目前の80

まだかもうか

○白内障手術その後の視力

2017年08月31日 | 楽しい後期高齢生活のために
7年前の白内障は眼底に病気があったためで、視力の回復には時間がかかった。

回復後にも問題はあった。

いまから思うと手術をしなかった左の眼に助けられていたらしい。

今回その左も人工レンズにかえて思うこと。

まだそのときに至っていないと医師が、焦点距離が浅い。

ほぼない。ほんのわずかな紙一重のところで物を見ている。

近距離で物を見るとき、わずかな差でものがぼける。

どんなにロートルになっても、生きているパーツにはかなわないんだ、と感じる。

人工のあらゆるものの、なんとまあゆうずうのきかないこと。

しかも夏の光線に弱いの。

どうなんだろう、老人とスマホ

2017年08月28日 | 楽しい後期高齢生活のために
プラットホーム。

電車を待つ列で、高齢者、おそらく90代前後がスマホをいじっている。

見えにくいのか、画面になれないのか、たぶん両方だろう、全身、全霊を駆使というもようで、画面を操作している。

まわりなんか見えてない。必死である。

電車が入ってきたら、危なかろうが、すでにそういうことは意識の外にとんでいるもよう。

こうして覚えても次々と進化!していき、追いつくことはできまい。

それでも危険やストレスにさらされつつ現代の老人は最新機器をつかおうと頑張っている。

便利だから? ないといけないからか?

あわれではないか。

そんなわけのわからないものに頼らず自分の身丈のはんいでも生活できると思うが。

トウキョの息子にメールが届く

2017年08月25日 | 楽しい後期高齢生活のために
突然ご主人を失った友人を心配して、親戚や知人が毎日、毎時、無事確認、ご機嫌伺いのメールやケイタイ通信がある。

彼女は一日せっせと応対をした。

出先にも、参加した講座や、観劇中にもどんどんやってくる。

物干し中に出ないと、一気に知り合いに情報が回るシステムがあり、おおさわぎとなるらしい。

場合によっては自動的に最寄の警察、消防署に所在地を発信して、呼ばなくてもそっちから出向いてくるということである。

それって、緊急の持病でもあり、主治医の許可の下に持参するのならともかく、健康な人に使用していいのだろうか。

いくら機能が発達し、システムができたからって、お金さえ出せばなんでもありとは、おどろく。

が、まあ、彼女はころんで怪我をしたときに一度たすかっている。

正解だったにせよ、私、なぜか、それでいいだけの問題やろかと考える。

むかし、ポットを押すと息子のケイタイに連絡があり、1日一度も母さんがポットをおしていない、と息子が母に電話をいれるというコマーシャルがあった。

あれくらいのゆるさで、どうして了解できないのだろうか。

あのシステムはもうないのか。


スマホ丸投げで道を聞くんだから

2017年08月18日 | 楽しい後期高齢生活のために
友人に一年ぶりに会う。

仲間の情報は、癌で手術をした。寝たきり再起不能。急死した。というぐあい。

かなりである。そういう私も友人も、まだ旅行にいきたいなどとやる気だけは残っていて。

それぞれ家族がらみの事情で身動きできないくせに。

それ以前にもう、長旅はできないだろう。

暑いとダメ、さむいのもちょっと。狭い座席で長時間もつかどうか。

忘れ物がおおい。トイレ、すばやい行動は…。

ちょっとのまに自分がかわっていて、やる気だけではどうにもならぬ身。

こういうことになるとは考えなかったのが甘い。

 食事予定の店に、スマホを見ながら目指すが、スマホと今いるところが一致しない。

道端に立っている若いもんに「にいちゃん、コレちょっと見てくれへん?」

とスマホを丸投げ。

若いもんは気軽に操作し、ゆくべき方向をおしえてくれた。

もう、これだ。笑うしかないではないか。

おおきに にいちゃん!


夏に感じる老人の疎外感。

2017年08月15日 | 楽しい後期高齢生活のために
山の日なんて出来ちゃって、企業や役所や、病院や店舗がだらだらと休みを取る。

別にいいけど、お盆がいつからいつまでなのかよくわからない。

病院、図書館、どこも閉まっているから、老人は行くところがない。

いや、イベントは山ほどあるが、まさか若者に混じって花火に行けるか?命がけだろう。

どこをむいてもやるきまんまんの家族連れやらカップルに押しつぶされる。

出てはいきたし、命はおしし。老人は家の中でやり過ごすしかない。

人はこうして、夏に世間から疎外されていくのだと気がついた。

さて、涼しくなれば復帰できるか。そこが勝負どころだ。

記憶力の低下した妹に出来ることってあるのか

2017年08月11日 | 病を斜めから見る
妹はある時点でよくなり始めた。

きっかけはティッシュケースを作って、周りにくばったことからかもしれない。

お礼をいわれ、ほめられることで、自分を自分でみとめたようだ。

その後、パクパク人形や剣玉つくりで、たくさんのひとたちによろこんでもらえたことがはげみになっている。

その勢いからだろうか、駅前のそうじをしているグループにまぜてもらうといいだした。

まったく知らない人たちである。

ところが翌日からそのグループは来なくなってしまい、妹の勢いは削がれてしまった。

が、じぶんからなにかをしよう、だれかと繋がろうとすることに気がついたのはよかったとおもう。

毎日、何もすることのない時間をいらだち、あせり、苦しんでいる。

が、私から進めることにはのってこない。

記憶力の低下した、生活能力もない妹にできることって、なんだろう。

2時間半まちの診療

2017年08月10日 | 楽しい後期高齢生活のために
お盆の休みが近い。

すると、不思議や、体のあちこちに、ちょこまかと不具合が生ずる。

その筆頭が歯。歯茎がはれたり、カムと痛んだり。

物を食べられないとなれば、問題だ。

医者が居なくなる前にとりあえず見てもらっておかないとどうしようもない。

あわてて歯科へ行くと、満員。考えることはおんなじか。

医者は自分の留守に、患者に悪くなられるのはイヤだろうから、予防のための薬を出す。

薬局も満員。

みな平等に楽しい休みを取るためには、その後と先に関門あり。

2時間半まちなのだ。眼科と歯科と内科と。とほほ。

こうしてどこにも行きたくないはずの1日が、医者のハシゴでおわる。

体がわるくなるのも然り。

急ぎでもない手術を真夏にするなんて

2017年08月09日 | 楽しい後期高齢生活のために
白内障、外来手術って、真夏にするものではない。

顔を洗うな、シャンプーするな、女はメイクをしてはいけない。

埃っぽいところはさける。汗はかくな。

1ヶ月はレンズが安定しないからガードメガネを使用。

汚い手で眼をさわるな。寝るときはガードレンズをせよ。

ずいぶん注文お約束がある。

急ぐわけでもない手術をなんでまた8月にきめたんか。

それは決めたときが春だったから。

夏のあつさを忘れていた。

こんな暑い目にあいながら、毎年わすれるということがあるもんか。

これだから人間はこりないんだわ。

なれぬめがねをして、汗をかきつつ出かけるなさけなさ。

気がつくと目へ手が…。


似ている似ているあの父に

2017年08月06日 | 楽しい後期高齢生活のために
塚口さんさん寄席。ここはせまいが、客がみな濃い。

客どうしでなんとなくなかまっぽい雰囲気がすき。

もともと高座が並みの高さだったが、これでは後ろの客の顔がみえないと、さる有名噺家が文句を言った。

そのため高座をやたらに高くして、座布団に立つと頭が天井につかえる。

狭くて高いところに人が上がればぐらぐらする。みるからに落ちつかない。

で、高齢演者はここの上り下りは命がけという高座だ。

顔は多少見えなくてもいいから、噺家の命をまもってあげてほしい。

今回初参加の桂りょうば、お父さんに似ている。特に眼のあたり。

親のナをつげといわれ、そんなハナシはありませんからね、と必死で否定していた。

でも、この人はゆくゆく押し上げになるだろう。力があればそれでいいよな。

文楽、落語では親のナを子供が襲名はないとされているけれど、みわたせばそうでもない。

父のナを継ぐひとがでている。力さえあれば客は親の面影をもとめている。

りょうばさんはざこば師匠についているので目指すのはそっちだろうが、

似ている似ている、あの父に。桂枝雀。

がんばれ、桂りょうば。

はじめてのお使いではないけれど

2017年08月03日 | 病を斜めから見る
白内障の手術後は家族が迎えに来るよう指示があった。

迎え役を妹にたのんだら、ひきうけてくれた。

が、緊張のあまり、じっとしていない。自分でひっしにおちつこうとしている。

なんどもなんどもためいきをつき、おなじことをくりかえし、みていられない。

良くなっているとはいえ、こうなんだとつくずく重い。

一人で外に出て、病院の外来でたくさんの人にまじって長時間待つ。

心配で不安でしかたないらしい。妹には数年ぶりの試練となる。

もともとは外売りの仕事をこなしていた人とはおもえない。

どこまで回復するのかしないのか。

帰りは疲れ果て、役目などそっちのけで、ひたすら家にむかってあるくだけ。

今回をチャンスにしっかりしてほしかったが、これじゃ、どうにもならんわい。