どこまで行けるか80歳

崖から突き落とし。這い上がれるのか

老いるむつかしさ

2018年11月27日 | 楽しい後期高齢生活のために
ある会場で隣に座った老婦人がいきなり「おいくつですか」と話しかけてきた。

前振りなしのいきなりだったので絶句。

いくら老いていてもここまで唐突に人に年をたずねるものだろうか。

悪気などまったくない顔である。年を隠すつもりはないにしろ、不愉快である。

「こたえなければいけないですか」と問うた。

すると彼女はちょっと得意げに「私は84歳です」という。

はあ、とあっけにとられる。日ごろ「お若い」といわれているのだろう。

それがうれしいのだろう。

そして知らない人に声をかけてお若いと言ってほしいと思うようになったのだろうか。

得意でもあり。誇りかもしれない。が、同年代から見ればちょっと違うんじゃないか。

今頃の老人は腹が立つほど「お若い」お若いというより幼稚かもしれない。

老婦人はさらに反対横に座った若い女性に「私84歳ですの」と話しかけた。

若い女性は一瞬間をおいてにこやかに言った。「まあ、お若いですねえ」

老化って、こんなに無残なのか。反省しよう。

日ごろなにげなく80歳だ、ハチジュウだとあちこちに言い歩いているが、人が見たら

なんでや、とおもうだろう。聞いて、「おわかいですね」と言言わなければと思うかもしれない。

そういえば最近、お若いといわれたかも。

若者から見れば80だろうが90だろうが、どっちでもおなじだ。

やれやれ年を取るのがこんなにヤヤコシイとは思わなかった。



服をすてる厄介さ

2018年11月22日 | 楽しい後期高齢生活のために
服を捨てるのは難物であった。

どう難物であったかというと、一つには老いてもう似合っていない服に執着するという問題であった。

が、さすがにそれはわかる。わかる以外に道がなくなっている。

2番の問題はけち根性。もったいない根性である。

古い服を作り直そうという根性がじゃまをする。

悪いことに私の今の趣味が、ソーイング。

物を作り直し、新しく生まれ変わる物を見るのが楽しくなってきた。

こういう趣味は、昔はなかったのだが、これも老いの印かなあ。

どっちにしろ服はすてるしかない。

今はレンタルを使っていて、新しく服が増えるという悩みは減っている。

これでいいのだ。成功を祈る。



本を捨てる

2018年11月16日 | 楽しい後期高齢生活のために
最後の整理にあたりまず、本をすてることにした。

鉄腕アトム、火の鳥、リボンの騎士、あんみつ姫……。

よくも今まで頑張ってきた。

坂田靖子、玖保キリコ、長谷川町子!いや、サザエさんだけはなんとかしたい。

今しばらく、しばらく。

パワーオブ10、ルネ・マグリット、キャパ、中原純一、……きりがない。

棺桶にでも入れてほしかったが、あきらめよう。

って、これらをそれほど頻繁に見ていたかというと、見てない。

が、押し入れの奥にそれらがこっちを向いているというだけでよかった。

安心していた。では、それらが押し入れにもうないとわかれば私はやっていけないのだろうか。

親や友はどんなに惜しんでも逝ってしまった。どうすることもできなかったではないか。

それらを失っても私はやってきたんだもの、行けるハズである。

本である。たかが本で。しかもみなどおちゅうこともない、本なんだよね。

エイっ!

困っても助けは来ません。

2018年11月12日 | 成年後見人的立場
自分も老い、障碍者のある家族も老いる中で、自分の身を守ろうとしたら。

どこにも出口はなかったという話。

一緒にいれば共にたおれる。ここで分離するのがいいというアドバイスで話を進めてみたら。

まず、もう遅かったというどうしようもない条件でアウトだった。

若いならそういう自立制度はある。けれど、すでに老いているものは障碍者枠には入れられない。

障碍者も老いると介護保険枠にはいるのである。

どっちでもいいけれど、移ってみたら世界がちがっている。

どっちがいいというわけでもないだろうが、老人枠はどんどん締め付けられている。

介護に疲れて云々という事件はおおい。

そういうニュースの時に、流れる近所のコメント。

「誰かに相談すればよかったのに」

その人たちはあちこちに相談したと思う。

そして。周りもいろいろやっただろうが。

助けるシステムはもう、無くなっていたというのが実態のようだ。

助けは来ないと知って、遭難者はあきらめる。

自然災害だけが遭難ではない時代になってきたじゃん。


買い物疲労の原因

2018年11月05日 | 楽しい後期高齢生活のために
冷蔵庫、パソコン、エアコン、洗濯機、ベット、カーペット、布団など今年は家具など買い替えの年になってしまった。

ベットを買うときに耐用年5年という文字をみて、考えた。さーどうする。5年でいいのか。

女は100までとは言われても、しょせんは昭和生まれである。

100歳までと言われているのは昭和も後の生まれの人のことで、戦前生まれが対象ではなかろう。

で、5年から10年という微妙な持ちぐあいの商品に決める。人間も似たようなものだ。

100歳だとかいわれつつ、そこまで行く人はそうあるまいが。

それにしても買い物は疲れる。どこに行ってもポイントというのがついてくる。

入会しても大したお得でもないくせに煩わしい。

かといって、今回のように一挙に買い物をすると、ポイントで結構な買い物ができてしまう。

やだなあ、どうしてまっとうな値段で買い物ができないんだろう。

駆け引きは元気なら楽しいが、元気も時間もないものにはうっとうしい。

商品もピンからキリまであるのが疲れる。選択肢が多すぎるんだ。

この先筋だけでは不足よ。

2018年11月01日 | 楽しい後期高齢生活のために
貯金より貯筋などとしゃれていたつもりだが、そうはいかなくなってきた。

税金関係がどんどこ値上げになるそうな、物価も上がる。

巷の噂だが、単なるうわさでもあるまい。現にお金がどんどこへっていくもん。

筋肉のほうも減っていく。やむを得ず筋トレをはじめて1か月。

目標が自分の体重を自分で支えられる筋肉の量をつくる。ななかなか的を射た目標だ。

具体的にはバーベルを背負って腰膝の曲げ伸ばす、スクワットである。

加重ゼロキロで初めて現在10キロであるが、ここからが難物だろう。

最近では女は100まで生きなければならいそうだ。伸びるなあ。

それにくわえて物価も税金も伸びれば、支出のほうを縮めるしかない。

保険金も自己負担も増えまくるそうだから、介護自己負担金などに費やす金はない。

頼りは自前の筋肉。とりあえずがんばらにゃー。