Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

NHK『一週間de資本論』の動画・反論者が使用したデータが入れ違っていた理由は

2017年10月14日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

2010年に放映されたNHK『一週間de資本論①〜④』を動画にアップしている人がいました。 

1週間で資本論 FC2 Video
https://www.youtube.com/watch?v=dAgzD3GQ0gw 

(この番組を、私はすべて観てなかったのでアップしてくださっている方に感謝。)

この番組の第四回目、実は出演していた田中直毅氏が番組上で使っている数字に疑問を抱き、私がNHKに問い合わせをしたものでした。 

NHK教育『一週間de資本論④』のPEWデータは間違い
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/24e9f1ed350f8917db1a57a46265ed6e 

NHK教育『一週間de資本論』のデータについて番組担当者からの説明
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/d41f9a8f0b19ba3346ed1c78569cb3d2
 

田中氏が番組で紹介した「国別-自由貿易を支持する人の割合」はPew Researchのデータとなっていたものの、パネルに書かれた数字ははPew Researchの「国別-貿易を支持する人の割合の表」の数値。

私の問い合わせに、NHKからは、 

「・・・確かに、ご指摘の通り、紹介されたのは、PEWリサーチの「Views on Trade」のデータです。これを、番組内では、出演者のT氏の訳に従い「自由貿易を支持するか?」という問いに対する調査結果としています。データ自体を取り違えていたわけではございません。・・・紛らわしい表現になってしまい、申し訳ございません。また、紹介すべきだったのは「Views of the Free Market」のデータだったのではないかという御意見、その通りだったかも知れません。その点は、私の力不足だったと思います。」 

と返事をもらったものの、「政策関係者がだれ一人、あの数字を疑問に思わないわけがなかろうに」と不思議に思ったものでした。 

この番組を観た方がブログに感想を書かれていましたが、 

ブロッギン・エッセイ自由への散策
https://ameblo.jp/e-konext/entry-10731247334.html 

第四回目については、 

「歴史と未来」というテーマだったと思うが,メインコメンテーターの的場昭弘氏と,ゲストの経済評論家の田中直毅氏との対論が中心だったのだが,田中直毅が資本主義や市場経済のもつ柔軟性やダイナミズムを主張して,マルクスの理論を否定するのに対して,マルクス研究では日本で第1人者でもある的場さんが有効な反論をできなかったところが,ある意味おもしろかった。

 経済不況の今日,資本主義の矛盾を暴いたマルクスをポジティブに見直そうというのが,番組の趣旨だったと思われるが,それが最終回でひっくり返って,マルクスを否定するような結果にしまった。あの最終回を観た視聴者なら,ほとんどの人がそういう印象を持ったと思う。第1~3回,というか第4回の前半までは,的場さんが『資本論』のエッセンスを素人に本当に分かりやすく解説して,視聴者も多くが「『資本論』って結構おもしろいな」という印象を持ったのではないか。それが最後の最後,4回目の放送の後半で大どんでん返しがあった。社会主義への可能性を完全にシャットアウトし,資本主義経済の懐の深さを視聴者に印象づける結果になってしまったのだ。

 もし番組プロデューサーがそこまで見越して,マルクスの限界を指摘する意図を込めて,この番組を作っていたとしたら,すごいプロデューサーだが,まずそんなことはないだろう。」

 と。 

NHKの方の返事に「力不足」という言葉があったことも併せて考えると、「あの時分に人興味を持つ人が増えていたマルクス-NHK内に単にマルクスをを持ち上げて落としたかった人がいたとか、この番組を知って不満に思った人が、田中氏(21世紀政策研究所理事長・2007年国際公共政策研究センター理事長)をゴリ押ししてきたとかではないか?」と思えてきます。

(動画はまだ全部見ていませんが、数字の訂正テロップは流していませんよね、きっと。)

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NHK「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」を皆に-支配するもの、支配されるもの

2017年09月19日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

NHK「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」-搾取する人達の存在を意識しなくなった現代人への危機感
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/51148760ca32e415c5449f73cdde8155

 で紹介した番組がYoutubeにアップされていました。 
(アップしている方は、この番組がお嫌いのようですが。)

NHK保管庫
戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946 NHKスペシャル 20170821
https://www.youtube.com/watch?v=TZewqL28u7A 

戦後から日本は大きく変わっていない(米国支配や広告代理店、新興宗教が力を持ったことを除けば、「明治時代」から変わっていないのかも。)―

政治家、大資本家、暴力団、宗教(宗教から派生した団体、勝共など)そして米国が日本を支配する構図。(政治家やそれに群がる人達のネットワークや権力は、その子供、孫に受け継がれています。) 

一人でも多くの人に観てほしいです。

参考: 

ウィキペディア
国際勝共連合
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%8B%9D%E5%85%B1%E9%80%A3%E5%90%88

(70年代後半から80年代にかけて東大に通っていた知人が、「(特に駒場キャンパスでは)勝共が暗躍していたな」と言っていました。
今は「暗躍」ではなくて、堂々と表舞台にでてくるようになった・・・。)

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美の巨人たちージョルジョ・モランディ・グリッツァーナのアトリエ

2017年09月16日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

エミリア・ロマーニャのグリッツァーナは、私にとって「心の故郷」のような村です。
イタリアの画家モランディは、夏のその村で絵を描き続けました。

よかったらどうぞ。 

美の巨人たち 瓶ばかり描き続けた20世紀最高の静物画家!モランディ『静物』
https://www.tv-tokyo.co.jp/program/detail/201709/14857_201709162200.html
 

2017年9月16日22時〜 

イタリア・ボローニャで生涯を過ごしたモランディは、ほんの少しずつ描き方を変えながら、50年の間、瓶ばかり描き続けました。作品『静物』も瓶などがただ置かれているだけ。なのに心が揺さぶられ不思議な感覚にとらわれるのです。一体なぜ?同じ時代、対照的に作風を頻繁に変えた画家ピカソの絵を「退屈」と評したモランディ。言葉の奥には、同じモチーフを描き続け、存在の有り様を突き詰めた作家の自負と誇りがありました。 

参考:

Hal Ishitaniさん

「モランディの肖像」(モランディのアトリエ訪問、2003年)
https://www.youtube.com/watch?v=CqUw6UNQoqk
 

モランディとモディリアニの共通点・モランディとファシスト党、そしてグリツァーナ
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/8551d7b5212e384a478564ac0500e8cf
 

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NHK朝ドラ『ひよっこ』と相撲の化粧まわし

2017年09月13日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

NHKの朝ドラ「ひよっこ」-始まりから2か月間の、奥茨城編、向島電機編までは、「感謝する人物がいっぱい」でした。 

NHK朝ドラ「ひよっこ」-“当たり前の存在を意識でき感謝する人物”がいっぱい
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/b3870c20af1e30d69195c90ec8c55783
 

それが、赤坂編になった途端、物語から「感謝する人物」が消え、ただ主人公みね子あげをするばかり。 

NHK朝ドラ「ひよっこ」-見習いコックさんが汁椀に茶碗を重ねた場面から感じたこと
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/f33a36eb8d245222a9995ab738f6b4f5

 そのおかげで、完全に、主人公みね子の性格が破綻 - いや、もう物語全体が程度の低い「漫画」に成り下がりました。 

(記事として書く気にもなりません。

このドラマは、最初に二か月と、三男役、三男の家族、時子の家族、みね子の妹と弟、次郎さん、乙女寮の女性たち以外、得るものはなかったかもしれません。) 

さて、「漫画」と言えば、最近酷く驚いたもの― 

私がTVで相撲を観るのは稀なので知らなかったのですが、先日息子が相撲を観ているときに気が付きました。 

力士の化粧まわしがとんでもないことに・・・

https://matome.naver.jp/odai/2143205359340679701

https://www.youtube.com/watch?v=n9-j7ucBSMM 

スポンサーには、「日本はすごい!」系の人もいるようですが、相撲ファンはこれをどうみているのでしょうか?
(力士は気に入っている人もいるでしょうが、恥ずかしく感じる人もいそう。) 

国技をここまで貶める国も珍しいでしょうね。 

NHK『朝ドラ』と『相撲』を一緒にできないとはいえ、それでも長年の伝統のような番組。

(海外にも配信され、昔の『おしん』などは今もアジアの国々の人々に影響を与えています。

『世界ナゼそこに?日本人』の脚色-ナヴォイ劇場の真実は 追記
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/19f42d3c414c5552de6646617c9b8209

) 

下品だったり(『まれ』『とと姉ちゃん』、陰湿だったり(『べっぴんさん』)、‟上げ底(最初だけよくて後はスカスカ-『ひよっこ』と『花子とアン』)”」のドラマを平気で作るようになったのなら、もうNHK『朝ドラ』という枠は無くした方が良いのではないかと思えてきます。

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『世界ナゼそこに?日本人』の脚色-ナヴォイ劇場の真実は 追記

2017年08月25日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

先日、 

『世界ナゼそこに?日本人』の脚色-ナヴォイ劇場の真実は
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/e7f5b39c8be830ce613b4ce18b79420c
 

を書きましたが、外交に関わる友人K氏、出張でウズベキスタンに行きナヴォイ劇場を訪問してある友人N氏にこの劇場のことを尋ねたところ、現地の人達のこの劇場建築に携わった日本人捕虜(彼らにしてみれば、「日本人捕虜」ではなく「日本人」)に対しての尊敬、強い感謝の念があること自体は本当のようだそうです。 

(劇場を0から作り上げられたかどうかはお二方ともご存じではありませんでした。) 

そして、ウズベキスタン大使を務めた中山恭子氏の尽力によりこの日本人たちのお墓が整備され、ウズベキスタン人によって守られているということ。 

なお、K氏は、 

「ウズベキスタン人には今も日本人というとNHKの『おしん』と重ねる人がいて、日本人捕虜たちは、まさしくそのイメージ通りだったからというのもあるのだろう。現代の日本人達の変わりようを観たら彼らも驚くだろうけど。」 

と付けくわえました。 

(ウズベキスタン人でも、若い世代などは「おしん」より「アニメ、アイドル、Jポップ」からのイメージが強いと思いますが、国のイメージって親などから譲り受けるのでしょうね。) 

ところで、日本を愛してくれているウズベキスタンもそうですが、中央アジアの国々、どれだけの日本人が興味を持っているでしょう。 

中央アジアの白地図を見せられても国名を埋められないだけでなく、国名さえ分からない人もいるでしょう(書いている私自身がそう。)。 

ついでなので、イクエさんとケンゾーさんのブログ「ふたりでふらり ゆるりとぐるり」のリンクを貼り付けておきます。 

タシケント・日本に帰国できなかった人達
http://futarifurari.blog.fc2.com/blog-entry-468.html 

(カテゴリー:ウズベキスタン)
http://futarifurari.blog.fc2.com/blog-category-56.html 

(カテゴリー:中央アジア
カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス。トルクメニスタンはなし。)
http://futarifurari.blog.fc2.com/blog-category-54.html
  

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Lena Parkの「Everything」とMISIAの「逢いたくて今」・ロバータ・フラックが歌った「やさしく歌って」

2017年08月22日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

以前、韓国系アメリカ人のリナ・パークの歌を紹介しました。 

韓国系アメリカ人シンガーLena Park
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/5e3664366b02701d526f4d9b1ca27e6a 

ふと、彼女の外の歌が聴きたくなって、見つけたものが、 

[Eng Sub]Lena Park - My Everything
https://www.youtube.com/watch?v=NGNGgDd8450
。 

この曲、日本のMISIAの歌の「逢いたくていま」に似ていませんか?

逢いたくていま
https://www.youtube.com/watch?v=MYo5alIaUOk

(ついでにいえば、MISIAには、「Everything」というタイトルの歌もあり。 

Everything
https://www.youtube.com/watch?v=aHIR33pOUv0&list=PLO_Izl0NIWvN0q-MmPvZCvIuJ8jtDbvDJ

 )

国が違う歌手の歌が似通ってしまうことはありますが、リナ・パークを知って好意的に思っていただけに、ちょっと残念な気がします。 

さて、こちらは、似てしまった歌ではなくて、無名の歌手のオリジナルソングを有名歌手が気に入って歌い、それが大ヒットしてしまったものです。 

ウィキペディア
やさしく歌って
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%8F%E6%AD%8C%E3%81%A3%E3%81%A6 

女性シンガーのロリ・リーバーマン(英語版)が、当時まだ無名だったドン・マクリーンが歌う"Empty Chairs"という曲をロサンゼルスのクラブで聴いて感銘を受け、"Killing Me Softly With His Blues"という詩を書いた。これを元に作詞家のギンベルと作曲家のフォックスが曲に仕上げた。

1972年8月にリリースされたリーバーマンのオリジナルはヒットしなかった。しかし、飛行機の機内BGMとして採用されていたこの曲をロバータ・フラックが偶然聴いて気に入って歌い、彼女のバージョンが大ヒットとなった。 

リリース後4週間で全米1位、1973年2月24日から4週連続でビルボード誌第1位を達成し、さらに3月31日にはもう一度1位になった。ビルボード誌1973年年間ランキングは第8位。これにより、フラックはグラミー賞で最優秀レコード、最優秀楽曲、最優秀女性ボーカルの3部門を受賞した。 

こちらがロバータ・フラックのもの

Killing Me Softly With His Song | Roberta Flack | Lyrics
https://www.youtube.com/watch?v=kgl-VRdXr7I

そして、ロリ・リバーマン
"Killing Me Softly with His Song" (1972) Lori Lieberman
https://www.youtube.com/watch?v=MGlGJp3IarQ 

(ついでに、ドン・マクリーンのものも- 

Empty Chair with Lyrics - Don McLean
https://www.youtube.com/watch?v=AwzHlyVRc9o

当時は著作権が曖昧だったからこういうことが起こったわけですが、オリジナルのロリ・リバーマンは複雑だったことでしょう。

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『世界ナゼそこに?日本人』の脚色-ナヴォイ劇場の真実は

2017年08月21日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

本日の『世界ナゼそこに?日本人』スペシャルより

ウズベキスタンのナヴォイ劇場
http://www.tv-tokyo.co.jp/yomu/travel/entry/2017/014521.html 

【ウズベキスタン共和国】

現在、大の親日国である、旧ソ連の国・ウズベキスタン共和国。ここに、約70年前、とある理由で来ることになった457人の日本人たちが成し遂げた"ある偉業"が称えられている。 

旧ソ連の4大劇場の一つである絢爛豪華な建物・ナボイ劇場に掲げられたプレート。現地の人は口々に「ナボイに命を救われた」と言い、日本への感謝の意を表す。ウズベキスタンと日本を繋ぐ橋渡し役にもなっているこの劇場、建設したのは457人の日本人なのだという。

「命を救われた」とはどういう意味なのか?建築のノウハウなど一切なかった日本人たちが、なぜウズベキスタン(当時シベリア)にまで来て、劇場の建築に携わることになったのか?

...これは、457人のほとんどの人が他界してしまった貢献者たちの中で、残る生き証人の男性92歳が語ってくれた、日本の誇り高き偉人たちの物語。 

終戦のいたずらにより捕虜として迷い込んでしまったシベリア抑留という地獄。差別・侮辱・罵倒・貧困・過酷な強制労働...。辛い・苦しいの一言では言い表せないほどの真っ暗闇な抑留生活。それを乗り越えられたのは、日本の誇る圧倒的な技術力、勤勉な国民性、一致団結の心、そして大和魂だった。現在では彼らは現地で捕虜と呼ばれることはない。むしろウズベキスタンを救った恩人として讃えられている。92歳生き証人が語る真実とは。 

(こちら、フジテレビの『奇跡体験アンビリーバボー』が放映したですが、こちらの方が脚色は少ないでしょう。

異国の地で咲く桜に宿る日本人の心
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/170420_2.html
) 

劇場を何もないところから日本人捕虜が作り上げたと?
また、番組ではリーダー格の男性と事故死した男性を同じ人物として扱っていますが、実際は違うようです。(『アンビリーバボー』では別々の人物として紹介。)

ウィキペディア
ナヴォイ劇場
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%82%A4%E5%8A%87%E5%A0%B4 

ナヴォイ劇場は、アレクセイ・シュチューセフが設計して1939~1942、1944~1947年に建設され、1947年11月にアリシェル・ナヴォイ生誕500周年を記念して初公開されている。劇場の収容観客数は1400人で、舞台の広さは540平方メートルである。 

ソ連は、レーニンによる政権樹立を行なった1917年11月の革命30周年にあたる1947年11月までにこの劇場を建設することを決定して建築を進めていた。しかし、第二次世界大戦が始まったため、土台と一部の壁、柱などがつくられた状態で工事が止まっていた。 

そのため大戦後、日本人捕虜を活用して革命30周年に間に合わせることを命題とし、建築に適した工兵457人の日本兵が強制的に派遣された。ソ連の捕虜になったのは合計60万人とも言われ、満州で捕虜となった日本兵はシベリアなどで森林伐採、道路・鉄道建設に従事しており、この劇場建設の任務は特殊業務であった。 

劇場建設の仕事は班ごとに別れて行われた。仕事内容は、土木作業、床工事と床張り、測量、高所作業(とび職)、レンガ積み(外壁作り)、電気工事、鉄筋と鉄骨組み立て、ウインチ、足場大工、大工に左官工事、板金、建物が出来上がった来たら電気配線工事、溶接、指物、壁などの彫刻など20種類くらいの職種ごとの班に別れて、効率的に作業をすすめた。日本人で死亡したのは、劇場建設の高所作業に従事していた者の転落事故と外出時に汽車に轢かれて死亡した2人。 

この2人はタシケント抑留日本人墓地(公営ヤッカサライ墓地)に当時死亡した日本人と共に埋葬されている。 

労働時間は規則正しく8時から12時、1時間の昼食をはさんで13時から17時までの8時間労働。休日は日曜、元日、メーデー、革命記念日。食料は1日一人当たりの配給量が決まっていたが、馬鈴薯は腐っている所が多いなど十分な量ではなかったが、3食規則正しく出された。 

1日1800から2200キロカロリー位の摂取量だった。ノルマの達成度合いによってパンの量に差をつけよとソ連から命令されたが、隊長を務めた永田行夫(当時25歳)の交渉により平等配分をソ連側に認めさせた。 

Wikipedia
Navoi Theater
https://en.wikipedia.org/wiki/Navoi_Theater 

Designed by Alexey Shchusev, the building of the theater was built in 1942-1947 and was opened to the public in November, 1947, celebrating the 500th anniversary of the birth of Alisher Navoi. During 1945-47, the Japanese prisoners of war participated in the building construction under forced labor 

こちらもご参考まで。 

ウズベキスタン初代日本大使、孫崎享氏
https://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11042932308.html 

捕虜の方々は実際にたいへんな思いをしたのは確かでしょうが、脚色して「日本人は凄い」と日本礼賛に使うのはちょっと違うような気がします。

(大地震でこの劇場が壊れなかったのは、日本人労働者とウズベキスタン他の労働者の真面目な働きぶりもありますが、何よりもアレクセイ・シュチューセフの設計が優れていたからなのではないでしょうか。ウズベキスタン人が日本人だけを『恩人』と思っているという番組を観ウズベキスタン人や関係者の子孫が見たらどう思うでしょう。)

何よりも彼らが捕虜になって外国で強制労働させられる原因を作ったのも、日本人でした。 

追記:

日本人捕虜の方々も最初は嫌々であっても、途中から、「歴史的に残る建造物を作っている」という誇りの様なものが沸いてきたからこそ、より丁寧な仕事をした、という面もあったのではないかと思えます。(それが「日本人として恥じない仕事をしよう」に繋がったとする方が自然。)

追記2:

8月25日の記事に続く

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NHK「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」-搾取する人達の存在を意識しなくなった現代人への危機感

2017年08月21日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

この夏、NHKは勇気ある番組を放映してくれています。
そのうち一本- 

NHK
戦後ゼロ年 東京ブラックホール
1945-1946
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170820

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586905/index.html 

(再放送:2017年8月23日(水) 午前0時10分(60分)) 

8月13日のNHKスペシャル「731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」では731部隊に関わった医療関係者の大御所が戦後も日本の医学界に君臨してきたこと(君臨してきていること)を淡々と述べ、今回の番組では、(一部の)軍人、政治家や大資本家が国民に対して詐欺まがいのことをしてきたこと(詐欺まがいのことをしてきていること)を半ドラマ方式で紹介しました。 

(一部の)政治家を含むエリート、資本家等特権階級が平民を搾取する―という構図は昔も今も変わらず、そして日本だけに限らないでしょう。 

戦前は、こうした搾取がわかって声を上げる人は悲惨な道をたどりました。 

今はこうした搾取する人達に対し「おかしい」と言えるはずなのに、メディア戦略によってか、「搾取する人達」に国民は気が付かなくなっています。

そうした国民を刺激する番組を作ってくれたNHKの番組制作者、関係者、そしてその番組を放映することを許可した経営陣にエールを送ります。 

関連:

NHKスペシャル「731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」-科学者が戦争を残酷化した面もあった
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/dafe28ad6d2dc38e4d156e6144baab4e 

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NHKスペシャル「731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」-科学者が戦争を残酷化した面もあった

2017年08月13日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

本日のNHKスペシャル- 

731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170813

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586959/index.html 

戦時中、旧満州で密かに細菌兵器を開発し実戦で使用した、731部隊。部隊が証拠を徹底的に隠滅、元隊員が固く口を閉ざしたため、その実像を知る手がかりは限られてきた。
今回NHKは、終戦直後、旧ソ連で行われたハバロフスク裁判の音声記録を発掘。20時間を越える記録では、部隊中枢メンバーが、国防や国益のためとして細菌兵器を開発した実態、そして旧満州で日本に反発していた中国や旧ソ連の人々を「死刑囚」とし、細菌兵器開発の「実験材料」として扱っていた実態を、克明に語っていた。

さらに、元隊員の資料や当時の学術界の膨大な記録からは、軍だけでなく学術界からも多くの研究者が部隊に参加していた実態が浮かび上がってきた。満州事変以降、学術界が軍と関係を深めていった過程、そして日本軍が旧満州で反発する人々を死刑にすることについて世論の支持が高まる中で「死刑囚」を研究に活用する動きが相次いでいた実態も明らかになってきた。

731部隊はどのようにして生まれ、そして医学者たちは、どう関与していったのか。数百点にのぼる資料をもとに、731部隊設立の謎に迫る。 

再放送が2017年8月17日午前1時から有りますので、ご覧になら慣れなかった方はどうぞ。

右翼の方々(医療関係者含む)、「ロシアの捏造」と騒いでいらっしゃる方もすでにいるようですが、「捏造」とする根拠を示してほしいものです。 

番組の最後の方で、「科学者が戦争を残虐化した面もあった」という言葉がでてきましたが、本当にそう思います。 

さて、731部隊については、私もいくつか書いていますが、 

Mさんにとっての731部隊
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/664217cefcd5b9166ef9ed446200e798 

福島とセラフィールドと731部隊
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/0393fe7a5e9781a9af9b664177b8d9a4) 

ある女性の戦争体験
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/e41d5c15c9e1391c218015c2aa4fc2da

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NHK朝ドラ「ひよっこ」-見習いコックさんが汁椀に茶碗を重ねた場面から感じたこと

2017年06月14日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

NHK朝ドラ「ひよっこ」は楽しみにしていたのですが、「奥茨城編」、「向島電機編」がよかっただけに、「すずふり亭」になってコメディ色(というより、「コント」のよう)が強くなりすぎて、ちょっと見続ける意欲が激減しています。 

先の二編は、脚本、演出だけでなく、ベテランはもちろん、まだ駆け出しの俳優さんたちも迫真に迫る演技を見せてくれていて、ついつい彼らが「演じている」のを忘れてしまうことも。 

すずふり亭編ではその脚本のせいもあるのですが、ベテランも駆け出し俳優の演技も、何か力が入りすぎているようで(奥茨城編と向島電機編に出演していたときは、そんなことがなかった。)、なんだか見ている方が疲れてしまう。 

唯一、すずふり亭の見習いコック前田秀俊を演じる若い俳優さんだけは、その役柄のせいもあって、奥茨城編や向島電機編の出演者たちと同じ色を出しているのではないか・・・そんなふうに思っています。 

ですが、今日はそんな彼についてもがっかりすることが。 

今日は、主人公みね子が初めて「すずふり亭」で仕事開始した日でしたが、その時の賄の食事(遅い朝食)のときのこと。 

その場面で、井の一番に食事を終えた秀俊、ご飯茶碗と汁椀を持って厨房に向かうのですが、彼はお椀の上にお茶碗を重ねていました。 

実際、お椀の方が一まわり大きそうだったので、そうしたくなるのはわからないでもないのですが、ちょっと驚いて、「せっかく包丁さばきも練習しただろう彼が、塗りの漆器に陶器のお茶碗をいれてしまうなんて・・。」と、残念に思いました。 

(次に食べ終わった先輩コック役の俳優さんは、両手で別々にお茶碗とお椀を持って厨房に向かいました。) 

まあ、若い彼が陶器を漆器の上に重ねると傷がつくかもしれない(御椀にお茶碗がはまって、とれなくなることもあるよう。)ということまではわからなかったとしても、周りの人間に「コック見習いがそれをしてはおかしい」と気が付いた人はいなかったのでしょうか。
気が付いても、「映画じゃないからいちいち撮りなおしはしない」ということだったのかもしれませんんが、この場面にこのドラマが雑になってきている表れなのではないか、と思えてしまいます。 

(また、「働きもので家の手伝いをよくしていたみね子」がおせち料理の味付けがわからないとか、ジャガイモ皮むきをさっさとできない(ピューラーに慣れていないだけ?)場面などもそうですが、演出だけでなく脚本自体も、何か舵をなくした船の様になっている気がします。)

ドラマは「少し辻褄が合わないことがあってもOK」、「内容が漫画チックでもOK」、「俳優にイケメンや旬な人がでればOK」と言う人も多いかもしれませんが、途中までは質の高かった「ひよっこ」の場合、このこの方向転換についていけない視聴者も少なくないのではないでしょうか。

追記:

奥茨城編、向島電機編の若者(主人公のみね子の髪型はNG)は、髪型、メイク、服装、「昭和」の臭いが漂っていましたが、すずふり亭編の若手は「平成の若者」のまま。
特にアパートの住人のOLを務める女優(本職ミュージシャン)の化粧、そのままいつものメイクのまま出てきていますが、昭和40年代にあのような濃いメイクをしているOLなどはいなかったのではないか・・・と違和感。
乙女寮の女優達のメイク担当は今はいないのか、それとも本人がメイクを拒否しているのか。
彼女のメイクは、「とと姉ちゃん」の大地真央のメイク(主人公の祖母役なのに、主人公の母親より濃いメイク)を思い出させます。
(スタッフが大地真央に何も言えなかったとしても仕方がないとは思いますが、彼女の場合は…何か文句を言えない事情あり?)

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TV東京『世界ナゼそこに?日本人』-「スウェーデンでは人体にマイクロチップ埋め込みが普通」という脚色

2017年05月02日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

昨日のTV東京『世界ナゼそこに?日本人』はスペシャル版で、コロンビアとスウェーデンの日本人女性を紹介。 

番組では、「スウェーデンでは、手にマイクロチップを埋め込んで、鍵を開けたり、買い物する一般人がいる国」というような導入部分がありました。
(ご丁寧に、ピアスの穴をあけるノリでマイクロチップを埋め込む若い女性を場面も挿入。) 

「マイクロチップを身体に埋め込む?犬猫じゃあるまいし。それにそのマイクロチップを国が管理するようになったら、おそろしい。本当にこれ、普及されているの?」 

と疑問をもって、このマイクロチップについて調べたところ、「このマイクロチップ埋め込みは実験段階、しかもマイクロチップ埋め込みをしているのは志願して実験材料となっている一部の人」ということがわかりました。 

Washington Post
Some Swedish workers are getting microchips implanted in their hands
https://www.washingtonpost.com/news/on-leadership/wp/2017/04/04/some-swedish-workers-are-getting-microchips-implanted-in-their-hands/?utm_term=.c8f091bc5a17 

How would you feel about having a microchip implanted in your hand to make things more convenient at work? 

In Sweden, some workers are actually volunteering to do just that, electing to have a chip the size of a grain of rice implanted in their bodies to help them unlock doors, operate printers, open storage lockers and even buy smoothies with the wave of their hand, according to an Associated Press report. Epicenter, a digital hub in Stockholm that houses more than 300 start-ups and innovation labs for larger companies, has made the implanted chip available to its workers and to member organizations in recent years. 

It's a biohacking experiment in simplicity that's been embraced by some early adopters associated with the center but represents a technological frontier sure to make others shudder. 

(後略) 

TV東京はこのことを知らないわけではないと思いますので、明らかに『脚色』していたわけですね。
本当、TVは鵜呑みにできません。
(※注:番組のスウェーデンでのマイクロチップ埋め込みの話は「脚色」とはいえ、ベルギーの会社などでも同様の実験は開始されているようであり、オーストラリアでは国民向けへの計画があるそう。
既に米国などでは兵士や犯罪者にマイクロチップを埋め込んでいるという話も。兵士の脳にマイクロチップを埋め込んで操作という計画もあるみたいですね。)

さて、この記事を見つけたあと、番組の導入部分の話も書いた上で、上記のワシントンポストをスウェーデン、アメリカ、イタリアの友人達に送り、感想を聞きました。
彼らの感想を要約すると、 

スウェーデン(アラサーAI&テクノロジー研究者): 

「僕の知り合いでマイクロチップを埋め込んでいる人はいないね。僕はこういう事には保守的な面があって、チップを埋め込む人はどうかしていると思うよ。

新しい開発は大歓迎だけど、この研究は、開発する側も、マイクロチップを埋め込む側もよく考えるべきだと思う。」 

アメリカ: 

「個人的には、マイクロチップ埋め込みなんて絶対したくないね。前にこのマイクロチップの話を友人達としたことがあるけど、これじゃペットや家畜だよ。」 

イタリア: 

「多分このテクノロジーは便利なんだと思うけど、マイクロチップの埋め込みは恐ろしいわ」

・・・ これが国籍を問わず、多くの人の反応でしょうか、ね。 

追記:

ところで、テクノロジーといえば、番組にでていたスウェーデン在住の日本人女性は外科医で、ダビンチというロボットを操作して手術をする方でした(彼女は成功率100%とのこと)。

番組ではこのダビンチでの手術場面も挿入していましたが、このロボットは現在日本でも使う病院があるとのこと。 

ウィキペディア
da Vinci (医療ロボット)
http://j-robo.or.jp/da-vinci/index.html 

このロボットの様な技術は素晴らしいとは思いますが、ただ、「不慣れな医師がこのロボット操作を使いこなすまでには、術失敗の患者がきっとでてくるだろう」とか、ロボット自体の欠点があることを、忘れてはいけないのではないかと思います。 

ウィキペディア抜粋: 

一方、手ごたえ等の触感を感知する機能が無いために、縫合糸の操作等の手加減が難しく糸を引き千切ってしまったり、縫合が不完全になってしまう可能性がある。アームが臓器や腹壁に接触していても、術者は手ごたえとして感知する事が出来ず、アームの圧迫によって膵損傷を合併して死亡した例が日本で報告されている。複雑な装置ゆえにトラブルも多く、広島大学の集計では約1/7の手術で、何らかのマイナーなメカニカルトラブルが発生していると報告されている。

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NHK朝ドラ「ひよっこ」-“当たり前の存在を意識でき感謝する人物”がいっぱい

2017年04月19日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

NHKあさドラの「ひよっこ」がとても良いです。 

人情、友情、思いやり、感謝の念。
そして、ジブリの「隣のトトロ」や「おもひでぽろぽろ」の実写版方思わせるその風景。
(おもひでぽろぽろの舞台自体は90年代ですが,まあ、農村の風景はそれ以前とあまり変わらないでしょう。) 

ドラマの世界がとても懐かしく、人物1人1人がとても愛おしく思えます。 

さて、上で「感謝の念」と書きましたが、、昨日たまたま年長の友人とメールで近況報告をして、そのことに触れました。 

「(前略) 

私の方は、先週の土曜日が義父の49日の法要でした。

もともと義父が年の離れた末っ子ということで、義父の親戚とは、結婚したてのころに親戚中に挨拶にいったのと、義父の姉やその配偶者の葬儀に行ったくらいしかなかったので年賀状の付き合いしかなかったのですが、今回義父が亡くなって改めて顔を合わせることになり、親戚の存在はありがたいな、と思いました。 

(義母方の親戚は私自身が血族の様な感じで甘えられる存在だったので、こちらはもうずっとありがたく感じていましたが、義父の親戚は、主人や義弟も子供の頃からあまり行かなかったらしいので、ちょっと遠い存在でした。) 

今回はこうして親戚の存在を改めてありがたく思ったわけですが、父や身近な人が亡くなるのを経験するようになった40半ばを過ぎたあたりから、友人達、元上司、元同僚等に対しても改めてその存在をありがたく思うことが増えました。 

(友人、上司、同僚などにはもちろん若い頃からしてもらっていたこと、きたことに感謝はすれど、「その存在をありがたく思う」としみじみ思うことはなかったのではないか…と思います。) 

つまり、“今まで空気のように当たり前な存在に感じていた人(プラス「物」&「事」)”を意識するようになる…これは多分、○○さんも同じなのではないでしょうか? 

老化現象や、身近な人を亡くしたり、と、年齢を重ねることではあまりうれしくないことは多いですが、「感謝」については、良い変化だと思っています。
(とりあえず、今自分や家族が「健康」という事にも感謝、ですよね。)

(後略)」 

と書きました。 

私が「当たり前と思っていた存在」自体に対して気が付き感謝するようになるのは人生の半分以上を経過してからのことでしたが、この「ひよっこ」の人達は、小さな子供であってもそれができているようです。 

ひよっこの脚本を書いている岡田惠和氏は1959年生まれ。彼もきっと、「当たり前の存在を意識できて感謝する人」なのではないか、と思います。

それにしても、このドラマ、脚本だけでなく、キャストもスタッフが一団となってよい仕事をしていますね。 

ご覧になっていない方も、今からでも遅くないです、是非どうぞ。

NHK
ひよっこ 
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/ 

追記:

NHKの朝ドラは「花子とアン」以降チェックしだしましたが、特に「まれ」「とと姉ちゃん」「べっぴんさん」には“感謝する気持ち”が欠落している登場人物が多かったのでは、と思いました。(私はこの3作品と「マッサン」は挫折して、観ることがあっても“ながら観”をするだけになってしまいました。)

対象的に「あさが来た」と、朝ドラではないですがTBS「天皇の料理番」などは、“感謝の気持ち”があふれていた―そういう点も、魅力につながったのではないでしょうか。

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西武鉄道のマナーポスターと70&80年代の営団地下鉄のマナーポスター

2017年04月04日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

アメリカのティムさんが、 

「マナーポスター :西武鉄道Webサイト
https://www.seiburailway.jp/ fan/manner/ 

We have similar ads on the subway in NYC.  Of course I enjoy the anime ones in Japan, but I thought this one is also quite clever!」 

と書いてきたので、 

「確かに、西武は洗練されたポスターを作ったようね。
80年代の地下鉄のマナーポスターのものにも、似たようなテイストのマナーポスターがあったわ。 

http://dailynewsagency.com/ 2011/09/18/tokyo-subway- manner-posters-1976-1982/」 

と、70年代、80年代の営団地下鉄(現東京メトロ)のマナーポスターを紹介しているリンクを送り返しました。

(上のリンクには載っていませんが、私は、バッキンガム宮殿の衛兵がガムを踏んだ足を持ち上げている絵があった、「罰金ガム(バッキンバムに引っ掛けている)」というポスターのが好きでした。)

今どきは胸が大きいロリコンアニメの女の子のポスターが当たり前になっているので、西武鉄道のようなポスターの登場はうれしいですね。 

皆様も、西武鉄道のもの、7、80年代のもの、リンクからご覧ください。 

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米国の成り立ち-“Soldier Blue” by Buffy Saint Marie

2017年02月01日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

アメリカインディアンやエスキモーから土地を奪った米国人は、除けば、米国人すべて移民、もしくは奴隷として強制的につれてこられた人達だったのですよね。

ウィキペディア
サンドクリークの虐殺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AE%E8%99%90%E6%AE%BA 

米国がどうやって出来上がったのか-現代の米国人には昔の責任はないでしょうが、米国は今一度、歴史を学びなおす必要がありますね。 (ナチスの罪以上では?)

こちら、サンドクリークの虐殺を元に作られた、1970年のアメリカ映画『ソルジャーブルー』から、バフィ・セント・メリーの歌を。 

Buffy Saint Marie - Soldier Blue
https://www.youtube.com/watch?v=LlrOaJFf6tg

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スティングとグードルン・パウゼンヴァングからの“贈り物”

2017年01月17日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

先日、NHKにスティングが出演していましたが、政治や人権に関する歌を作っている彼に対し、インタビュアーが、

「あなたはロックで世界を変えられると思うか?」
というような質問をしていました。 

それに対しスティングは、

「1人では変えることはできない。でも、もし僕がこうした歌(政治、人権問題提議)を歌って、それを聴いた誰かが政治家や国際機関で働くようになった人が現れて・・・というようなことになったら、「ロックが(少しでも)世界を変えた」と言えるのではないかと思う。」 

と答えました。 

うん、やはり彼はカッコいい! ―才能あるロックスターとしてだけでなく。

”We'll be watching you (”Every Breath You Take”の替え歌より)
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/2873f99b080476bcf47d4a92c853de02
 

スティングと『Russians』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/ce87d2f3d5e61daa858912510531d6f8 

私は彼のいうことは、言い換えれば、 

「どんなに自分を好いてくれている人達であっても、その歌を聞いて共鳴してくれる人は一部分、そしてそれを考える人はまたそのうちの一部分、そして、それをなんとかしてくれようとしている人達はもしかしたらいないかもしれない。でも、それでもする意義がある。」 

なのだと思います。 

さて、スティングの話と脈絡もなくですが、私が最近よく思い出す本について書いたブログ記事も貼り付けられてもらいます。 

『そこに僕らは居合わせた』 by グードルン・パウゼヴァング
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/667e3626e156183daea7f4b0e71c09ad
 

(前略) 

この本には、ナチス政権下のドイツで、ごく普通のドイツ人たちがしてきたこと、それをなかったことのようにしてきた人たちのことを、(ほとんどが子どもの目を通して)書かれています。 

(中略) 

さて、このなかの一編に『潔白証明書』という話があります。

『潔白証明書』とは、言ってしまえば、ナチスに協力した人たちが、「実は自分たちがナチスに協力したのは不本意だった。ユダヤ人はじめ、彼らに同情的だった。」という証明書のようなものでしょうか。 

これがないと、仕事に復帰することもままなりませんでした。 

このお話に出てくるのは、家族ぐるみで仲良くしていた、娘が親友同士のドイツ人一家とユダヤ人一家。 

ヒトラーに心酔したドイツ人の両親は親ナチスで、母親は国家社会主義女性同盟の地区団長となり、この友人であるユダヤ人一家を密告する等こそしなかったものの、この一家に対して差別的態度を取るようになります。 

しかし、娘は相変わらずユダヤ人の女の子と親友同士。 

そして、ついにこのユダヤ人一家がアメリカに亡命をすることになりますが、これを聞きつけた母親はほっとした顔をします。

そして「今後何が起こるかわからないから」と言いながら、ユダヤ人家族の引越しのお手伝いにいきます。 

手伝いに来たドイツ人の母親に戸惑うユダヤ人一家とドイツ人の娘。

そして戦後-ドイツ人一家の父親も、アメリカに渡ったユダヤ人一家の父親も、戦死をします。 

元ナチス協力者として職につけないドイツ人の母親は、アメリカから娘に届いたユダヤ人の女の子の手紙の住所を盗み見て、ユダヤ人の母親に手紙を送り、「私はあなた方に親切だったわよね」と、『潔白証明書』の協力を頼みます。 

家に帰って、自分の母親がユダヤ人の母親に宛てた手紙の控えを見つけた娘は、母親の元を去ります。 

ドイツ人の母親は、アメリカのユダヤ人の母親から『潔白証明』をしてもらうことができましたが、出て行った娘を追いかけることもしませんでした。 

(後略) 

みすず書房
そこに僕らは居合わせた (訳:高田ゆみ子)
http://www.msz.co.jp/book/detail/07700.html
) 

このドイツ人の作家、グードルン・パウゼヴァングは、元ナチス信望していた少女でした。 

その彼女がこうした本を書いたことは、彼女自身にとって辛く、そして身近なものでは快く思わなかった人もいたのではないかと思います。それでも書いた、書かずにいられなかったのは、彼女が「人間の弱さ(狡さ)を描くことで、それを読んだ若者が、「ずるい大人にならないようにするだろう。本当わずかな人であっても。」と期待したからだと思うのです。 

スティングとグードルン・パウゼンヴァング-「大スターと一人戦前生まれの作家」、「ロックと青少年向けの本」と、全く共通点がないのですが、二人共、次の世代にロックや歌という形をとりながら、別のプレゼントを送り続けてくれているようです。 

(ま、スティングの一部の歌もグードルン・パウゼンヴァングの本も、すでに短編の中の「ドイツ人の母親」になってしまっている人達が聴いたり読んだりしても、それが彼らに響くことはないでしょう。)

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