「速水御舟とその周辺」 世田谷美術館

世田谷美術館
「速水御舟とその周辺ー大正期日本画の俊英たち」
5/2-7/5



世田谷美術館で開催中の「速水御舟とその周辺ー大正期日本画の俊英たち」を見てきました。

今年没後80年を迎えた日本画家、速水御舟(1894~1935)。キーワードはタイトルにもあるように「その周辺」です。つまり御舟と関わりのあった作家もあわせて紹介しています。御舟単独の回顧展ではありません。


今村紫紅「蓬菜郷」 1915年 川越市立美術館 *後期展示

ゆえに御舟作は全体の4割強ほど。ほかは師の松本楓湖、兄弟子の今村紫紅、同輩の小茂田青樹、さらには仲間の牛田けい村や黒田古郷に、御舟一門の高橋周桑と吉田善彦らといった作家の作品が加わります。御舟の画業を師弟や門人との関わりから追っていました。

はじまりは安雅堂です。1894年に浅草で生まれた御舟は14歳で画塾、安雅堂へ入門。歴史画の大家でもあった松本楓湖の指導を受けます。ただ指導とは言えども、楓湖は放任主義で知られたとか。手本の模写を見せる程度のことしかしなかったそうです。

入門一年後の作は「秋草に蜻蛉」。秋草がリズミカルに生える中を4匹の蜻蛉が飛んでいます。シンプルな構図です。何やら早くも老成したかのような落ち着いた印象を与える作品でもあります。

また「北野天神縁起絵巻(模写)」や「病草紙(模写)」は文字通り古画を写したもの。御舟はやまと絵に狩野派、円山四条派や琳派の作品をよく倣っては写しました。

ちなみにこの安雅堂には同時期、今村紫紅や小茂田青樹といった画家らも学んでいました。紫紅はリーダー格、小茂田青樹は同輩です。そして1914年、その紫紅を筆頭に立ち上げられた画家グループ赤曜会を機に、御舟の制作はまた変化していきます。

赤曜会が目指したのは日本画の革新です。印象派に準えては戸外で写生し、屋外のテントで展覧会を行いました。何でも南画を進歩的と捉え、斑点を重ねた表現を重視したそうです。


牛田けい村「白鷺図」 昭和初期 三渓園 *前期展示

この赤曜会に参加したのが主に安雅堂の若手画家です。紫紅を筆頭に御舟、青樹、小山大月、黒田故郷らが集います。目黒の地主、吉田家の長屋に住んで制作をしたことから「院展目黒派」とも称されました。

紫紅の「細雨」と「潮見坂」はともに横浜美術館の所蔵品です。同館の常設でも馴染みのある作品でもあります。また御舟では「暮雪」が美しい。降り積もった雪の下の日本家屋。障子からは仄かな明かりが漏れています。セピア色がかった色調が目を引きました。

「短夜」はどうでしょうか。帳の向こうには寝る人の姿。月明かりが家を照らします。鬱蒼とした木立にも注目です。確かに点描とも言うべき表現が用いられています。また南画風といえば「破庭小禽」や「洛北風景」も同様ではないでしょうか。こちらも斑点です。大胆な筆遣いは後の御舟からは想像も付きません。米点を巧みに利用しています。

またここでは黒田古郷の「秋晴(蓮に百舌)」も印象深いもの。蓮の上にとまる小禽の姿。墨の滲みが何とも効果的です。瀟洒と言っても良いのではないでしょうか。また小山大月の「椿花」と「牡丹」も美しい。特に「椿花」におけるややデフォルメしたかのような形態描写、どこか晩年の御舟の作風を思わせるものがあります。御舟的と言えばそうもとれるかもしれません。


速水御舟「平野晴景」 1924年 西丸山和楽庵

赤曜会の解散は突然です。結成僅か2年後、紫紅の急死を機に活動を終えてしまいます。実のところ師弟、門人と言えども、一時を除けば皆、異なった画風を見せていますが、まとめて紹介されることの少ない赤曜会の画家に接することが出来たのも、今回の展覧会の大きな収穫でありました。

御舟と青樹の関わりも重要です。二人は安雅堂時代からの「良きライバル」(キャプションより)。赤曜会解散後は独自の道を歩みます。御舟は北方ルネサンスや宗代院体画の細密に倣いながら、後に琳派を志し、さらには西洋の群像表現にも取り組みます。そして1935年で40歳の若さで亡くなりました。一方、青樹も南画を脱し、琳派風の花鳥画からキュビズム的とも言える風景画を手がけていきます。ただ残念ながら彼も早世です。亡くなったのは1933年、41歳のことでした。そして振り返れば兄弟子の紫紅も僅か35歳で亡くなっています。何とも運命的ではないでしょうか。


速水御舟「洛北修学院村」 1918年 滋賀県立近代美術館 *前期展示

いわゆる青の時代の「洛北修学院村」が小下図とともに出ていました。また下図との参照としては「女二題 其一・其二」も面白いかもしれません。こちらは大下図との比較です。ただ設営の都合もあるのでしょうか。これら2点に関しては展覧会の文脈から離れ、冒頭の導入部、つまり初めの展示室にて紹介されていました。リストの順番とも異なっています。

御舟と青樹、同一モチーフの作品が交互に並んでいます。例えばともに満月の下の植物を表した御舟の「仲秋名月」と青樹の「月涼」です。前者にはミカン、後者にはクチナシの花が描かれています。

 
左:小茂田青樹「麗日」 1926-28年 川越市立美術館 *前期展示
右:速水御舟「山茶花に猫」 1921年 西丸山和楽庵


御舟の「山茶花に猫」と青樹の「麗日」は猫のモチーフです。御舟の猫が鋭い眼差しで山茶花を見上げているのに対し、青樹の猫は目を細め、梅の枝の下でうつらうつらと眠っています。何とも優雅な姿ではないでしょうか。ほか夜の梅を表した御舟の「夜梅」と青樹の「梅花朧月」も趣き深い。闇に隠れつつも、剣の如く鋭く尖った梅の枝。御舟の独特な表現を見て取ることが出来ます。


小茂田青樹「四季草花図・夏」 1919年 滋賀県立近代美術館 *前期展示

一際目立っています。青樹の「四季草花図」のうちの「夏図」、「冬図」です。六曲一双の屏風絵、うっすら銀色を帯びているのでしょうか。顔料が細かに散っては幻想的な景色を生み出します。むせ返るように咲き誇る朝顔の姿。其一の朝顔図屏風を思い出しました。

それに御舟の「春丘」も素晴らしい。ツツジです。左の緑色の小山にはタンポポ。一輪は花の先だけが顔を出しています。それにしてもこのツツジの描写と言ったら比類がありません。うっすらとワイン色をした花弁は湿り気を帯びているように見えます。花の透き通るような質感を見事に捉えてはいないでしょうか。私が今まで見たツツジの日本画では一番美しく見えました。

ラストは御舟亡き後の展開です。彼に教えを受けた門人から二人の画家を紹介。高橋周桑と吉田善彦の作品が展示されています。

高橋は一番弟子です。一方で吉田は御舟と姻戚関係にもあり、後に法隆寺金堂壁画の模写事業を手がけるなど、模写の第一人者としても知られた日本画家だそうです。


吉田善彦「苔庭」 1947年 世田谷美術館

いわゆる一門ということで、御舟風の作品を手がけているのかと思いきや、むしろ大きく異なっていました。それぞれに個性があります。あまり画風に直接的な影響を受けたようには見えませんでしたが、それでも例えば吉田の軽妙な水彩のスケッチなどは味わい深い。なお二人の展示数は意外に多く、全作品の2割ほどを占めていました。

出品総数は全部で200点超です。東京国立近代美術館や京都国立近代美術館、ほか横浜美術館や平塚市美術館、また福島県立美術館や茂原市立美術館、そして世田谷美術館などの国内各地の美術館から作品が集められています。ただし国内屈指の御舟コレクションを誇る山種美術館の作品はありません。

会期は二期制です。前後期で約半数の作品が入れ替わります。ほぼ二つで一つの展覧会と言っても差し支えありません。

「速水御舟とその周辺」展出品リスト(PDF)
前期:5月2日(土)~5月31日(日)
後期:6月2日(火)~7月5日(日)

有料チケットの半券を提示すると、2度目以降の観覧料が団体料金になります。またチラシ表紙に掲載された「菊花図」は6月2日以降、後期のみの展示です。ご注意ください。



カタログを購入しました。論文1本、図版(個別の解説はありません。)、さらに目録などを掲載。うちとりわけ有用なのは小茂田青樹らの周辺の作家を含めた年譜ではないでしょうか。左に御舟、右にほかの作家の履歴が年代別に参照出来るようになっています。1冊2200円でした。

御舟を中心とした主に大正から昭和初期の日本画家の表現。単に画業を時系列に縦の軸で追うだけではなく、周辺の画家を参照するといった横軸を組み合せています。巧みな構成です。そうすることで御舟の個性が改めて浮き上がっています。何かと少なくない「御舟展」ではありますが、その中でも新鮮味があり、また充実もしていました。



巡回はありません。7月5日まで開催されています。これはおすすめします。

「速水御舟とその周辺ー大正期日本画の俊英たち」 世田谷美術館
会期:5月2日(土)~7月5日(日)
休館:毎週月曜日。但し祝休日の場合は開館し、翌日休館。5/4(月)~6(水)は開館、5/7(木)は休館。
時間:10:00~18:00 *最終入場は17:30
料金:一般1200(1000)円、65歳以上1000(800)円、大学・高校生800(600)円、中学・小学生500(300)円。
 *( )内は20名以上の団体料金
 *リピーター割引あり:有料チケット半券の提示で2回目以降の観覧料を団体料金に適用。
住所:世田谷区砧公園1-2
交通:東急田園都市線用賀駅より徒歩17分。美術館行バス「美術館」下車徒歩3分。
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