巷で話題のZVW30型プリウスのブレーキトラブル。リコールになったことで、メーカーとしてのトヨタの対応は決まったのだと思いますが、
正直何かスッキリしません。
本当にあれはトラブルだったのでしょうか?世間からはバッシングされましたが、横山常務の言うように「フィーリングの問題」だった可能性は無いのでしょうか?モーター駆動ヲタクの観点から私なりの疑問点を書いてみようと思います。
昔自動車雑誌で物書きをやっていた時代には、モーター駆動が絡んだ車両の「新型車解説書」はメーカーからもらっていたのですが、ZVW30PRIUSの新型車解説書は見たことがないので、限られた情報の中での意見だと御了解頂きたいと思います。
■主な疑問点
①ABSの機能に関する説明
今回のブレーキ抜けは滑り易い路面特有の現象だったらしく、多くのマスメディアでABSの関与が指摘されていましたが、その前提として「ABSとは制動距離を縮める為の装置」だと説明していたメディアが散見されました。けれども、ABSに対するこの理解は違うと思います。
ABSはタイヤがロックした時に、そのロック(回転0)を検知して、ロックした車輪のブレーキを緩め、当該タイヤがグリップを回復した後再びブレーキを効かせる装置です。端的に言えば「ガツン!!とブレーキを踏んでもハンドルの方向性を失わせないようにする為の装置」で、「制動距離は伸びる場合もあります」と取説にも書いてあったと思います。
②プリウスで使われるブレーキは2種類ではなくて3種類
(出展:アルファードHV ATH10W系 新型車解説書)
ハイブリッド車と言えば「回生ブレーキ」という条件反射なのか?「プリウスには油圧ブレーキと回生ブレーキの2種類のブレーキが使われています」と多くのマスメディアが伝えていました。・・・が、プリウスでも通常の内燃機関車と同じようにエンジンブレーキも効きますから、プリウスのブレーキは3種類ということになります。
③プリウスのブレーキの「足応え」は創られた物(ダミー)であることを伝えない。
何のこっちゃ?と思われる方も多いかと思いますが、EV走行モードを持つプリウスは、エンジンの吸気負圧をブレーキ倍力に使うことができません(エンジンが止まると負圧は発生しないので)。我々ZEVEXがコンバートしたEVでは電気ポンプで負圧を作っていますが、
(コンバートEVで使用中の電動負圧ポンプ。12V系で駆動するが結構電気を喰う)
トヨタのハイブリッド(THS)では、電動で油圧ポンプを動かし、ストロークシュミレーターという部品で人工的な「足応え」を創り出してブレーキペダルに返しています。それは、ドライバーが積極的な操作を行わなくても、回生ブレーキと油圧ブレーキを良いさじ加減で使う為らしいです。
つまり、ドライバーがブレーキング時に感じているのは演出されたペダルフィーリングであるわけです。実際に体感したことが無いので推測の域を出ませんが、演出が介在する分、通常ABS作動時に感じられるガガガッ!!というペダルフィーリングは感じ難いかも知れません。換言すれば、THSのドライバーはABSが作動していることに気が付かない可能性が、通常の内燃機関車よりも高いのだと思います。
特に、急制動時にしかABSは働かないというイメージをドライバーが持っていると、軽いブレーキングで思いがけずABSが働いた場合、ペダル感覚からはABSの作動を認識し難いでしょうから「ブレーキが抜けた!」と思ってしまうかもしれません。
(出展:アルファードHV ATH10W系 新型車解説書 ストロークシミュレーター)
③改修内容に関して追及しないマスメディア
マスメディアは、トヨタが発表したリコール内容は伝えますが、今のところ改修後車の挙動がどう変わるのか?に関しては伝えません。
私はこの部分が気になっています。
トヨタのHPで公開されている今回リコール分の「改善箇所説明図」を見ると、
(出展:トヨタのHPより)
現状の問題点として
ABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力
となっている点を挙げて、この点を修正するとしています。
疑問が有るのはここです。
上に図を引用しているアルファードHV等も含めて、NHW20型PRIUSとZVW30型PRIUSとでは、ブレーキシステムの細部が異なるらしいのです(主にコストダウンの方向で)。なので、ABSのプログラムもZVW30用に新設計された物だと考えた方が自然そうです。
(ZVW30プリウス ハイドロブースター 株式会社アドヴィックス製)
なるほど上に図を示したアルファードHVのマスターシリンダー&ストロークシミュレーター一式とはかなり趣が異なります。油圧を発生させるポンプ部分も一体化された様子です。
システムが異なり、プログラムも新設計ならば、
ABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力
としたプログラムも狙ってそう設計したようにも思えます。新設計で狙って設計したのならば、何でこんなチューニングにしたのでしょう?
仮説を立ててみました。
ABSが作動する場所は、通常その周囲にも滑り易い路面が多いことが予想されますから、ABSは1つの箇所で1回だけ働く場合よりも、作動する場所では2度3度と続けて働く場合の方が多いのではないでしょうか?その場合、2度目3度目のABS作動でタイヤグリップをより早く回復させる為には、 ABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力 というプログラムにしたとしても不思議ではありません。どうせ再び油圧を抜かなければならないのならば、元の油圧より低い圧力までしか戻さない方が楽です。マンションの10階に住む住人が出かけようと1階まで降りて来た時にトイレに行きたくなったとして、再度10階自宅まで戻るよりも、3階に住む知人宅でトイレを借りた方が1階へ戻って来るまでの時間が短くて済む理屈と同じです。
上記①で指摘したように、ABSの目的がステアリングの操作性維持にあることを考えればABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力という設定は合目的的です。
もし、上記仮説が当たっている場合、苦情が出た「滑る路面で一瞬ブレーキが抜ける」という症状は改修後は出なくなるのでしょうが、車両には別の挙動が出ると思います。
今回のリコール改修で、ABSの設定が
ABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力 から
ABS作動前の制動力 = ABS作動後の制動力
になったわけですから、連続したABS作動時の2度目3度目でタイヤグリップが回復するまでの時間は伸びることになります。改修前より高圧になった油圧を抜かなければならないのですから、改修前より時間がかかるのは当然です。ということは、連続してABSが働く場合、2発目3発目のABSはロック気味で、ステアリングの効きはリコール改修前よりも悪くなることが予想されます。
今回リコールで対策を施して安心なようですが、リスクを別の条件下に移しかえただけではないのか?心配になります。この点は是非マスメディアさんに追求をお願いしたいところです。
こんなプログラム設計がなされた原因として、トヨタには「ブレーキの効きが悪ければ、ドライバーはペダルをガツンと踏んで対応してくれるだろう」という前提が有ったとしたら、通常、より多いと思われるABS連続作動時の2回目3回目のタイヤロック時に備えて、敢えて ABS作動前の制動力 > ABS作動後の制動力 と設計するかも知れません。もしそうなら、トヨタとしては設計で狙った通りのマシンを製造しただけのことと言えます。ABSのプログラム設計者が、一般ドライバーが「採るであろう運転操作のパターン」を読み間違って設計した可能性が有るということです。その場合でももちろん責任はメーカーに有りますが「工作不良」ではないことになります。
そう考えると、ユーザーから苦情が届けられ、一般ドライバーの運転パターンを遅まきながらも理解できた1月以降、こっそりプログラムを修正した理由は分かります。「こっそり」修正するのが不誠実な対応だったことは言うまでも有りませんが、「完全解決」する選択肢は無く、「リスクをどの条件下に負担させるか」の選択肢しか無い問題なのだとしたら、メーカーとしては「こっちのリスクを、こっちに付け替えました」とは言えへんかもなあ~、って気もします。それを言ってこそユーザーの信頼を得られるのだと思いますが・・・。
最後にもうひとつ、2月9日の会見で、
ZVW30型プリウスのABSは通常のABSに比べて、ABSの作動時間が0.06秒長い、
という説明があったのを報道で知りました(上の③で引用した「改善箇所説明図」では触れられていませんが)。説明では、これがユーザーが「ブレーキが抜けた」と感じる原因のひとつとされていた様子でしたが、クラクションを「プッ」と鳴らすのよりも短い0.06秒をF1レーサーでもない一般ドライバーが峻別できるとは思えません。多分私も峻別できないと思います。
ただ、何故0.06秒長くなるのか?理由は気になるところです。その説明は会見では無かった様子でしたが、ここで言う「通常」とはハイブリッドではない車種という意味でしょうから、ハイブリッドのABSには有って、内燃機関車のABSには無いシステムを探せば、推理のヒントになるかもしれません。ここでもZVW30型プリウスの「新型車解説書」が無いのが痛いところですが、再びアルファードHVのブレーキ廻りを参考にすると、
(出展:アルファードHV ATH10W系 新型車解説書)
通常のABSでは見かけない装置としては、赤で囲った「ストロークシミュレーター」「ポンプモーターとアキュームレーター」が有ります。また、青と緑で囲んだソレノイドバルブも、計10個とどちらかと言えば多い方に感じます。ちなみに、新型プリウスのブレーキシステムでは、緑で囲んだリニアソレノイドバルブの多くが、安価なPWM制御型の製品に変更されたと聞いています。
通常のABSに無いシステムがこれだけ有れば、ABSの反応時間が0.06秒程度遅れるのは当然だと思います。もっとも、ソレノイドを安物にしたことが遅れの原因ならば「それくらいケチるなトヨタ」と、ユーザーとしては言いたいところです。
■残る心配
私は、ZVW30型PRIUSは今回のリコールによる「改善」でより良い車になったのか?より安心して乗れる車になったのか?という点について疑問を持っています。
悪くなったとは思わないのですが、リコールで修正したABSのプログラム変更で、別の性能が元より低下したのではないか?という疑問を払拭できずにいます。
具体的には、
連続したABS作動時に於いて、2度目3度目のABS作動時にステアリングの効きが悪くなっているのではないか?
という心配です。
今回リコールの対象となっているZVW35プラグインプリウスは、日本のプラグインハイブリッドの魁チームである我々ZEVEXが、今最も注目しているマシンです。今後より一層情報を公開して頂き、政治的なバイアスの無い、純粋に自然科学の視点から納得できる説明をして頂きたいとトヨタ自動車さんには願うものです。
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当方、この問題に直接関係無い立場ですが自然科学の視点から大変興味を持っています。
現在の私の理解では問題は「物理学的に正しくても人間工学的には正しくない」ということだと思います。物理的制動距離が短くても運転者の予測制動距離より長ければ事故になり、
物理的制動距離が長くても運転者の予測制動距離より短ければ事故にならない、と言うことではないでしょうか。
したがって普段のブレーキの利きを悪くして、ABS作動時との格差を無くすという、方法もありではないでしょうか。いかがお考えでしょうか
足立正光@山陰在住
今件の問題は、初動から対応が遅かったことに始まり、消費者への配慮に欠けた発言、技術面の説明不足など、色んな面があります。これらが総合的に不安を誘い、不審を招いたようです。でもネットを調べる限りマスコミがうるさいだけで、言われているより世間は冷静にみえます。
電気自動車を語れる評論家が少ないのも、この件をややこしくしていますよね。メーカーではなく第三者で、きちんとした識者が説明すると説得力が有ると思います。
それにしても、トップが出てきて謝罪したことに意義はあります。マスコミ諸氏は、あまりイジメないでいただきたいと思います。
が、「運転者の予測制動距離」という時の、
「運転者」の力量とモーター駆動車に対する知識が低過ぎる
ことがより優先的な問題だと思います。
「公道」の「公」とは、どの範囲の人間を対象とするのか?
の違いかもしれませんね。
御意見ありがとう御座いました。
理解できるメディアが居ないってことでしょう。
居ても、色々なシガラミで、メーカーが決めた対応に沿ったことしかできなかったりしますしね。
>電気自動車を語れる評論家が少ないのも、この件をややこしくしていますよね。
御本人は結構「自分は語れる」つもりになってるみたいですよ。
その辺をチョロっと試乗しても何もわからないのにね。
本気で理解するつもりなら、1台コンバートして、何千kmかは乗らなきゃ。ジャーナリスト<
ゆるい下りから左に曲がっている場所を軽くブレーキ(おそらく回生ブレーキのみ)をかけながら曲がっている時マンホールを踏んだ瞬間からブレーキの効きがなくなり結構な距離空走しました
違う車で同じ場所を走ってる時ABSが作動した場合の制動距離の伸びとまったく違います
ABSが作動しても通常タイヤのロックを抑えるための一瞬だけですが
体験したケースでは滑り易い場所を通過(おそらくABSを作動)した瞬間ブレーキが解除されその後しばらくの間ブレーキが効かないんですよ
あれはフィーリングの問題ではないですし、そうやってユーザーを馬鹿にしてフィーリングの問題で片付けようとしたせいで対応が遅れたのだと思います。