目前の80

まだかもうか

妹は強くなっているのか

2016年07月30日 | 病を斜めから見る
妹、必死で自分の居場所、自分の出来ることを探している。

生きることに必死なのだと友人はいう。

が、わたしにはますますやりにくくなるいっぽ。

この妹の努力を私はどのあたり、いや、有無を言わず、今のレベルでうけいれるしかなさそうだ。

トイレのタオルを1回ごとに便器の後ろに捨てるという奇妙なクセ。

私の乱れかごへ自分の服を山積みにする神経。

いくら教えても、訂正しても覚えないものの定位置。

濯ぎというイミがわからないせんたく。

ルンバをそのまま走らせてやれない気短さ。

ジャムのついたスプーンをもとの引き出しにほうりこむ神経。

乱暴に扱われて、こわれる新しい家具。

注意という概念がなく、自己発想だけで行動しているらしい。

これってやっぱり病気か。病気である限りいつかは治るのか。

これとひきかえに妹は外出もしたがる。

こうして、ちょっとずつ妹は「良く」なっていっている。

家の中以外のところでならなんとか通用する人格がけいせいされたということなのだろうか。

私は不安だ。

マイ・ドクターの選び方

2016年07月29日 | 楽しい後期高齢生活のために
高齢発熱で考えた。よいマイドクターは大事。

 私のマイドクター、専門が肛門科とはしらなんだ。

 胃カメラを紹介されて出来た縁であった。

 チユウーブの扱いは肛門科が専門か。

 横断歩道は1回わたるが、家から歩いて3分。

 盆暮れの長期休暇を取る以外は、わりとよく働く。

 何でも診てくれる。

 私は体のこと、心のことすべてこの先生に報告する。年一回の検診もここでする。
 
 夜や、休みのときも一応先生へ直結の電話がある。

 往診時間を取っているところを診れば、必要に応じて来てくらるのだろう。

 いい、マイドクターだと思っている。

 一番いいのは、きらくに聞きたいこと、いいたいことを言える人物だと思うことでる。

 調子よすぎもせず、ふきげんでもなく。一般的ににこにこと説明は手早い。

 この医師を嫌がる友もいる。「何でも間でも診る」かららしいが、私はいいと思う。

 昔の町医者は重宝だった。

 この先生にたどり着くまでに、私はかなりあちこち場所変えをしている。

 近いが話しにくい。評判はいいが、こっちの言うことを余りきかない。

 説明がへた。威張っておる。いろいろ不満があって、やっと近所で収まった。

 いい先生といい関係にあると勝手に思っている。

ヒルね

2016年07月28日 | 楽しい後期高齢生活のために

ヒルねをする人が不思議だったわたし。

時間がもったいないなどと思っていた私。

だが、いつのまにか毎日30分ほど横になるようになっていた。

そしてきょう、ついに三時間ねた。おおすぎると思う。

が、とても幸せなじかんであったな。

横になって窓越しに空を見るとひさびさの青い夏空。初めて見る角度の青い夏のそら。

外は33度、暑い。午前中に郵便局やスーパー、図書館をまわって、頭の中まで汗をかく。

ヒルは市主催の学校給食試食で、満幅。子供の声の中で食べるのこ久しぶり。

帰ってシャワーを浴び、横になり、空を見ている。

昼ねって、贅沢、幸せ。お金もかからない、でも、そういう時間を持つ年になった自分。

ヒルねがもったいないという時は過ぎたらしい。

後期高齢となって、高熱が続く

2016年07月27日 | ほう、へーな話
年をとって熱を出すのはやばいことである。

体はいうこときかない。なにも細かいことは考えない。妹のことなんかどうでもいい。

ひたすらぼけーーっとしている。

食べたくない。水もいらない。歩くとそこらにぼんぼんぶつかる。

そのくせ、起き上がって生活一般の雑用をしようと頑張る。

なぜか。自分が病気であるという感覚がにぶって、わからないこらである。

わずかな仕事にやたらと時間がかかる。1日があ、という間。

これは、数年後のわが姿を実体験しているのではないかと思った。

さあ、どうする。これからは個人差で勝負となるだろう。

元気でいきいきのひともいる。よたよたで他人の世話になっているひともいるのだろう。

だが今まで私が見ていたのは元気なひとばかりだったのだ。

元気で外出するひと、テレビに写るひと。あれは稀びとなのだ。

あと数年とはいえまい。直ぐそこにある大きくて黒い穴。

これに私は今回落ちてしまったと考えよう。とりあえずは這い上がってきた。

が、つぎはそうはいかないぞ。助けが要るな。助けナシでは這い上がれないだろう。

介護保険か。あれはうるさい。なかなか役に立たない。へたをすると間にあわぬ。

しかたない、こつこつと自力を養う。つまり、準備だろう。地震の準備よりも、こっちのほうが

確立は高いし実務的だ。

考えよう。




陰陽師

2016年07月21日 | 楽しい後期高齢生活のために
まいばん平安の時代へワープするのが楽しみになっている。

1日がおわり、妹がねむり、私の時間になると灯りの下へ「陰陽師」をひろげる。

いくら読んでも面白さが少しも減っていかない。むしろのめりこんでいく。

日本に暗闇があった平安、人々が魔物やお化けと一緒に生きていて、恐れたり、頼りにしたり、時には利用して、なかなかファンタスティックだ。

清明と源博雅の生活の楽しみかたがまたいい。優雅で、たっぷりとした時の流れを十分に味わいながら生きている。

本当のあの時代がそんな甘いものではなかったかもしれないがそれでもみな、いきいきとしていたのではないか。

そうでもないか。食べるって、どの時代も大変なことだから。

幼い頃にあった闇の怖さ、深さ。無限だったなあ。なつかしい。

いまは偽物の闇や作り物のヨウカイ、お化けばかり。

みんなが良く知っているなあなあの妖魔ではない、本気で信じている平安の闇と妖魔と当時の人たちがいい。

出来たらもうちょっと博雅について、なり格好を紹介していただきたい。

私は雅弘ファンであります。


22年ぶりの高熱

2016年07月15日 | ほう、へーな話
で、私は考えを直すことにした。

これがもっと若くて回復もはやく、ダメージも少なければさらりとすんでしまうことだったのだろう。

だが、高齢の病気や怪我は、決定的である。

母は二度と自分の体を動かすことはなかった。父は自分の声を取り戻せなかった。

知人はいまだ夫に世話をしてもらっている。どうやら、かるいうつになっているという。

ある年齢の病気をなめたらあかんと思う。あとに来るものがおおきい。

で、私は、もう妹どころではなくなったということを、本人にしらせよう。

かといって、本人には何もかわることはない。いままでと同じはずだ。

妹の訴えは医師へ。妹の援助はいやなら自立でいってもらう。

同じ屋根の下に居ても互いが病や老いをかかえると、そう助け合いはできまい。

立てないものが立てないものをどう立たせる。しかも片方は頑なに援助をきらう。

一方がそれをうけとめたら、負担の多いほうが負ける。

わたしの負担がいままでより増えないために、やることをこれからわたし、勉強しよう。

いい方法がきっとある。

二年目の夏  

2016年07月13日 | 成年後見人的立場
妹が公的支援を外れた。本人がどうしても受けいれられなかった。しかたがないことだ。

「医師はこの先のことを、どういう風に考えているの」

と、今までお世話になっていた相談員さんがいった。

そうだ、今までそんなこと誰も発言しなかった。

作業所はそそくさと手続きをし、先のことなど眼中になかった。

そうか、ここをはなれれば、こちらから相談に行かない限り、誰にどう相談するかはこちらで決めることである。

医療って、生活や心などにかかわっていられないのだろうか。

薬を与え、本人が嫌がれば治療の一端であってもやめさせ、その代わりの計画はないのだろうか。

通院してこなくなれば個人の問題で、責任はないのか。


そういえば私は7月にはいって体調がよくなかった。

暑さのせい。年のせい。心配ごとが重なったせい。ストレスのせい。

勝手にいっぱい考えて、寒気とだるさと、しんどさを引きずって家事をこなした。

妹の退会手続き、知人へのお中元、なんだかんだ、まともに物を考えないで12日目をむかえた。

あまりのしんどさにやっと熱を測ったら、39度あった。

77歳で夏の暑さに肺炎である。何でこうなる。

単に私は鈍いだけか。何のためにこんなに強いのだ。おろかなのか。何に縛られているのだ。

突然むなしく悲しくなった。

私はこんな老後のために生きてきたのではない。

妹を……保護している。養っている。責任を引き受けている。介護している。どれも今はなじまない。

妹は何も感じていない。いや。不満や不安はおおいに感じているだろうが、感謝や私への思いやりはない。

病気だから仕方がないが、むなしい。

私は自分が80になったときを甘くみていすぎていた。

妹がこんなに豹変すると2年前は思わなかった。

私が弱っていくとはどういうことなのか、測れて居ない。

このままでは私が考えていた幸せな80代はむりだろう。

妹は良くならない。老化がくわわり、ますます手におえなくなるのに援助をいやがる。

私はこの肺炎でガタンと体が落ち込むだろう。いままでとは同じにはならない。

それが老いの本性だ。

私は自費で私自身への援助をたのもう。妹はそれも嫌がるだろう。

妹が嫌がっても無視する時がきた。妹にはそろそろ、嫌なこともうけいれさせよう。

私がすっかり弱りきってしまう前に、「快適な80歳」のために準備をせよとの肺炎であった。まだ直っていないが。




なんきん玉スダレ

2016年07月06日 | ほう、へーな話
プロ仕様のたまスダレを買った。

袋をあけると妹がめずらしそうに寄ってきた。

2日間これをいじるまくる。のばしたり、縮めたり。

3日目にはあきたのかもう手にとらないが、これでまだ何かへの好奇心はあることが判明。

私の興味で買ったものだが、一時でも妹が今までにないものに興味を持ったことは救いだった。

おとなの塗り絵、人形つくり、レース編み、毛糸編み。

家の中でできそうな、一人でも楽しめそうなものを片端から用意したが、すぐごみとなる。

契約していた作業所をやめることにすた。

行かないところに迷惑をかけるのはこっちもしんどい。

医師も反対しないし、作業所でもこまっていただろう。

こうして妹の周りはますますせまくなってゆく。

まだ六〇代で、このさきどうなるのか。ほぼ、認知、アルツハイマーと変わらない。

そのつもりで看取るべきなのか。

今日までは「いつかはよくなる」という希望にふりまわされていた。

今日からは「どうせよくなりはしない」とやけになって投げ出すのか。

投げるにしろ、逃げるにしろ行き場所はない。

ちょっとあぶない瞬間がひとつずつつみかさなってゆく。

それでも私は自分を壊したくない。

こわれるなら、そっちだけにしてほしい。

妹も助かりたいなら、自分の力で逃げ出してほしい。

助けは全部ではない。一部分だ。

やじうま

2016年07月03日 | ほう、へーな話
エスカレーターで上がると上の階の床に二人の警官が一人の男を押さえ込んでいるところに出た。

目の前である。必死で抵抗する容疑者と必死で抑え込む警官。

容疑者は日に焼けた太い腕だけがみえている。一方押さえ込んでいる若い警官の腕の白く細いこと。

1対2で容疑者を確保?できず苦労している。

手錠をかけるよゆうもなく、援護を求めるゆとりもない。必死、手いいっぱい。

やっと固定できると容疑者が「いたい」とわめく。

すると警官が手を緩めるらしく、形勢を逆転されてしまう。同じことを繰り返すがらちがあかない。

押さえ込まれている人のことはわからない。凶器をもっているのか。

警官が負ければ、周りに居る野次馬にその凶器をむけるおそれがあるもか。

事情はわからないが起き上がり子供を抱え込まれたら警官は分が悪いだろう。

では、痛いといっても手を緩めなければどうなんだ。

新聞でみたが、逮捕のさいに警官が圧迫して容疑者が圧死したという記事。

警官たちは周りの市民も守らないといけないし、容疑者も守らないのだろう。

今みるかぎり、警官の部は悪そうだ。

なぜ容疑者は無駄な抵抗をしているのか。なぜ警官は力で抑え込んでいるのか。

事情はなにもわからない。いつまでも見ているわけにもいかず、現場をはなれた。

容疑者有利にでもなれば、周りの者は危ないのに、人は無防備に近づいていく。

野次馬が一番むせきにん。