「ターナー展」 東京都美術館

東京都美術館
「ターナー展」 
10/8-12/18



東京都美術館で開催中の「ターナー展」のプレスプレビューに参加してきました。

英国の国民的画家として人気の高いジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)。今、その一大回顧展が上野の東京都美術館で行われています。

構成は実にオーソドックス。ターナーの人生を時系列で辿りながら、画風の変遷を見ていくもの。また彼は旅する画家でもあります。イギリスはもとより、イタリアやヨーロッパ各地で描いた風景にも着目。また得意の海景画や晩年の展開についても触れられています。


左:「パンテオン座、オックスフォード・ストリート、火事の翌朝」1792年 鉛筆、水彩、紙

出品元は世界屈指のターナーのコレクションで知られるテート美術館。点数は全116点、うち油彩は36点。もちろん全てターナー画です。それがずらりと都美館の三フロアに並んでいる。壮観でした。(東京展のみ国内所蔵の2点を特別出品。)


ターナー展会場風景

さて光り眩しき、また時に色に溶けゆく美しきターナーの風景画。水彩はもちろん、油彩においても繊細な画肌。図版では到底伝わりません。その魅力を知るには実際の作品を前にするのが一番ですが、ここでは簡単にいくつかイントとなりうる作品を挙げてみましょう。


右:「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」1798年 油彩、カンヴァス

まずは「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」(1798年)から。この神々しいまでの景色。ターナー23歳の時の佳作、湖に大きくかかる虹が一際印象に残ります。

水辺と空、そして大きな山々と小さく散らばる家屋(また手前の湖上には小さな小舟も。)などの対比的な表現も見どころかも知れませんが、ターナーはこの作品にミルトンとトムソンの詩を添えている。後の「チャイルド・ハロルドの巡礼」しかり、ターナーは詩を引用することによって、こうした単なる風景に一種の文学的情感を吹き込もうとしているのです。


「グリゾン州の雪崩」1810年 油彩、カンヴァス

自然への畏怖を思わせる「グリゾン州の雪崩」(1810年)はどうでしょうか。ターナーの描く山岳風景の中でもとりわけ劇的な一枚。実際に起きたアルプスの雪崩に着想を得た作品です。パレットナイフを用いたという雪の筆致は非常に激しい。また左から右へと流れる風、さらには下から突き出る岩石とせめぎ合い、実に緊張感をもった景色が作り上げられています。


「スピットヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船」1808年 油彩、カンヴァス

そしてターナーを代表する海景画では「スピットヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船」(1808年)が白眉です。ナポレオン戦争に取材した作品、英国海軍の船がデンマーク船を曳航する様子が描かれていますが、黒々とうねる波の荒い筆致と、どこか写実的なまでの帆船の描写の対比も特徴的。マストの線の細さと言ったら並大抵ではありません。

ターナーがアルプスを越えてイタリアへと至ったのは1819年のこと。意外と遅く44歳になってからのことです。そして1828年にも再度イタリアへ。彼の地の輝かしい光を経験してか、色鮮やかな作品を次々と生み出します。


「レグルス」1828年 油彩、カンヴァス

そこで「レグルス」(1828年)です。この強き光。古代ローマの将軍、レグルスが陽光を浴びて失明したというエピソードを題材とした作品ですが、ここにはレグルス本人は描かれておらず、その光だけが言わば暗示している。つまり絵の前の立ち位置、言い換えれば絵の光を浴びる鑑賞者こそレグルスそのものなのです。何とダイナミックな演出でしょうか。


「チャイルド・ハロルドの巡礼ーイタリア」1832年 油彩、カンヴァス

「チャイルド・ハロルドの巡礼ーイタリア」(1832年)がやってきました。このバイロンの物語詩の主人公、ハロルドこそ、拙ブログの名付け親。それはともかくも情緒溢れる美しき風景。高くそびえる松、そして人々の集う台地から望んだ渓谷に丘。ポイントは廃墟です。バイロンの詩作においてもよく現れる廃墟。この絵画においても左に朽ち果てた古城、そして右に崩落してしまった橋が描かれています。

さて本展、いわゆるよく知られた作品だけでなく、構図や色彩など、ターナーの言わば実験的な試みを紹介しているのも特徴です。中でも興味深いのは「三つの海景」(1827年)。思わずロスコでも連想してしまうような作品です。


「三つの海景」1827年頃 油彩、カンヴァス
 
まるで帯のようにして色の重なる平面。そこにはタイトルの如く「海景」が3つ。一番下と真ん中。そして一番上の面は上下反転しています。これには驚きました。

さて晩年のターナー。もはや朦朧体とも言うべき色彩表現。それは時に批評家から嘲笑をもって受け止められます。また多作でもある故か、未完の作品も少なくありません。それにもはや抽象的なまでの最晩年の未発表作は、そもそも彼が意図して残したものかどうかはっきりと分かっていないのだそうです。

そうした晩年の作で重要なのが「戦争、流刑者とカサ貝」(1842年)と「平和ー水葬」(1842年)。かのナポレオンとスコットランドの画家、ウィスキーの運命を対比したと言われるものです。


左:「戦争、流刑者とカサ貝」1842年 油彩、カンヴァス
右:「平和ー水葬」1842年 油彩、カンヴァス


前者、何とも不自然、まるで人形のように立つのがナポレオン。セントヘレナ島に流された彼を象徴していると言われていますが、その周囲を取り巻く血のような赤しかり、一見するところの明るい色調の反面、実に不穏な気配が漂っています。

一方での「平和ー水葬」はどうでしょうか。画面を強く印象づけるのは漆黒。蒸気船の帆と影、また水面上を飛行する鳥です。ここには水葬された友人の画家ウィスキーの『死』が強く反映されています。


右:「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」1820年 油彩、カンヴァス

いわゆるピクチャレスクなターナ画。一種の理想的風景です。ターナーほど観る者のイマジネーションなりが入り込む余地のある風景画はないかもしれません。自然を感じ、歴史を鑑み、詩を想う。風景と行き来しながら楽しむことが出来ました。

なお報道内覧日に加え、第一週の日曜日(午後2時頃)に改めて行きましたが、会期早々にしては予想以上に賑わっていました。水彩の小品も多く、混雑していると大変です。毎週金曜日の他、10月31日、11月2日、11月3日の夜間開館(20時まで)は狙い目となるかもしれません。


ターナー展会場入口

国内では1997年の横浜美術館以来となる回顧展です。ターナーは私が美術に感心を持ち始めた頃に好きになった画家の一人。100点超のスケールで見たのは初めてです。感無量でした。

「美術手帖 2013年11月号増刊 ターナー英国風景画の巨匠、全貌に迫る」

早めの観覧をおすすめします。12月18日までの開催です。*東京展終了後、神戸市立博物館(2014/1/11~4/6)へと巡回。

「ターナー展」 東京都美術館
会期:10月8日(火)~12月18日(水)
時間:9:30~17:30(毎週金曜日、及び10月31日、11月2日、3日は20時まで開館)*入室は閉室の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月14日、11月4日、12月16日は開館。10月15日、11月5日は閉館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1300(1100)円、高校生800(600)円。65歳以上1000(800)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
 *毎月第3土・翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。作品は全てテート美術館蔵。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
« 台風26号に伴... 「モローとル... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (BWV1020)
2013-11-24 00:01:57
サイトを初めて拝見し、素晴らしいと存じましたので、お邪魔しております。在京ではないので、ターナー展、行くか否か、ずっと迷っておりました。しかし、はろるど様の解説を拝読して、以前のテートギャラリーでの感動を思い出し、休暇をとって行く決心をしました。交通機関を予約するにあたり、はろるど様に教えて頂きたいことがございます。鑑賞時間、2時間半くらいと考えているのですが、一通り全ての作品を見ることはできますでしょうか?個人の鑑賞のスピード、当日の混雑によっても違うので、愚問かもしれませんが、お手すきの際に、ご面倒でない範囲で、お教え頂ければ幸いです。どうか、よろしくお願い申し上げます。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2013-11-24 12:56:41
@BWV1020さま

はじめまして。いつもブログをご覧くださりありがとうございます。勿体ないお言葉恐縮です。

ターナー展ですが、まずやはり会期が残り1ヶ月ということで、土日はかなり混雑してきているようです。(平日の2~3倍の入場者があるそうです。)
つい先日の日曜に出かけられた方のお話を聞きましたが、順路の最前列は人でびっしり、絵の前は2重、3重の人で、遅々として列も進まない状況だったそうです。

また出品作は油彩よりも小品の水彩が多めです。その分どうしても近づかなくてはならないため、より人が滞留してしまいます。

私は結構早いペースで作品を見る方ですが、会期一週目、日曜日のさほど混雑していない状況でも、2時間弱ほどはかかりました。

2時間半あれば一通りはご覧いただけるとは思いますが、可能であれば平日、また金曜の夜間が良いのではないでしょうか。

また混雑状況については以下のようなサイトもあります

http://komu.artafterfive.com/exhibition?a=1

少しでもご参考いただければ幸いです。
 
 
 
有り難うございます (BWV1020)
2013-11-24 22:34:50
お忙しい中、早速、混雑具合や有用なサイトを教えて下さいました上に、小品が多いとの貴重な情報もお教え下さいまして、どうも有り難うございます。とても参考になります。お陰様で、鑑賞に向けて、予定を立てることができただけでなく、気持も盛り上がって参りました。貴サイトを昨日初めて発見し、感動して、そのまま、ブログに対するコメント投稿なるものを、生まれて初めて行いました。はろるど様の解説は、明快かつ臨場感にあふれている一方で、読み手に、自由に想像をふくらませることができる余地を残して下さっているので、素晴らしいと存じます。拝読しているうちに、ターナー展だけでなく、国立博物館の京都展のほうも行きたくなってしまい、少し悩んでいるところです。今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2013-12-04 21:18:22
@BWV1020さま

再度のコメントをありがとうございました。

素人の感想、駄文で恐縮ですが、そう仰っていただけると嬉しいです。
ありがとうございます。

ターナー展もいよいよ佳境。最終日はシルバーデーとも重なり、
大変な賑わいとなりそうです。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。