Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

日本人の挑戦心を守れ~為末見解に思う事

2016-08-20 20:48:21 | スポーツ

ブラジル国、リオ・デジャネイロでの五輪夏季大会が佳境の様だ。我国代表も善く健闘、獲得メダル合計は、分っているだけで計40を数え、更なる上積みの可能性もある。好結果は大いに喜ばしい一方、我国選手代表各位が毎回悩まされる、困った事共もある様だ。この問題につき、元陸上選手 為末 大さんが、ネット上に見解を表されたので、引用しながら考えて参りたい。

《日本選手は なぜ謝るのか》 ----------------------------------------------------

「現役時代にあまり気がつかなかったが、引退してすらミックス・ゾーンにメディア側として立って、あらためて感じたのは日本選手のインタビューの特異さだ。成績が悪かった時の米国選手が、自分なりの敗戦理由と次目標を語るのに比べ、涙を流しながら『期待に応えられず申し訳なかった』と謝罪し続ける選手を見ていて胸が苦しかった。

日本の選手のインタビューは似通っていると言われるが、私はその一端に、この謝罪の要求というのがあるのではないかと思う。負けた原因を分析したら言い訳と批判され、純粋な感覚を表現すれば負けたのにヘラヘラしていると言われる。選手にとっては競技をすることが一番大事だから、変なことで社会から反感を買いたくない。結局、一番問題が起きにくい謝罪一辺倒の受け答えになっていく。

選手に謝罪を要求することの弊害が2つある、と私は考えている。1つは、五輪という舞台で選手が一体どう感じたのかという、その瞬間にその人しか語れない言葉にふたをしてしまう可能性があるということだ。勝ち負けを超えて、世界の頂点の舞台で感じたことや、やろうとしたことを聞けるのは、社会にとって大きな学びとなるはずだ。

もう1つは、この国から挑戦心がなくなってしまうことだ。彼らは長い間トレーニングをしてきて、挑戦をし、勝ち抜いて代表になった選手たちだ。その選手たちの挑戦の部分を評価しないで、最後の結果だけで批判をする。そうなれば子供たちも社会も、挑戦することをやめていく。

一体どの程度の割合で批判をしている人がいるかというと、私はごく少数ではないかと考えている。私を含め多くの人は挑戦自体が素晴らしいし、一生懸命やってきたのは自分なんだから、自分の気持ちを素直に出せばいいと感じていると思う。

日本はこれから厳しい局面を迎える。超高齢社会を迎える中で、挑戦できる人たちが自分らしく挑戦をしていかないと生産性も高まらず、国が衰退していく。結果は運だが、挑戦は意思だ。挑戦をするという意思を持って厳しいトレーニングをし、その場に立った(のである)。結果の前にそのことをまず尊敬し、そこから姿勢を学ぼうとする社会であってほしいと私は思う」(引用ここまで)。

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この見解を、皆様はどうお感じになりますか?俺視点では、一部の不良な姿勢を改めようとしない輩の為に、為末さんが指摘された、熾烈な修練を経て世界の大舞台に立った我国代表の選手各位が、僅差でも順位を落としたりすれば、すぐ非難される様な空気ができてしまっている様に感じられてならない。

余りの邪推は控えようと思うが、こうした向きは、どちらかと言えば煽情的な二流以下のメディアにいそうな気がする。又、夏場特有の事だが、頭のおかしな輩が何人かいて、代表選手各位に、無益な謝罪をさせようと画策しているのかも知れない。あくまで想像だが、そんな挙に出ても、我国の国益や国民市民の福利には何ら結びつかず、ただの自己満足に終始する低級な出方であろう。その為に、我国の挑戦心が低下したら、手を叩いて喜ぶのはどこの国のどいつらか、一度頭が悪いなりに思考でも巡らしてみてはどうか。

ヒントとしては、我国選手が勝利を収めると、必ず揚がる国旗たる日章旗、斉唱される国家 君が代を快く思わない勢力と無関係ではない様な気がするのだが。

もう一つ、為末さんが指摘された脅威的な問題が超高齢化だ。これには当然、超少子化が伴う。つまり、出生数が低迷したまま、総人口が激減する公算大と言う事だ。現実的観測として、我国の総人口予測は、今世紀半ばには1億を確実に割り、以後今世紀末には7000万人代、来世紀途中でほぼ半減すると言われる。最悪、日本の独立自衛が叶わなくなる恐れもあるのだ。

現に、後期高齢層を除き、対女性人口で若干上回る男の生涯未婚率はとうに二割を超え、三割を窺うと言う指摘もある。これも、挑戦心を持ちにくい世のあり様が影響しているのは間違いない。政治資金疑惑への対応もそうだろう。軽度なものにまで、重罪の様に騒ぎ立て、引責謝罪要求一辺倒では皆挑戦をやめ、国自体が衰退してしまいかねない。それが嫌なら、好結果が出ないからと言って、徒な謝罪要求などとてもできない現実を、もっと見据えるべきだ。何よりも、先の大戦にまつわる「戦争と平和」の問題で、我国の一方的侵略だったとの、容共特亜に偏った、自虐史観を招いた一方的偏向教育と報道が、抜本的に糾されねばならないだろう。

為末さんのご見解は「一事が万事」である事を主張されている様に感じる。「自由と平和」は所詮理想だが、希望が持てそうな良さげな事を言っておいて、実態が全く伴わない理不尽な非難ばかりでは、それは聞かされる方はやる気をなくし、後に続く者も現れまいて。困るのは、これら非難を繰り返す一部勢力の情宣が上手く、さも多数意見の様に、巧妙に見せかける事が多い所だ。やはり出所は不良メディアと思わざるを得ない。我々は、この様な不良言動に、くれぐれも惑わされない様注意しながら、全力で戦ったスポーツ選手や、より国益を考える政治家諸氏と向き合って参りたいものである。

今回画像は、先年のもので恐縮だが、岐阜の悪友の地元近く、瑞浪市内を行くJR中央西線貨物便の様子を。沿線の稲にも色がつき始めた、今頃の時季のものです。何だかだと言っても、昔も今も、米は我々日本人の活力源ですね。紹介中の、渡辺貞夫さんの今回楽曲は「ポゴのテーマ」 下記アドより視聴可能。

https://www.youtube.com/watch?v=rkiXhz--DMI

 

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