ひょう吉の疑問

新聞・テレビ報道は何かおかしい

1870年代にはすでに物が過剰になった

2017-05-15 09:07:36 | 国際金融

月曜日

イギリスに続き、1830年代にドイツ・フランス・アメリカなどで産業革命が起こり、豊富に物が大量生産されるようになると、
早くも1873年には世界恐慌が起こり、世界的な不況の時期が続くようになった。
この不況は約20年間、1890年代の半ばまで続く長期的なものであった。
急激な工業化から生じた世界経済の過剰生産が原因で、デフレーション(物価下落)が進行した。

産業資本は物を売るための市場を求め、また金融資本はお金を貸し出すための投資先を求めた。
これが植民地獲得競争になり、世界は帝国主義の時代に入っていく。

という流れが世界史の一般的な説明である。
しかしここで見過ごされていることは、産業革命で一度生産が膨張すると、それが極限にまで達したときになぜ生産を縮小できなかったのか、ということである。

前に書いたように、1840年代に正式に株式会社の設立が認められ、政府の中央銀行の中にロスチャイルドなどの金融資本が大株主として居座るようになると(中央銀行は民間資本で成り立つ株式会社である)、なぜか縮小再生産が認められなくなっていく。
このことの理屈が全く説明されていない。
どんな会社でも自社製品が売れなくなると、生産規模を縮小していくのが当たり前なのだが、それができない論理がまかり通っている。
それが二度の世界大戦に結びついていくのは周知の通りである。
産業革命 → 独占資本 → 帝国主義 → 世界大戦

図式化すれば簡単なことなのだが、なぜ資本が拡大再生産という膨張の一途をたどるのかは、いくら本を読んでもよく分からない。

物が売れなければこれ以上拡大はできない、そんな簡単なことができない理由がどこにも書かれていないのだ。

1870年代以降、イギリスは1875年にスエズ運河会社の株式を買収し、インドへの最短距離を確保した。その上で、2年後の1877年にはイギリスのヴィクトリア女王が皇帝を兼任するインド帝国を成立させている。はやい話、インドはイギリスの植民地になったのである。
このときイギリス首相のディズレーリはスエズ運河株買収のための資金をイングランド銀行に頼るのではなく、その大株主であるイギリス・ロスチャイルド家の当主であるライオネル・ロスチャイルドに直接、融資を申し込んでいる。
「融資の担保は何か」というロスチャイルドの問いに、
首相のディズレーリが「イギリス政府です」と答えた話は有名である。

政府を担保にするということは、ロスチャイルドがイギリスという国を動かせるということである。
ロスチャイルドもディズレーリも同じユダヤ人であったという話は別の話になるのでやめておくが、このような個人的なつながりで帝国主義の時代に世界が向かっていくというのは恐い話である。

世界史上では保護主義が大戦を招いたことになっているが、その保護主義はイギリスなどの列強が海外植民地を獲得した後の保護主義であり、イギリスが国外進出を進めた後に起こった保護主義である。
正確には、資本がグローバルな流れに乗って国外に市場や投資先を求めて行った先に、大戦が起こるのである。
そして国に国外市場や国外投資先を求めさせるのは、産業資本ではなく、金融資本なのである。
100年前の20世紀初めには、この手法でアフリカのほとんどとアジアの大部分が、イギリス・フランス・ドイツなどの西欧列強の植民地となった。

物が売れなければ生産を縮小する、このことがなぜできないのか、そのことを追求した本に出会ったことがない。

西欧列強はその後没落したが、金融資本は今も莫大な富を創造し、それを握り続けている。

物があふれる世の中で、物が売れずにデフレーション(物価下落)が続き、長期の不況にあえいでいる今の状況は、1870年代の世界状況とよく似ている。
そしてその打開策を金融政策に頼ろうとしている姿も。
日本のアベノミクスも例外ではない。

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