ぜじろぐ

SAMBATOWN・ゼジの書くブラジル音楽やその他あれこれ

ほんまに怖かったんですう

2012-10-20 05:33:02 | 日記

2012年10月19日金曜日。確か午前9:30を回った頃だろうか。
リオデジャネイロ、セントロの朝。

前日の爽快なリオ入りに気を良くしたおれは、夜更かしで重い身体をなんとか動かしながらホテルの朝食をとりに部屋を出ようとした。
と、その時異変を感じた。外が騒がしい。
外、というより建物の中だ。おれの部屋から位置的に察するとエレベーターの辺りのように思える。
どうもこの階ではない。上か、それとも下か。
いずれにせよこの騒々しさはおれがいま泊まっているようなちょっと良いレベルのホテルではあるまじき騒音だ。
そして男の喚き声。
「降りろ!」
次いでガラスの割れる音。いや鏡のような質感の音だ。
「止まれ!」
また男の乱暴な声が響く。
瞬時にしておれは悟った。強盗だ。強盗がこのホテルの中にまで侵入してきたのだ。
リオのセントロはもともとガラの悪い場所としてつとに有名だが、多少なりとも現地の言葉が話せるおれはさほど気にも留めずにここを宿泊地にしたのだった。いざという時でも何とかなるさ、と。
それをその時、激しく後悔した。自己への過信を悔いた。そして「遂に来るべき時が来たか」と、半ば諦めにも近いものを感じた。

おれは眠気で朦朧としていた頭をフル回転させ、状況を理解しようと努力した。
この手口はおそらくエレベーターを乗っ取り、チェックアウトや朝食で乗り降りする客を片っ端から狙うやり方だ。大胆極まりない。
依然として耳障りな音が聞こえてくる。何かが床に叩きつけられる物音。そして叫び声。
「止まったぞ!」
エレベーターの電源を誰かホテルの人間が止めたのかもしれない。しかしそれで逆にナーバスになった強盗が発砲しはすまいか。
ガンガンガンと何かを叩く音。エレベーターの壁か?他のフロアの宿泊客のドアか?
おれはそおっと自室のドアのロックをひねり、覗き窓から事態の趨勢を見守ることにした。流れ弾がドアを貫通するのに怯えながら。
とりあえずはここにいることだ。気配を悟られてはいけない。
朝食とか、服をクリーニングに預けることとか、この期に及んではもうどうだっていい。
だが警察は一体どうしたのだ。パトカーのサイレンが一向に聞こえてこない。そして同時にこんな話もおれは思い出した。
警察は銃撃戦を恐れ、コトが終わった後に駆けつけるのが日常茶飯事だと。期待はできない。
ならば今日この日さえしのげれば。
連日このホテルがカモになるということはまず考えにくい。しぜん警備も厳重になろう。そうなれば明日以降は少しは安全だ。

だがいつまでこういう状態に耐えねばならぬのであろう。時計を見ると20分は経過している。それにしても危なかった。部屋を出るのがあと一分でも早かったら、おれは間違いなく強盗たちの餌食になっていたに違いない。
そこで命の保証など、果たしてあったであろうか。
状況を打開しよう。このままでは被害者が増えるばかりだ。いち観光客のおれとて何かできることがあるかもしれない。
おれは部屋の受話器を取り、フロントに電話した。もしかしたらこの事態にまだ気付いていない可能性もある。
つながらない。
そこで慌てておれは受話器を切った。これは恐らくフロントまで占拠されている。
となると、下手に電話がつながろうものなら、おれが自室にいるということが奴らにバレてしまうではないか。
想像するに、ホテル内の客という客から根こそぎ金品をかっ攫ってから、場慣れした強盗どもは「ボンヂーア」などと涼しい顔をして立ち去るのだろう。だがそれがいつ終わるのか、事態がいつ収束するのか、まったく見当もつかない。

鋭い指笛の音。これは明らかに組織プレーだ。多勢に無勢というやつか。
非常階段をこっそり伝って外に出ようというおれの最後の一絞りの勇気は、哀れにも握り潰された。出会い頭にぶっ放されてはひとたまりもない。

おれはこんなところで死ぬのか?

落ち着け、ともう一人のおれがパニックに陥りかけている自分を励ますのがわかった。
とにかく耐えろ。そして考えろ、と。
深呼吸しながら、まあ色んな人に迷惑をかけることになるだろうが、リオで死ねるのならある意味贅沢かもしれないな、などと冗談めいた余裕が少し生まれてきたような気がした。

そこでふと、おれはあることに気付いた。違和感といってもいい。

どうして被害者たちの「悲鳴」が聞こえてこないのだろうかと。

普通なら女性の金切り声とか、小声であっても「命だけは助けてくれ」とか「金なら部屋にある」とか、多少のやり取りが聞こえてくるはずだ。

出し抜けにダンダンダンと大きな音がした。
これは・・・!

銃声ではない。
金槌で何かを叩く音・・・そう、これは、

建築施工サウンドだ。

瞬時にしておれは思い出した。
このホテルは、内外装リフォーム中であったことを。

次いでおれはこうも理解した。さっきの怒声は「降りろ!」でなく「降ろせ!」の意味であったことに。

それでも恐る恐る部屋を出て、こわごわエレベーターを降りた先には、「おはようございますゼジーニョ。調子はいかがですか?」と昨日からやたら爽やかな対応をしてくれているタイガー・ウッズ似の受付の兄ちゃんの笑顔。そしてチェックアウト客でごった返すフロント。電話は鳴りっぱなしだ。
ホテル・グラナダの朝は平穏そのものであった。



いやあすみません。
だって本当に怖かったんですよお。

以上、30分以上にわたり自室にこもり「ひとりシティ・オブ・ゴッド」をやらかしたサンバタウン店主が709号室からお伝えしました。
帰国したらワタシのことをブスカペと呼んで下さい。


(もうね、冗談抜きでマジこんな心境でしたわ)