都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「名画を切り、名器を継ぐ」 根津美術館
根津美術館
「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」
9/20-11/3
根津美術館で開催中の「名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」のプレスプレビューに参加してきました。
今、我々が美術館などで目にする日本の古美術品。軸画なり茶器なり絵巻なり、さもその生まれた形で見ているように思いがちですが、実は異なることが多いもの。補修され、また改装され、時には意図的に切断されるなど、制作時と姿を変えていることは少なくありません。
ずばり「切って、貼った。」の展覧会です。いわゆる改変に着目して古美術品を紹介します。
国宝「瀟湘八景図 漁村夕照」 牧谿筆 紙本墨画 南宋時代(13世紀) 根津美術館
まずは「名画」です。「瀟湘八景図 漁村夕照」、筆はかの牧谿です。八図あったうちの一つですが、これは元々一巻の巻物だった。それを分断したのは義満です。理由は単純明快、座敷に飾るためです。ようは巻物よりも掛物の方が人に見せる際に効果的であると考えたのでしょう。当時、日本の掛け軸画の殆どが仏画であった。いわゆる鑑賞絵画としての掛物の原初的作品だと考えられているそうです。
重要文化財「蘆山図」 玉潤筆 絹本墨画 南宋時代(13世紀) 岡山県立美術館
「蘆山図」です。時代は南宋、玉潤の筆による作品、かなり小さな掛物ですが、実はこれは3つに分断されたうちの1つに過ぎません。模本によるとこの作品は全体の3分の2を占めているものの、本来は左に滝の絵、つまり「瀑布図」(現存)が連なっていたとか。それを17世紀の茶人、佐久間将監真勝が茶室に飾るために3幅にしたと言われています。
「佐竹本三十六歌仙絵 斎宮女御」 詞:伝後京極良経筆 絵:伝藤原信実筆 紙本着色 鎌倉時代(13世紀) 個人蔵
人気の佐竹本がやってきました。うち写真は特に美しい「斎宮女御」です。当初は上下二巻の巻物でしたが、大正8年、益田鈍翁らによって分断、抽選により財界の数寄者に売却されたことでも知られています。またこの佐竹本、当然ながら女性の歌仙(36図のうち5図のみ。)の人気が高かったそうですが、肝心の世話人であった鈍翁は抽選時に女性を外してしまいます。
しかしながら真意はともかく、他の参加者の「配慮」(図録より)によって鈍翁に譲られることになりました。ちなみに佐竹本に限らず、三十六歌仙絵は言ってしまえば1幅でも鑑賞出来るため、切り離されること自体は珍しくなかったそうです。
重要文化財「石山切 伊勢集」 伝藤原公任筆 彩箋墨書 平安時代(12世紀) 梅澤記念館
「石山切」には驚きました。いわゆる「本願寺本三十六人家集」のうちの「伊勢集」と「貫之集下」、これを昭和4年に分割した断簡のことですが、分断のプロセスが興味深い。と言うのも薄い紙の「石山切」を表裏二枚に剥がしている。しかも一つ一つの断簡には何枚かで継がれた継紙という料紙装飾が為されているため、分断の際にはそれも一枚ずつ剥がしてはまた継ぎ直すという作業を行っています。
余程の技量のある表具師が携わったことでしょう。もはやこれ自体が一つの創作行為としても過言ではありません。
一方の「名器」です。こちら絵画以上に改変が目立ちます。しかも絵画のように持ち主の欲求(例えば売却云々)に沿うのではなく、言わば工芸の有り様に対して自らの心を寄せていくためにあえて行うことも少なくありません。
重要文化財「青磁輪花碗 銘馬蝗絆」 龍泉窯 青磁 南宋時代(13世紀) 東京国立博物館
代表的なのは「青磁輪花碗 銘 馬蝗絆」です。重文指定を受けた東博の所蔵品ですが、高台の周囲に鎹が打たれている。さて何故でしょうか。このエピソードも有名です。当時、義政の手元にあった花碗にひびが入ったため、明に代用品を求めたところ、このように鎹でひびを止める形で送り返されてきた。それを義政はそっくりイナゴに見立たわけです。以来、修理前よりもさらに優品と見なされた。銘にまで取り込んで楽しんでいます。
「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」 高麗茶碗 朝鮮時代(16世紀) 三井記念美術館
上から見ると確かに十文字の切れ目が見えます。「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」です。一度、4つに割られ、改めて継ぎ直された茶碗。実際のところどういう理由で割られたのかは定かではありませんが、おそらくは大き過ぎたために切り縮められたのではないかとのこと。あるいは他に欠けている箇所があるため、繕いをするために、継ぎをなしたとも考えられています。それにしても大胆な継ぎ目です。十文字の割れ目を意匠として受け止める。持ち主の遊び心すら感じられます。
「白磁壺」 白磁 朝鮮時代(17~18世紀) 大阪市立東洋陶磁美術館
ミルク色の色味が光ります。朝鮮の「白磁壺」です。高さ45センチで胴回りも40センチ以上、かなり大きな壺ですが、遠目ではどこが「切って、貼られた」のか分からない。改変の見当すらつかないかもしれません。
元々、この白磁は志賀直哉が旧蔵、その後東大寺に移され、同寺で保管されていました。
きっかけは比較的最近、1995年のことです。何と東大寺に入った窃盗犯がこの壺を叩き付けて逃げるという事件がおきる。壺はほぼ粉々、バラバラになって割れてしまいます。
そこを警察の鑑識が採取。小さな陶片はおろか、粉粒までも丹念に拾い集めました。それをさらに大阪市立東洋陶磁美術館が修復した。どうでしょうか。ご覧の通りの姿です。また元々あった口縁の繕いの跡までも復原されています。見事でした。
修復の際の高い技術という点に関しては、先の「石山切」にも通じる面もあるかもしれません。これまでの「継いで、愛でる。」の文脈とは異なりますが、また別の形での作品の伝承のあり方を知ることが出来ました。
重要文化財「白描絵入源氏物残簡 浮舟」 紙本墨書 鎌倉時代(13世紀) 大和文華館
それにしてもこの展覧会、大変な「お宝」揃いであるのもポイントです。もちろんそれは国宝4件、重文35件という数字が物語っているかもしれませんが、国内各地の美術館、そして貴重な個人のコレクションから集められた名品は、まさに眼福の言葉に尽きます。
私自身、佐竹本を3点(展示替えを含むと4点)同時に見たのは初めてです。また写真ではまるで分かりませんが、これほど美しい白描の物語絵(白描絵入源氏物語残簡)を見たのも初めてでした。
展示の都合上かもしれません。会期中に作品が相当数入れ替わります。十分にご注意下さい。
「名画を切り、名器を継ぐ」出品リスト(PDF)
根津美術館の来年度の展示スケジュールが発表されました。光琳の名作「紅白梅図屏風」が来春に同館で公開されます。
国宝「紅白梅図屏風」が根津美術館で公開されます(はろるど)
図録で多比羅氏が「カスタマイズ」という言葉を用いていました。自ら思い思いに手を加えては愛でようという心の方がある。そしてどのような事情であれ、切って、貼って、継いだ美術品を、ありのままの形で楽しんでしまうという気の持ち方もある。また意匠における機知とアイデア、さらにはそれを裏打ちする技術がある。もちろん全てとは言いません。しかしそこにこそ深みと面白さがあります。
古美術品の来歴をひも解きながら、携わった人々の物語を垣間見られるような展覧会でした。
「名器を切り、名器を継ぐ」会場風景
11月3日まで開催されています。自信をもっておすすめします。
「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」 根津美術館(@nezumuseum)
会期:9月20日(土)~11月3日(月・祝)
休館:月曜日。但し10月13日(月・祝)は開館し、翌日休館。
時間:10:00~17:00。入場は16時半まで。
料金:一般1200円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料。
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」
9/20-11/3
根津美術館で開催中の「名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」のプレスプレビューに参加してきました。
今、我々が美術館などで目にする日本の古美術品。軸画なり茶器なり絵巻なり、さもその生まれた形で見ているように思いがちですが、実は異なることが多いもの。補修され、また改装され、時には意図的に切断されるなど、制作時と姿を変えていることは少なくありません。
ずばり「切って、貼った。」の展覧会です。いわゆる改変に着目して古美術品を紹介します。
国宝「瀟湘八景図 漁村夕照」 牧谿筆 紙本墨画 南宋時代(13世紀) 根津美術館
まずは「名画」です。「瀟湘八景図 漁村夕照」、筆はかの牧谿です。八図あったうちの一つですが、これは元々一巻の巻物だった。それを分断したのは義満です。理由は単純明快、座敷に飾るためです。ようは巻物よりも掛物の方が人に見せる際に効果的であると考えたのでしょう。当時、日本の掛け軸画の殆どが仏画であった。いわゆる鑑賞絵画としての掛物の原初的作品だと考えられているそうです。
重要文化財「蘆山図」 玉潤筆 絹本墨画 南宋時代(13世紀) 岡山県立美術館
「蘆山図」です。時代は南宋、玉潤の筆による作品、かなり小さな掛物ですが、実はこれは3つに分断されたうちの1つに過ぎません。模本によるとこの作品は全体の3分の2を占めているものの、本来は左に滝の絵、つまり「瀑布図」(現存)が連なっていたとか。それを17世紀の茶人、佐久間将監真勝が茶室に飾るために3幅にしたと言われています。
「佐竹本三十六歌仙絵 斎宮女御」 詞:伝後京極良経筆 絵:伝藤原信実筆 紙本着色 鎌倉時代(13世紀) 個人蔵
人気の佐竹本がやってきました。うち写真は特に美しい「斎宮女御」です。当初は上下二巻の巻物でしたが、大正8年、益田鈍翁らによって分断、抽選により財界の数寄者に売却されたことでも知られています。またこの佐竹本、当然ながら女性の歌仙(36図のうち5図のみ。)の人気が高かったそうですが、肝心の世話人であった鈍翁は抽選時に女性を外してしまいます。
しかしながら真意はともかく、他の参加者の「配慮」(図録より)によって鈍翁に譲られることになりました。ちなみに佐竹本に限らず、三十六歌仙絵は言ってしまえば1幅でも鑑賞出来るため、切り離されること自体は珍しくなかったそうです。
重要文化財「石山切 伊勢集」 伝藤原公任筆 彩箋墨書 平安時代(12世紀) 梅澤記念館
「石山切」には驚きました。いわゆる「本願寺本三十六人家集」のうちの「伊勢集」と「貫之集下」、これを昭和4年に分割した断簡のことですが、分断のプロセスが興味深い。と言うのも薄い紙の「石山切」を表裏二枚に剥がしている。しかも一つ一つの断簡には何枚かで継がれた継紙という料紙装飾が為されているため、分断の際にはそれも一枚ずつ剥がしてはまた継ぎ直すという作業を行っています。
余程の技量のある表具師が携わったことでしょう。もはやこれ自体が一つの創作行為としても過言ではありません。
一方の「名器」です。こちら絵画以上に改変が目立ちます。しかも絵画のように持ち主の欲求(例えば売却云々)に沿うのではなく、言わば工芸の有り様に対して自らの心を寄せていくためにあえて行うことも少なくありません。
重要文化財「青磁輪花碗 銘馬蝗絆」 龍泉窯 青磁 南宋時代(13世紀) 東京国立博物館
代表的なのは「青磁輪花碗 銘 馬蝗絆」です。重文指定を受けた東博の所蔵品ですが、高台の周囲に鎹が打たれている。さて何故でしょうか。このエピソードも有名です。当時、義政の手元にあった花碗にひびが入ったため、明に代用品を求めたところ、このように鎹でひびを止める形で送り返されてきた。それを義政はそっくりイナゴに見立たわけです。以来、修理前よりもさらに優品と見なされた。銘にまで取り込んで楽しんでいます。
「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」 高麗茶碗 朝鮮時代(16世紀) 三井記念美術館
上から見ると確かに十文字の切れ目が見えます。「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」です。一度、4つに割られ、改めて継ぎ直された茶碗。実際のところどういう理由で割られたのかは定かではありませんが、おそらくは大き過ぎたために切り縮められたのではないかとのこと。あるいは他に欠けている箇所があるため、繕いをするために、継ぎをなしたとも考えられています。それにしても大胆な継ぎ目です。十文字の割れ目を意匠として受け止める。持ち主の遊び心すら感じられます。
「白磁壺」 白磁 朝鮮時代(17~18世紀) 大阪市立東洋陶磁美術館
ミルク色の色味が光ります。朝鮮の「白磁壺」です。高さ45センチで胴回りも40センチ以上、かなり大きな壺ですが、遠目ではどこが「切って、貼られた」のか分からない。改変の見当すらつかないかもしれません。
元々、この白磁は志賀直哉が旧蔵、その後東大寺に移され、同寺で保管されていました。
きっかけは比較的最近、1995年のことです。何と東大寺に入った窃盗犯がこの壺を叩き付けて逃げるという事件がおきる。壺はほぼ粉々、バラバラになって割れてしまいます。
そこを警察の鑑識が採取。小さな陶片はおろか、粉粒までも丹念に拾い集めました。それをさらに大阪市立東洋陶磁美術館が修復した。どうでしょうか。ご覧の通りの姿です。また元々あった口縁の繕いの跡までも復原されています。見事でした。
修復の際の高い技術という点に関しては、先の「石山切」にも通じる面もあるかもしれません。これまでの「継いで、愛でる。」の文脈とは異なりますが、また別の形での作品の伝承のあり方を知ることが出来ました。
重要文化財「白描絵入源氏物残簡 浮舟」 紙本墨書 鎌倉時代(13世紀) 大和文華館
それにしてもこの展覧会、大変な「お宝」揃いであるのもポイントです。もちろんそれは国宝4件、重文35件という数字が物語っているかもしれませんが、国内各地の美術館、そして貴重な個人のコレクションから集められた名品は、まさに眼福の言葉に尽きます。
私自身、佐竹本を3点(展示替えを含むと4点)同時に見たのは初めてです。また写真ではまるで分かりませんが、これほど美しい白描の物語絵(白描絵入源氏物語残簡)を見たのも初めてでした。
展示の都合上かもしれません。会期中に作品が相当数入れ替わります。十分にご注意下さい。
「名画を切り、名器を継ぐ」出品リスト(PDF)
根津美術館の来年度の展示スケジュールが発表されました。光琳の名作「紅白梅図屏風」が来春に同館で公開されます。
国宝「紅白梅図屏風」が根津美術館で公開されます(はろるど)
図録で多比羅氏が「カスタマイズ」という言葉を用いていました。自ら思い思いに手を加えては愛でようという心の方がある。そしてどのような事情であれ、切って、貼って、継いだ美術品を、ありのままの形で楽しんでしまうという気の持ち方もある。また意匠における機知とアイデア、さらにはそれを裏打ちする技術がある。もちろん全てとは言いません。しかしそこにこそ深みと面白さがあります。
古美術品の来歴をひも解きながら、携わった人々の物語を垣間見られるような展覧会でした。
「名器を切り、名器を継ぐ」会場風景
11月3日まで開催されています。自信をもっておすすめします。
「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」 根津美術館(@nezumuseum)
会期:9月20日(土)~11月3日(月・祝)
休館:月曜日。但し10月13日(月・祝)は開館し、翌日休館。
時間:10:00~17:00。入場は16時半まで。
料金:一般1200円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料。
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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