Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

イタリアのセルジオさんの質問と、外向き志向の日本人

2011年09月30日 | 友人・知人

フランスのペンフレンドを募集したとき、イタリアの50代始めのセルジオさんと言う男性からも、「私はフランス人ではなくて申し訳ないのだが、私をあなたの友人グループのひとりに迎えてくれませんか?」というメールを貰いました。

イタリア人ははもうすでにペンフレンドがいるので増やすつもりはなかったのですが、その文面がなかなか誠実そうだったので、彼には、「私にはトリノに2名、ミラノに1名、ボローニャに1名の定期、不定期の文通をするペンフレンドがいますが、もしそれが気にならないのでしたら是非」と返事をだしました。

彼は、「友人グループの一人に加えて」と言ってきたくらいなので、それも気にならないようで、こうしてすぐメールの交換が始まりました。

さて、このセルジオさん、普通のペンフレンドとはちょっと違って、簡単な自己紹介のあとにいきなり、「日本では、ここ数年、鬱傾向がある人が増えていると思いますか?特に女性に。」と聞いてきます。

日本人と心の病については、ドイツの心理学者・セラピストのトーマスさんとも話題にするのですが、輸出コンサルタントをしているこのセルジオさんが聞いてくるのは、ちょっと訳がありそう。

とりあえず、

「日本には、確かに鬱症状がある人は増えていると思います。それは、主に仕事に関連-無理な労働、ワーキングプアー、失業、職場環境の問題-が発端になっているものが多く、むしろ女性より、男性の方が増えているのではないか、と個人的には感じます。まあ、これは日本に限りませんが。

しかし、日本の場合は鬱を含む心の病をタブー視する傾向もあって、本当は治療なりセラピを必要とする人でも自分一人でかかえこみ、その結果自殺に至るケースも少なくないのでは、とも思います。」

と感想を述べ、このあとに

「ところで、この鬱傾向を持つ-実は私が今までペンパルサイトで出会い、メール交換をしてきた人たち-日本人、外国人に限らず-には少なくない気がしますが、こうした人の場合『心から話ができる人を求めている人』を求めてペンパル募集をしているようにも思えます。あなたも、そういうペンフレンドを持っているのですか?」

と振ってみました。

案の定、セルジオさんは日本人の親しい友人(というよりパートナー)、そしてやはりペンフレンドと話していて、こういう感想を持ったと答えてくれました。

そして彼は、

「日本の社会は、体面を重んじる、そして家庭でも職場でもオープンなコミュニケーションがとれないのではないか-若い人たちはどうかわからないけど、友人やペンフレンドと話していると、そう思ってしまう。」

と。

この後の私の返事は以下。

「セルジオさんが接してきている日本人というのは、海外に留学したり、おそらく欧州文化大好きな人たちであるのではないでしょうか。

そうした人たちには、(私が勝手に命名したものですが。)『国籍同一性障害=日本人でありながら、日本以外にいるほうがしっくりする。重くなると、日本にいると息苦しくなる人』も若干います。

日本は体面というよりも、家庭のおいても職場においても『皆が同じ』であることを求められることが多いので、彼らは日本にいることでリラックスができない、思いつめる人もいるのではないか、そう思います。」

実は『軽い国籍同一性障害』でもある私は、こうした人たちのイライラが理解できます。

また、このなかには、仕事を辞めて海外に語学留学をしたりする人もいて、語学を身につけてきたものの、日本でそれを活かす場がないことにがっかりしたり・・・という人もいるでしょう。

以前、『内向き志向の若者』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20100619

を書き、ここで私は「・・・『英語ができる、海外に興味を持っている子』だけが優れていると思いませんが、得てしてそういう学生達(未知の世界に興味がある子達)のほうが、自立し、自身で考える力が身についているのだろうな、とは思います。」と書きましたが、この『自立、自身で考える力』を大切にする文化が日本はまだ発達途上で、これが『内向き志向』を増やす原因のひとつである気がします。

(もちろん、『重度の国籍同一性障害』の人たちの場合は、日本の環境以前に、彼ら自身に問題があるケースが多いと思います。)

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Cagotと部落、フランスと日本

2011年09月28日 | 異文化

フランス人で社会に興味があるペンフレンドを求めて、何度かjapan-guide.comに募集広告を載せたりするのですが、私はフランス人とは相性が悪いのか、なかなか良い人とめぐりあいません。

(時々メールを取り交わすフランス人のペンフレンドとしてはアリーネさんがいますが、彼女は日本の文化の話に興味があるので、基本的にはそういう話がメイン。)

先日やっとミディ・ピレネー地方に住む50代半ばの男性から、文通希望のメールをもらいましたが、彼は英語がそんなに得意ではないのもありますが、語学力以前に話のキャッチボールができない。

自己紹介をしても何故か自分が載ったという新聞記事、そして写真だけを送ってきたり、質問をしても、それには答えず自分が興味があるというカタリ派の話を、とても分りづらい英語(文法無視)の上に短いメールで書いてくるだけでした。

ただこのなかで、彼が得意そうに言うカタリ派。ちょうど彼とメールでやり取りしている間にフランスの部落民といわれたカゴ(Cagot)を調べていていた私、ちょうど「カゴはカタリ派の子孫」という説についての記述がウィキペディア(英語版)にあったので

Another theory is that the Cagots were descendents of the Cathers, who had been persecuted for heresy in the Albigensian Crusade. A delegation to Pope Leo X in 1514 made this claim, though the Cagots predate the Cathar heresy.)、

これについてこのフランス人男性に聞いてみました。

すると彼の返事は、「カゴはハンセン病だったから排除されたのであって、カタリ派とは何の関係もない。カタリ派とは・・・」。

まあ、その前のやり取りではそれでも人柄は悪そうでもないのは分かったのですが、さすがにこれでは文通どころかコミュニケーション不全。文通はお断りしました。

さて、前置きが長くなりましたが、この“カゴ”、これはフランス南西部の集落の人々で、一応宗教や民族での違いではないようなのに(諸説あり)、インドのアンタッチャブルより酷い扱いを受けてきた人々です。

ある一定の職業しか許されない、他の村人との交流は許されない、同じ食器を使うことも禁止、裸足で歩くことも許されない、教会の入り口は別にされ・・・。

彼らはフランス革命を機に、この差別から一応は解き放たれ、一般市民に彼らは同化したと言われていますが、実は現代にもまだカゴ差別はなくなってはいないようです。

Indipendent (2008728)

The last untouchable in Europe

http://www.independent.co.uk/news/world/europe/the-last-untouchable-in-europe-878705.html

抜粋:

"Some like to say Cagots have disappeared. But this is not true. If you travel near Campan, for instance, you can still see the short, swarthy people descended from the Cagots. The 'pestiferous people'."

I ask Marie-Pierre if she will let me use a picture of Sylvia ? and the rest of her children. She shakes her head. "I'm sorry but no. It is OK for me to admit where I come from. But if people knew about my children's background, it might be difficult for them."

She gazes out of the window, at the distant green Pyrenees. "In some places, the hatred lingers. Even now. The Cagots may be silent but I can still hear it."

さてこのカゴで思い出されるのは、日本の部落問題。

日本以外ではこうした宗教、人種、(現在は)階級ではない集落で差別は、このフランスのカゴくらいしかないようですが、何故日本では現代でも部落問題があり、それがまだなくならないのでしょうか。

余談ですが、原子力発電所の建設された場所の一部は部落だったところもあった、とも聞きます。

部落問題とは違い一般的地域格差ですが、たとえば東京が一番電気を使うのに、何故東京で使う電気を作るのは地方なのか。

カゴと部落-これが存在する国、フランスと日本が、米国についで原発が多い-両国が民主国家でありながらカゴと部落のような問題がある(あった)国であるのも、その助けになったのかもしれません。

追記:カゴについては、もう一つ、人権団体らしきサイトのものも。

これには「日本の部落がなくならないのは、天皇制があるせい」という記述もあったり、ちょっと偏っている意見もありますが、カゴの説明として。

‘Cagots’ of Bearn: the Pariahs of France

http://www.iheu.org/node/2451

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リトアニアの次はポーランドの原発-日立

2011年09月28日 | 国際協力・プロジェクト

ポーランド関連の原発の記事です。

これは、もう前から、GEと日立が合弁会社を立ち上げていて、リトアニアの原発建設と合わせてやればコスト削減ができる、ともう受注する気満々の案件です。

毎日新聞 927()2240分配信

ポーランド 初の原発導入へ 「国民に反対ない」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110927-00000131-mai-int

福島第1原発事故後、欧州でドイツやイタリアが脱原発に踏み切る中、東欧の新興国ポーランドが初の原発導入へ向け準備を本格化させている。背景には、天然ガス輸入のロシアへの依存度を減らしたいエネルギー安全保障上の理由や、欧州連合(EU)の一員として温室効果ガスの排出削減を迫られていることがある。

 「ポーランドは今、EU内で最も早いスピードで経済成長している。原発は戦略的政策の一つで、政府にも国民にも反対はない」。元駐日大使のポミャノフスキ外務次官はこう語る。

 ポーランドは近年、国内総生産が3~6%でプラス成長し、電力需要は02年ごろから急速に伸びている。現状では国産の石炭による発電が9割を占めるが、EUの環境規制に基づき今後は大幅にシェアを減らさざるを得ない。石炭に次いで3%を占める天然ガス発電は大部分をロシアからの輸入資源に頼っている。そのため、政府は20~22年までに2基の原発を建設、稼働させる計画だ。

 ポミャノフスキ次官は「国のエネルギー安全保障策として、原発導入に加えて、天然ガスや石油の輸入先をペルシャ湾岸やアゼルバイジャンに広げたい」と話す。

 ポーランドは80年代に最初の原発の建設を北部ジャルノビエツで進めていたが、チェルノブイリ事故後の90年に中止した。首都ワルシャワからチェルノブイリまでは直線距離で約600キロ。当時まだ子供だった30歳代の国民にも「外で遊んでいたら突然親が迎えに来た」といった強い印象が残っている。

 しかし、チェルノブイリ事故から時間が経過するとともに原発を必要とする声が強くなり、世論調査では5割強の国民が原発建設に賛成している。政府は09年、原発推進を決定。福島第1原発事故が起きたあとの今年6月、国会で原発関連法案が9割の賛成で可決された。

 原発に反対するビシニェフスキ・再生エネルギー研究所長は「国民は必ずしも原発賛成ではないのに、政治家とビジネス界が推進している。海上の風力発電など再生可能エネルギーのシェアを増やし、効率的に石炭を使えば原発は必要ないのに、政府は無視している」と指摘。一方、原発を運営する政府系の電力会社「PGE」の子会社「PGE原子力」のチェプリニスキ戦略政策・開発部長は、「原発建設によって国内産業がさらに発展し、二酸化炭素も削減できる。電力価格も安定する」とメリットを強調する。

 原発の建設候補地には22の自治体から応募があった。今後、2カ所が選ばれる。11月までに発表される原子炉の入札には、日本メーカーも関心を示しているという。[ワルシャワで真野森作]

ポーランドは現在シェールガス開発も進めていますが、採掘時にも温室効果ガスを排出するシェールガスを開発しながら、「環境に優しい原発を」と言うのは米国のとまったく同じ。ダブルスタンダードですね。

(ポーランドのシェールガス開発では、三井物産が探鉱の権益を取得しています。これは日本の商社が欧州のシェールガス事業に参画する第一号案件です。)

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9月22日NY国連前の出来事

2011年09月26日 | 原発・核・311

95日のブログ『原発事故と海外報道』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110905

で少しだけご紹介した、Nuclear Age Peace Foundationが企画した集会のニュースがYoutubeにアップされていました。

Youtube

『福島の市民グループNYで脱原発の訴え』

http://www.youtube.com/watch?v=wdHuSWwnQag

この集会で講演を行った福島県の農家の主婦が、国連本部前で野田首相に「福島の子供達を守らないで、世界に原発の安全と言うなんて卑怯」と叫びます。

が、野田首相、彼女に目を向けることもなく(顔色もかえず)、何事もないように国連事務総長とにこやかに挨拶。とても不安を感じます。

以下、記事も見つけました。

田中龍作ジャーナル

NYで母親たちが「国連よ、原発推進を止めなさい」』

http://tanakaryusaku.jp/2011/09/0002942

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時代を読む『自立的な「我らが世界」を』 by 内山節

2011年09月26日 | 社会(歴史・都市計画含む)

925日東京新聞の、哲学者内山節氏のコラムです。

時代を読む『自立的な「我らが世界」を』

いまから三十年近く前にヨーロッパに行った時、イタリアは嘲笑の的だった。当時のイタリアの通貨はリラだったけど、リラはたえずその価値を下落させていた。政権は毎週変わるといいたくなるほどに不安定で、首相が代わっても小さなニュースにしかならなかった。大きな企業もほんのわずかしかなく、「イタリア人がいなければイタリアはいい国だ」などという言葉が、ヨーロッパの街では通用していた。

ところがそれから十年もすると、評価はガラリと変わる。その頃ヨーロッパの国々は、経済不安と失業の高止まりが常態化していた。1960年代の労働力不足を補うために、アフリカ諸国などから招き入れた外国人労働者を標的とするネオナチ的動きも表面化し、フランスでは国家主義的な政党、国民戦線が、10%を超える支持率を獲得するようになる。自分もいつ失業するかわからないという不安が、人々から余裕を失わせていた。

この時代に、イタリアの人々の暮らしは「健在」だったのである。イタリアの人々は、自営的な職人仕事やサービス業、一次産業などで暮らしている人が多い。いわば企業に依存している人が少ないのである。彼らは国の経済がどうなろうとも、そんなことに影響されない自分の仕事の世界を持っている。

しかも人々は、力強いコミュニティーとともに暮らしていた。地域の食材や伝統料理法を大事にしながら、食事とともにある人々のつながりを守ろうとするスローフード、スローライフ運動も、イタリアから生まれてきたものだった。ヨーロッパ諸国の人々が不況で暗くなっているときに、イタリアの人々は幸せそうに。コミュニティーとともにある暮らしをつづけていたのである。

1990年代になると、「イタリア強さ」にヨーロッパの人々は目を向けるようになる。

国としてみれば、それほど強い国ではない。GDP(国内総生産)も、先進国としては見劣りがする。政治は今でもスキャンダルにまみれている。しかし、人々はどこよりも幸せそうなのである。それは自分ならではの仕事と強いコミュニティーをもつ人々の強さだった。

今日のヨーロッパには、いつ経済危機が始まるかもしれないという不安が広がっている。そんななかで、「イタリアは打つ手が亡くなって駄目になるかもしれないが、イタリア人は大丈夫だろう」という言葉が、イタリアを知る人の間では流れている。

私たちが目指すべきなのは、こんな自立性と柔軟性をもつ社会なのかもしれない。国の経済や政治にさほど影響されない確かな「我らが世界」をどうつくるのか。そのためにはどんな労働の仕方とコミュニティーがあればよいのか。

私が原発は廃止すべきだと考えている理由のひとつもそこにある。原発事故は、自立的な暮らしをつくろうとしてもどうにもならない現実を生みだした。国と共に右往左往するしかない現実を、である。

国の経済や政治はどうでもよいと言っているのではない。そこでもやらなければいけないことはいっぱいある。だが最終的に私たちが目指さなければならないものは、国の動向だけに支配されない自立的な地域の確立であり、私たちのコミュニティーや暮らしの創造なのだと思う。国のGDPや政治に支配されつづける時代は、そろそろ再検討してもいい。

内山氏が書くほど、イタリアはユートピアでも、イタリア人は暢気でもないのかもしれませんが、それでもイタリア国民には、トルストイの「イワンのばか」のイワンのような頼もしさは、あると思います。

(世界には、「イワンのばか」の悪魔の大親分、子分、軍人セミョーン、お金持ちのタラスのような人たちが多く、彼らは口が達者なので、そちらが「賢い」ように見えますが、実は・・・)

『イワンのばか』ウィキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%81%B0%E3%81%8B

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ドイツ人と日本人の類似性

2011年09月24日 | 異文化

6月にドイツの心理学者の友人、トーマスさんに送った笑い話がありました。

それは、今年の619日の『国民性とヒーロー』で紹介した、“Sinking Boat”-

「沈みかけた船に乗った、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、イタリア人、フランス人、そして日本人の客を海に飛び込ませようとした船長、

アメリカ人には「飛び込めば、あなたはヒーロー(英雄)」、

イギリス人には「飛び込めば、あなたは紳士」、

ドイツ人には「飛び込むのが“決まり”」、

イタリア人には「飛び込めば、女性にもてるぞ」、

フランス人には「飛び込むな」、

そして日本人には「皆飛び込んでいるぞ」。」。

先日トーマスさんは、この話を職場の同僚達にして楽しんだ時のことと、感想を書いてきてくれました。

「それにしても、僕達ほとんどが、フランス人に『飛び込むな』と言う笑いのツボがはっきりしなかったんだ。僕たちは皆で、『日本の人はフランス人をどのように思っているのだろうか?フランス人は、船長の言うことを聞かない、反抗的な人ってことなのかな・・・』って話していたけど、それであっている?」

これを読んで、私はちょっと唸りました。

この笑い話のオリジナルが日本のものであるのかどうかわかりませんが、少なくとも“フランス人の国民性(特にパリの人の気質)”というのは、世界の人は共通の認識を持っているのではないか、と思っていたからです。

フランス人に向かって「飛び込むな」という部分を読んだ時に私は、「フランス人は人の命令ではなくて、自分の好きなときに好きなことをする人たち。そして、人と同じことをしたがらない個性的な人たち」という意味で捉えていて「フランス人は反抗的」というようには受け取らなかったのですが、トーマスさんや彼の同僚達(皆心理学者や関係者)には少なからず、「フランス人は反抗的だから船長の指示と反対のことをする」という見方があるように感じられました。

トーマスさんは、「日本人の『皆飛び込んでいるぞ』と言うのは、日本人が協調的で従順って意味だよね?」とも私に聞いていましたが、「船長の指示に従う」という部分でドイツ人と日本人は同じであっても、ドイツ人は“規律”、日本人は“協調”が動機になるとしたら、「船長の指示を尊重しない」だろうフランス人の分析が若干違ってくるというのは、当然なのだろう、と気がつきました。

“国民性”というものは実態がなく(大きな集団を一つにまとめて分析するのは乱暴、そして時代とともに変わる)、それに絡んだ笑い話はナンセンスではあるのですが、“文化””歴史“が違う国には似たような考え方や価値観が生まれ、結果国民の気質が似るということはあるのではないかと思います。

そういえば、私の海外に友人・ペンフレンドがいる日本人の友人達のなかには、「ドイツ人の友人が、一番長続きする」「ドイツ人と一番心情が似ていると思う」という人が多いのですが(私自身もそう。私の場合は、北イタリアの人とも気が合う。)、日本、ドイツは、近現代史だけ見ても似ている部分も多く、共に敗戦国であったり、周辺国に嫌われていた点でも同じ(1970年代から活躍した日本赤軍とドイツ赤軍の話などを読んだことがありましたが、赤軍が誕生した過程も似ていたと思います。)。国民には何か通ずるものがあるのかもしれません。

追記:

このブログは、半分、上小30山さんのブログ『エマニュエル・トッドに興味を持つ』

http://js30.at.webry.info/201109/article_16.html

を読んでの感想にもなります。

上小30山さんいつもありがとうございます。上小30山さんのご意見や、ご紹介してくださっているニュースや本のお話は、とても参考になります。

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民主主義のパラドックス、そして変貌

2011年09月22日 | 雑感

民主主義(民主国家)という言葉を私は時々使いますが、この言葉は定義が曖昧なので、便利に使え、そして危険な言葉でもあると思うことが多いです。

この民主主義について松岡正剛氏がコラム(本来は書評のはずなのですが、コラムとしたほうが良さそう)に書いていますので、長いですがどうぞ。

松岡正剛の千夜千冊放蕩篇

『森政稔 変貌する民主主義』

(20081229)

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1277.html

冒頭:

ぼくには、人前でのタバコの喫いすぎから生活能力の欠如まで、自慢できるほどいっぱいの欠陥があるのだが、それを仮に思想方面に絞っても(そういうことが仮りに可能だとして)、まだまだいろいろの欠陥がある。誰かがぼくを詰(なじ)ろうとすれば、その点をこそ問題にして批判したくなるような欠陥だ。ある領域、ある概念、ある傾向に対して、いちじるしい浅慮、脱落、歪曲、無知、逸脱があるわけだ。

 それをいまあれこれ披露しようというわけではないものの(それほどお人よしでも、敵に塩を配りたいというわけでもないが)、そのひとつに「民主主義」に対する度しがたい欠陥がある。ぼくは、この言葉、この概念、この意味、この体制が、どうにも苦手なのである。そのため、民主主義に対する基本的理解力が極端に低いと思わざるをえない。

 だいたい「多数決の原理」と「民主主義」が結託しているのがよくわからない。少数者の意見をちゃんと聞くのが民主主義なんですよと学校で教わったけれど、そのくせ結論はみんなが手を挙げて多数決で決まるのが民主主義なのである。

 いったい少数者に意見を求めたのは何だったのか。手を挙げさせたのは、恥をかかせるためだったのか。「入口の民主主義」は「出口の絶対主義」なのか。こんなことだから、どんな仕事にも参入障壁をなくせばそれですむと思っている市場主義者がふえるばかりなのではあるまいか。ぼくはそんなふうに思ってしまうほうなのだ。

 一方、これはぼくの子供時代に親戚のおじさんが京都の選挙に出て大勝利を収めたとき以来の不信だが、どんな人気とりをしても、どんなに資金をつぎこんでも、選挙の結果で勝ちさえすれば、それで民主的な評価を受けましたというのも、これは今度は「出口の民主主義」ばかりが強調されているとしか思えない。「入口の民主主義」と「出口の民主主義」はどうにもつながっていない。民主主義には、そういうところがいろいろあると言わざるをえないと感じてしまうのだ。

 もうひとつ、民主主義によく似た言葉あるいは概念として「自由主義」があって、ぼくはこれがまた大いに苦手なのである。だから「自由民主主義」などと二つの言葉が重なると、ちょっと身震いがする。

末尾に引用された森政稔氏の著作の抜粋:

 政治とは多かれ少なかれ強制や権力を伴う営みであるが、それでもなお、それらがひとしなみ過酷というわけではない。民主主義が専制や全体主義から区別されるつもりであるとすれば、それは民主主義にあっては権力が同意に基礎づけられているという信念に由来するところが大きいと、ひとまず言うことができるだろう。

 (そうすると多数決の問題になっていくのだが、このとき)多数決に同意するということは、多数の決定をあたかも自己の決定であるかのように受け入れるフィクションを承認するということである。これを承認しない人々に対しては、当然に多数決の原理は力を持たないということになる。少数者の根拠にあるのは、このような多数決への不信である。

 ここでは、少数者の立場が、討論などの民主主義的プロセスを経ることによって、多数者の見解を変化させる可能性があるかどうか、ということが重要な分かれ目となる。多数と少数とを区別するものが、変更することのむずかしい生得的なアイデンティティに由来する場合(言語・民族・宗教等)、多数はつねに多数であって、少数はつねに少数ということになりやすい。対立は構造化され、政治的統合に亀裂が生じる。(中略)このような場合、この政治社会にとどまっていることの意義が疑われる。この政治社会から分離独立することがあるべき選択として浮上する。

 ある意味ではこのような選択は、かつての多民族帝国から国民国家が独立するさいの民族自決の論理と共通であるということができる。異なるのは、国民国家より小さな単位において主張されていることであって、この区別によって、一方は国民国家を擁護する議論に、他方はそれを解体する議論になるということである。

それにしても、民主主義の「民主党と多数決の原理」ですが、一つの物事についての意見は、議員のものであっても、エリートのものであっても、一般庶民のものであっても重みは一緒ではないかと思うのですが、「民主主義=平等の精神」をうたいながら「意見の重さに差がある」という実情があること、これも混乱のもとです。

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脱“時計仕掛けのオレンジ”

2011年09月21日 | 雑感

919日に東京、新宿で開かれた脱原発集会・デモに関しての記事です。

Gooニュース ニュースな英語 (by 加藤祐子) 

『日本人がやっと抗議したと欧米人が安堵? 数万人の脱原発集会』

http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20110920-01.html

2万人と6万人と3

東京は新宿区の明治公園で開かれた「さようなら原発集会」について、私がざっと見回したところ、英BBCや米CNN、米紙『ニューヨーク・タイムズ』や米紙『ワシントン・ポスト』といった、おなじみのいわゆる主要メディアはどうも現地で取材していないようで記事が見つかりません。まあ、そういう関心の度合いが、記者の人数も少ない外国メディアとしては順当かなと思います。

その一方で、いざ蓋を開けてみたら6万人(主催者発表)も集まったからか、現場取材していたAP通信マルコム・フォスター記者の配信記事が、『ワシントン・ポスト』や豪紙『シドニー・モーニング・ヘラルド』、米紙『ボストン・グローブ』に米にユースサイト『ハフィントン・ポスト』などなどなどと、実にあちこちで掲載されていました。

「原発事故を懸念し東京で数万人が原発に抗議行進」という見出しのこの記事は、「『Sayonara nuclear power(原発さようなら)』と唱えながら何万人もの人が行進したこのデモについて、「ずっと長いこと原子力発電に慣れきっていた日本の人たちが、いかに(原発事故に)揺り動かされているかを改めて強調するものだ」と評しています。

(中略)

ついに、ようやくという欧米の視点

そのほかの詳しい記事としては、オーストラリアABC放送のマーク・ウィラシー記者のリポートがありました。いわく、「日本の反原発デモで警官よりデモ参加者の方がたくさんいるという、珍しいケースだった」と。「参加者にはファッションデザイナーたちもいればホームレス支援団体もいた。有名人も会社員も主婦もいた。演説の内容に、大勢が涙ぐむこともあった」とも。

そして、「ここまでくるのに6カ月かかったが、この国の反原発運動はついにある程度の勢いを獲得した。福島のメルトダウン以来、今回のこれが最大のデモだ。しかし参加者たちにとって、この勢いを持続させるのが課題となる。特に新しい総理大臣は、原子力発電を維持したいと示唆しているので」と記者は報告しています。さらには、「この国はようやく、あるべき形で動き出した。そういう人もいるだろう。自分の国の政府や原発企業が果たしてきちんと仕事をしているのか、ついに何万人もの市民が公然と疑問を呈し始めたのだ」と。

ウィラシー記者が書いている、日本がやっとここまできた、「ようやくあるべき形で動き始めた」という思いには、多くの欧米人が同調すると思います。私が直接やりとりしている人たち、あるいはtwitterなどで目にしている人たち(いずれも日本生活経験者の欧米人)の多くが、まさに同じことを言っているので。

ここから先は私の意見ですが、基本的にデモとか政治集会とかで大事なのは参加人数ではないはずだと思っています。大事なのは発信されるメッセージがどれだけ多くの共感を得られるか、そのメッセージがどれだけ政策決定プロセスに影響を及ぼすかだと。なので、「2万人」とか「6万人」という人数をそれ自体でどう評価するつもりもありません。単なる数字上の比較なら、たとえばアメリカの政治風刺で大人気のコメディアン、ジョン・スチュワートが去年ワシントンで開いた「正気を回復するための集会」の参加者は21万人超(マスコミ推計)でした(私もそのひとり)。あるいはイラク戦争開戦に反対して20032月のロンドンで行われたデモは、警察発表75万人、主催者発表200万人弱でした。

参加人数の多い少ないを云々しても、上には上がいるし、たとえ200万人が行進してもイギリスのイラク戦争参戦は食い止められませんでした。「ふだんは政治集会なんか参加しない」理性ある人たちが21万人以上もワシントンに集まったからといって、アメリカの政治議論からクレイジーな極論が消えたわけでもありません。

ただし英語圏、ないしは欧米圏では、民主国家の良心ある市民たるもの政府や政治に不満がある時は平和的な抗議行動に出るものである、それが市民としての権利であり義務である-という「常識」が18世紀くらいから徐々に成立しています。それが当然だという感覚は、今や本能に近いものになっていると言ってもいいかもしれない(もちろん、たとえ「常識」だからといって特に行動はしないサイレントマジョリティがマジョリティなのはどこでも一緒ですが)。なので、「どうして日本人はこれだけ東電や政府にひどい目に遭わされているのに、デモしないんだ」と不思議がる、ないしは違和感を覚える人たちが、現に私の知る限りでも実際にたくさんいました(震災直後に「日本人は暴動しない、略奪もしない、すごい」と褒められたことの裏返しとも言えます)。

ABC放送のウィラシー記者はその違和感をずっと抱えてきたのではないか、そう想像します。そして私の知り合いたち同様、やっと「警官より大勢」の日本人が集まって抗議する姿を見て、やっと自分たちの「常識」の範囲内に日本人が収まった、これなら理解できると、ある意味でホッとしているようにも思えます。

日本人は何をされても権力に抗議しない不気味な連中・・・という違和感が欧米人の間で多少なりとも払拭された。その意味でも、「さようなら原発集会」は有意義だったのではないかと思います。

欧米人が安堵、というのはさておいて、日本人の中にこそ、この6万人規模の集会・デモにほっとしている人は多いのではないでしょうか。

「“時計じかけのオレンジ※”でいては自分や子供たちの未来は暗い」と考える日本人が増えたこと、そしてデモや集会に参加をしない人のなかでも、彼らを応援する気持ちが大きくなった-これらだけでも、国の未来を換えるパワーになると思います。

※『時計仕掛けのオレンジ』は小説・映画の題名として有名ですが、もとからこれはロンドン下町の言い回しで、「何を考えているか分からない変人」「機械化された人間(国家の奴隷)」というニュアンスで使われていたようです。

関連ブログ:

時計じかけのオレンジ達(?)の堪忍袋

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110803

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『歴史家に経済を理解させるのは、エコノミストに歴史を理解させるよりもたやすい」

2011年09月21日 | 社会(歴史・都市計画含む)

「北方領土、『ロシアが2島なら返す、日本は4島でなければ嫌だ』というのならば、3島返還をしてもらうように交渉すれば?」などと発言をしたこともある歴史・人類・人口統計学者のエマニュエル・トッド。(この発言は本気ではないでしょうが、まあ確かに、数年前だったらこの発想も検討の余地はあったかもしれません。)

彼の核抑止力の考え方や、理論上だけの割り切りすぎの意見には付いていけないものもありますが、彼の「ガラパゴス化している常識にとらわれない発想」は、箍の外れた現在の世界において必要なものであると思います。

少し古いものですが、彼のインタビューのリンクと、抜粋を貼り付けます。

東洋経済 (2009121)

『エマニュエル・トッド 歴史人口学者・家族人類学者-もし自由貿易が続くなら民主主義は消えるだろう』

http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/85e7faa472a51609492efb81e6eebe2d/

抜粋:

-保護主義というと、国や地域間で「対立のカベ」ができるような印象がありますが、協調的な保護主義とはどのような意味ですか。

(トッド) 現在の自由貿易とは何かという点から話しましょう。自由貿易という言葉はとても美しいが、今の自由貿易の真実は経済戦争です。あらゆる経済領域での衝突です。安い商品を作り、給与を押し下げ、国家間での絶え間ない競争をもたらします。

 一方、協調的な保護主義は話し合いです。協調的な保護主義の下では、政府がいかに需要を浮揚させるかが優先課題。保護主義の目的は内需の再拡大にあり、各国の利害が内需の刺激策に結び付いています。保護主義経済圏を形成することが(安い生産コストの商品輸入を抑制させ)給与水準の上昇につながる。

 世界中の指導者が「自由貿易は問題だ」と認識し、協調という考え方のメカニズムに理解を示せば、国家間の利害は一致するはず。各国が考え、熟慮し、話し合う。それが協調的という意味です。

 WTO(世界貿易機関)にしても、その目的は、単に自由貿易の促進を図ることであってはなりません。話し合いの場であり、需要を喚起するために世界経済を小さくブロック化し、再セグメント化する場なのです。もちろん交渉は、力関係に左右されます。欧州は、中国に対欧輸出の抑制を求め、内需拡大に力を注ぐように求めます。米国に対しては貿易収支の均衡を要求するでしょう。

-民主主義の崩落危機を止めるには保護主義が必要だとの見解は、経済学者とは異なる、歴史学者としての考察から導いた論だと…。

(トッド)エコノミストの問題点は、歴史を理解していないことです。イギリスの歴史家のケインズは「歴史家に経済を理解させるのは、エコノミストに歴史を理解させるよりもたやすい」と述べています。エコノミストが考えているのは一時的な世界。歴史家は事象の連続性を考察します。

 市場の開放性、自由貿易市場は第2次世界大戦後、特に1950年から70年にかけて進みました。そのときは問題なかったのですが、最後に否定的な側面が現れてきた。それを問題にしているのです。

 政治的な自由主義と経済的な保護主義の併存、それはフランスの第3共和制下で見られました。米国政府で自由貿易を憲法に明記していたのは、南北戦争時の南部の政府だけです。自由貿易は歴史的に見ると、逆に権威主義的な不平等の時代に結び付いているのです。

 保護主義の世界では、民主主義システムの政権担当者は、生活水準と中産階級が大変重要だと考えます。一方、現在の民主主義の危機は自由貿易の危機です。エリートは人々の生活水準に関心を持とうとしません。現在の民主主義は、ウルトラ・リベラルな民主主義であり、エリートが人々の生活水準の低下をもたらしているように見えます。

フランスは英米と並び、民主主義発祥の国です。しかし今や、支配者階級は自由貿易以外の体制を検討することを拒んでいます。不平等が広がるにつれて、多くの人々の生活水準は下がり始めています。もし、支配者階級が生活水準の低下を促し続けるなら、民主主義は政治的にも経済的にも生き残れない。独裁国家になるのは避けられないでしょう。

参考:エマニュエル・トッド ウィキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%89

追記: 彼は今月初めに来日されています。

『エマニュエル・トッドを囲む会 2011.9.6in 日本記者クラブ

http://www.youtube.com/watch?v=BKxzcYlgiY8

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シェールガスのマイナス面

2011年09月20日 | 環境・エネルギー

シェールガスについて既にいくつか取り上げていますが、マスコミがあまり報じないシェールガスの負の基本知識として、以下ご参考まで。

『英考塾』

『「火のつく水」は、シェールガス汚染の象徴。アメリカの飲料水を汚染する資源開発』

http://eikojuku.seesaa.net/article/217909957.html

エネルギーフォーラム

『米エネルギー開発業界のリーク資料が明かす「シェールガス」の影の部分』

(by 山口正康)

http://www.energy-forum.co.jp/column/yamaguchi/clm110718.html

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スパイ小説以外の盗聴・監視

2011年09月19日 | 

「現地の駐在員と電話で仕事の話をしていると電話が遠い。でも途中から駐在員の子どもに持っていくお土産のおもちゃの話に切り替えると、電話の声が普通になったりする。」

80年代、国際舞台で仕事をしている人たちの間では、(国によってでしょうが)相手国の電話の盗聴技術の「稚拙さ」を笑うことはあっても、盗聴については「仕方ないな」程度に受け止めていたように思えました。

インターネットが普及して、今は個人メールもキーワード等でチェックされる時代。

盗聴や監視の可能性を知っている人たちは、技術向上した電話盗聴に注意するのはもちろん、「メールは葉書と同じ」と割り切って、メールもチェックされること前提に内容に気をつけて利用しています。今も、「仕方ないな」と思いながら。

私自身は今は国際舞台の仕事に直接携わっているのではないのですが、前にある人から「君のようにアルジャジーラ他海外の様々なニュースを頻繁にチェックしていたり、海外にいる識者等とメール交換する人間は、もしかしたらチェック対象に入っているかもしれないよ」と、冗談半分に言われたことがありました。

さて、「チェック対象」といえば、海外にいる学識者を尋ねたときに不審なことがありました。

この時のことを、海外で働いていた友人へ報告したメールの抜粋:

「現地のホテルに夜11時過ぎに着き、部屋に入ってすぐに続けざま3回英語を話す女性から電話。電話の主は「Mrs.ターナーかの部屋か?」というので、「違います。間違い電話ですよ。」と言って切ってもしつこくかかってくる。最後に、「たぶんその人はすでにチェックアウトしたのでしょう。」と言ったらかかってこなくなったんだけど、一体あれは何だったのか・・・。

フロントを通さずかかってきたということは、おそらく同じホテル内の人からだと思うけど、1回間違ったら普通フロントで確かめません?

(中略)

また、彼の家に向かうとき、一両に10人以下乗客といった空いている電車(直通)だったにも関わらず、一人の白人男性が椅子に座ることもなく私たちの座席の近くの連結部に立っていて・・・なんだか見張られているよう。

そして帰りの電車(1回乗り換えがある列車)、乗り換え駅の地下通路の時刻表を見に行ったらその男性がいる。(空いているローカル列車、しかも近くに立っていたんだから)私たちのこと覚えているかな、と思って「ボナセーラ」って話しかけたらぎょっとした顔して無言で立ち去っていきました。

そういえば、この訪問の前の晩、レストランに入ったらハンガリー人の2人旅の女性が隣のテーブルに座って話かけてきたので、会話。「明日はなにをするの?」と聞かれたので、「知人を訪ねるので○○まで行く予定」と言って、いろいろ話してしまったけど、実は彼女達も怪しい?」

これを読んだ友人は以下の意見を:

「その電話の話、これは危ない。だって、どんなホテルに泊まったのかは分からないけど、何らかの理由(空き巣を狙ったとか)で、部屋を空けているか、あるいはみな熟睡しているか、確認したのではないだろうか。

その電車の白人男性の話、席が空いていても連結部に立つ趣味の人っています。そして帰りに同じ時刻表を見ていたのは偶然。だとすると、ほとんど意識してなかった異国の人間から自分の国の言葉で話し掛けられたら、ギョッとして逃げるでしょうね。私ならそうします(新宿駅で、「今朝見かけたな」ぐらいに思われる金髪碧眼の女性がいきなり「コンバンハ~」なんて言いながら近づいて来る様を想像するにつけ)。」

ま、前者については、わざわざ続けざま3回の電話というのを考えると友人の説は適当ではないように思えます。そして、後者についても、「日本における金髪碧眼のような、欧州における緑の黒髪のオリエンタル美女」とはかけ離れた、至って人の良さそうな(?)日本の中年女性(私は国内外、外国人を含める人に道を尋ねられたりが多く、警戒心を抱かせないタイプ)である私が、見知らぬ人でも目が合えば、「こんにちは」くらい言うことも珍しくない国で、ここまで「ギョッとされる」ことは普通ではない気がします。

と考えると、実際体験した私の「勘」の方がまだ正しそうですが、そうであったとしても、一般人の私を監視しても仕方がないので、対象は訪問先の学識者の方であったのでなないか、と思えます。

そして、もしそうなら、監視者は彼と私のメールを盗み見していたということでしょう。

なぜなら、訪問の打ち合わせをしていたメールを見る以外にはこの訪問のことを知ることはできなかったはずだからです。

ちなみにこのは学識者、彼は機密を扱う仕事をしているわけでもないですし、危険分子でもないので、仮に盗聴、監視されていたとしてもびくともせず、逆に監視者に向かって「お疲れ様」とさえ思うかもしれません。

しかし、彼とメールをやり取りする人の情報も流れる可能性があるので(含む私)、もしこれが事実だとしたら、彼は心を痛めると思います。

ところで、以上の話は国外の盗聴や監視の話で、これはちょくちょく問題にもなります。

しかし国内の同じ問題についてはどうでしょう。

現在はいくつかの民主国家でも自国民のネット監視や盗聴が大手を振っているように思えます。昔からそれもあったのでしょうが、大っぴらではなかったはず。

その変化のきっかけは911

このあと米政府は「テロとの戦い」という名目で、国民のメール盗聴も含むネット監視をおおぴらにしましたが、311の大震災以降、日本でも、たとえば反原発の人のネットの監視(一応ブログやツイッターだけとのことですが・・・)が税金で行われているのを公表したりしました。

(ネット監視は前からあり、小さいものでは企業の人事によるメールや検索履歴チェックの監視もありますが、これについてはその企業でのパソコンを使っている限り、休み時間でもそれは覚悟すべきとは思います。人権問題であるとは思いつつ。)

これが憲法違反になるのではないかと、私などは思うのですが、これが大きな問題にならないのは、国民が、国際畑の仕事をしている人たちがそうであるのと同様、麻痺してしまっているのか、諦めているのか。

「監視されている人の実害が少ないから良いだろう」という意識が政府にも国民にもあるのかもしれませんが、やっていること自体は旧共産圏や戦前の日本と根本は同じであるように感じます。

関連ブログ:

税金で原発記事監視-実態は・・・

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110723

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シェールガスと地震

2011年09月18日 | 環境・エネルギー

今日のテレビ東京の番組「池上彰のエネルギーを考えるスペシャル」で、シェールガスを随分ヨイショしていました。

シェールガスは環境破壊の問題の他に「地震の原因になる」として問題定義している科学者もいますが、それもあって、番組の「掘削が2.5km、ペンシルべニア界隈に100の掘削所・・・」という説明を聞いて、アメリカ東部で823日に起きたマグ二チュード5.8の地震を思い出してしまいました。

岩盤が厚く、ほとんど地震が起こらないといわれている地域、ワシントンの記念塔の先端にひびが入って、無期限閉鎖になりました。

(地震がない地域だから、建造物もそんなに頑丈、もしくは耐震構造で作られていないでしょう。)

参考:

Indipendent (2011.6.1)

Small earthquake in Blackpool, major shock for UK's energy policy

http://www.independent.co.uk/news/science/small-earthquake-in-blackpool-major-shock-for-uks-energy-policy-2291597.html

The controversial new drilling operation for natural shale gas in Lancashire has been suspended following a second earthquake in the area that may have been triggered by the process. The earthquake last Friday near Blackpool occurred at the same time that the energy company Cuadrilla Resources was injecting fluids under high pressure deep underground to deliberately blast apart the gas-bearing rock ? a process known as "fracking", brought to Britain from the US, where it has been highly contentious.

Earthquake experts from the British Geological Survey said that the 1.5 magnitude quake last week was similar to a 2.3 earthquake in April in the same area and that both may be linked to the experimental fracking for shale gas at Preese Hall on the Fylde coast.

Bans on commercial fracking are already in place in France as well as in New York and Pennsylvania states, where people living close to fracking sites have been filmed setting fire to tap water contaminated with methane gas.

"It seems quite likely that they are related," said Brian Baptie of the British Geological Survey (BGS). "We had a couple of instruments close to the site and they show that both events were close to the site and at a shallow depth.

"The timing of these two events in conjunction with the ongoing fracking at the site suggests that they may be related." He added: "It is well-established that drilling like this can trigger small earthquakes."

The process involves pumping millions of gallons of water, mixed with rock-dissolving chemicals, into the earth to unsettle rocks and release the gas trapped there.

Cuadrilla said that it may be many weeks before it resumes fracking operations at its site near Blackpool because the incidents warrant further investigation with the help of outside experts.

"We've suspended drilling because there was an incident that the BGS recorded. We were aware of it because we have our own monitoring equipment on the site," said Paul Kelly of Cuadrilla last night.

"We are now compiling a report with the BGS and Keele University. It was entirely our decision to suspend operations. We see it as an appropriate and responsible thing to do."

Dr Baptie said: "Our analysis places the epicentre of the [latest] event to within 2km of the Preese Hall site.

"Data from two temporary instruments close to the drill site, installed after the magnitude 2.3 earthquake on 1 April, indicate that the event occurred at a depth of approximately 2km. The recorded wave forms are very similar to those from the magnitude 2.3 event [in April], which suggests that the two events share a similar location and mechanism."

Neither of the earthquakes caused any structural damage, although they could be felt by people living near by because they occurred at a relatively shallow depth, Dr Baptie said. He pointed out that the earthquakes "are pretty insignificant even by UK standards" and "they don't usually cause any damage to property".

The 2.3 magnitude earthquake in April is about 12 billion times smaller than the recent earthquake in Japan that created a huge tsunami, and is roughly equivalent to exploding about a ton of TNT deep underground, Dr Baptie said.

A report last month by the Energy and Climate Change Committee of the House of Commons found that there was no evidence that the technique of fracking was unsafe. The committee's chairman, Tim Yeo, dismissed fears as "hot air", insisting there was no danger to underground drinking supplies ? which he said was the chief cause of concern amongst critics. He said there was no case for a moratorium despite growing concerns overseas.

The BGS said about the previous Blackpool earthquake: "Any process that injects pressurised water into rocks at depth will cause the rock to fracture and possibly produce earthquakes. It is well known that injection of water or other fluids during oil extraction and geothermal engineering, such as shale gas, processes can result in earthquake activity. Typically, the earthquakes are too small to be felt; however, there are a number of examples of larger earthquakes occurring."

関連ブログ:

シェールガスをもてはやす風潮、JBIC融資

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110915

商社の魂とシェールガス

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110708

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サンデル教授の限界

2011年09月17日 | 人物

先日、NHKで「マイケル・サンデル/究極の選択/震災復興 誰が金を払うのか」を放映していました。

これは、モニター出演の東京、上海、ボストンのエリート学生達の意見をひきだしながら、原発賠償や存続について意見を聞くというもの。

この番組を私は途中からしか観なかったので、前編をとおしてそうであったかわかりませんが、少なくとも私が観ていた間は、いろいろな意見や考え方を引き出すサンデル教授-彼は原発推進派であるのか、脱原発派であろう学生はあまり指名しなかったり、話を聞き流したりしていたようです。そして揚げ句は、「原発は安全にして持ち続ける」というようにまとめてしまっていました。

サンデル教授もこうなると、“原発ロビーの太鼓持ち”にしか思えませんし、サンデル手法の限界を感じました。

これは、彼が原発を擁護しているように思えたからではなく、「いろいろな意見を引き出すふりをして、自分の意見に誘導してしまっていること」に対して感じたことです。

(番組のエンディングに映し出されていた、3人の日本人の白けた顔が映し出されていたのが、印象的でした。)

ところで、この番組をつけたとき同じ部屋にいた息子(大学2年、経営システム工学専攻)もこれを観ていたのですが、ある学生の意見を聞きながら一言ポツリ。

「経営システム工学の観点からだったら、こういう意見はでない」

息子は、観点によって意見が違うのは仕方がない-ということを割り切っているようでした。

ま、それは学問だけでなく、自分がいる立場、価値観等によって、視点や意見は違うものだとは思います。

しかし、普通はそれで良いことも少なくないでしょうが、「原発」に関しては、「自分」を主にした考えよりも、「犠牲の大きさ」で考えることが必要ではないかと思います。

「いろいろな意見、価値観を引き出し、答えは一つではない」という部分で評価していたサンデル教授の変貌に失望しながら、自分も今、彼と同じ間違い-自分の意見を押し付ける-ことをしていますが、それでもやはり、「いろいろな意見」を尊重する前に「人間としての責任」を基準に物事は判断すべき、というのは譲れません。

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日本を軍産複合体国家にするつもりか

2011年09月16日 | 武器輸出・TPP・モンサント・農薬

板垣英憲さんという、もと毎日新聞の記者で、現在は評論家をなさっている方のブログ『マスコミに出ない政治経済の裏話』を昨日みつけました。

この板垣さんのブログをを少し読んでみたところ、私には「穿ちすぎ」「突飛」と思えるものが割と多くありますが、下記のエントリーについては全く同意見です。

ドイツ政府も国内の防衛費は削減、原発産業も衰退させるということもあってでしょう、こうした道-(ドイツはもともと武器を輸出していますが、)輸出増-を歩もうとしているようです。

これに反対するであろう世論が頼り・・・。

なお、前にも書きましたが、軍需産業と原発産業を作っているところを含めれば、大分重なるところがあるのではないかと思います。原発主要メーカーは、三菱重工、日立、東芝ですが、部品、付随機器・施設にかかわるとなると、IHIはじめとした重工業・電機会社やその子会社がいくつもでてきます。

(ウィキペディア『軍需産業』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E9%9C%80%E7%94%A3%E6%A5%AD

『前原誠司政調会長は日本を戦争から足抜きできない「軍産複合体」国家にするつもりなのか』(9月15日)

http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/9c4a586f494293f8e900106014345c45

思想的に超右翼と言われている野田佳彦首相は9月13日に本会議で行った所信表明演説のなかで、前原誠司政調会長がワシントンで開催された笹川財団主催のセミナーで表明した「PKO自衛隊の武器使用緩和」や「武器3原則の見直し」について、一言も触れなかった。これから取り組む最優先政策を「大震災の復旧復興」最優先に設定していたからである。野田誠司首相が、無関心だったからではない。

しかし、前原誠司政調会長が発言した内容を詳しく点検してみると、極めて重大なことが隠さいることに気づく。それは、自衛隊(国際的には軍隊)と防衛産業(軍需産業)による「軍産共同体(軍産複合体とも言う)」の質的転換である。

 米国の軍需産業は現在、ロッキード・マーチン社、ボーイング社を頂点に約6000社がぶら下がっている。この米軍と軍需産業の関係について、第2次世界大戦の英雄アイゼンハウワー大統領(米陸軍の最高司令官だった)は1961年1月、退任演説で、軍産複合体の存在をとくに指摘して、注目されるようになる。「国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性」と「政府・議会の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性」について警告したのであった。

 米国における軍産複合体とは、「軍(国防総省)政府(行政)、議会と軍産業」、すなわち、「政治・経済・軍事」の複合体である。

 この概念に照らすと、前原誠司政務調査会長が念頭においているものが、はっきりとわかってくる。それは、「日本版の軍産複合体」だ。

 米国CIAの広報紙と言える読売新聞は9月9日付け朝刊「総合面」(3面)の「スキャナー」(政治部 古川肇記者、ワシントン 向井ゆう子記者)欄で、前原誠司政調会長の演説を以下のように解説している。

 「国内の防衛関連企業は下請けも含め、戦車約1300社、護衛艦約2500社、戦闘機約1200社に上る。例えば陸上自衛隊の「90式戦車」は三菱重工業などが、海上自衛隊の護衛艦「ひゅうが」はIHIが生産している。航空自衛隊のF15の戦闘機は、米国の開発企業に特許料を支払う「ライセンス国産」として三菱重工業などが製造している。

 しかし、日本の防衛費は2002年のピーク後、減少傾向が続き、11年度は約4兆7700億円だった。最先端の整備品を多くは買えず、国内企業からの調達は先細りしている。その結果、03年度以降で、戦車関連35社、艦船関連26社、戦闘機関連21社が事業から撤退したり、倒産したりという。こうした事態が続けば、日本の防衛技術体制も打撃を受けることになる。前原氏の3原則緩和による国際共同開発・生産への参加を唱えるのはこのためだ。大幅な防衛費増加が見込めない中、国内の防衛産業と技術基盤を維持し、育成する狙いがある」

 しかし、「狙い」はともかくとして、「武器3原則見直し」は、日本の防衛産業と商社が結びつけば、「死の商人」を大勢育成することになる。「PKOの武器使用緩和」からさらに突き進めば、自衛隊が他国軍やテロ、ゲリラとの本格的戦闘に発展し、ひいては国民の目の届きにくい海外の戦場で日本政府による文民統制も効かない「戦争」にかわり、「不拡大」と言いながら、大東亜戦争に突入した帝国陸海軍のような「いつかきた道」にはまり込んで行く危険が多分にある。

従って、日本はあくまでも「専守防衛」に徹すべきであり、米国のような軍産複合体国家に堕落すべきではない。


 軍産複合体はアイゼンハワー大統領が心配していたように「戦争」という「麻薬」なしでは生きていけない魔物だからである。今日の米国の苦悩は、膨大な戦費を要する戦争から足を洗えないところが、最大の元凶になっている。

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前田内閣官房参与続投、JBICは何処の国の機関?

2011年09月15日 | 国際・政治

先のシェールガスの記事でもJBICのことを書きましたが、このJBICの現役部長で菅政権で内閣官房参与となっていた、前田匡史氏が続投となっているようです。

平成2399日官房長官記者発表http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201109/9_a.html

抜粋:

次に、人事案件についてご報告いたします。

 本日9日付けで元駿河台大学学長で現在は同大学法務研究科教授の成田憲彦氏を内閣官房参与に任命することとし、先ほど総理より辞令を交付いたしましたので、ご報告いたします。

 成田氏は、国立国会図書館における勤務の後、日本政治論、比較政治学などを専門とする学者として、駿河台大学長を歴任されるなど、選挙・議会制度などの分野において、優れた見識を有しておられることから、政府・与党の政策調整の在り方及び選挙制度改革について、総理に対して、情報提供や助言をいただくこととしております。
 なお、現在任命されている稲森和夫内閣特別顧問については、引き続き内閣特別顧問として、国政全般について、大所高所からの指導・助言を行なっていただくこととしています。

 また、現在任命されている14名の内閣官房参与のうち、前田匡史参与、峰崎直樹参与、小林芳雄参与、中村祐輔参与の4名については、引き続き内閣官房参与として、それぞれの専門分野に関して、総理に対して助言等を行なっていただくこととし、他の10名の内閣官房参与については、ご本人からの申し出により、退任されることとなりました。

JBICに先進国向け融資、原発融資、輸入しないシェールガス融資、そしてグアム移転費融資を可能にし・・・そして一応モンゴルの大統領は否定しているけれど、(おそらく)モンゴルの放射性物質廃棄場について、メア氏と相談したりしていた前田氏が引き続き内閣官房参与となっていること-これについて、批判する声はないのか、と思います。

(次は武器輸出関連で融資をできるようにしたりするかも・・・。)

枝野経産相は、前田、メア氏の面談を批判していたので、米国に嫌われていて、最初から入閣するのを躊躇われたのでしょうか。

JBICは「国際協力銀行」ではなくて「米国協力銀行」のように思えます。

参考:『メア氏が首相官邸で面談した内閣参与』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110512

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