Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

裏「白と赤の風」Ⅴ

2008-08-31 22:38:32 | 旅行記

コナサン、ミンバンワ!今年2008=平成20年8月も遂に最終日となった。今夏は盆の頃までが猛暑、盆明けから今日までが雨がちの不安定な天候が続いたのが印象に残り、特に一昨日を中心に当地愛知は激しい雷雨に見舞われた。特に当県中央の岡崎市一帯は水害がひどく、犠牲を生じたのは遺憾であり、一言ご冥福をお祈りしたい。

さて昨日、拙Cafe表日記が終了した事もあり、拙ブログの一連記事もひとまず今夜を最終回にしようと思う。締めくくりは勿論当地の名古屋鉄道パノラマカーの話にて・・・。

今夏、6/29(日)の運転時刻改正により、名古屋鉄道公式HPに、パノラマカーの基本運転時刻が公開される様になった。これ以前は非公開であったので、記録写真に取り組む愛好者各位は情報収集に苦労されたのではないか。かく申す俺も愛好度は高くないものの、情報不足に悩まされた口ではあるのだ。

同鉄道の公式HP以外にも情報源がある事を知ったのは、恥ずかしながらまだここ1年位の事。一番有名なのが大型掲示板「2ch」の「鉄道路線・車両」板で、その内の「名鉄の注目編成を追え」と「名古屋鉄道」の各欄に参考となりそうな記事が載る事がある。当日の直前情報を知りたい場合は前者がお勧めだろう。

これらの掲示板には、詳細な情報を求めての愛好者の書き込みや問い合わせが後を絶たず、中には安易な質問をして叱られたりする例もあり、まあ失笑ものと言う所だろう。例えば

「これからパノラマカーの撮影をしたいが具体的な運行時刻を知る方法は?」との質問には「自分で満足に調べていないのでは?」「名鉄公式(HP)よりPDFを落として来い。話はそれからだ」と言う具合。当然の事だが、JRを含めて鉄道会社のサイトをまず調べ、自分なりのデータ掴んだ上での行動をすべきと言う事だろう。それができなければ、納得できる記録を撮り、残す事は叶わないと心得る位の姿勢が求められるのは事実だろう。

実は今日も、廃車候補のパノラマカー編成1隊が愛好者達より「出棺の場」と言われている岡崎市の舞木工場に入った模様。名古屋北郊の、古典建築の駅舎で有名な布袋駅に長期滞留していた6連で、ご存じの方も多いだろう。東郊の豊田市内、猿投(さなげ)駅構内には4連2隊がやはり廃車準備を待っている模様。

いよいよ最後の1年に入ったパノラマカー。こうした情報をフルに活かし、良い記録を残す様に心がけたいものである。尚、同車の土日祝日の運転は、基本的に名古屋本線と犬山線に限られているが、基本時刻表の外、俺の知る限り午後に1便、各務原線の三柿野~犬山間に上り回送列車(鵜沼宿14:20頃通過)が運行されている事を申し添えておく。今月の拙ブログはここまで。ラタ、マイ月・・・。

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後記~白と赤の風

2008-08-30 23:47:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!今年2008=平成20年8月も後僅かとなりました。
今夏は前半の猛暑と、後半の大雨が強く印象に残る所となりました。
ご存じの様に水害も多く、今夏の拙記事にて特集した東海道新幹線もそのあおりで私の知るだけで2度に亘り、大幅な運転遅延を生じました。

その東海道新幹線の沿線の事で、この度大変残念な報道に接しました。
静岡県ご出身で、中央アジアのアフガニスタン国へ食糧増産のボランティア活動に赴いていた伊藤和也さんが現地武装集団の起こした事件に巻き込まれ、落命されました。本日夕刻、無言の帰国をされた由。
全外国人を米合衆国の手先と見なす過激勢力による計画的攻撃であった可能性があり、現地よりも大切な農業技術者として重用されていた才気ある方だっただけに、此度の事件は誠に遺憾であり、謹んで哀悼の意を表すと共に、アフガニスタン国当局に対しては事件の早期解決に尽力を願いたい所であります。

さて本題に入ります。伊藤さんの様に努力を惜しまず、又才能を開花させる日本人は男女問わず多いです。
私はちと外した様ですが。苦笑
そんな寸刻を惜しんで動きまわる忙しい方々の味方、戦友として東海道、そして各地の新幹線は日夜東奔西走を続けています。時々荒天などで遅れを生じ、足を引っ張る難点があるのは事実ですが。又苦笑
ご存じの様に、平日の新幹線の乗客はその大半がそうした方々。土休日もそんな感じの移動が少なくない様です。
それだけに、移動中の列車内でも仕事をこなす風景が良く見られ、最近の新幹線列車はそうした方々に照準を合わせた装備になっているのかな、ともふと感じた次第。

思えば昭和末期登場の2代目車両100系には特別席グリーン車や食堂車などに2階式の車両が存在し、あるいは車中の眺めや、又あるいは家族や仲間内だけで移動の空間を占有できる個室席などが準備されていたと記憶しています。
最新の車両群にてはそうした移動の楽しみを感じさせる装備が簡素化され、明らかに効率良く移動時間を過ごせる方向に振られて来ている印象を強く受けます。
食堂車や2階式の車両に後継車が現れなかったのは、あるいはそうした事共を反映しての事かも知れず、この選択が適当であったかどうかは、もう少し時期を経ないと判断が難しいかも知れません。しかしながら初代車0系では短時間の乗車に向けたビュッフェと呼ばれる軽食堂が用意され、駅弁あるいは車内販売による飲食物との選択ができる様配慮されていました。最新の車両でも、最低限この程度のサービスの幅は確保できないものかと一方では思います。

もう一つ、今月は現在東海道新幹線の主力となっている700系車両の普通席、グリーン席双方を利用する機会に恵まれました。
普通席の方は今の新幹線の標準として不足のない装備であり、後は乗客の利用マナーに期すべき所が大きいと強く思います。ただ、キャリー・バッグに代表される様に乗客の手荷物が大型化している事実を考えると、その保管場所を考えるべきではと感じます。大型の手荷物は座席の背後に置かれると、背面を倒すリクライニング装置の使用を支障し、又通路に置けば多くの方々の通行や、車内販売を含む乗務員の列車扱い業務に差し支える可能性がありますから。
グリーン席の方は特別料金を要するだけに、当然ながら普通席より相当に余裕があり、足乗せ台や普通席では叶わない、向き合わせ時の座席テーブル使用ができるなどの配慮が行き届いていますが、白熱電灯調の照明は私個人は難があると思います。
これによってどうも車内が成金趣味的雰囲気になってしまい、今一つ好感が持てずにいます。この点は清楚な感じでまとまっていた先代の300系の方が良かったのではとも思います。新しいN700系はまだ乗車機会がありませんが、こうした問題が少しでも解消されている事を祈りたいですね。

後、これも報じられている様に、新幹線初開業以来活動を続けた初代車0系の、今年11月限りでの全面引退が確実となりました。今は東海道路線では新大阪で朝晩見かけるだけとなっている様ですが残り3カ月、どうかつつがない残り任務の完遂を祈ると共に、こちらも最後の1年と言われる当地の名物電車、名古屋鉄道パノラマカーの無事完走をも併せて祈りたい所。
この特集の最後に「お疲れ様 0系。お疲れ様 パノラマカー。夢、喜びを 有難う。」の言葉を贈り、締め括りとしたく思います。*(新幹線)*

P.S 近日完成予定の拙写真帖次回作は、今夏の特集日記々を元にまとめようと思っております。
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夜空~白と赤の風

2008-08-28 23:30:00 | インポート
ミーSAN今晩は。今夜の当地名古屋は激しい雷雨に見舞われています。
つい先程、近所にて落雷があった模様。大過なければ良いのですが。
先週末辺りより、全国的に天気が安定しない様ですね。北の方もつつがなきをお祈りする事としましょう。

さて今夏の拙特集日記は、本当にこの辺の話題、又拙趣味たる鉄道交通の話題となってしまい恐縮です。
貴方に向けての伝言は、拙身近な憧れの東海道新幹線にしようか、それとも幼少の頃からの思い出深い名古屋鉄道の名物車「パノラマカー」にしようか大いに迷いましたが、その末に結局後者を選びました。
ご想像がつく様に、私とパノラマカーは、そんなに離れた年齢ではありません。苦笑

1961=昭和36年夏の初登場より既に半世紀近い時空を駆け抜けて来たパノラマカー。同車の誕生の背景には、愛知、岐阜の両県を初めとする中部圏の人々の、高速移動への大きな願望が乗っていたと強く思います。
当時の我国では他に例のない展望席。しかも特別料金を要しないそれは極めて異例だったと言えます。
幼時は両親に伴われて、又小学校高学年以後はある時は単独で、又ある時は悪友など仲間同士で、この恵まれた走る眺めを楽しんだものであります。ただ困るのは、恵まれた故に有難さを忘れている面がある事でしょう。

時は昭和から平成へ、又20世紀から21世紀へと移ろい、当地の絶賛と圧倒的支持を誇ったパノラマカーにも、経年による引退の時が刻一刻と忍び寄っていました。1998=平成10年には名古屋鉄道の公式見解として、向こう約10年でパノラマカーの完全引退を図る旨が明らかにされたにも関わらず、私には実感がありませんでした。それはまるで健康な時に、健康の有難みを忘れている様な状況に似たものでした。

この6月、遂に同車の主戦降板が明らかになって初めて、我が身に喪失感の様なものがこみ上げて来た次第。
余りに慣れ親しんだ為に「さあ、なくなるぞ!」と急に言われても、直ちには受け入れられない心情と言う所でしょうか。
そう言えば今年に入ってからは、所謂鉄道愛好者達の姿も良く見かける様になり、列車の姿が映える好撮影地点では大勢の写真班が集まり、まるで蒸気機関車を迎える時の様な状況を呈しています。時に不良なマナーなどを揶揄される彼らですが、こうして集まってくれるのを見ると、パノラマカーもかくも全国区の人気を博していたかと、一面では喜ばしい気持ちもありますね。ただ安全にも関わる故、くれぐれも無理は避けて欲しい所です。

それにしても、電車は庶民の生活に密着した乗り物であるのは事実です。拙記事の最後に、その事を象徴する出来事がありましたので記しておきましょう。
今月の初め、当地名古屋の南郊の東海市内にて目にした光景です。
夕方、同市の太田川と言う駅に、臨時の運用に就いたパノラマカーの列車がやって来ました。情報が少なかったせいもあって愛好者は殆どおらず、列車に乗ったり、展望式の先頭車を取り囲んでいるのは、普段名古屋鉄道を利用する地元の方々ばかり。コンパクト・デジカメや携帯のカメラで正面を収めるネクタイを締めた男性や夏の装いの若い女性達。
一方車内の展望席には、何組かの親子連れが幸せそうに座り、発車を待っています。そう、これは正に半世記近く前、パノラマカーが誕生した時の光景ではなかったでしょうか。

コアな愛好者による追いかけの対象となる事も多くなった同車ですが、最後の1年の内の1日位は、こんな日があっても良いと心より思いましたね。
今夏は我々も大変お世話になった漫画家、赤塚不二夫さんのご逝去と言う大変な悲報にも接しましたが、同氏がこの光景をご覧になったら、きっとこう仰る事でしょう。「これで、いいのだ!」*(新幹線)*

P.S 次回にて、ひとまずの終了と致す予定です。
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印象~白と赤の風

2008-08-26 23:05:00 | インポート
えいさん今晩は。折々下さる画像有難うございます。曇りや雨の不安定な天候が続きます。気温が下がって少ししのぎ易いのは良いですが、天気が回復すると再び暑さがぶり返しそうな予報。どちらが良いかは、一概には分からないですね。

以前伺った事ですが、貴方は少しお身体の不自由がおありの由。この事は余り触れずにおこうと思うのですが、貴掲示板に画像を置きに参るとその事を忘れている。これは健常者の悪しき一面と言えるかもですね。
私も情緒面がやや芳しくないものの、身体面は一応五体満足であり、その事への感謝と共に、その事に恵まれなかった方々の事に思いを致すべきと頭では思いながら、中々実行が伴わないでいる所です。

さて、拙地元から遠出の為東海道新幹線に乗り込む時、車椅子などをご利用の、肢体が不自由な方々を結構見かけます。
はるか昔の1964=昭和39年秋の開業当時は、新幹線も肢体に不調のある方々のご利用を想定していなかった訳ですが、昭和の終わりにJR社に移行してからは、少しはこうした面の改善が見られる様になっています。
確かこの昭和の終わり頃だったと思いますがある雑誌にて、車椅子の方が新幹線でご旅行をされる記事が載っていたのを覚えています。
当時は今の様に新幹線の車両も車椅子での乗車には対応していない所があり、又駅のエレベーターなどの身障の方々向けの設備はまだ完備されていなかった時期で、そうした状況下での車椅子での乗降は相当な人手を要し、大変であった様に記憶しています。

今の東海道新幹線の編成は16両中の11号車に車椅子の方向けの幅の広い乗降扉と個室が備わり、又一般の客席にも車椅子が横に置ける様配慮された車両があります。在来線の車両も少しずつ車椅子乗車ができる様改良されて来てはいますが、新幹線を含めまだ一部で、より利用し易い設備の出現が待たれる所です。

今後総人口が頭打ちになる事を考えれば、例えば東海道新幹線は、全ての乗降扉を車椅子が通れる幅の広いものにしても良いのではと私は思います。
豪華さ、快適さを追うのも良いが、本当は身体に不調のある方がその事を気にする事なく利用できるのが最善なのであります。
理想論に偏るのは分かっていますが、これからの新幹線、そして私鉄を含む在来線の車両はそうした事への配慮ももっと深化させて頂きたい。
その意味で、将来開通が予定されるリニア・モーター車両による新世代新幹線がどの様になるか、今から注目される所です。
今の所はしのぎ易い日々ですが、厳しい残暑も予想されます。お互いご健康に。そしてご安全に・・・。*(新幹線)*
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裏「白と赤の風」Ⅳ

2008-08-24 22:54:48 | 旅行記

コナサン、ミンバンワ!8月も下旬となり、不安定な天気の日が多くなるも、朝晩はようやくしのぎ易くなって来た。明らかに秋への季節の移り変わりが始まったと言えるだろう。今までが猛暑続きだっただけに、夏パテなどの後遺症が出易い時期。お互い用心と言う事で。

さて、俺もしばしば閲覧に参る2ch掲示板。勿論鉄道・交通の分野における情報も多い。名古屋鉄道関係でも、話題のパノラマカーのみならず、同鉄道各線や各車両の話題とかもかなり詳しく載っている。今夜はその中より、パノラマカーの実子「パノラマ・スーパー」に関連する話題を拾ってみようと思う。実は余り品性良好とは言えない面もあるのだが、その点はご容赦!

1988=昭和63年に初デビューしたパノラマカーの実子「パノラマ・スーパー」も今年で20周年を迎え、親パノラマに続き全盛を誇ったその勢力にも翳りが見えて来た感がある。実は同車には事実上3兄弟があり、内2者が編成全車が特別車「ミュー」にて構成され、残る1者が特別車2、JRの自由席に当たる一般車4の計6両で構成される一部特別車編成。全車特別編成は正統の展望席付の4両組と、展望席なしの3両組があったが、後者は今夏運用より離脱、一部の車両が早めの引退廃車と相なったのは遺憾である。前者も現有勢力は最盛期の半分弱へと後退しており、今年末には特急運用の大幅見直しに伴って、全車特別編成が全て引退の予定であると言う。従って来年以降も存続する全車特別編成特急は中部空港行の「ミュー・スカイ」のみとなる予定である。

さて、現役を退いた「パノラマ・スーパー」全車特別編成は4両共通勤車両に仕様変更されて再デビューを果たしている。足周りや電気関係など主要部品を再用し、車体はステンレス製を内装と共に新造している。車型は5000型と言う。これは1955=昭和30年にデビューした名古屋鉄道の戦後初の本格特急車の車型だったのだが、愛好者各位はこの番付を「格下げ」と判断したらしく、このニセ新車を非難する欄=スレッドを立てて色んな発言を投稿している。まあ言いたい放題の感が強いのも事実だが、中には明らかに無関係な投稿も散見される。今回は特に目に余るそれを・・・。

7/19(土)付の同欄に、明らかにその手の投稿を発見。まずイケメン系の若造の顔が描かれていて、その横に変な替え歌が載っていた。人気アニメーション映画「崖の上のポニョ」の替え歌で、歌詞は以下の通り。(途中から)

ホ~モ ホ~モホモ 男の子 ホモの国からやって来た

ホ~モ ホ~モホモ 勃って来た ピンピンチン〇(伏せ字)の 元気な子・・・♪

殆ど「荒らし」としか言い様のないこの投稿、後日「間違えた。ポ~ニョ ポ~ニョポニョ・・・だった」などと書き込んでいたが、言い訳は明白だろう。初めから俗受け狙いだったのだろう。そんなのは初めから書くなっつの!

もう一つ、この替え歌、歌詞全部の所謂フル・コーラスで歌える者はいるのだろうか。かなりの太い神経の持ち主でなければ無理そう、と言うのが俺の受けた印象だが、他の各位はどうお感じでしょうか?035

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