「燕子花と紅白梅 光琳アート」 MOA美術館

MOA美術館
「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳アート 光琳と現代美術」
2/4-3/3



MOA美術館で開催中の「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳アート 光琳と現代美術」を見てきました。

没後300年忌を迎えた尾形光琳の畢竟の大作、「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」を同時に紹介する展覧会。両屏風が揃うのは何と56年ぶりのことです。会場は二会場制、熱海のMOA美術館と東京の根津美術館です。そして先行するのがMOA美術館でした。

「燕子花と紅白梅」 記者発表会 *展覧会の概要についてまとめてあります。

ところで両展示、「燕子花」と「紅白梅」の同時公開こそ共通しますが、ほかの内容は全くと言って良いほど異なっています。MOA美術館では二屏風を起点に、光琳100年忌、200年忌で紹介された作品を展観。さらに光琳の影響の伺える近現代美術を俯瞰しています。

美術館より特別に撮影の許可をいただきました。


「燕子花と紅白梅 光琳アート」展示室風景

いきなり目玉の登場です。会場入口すぐに並ぶのが、かの二大国宝、光琳の「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」です。上の写真の向かって左が前者、二屏風がちょうど向かい合うように展示されています。

「紅白梅図屏風」は光琳のいわゆる画風大成期の時期の作品です。中央には水流が末広がりの構図をつくり、右に若い紅梅、そして左にやや大振りの老いた白梅が対峙します。梅の背景は金箔、対して中央の水流は銀箔です。流水紋に関しては諸説ありましたが、現在では硫黄で硫化させて描いたと考えられています。


尾形光琳「紅白梅図屏風」 江戸時代・18世紀 紙本金地着色 2曲1双 MOA美術館

実は私、この作品を初めて見ました。図版では色にあせて見えたこともあったものの、実物は思いの外に華やかで美しい。ともかく目につくのは水流です。特に右隻は画面の半分近くを水流が占めています。紅梅は枝を軽やかに振り上げて生気があり、一方で白梅は視線を下に落としつつも、突如枝を鋭角的に振り上げては緊張感を生み出しています。

左右は一見、明快なまでに対比的ですが、紅白梅の配置や描写は意味ありげで、何か擬人的ないし象徴的な意味合いをも勘ぐらせるような面もあります。それにしても斬新な構図感です。水流紋の描写に先例はあるのでしょうか。ぐるりと何重にもとぐろを巻く。それ自体が生きているようでもありました。


尾形光琳「燕子花図屏風」 江戸時代・18世紀 紙本金地着色 6曲1双 根津美術館

そして反対側にあるのが「燕子花図屏風」です。こちらは壮年期の光琳の描いたもの。「紅白梅図屏風」に比べればシンプルな構図です。しかしながらシンプルなゆえにこそ一つの図像として浮かび上がるような強さがあります。反復する燕子花の花群はリズミカルです。ただここでも左右で余白や構図にかなり違いがあり、良く指摘されるように、おそらくは俯瞰する視点の位置が異っているなど、どこかトリッキーでもあります。

さて「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」の対峙する空間、実はもう一つ重要な作品がありました。それが「四季草花図巻」です。

いわゆる光琳の江戸下りの時期に制作された図巻、年代としては「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」の間です。大名家へ贈るために描いたとされています。


尾形光琳「四季草花図巻」 宝永2(1705)年 紙本墨画淡彩 4面 個人蔵

既に熟練した水墨の技を駆使して描かれた美しい草花、牡丹や立ち葵などの花の色彩にも驚くほどの透明感がありました。それにしてもこの三点、見比べるだけでも光琳の画風の幅広さが分かるというもの。光琳は一言にデザイン的云々とも語られますが、それだけで括るわけにはいきません。「燕子花屏風」から「四季花鳥図巻」、そして「紅白梅図屏風」へと画風がどのように変化し、またいずれに共通する部分があるのか。それらを代表的な三点で見比べることが出来ました。

豪華三作品の展示に続いては、光琳没後、100年と200年忌の出来事を紹介します。良く知られるように100年忌には抱一が遺墨展と法要を行いました。そして「光琳百図」を編纂。光琳を顕彰しつつ作品を整理し、その画業を世に広めました。

一方、200年忌が行われたのは大正時代のことです。中心になったのは意外にも当時の三越呉服店でした。この頃に三越は、装飾芸術の大家として西洋から逆輸入されていた光琳の存在に目を付け、いわゆる光琳模様と呼ばれるデザインを盛んに宣伝していきます。

そして「光琳祭」と呼ばれる遺墨展を開催。おそらくは初めて東京で「紅白梅図屏風」が公開されました。


尾形光琳「槙楓図屏風」 江戸時代・18世紀 紙本金地着色 6曲1双 東京藝術大学

本展に並ぶのも、100年忌、及び200年忌の遺墨展などに出た作品です。例えば「槙楓図屏風」は200年忌の遺品展に展示されたもの。光琳はここで宗達の「槇楓図」を模しながら、より平面を志向した構成を取り入れています。

抱一による光琳顕彰こそ知られますが、三越の200年忌はあまり知られていないかもしれません。その辺を補うためのパネルの展示もありました。ここは参考になりそうです。

後半は近現代美術です。ずばりタイトルに掲げられるのは「光琳を現代にいかす」。明治以降の画家や工芸家らが、いかにして光琳、及び琳派の作品を汲み取っては、自己の表現へと転化させていったのか。それを一気に追っていきます。春草、雪佳、栖鳳、御舟、又造、龍子、平八郎、さらには時代を超えて現代アーティストらの作品を俯瞰していました。


左手前:浅井忠(図案)、杉林古香(作)「鶏梅蒔絵文庫」 明治39(1906)年 東京国立近代美術館
奥:菱田春草「落葉」 明治42(1909)年 紙本着色 6曲1双 福井県立美術館


まずは菱田春草の「落葉」です。連作5点のうちのいわゆる福井本、構図は先に展示されていた光琳の「槙楓図屏風」を参照しています。朧げな大気の満ちた空間に立ち並ぶ木々、視点は低く、まさに大地に散る落葉を向いています。繊細な線描は春草の得意とするところです。どちらかと言えば光琳よりも抱一といった江戸琳派のエッセンスが強いかもしれません。


川端龍子「八ツ橋」 昭和20(1945)年 絹本金地着色 6曲1双 山種美術館

光琳の「燕子花図屏風」と同様、神坂雪佳の「杜若図屏風」や川端龍子の「八ツ橋」も、伊勢物語の東下りを主題とした琳派得意の主題と言えるでしょう。まるでむせ返るように生気溢れた花群は龍子ならではの表現ですが、実際のところ龍子自身も光琳に傾倒していたことを認めているそうです。


左より:田中一光「JAPAN(展覧会)」 昭和61(1986)年 シルクスクリーン・ポスター 
中央:田中一光「グラフィックアート博物館展」 平成2(1990)年 オンセット・ポスター

右:田中一光「ミュージック・トゥデイ 1973-92」 平成10(1998)年 シルクスクリーン・ポスター *所蔵はいずれも東京国立近代美術館

ちなみに本章における「光琳を現代にいかす」とは、MOA美術館の創設者の岡田茂吉が、五浦にて岡倉天心から直接聞いた言葉です。そのほか其一の画を直接取り込んだような加山又造の「群鶴図」をはじめ、もはや抽象と言っても良い福田平八郎の「漣」、さらにはグラフィックデザイナーの田中一光による展覧会ポスターなど見どころも多い。とくに「漣」や一光のポスターは、良く指摘される琳派のいわゆるデザイン的な感覚をさらに昇華させています。これぞ琳派を「現代にいかした」とは言えないでしょうか。

ラストは今に生きる現代アートです。杉本博司は本展のために「月下紅白梅図」を新たに制作しました。

最近、新たに取り入れたというプラチナ・パラディウム・プリントによる作品、モチーフはもちろん「紅白梅図屏風」です。


杉本博司「月下紅白梅図」 平成26(2014)年 プラチナ・パラディウム・プリント 2曲1双
 
紅白梅図の舞台を真夜中に設定し、月明かりのみに照らされた際、果たして「紅白梅図屏風」はどのように見えるのでしょうか。いわゆる本歌取りの精神です。仄かに光るのはプラチナの波紋です。馨しき梅の響宴はより妖しく幻想的な世界に置き換わりました。


福田美蘭「風神雷神図」 平成25(2013)年 パネル、アクリル絵具 1面 個人蔵
 
福田美蘭の「風神雷神図」も面白い。見ての如く琳派のアイコンと化した「風神雷神図屏風」に着想を得た作品です。何でもかのフランシス・ベーコンが琳派の絵師だったらどう描くかと考えては制作した作品だとか。確かにどこか肉的でかつシュールな身体表現はベーコンそのものかもしれません。そして考えてみれば、風神雷神自体もほかの宗達画に比べ肉体の表現が際立っています。


会田誠「美しい旗」 平成7(1995)年 襖、蝶番、木炭、自家製絵具、アクリル絵具 2曲1双 高橋コレクション

会田誠の「美しい旗」も同じ「風神雷神図屏風」を参照した作品です。日韓の女子高生がそれぞれ国旗を手に対峙する作品、そういえば光琳の「紅白梅図屏風」や抱一の「夏秋草図屏風」といった代表作も同じ二曲一双の形式でした。風神雷神、紅白梅、そして夏秋草の琳派三変奏に対する会田なりのオマージュとも言えるのかもしれません。


手前:村上隆「ルイ・ヴィトンのお花畑」 平成15(2003)年 木、シルク、酸性染料、箔、金属、プラチナ、紙 6曲1双 高橋コレクション

振り返れば実は冒頭の「紅白梅図屏風」にも、とある現代アートが潜んでいました。それがさり気ないようでいて、作家ならではの機知に富んでいるわけですが、ここではあえてネタバレを避けます。是非とも会場で確認して下さい。

カタログの情報です。本展の図録を兼ねる「光琳ART」が角川出版学芸から刊行されています。手頃なA6サイズです。そのため図版は小さめですが、反面に読み物、論考がかなり充実しています。

「光琳ART 光琳と現代美術/角川学芸出版」

全220頁のうち論考は70頁超です。特に抱一研究でお馴染みの玉蟲先生の「光琳観の変遷」や、「紅白梅図屏風」を科学調査した中井泉氏の論文は読み応えがあります。また本展の流れに沿った形で琳派の系譜を追った山下裕二先生のインタビュー記事のほか、杉本の新作の製作技法を旧作の展開から論じた鈴木芳雄さんのテキストも大いに鑑賞の参考となりました。

「琳派はまさに装飾の世界、ただ琳派と一括りにすれども、光悦と光琳は全く違った世界でもあります。世の中の括り、総括される言葉はいつも矛盾を含んだ概念であります。」 樂吉左衛門 「光琳ART」図録「砕動風鬼」より

展覧会をテキストの面からも補強するカタログ「光琳ART」、一般書籍の扱いです。先に一度、書店で手にとってみるのも良いかもしれません。


手前:樂吉左衛門「焼貫黒樂茶碗 飛空作雨聲」 平成18(2006)年 佐川美術館

会期早々、8日の日曜の午後に出かけましたが、館内はさすがに賑わっていました。ただ熱海の夜は早いのか、閉館1時間前、15時半を過ぎると、かなり空いてきました。(16時以降は人もまばらでした。)しかしながら何せ僅か1ヶ月ほどの展覧会です。またこれから梅も見頃を迎えます。後半に向けては相当に混雑してくることも予想されます。まずは時間に余裕をもってお出かけください。


光琳屋敷(梅の見頃は少し先と言ったところでした。)

光琳を起点に現代までの琳派の系譜を追う「燕子花と紅白梅 光琳アート」展。チャレンジングな展覧会であることは間違いありません。琳派受容史の一つのターニングポイントとさえなり得るのではないかと思いました。


MOA美術館より海を望む

「光琳アート」展 連日多くのお客様にお越しいただいております。土日祝日は切符売場が混雑する可能性がございますので、「前売り券」をご利用ください。詳しくはHP「お得な前売券情報」をご覧ください。http://t.co/ooKkEBMKwP (@moa_museumアカウントより)

3月3日まで開催されています。もちろんおすすめします。

「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳アート 光琳と現代美術」 MOA美術館@moa_museum
会期:2月4日(水)~3月3日(火)
休館:会期中無休。
時間:9:30~16:30 *入館は16時まで。
料金:一般1600円、65歳以上1200円、大学・高校生800円、中学生以下無料。
 *団体割引1300円。
住所:静岡県熱海市桃山町26-2
交通:JR線熱海駅8番乗り場より伊豆東海バスMOA美術館行にて終点下車。熱海駅よりタクシー5分。

注)写真は美術館の特別な許可を得て撮影したものです。
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