Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

「反面覇者」

2012-05-27 14:34:18 | 国際・政治

2012=平成24年5月最後の土・日曜、当地愛知は、予想外の穏やかな晴天に恵まれた。雨がちな梅雨の時季を翌月に控え、貴重な気候かもだが、昨日と今日は、身辺の雑用処理と休養に充てる事とし、2日目の今は、拙記事を書いている所であります。スポーツの世界にては、我国の登山家 竹内洋岳(ひろたか)さんが大変な深手を負いながら、先輩の方々が果たせなかった、標高8000m超の14の高峰の完全登頂に成功を収め、又、昨年我国のカーレーサー、小林可夢偉選手が第5位入賞を果たしたF-1世界選手権、モナコGPが日本時間の今夜、決勝を迎える。今回、小林選手は予選第12位。街の真ん中で競われ、一度操縦を誤れば、ガード・レール激突の危険が付き纏う同レースが、決して容易でないのは理解できるが、願わくば、安全裏に1位でも上を目指して欲しい所。ここからは余談になるが、昨夜のあるTV番組にて、女優でもあるピアノ奏者 松下奈緒さんが、モナコゆかりの故・グレース王妃に因む楽曲を好演していらしたが、どうせなら、同妃の夫君 レーニエ大公肝入りのF-1モナコGP 歴史的名勝負の画像を紹介して欲しかったと思うのは俺だけか。想えば1992=平成4年の同戦にての、故A・セナ選手とN・マンセル選手の終盤の死闘は、本当に世界に感動をもたらした素晴らしい勝負だった。松下さんの旋律を聞きながら、あの大接戦が否応なく脳裏を過った昨夜の一時であった。

さて、スポーツ等の世界の素晴らしさに引き換え、我国の政治の方は相変わらずの低レベルな印象を拭えない。先日、沖縄復帰40周年に絡む、鳩山元首相の失態に苦言を申したのはご存知かと思うが、拝借中の拙父の雑誌記事に、関連文献があったので、ここに紹介して引き続きこの事共を糾して参ろうかと思う。文献は一昨年、2010=平成22年春のものだが、十年一日改まる事のない「寄せ集め体質」の民主党の現状を考えれば、引用は決して不適当ではないと俺は見ている。それでは・・・

『永田町コンフィデンシャル~小沢・鳩山脱税疑惑と憲法75条』 by 九段靖之助

--- 「(鳩山)総理!(当時) あんたは平成の脱税王だ!」

後に経済財政相に就く、与謝野馨(よさの・かおる)さんが、時の鳩山首相に迫った。鳩山大臣は、6億円の追徴税を支払っている。通常、1億円以上の脱税は、即お縄頂戴だ。この「脱税王」は日本国憲法第75条によって守られている。以下条文

「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、訴追の権利は害されない」

この条文は、国務大臣より強い保護を首相に与えるものと解されている。憲法学の泰斗(たいと)、宮澤俊義博士はこう言う。

「この様な特典を、首相に認める必要があるかどうかは、確かに問題であろう。しかし、首相は常に国会のコントロールの下にあり、衆議院は不信任決議案によって内閣を倒し、首相をその地位から追う事ができるから、この程度の特典を認めたからと言って、さほど実際に困る様な結果をもたらす事はない様に思われる・・」

この講義を大学で聴いた時、「何をバカな事を言ってるのか」と思った。何故なら、首相は常に議会の多数派から選ばれる。この多数派が、内閣不信任案を否決するケースは枚挙にいとまがない。多数派を握る限り、首相の地位は安泰だ。現に鳩山大臣は圧倒的多数派を握り、ヌラリクラリと野党の追及をかわしている。「(その様な問題があると知りつつ)、国民は私共民主党を選んで下さった。その負託に応えるのが私の責任の取り方だ」と言うが、選挙の前後で事態は変わっている。偽装献金が発覚した当初、鳩山大臣は「自己資金を入れた」とした。その後、母親からの仕送りがばれ、「そんな事はないと信じたい」としたが、動かぬ事実となるや「あれは貸付金だ」と強弁する。弟、鳩山邦夫議員が「私も、母からもらっていた。親子の間に貸付はない。贈与税を納める」と「告白」するに及んで「贈与と認識する。しかし、私は知らなかった」と逃げを打つ。弟の告白がなければ、首相の権勢を利して「貸付金」として、贈与税を逃れる算段だったに違いない。

「天地神明にかけて知らなかった。それと違う事実が出れば、議員バッジを外す」と鳩山大臣(当時)。だから、与謝野議員が鳩山邦夫議員の証言「兄は、しょっちゅう母の所へ行って、子分を養う金を無心していた」を持ち出した時、色をなして否定した。「全くの作り話だ。兄弟と言えども、最早信じられない」激昂する鳩山大臣に、場内より「兄弟の友愛はどうした!」と野次が飛ぶ。茶番もいい所だ。死人の名まで借りて贈与税を逃れようとし、虚言に虚言を重ねて逃げまくる男が、この国のトップに居座っている。それを、(不適切かつ不条理な)法の定めでどうにもできない。宮澤博士は「困った結果にはなり得ない」としたが、正に目下、困った事態が起こっている。

一方の小沢元代表は不起訴となった(当時)。検察が、同元代表の権勢に屈した格好だが、小沢夫人の実家、F建設の約4億円脱税を摘発した所を見ても、現場はやる気の構えだ。今頃小沢元代表は「副首相にでもなっておけば良かった」と悔いているかも知れない。師匠・金丸 信 元自由民主党幹部は副首相の座を降りた途端逮捕、起訴された。

先の与謝野さんの質問に先立ち、野田 毅さんが鳩山大臣(当時)に迫った。「親子の間で、贈与を知らない訳がない。知らなかったのは、贈与でなかったからだ。政治資金だったからだ。贈与なら、贈った方は罪に問われない。もらった方が脱税に問われる。政治資金なら、限度を超えて寄付した方も、受け取った方も罰せられる。のみならず全額=約12億6000万円没収だ。足りなければ追徴金を課せられる。だから贈与とみなす事にした。そうではありませんか?」さすが、国税庁で課長補佐をやっていた野田さんならではの追及だ。対する鳩山大臣の答え。「私がみなした訳ではない。弁護士2人と検察の三者で、それでは贈与とみなす事になった」鳩山大臣についても、小沢元代表についても、検察の対応には、指揮権発動の匂いがある。検察庁法第14には、法務大臣が検察を指揮する権限を認めている。時の千葉景子法相は、日教組上がりの輿石 東副幹事長の「指揮下」にある。同副幹事長は「小沢元代表の左大臣」と目される。連携はできている訳だ。宮澤博士は言っている。

「検察庁法第14条がある限り、日本国憲法第75条の存在理由は小さい。何故なら、検察が欲する首相の「同意」を、首相が拒否する以前に、法相が指揮権によって検察を抑え込めるからだ・・。」

この際、日本国憲法も指揮権も考え直す必要があるのではないか。政権2トップの、前例にもない厚顔無恥が、それを考えさせる。 ---

まあ、内政面にては、法制の問題も絡んで困った状況の様だが、外交安保の方も好ましくない風情を、鳩山元大臣は招いている。長くなるが、別の視点より見てみたく思う。

『常識のためのサプリ~普天間(問題)を解決不能に追い込んだ鳩山首相(当時)』 by 屋山太郎

--- 米軍 普天間飛行場の移転問題がこじれにこじれて、"解決不能"の状態に陥っている。それと言うのも、時の鳩山首相が就任早々、辺野古地区への移転を否定したからだ。同首相はかねて「駐留なき安保」を唱えていた。そもそも駐留なき安保政策が成り立つのか。

冷戦後、ドイツ駐留の米軍が本国へ引き揚げようとした時、同国民は大反対した。米軍が駐留していてこそ、ドイツが攻撃された時、米軍が自軍と共に反撃してくれると信じていたからだ。米軍が駐留していないのに、米軍が国外から相手国に攻撃してくれるとドイツ人は信じなかった。自国への攻撃に、どうして同盟国をコミットさせるかを考えるのが、軍事常識と言うものである。鳩山首相は、辺野古を断れば、米軍は国外に引き揚げざるを得なくなると考えたのだろう。が、それでも米軍の抑止力が維持されると考えるのは、とんでもない非常識だ。

政府・与党の沖縄基地問題検討委員会の視察団は2/11グアムを訪れ、カマチョ知事に普天間飛行場の移転受け入れを陳情した。同知事は「海兵隊8000人と、その家族の受け入れで一杯だ」と断った。それでも社会民主党の阿部政審会長は記者団に「インフラ設備を整えれば、受け入れ可能だと思う」と食い下がったものだ。一体この政府・与党の検討委員会は知事が「OK」と言えば、即座に問題が片付くとでも思っているのか。これは無知蒙昧の類で、国会議員の資格すらない。こう言う無知な連中に、安全保障政策を委ねて良いのか。これは「基地問題」に名を借りた、非武装中立の政治イデオロギーの復活と見なす他ない。N・Zとかアイスランドと言った、奪っても余り意味のない所では、非武装や中立が成り立つかも知れない。しかし日本は古来、中国(大陸)から狙われ続けている国だと認識する必要がある。

中国にとって、日本を屈服させ、服従させ、あわよくば併呑(へいどん)すれば、太平洋は我が物になる。中国は、四方の国を華夷秩序に従わせようとして来た。北狄(ほくてき)、西戎(せいじゅう)、南蛮を全て服従させ、日本も東夷と呼んで屈服させようとして来た。その意図を断固撥ねつけたのは、7世紀初頭の聖徳太子で、「日出づる処の天子・・」との書を隋の陽帝(ようだい)に送り、対等外交を目指した。このほぼ1500年にわたる歴史を見れば、日本の置かれた位置がわかるだろう。
中国大陸は、一党独裁の下に、ここ20年にわたって軍事費を毎年10%以上ずつ伸ばして来た。これは一体どの様な意図なのか。脅威は何によって計る事ができるか。その国に ①意図  ②歴史 ③能力 の三つを見れば明らかだと、瀬島龍三さんに教わった。

中国の意図は明らかに見えるが、当事国は「意図はない」と言うだろう。従って脅威は「歴史」と「軍事的能力」によって計る他ない。日中の歴史は既に述べた通り。北狄を防ぐ狙いで作られた「万里の長城」既に中国の中心に位置する。日本が満洲国を創設したのは、そこが中国人の土地ではなかったからだが、今では立派に中国領だ。チベットは併呑され、モンゴルも脅かされている。北朝鮮の唱える「自衛的な抑止力」になぜ200kgものノドン対日弾道弾が必要なのか、明確な「北」の説明はない。

中・朝の存在は、明らかに日本の脅威である。経済的な交流、親善交流も必要だが、軍事的な備えなしに、国の安全は計り得ない。特に日本は、米・中の要にある。核なき日本が独立を守るためには自由、民主主義、基本的人権で価値観を共有する米国以外にない。日・米・中の「正三角形」論等は戯言だ。

日本は、米国の抑止力で冷戦時代を乗り切って来た。冷戦が終わって、米国は世界戦略を組み直した。その際、普天間飛行場の移転とグアムへの海兵隊約8000人の移動が決まった。これは、ほぼ10年にわたる日米の政治、軍事的考察、折衝の後に、既に2006=平成18年に両国で合意されたものだ。同年以後に国際情勢が様変わりしたとか、日本で革命でも起こらない限り、国際的合意は履行されるべきものだ。

鳩山首相(当時)は「5月までに決定する」と述べているが、延長した間に移設受け入れを表明していた名護市の市長が反対派の市長に替わった。仲井眞沖縄県知事は、燃え上がった反基地運動に立ち往生するに至る。国際情勢を理解せず、国内の政治の流れをも読めない愚鈍な首相は、早く退陣してもらいたい。 ---

この結末は、屋山さんの仰る通りのものとなったのはご存知の所だが、鳩山元首相は何らの責任をも取る事なく、政権より「夜逃げ」同然で離脱する事となった。続く菅政権は、東日本大震災の不運はあったにせよ、鳩山政権の「負の遺産」の解消には程遠く、野田現政権にも、多くは期待できない様だ。増税への政策は、ある程度やむを得ない側面はあるだろうが、それに見合った国民市民に分り易い夢やビジョンを見せようとする姿勢には大きく欠ける。何らの徳もなく、「反面覇者」でしかなかった鳩山政権の罪業は、それ自体のみならず、後に続く各政権の運動性能をも、大きく鈍らせてしまった所にあると見るのは、俺一人ではあるまい。季節は画像の通り、入梅前の新緑が映える爽やかな時季のはずだが、それにしても、今一つスッキリした気分になれないのも事実である。

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空の上では・・・

2012-05-24 00:00:05 | 日記・エッセイ・コラム

コナサン、ミンバンワ!この所、平均週一度しか更新叶わぬ拙ブログですが、今夜は記そうかと思います。

一昨日は、我国の大都市圏にては、実に900余年ぶりの金環日食、昨日は、首都圏にては待望の新電波塔、東京スカイ・ツリーが開業した。国民市民の各位は、色んな思いでこれらの出来事をお迎えになった事であろうが、俺も所感を述べさせて頂こうかとも思う。まずは、日食の事より。

当日の一昨日の朝、先日申した様に、事前の天気予報が芳しくなかった事もあり、俺は日食観察対策を行っていなかった。ご存知の様に、当日の朝は些か後悔したのも事実である。この日朝、6:17amに起床。予報に反して晴天である。近所のコンビニ店数カ所に、日食グラスはないかと照会するも、既に完売の由。やむなく帰宅。空模様は時折雲が出て、陽が翳る事もあり、TV報道と併せて直視せぬ様観察していると、金環成立の直前、雲の合間より陽の欠ける様子が観察でき、写真も一枚はどうにか捉えられた。これが見られればもう十分。金環成立の7:30amよりは一気に晴天となった事もあって、これ以上の直視は避け、しつこい観察は対策済みの各位に任せ、自らはTV報道のモニターを追った次第。これを見ていても、日食自体、余り目の保養にはならない様だ。それがあらぬか、同日夜の報道にては、無対策にて日食を見た為に、目の不調より眼科医を受診した方々が少なからずあったらしい。太陽が翳る瞬間、大量の赤外線が放出されるとかで、これが目に悪影響を及ぼす様だ。もし雲がなかったら、俺もチラ見であっても断念した事だろう。又、目の不調は年数が経ってから症状が出る事もあり、そちらも要注意だろう。と申して、俺も無対策でチラ見した口につき、余り大きな事は申せないが。苦笑

次に、昨日の東京スカイ・ツリーの開業。前評判通り、多くの地元や遠方の方々が赴いた様だ。初日は雨。午後は風も強まり、一時高層展望台へのEVも運転を見合わせ。為に一時高所より動けなかった方々も複数いらした模様。又、標高450mの上部展望台は早めに営業を打ち切ったとか。まあ荒天とあっては仕方がないし、賢明な判断ではあったろう。風に弱い事への批判もあった様だが、そも全高634mもの世界最高レベルの電波塔を建てる自体が大冒険。一つ位自然に対する弱点があっても良いのではないだろうか。又、訪れる方々も「高所には、そうしたリスクがついて回るもの」との認識をお持ちになっても良いのではとも思うのだが。

とまれ、雨の初日は「振り込み」と申して、大変縁起が良い事であるのも事実。又、昨春の工事途上に見舞われた、東日本大震災にての強い揺れを乗り越えた事は、東京スカイ・ツリーの高い耐震性を世界にアピールする良い機会になったと見るのは、決して俺一人ではなかろう。まだまだ、一つのケースに過ぎぬと理解し、これから思考錯誤。色々な経験を経て、我国の、そして世界の方々に愛される魅力的な施設へと成長して行くものと、今は心得たい。5/23(水)記。

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沖縄復帰40周年回顧

2012-05-20 22:05:08 | 国際・政治

コナサン、ミンバンワ!決して行いが良い訳ではないけれど、お陰様で2週連続で土・日曜の晴天に恵まれた当地愛知。明朝は一生に一度あるか否かの金環日食を控え、準備に勤しんだ方々もある事だろう。当地の天候は曇り予報だが、時折日が射す時間帯もあるらしい。観察を予定される方は、どうか直視を避け、専用の日食グラスなどを着用して臨んで頂きたい。又、写真撮影も、専用フィルター着用、もしくは天体向けカメラでないと悪影響が出る由なので、対策をお願いしたい。俺はと言うと、可能な時に、岐阜の悪友と会ったり、近場の撮影を少々と言った所。明朝の日食は、晴天が期待できない為、観察、撮影のいずれも特に対策はしていない。よって、日が射してもうっかり直視しない様にしなければならないが、どうなるか・・・。

さて先週は、先の大戦、大東亜戦争こと太平洋戦争にて、唯一国内戦場となり、戦後長らく米合衆国統治下にあった沖縄諸島が1972=昭和47年5/15に復帰してから丁度40周年となった。節目の式典には、野田内閣総理大臣も出席、沖縄振興向けの財政支援も表明された様だが、財政再建や社会保障健全化などに「政治生命を賭け、死力で取り組む」折に、果たして沖縄県民各位の期待に沿えるだけの手当ができるのか?一抹の不安が残るのも事実である。

沖縄は、在日米合衆国軍の軍事基地を巡る問題も深刻だ。市街地に近く、沖縄中で最も危険とされる普天間基地の移転を巡る騒動はまだ続いている。元々は、沖縄本島東部の、名護市近郊 辺野古沖への移転がほぼ固まっていた様なのだが、民主党政権に交代してから、この構想が怪しくなり、県外移転話も絡んで二転三転した挙句、固定化の恐れさえ生じていると言うのだ。増税構想をも含む、財政と社会保障の健全化を優先したい野田政権に、この問題への誠実な対応は難しいかもだが、それができなければ沖縄の方々より「大和んち」と呼ばれる本土人の信頼を得る事はできないだろう。「何が一番大事か」を考える時、我国の安保に多大な犠牲と負担を負って来た、沖縄の問題に目をつぶってはならないはずである。

その野田大臣以上に不愉快だったのが、元内閣総理大臣だった?鳩山某の「謝罪行脚」とやらである。そも、普天間基地問題の取り扱いをより困難にしたのは、この輩の失政である。こいつ、どの面下げて「お詫び」とやらをするつもりだったのか。報道記事に接した限りでは、おおよそ誠意の感じられないお粗末極まるものだった模様。沖縄基地問題にては、(頭数欲しさに安易に連立した)不健全左派政党 社会民主党に「県外移転」の事で振り回され、経済評論家 屋山太郎さんらを「こんな野郎は便所に封じ込めておけ!」と激怒させ、一族による不明朗な多額の献金問題を生じた揚句、先の震災に際しては、(多分、復興増税実施を読み切っていた事もあって)ビタ一文の義援金も拠出しなかったケチ臭さ!こんな輩が、内閣総理大臣の器である訳がない。お詫びとかにノコノコ出て行った所で、沖縄県民各位には「何を今更」の思いしかなかったのではないだろうか。大人物だった祖父 鳩山一郎さんのご威光をも貶めてしまった罪業共々、初めから出て行くべきではなかったのだ。これで、本土人の信頼は又低下してしまった。野田大臣の負担も、反って増えてしまったし、大切な国費、そして貴重な民主党費の浪費でもあるだろう。「沖縄の皆様が好きです」だと。心にもない事ぬかすな、この野郎!

前回の拙記事よりも感じた事だが、国の守りとは、作家 犬飼道子さんがご自身の著作にて触れていらした様に、単に軍備に頼るとかではなく、それ以前の、国民レベルにての、領土や主権をも含めた、自らの祖国の尊厳を自らの意思と力で保持する、との決意に向けた教育が大切と言う事だろう。それを考える時、沖縄の置かれた大変な歴史的立場への考慮、基地問題への本土人としての強い取組み姿勢を、沖縄の方々にもご理解頂ける様表して行くのが、「大和んち」の端くれでもある我々の、大きな努めの一つでもあると思うのだ。基地問題に関しては、本土にて負担を分かち合える所あれば、速やかに配慮しなければならないのは勿論の事であるが、大事なのは、我国の安保の問題につき、相互に理解し合える環境をできるだけ早く整備する事ではないだろうか。

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生きている国家意識

2012-05-13 16:37:01 | 国際・政治

メイ・ストームとでも言うのだろうか、今週初の、時季外れの強い寒気の到来で、特に関東々方の竜巻によるダメージが大きかった様だ。犠牲こそ生じなかった様だが、建物や田畑、車両などの被害は決して小さくなかったろう。被災地の各位には、一言お見舞いを申す次第であります。当地名古屋辺りも、昨日まで大変風が強く、又朝方の冷え込みも相当なものだった。今日は午前晴れ、午後曇りでどうも天気下り坂の気配。降雨は仕方がないとしても、荒れ模様の天候はちと勘弁して欲しい気もする次第。

さて、拙記憶が正しければ、海上保安庁より、我国周辺の海域にて、中国大陸を初めとする、周辺のアジア諸国による不法な漁業活動や、海底資源の有無などを探る動きが目立っている様だ。これらの現状を踏まえ、同庁は同海域の領海や排他的経済水域EEZ、そして尖閣諸島や北方領土などに代表される、離島などの保全の必要性を訴える文書を表した様だ。

領土領海の保全は、当然の事ながら国民的関心を向けられなければならない。先日、フィリピン共和国近くの南シナ海にての、岩礁周辺の領有を巡っての中華人民共和国との軋轢については、同国民は沈黙する事なく抗議の意思を表明、中国大陸の大使館に対しても、強い領土への意思を表した。当然の事と思う。そして「これが我国だったら」と思うと、どうも今一つ不安な気がするのも事実なのである。

一方で、領土についての主張を少しでもしようものなら、左派的勢力が直ちに「戦争に繋がるからダメだ」などと横車を押して来る風潮が未だにあり、これが我国の愛国的思潮を阻んでいるのも事実。同じ戦争でも、繰り返してはならないのは、例えば先の大戦、大東亜戦争こと太平洋戦争の様に、我国の国民多数の安全を脅かし、かつ将来の国力をも左右しかねない「行き過ぎた総力戦」の事であって、領土領海が侵犯された場合の限定的な武力行使は、日本国憲法第9条にある「国際紛争解決の手段」には当たらず、我国の尊厳を守る固有の正当な自衛行為に当たるはずだ。又その国民的気概がなければ、周辺諸国より愚弄され、内外の諸問題にきちんと当たって行く事さえ不可能となってしまうであろう。

尖閣諸島領有の問題については、先月より石原東京都知事が同島購入への検討を初め、積極的な動きを見せているのはご存知の通り。「国がやらないから都がやらざるを得なかった」とのご見解も理解できるものだろう。社会保障と税の一体改革に死力で取り組んでいると言われる野田内閣に、余り余裕を期待するのは無理かも知れないが、領土領海の問題も、同様に国民の死活に直結する重要事案のはずだ。既に、東京都が集めた募金額は、僅か1か月で数億円規模にも達しているのだ。「東京都の領土問題への言及はおかしい」との言動を鎮めたかったら、民主党政権も、こちらの問題に対しても真摯に向き合ってもらいたいものだ。

もう一つ、我国には外国資本による、我国水源に関わる森林買収問題が生じている。こうした可能性を持つ森林の買収面積は、分っているだけで計10平方kmを超えていると言われる。諸外国にては、自国民の死活に関わる水源地の保有などを厳しく法規制もしくは禁止している所が大半であると聞く。民主党政権にても、規制のあり方の検討が進んでいるのは理解しているが、国民生活が危地に陥る前に、具体化する様強く対策を進めて頂きたい。

「水と安全はタダ」と錯覚していると揶揄される日本人だが、やはり国家意識は生きている。「日の丸」「君が代」を主導しないと掲揚、斉唱しないと嘆かれる面もあるが、それらをせずとも大丈夫なレベルまで、強く着実にこの意識を高めないと、と俺は思う次第であります。

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鉄道~この仕様もない、素晴らしき世界Ⅶ

2012-05-06 22:25:22 | 日記・エッセイ・コラム

コナサン、ミンバンワ!2012=平成24年の5月連休も、瞬く間に終わってしまった。明けて再び日常へと戻る訳だが、連休の影響にて当然ながら多忙が予想され、又、先日来記させて頂いている夜間騒音問題も解消していない折、健康面の管理にも留意しなければならない。この問題につき、親族の一人が調べてくれたのだが、良く問題になる冬季の冷暖房空調の騒音の他、夜間電気給湯器(所謂エコ・キュート)の動作音に問題があるらしい事が分って来た。騒音の時間帯を追ってみると、どうも動作する夜間の時間帯と符合する所ある様で、ユーザーの操作が適正だとすれば、これはメーカーの製造物責任が問われるべきかも知れず、今後必要なら自治体や弁護士の方の生活相談部門にも相談しようかと思案中。いずれにしても、引き続き注視は必要かと心得る。

さて、大型連休も終わりとて、4月バカに引っかけて連載して参った、拙趣味に絡むこの記事も、今夜にて一区切りにしようかとも思う。トリを務めるのは、新潟磐越の勇者、蒸機C57 180と行きたい所だが、今回は拙地元にて頑張る機関車仲間、電機EF64型の事に少し触れて終わる事としたい。

東海道新幹線の伝説の名車、0系列車と同じ1964=昭和39年に初登場したこのメカは、時同じ我国高度経済成長期に、例えば当地の中央線の様な、山間の走行を伴う坂道 即ち勾配のある路線を重量列車を率いての走破を可能とすべく開発され、同時期の東海道・山陽両本線の新鋭だった電機EF65型と、モーター動力や走行系は共通なるも、発電ブレーキと呼ばれる、坂道に対応したより強力で安全な制動系と、多くの機器発熱に備えた大容量の冷却系などを備え、又、必要なら1人の運転士が2機の機関車をパイロットできる、重連総括制御システムを全機が標準で備え、山間の心強い主戦へと成長して行く事となる。

初の実戦は、東北は福島・山形両県の奥羽線。先の大戦直後、同線の福島~山形間は、当地の東海道・中央の両線と同じ直流1500Vにて電化開業、高度成長期に単相交流20000V-50Hzに変更されるのだが、この史実は意外に知られていない。ここで、最大3%を超える急勾配との闘いをこなした後、1968=昭和43年秋の国鉄全国時刻改正を機に、当地の中央西線にも馳せ参じる事となった。まずは当地の稲沢より名古屋を経て中津川まで。5年後の1973=同48年途中よりは、同線の電化完成に伴い、既に首都圏寄りの中央東線に入っていた同僚と共に、中央・篠ノ井両線の、貨物列車の主戦としての地位を不動のものにする。20世紀末までは、貨物と共に、夜行急行を初めとする、客車による旅客列車の先導をも担っていた。

俺と同機の最初の出会いは、大阪万博の終わった1970=昭和45年の秋、現JR名古屋駅頭にてで、今も交流の続く、岐阜の悪友宅を目指して中央線下り列車に乗り込んだ折の事。この列車を先導したのが、確かEF64 5号機だったと記憶している。口笛の様に甲高い汽笛と、発進加速の折の冷却用送風機の唸る様な動作音がとても印象的で、この音に参って愛好者となる向きも多かった様だ。側面に、送風機グリルがほぼ全長近くに亘り並ぶEF64型0代は、1976=昭和51年初までに計79機が登場し、当地名古屋、首都圏のいずれにも馴染みのあるメカであった。又、昭和末期よりは、遅れて電化開業の西日本・伯備線にも活躍の場を広げ、現在同線が、0代最後の牙城となっている様だ。

経年もあって、数年前辺りより引退の続くEF64型0代の後任として当地に赴いて来たのが、EF64型1000代である。このメカも0代同様の、山間の幹線輸送用。1980=昭和55年の登場当初は新潟・長岡運転所を拠点に、上越線の旅客・貨物輸送を担い、その為拙思い出の地、新潟磐越との縁も浅くない。0代にてはほぼ全長に亘り規則的に並んだ送風機グリルは、片側に大型のものがまとめて配され、これのある側が正式の正面、第1エンドである。又、集電器パンタグラフも、0代は大型なるも、1000代は新幹線流の小型が採用され、ここの印象も異なっている。今世紀に入っては、上越線などの主戦がより高性能な近代機関車、「スリッパ」の愛称を持つEH200型との交代を機に、当地中央・篠ノ井の両線に現われる事となるのだが、先一昨年の初見参の時は、随分違和感を覚えたものだ。首都圏では「ありふれた」1000代が、まさか当地名古屋で見られるとは、当時は夢想だにしなかった、と言うのが本音だろう。又、山間は低温傾向で、積雪のケースも多い為、当然ながら両者共ある程度の耐寒仕様である。1000代は、1982=昭和57年までに計53機が登場、事実上「最後の国鉄機関車」となった歴史的立場も、大いに留意したいものだ。

2011=平成23年春、東日本大震災に伴う緊急燃料輸送の終結を機に、完全に0代より交代した訳で、勢力の大半はブルーに白塗り、「JRF」のロゴのみ赤地の、所謂「牛乳パック」と呼ばれる高崎更新色の同機だが、一部に旧国鉄外装を変えていないメカもいて、この外装機が先頭に出たり、稀に旧国鉄外装同士で重連運転を行う時は、他の愛好者達と共に、写欲をかき立ててくれるのも事実である。又、少数ながら、伯備線にいたメカの中には、西日本・広島工場にての更新を受けた者もいて、この外装はブルー・グレーに白の独特のもので(No,1046,1047,1049の3機が該当。)、これも愛好者達には大いに注目されている様だ。

電車も機関車も、旧国鉄時代より活躍する車両は徐々に旧態化し、早ければここ数年の内にも勇退が予想される。当地愛知にては、2015=平成27年春に予定される、名古屋南郊の当地鉄道発祥の路線、武豊線の電化開業時辺りが節目の様だ。今の普段着、つまり「ありふれた」姿の内に、少しでも記録を残せたら、と今思っている所。画像のEF64-1000代2機重連は、先頭が旧国鉄、次機が広島工場による更新色であります。

このシリーズを、最後までお読み下さった皆様、誠に有難うございます。次回より又、通常の連載に戻す予定であります。

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