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月の満ち欠けに時の流れを感じながら、皆でそれぞれの持ち時間を楽しく意味あるものにしていきたい。

渡辺かづき先生とのレッスン229

2024-06-28 18:01:02 | ピアノ

         今回は、出かける前に用事を入れずに練習して、ほぼ真っ直ぐレッスンにいったので、上手く弾けそうかなと思いつつレッスンに向いました。

  ところが、行きの電車で楽譜を取り出して見ていたら、どうもCDと一緒に合わせると音がズレてしまい、今日先生にどこが悪いか相談しようと思っていた曲の謎が解けちゃいました。カウントが間違って、私の思っていたより、長く待たないと行けないところを発見しましたっ!

  電車内ではピアノで練習できないので、指で軽くタッチを思い出しながら修正。ここでは、3つ待つ~などと、得意の拍子の補助線を入れて、付け焼き刃ながらどうにかなってきたので、ひと安心?

  さて、先生のところで最初に弾いたのは、藤井英一さんの「ジャズピアノトレーニング」の59ページ(パターン5)。結構、引っかかりやすいリズムでしたが、克服して弾けるようになるのが面白くて頑張りました。特に大きく間違いはしなかったものの、特に何と言うこともなく、「そんなところじゃないですか~」で、終了。

  2曲目は、前回先生が「まあ纏まってきている」と言ってくださったのを励みに、ecomusic [欧州都市]コペンハーゲン,デンマーク/Copenhagen,Danmark 「六月の木漏れ日」。もうひと息と、少しブラシュアップして滑らかに弾けるように練習をして臨みました。

  譜のダカーポでどこにもどるかとか、アドリブ後どこへ行くかで、ちょっと込み入った譜で、頭に入りきらず戸惑たりしたものの、どうにか無事に最後まで辿りつきました。アドリブも書き直したので、どうにか前回よりマシに弾けました。ただ、Aの最初のフレーズの、「タータターター」というのを、漫然と弾いてしまっていたようで、「最後の音はその前の音より長いの気づいて増すか?そこが短くなったりその後にもあるけれど、一定してないですよ」、とのご指摘が! 確かに、そうでした。音は本当に微妙で、確かにそこが「タータターター」よく楽譜をみてみると、音の長さの配分が 「2:1:2:3」になっていたのです。違って聞こえてきました。「タータターター-」となって、伸びやかなメロディーラインになったのでした。これが気づけなくちゃ初心者でした。勉強、勉強。

 先生が、この曲も、デュオでライブでチャレンジするとの事だったので、次のライブで聞けるか、楽しみです。

  さて、今日は3曲目に、むか~~~し弾いた時にかなり手こずった”The End of the Game"を練習してきていました。

  先生のオリジナルCDの”Beyond the Stars"に収録された曲です。先生の曲としてはメロドラマ風? 今回、この曲を弾いた後に、「この曲は、先生の曲の中では異色ですよね。何か、ドラマとか何かに使うような曲みたいで~」と思わず言ったら、「あざとい感じです」と先生が笑って言うので、驚きながらも分かった気がした印象的な曲です。

  以前に弾いた時に、「この曲はCDでは16ビートのパーカッションが鳴り続けていて、今弾いたのだと、4ビートとか8ビート風になっていましたよ」とだいぶ説明やら、実演をして頂きながらも、イマイチ身につかず、この曲の感じが出せないで終わってしまい、名残惜さが残っていて再チャレンジしました。

  そして、今回は、主要メロディーとコードは一緒でもアドリブとして、まったく別物の作りになっているCDのお気に入り部分を再現しようと粘り強く何回も聞いて確かめながら、オリジナルに近い形の譜起こしを完成させて練習しました。 時間はかかりましたが、CDの雰囲気は少しつかめ、コードにそった音の使い方も、譜起こししながら掴めた気がしました。  

  お披露目してみると、「譜割りが違っていて、2拍子カウントと4拍子カウントがばらばらになっているみたいですね~。どっちかに統一しないと・・・」と言われてしまいました。「でも、そこが、アドリブとメロドラマ風の本体が、雰囲気があまりに違って、アドリブに合わせると、本体が間がもてないんですよね。だんだんテンポが保てなくなってきてしまうので、CDに合わせて練習したんです」と説明。

  ウォークマンを持参して行ったので、CDの音源を流して先生に聞いていただくと、「そうかぁ~。こんな風に演奏してたんだなぁ~。忘れていました」と言って、「これは、最初は確かにかなりゆっくりで、他の楽器と一緒じゃないと、ピアノだけだと表現しきれないなぁ~」ということになりました。  でも、好きだったアドリブ部分を自分なりに再現できて、私なりにとても勉強になり、満足できました。先生も、「大変だったでしょう、お疲れ様」とねぎらってくださったので、成果がありました。

  そして、次回は、先生のアレンジ曲の譜を1つ頂けることに。楽しみで~す。

  ところで、今、この最後の曲の音源がyutubeにないか検索したら、この曲はなかったのですが、先生がCDアルバム”Into the Light"を製作した時のプロモーションビデオがココで見られました。この曲は入っていませんが、ご興味があれば聞いてみて下さいませ。

  聴き直して、次は、先生が亡くなったお母様のために作った8分30秒あたりからの”Eternal Silence"をまた弾いてみたくなりました。

 

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夜遅くに見えた昨夜の月

2024-06-28 14:40:28 | 惑星・天体ニュース

   昨夜は、だいぶ月の出が遅くなっていました。ちょっとだけと思い、英国訪問の晩餐会で天皇とチャールズ国王が交わしたスピーチを読んでいたら、ニュースでは言ってなかった山中伸弥さんやカズオ・イシグロさんのお父さんの話があったり、一方で英国王からはジブリやハローキティ、ポケモンまで出てきて、思わずブログを書き始めたら、日付が変わっていました。

天皇、英国国王のスピーチを全文読んでみて驚いたっ!(天皇の英国訪問時の晩餐会)

から、良かったら読んでみて下さい。

  これだけ遅くなっていれば、月がでていれば逢えそうだなと思い外にでると・・・

  

   明日の早朝に半月になる月が、まだちょっと膨らみを見せた境界を見せながら、空に浮かんで私を待ってくれていました。

   もう、遅かったので、早々に数枚とってご挨拶して帰宅。すぐに寝ましたが、今朝はあいにくの天気、昨夜の内にお月様に逢っておいて良かったです。

   そういえば、アゲハチョウの幼虫が小さな私のレモンの木の葉を食べ尽くした上に、私の友人の庭の枝を取らせてもらって与え、みんな青虫に成長して姿を消して、すっかり禿げてしまっていたレモンの木が、いつものように、梅雨の雨に力をえて、こんな風にたくさん葉をつけていました。

   

   昨日ふと見ていたらアゲハがやってきて、この辺りをウロウロしていました。ここで生まれたアゲハが挨拶にきてくれたのか、葉がでているか卵を抱えたアゲハのママが偵察にきたのか・・・どちらでも、嬉しいことですね。

   さあ、また賑やかになるでしょうか。それにしても、このレモンの木は、葉をアゲハの幼虫の成長に毎年捧げ続けるので、購入時に咲いていた2輪の花の1個が大きくなって収穫して以来、花を咲かせたことがありません。「アゲハのママレモン」(笑)なんです。

   第3陣となるアゲハの幼虫のための準備、もう少しですよ~~~~。

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天皇、英国国王のスピーチを全文読んでみて驚いたっ!(天皇の英国訪問時の晩餐会)

2024-06-27 18:00:18 | 日記

    天皇皇后の英国訪問がニュースとなっているが、日本テレビのココに英語で行われた天皇のスピーチ全文と、チャールズ国王の歓迎スピーチ全文が載っているのを読んで、私の知らない人の紹介や、こんな話がされていたのかと意外な話がいっぱいあったので、ちょっとメモ風にざっとどんな話が面白く感じられたか、下で見ていただければと思います。

    原文がすでに長いので、訳文を載せるとさらに長くなるので、それは便利な翻訳機能などもいまはあすので確認ください。

    私が、どんな人や事柄が紹介されてビックリしたか。黒字のところは読まずとも、赤字の単語や名前や、太字の部分だけを読んで、*の後の私の感想や参考資料などを読んで、「へぇ~」と一緒に驚いて頂いて、あとは、それぞれにまた、ゆっくりご自身で味わってみていただければと思います。

(天皇の招待への感謝のスピーチ)    

The following is the full text of Japanese Emperor Naruhito's speech at a state banquet hosted by King Charles at Buckingham Palace on Tuesday.

Your Majesties,

Thank you Your Majesty for your warm words of welcome. I would like to express my sincere appreciation for the invitation you have extended to the Empress and me for this state visit, as well as for the tremendous consideration and efforts that you and the people of the United Kingdom have shown in making it a reality. In fact, the original invitation was issued five years ago by her late Majesty Queen Elizabeth II, whom I greatly admired. Unfortunately, however, the visit had to be postponed due to the impact of COVID-19. It is truly our utmost pleasure that it is finally taking place now.     *2022年葬儀に天皇夫妻は出席 しかし公式の国賓招待は2019年に受けていたが、コロナで延期されてきた。

Your Majesty has just referred to our two countries' longstanding ties. We also very much appreciate Your Majesties' kindness this afternoon in showing us items from the Royal Collection related to Japan. We now have an even stronger sense of the deep significance of the exchange between Japan and the United Kingdom forged over so many years. I am personally pleased and also grateful to have played a part in the exchange between the two countries, having studied in the United Kingdom, during which time I interacted with many people and in particular was privileged to enjoy the very warm company of members of the royal family. There was previously the sad period during which the friendly relationship between our two countries suffered, and hence I am struck by profound feelings as I extend my thoughts to what was in the minds of my grandfather the Emperor Showa and subsequently my father the Emperor Emeritus as they set foot in this country after times of great difficulty, as emperors of Japan at the invitation of Her late Majesty.

 *両国にとっての暗黒時代があったことに触れたところは、テレビニュースで流されていましたが、その後で自身の祖父や父の天皇が亡くなった女王の招待で英国に来た時の心境について深く思いを巡らしたと言及していました。(当時は、英国人の中にまだ日本の天皇の来訪を喜べない人がいた・・・)

 The Empress and I would like to express our deep respect and gratitude to those people who have dedicated immeasurable efforts to the friendship between our two countries extending firmly into the future.

At the state banquet in 1971, my grandfather voiced his heartfelt wish for the people of both Japan and the United Kingdom in various walks of life to interact ever more closely and frequently and to talk to each other with open hearts. It was also my father's sincere hope that our two peoples would continue to strive for true mutual understanding and to join hands in the cause of world peace and prosperity, as was expressed on the occasion of the subsequent state banquet in 1998. 

*昭和と平成天皇の英国との交流を振りかえる。

Today, our society is increasingly diverse and complex, facing various global challenges. It is necessary to address these critical issues by further amassing wisdom from around the world. Against this backdrop, I am extremely pleased that, in line with the fruitful dialogue between the people of our two countries conducted over the years with an open heart and with a quest for true mutual understanding, we have seen, and will continue to see, a myriad of areas whereby Japan and the U.K. lead the world in collaboration and cooperation.    

One such area is the contribution that Japanese and British scientists have made to the world through cutting-edge medical research. Knowledge of iPS cells came to the fore through the research of Dr. Shinya Yamanaka for which he was awarded the Nobel Prize in Physiology or Medicine. This was based on the preceding research by Sir John Bertrand Gurdon, who was the joint winner of the Nobel Prize, and has led to significant innovations in regenerative medicine. At the Francis Crick Institute, which I will be visiting tomorrow, many people including young researchers from our two countries are working together and taking on momentous new challenges in the areas of cancer research and countering influenza.

*山中伸弥さんと英国の共同研究者がノーベル医学賞を受賞した功績に言及

Meanwhile, I made a personal visit yesterday to the Thames Barrier, built in the aftermath of the 1953 North Sea Flood. The development of the capacity to predict storm surges in the U.K. owes a great deal to the role played by a Japanese scientist, Dr. Shizuo Ishiguro, the father of Sir Kazuo Ishiguro, the British novelist of Japanese extraction and winner of the Nobel Prize for Literature. Dr. Ishiguro was invited to join a U.K. research institute, where he developed a practical model for the accurate and timely quantitative prediction of storm surges in the North Sea. According to Sir Kazuo, the analog computing system that Dr. Ishiguro developed based on his research looked like a TARDIS, a time machine from the BBC drama Doctor Who. I believe that the unique interdisciplinary innovation by Dr. Ishiguro, cutting across electronic engineering and oceanographic science, continues to be a major source of inspiration for both Japanese and British researchers today, transcending time and space.

*川の研究をしている天皇はテムズ川の防潮堤をすでに見学。国立海洋研究所の招きで1960年渡英し、イギリスやオランダの海浜地帯に深刻な災害をもたらした1953年の北海大洪水を電子回路を用いて相似する手法で研究するため、同研究所の主任研究員を務め貢献した石黒鎮雄(ノーベル文学賞のカズオ・イシグロの父親)について言及。

因みにウィキを参照すると、カズオ・イシグロは日本国籍も保有していたが、成人で英国籍を選択したようだ。 

During this visit, I look forward to visiting for the first time in 23 years the Royal Botanic Gardens, Kew, of which Your Majesty is a patron. There, I hope to see the efforts made by the Millennium Seed Bank in preserving seeds to avoid their extinction. May I pay my respect concerning the initiatives Your Majesty has taken, with both passion and a sense of urgency, in such critical areas as climate change and biodiversity. I am also encouraged that many people in both our countries are taking a keen interest in such environmental issues and are dedicating themselves to the resolution of these challenges. I have been told that seeds of Japanese red pine and other plants have been donated to the Millennium Seed Bank by Iwate Prefecture. They include those from the same type of tree as the "miracle pine tree," which was the only one to survive the tsunami damage in the Takatamatsubara pine grove from the Great East Japan Earthquake, during which tens of thousands of pine trees were uprooted. I believe that the seeds will be preserved long into the future as symbols of resilience, recovery from the earthquake, and friendship between Japan and the U.K.

*東日本大震災の唯一生き残った「奇跡の一本松」と同じ種類の松の木も含むアカマツの種が寄贈されているという国王がパトロンとなっているキュー王立植物園を23年ぶりに訪問できるのを楽しみにしている。環境変化で絶滅種の保護の意義などについての国王の貢献を讃えながら、東日本大震災や両国の友好関係に言及。

I look forward to visiting again the Royal College of Music, where I can see the state-of-the-art Performance Laboratory, as well as to visiting with the Empress Young V&A, where we will have a chance to interact with children from both our countries and gain a direct sense of how our culture and art are inspiring children, transcending borders and time. We also plan to visit Oxford -- sorry, maybe the wrong place for Your Majesty -- where the Empress and I both experienced the life and culture of this country as students, and hope to make our humble contribution to promoting bilateral cooperation in the areas of academia, research and education, as well as exchanges between our younger generations. The relationship between Japan and the U.K. has been fostered through people-to-people exchanges over the years and generations. It would be a source of immense satisfaction if our visit to the United Kingdom could help to firmly pass on the friendship and goodwill between our two countries to the young people and children who in the future will take on the reins of our relationship and develop it even further.

*国王立音楽大と、ニュースで取り上げられた国王の母校のケンブリッジではない私たち夫婦の母校オックスフォード大を訪ねると話した部分。留学などでの若い人の交流の大切さに言及。

Today, as Your Majesty also mentioned, the multilayered collaboration and exchange between our two countries is accelerating in various areas including politics and diplomacy, the economy, culture and the arts, science and technology as well as education. Our bilateral relations have never been more robust. We can say that we are fortunate to have been given the opportunity to climb even higher on this grand, broad-based mountain, guided by the path trodden by our forebears, with a feeling of gratitude, respect and pride in our hearts. It is my sincere hope that both Japan and the U.K., as friends like no other, will continue to make untiring efforts for true mutual understanding through exchanges of their people, thereby building an enduring relationship based on friendship, goodwill and cooperation.

I would now like to propose a toast to the good health of Your Majesties, to the future development of our bilateral relationship and its contribution to the world, and to the lasting happiness of the people of Japan and the United Kingdom.

 

(チャールズ国王のスピーチ)

Your Majesties,

My wife and I are so delighted to be able to welcome you to Buckingham Palace this evening.  EI-KOKU NI O-KAERI NASAI[Welcome back to Britain].

          * 英国留学していた天皇に、「お帰りなさい」と日本語で温かく迎えて下さったチャールズ国王のこの画面はテレビで流されました。

Your Majesties, ours is a partnership with deep roots.  For over four hundred years, our nations have inspired each other, learning from each other’s experience and enriching our industries, cuisines and cultures with elements borrowed and shared.  Even our hobbies have shared roots; for it was English climbers like Walter Weston in the late nineteenth century, enraptured by the Japanese landscapes they encountered, who helped to introduce recreational mountain climbing in Japan.  This is a passion which so many British and Japanese now have in common - not least, at an individual level, Your Majesty and myself! 

 *日英の交流の話の中で、19世紀後半、日本に3度長期滞在して日本の各地の山に登山家ウォルターウェストンが日本の山などを英国に紹介したことに言及、

At the core of our partnership is a close friendship; one based on a mutual understanding of the importance of international rules and global institutions, forged from the lessons of history, including its darkest years.  Today, as we face a world in which these principles are ever more challenged, our shared values of freedom, democracy and the rule of law are more important than ever.

*両国が暗黒の時代の歴史的な教訓を得ながら学び、友好を深めて来たと振りかえる。

Our partnership is also one that continues to grow and flourish, to put out new shoots and branches.  We share a bond which sets us apart from so many others, being both island nations whose advancement has relied particularly on our ability to adapt and to create new solutions for society through the power of collaboration and innovation.  Indeed, I believe that our people also share an understanding of how tradition and innovation can work together to strengthen each other and the future we work towards. 

 *日英の共通点に島国ということをあげている。

I saw something of this on my first visit to Japan in 1970 when I toured the first Japanese World Expo in OsakaAs a twenty-one-year-old, the innovations I saw left me with a lasting impression of the power of blending the traditions of Eastern and Western civilisations, together with progress in science and technology for the benefit of all.

 *最初のチャールズ国王の訪日は、21歳の時の大坂の万国博覧会の時だったこと。

My four further visits to Japan since then, and my engagements with your people and companies over the years, lead me to believe that the impressive links forged between our economies and our businesses have built on those same ideals.  Over the last fifty years, Japanese investors have made an enormous contribution to the economy of the United Kingdom.  Our country has provided a home where I am proud to say these businesses have thrived, while growing numbers of British businesses have been welcomed into Japan.

*50年、日本が英国に投資をしてくれ、英国企業も日本に進出してきて、互いに繁栄してきたこと。 

Our talented scientists are also working together on research and technology to help address some of the most pressing challenges that face our planet.  The seriousness and urgency of the climate and Nature crises we face cannot be overstated; our generation owes it to those who follow to face it with vigour, determination and creativity.   Against the history of deep traditional respect for Nature in both of our cultures, the private sector has a key role to play.  This is why I am so pleased that both British and Japanese companies are at the forefront of creating practical, bankable initiatives, and British and Japanese researchers, who are working on understanding and protecting the Earth, continue to be honoured through the Blue Planet Prize and the Japan Prize.

 *英国と日本の地球保護の研究者たちが、ブループラネット賞や日本賞をこれからも受賞し続けることを願っているとのコメント。「ブループラネット賞」は旭硝子の財団が主催する国際的な環境賞で、地球環境問題の解決に向けて顕著な貢献をした世界の個人や組織に贈られている。1992年に創設されたようだけれど、知らなかった。「日本賞」も、NHKが主催する教育番組や教養番組の作品を世界各地の放送機関から募集し、その作品の内容や教育性を重視して審査する国際番組コンテストのようだけれど知らなかったです。

In addition, I know that our two countries are collaborating ever more closely to provide for our shared security.  Our Armed Forces are exercising and sharing expertise at great levels, as befits two powers with an enduring commitment to global peace and security.  From energy and the environment, to supply chains and semi-conductors; from cyber security and sustainable food supplies to defence industrial collaboration, our governments are working together to provide a stable world for future generations. 

Supporting all these shared endeavours are the enduring ties between our people that transcend geography – and that does not just mean how much we enjoy tea, and talking about the weather! 

2国が、軍隊でも共に演習し、専門知識を共有する。エネルギーや半導体・・・防衛産業協力にいたるまで協力し合っている。と言っているのには驚いた。

ことによって、武器輸出三原則を日本が緩和して兵器産業に乗り出していく動きを歓迎してのコメント?と嫌な気持ちになった。

 

Your Majesties, I had the enormous privilege of addressing the Diet nearly forty years ago.  During that address, I expressed my deep hope that our countries would exchange more of our cultures and, by doing so, enrich our creativity.  I cannot tell you how encouraged I have been to see the remarkable array of cultural exchange and coproduction between our countries grow ever stronger.  Just today, one hundred and thirty members of the Royal Opera House were on stage in Japan at the Kanagawa Kenmin Hall, led by Sir Antonio Pappano.  And as Studio Ghibli’s animé continue to delight audiences worldwide, with Hayao Miyazaki’s wonderfulThe Boy and the Heron’ scooping an Oscar earlier this year, the house is full at the London Coliseum this evening for a stage production of ‘Spirited Away.

 *40年前に国会で挨拶をしたことがあること。文化交流の例として、まさに今日、神奈川県で、英国のロイヤル・オペラ・ハウスの130人がステージに立ったこと。スタジオジブリの「少年とサギ」が今年初めにアカデミー賞を受賞し、今晩はロンドン・コロシアムで「千と千尋の神隠し」の舞台が満席で上演されている、と言及。

Equally, it has been a pleasure to learn of the British stories behind certain Japanese cultural icons.  Perhaps you would allow me to note one particular individual who turns fifty this year, raised in a London suburb with her twin sister, a self-made entrepreneur worth billions of dollars, and a U.N.I.C.E.F. Children’s Ambassador on top of all that.  So I can only wish a very happy birthday to… Hello Kitty!

 *これはびっくり。ハローキティー生誕50年おめでとうとコメントが国王から飛び出した。確かに日本のサンリオのサイトで紹介されていたっ!!!「本名はキティ・ホワイト。生まれた場所はイギリス ロンドンの郊外。 身長はりんご5個分。体重はりんご3個分。 明るくてやさしい女のコ。クッキーを作ったりピアノを弾くのが大好きで、夢はピアニストか詩人になること。音楽と英語が得意。 好きな食べ物は、ママが作ったアップルパイ。 双子の妹、ミミィとは大のなかよし」と。  

Ever greater numbers of our young people are living, working and studying in world-class institutions in each other’s countries.  We are honoured that so many members of the Imperial Family, including Your Majesties, have chosen to study at British universities.  I know from Your Majesty's fascinating record of your experiences at Oxford – as well as my memories of our time spent together at the opera and fly fishing – that these opportunities to spend time abroad create lifelong friendships and memories.   I am only sorry to report that I haven’t had any better luck with more recent attempts at fishing – the Pokémon phrase “gotta catch ‘em all” may resonate with my grandchildren, but for me it is, perhaps, aspirational..!

*国王自身も理解出来ないといい紹介する孫なら直ぐ分かるポケモンの「みんな捕まえちゃおう」という言葉は、私にも不明。(苦笑)

Your Majesties, in 1613, Tokugawa Ieyasu wrote to my forebear, King James I: “Though separated by ten thousand leagues of clouds and waves, our territories are as it were close to each other”.  Over four hundred years later, that sentiment remains at the heart of our friendship.

And so, it is with a sense of great affection and optimism that I propose a toast to Your Majesties and the Japanese people, and to the next four hundred years of Japanese-British relations.  KAN-PAI! [Cheers!]

*徳川家康が、1613年に英国のジェームズ1世に手紙を送って、互いの近さを伝えたという話から、 これからの400年に向けて、カンパイしましょうと、日本でカンパイ! と国王。

    覚え書き風で、やや滅茶苦茶ですが、こんな挨拶が交わされていたのには、驚きました。

    国王の2国が、軍隊でも共に演習し、専門知識を共有する。エネルギーや半導体・・・防衛産業協力にいたるまで協力し合っているという発言が、1番驚いたところでした。でも、時事通信のココの日本語訳を見ると・・・ここの部分を「二つの大国として、両国は、ハイレベルな軍事演習を行い、専門的知識を共有しています。エネルギー、自然環境から、サプライチェーン、半導体に至るまで、そして、サイバーセキュリティーや持続可能な食糧供給から、防衛と産業界の協働に至るまで、日英両国政府は安定した世界を将来世代に残していくために協力しています」として、Our Armed Forces (私たちの軍隊)の部分を、「両国」と訳していました。でも、軍事演習と、専門的知識の共有、防衛産業協力は訳してあり、私は、そこに危険なニオイが漂っている印象を強く受けました。チャールズ国王のここの部分を、日本の平和を愛する天皇陛下は、どんな風に受け止めたのか、聞いてみたいと思いました。「戦争放棄をした憲法を持つ日本」のイメージが、いかに世界の中で薄れつつあるのか、日本国民は自覚しないといけないと思います。

    

    

    

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昨夜昇った月を今朝の空に見つけたっ!

2024-06-27 09:49:21 | 惑星・天体ニュース

   24日に昇った月は、昨朝にアップしました。

   

    そして、その25日の夜は、残念ながら、月は空にいるのに雲が隠していて見られず。それどころか、昨朝も曇りで見られませんでした。

    その上、昨夜も雲がいっぱいで月影さえも見られませんでした。と言うわけで、24日の夜から2日以上みられず迎えた今朝。またもや、曇り。雲がどいてくれれば、昨夜見逃した26日に昇った月がみつかると、雲がどいてくれるのを待っていました。

    ゴミ捨てに出る時に、月の位置をアプリで確認。空をみあげると・・・

    <2024年6月27日7:51>

    微かに白い弧を描いた月が、空のまだ見やすいところに浮かんでいました。「お月様ぁ、おはよう!!!」

    

     木の枝を手がかりにアップを撮ろうと思いましたが、なかなか空に溶け込みそうな朝の微妙な月をカメラが捉えてくれずにいる内に、手持ちカメラなので月を見失うこと数回。

     少し場所を移して、アンテナの横にお月様にも移動してもらいました。

    

    やっと、輪郭がクリアになってくれました。まだ、下弦の半月になるのは29日の早朝なので間がありそうですが、もう半月にも見えますね。

    

    アップして見ましたが、影との境がはっきりする写真は撮れませんでした。

    でも、無事に写真にも撮れてよかったです。月の入りは9:42。もう沈んでいますが、この月が再びこちら側に姿をみせてくれるのは(実は、月が回ってくるのでなく、地球の上に乗っている私たちが回っているのですが・・・)今夜、22:58。今日の日付の間に東から昇ってくるのに逢えるか、こちらも最近早起きになり、月を待ってられないと、今朝のように朝晴れていたら月に逢う。そんな巡りにこれからは移っていきます。

    下は、白井市文化センタープラネタリウムが作成した、「月の見え方の変化 イメージ図」ですが、いまは、ちょうど満月→上弦の月に移行して、夜のお月見が最後の時期なのが分かります。月は空にいても、細くなると見つけづらくなるので、ここしばらくは青空の中に朝みられるようになりますが、それも束の間。細くなると、未明の暗い内に月を探さないと、月は空にいるのに明るくなると見られなくなり、新月へと向かいます。

    

    

       ここ数日は、朝空が晴れていたら、月が青空の中に白い弧を見せて微笑んでくれるのを、仕事や学校に向かいながら、ゴミ捨てにでたり、洗濯を干したりながら、是非見つけてみてください。

       

    

    

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昨夜の月

2024-06-25 09:40:18 | 惑星・天体ニュース

   ずいぶん、月の昇る時間が遅くなって来ました。だんだん、夜寝る前に月をみられなくなってきますね。

   昨夜も、月の出が21:19。私が見られるようになるのは、10時半過ぎでした。

   さあ、月はでているでしょうか?

   木の間から、月が「でているよぉ~」とにこやかな雰囲気で顔を覗かせてくれました。

   

    月の輪郭がきれいに見えました。

      

     まるで、雲がない空に浮かんでいるように見えたお月様の姿。

     でも、実はこんな具合でした。

       

    その後、雲が広がって、今朝も暑くなると言ってたはずなのに、曇っていました。

    昨日は、沖縄慰霊の日の5紙新聞比較を書いていたら、すっかり遅くなってしまいましたので、今日はこの位で。

    みなさん、今、しっかり沖縄のことを自分のこととして注目しておかないと大変なことになります。マイナンバーカードのお金で釣って普及を推進するやり方も、さらに露骨になってきました。こんなごり押し政府を許していては、どんな国になるか。

    辺野古建設反対の沖縄の県民投票結果を無視した前歴のある政府。自衛官の募集が行き詰まったら次に何を国民にごり押ししてくるか。このごり押し、自由も民主主義も無視するごり押し政権を速く引きずり降ろさないと、日本は北朝鮮やロシア、中国とますます似た国になっていくばかりです。気がかりで、筆が止まらなくなるので、今朝はここでお終いにぃ~~~~~~(苦笑)。

 

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5紙比較でみる沖縄の今

2024-06-24 14:51:25 | 日記

 さて、久しぶりに大手新聞5紙の比較をしてみます。なんで、比較しようと思ったか。防衛費をどんどん増大させて、沖縄の南西諸島を中心に軍時強化。台湾有事にそなえ、米韓日で合同練習をする政府の姿を 沖縄慰霊の日の翌日各紙がどのように伝えているか。それで、みんなの読んでいる新聞がいかに違うかを、浮き彫りにできると思ったからです。

 さあ、見てみましょう。

  

    毎日新聞が手に入った時は偶数で写真に撮りやすかったのですが、5紙は1紙分が半端になってしまいます。

  まずは、上の4紙から見ていきましょう。上の1面の写真だけを見ても、明らかに違いが分かりますね。

  日経新聞

  1面には、まったく沖縄の記事はありません。目を凝らしてみると、左上に「沖縄 慰霊の日 戦後79年、平和を誓う」として、社会面に書いてあると示す文字があるのみ。目立つのは「グリーン水素」そして、中面の経済教室にも「原発を水素の供給源に」の大きく掲載があって、何だかなあ・・・私は水素に原発の言葉には不信感のみ。

  さて、社会面を見ると、下のように大きめの記事にはなっていましたが、慰霊の日の式典での平和の誓い、挨拶を右に短冊のように細長~~~く小さく扱い、あとの大半は過去の沖縄戦の惨状を伝える過去の文化財の保全の話だけ

     

     今現在変貌している沖縄の現状については、語られていませんでした。

 

  産経新聞

   1面は、自民党の総裁戦や天皇の訪英の記事で、沖縄の記事がないかと思いましたが、よく見ると、1面の下半分にちいさく記事がありました。(それを切って、下に掲載)

     慰霊の日に平和誓ったという式典の記事です。

    そして、最後に<20面の挨拶要旨>と書いてあったので20面をみると、紙面は確かに大きく使っていますが、式典での首相の挨拶要旨、玉城県知事の平和宣言一部の掲載にほぼ3割を使い、残りは「従軍看護婦すくぶん全う」というタイトルで、「ひめゆり学徒隊」を率いた後、戦後は米軍の仮設病院で看護婦長も勤めフローレンス・ナイチンゲール記章を受賞した看護師さんの過去の話を掲載。

    そして、日経新聞同様、現在変貌している沖縄の現状については、全く触れられていませんでした

  朝日新聞

    1面は、大きく「79年記憶よぎる沖縄 慰霊の日 知事、南西シフト『不安』」として、しっかりと、近年中国の軍拡をにらんで日本の南西シフトが進み、自衛隊駐屯地の新設や新部隊配備が続き、沖縄の玉城知事が追悼式で沖縄県民の強い懸念を述べたことが書かれ、25面には全面を使い私が昨日書いた高校生の平和の詩「ここから」、そして、玉城知事の平和宣言は日本語、うちなーぐち、英語も全文、岸田首相の挨拶も下のように全文掲載されていました。高校生の詩をとても大切にした いい紙面と感じました。

    3面では、「ひと」欄で沖縄で琉球王国の米国からの返還に尽力した女性の話、6面では、「沖縄慰霊の日に思う」として読者の声を前日に続き掲載(写真は省略)。29面では「地上戦の傷跡 今も」の大きなタイトルの下に、礎に祈り「過去からまなばねば 戦地の土も使い辺野古の埋め立てを進めることへ反対している~と伝え、今現在の辺野古の話も含めて沖縄の慰霊が過去の過ぎた話でないことを伝えていました。

25面 29面

紙面をたくさん使って、沖縄で今、何が進められているのか、戦争の足音が響いている危機感を読者に伝えてくれていました。

  東京新聞

   1面は大きく「自衛隊拡張『強い不安』」沖縄戦79年 慰霊の日 朝日新聞よりさらに踏み込んで、沖縄県での自衛隊の拡張の怖さに強い危機感を伝えていました。

   2面、16面、17面、18面でさらに大きく掲載。

   2面では、「防衛力増強『まるで戦前』」沖縄『慰霊の日」県民憂慮として、「抑止力」の強化の名の下に進められている防衛力強化は地域の緊張を高める。来年度に相手国領内を攻撃できる射程を約200キロから一挙に約1000キロに伸ばす地対艦誘導弾の能力向上型の配備は、これを沖縄におけば中国本土が射程圏内となり、反発は必至。有事に自衛隊などの使用を想定した「特定利用空港・港湾」に那覇空港と石垣港が含まれ、県の担当者は「相手国から標的になる怖れがある」と危機感を示す。有事の住民避難計画では、先島諸島の住民約12万人を九州や山口に待避させる想定も進めているという。

   朝日新聞以上に、現実に進んでしまっている政府が進める無茶苦茶な防衛力の実態が分かり易く説明されていました。

   

   具体的に地図もいれて、何が沖縄の島々で進められているかをしっかり伝えているのは、この東京新聞だけでしたので、この記事を高く評価したいと思いました。知らなかった方は、是非拡大して、しっかり読んでみてほしいです。

  さらに、16面、17面、18面を見ていくと、

  下の左17面 右16面 「もう戦場にさせない」「その名を記憶を青空に響かせ」と学生から戦争体験者まで様々な沖縄の人の思いが伝えられています。大きくて割愛してしまいましたが、この右の16面の下には、岸田首相と玉城知事の挨拶が全文掲載されていました(ただし、玉城知事の英語は訳文のみ*昨日英文をこのブログのココに掲載)

  

   そして、18面には「集団自決息絶えた母」の話と、昨日私がここ打たれた高校生の平和の詩が全文掲載されていました。

  

  この圧倒的に紙面をさいて掲載した朝日新聞と東京新聞の沖縄慰霊の日の記事を読んだあと、さて、日本人に1番購読されているという読売新聞を登場させると、その貧弱さに圧倒されることでしょう。

  読売新聞 

  

  1面の真ん中下に「沖縄戦79年誓う」と見えている記事を、全部読めるように下に出してみました。

  読売新聞で、沖縄を扱った記事は、この1面の細長い式典の岸田首相と玉城知事の言葉を引用しての説明。その他には、8面に、岸田首相挨拶と玉城知事平和宣言、高校生の平和の詩の全文掲載に稲嶺元沖縄知事の小さめの回顧記事。そして、社会面に載った下の「殺し合いもう二度と沖縄慰霊の日」に沖縄の悲惨な戦争体験と、高校生の平和の詩の説明、それだけでした。

  読売新聞では、日経、産経と同様に、現在変貌している沖縄の現状については、全く触れられていませんでした。

   

 

   朝日新聞、東京新聞は、沖縄慰霊の日に当たって、日本全国の人が知らなければならないのは、沖縄の過去の話だけではない。現在の沖縄の基地機能が格段に強化され、「戦争前のようだ」という状況こそ、読者に伝えなくては!と、国民の立場にたった記事を書いてくれています。

   それに比べて、日経新聞は、ビジネス紙だからと沖縄のことへの扱いは1番小さい。

   産経新聞読売新聞は、どちらも沖縄の過去の事には触れてはいるが、現在どのように変化しているかは、知らせる必要がないと考えている新聞のようで・・・現状の問題については、玉城知事が平和宣言の中で県民の不安を述べていたとの説明を引用するに留めています。しかも、どちらも〆は岸田首相の言葉でした。

産経新聞では、岸田首相は「政府として重く受け止め、(沖縄の)負担の軽減に全力を尽くしていく」と述べた。

読売新聞に至っては「戦争の惨禍を二度と繰り返さないという決意の下、誰もが心豊かに暮らせる世の中を実現する」と誓った。米軍基地の集中による負担の軽減に向け、西普天間住宅地区の返還跡地に来春、健康医療拠点ができることを踏まえ、「成果を着実に積み上げる」と強調した。

   これでは、沖縄県民が今の状況を「まるで戦争前」と感じていることなど、読者に全然伝わりませんね。日本の米軍基地の大半を担っている沖縄が今、大変な負担をさらに抱えさせられることに不安や怖さを感じているというのに。それを伝える気持ちがない新聞だということです。沖縄のことは遠い他の国のことではなく、私たち日本全体の問題なのに。

   昨日ブログに書いたように、空襲が沖縄、長崎、広島、東京だけでなく、全国に広がっている話、実は千葉空襲もそうですが、軍都と言われる軍関係の施設があるところが、空襲にあっています。わが家のそばにも、今、自衛隊の基地があります。沖縄の話は、日本の私たちの問題です。

   先の戦争では、原爆を2回落とされるまで戦争を止めることができなかった日本。

   ウクライナもガザをみても痛いほど分かります。戦争は、そもそも始めてはいけない。始まらないように、脅しあいをやめ、軍縮へと向かわないといけないのです。一度はじまったら、戦争は大きな犠牲を両方に与え尽くすまで、止まらない。

   だから、外交をさらに強め、戦争を始めないことにこそ、力を注ぐべきなのです。簡単に「抑止力神話」に従って、武器を持ち合って脅しあえば、いきつく先は戦争しかありません。笑っているのは、武器を売る商人たちとそれにつるんだ政治家たち。犠牲になるのは、いつも国民、私たちです。

   日本が米国のいうままに武器の大人買いをさせられ、米国の防衛の最前線に立てられて「戦争が始まったら、最初の標的、防波堤」になる道を選んでいること、気づいていますか? もし、平和な生活をこれからも送りたいと思っているならば、是非、毎日読む新聞には注意して下さい!!!

   図書館ならいっぱい新聞が揃っているはずです。買わなくてもいいので、他の新聞と大事な時には是非比較して読んでみて下さい。

   そして、みんなが平和な生活を送り続けるためには、必要な情報をきちんと与えてくれる新聞を選んで読むようにしてください。

 

*毎日新聞は、今回も入手できませんでしたが、ネットで検索すると、

沖縄には1972年の日本復帰から52年が経過した今も、面積比で全国の米軍専用施設の7割が集中する。さらに、政府は近年、安全保障環境の悪化を理由に、陸上自衛隊の拠点開設や部隊の増強を進める。今後は那覇市を拠点とする陸自第15旅団を2027年度までに「師団」に増強する他、台湾に最も近い与那国島の陸自駐屯地にもミサイル部隊の配備を計画している

 など、しっかり書いていて、朝日新聞や東京新聞と同じに評価していいと思います。

 ただ、私自身は現在朝日と東京新聞を両方とも読んでいて、どちらかというと、値段も他の新聞より安く読者にやさしい上に、歯に衣着せぬ真っ直ぐな主張を伝えてくれる東京新聞をイチオシしています。坂本龍一さんも推していた東京新聞、あなたも読んでみて下さい。

 

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昨夜も月に会えましたっ!

2024-06-24 09:17:06 | 惑星・天体ニュース

   昨夜は月の出が20:33、昇っているのが見えそうな21時半ころに東の開けた公園に行ってみましたが・・・残念。今夜は月に会えないかなぁ? 実は介護で痛くなった両手の親指の付け根の母指CM関節症が悪化してきて、かなりブルーな気分。

   その上、そういう日に限って、手拭きタオルを何回も「絞って」と頼まれ、さらに親指を酷使する場面が多発(泣)。 (お月様、助けてぇ~~~~)の気分なのに、月が会いにでてきてくれない。

   それでも、気を取り直して、昨日のブログの最後に千葉空襲のことを書きながら、会ったことのない父方の祖父母のことを思い出している内に、(そうだっ!)と、戸籍を取ったままその後の祖父母の追跡をせずにいたのを思い出して読み直し。すると、最初に見た時に気になっていた父の出生前に祖父母が養子を取っていた記述。女の子ばかり5人生まれた後に待望の男の子(父)の誕生で、養子が元の家に籍を戻したこと。実は、祖父自身が同じように養子で、同じように嫡男が生まれたことで廃嫡となり、千葉市に単身出てきて祖母と結婚した経緯が、だんだん分かってきました。

   昔は、子どもに男子がいないと家督継承に苦労していた事が伺えました。私がイチオシ中のNHK朝ドラ「虎に翼」に、今朝 民法改正で家族のあり方が変化を知る話が出てきましたが、私の子どもの時もまだ(「長男」が家を継ぎ、女の私は嫁に出る)という感じが色濃く残っていたな~と思い返しました。いまは、どうなのだろう?

   さて、謎解きを進んで、もう風呂に入って寝ようと、ふと思い出して月を探すと・・・あっ! お月様が、気分を取り直した私の前に姿を見せてくれました。さらに、気分がUp!!!

   <2024年6月23日23:05>

   お風呂でさらに気分が和らぎ、就寝前の挨拶を~とお月様を見ると 

     

     お月様が、最上の笑顔を私に見せてくれました。もう右側が欠け始めたお月様です。どんなに晴れた空に浮かんでいたのかな?と思われるかもしれませんが、実は、月はまだ雲に取り囲まれていました。

     

      まだまだ、雲がいっぱいの空でしたが、ちゃんと撮れたのはNikonのカメラのお陰ですね。

      

   

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沖縄慰霊の日に、全国にあった空襲にも気づく

2024-06-23 16:13:55 | 日記
  今日6月23日は、79年前の沖縄戦の犠牲者を悼む「沖縄慰霊の日」です。「沖縄全戦没者追悼式」では、平和の詩」を朗読した沖縄県立宮古高校3年の仲間友佑さん(18)の「これから」という詩が素晴らしかったです。

  世界の現状への「怒り」で書き始めた詩ということですが、879点の中から選ばれたという理由が、映像で朗読の姿をみると納得で、こころから共感しました。 日本テレビのココで生映像の(式典1時間強の中の41分のところから)見られました。

  詩の全文は、様々なネットニュースに全文が掲載されていた。動画も配信していた、日本テレビのココでも読める。

  この詩の朗読の前の玉城デニー沖縄県知事の挨拶は、日本語、沖縄言葉、英語で伝えられたのが良かった。

  前述の日本テレビのココで生映像の(式典1時間強の中の31分のところから)見られました。これについては、琉球新報のネット版のココで全文と、下記の英語の翻訳も含めて掲載されていました。

 We strive to make Okinawa an island we and our ancestors are proud of.
We have a history of trust that has been established through exchanges with our neighboring countries.
We bear hearts that cherish peace.
We carry on the spirit of accepting diverse values.
We, the people of Okinawa, shall together aim to be the bridge to world peace for all time.

  いま、沖縄でまるで戦争準備が始められているように基地が拡大され、「有事」という言葉が聞こえてきています。

  ところで、私は先日「ピースフェア2024 in ちば」という千葉空襲の慰霊イベントを見に行きました。父方の私が会ったことのない祖父母が終戦時に住んでいた可能性があるところであった空襲。空襲で亡くなったのではないようですが、祖父は千葉空襲のあった1945年暮れに祖母は翌年早くに亡くなっているので被災が影響したと思えてなりません。父からは、祖父が今の千葉駅そばで医者を最後は開業していたこと位しか聞いていませんが、もっと聞いておけばよかった・・・。

ココから過去のこのイベントなどもご覧になれますので、千葉までは行けないという方も、是非ご覧ください。  

  広島・長崎の原爆、東京大空襲については知っていたが、地方に起こった空襲については、迂闊にも聞いたことがなかった。だが、今回調べて、総務省のココをみれば、全国の戦災状況が読めることがわかりました。あなたの地域の戦災の様子も、知ることができるはずです。

国内各都市の戦災の状況

 千葉県では、下記のように千葉市、市川市、船橋市、松戸市に空襲画あったようでした。

  あなたの地域ではどうだったか、是非調べてみて下さい。沖縄、長崎、広島、東京だけでなく北は北海道まで空襲があったことがわかります。戦争が起こると、標的は日本全国になること、しっかり学んで戦争への道を日本が歩まないように、一人一人が真剣に平和について考えなくてはいけない時代にいまいることを、しっかり認識して下さい。

  核弾頭を用意して待っているような原発を温存するような人たちに、東京都知事選でも投票しないようにしてくださいね。

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雨の1日にも、夜は晴れてお月見ぃ!

2024-06-21 23:22:05 | 惑星・天体ニュース

   今日は酷い天気で、コンビニまでビニール傘を差して行ったら、帰り傘が風で煽られるような感じだった。これは、お月様もさすがに逢えない1日になるかとおもったら、それでも夕方には雨が止んで、すこし雲がどいている場所が見つけられた。

   東に開けた公園までお月様を見に出ていくと、まだ、民家の屋根の上にやっと姿を雲と闘いながら見せてくれたところだった。

   

   正直、今日は月に逢えないかと思っていたので、ちょっと慌ててカメラを構えたら、上のように微かに左の方に月の輪郭のホンの一部を残しながら、もたもたする私を待ってくれずに、月が雲の中へ隠れてしまった。

   

     月が見えたのは、上の写真の右の木の左横。雲が一部白くなっているところだった。

     もう、これ以上は、雲からしばらく抜け出せそうになかったけれど、上に青空が見えていたし、南寄りの空にも隙間が少し見えていたので、時間が経って暗くなったら、月はきっと姿を見せてくれるだろうと確信できたので粘らずにすぐ帰宅した。

     月が高い建物も乗り越えて南寄りの空に姿をみせたのは、もう10時近かったが、待ってた甲斐があって、下のような美しいほぼ満月の月に出会えた。(満月になるのは、こちらの時間で10時8分、月が地球の反対側にいる時)

    今日は、雨で1回買い物にはでたけれど、家にいて、偶然に面白い動画をみつけた。

    人の一生を短時間に纏めてくれている動画。最初に見つけたのは「映画界を沈黙させたオードリー・ヘプバーンの夫の正体」。幸せな人生を送った人と思っていたオードリー・ヘップバーンが、予想しない苦労の子ども時代を経て、結婚生活にも恵まれなかったことが分かった。

    以前、テニス界でその才能と美しさで多くの人の目を奪ったシャラポワ。彼女も、ロシアでスポーツエリートとして恵まれた生活を送って来たのかと思ったら、チェルノブイリの事故で移住した先で生まれ、貧しい生活の中でもテニスの才能に両親が気づいて、彼女の才能にかけて旅費をやっと父親と彼女の分を工面して渡米してフロリダのテニス学校に入ったと知り驚いた。(詳細は、「シャラポワの秘話に驚かされて・・・」)。 オードリーも苦労してそだっていたとは、・・・。一気に最後までみて、彼女が亡くらる前の最後のクリスマスに読んだ手にまつわる詩の1節を聞いて涙してしまった。

    さらに続いて、同じチャンネルの「妻の不倫を知り、スティーヴン・ホーキングが全身麻痺の体で行った奇抜な復讐」という動画の紹介案内がでてきて、思わず続けて2つ見る結果に。こちらも、ホーキング氏が余命少ないと宣告された後、様々な喜びと業績と失望も味わう人生を歩んだことを知ることができて、印象的だった。

    もともと、人の人生について調べたり聞くのが好きな方なので、このブログでも最近では浪花千栄子(昔、オロナミンCの宣伝をした女優さん)や、パックン、さだまさしなど結構いろいろな人の話も書いてきたが、人は、他の人の人生から多くの事を学べる。

    著名人以外でも、実際に逢えなくても、逢った人からでも、たくさんの人の人生を知って置くことは絶対自分の人生のプラスになる。様々な山や谷は誰の人生にもあると知ることができる。

    家にいたけれど、今日は、2人の人の人生を辿った1日となり、深い時間過ごせた。いや、それだけでなく、今朝の朝ドラ「虎に翼」でも、今日のたった15分のドラマで、主人公の三淵さんの実母の人生を辿り味わえた。だから、3人の人生!?を追体験してしまった。

    今日も無事にいい1日を過ごせたことに感謝して。明日もいい1日になりますように。

 

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楽しい1日の〆に月がっ!

2024-06-20 07:57:31 | 惑星・天体ニュース

   昨日は、とても充実した1日でした。ちょっと自分がかかわったイベントを見に行って、午前は平和イベント、午後は音楽イベントを満喫。どちらも、想定以上の人で賑わいで、しかも、どちらも私自身が思った以上の心の行き届いたイベントを満喫。色々学んだり、心から楽しんだりできました。

   しかも、昨日は、不思議なくらい何もかもが誰かが空から手を貸してくれているのではないかという運び。横須賀線が大幅に遅れているとナビで出て、他の選択肢を考えていたら、横須賀線の改札前を通り過ぎて私鉄にいこうとしたその時に、遅れた列車がホームに来ると案内。予定時刻より早めに最初のイベント会場に到着。それが、終わって次の音楽イベントにいく電車も偶然に乗り入れの直通電車がきたり。

   ひさしぶりに外食をして、会場に入るのもピッタリ。

   そして、帰宅後そろそろ?と思って見上げていた空には・・・

   

    こんなに丸くなってきた月が昇ってきました。

    その後も、晴れた空を皆を見守り続けながら巡って行った、昨日のお月様でした。

   

   さあ、今日はどんな1日になりますか。月の出は17:33です。

   

 

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