失われてしまいました。それにしても迫力のある龍です。当時、さぞかし驚かれたことではないでしょうか。

現存する鏝絵で最大です。「富嶽」はどうでしょうか。横は約1.4メートルで縦75センチ。山はもちろん富士です。手前には青い駿河湾が広がり、背後には天をつくほどに高い富士がそびえ立ちます。山肌は力強いまでに荒々しい。なおここでは額にも注目です。内側には竹をはめ込んだような額がありますが、実はこれも漆喰。つまり塗り固めては描いて竹のように見せているわけです。

この竹を模した額、あまりにも本物に似ていたため、何と後に防腐剤を塗られてしまったそうです。(その跡も確認出来ます。)見る者を欺くまでの心憎い仕掛け。遊び心があります。だまし絵的な趣向も見せた是真の漆絵に通じるのではないでしょうか。

「臼に鶏」も額に木を模していました。横たわる臼と鶏が描かれていますが、周囲の黒い木目調の額も漆喰製。しかしながら何度眺めても木にしか見えません。

中国の書に則った「二十四孝」も興味深いのではないでしょうか。家屋の入口にて3人の人物が挨拶を交わしていますが、横殴りの雨の表現が凄まじい。まるで槍先です。言ってしまえば広重の描く鋭い雨の線の5割増。漆喰で固められた雨が画面中にぐさぐさと突き刺さるように降っています。

ちなみにこの作品の落款は鏝を用いた決め文字で描かれているそうです。ほか伝長八による「清水次郎長肖像」などの人物画も真に迫ります。漆喰が生み出した驚きの絵画平面。一体どのような筆さばきならぬ鏝さばきをしていたのでしょうか。タイトルに「空前絶後」とありますが、あながち誇張ではないかもしれません。


「神功皇后像」 1876年 漆喰着色 松崎・伊那下神社
 
さて長八、いわゆる鏝絵だけではなく漆喰の塑像、あるいは左官だけあって建築装飾にも多くの作品を残しています。

うちチラシ表紙を飾るのが「上総屋万次郎像」です。頭にはねじり鉢巻、はっぴを着てはあぐらをかいて座る年老いた男。左手には器を持ち、右手はぐっと前屈みになるように足を抑えています。それにしてもこの表情。目の周りの皺に前歯の折れた口元もリアルです。今にも動き出すかのような臨場感さえあります。

高さ1メートルにも及ぶ「毘沙門天像」には驚きました。装飾的な着衣に波打つ台座。文字通り毘沙門天です。造形は逞しい。漆喰ですが、一目で判別が付くでしょうか。木彫と見間違えてしまいます。


「寒梅の塗り掛軸」 1875年 土壁 松崎町(伊豆の長八美術館)

建築装飾では旧岩科村(現松崎町)役場の土壁が出ていました。現在は建物より取り外され、同町内の長八美術館に所蔵されていますが、土壁に漆喰を施し、さも床の間の掛軸を再現したかのような「寒梅の塗り掛軸」などは特に面白い。ほか「花瓶」も忘れられません。信じ難いことにやはり漆喰です。色をつけてはさも大理石のような質感を引き出しています。

「漣の屏風」も佳作でした。屏風には一面の漣、ただそれだけが漆喰で表されています。波の模様に抽象の世界を見開きます。福田平八郎を連想したのは私だけではないかもしれません。


「貴人寝所の図」 1875年 土壁・漆喰着色 松崎町(伊豆の長八美術館)

なお当時、漆喰に色を美しく付けるのが難しかったとも言われていますが、長八は絵具を改良してはうまく着色することに成功しました。高村光雲をして「江戸の左官として前後に比類のない名人」とまで讃えられた伊豆の長八。「芸術の域にまで高めた」との言葉もありましたが、確かに大いに魅せられるものがありました。

いつもながらに吉祥寺美術館の狭いスペースではありますが、それでも全50点。一部は露出展示です。少なくとも都内にこれほどの長八作品が集まったのは初めてです。その意味では歴史的な長八展と言えるのではないでしょうか。

[伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師 巡回予定]
常葉美術館:10月24日(土)~11月23日(月・祝)
長八美術館:12月13日(日)~2016年1月13日(水)

「伊豆の長八:幕末・明治の空前絶後の鏝絵師/平凡社」

10月18日まで開催されています。これはおすすめします。

「生誕200年記念 伊豆の長八ー幕末・明治の空前絶後の鏝絵師」 武蔵野市立吉祥寺美術館@kichi_museum
会期:9月5日(土)~10月18日(日)
休館:9月30日(水)
時間:10:00~19:30 *入館は16時半まで。
料金:一般100円。小学生以下・65歳以上は無料。
住所:武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 FFビル7階
交通:JR線・京王井の頭線吉祥寺駅中央口(北口)から徒歩約3分。コピス吉祥寺A館7階。
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