「初期浮世絵展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」
1/9~2/28



千葉市美術館で開催中の「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」を見てきました。

菱川師宣をはじめ、鳥居清信に清倍、さらには懐月堂安度や奥村政信など、いわゆる錦絵誕生以前、浮世絵を興し、また発展させた絵師たち。とかく人気の浮世絵とはいえ、黎明期から初期への歴史はさほど着目されたことはなかったかもしれません。

日本初の本格的な初期浮世絵展です。出品は190点超。ここは千葉市美術館、いつもながらに大変なボリュームでした。

まずは師宣以前の近世風俗画、例えば「江戸名所遊楽図屏風」です。時代は明暦大火以前の江戸。上に流れるのは隅田川です。浅草寺の境内も描かれています。太鼓や三味線を打ち鳴らしては芸を披露する人の姿が見えました。皆、どこか楽しげでもあります。今も昔も浅草の賑わいは変わりません。


重要美術品 (無款)「桜狩遊楽図屏風」 寛永期(1624-44) 個人蔵

「桜狩遊楽図屏風」に目が留まりました。中央には若衆の颯爽たる立ち姿。舞を披露しているのでしょうか。左手で太刀を押さえ、右手で扇子を持っています。そして周囲には多くの人。随分とくつろいでいます。寝そべってパイプを嗜み、また踊っていたり、杯を酌み交わしたりと様々です。体を触れ合わせては胸に手を入れている人物もいました。何やら官能的、ないし退廃的でもあります。花見の大宴会とはこのことでしょうか。岸田劉生の旧蔵品として知られていたそうです。


菱川師宣「角田川図」 延宝7年(1679) 千葉市美術館

浮世絵の始祖、菱川師宣の落款入りの最古作が出ていました。「遊里風俗画巻」です。ともかく描写が細かい。師宣らしい軽妙な筆致です。なお本作、覗き込む形のガラスケースに入れられていますが、ガラス面が作品に極めて近く、目と鼻の先での鑑賞が可能です。肉眼で彩色のニュアンス、絹本の目地までもしっかりと確かめることが出来ました。

師宣の「地蔵菩薩像」も興味深い一枚でした。ふっくらとしたお顔立ちの菩薩像。写実的とするには語弊があるかもしれませんが、まるで動き出さんとばかりの姿が描かれています。所蔵は大英博物館です。チラシやサイトにも案内がありますが、この展覧会は大英のほか、シカゴ、ホノルルの海外美術館、さらにはアメリカのコレクターの作品もずらり。里帰り作も少なくありません。


杉村治兵衞「遊歩美人図」 貞享期(1684-88)頃 シカゴ美術館

黎明期に重要な絵師がいました。杉村治兵衛です。ほぼ師宣と同時代に活動。かなり多作だったそうですが、ともかく艶やか、あるいは肉感的とも呼べる人物描写が特筆に値します。中でも「遊女と客」は絶品です。豪華な鳳凰の打掛の下で若い侍と遊女が床を共にしています。口からは互いに舌を出しては求めあっています。春画の一種と捉えて良いのかもしれません。やや丸みを帯びた顔は美しく、大胆な構図はまるでアニメーションを見るかのようでした。

この杉村治兵衛、ほかにも幾つか作品が出ていますが、私にとって一番発見の多かった絵師でした。この絵師の魅力に触れただけでも、見に行った価値は十分にあります。


初代鳥居清倍「金太郎と熊」正徳期(1711-16)頃 ホノルル美術館

初期鳥居派も充実しています。初代清信に清倍です。墨に赤い顔料で着色した丹絵を多く残しています。うち発色が素晴らしいのは清倍の「金太郎と熊」です。筋肉隆々の金太郎と熊の大格闘。熊はもう降参とばかりに仰向けになっています。その金太郎の体の顔料が眩しい。オレンジ色に染まっていました。


鳥居派「草摺曳図」 享保10年(1725) 館山市・那古寺

立派な絵馬額が出ていました。鳥居派の「草摺曳図」、いわゆる武者絵です。額いっぱいに描かれた武者。力比べの故事に因んでいます。安房は館山の那古寺の所蔵です。里帰り作以外では千葉市美術館のコレクションが目立ちますが、それ以外にも鋸南町の菱川師宣記念館のほか、柏市の滴水軒記念文化振興財団など、県内各地に点在する浮世絵も多く出ています。その辺も見どころと言えそうです。

滴水軒のコレクションに面白い作品がありました。「無間の鐘」です。紙本の肉筆、かなり大きな軸画ですが、画題からして興味深いもの。なんと小判がザクザクならぬバラバラと空から舞い降りています。これは手水鉢を鐘に見立てて叩くと小判が降ってくるという話に由来しているそうです。驚きました。

浮世絵の技法も日進月歩だったのかもしれません。やがて丹の代わりに紅の絵の具を用いる紅絵が主流になります。また膠を混ぜて漆のような光沢を引きだす漆絵も現れました。その漆を用いたのが奥村政信の「蝉丸見だいなを姫 勘太良」です。ここでは黒に膠が混ぜてあります。やや照りが増しているようにも見えました。

さらに西洋の遠近法を取り込んだ浮世絵も登場。その名も浮絵です。同じく政信の「両国橋夕涼見大浮絵」はどうでしょうか。隅田川沿いの茶屋の内部をまるでパノラマ写真のように捉えています。やはりそれまでの作品と比べれば新奇な構図です。江戸の人々に驚きをもって迎えられたに違いありません。


石川豊信「佐野川市松と瀬川菊之丞の相合傘」 宝暦(1751-64)前期 ホノルル美術館

ラストは錦絵への展開です。今度は紅を主としながら黄色や緑色を加えた紅摺絵が誕生。より多様な色が表現出来るようになります。錦絵で有名な春信の紅摺絵も数点出ていました。また同じく紅摺絵である石川豊信の「清水の舞台から飛び降りる娘」も印象に残りました。文字通りに舞台から飛び降りる娘、風で衣から白い脛が露わになってもいます。あぶな絵に近いのかもしれません。

錦絵の成立過程は二枚の浮世絵から紐解くことができます。ともに春信作で同名の「坐舗八景 台子夜雨」です。一つが摺物で、落款に巨川とあります。もう一つが錦絵です。こちらは無款でした。落款入りとないもの。同じ作品でありながら一体、何が違うのでしょうか。

ポイントになるのが巨川という人物です。本名は旗本の大久保巨川。俳人でかつ浮世絵師でした。きっかけは当時流行していた絵暦交換会です。そこで巨川は参加者に配るための作品を春信に依頼。この「坐舗八景 台子夜雨」を描いてもらいます。そして自らのものと示すために巨川と記しました。

交換会においてはより華美な作品が好まれたそうです。その結果、色はさらに複雑化、いわゆる多色摺の技術を持った浮世絵が誕生します。そこに注目したのは版元です。二枚目のように注文主の落款、すなわち巨川を削除。まさに錦織のように美しい絵であるとして東錦絵、つまり錦絵として売り出すようになりました。

錦絵は彫り、刷り師の分業制。周知のようにこの後の浮世絵を席巻することになります。とは言え、今回の浮世絵展はあくまでも初期に着目したもの。錦絵の誕生、すなわち春信で幕を閉じました。


懐月堂安度「立美人図」 宝永・正徳期(1704-16) 千葉市美術館

人気の歌麿と北斎に広重は一枚も登場しません。 肉筆を除けば単色の黒摺絵、丹絵に紅絵、せいぜい二、三色の紅摺絵ばかり。錦絵を知る我々には確かに地味とも言えるかもしれません。ただそれでも魅惑的な作品群。摺りの色の変化は浮世絵の歴史を物語ります。改めて浮世絵の奥深さを見る思いがしました。

会期中、一部作品に展示替えがあります。

「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」出品リスト(PDF)

本展に続く新寄贈寄託作品展「花づくし」も充実していました。とりわけ甲斐庄楠音の「如月太夫」には見惚れてしまいます。大正デカダンスを象徴する日本画家、時にデロリとも称される表現にこそ魅力がありますが、「如月太夫」には可憐な美しさが同居しています。ほか岡本神草や椿椿山の佳品にも惹かれました。さらに時代を超えてイサムノグチや草間彌生までを俯瞰する「花づくし」。こちらもあわせて楽しめるのではないでしょうか。

カタログが豪華版です。論文のほか、詳細な解説もついて2500円。300ページの重量級です。ちなみに初期浮世絵展は千葉市美術館の単独の企画。巡回もありません。

2月28日まで開催されています。おすすめします。

「開館20周年記念展 初期浮世絵展ー版の力・筆の力」 千葉市美術館
会期:1月9日(土)~2月28日(日)
休館:2月1日(月)、2月15日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1200(1000)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は前売券、及び20名以上の団体料金。
 *きもの割:きものを着て来館すると観覧料が2割引。
 *ごひいき割引:本展チケット(有料)半券を提示すると、会期中2回目以降の観覧料が2割引。
 *前売券は千葉都市モノレール千葉みなと駅、千葉駅、都賀駅、千城台駅の窓口で会期末日まで販売。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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