ひょう吉の疑問

新聞・テレビ報道は何かおかしい

紙幣もビットコインも同じ民間通貨である

2017-05-16 09:30:52 | 国際金融

火曜日

お金の発行元を国家だと思っている人が金融取引に詳しい人の中にもいるが、いわゆる1万円札などのお金を発行しているのは国家ではなく、日本銀行である。
そしてその日本銀行は民間企業である。東証ナスダック市場に上場されている上場企業でもある。国家企業であれば株は買えないが、日本銀行の株は買うことができる。
だから日本銀行が発行する日本銀行券(お金)は民間企業が発行するお金である。
民間が発行する通貨であるという点で、日本銀行券もビットコインも同じである。
発行母体が国ではないからビットコインは信用できないというのなら、日本銀行券も信用できないことになる。

では紙幣とビットコインの違いは何なのか。
目に見える見えないなどの、表面上のことはここでは横に置いて、金融面の違いだけに限定する。

その一番の違いは、又貸しができないということだろう。
銀行は預金者から預かったお金を他人に貸して、その利ざやで儲けているが、ビットコインは預かったビットコインを他人に貸すことはできない。
なぜなら売買記録がデータに記憶されるから、預かったビットコインを無断で人に貸せば、貸し出した記録がデータに残る仕組みになっているからである。

銀行不要の金融社会が登場する。
つまり銀行の信用創造が消滅する。
このことがどういうことを意味するのか。

今のお金の大部分は信用創造によって生まれている。
銀行は預かったお金を次々に又貸しすることにより、限りなく預金を増大させている。
近代銀行を生んだヨーロッパではそのことの是非をめぐって約200年間、訴訟が繰り返された。
その決着がついたのが、1844年である。それ以来銀行は堂々と人の預金を他人に又貸しすることができるようになった。
それは好景気を生むが、同時にバブルも生む。
信用創造によって泡のように膨らんだ通貨が消えてなくなるとき、恐慌が発生する。
それは金融資本にとって格好の羊毛狩りの場でもある。
ビットコインにより銀行の信用創造がなくなれば、このようなバブルは発生しなくなる。

発行額が限定されているビットコインが、世界の基軸通貨になれば、経済規模の膨張に対しては、今までのように紙幣の増刷によって対応することはできず、ビットコインの価値そのものの増大によって対応せざるをえない。

ということはビットコインは経済規模の増大に対して限りなく高騰する可能性があるということである。


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【訂正】5月17日

ビットコインが又貸しできない、というのは間違いでした。
訂正しお詫び申し上げます。

ビットコイン取引所ではすでにビットコインの融資を行っている。
私が調べたところでは、ビットコイン取引所に預けている総資産の約2倍以内でのビットコインの融資が可能となっている。
ビットコインは取引所の融資によって、実質的に信用創造を行うことができる。
しかし発行母体がないことから、日銀による日銀券増刷のような当局の金融政策はできない。
ビットコインの発行には上限がある。
現在はまだその上限に達していないため、ブロックチェーンを結びつける作業(採掘とか発掘、またはマイニングというらしい)の報酬としてビットコインが創出されているが、いずれそれは上限に達する。
その後、ブロックチェーンを結びつけて承認を行う作業がどうなるかは私もよくわからない。(その後も機能し続けることが可能にシステムになっているらしい。)

しかし、ビットコインは一度動き出したら誰にも止めることができず、半永久的に動き続けるシステムである。
そしてその半永久的な動きの中で、流通量の上限が定められている。
このことはシニョリッジという通貨発行利益の発生が不可能な通貨として、今までになかった画期的なものである。

このシニョリッジを求めて、今までどれだけ政治の舞台裏で暗闘が行われてきたかを考えれば、ビットコインは今までと全く違った発想に立つ通貨である。
それがIT技術の進歩とインターネットの普及によってもたらされた。
いかなる国家もサイバー空間の中で一度動き出したビットコインの動きを止めることはできない。
サイバー空間が存在する限り、いかに国家が禁止しようとも、国家とは無関係にビットコインのシステムは動き続ける。

これは銀行が不要になる可能性を秘めている。
銀行が不要になれば、当然、銀行の銀行である日本銀行も不要になる。
日本銀行が不要になれば『円』が消滅する。

今まで国家と何の関係もなく流通する通貨は存在しない。
しかしビットコインは国家とは全く無関係に流通する。

ビットコインの流通はその意味で非常にエキサイトなことである。
通貨発行権が国家の手から離れることになる。

長いスパンで歴史的な目から見れば、中央銀行の発生は、通貨発行権が国家の手から民間の手に移る過渡的なものであった可能性がある。
一度流通し始めたビットコインはその発明者である『ナカモトサトシ』氏でさえ止めることができない。
つまり民間の手で管理するものでさえないのだ。
誰も管理できないということは、通貨につきもののシニョリッジ(通貨発行益)が発生しないということである。
これは通貨の矛盾を埋める画期的なことだ。

従来の通貨の価値をビットコインが吸収すれば、ビットコインの価値は莫大なものになる。
その時に何が起こるか、まだよく分からない。

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