目前の80

まだかもうか

頑張った結果が欝か神さまよ(毎日新聞投稿者)

2016年06月30日 | 病を斜めから見る
作者のしゃれなのはわかる。読んでぎくりとし、そして、違うやろともおもう。

妹は頑張ったのだろう。それはわかる。そして、その結果欝になったのかもしれない。

なる人も居るしならない人も居る。なる人が弱いのでもなく、ならないひとが頑張っていないわけでもあるまい。

すべての病にいえること、いちいち神にやつあたりでもないとおもう。

が、欝と戦う姿を見ていると、横のものは、やはり神にでも八つ当たりしないことには気持ちの持って行き所がない。

つゆはとくにうっとおしい。

 はじめはかわいそうにとおもい、何とか早く良くしてやりたいと思う。

二年たつとそうは言っていられなくなる。うかうかすると私が取り込まれそうになる。

つまり、私も欝になりそうになる。

 そのときにいうのではないだろうか「頑張った結果が欝か周りまで」

成年後見人1年目の報告準備

2016年06月28日 | 成年後見人的立場
妹の成年後見人として、一年が経過した。

7月にはいると家庭裁判所に報告を出す。

妹が使ったお金の詳細記録とその領収証、銀行の出し入れの記録。

手続き時に決めた妹の財産の加減状態を示せるもの。

大体こんな所でいいのだろうか。

後見人の役割は、当人の財産を減らさないことが第一らしい。

もともと妹に財産はない。

だから入る年金をどう使ったか、ムダはしていないかとしらべるらしい。

つまり収入に見合った生活をしているのかと言うことだろう。

妹には意欲と言うものがない。したがって衣服や美容など一切に出費はない。

何か楽しみを創ってやりたいが興味もない。

すると生活すべては私が支払うので、徐々に妹の貯金通帳にお金がたまりだした。

なんかフクザツな気持ちになってゆく。いいけど。

書類をまとめるのはニガテな私。

コピーがみんな曲がっているのだが、ああいう所はこういう事にうるさいのではなかろうか。

不安。



もう、妹をかわいそうと思わなくなっている私

2016年06月26日 | 病を斜めから見る
妹はまた家出をした。今度はどこからも便りはない。

それはそうだろう。前回はねまきだったし、ドウする事もデきなかった。

が、今度はきちんと服を着ているし、まえと同じところには生けない。

財布を持っていないところから喫茶店などにもいけまい。

時間はすぎ、ケータイは切ったままだが、持っていいるらしい。

4時間待つ。だんだん腹が立ってきた。

こうしたプレッシャーは私をいいほうには向かわせない。

短い間に2回目だ。仕方がない、心当たりに電話をする。

何回も電話をうけたひとと、今回は電話をしていない人に分かれた。

なんとなく妹がこのとき、と言う場で頼る人がわかる。

今度かかったら居るところを聞いて、家に帰るようにと伝言。

確か携帯電話は、場所がわかるのではなかったのか。

電源を切ればそれは無理か。ときどき開通したら、動きはわかるのかも。

それを知るにはケイタイの会社に聞くのか、警察なのか。

友人から連絡があった。

海にいるという。場所を聞き家に帰るようにと伝言をしてくれた。

朝の口争はい妹には「もうお前は出て行け」と聞こえたのだろう。

私ははっきりと、妹を疎んでいる。憎んでいる。

だから妹が傷ついても平気で居られる。

行くところのなくなった妹は、いつも海へ行く。

私は、鉄道には飛び込まないでほしいとおもっている。

そこまで私が妹を疎遠に思っていると、妹は気づいていない。





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落語のはしご

2016年06月24日 | 楽しい後期高齢生活のために
前夜聞いたハナシを同じ噺家から翌日の昼に聞く。

場所が違い、客が違っていると、同じハナシも微妙に変わるのだな。

前夜の客は自分から笑いたがっている。

ハシが転ぶのも待てないでわらうという「うわーやりやすい」と最初の噺家が目をまるくした。

次の昼寄席では、せまいスペースにぎっちり人が詰まった上、入るまでにあちこちで小競り合いや

不満があったあとの空気で始まる。

昨夜「やりやすーい」といった噺家が出て、しばしその空気をどうとらえるかまよったのではないだろうか。


昨夜ほどリラックスムードのスタートではなく、適当にとばしてというか、ムダをはぶいて本題へはいっていったように感じる。

落語家のなにがむつかしいって、これでったのかも。

一人で客の求めをよみとり、笑える方向にリードする。

あせるときっとすべりだろうし、実際頭真っ白でなにもでないまま、高座で数分、同じせりふばかりをくり

かえし続けるという場面に出会ったこともある。

同じハナシを同じ噺家から二回聞いても受けるハナシはちょっと違うんだ。

そこんところがおもしろいかも。笑いの場所がちょっとかわった。


○脳をちやほやすると若返るって

2016年06月22日 | 楽しい後期高齢生活のために
おいしいものを食べるとか、好きなアイドルのおっかけとかするということだそうです。

これ、女性がとくいとするところですね。

反対にIT器具にはあまりたよらないで脳と手足を良い具合につかうほうがいいそうです。

手足が使えないのならともかくも、掃除せんたく、食器洗いみな機械まかせはまずいらしい。

脳はお休み状態ではいけないのです。

あと、笑えば脳は天国だそうな。寄席にいくとお年寄りが良く笑う。

いや、これは女性のほうで、おじいさんは決して笑いません。

どうしてなのか不思議です。何のためにお金払って寄席にきているのだろう。

心ではわらっているのか。それはダメだそうです。ウソでも声あおあげることがいいのだとか。

脳ってふしぎ。騙されたいのですね。

女性が長生きと言うのは笑うからかも。老いていてもハシが転んでも…状態です。

女性にかぎりハシ転びは人生に二回おとずれるのでしょうか。

あと、ひとり暮らしの人むけにお話ロボットというのが目覚しい進化をしているとか。

寄席で笑わない人には不向きかも。

わたし興味あります。パソコンやルンバとマジでけんかしているひとですから。

えー、なんのハナシでしたか。あ、脳を喜ばせるにはか。脳は結構贅沢者だ。




薬って、いいのか悪いのか

2016年06月20日 | 病を斜めから見る
妹は欝を治療する薬をまるまる二年飲んだ。

じょじょに分量をふやしつつ欝からの脱出をめざした。

このときは薬を神の使わせたもののように感じた。

薬を飲み始め、妹がゆっくりと感情をみせはじめたからだ。

すばらしいと思った。

ある程度まで来たところで今度は薬を減らしていった。

すると妹はまるで薬に操られるように欝とハイの間をめまぐるしく行き来し始めた。

その都度薬の量を調節し、調節にしたがって妹の症状も変わる。

今、妹は欝とハイの間をめまぐるしく行き来しているかに見える。

横で見ていて恐ろしい。薬は病気を治すのではないと思い始めた。

薬が病気を操っている。しかも非常に的確に操る。が、薬で病が治まるとは思えなくなった。

では、欝はどのようにして快方に向けるのが正しいのだろう。

根気良く長い長い目で欝が晴れてゆくのをまつだけという。

その間の周囲の愛情が大切と。たぶんそうなのだろう。

が、欝は簡単には晴れないようだ。この間に周りの環境や人の気持ちは変化する。

妹をささえている私は、日々心がゆれている。

欝という病を薬に頼るなという助言はある意味ただしいのかもしれない。

人はこんなときに、薬以外の別な安易で手っ取り早いものにすがるのは、わからないでもない。

それで楽になるなら、薬に頼ればいいとも言われる。

結局なにも出来ないかぎり薬にたよるしかないことはまちがいないのだが。


老いて体のどのパーツが一番大事だと思いますか

2016年06月17日 | ほう、へーな話
 心臓ですか。まあこれがなければ死んでいるわけなので、ハナシは別か。

 手足ですか。なくても元気に大活躍の方もおられますけど、われわれ凡人は無理かも。

 背骨ですか。 親が首の骨をやられて首から下が動かなくなった時にね、やっぱりこれは背骨がいちばんやと思いました。

腰ですか。背骨とにているげど、微妙にちがいますね。第一すでに痛い。毎日おうじょうしてます。

 眼ですか。黄斑なんとかという病気で失明!と宣言された時は、やっぱり眼がいちばんやとあせりました。

眼科の待合での会話として、足には車椅子があるけど、眼には何もないと患者同士が嘆いてましたが、最近はえらい手術ができるそうな。

 脳ですか。妹がとつぜんドアの開け方もわからなくなった時には、やっぱりこれは脳がいちばんこわいと痛感でした。

胃、最近あまり食べ物がおいしくない。これはもうさみしい。なんとかしたいものです。

若い頃には顔が一番などと思ったこともあったげな。いまじゃぐっとランク落ちして顔なんてあるだけで結構とおもうようになったもんだ。

人は目の前の出来事にはんのうしますね。


欝は甘えといっていいのか。

2016年06月15日 | ほう、へーな話
ある人の意見である。

仕事は医療に携わっている。

過去に事故で死線をこえ、大きな障害が残り、その後の人生を大きく曲げることになるが、今は医療にたずさわり、身体的な障害のある患者を扱っているひとである。

いわく。
欝は一種の甘えから来ている。欝のひとの隣には必ずささえる人がいる。いない場合は自殺している。

こういった意見を実感する人は少なくないだろう。

認知症やその他の脳疾患とは別のものととられるからかもしれない。

私にも欝の正体はわからない。常に疑いをもち、妹をみている。

ほんまやろか。ウソとちがうか。わかっているのやろ。いろいろである。

知人にこのハナシをしたところ、思いがけない体験を聞かされた。

この方も若い頃から欝と戦っているという。

何度も死を考えつつも、一人で生きて来たと言う。支えが何であったかは知らない。

30歳を過ぎた時にガンを宣告されたそうだ。

「私はこのとき、欝以外の病気で戦えるならガンでもいい。いや、ガンのほうがやりがいがあるとおもった」

といった。

欝はガンをこえて、本人をむしばむ病であったとは。

ガンの宣告をうけて、だれが、喜ぶだろう。

欝とはそれほどどうしようもない誰にもわかってもらえないまま一人でのたたかいなのである。

私は欝をわがままとか、甘えとは思わない。

と、いいつつも、目の前の妹をみるにつけ、私は思う。

欝、ほんとうに何がそんなに苦しいのだ。どうして表現できないのだと。

私にもいた、幼馴染

2016年06月13日 | ほう、へーな話
高校をでて国をはなれ、幼馴染に出会ったことはなかったので、突然聞きなれない名前を名乗る人からの電話にとまどった。

一方的に親しげに、なつかしそうに。そりゃそうだろう、なんたって中学を卒業以来の声の出会いだ。

仔細がわかるまでには時間もかかる。私の棲家をキャッチするまでの経緯。いくら電話をしてもつながらない経緯など。

まあ、不必要と思われる一切の電話に出なかったことは認める。

オサナちゃん(以下幼馴染のこと)はひとつ隣の子で、かしこくて、評判のよい3姉妹の真ん中ちゃんだったな。きりょうも良かった。

だからかどうか、さっさとお嫁に行っちゃったもんだ。

こっちは親の了承も得ないで進学し、家をでたきり国にはもどらなかった。

オサナちゃんは幼稚園から中学まで、毎朝私をさそいに来てくれた。

私はオサナちゃんが来てから起き、顔は洗わない、ご飯はなしの登校だった。

不細工で、無愛想で、なまけものの娘というのは売れ行きはよくない。

たな晒しにさえええもならぬまま年月は過ぎた。

突然の電話ではどこが痛いの、具合が悪いのと、毎日会っている人と変わらぬ話題だ。

息子に嫁が来ないとなげくオサナちゃんに、息子の心配は息子にさせて自分のことを考えろなどと乱暴な助言。

オサナちゃんはしんみりと「あんたは昔からそういうところあった」というが、そうだったのか。


一度あいたいという相手にわたしは考える。

会って楽しいだろうか。FAXも使えない主婦をやっているような人とあって、時間を無駄にしていいのか。

いまさら顔なんかみたってしょうがないしなあ。

これが幼稚園から中学までおさそいしてくれた幼馴染にいう言葉だろうか。

あんまりではあるが、事実である。私ってこういう人間なのだろうか。

そういえば各種あらゆる同窓会らしきものに行った経験がない。理由は上記のとおり。

マイナンバー使っていますか

2016年06月12日 | ほう、へーな話
昨年も押し迫って、マイナンバーさんはやってきました。

そして年が明け、銀行に行ったらマイナンバーを見せろという。

うむ、さっそくかいな、と提出する。

そして同じ銀行で同じ月に、別の用件で行くと再びマイナンバーを要求する。

健康保健でさえ月1回提示でいいのに、生涯死ぬまで変わらないものを、どうして毎回せいきゅうするのだ。

おたく先日提出した奴をなくしたの、と言ったのはいじわるだったかな。

すると、あ、じゃあいいですって。なんだろそれ。

始まったばかりで各自の知識が不足しているとはおもうけど、フクザツな思いであった。

そして、妹の自立支援手続きにも必要になった。

ああ、やっかいだ。二年まえには要らなかったんだ。

こうして国家にとって便利と言うことでうかうかとしているうちに、私たちはみんな首に縄をつけた鵜飼の鵜みたいになってしまった。

生活や福祉や財産など、そして思想や好みなどすべてを操られてもなんとも思わなくなる日が来てしまった。

そんな日が来るまえに人間やめようと思っていたが、遅かったぜ。