Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

東京大空襲を語り継いでくれるアメリカ人男性、歴史を学ばない一部の日本人

2015年03月10日 | 戦争・紛争

今日は、東京大空襲から70年目です。 

広島や長崎の原爆はよく語られますが、東京大空襲はじめ、多くの都市での大空襲で民間人が虐殺されたことについては、あまり話題になりません。 

アメリカはもちろん、日本でも知らない若者は少なくないと思います。 

それを、一人の小田原在住のアメリカ人男性が、小説にしてくれました。(ウェブサイトも作成) 

毎日新聞
東京大空襲:「惨劇」米国人も伝える 日本語で小説刊行http://mainichi.jp/select/news/20150310k0000m040130000c.html 

約10万人が犠牲になった東京大空襲から10日で70年を迎える。神奈川県小田原市で英会話教室を経営する米国人ブレット・フィスクさん(42)が、この空襲を生き延びた親子を主人公とする日本語の小説を刊行した。「歴史から謙虚に学ばなければ、同じような悲劇を繰り返す」。日本で悲惨な記憶が薄れつつある今、爆撃した側である米国の戦後世代が東京大空襲を語り継ごうとしている。 

作品は「紅蓮(ぐれん)の街」で、現代思潮新社(東京)から1月に刊行された。 

爆風にたたきつけられた衝撃で血が人影のように残った壁。子を守ろうとして炎に包まれた父親。障害のある子を家に残し逃げざるを得なかった母親。高熱で骨は灰となり、遺体から溶け出た脂が橋に黒いシミを残していた−−。小説に出てくる描写は、体験者の証言や手記を参考にしたという。「物語はフィクションだが、細部は歴史的な事実にこだわった」と話す。

 1972年ユタ州生まれ。誕生日は「真珠湾攻撃の日」である12月7日(米時間)だ。幼いころから「パールハーバー」の話を聞かされ、日米史に関心を持つようになった。

 92年に来日し、独学で日本語を習得。太平洋戦争を調べるうちに東京大空襲を知った。古本屋で買った「東京空襲を記録する会」の体験集の悲惨さにショックを受け、米国人としての葛藤から眠れぬ夜も過ごした。 

 米国人は広島、長崎への原爆投下は知っていても、東京大空襲は知らない。知っていても「戦争の早期終結のためにやむを得なかった」という受け止めが一般的だ。 

 その悲惨さを米国でも知らせようと、2010年に米国の研究者とともに日米両国の資料を集めたサイト「日本空襲デジタルアーカイブhttp://www.japanairraids.org/を設立した。 

 物語の終盤、空襲で母を亡くした日本人女性が、米国人青年に訴える。「アメリカ人に忘れられるかと思うと、悲しいどころか、たまらなく怖いんです。しかも、わたしがそう思うのは、あなたたちにとって空爆は<正しい戦争>だったからこそです!」 

 「無差別爆撃は日本の侵略戦争を終わらせるのに必要だった」と主張する青年に、女性は言う。「<必要悪>でも、悪は悪ですわ。あなたの国は特にそれを忘れてはなりません」 

この東京大空襲について、Japan Todayも記事にしています。 

Japan Today (2015.3.10)
WWII firebombings of Japanese cities largely ignored
By ELAINE KURTENBACH and MARI YAMAGUCHI
http://www.japantoday.com/category/national/view/wwii-firebombings-of-japanese-cities-largely-ignored

 TOKYO —

It was not Hiroshima or Nagasaki, but in many ways, including lives lost, it was just as horrific. 

On March 10, 1945, U.S. B-29 bombers flew over Tokyo in the dead of night, dumping massive payloads of cluster bombs equipped with a then-recent invention: napalm. A fifth of Tokyo was left a smoldering expanse of charred bodies and rubble. 

Today, a modest floral monument in a downtown park honors the spirits of the 105,400 confirmed dead, many interred in common graves. 

It was the deadliest conventional air raid ever, worse than Nagasaki and on par with Hiroshima. But the attack, and similar ones that followed in more than 60 other Japanese cities, have received little attention, eclipsed by the atomic bombings and Japan’s postwar rush to rebuild. 

(中略) 

FIGHTING TO BE REMEMBERED

From January 1944-August 1945, the U.S. dropped 157,000 tons of bombs on Japanese cities, according to the U.S. Strategic Bombing Survey. It estimated that 333,000 people were killed, including the 80,000 killed in the Aug. 6 Hiroshima atomic-bomb attack and 40,000 at Nagasaki three days later. Other estimates are significantly higher. Fifteen million of the 72 million Japanese were left homeless. 

The bombing campaign set a military precedent for targeting civilian areas that persisted into the Korean and Vietnam wars and beyond. But the non-atomic attacks have been largely overlooked. 

“Both governments, the press, media, radio, even novelists ... decided the crucial story was the atomic bomb,” said Mark Selden, a Cornell University history professor. “This allowed them to avoid addressing some very important questions.” 

Survivors of the Tokyo firebombing feel their pain has been forgotten, by history and by the government. After the war, only veterans and victims of the atomic bombings received special support. 

(中略)

“The United States went too far with the firebombing, but I don’t quite understand why the Japanese government and the rest of the Japanese don’t talk about this very much,” he said. 

“We are not just statistics. I don’t think we’ll still be around for the 80th anniversary,” Ohtake said. “So the 70th anniversary is pretty much the last chance for us to speak up.” 

(1945年3月10日の東京大空襲での死者は105,400人が確認され、多くが共同墓地に眠ります。他にも60の都市が同じような大空襲を受けました。(アメリカが見積もった数字では、1944年から45年の本土攻撃で亡くなった人は333,000人。このなかには広島原爆投下の8万人、長崎原爆投下時の4万人の死亡者も含みます。沖縄の死者は含んでないと思います。)
日本の悲劇は広島と長崎の話に集約され、空襲による民間人被害はアメリカだけではなく、日本にも無視され続けてきました。) 

なお、この記事に寄せられたコメントの一つにこう書かれていました。 

“The pain is sometimes more than what people want to remember or talk about, and by not talking about it, those most affected wish to bury and forget it. 

It is always the innocent that suffer from the weakness, greed, or lack of humanity by politicians throughout history from every corner of the World. 

There is brutality and suffering so inhuman, happening today across the Middle East and Africa, yet most people refuse to talk about it. Every war, there are events that almost imperceptible evil, but it is a war, and ultimately the fault lies with the People that support the Government that leads them either into war's victory or defeat. 

(後略)” 

このコメントのように、私たちは、 
「戦争で亡くなる人の多くが(戦争を決める人達ではない)一般の名にも罪のない人。そして、その悲劇は多くの場合、歴史にも語りつがされずになかったことのようにされていく。現在の中東、アフリカもしかり。
私たち悲劇を忘れずに、そして語り継ぎ、(自分達が被害者側と開き直るのではなく)人類が同じ間違いをしないように働きかけていかなければならない」
ということを心に留めていかなければならないと思います。

しかしながら、10年前の小泉政権時から一気に「中国や韓国について自虐史を教えられてきた」「中韓の捏造」「歴史見直しを」という人が日本に増えてしまって、何か方向が違ってきているのが現状です。 

中には、日本が中国や韓国にしてきたことを大方認めながら、「敗戦国だけなんで謝り続けなければならないのだ。」「韓国や中国には散々謝ってきている」と言う人もいます。 

確かに、自国がしかけた戦争についてはそれが勘違いから始めた戦争でも、戦争犯罪となる民間人を狙った空襲でも一切謝らない、学ばないアメリカが、日本と韓国や中国のことをとやかくいうのは理不尽、それはわかります。

しかし、自国でこれだけ多くの犠牲を出したからこそ、私たち日本人は「戦争がもたらす痛み」も「戦争の無益さ」もわかっているわけです。 

安倍政権は、中国や韓国に対して、アメリカの真似をして突っぱねるのではなく、「戦争の無益さ研究」の提案をし、同時に変な道徳の教本を作るのではなくて、日本の学生たちにも同じことを学ばせていったらどうでしょうか。 

(ま、戦争で儲けた祖父を持ち、おじい様とアメリカ同様、軍事関係で儲けることを目指している安倍首相には、絶対に期待できないですね。中東でのもめごとも煽るようなことをしているし、国民を戦場に差し出そうとしている始末ですから・・・。)

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