Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

"Matane"と"I am sorry."

2008年03月29日 | 異文化

「日本語で“Hi”ってなんて言うんですか? イタリア語なら“Ciao”を使いますが。」
イタリアのペンフレンドからの質問です。

「日本語で“Hi”は男性なら“やあ”という言葉がありますが、普通、私達が知り合いや友人を見かけたとき、“おはよう”、“こんにちは”、“こんばんは”を使うのが一般だと思います。

Ciao”は人と会ったときだけでなく別れるときにも使われるけど、私達は別れる時は“さようなら”、“ではまた”、“じゃ、また”、“またね”をよく使い、後ろ二つは親しい人同士で使います。」

質問に対し簡単に答えたものの、日本語にしろ何語にしろ、「これに対応するのはこれ」というように言い切れるものばかりではないので、説明にはいつも満足できません。

そういえば、日本びいきの外国人で“Matane(またね)”を手紙、文章の最後に使う人が増えている気がします。彼らは独学で日本語を学んだのでしょうか。そしてついでに言えば、(これはもしかしたら日本語をかじった、かじらないのは関係ないのかもしれませんが、)英語の文の最後をピリオドの代わりに“・・・”で終わらせる人もいます。

「またね」はいわゆる口語で、そして普通は友人同士で使う言葉です。口語は英語にもありますし、日本語に限らず『友達言葉』は他の国の言葉にもあるのですが、これを書き言葉でも使う外国人達は、深く考えず、単純に「“Good bye”“See you.”イコール“Matane”」として使っているのでしょう。

“・・・”については私も日本語の文では余韻を残したり疑問を感じるときは使いますが、ある程度年齢のいった外国人が英語の文のなかで“・・・”を頻繁に使うのを見ると、一体どこで習ったんだろうと考えてしまいます。(不思議とこれを使う人の手紙は“Matane”で結ばれていることが多いのです。)

言葉の勘違いといえば、ロンドンのホテルのレストランで、ウエートレスさんが何か持ってきてくれるたびに、“I am sorry.”と言っていた若い日本人男性がいました。彼は“I am sorry.”を「すみません(ありがとう)」の感覚で使っていたのでしょう。

日本語の「すみません」には“I am sorry.”“Excuse me.”“Pardon.”“Thank you.”の意味があると外国人の友人に教えたことがありますが、これをこのウエートレスさんが知っていたのか、こういうことに慣れていたのか、彼女は何かを運ぶたびに発せられる男性の“I am sorry.”に優しく微笑み返していました。

実のところ、これを見ていた周りの客にはクスクス笑う人もいましたが、彼の礼儀正さが伝わってきたので、ウエートレスさん同様皆暖かい気分で聞いていたと思います。 

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旅行調整とホテル

2008年03月23日 | 旅行

デンマークのミアさんが急に中耳炎になったということで、日本への旅行の出発日が1週間ずれることになりました。結果、当初4月中旬に帰国する予定だった彼女の帰国が、4月の末になると言います。

飛行機のオープンチケットを使って来る彼女に、4月の末頃からゴールデンウィークを説明し、帰国便の座席を押さえておくことを勧めました。

さて、私の4月の旅行もほとんど固まってきました。

43日からパリに入り2泊し、5日の朝から列車でフランクフルトに向かい、そこからドイツ在住の友人(元同僚)一家が中部ドイツのアイゼナハに連れて行ってくれることになりました。パリにいる友人(こちらも元同僚)も休みが取れるようなら一緒にドイツ旅行に付き合ってくれるというので楽しみにしていますが、この辺はまだ未確定。

今回は飛行機のチケットも鉄道のチケットもスムーズに行ったのに、ホテル選びでしばし難航。パリのホテルはとにかく高いし、フランクフルトのホテルもメッセ期間ということで、普段より2から5倍くらいの値段に跳ね上がっています。

前回ドイツに行ったとき日本の旅行会社を通して予約したホテルは日本からのツアーでもよく使うところでしたが、部屋の匂いや汚さ等からチェックインの1時間後にはそこをキャンセルして他のホテルに移るくらいのところでした。

(私は水シャワーしかないホテルにも泊まったことがあるし、他にも居心地が良いとは言えないホテルはいくつか経験していますが、ホテルを変えたことはありません。)

そこがこの期間
15万円以上。全般的に高いパリのホテルでさえ、15万も出すのなら一応高級ホテルには泊まれます。

こんな値段でも、泊まるところがないよりマシだと、多くのビジネスマンが利用するのでしょう。別にメッセ期間にホテルの値段が跳ね上がるのはフランクフルトに限った話ではないのですが、なんだか先のホテルを見ているだけに、どうしても「ぼったくり」と思えてしまいます。

こんなこともあり、またドイツでの行先が決まっていなかったことから、今回は45日と6日の2泊を昨年泊まったフランクフルト近郊にあるプチホテルに予約しておきました。ここは175ユーロ。

ところが、アイゼナハに行くことになったので5日の1泊をキャンセルすることにしたら、「メッセ期間だから195ユーロになります。」と前回の予約のときの金額表示間違いを詫びるわけでもなく、そんな回答がきました。

ドイツの友人に「日本ならまず詫びが入るものなんだけど」と言うと、「ドイツ人は滅多に謝らない」との返事。

この後、6日の晩は本当にフランクフルト近郊に戻ってくるかわからないので先方のホテルに「何日までならキャンセル料は不要か?」とメールを打つと「11日前までなら無料」とのこと。通常のホテルなら宿泊の14日前までならキャンセル料がかからないと思うので、これもいくらメッセ期間とはいえ、「!?」と言う感じではありました。

このホテルは便も良いし、落ち着くので国の内外の人に勧めようと思っていたけど、こんなことがあるとその気も起こらなくなります。

せっかく良いものをもっていても、『傲慢さ』がそれを帳消しにしてしまうのはもったいないものです。

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楽しい偶然、感謝する偶然

2008年03月15日 | 生活・日常

「あなたは良いアドバイザーになれるから、あなたのメールアドレスをデンマークのペンフレンドに教えても構いませんか?」

デンマーク人のミアさんが日本にやって来るのももうすぐです。彼女が来ると決まったとき(1月末)、私は日本在住のドイツ人のペンフレンド、Rさんとフランスのペンフレンド、アリーヌさんに、ミアさんの相談相手となってほしいと頼みました。

忙しい身でありながらRさんはすぐミアさんにメールを送ってくれました。ところがアリーヌさんにはメールの不調から私の依頼メールが届いてなかったようで、それが発覚したのが先月終わり。届かなかったメールを再送した後、アリーヌさんからも暖かい返事が来ました。

「もちろん喜んで。私のメールアドレスを彼女に知らせてください。」

そしてその後に続く言葉に私は驚きました。

「しかしその前に気になることがあるのですが、私にもデンマークにミアという名前のペンフレンドがいます。そして彼女はもうじき日本に行くことになっています。ひょっとして同じ人物でしょうか?」

後でミアさんに確認したところ、私達が共にアリーヌさんの文通相手であることが確認できました。

時としてこういう偶然はあるものです。

たとえば、私がフランスの田舎町に行ったとき知り合った日本人男性が、その時机を並べて働いていた同僚の友人だったことや、夫の従兄弟と私の同期が親友同士だったというのもそうです。その他にもいくつか似たようなことがありました。

そしてまた、『思わぬ場所で知り合いに会う』というのも『偶然』と言って良いのでしょう。

初めての海外旅行でパリからロンドンを経由して帰国する際、ヒースロー空港で窮地(シャルル・ド・ゴール空港でのチェックインの手違いの為、ヒースロー空港でスーツケースをピックアップする必要が生じてしまっていました。ヒースロー空港に着いて年配の職員にこのことを相談すると、なんと彼は手招きしてカーテンの隅から私達を出してくれたのです。

お陰で私達は無事スーツケースを取り返せたのですが、その職員がいなくなってしまったので、どうやって元の場所にもどるかが問題になりました。なにしろ入国審査をしていない私達は密入国者となってしまっていたのですから。)に陥っているとき、後ろから私の名前を呼ぶ声がしました。

それは出張途中だった知り合い男性でした。彼も私も、海外で、しかも広い空港内で鉢合わせしたことにびっくり。ともかく、ここで出会えた彼が空港の係員に掛け合ってくれたお陰で、無事帰国することが出来たのです。『偶然』って、ありがたいものです。

そういえば、この時助けてくれた男性は、今パリで仕事をしているそうです。4月の旅行でもし会うことがあったら、この話をしてみようと思います。覚えているでしょうか。

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サマータイム制

2008年03月10日 | 社会(歴史・都市計画含む)

今、一部でサマータイム制を日本に導入させようという動きがあります。サマータイム制は省エネに繋がる、洞窟湖サミットまでに成立させようという狙いらしいですが、どうなるのでしょうか。

夏季に時計の針を一時間進めるサマータイム制は、すでに日本でも1948年から実施されましたが、1950年までの短い期間で終止符を打たれました。

また、サマータイム制が当然のようにずっと定着していたと思われている欧米の国々でも、実は実施されたり、廃止されたりの繰り返しがあったようです。

それにしても、サマータイム制については省エネ効果があるのかもしれませんが、緯度のそんなに高くない日本にどれだけ効果があるのでしょうか。また、その他のメリットもあるでしょうが、同じくらいデメリットもあります。

そのデメリットとしては、単純に「混乱する」「面倒だ」という点が大きいと思います。

3年前の秋にフィレンツェを旅行しましたが、まさに到着した日が夏時間の最終日。
この時一緒にでかけた従姉夫婦は翌朝早朝の列車でローマに向かう予定でした。

私は時間が変わることを従姉に説明しておいたにもかかわらず、翌朝少し寝過ごした従姉は私達の部屋に電話をかけてきて、「もう
7時。列車に間に合わない!」と大騒ぎ。「大丈夫。時間が切り替わったので、まだ6時だから。」そう伝えてもまだ信じません。

自分の信用がないことに苦笑しつつ、「信じられないなら、テレビをつけてみれば。」と彼女に告げると、やっと「あら、ホントだ。」という彼女の安堵の声が聞えてきました。

フィレンツェのときは、夏時間から冬時間の切り替わりで1時間余裕が持ててよかったのですが、冬時間と夏時間の切り替えのときは肝を冷やしたことがあります。

もう大分前ですが、友人達と夏のアメリカ行きパックツアーに参加したとき、旅行社が夏時間にきりかえるのを忘れ、何から何まで
1時間遅れで日程表に記載してしまったというミスをおかしました。その時は私達(参加者は私達だけ)早めに空港に着いていたので事なきを得ましたが、旅行会社の人はさぞ気を揉んだことでしょう。

それでも、家には電話は入るは、成田空港ではアナウンスを受けるは、の大騒ぎでした。

まあ、慣れないから「サマータイム制」に拒否反応を示してしまうということもあるでしょう。

ただ、私のペンフレンド、友人達(欧米人)にサマータイム制について質問をしたことがありますが、皆口をそろえて「サマータイム制なんかとっとと廃止して欲しい」と言っていました。緯度の高いフィンランドのペンフレンドでさえそうです。

「日本にサマータイムがなくてうらやましい。ドイツのお偉方が、日本人のように繊細な感性を持っているなら、サマータイムはなくなるのに・・」

ドイツの女友達はそんなことを言っていました。

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流れができたら『本音』で

2008年03月07日 | 環境・エネルギー

先月中旬以降、排出権取引について気になったことがありました。

まずは2月25日の日経新聞より-

『日本経団連の御手洗冨士夫会長は25日の記者会見で、ポスト京都議定書での扱いが焦点になっている排出権取引について「方式はともかく取引が世界のマジョリティーであるならそれを積極的に検討していく価値はある」と述べ、導入を妨げないとの考えを改めて示した。

温暖化ガスの排出総量でも「何らかの国別目標は持たざるを得ない」と話し、総量目標設定を容認する考えを示した。

御手洗会長は排出権取引について「一国として世界に主張するのか、(洞爺湖サミットの)議長国として自分の意見を言いながら全体をまとめていくのか。姿勢は違ってくる」と述べ、経済界としても反対ありきではない点を強調した。

ただ排出枠(キャップ)を企業に義務付ける欧州型キャップ&トレードそのものを容認するかについては「キャップの作り方等々は広い選択肢を持つべきだ」として慎重な構えを崩さなかった。』

御手洗会長は、企業の成長を妨げるという理由で排出権取引に対して今まで慎重な発言をしてきました。

彼が意見を変えた理由というのは「皆がやっているなら、僕もやろう」というのと同じで、いかにも日本的です。もちろん大きな圧力に耐え切れなくなって仕方なしに・・ということもあるでしょう。

そもそも一度流れが出来てしまうと反対を主張していても飲み込まれてしまうものです。これは残念ながら政治の世界に限りません。

私が「排出権取引」を胡散臭く感じるのは、その偽善性と、実体のないもので儲けようとする不健全さ故です。

偽善性については、実際メディアの論調が「環境を守るためにはこういうビジネスが必要なのだ。人間はお金が動かないとなかなか腰を上げない。たまたま副産物として、経済効果がある」といったものが主流なことでもわかります。

しかし先月の後半から、日本のメディアの一部にこの偽善性を脱ぎ捨て、「排出権取引で儲けよう」という本音も堂々と発表するようになったところが出てきたようです。それは西欧勢がサミットを前に”開国を迫る黒船のように押しかけてきている(東京新聞の記事の表現)”という現実もあるでしょう。

しかしそれ以前に、日本のメディアの意識の変化-「流れがもうほぼ完全に出来た」と判断した証拠でもあるでしょう。

それにしても、排出権取引でできる副産物がもう一つ。

今まで日本にとっては米国が一番絆の強い国でしたが、排出権取引を通して欧州勢と日本の関係がより強化されこの姿も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

ただ、米国が相手でも西欧が相手でも、振り回される役割だけでは情けないと思います。

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異国から見えるもの

2008年03月03日 | 旅行

4月の初めの欧州旅行は、息子がどうしても首を縦に振らなかったため、一人で行くことになりました。格安チケットのあき状態と自分のスケジュールの関係で、46日の短い日程です。

4月に来るデンマークのペンフレンドが日本に滞在する期間が3週間、うらやましくも感じますが、私の体力では、短い旅行をチョコマカするほうが荷物も少ないし、あっている気がします。

私が息子を海外旅行に連れ出したかった理由は、「一人旅は寂しいし不経済」「荷物運びに」ということもありますが、「Googleアースや映像ではない外国を感じて欲しい」「国外に身を置いて日本を考える」「外国で日本人がどのように見られているかを知って欲しい」ということもありました。

私が初めて行った外国はイギリスでした(25年前)。

アンカレッジ空港を経由してスコットランド上空を通過したのはまだ日が昇る前。道路燈の鈍いオレンジ色がネックレスのようにくねくね連なり、時々おもちゃのような可愛らしい家の窓に灯りだした明かりは黄色。蛍光灯の白い灯りに慣れていた私は、その時初めて外国に来たことを実感しました。

そして薄明かりに包まれた家の中で人々が、まるでおとぎの国の人々であるかのような錯覚を覚えたのです。

ロンドンのような大都市は、東京とそんなに変わるとは思えませんでしたが、その時一番不便に感じたのは、自動販売機がないこと、そして公衆電話が少ない上、壊れているものが多いということでした。

今は自動販売機を「資源の無駄」としか思えない私でも、当時の私には手軽に喉が渇いたときに飲み物を買える自動販売機は無くてはならないものでした。

また、(携帯電話のない時代でしたから)故障中の公衆電話ばかりあると言うのは困らないのか、よく苦情がでないものだ・・ふとそう思ったものです。

私と連れがロンドンの寂れた場所にあるマクドナルドで飲み物を注文しようとカウンターに行ったとき、店員は私達の注文をとりにきません。しかも後から白人女性がくると、そちらには挨拶をして、注文をとろうとします。

「彼女達が先に並んでいるではないですか」

後から来たその女性客はきっぱりした口調で店員を睨んで、私達に注文をするように促してくれました。

日本は単一民族なので、私達が日本にいて差別を受けることはありません。しかし、日本でも有色人種の外国人に対しては偏見、差別をする人はいます。そんな場面に遭遇したとき、この女性客のようにきっぱりものを言える日本人はいるのかどうか・・。

人種差別に関して言えば、これと先日のフランクフルトの空港の出来事だけで、(運が良いだけなのか)むしろ私が海外で出会った人のなかでは日本人に好意的な人の方が多いです。

とはいえ、”好意的“でも”差別的“でもない複雑なものも数回経験していて、それは海外(アジア、欧州)で出会った東アジア系の人々の視線、そしてふれあい。

これについてはまたいつか書こうと思いますが、とにかく「海外で日本人がどう見られているか」-先にあげた
3つの中で、これだけは肌で感じないとわからない。これを一番息子に体験して欲しいと思っています。

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