como siempre 遊人庵的日常

見たもの聞いたもの、日常の道楽などなどについて、思いつくままつらつら書いていくblogです。

「翔ぶが如く」を見る!(14)

2009-09-18 22:48:08 | 往年の名作を見る夕べ
 幕末劇というものは、「日本の夜明けでごわす」みたいな定番のキメゼリフがあったり、西郷、桂、竜馬などキャラが立っているので、どんなに下手につくっても(それこそどっかの政党の壮士芝居でも)それと判るものはできます。でも、これが「これからどうなるのだろう…」と、時代の緊張感に汗が滲むような迫力が出せるかとなると、ハードルはすこぶる高いですね。だって、みんな結果がどうなるかわかっているので、それで予定調和が全く無く、鋭い緊張感を出せるというのは、ハンパなことではないし、成功例も多くはないような気がしますが、「翔ぶが如く」の幕末篇は、その稀有な成功例です。
 おなじみのキャラたちが発する定番の台詞のひとつひとつに重さがあり、「この時代はどうなっていくのだろう…」と、その混乱ぶりに手に汗握るような緊迫感がある。幕末大河ドラマのお手本です。できれば、これに近い雰囲気を来年も期待したいと思うのですが、どうなりますことか…。
 というわけで、今回は大政奉還・竜馬暗殺・小御所会議・薩摩藩邸焼き討ちと、幕末劇のいちばんおいしいところです。しかも、手抜きショートカット一切無く、しっかり見せてくれる、第1部も大詰め26・27話です。

 第1-26話「討幕への道」

 慶応2年も押し詰まり、慶喜(三田村邦彦)は徳川宗家を継承します。が、将軍職のほうは固辞を続けていて、薩摩のおいどん連中は、その怪物的な謀略力に困惑しています。慶喜は、焦らしに焦らし、全大名をあげて要請のもと将軍になる目論見なのですが、吉之助(西田敏行)、一蔵(鹿賀丈史)たちの目論みは、慶喜が将軍職に着く前に、雄藩からなる政権に実権を移してしまうことでした。
 関西では、世情不安や物価高騰に庶民の怒りが爆発。打毀しが頻発し、「ええじゃないか」の乱舞が町を覆い尽くしています。そんな中、慶喜は満を持して征夷大将軍になりました。慶喜に誤算だったのは、それから間もなく、幕府びいきの孝明天皇が亡くなってしまったことです。謹慎を解かれて政界に復帰した岩倉具視(小林稔侍)は、一蔵から「岩倉様のお命、薩摩にお預けいただきたく」と一蓮托生の要請をうけます。岩倉は、新天皇は幼少なので、天皇の後見役を見方につければなんでもできる、と大胆な謀略構想をうちあけます。
 将軍になった慶喜は、雄藩連合の殿様たちを集めてその盟主のように振る舞い、事実上ほかの殿様たちの権限を封印して、独裁体制を作ってしまいます。フランスから援助をうけ、幕府の武力も増強しはじめます。古来、天皇中心の政権というのは、かならず武力盛んなほうに迎合してきたものなので、幕府の武力増強は座視できない。事態を見きわめた吉之助は、仲間達をあつめ、「もはや武力討幕しかあいもはん!」と。
 慶喜が唯一心を許して話せる新門辰五郎(三木のり平)は、吉之助のことも大好き。なので、薩摩と幕府がいよいよ決裂しそうな気配に、心を痛めています。久しぶりに吉之助と会った辰五郎は元気が無く、手下が、「頭は世にも辛え病にかかりやして…」と。「惚れた女ふたりへの板ばさみでごぜえやす。ひとりは、昔から奉公していた御主人筋で、いまひとりはひょんなことでほれ込んだ女とでも思ってくだせえやし。そのふたりが近頃どうにも中が悪いらしく、いかな新門のお頭でも、メシも喉をとおらねえって有様で」
 吉之助はすぐに寓意を読み解きます。「どげな争いになっても新門サアの罪ではなか」、目をつぶって江戸に帰ったらよか…と親身に奨める吉之助に、辰五郎はキッとして「旦那、新門辰五郎は男だ。好いた女の行く末も見ねえで、そいつだけはできませんや!」
 竜馬(佐藤浩市)は、驚くべきアイディアをもって駆け回っていました。それは、「大政奉還」。慶喜が自ら政権を朝廷に返す。それさえ出来れば、血を流さずに新政権に移行できるという案に、吉之助たちは仰天します。
 が、よく考えれば悪くない話。内戦をおこさずに、自分の顔もたつわけですから。ですが、幕臣たちが承知するとは思えない。慶喜がバカだったら、政権に固執して幕臣たちに担がれるだろう、そのときこそ晴れて慶喜を朝敵とし、断然討幕軍を起こすのだ!
 そして、朝敵慶喜追討のために岩倉の暗躍で出たのが、天皇の名のもとになる「討幕の密勅」です。が、ご存知のように慶喜は老獪で、政権を返された朝廷になにができる…と見越して、大政奉還をフライングで実行してしまうのです。なんということ…もはや強行突破しか道はない。
いまこそ日本の一大危機。そして今こそ、こん日本国の夜明けごわす!」
 この吉之助の檄に、武者震いした薩摩のおいどんたちは、チェストいけえー!チェーストオーーッッ!!と気合いを入れあうのですが、ここの場面めちゃめちゃ痺れました!!。
 ええじゃないかの熱狂が町を覆う中、竜馬が薩摩藩邸に飛び込んできました。持ってきたのは、夕べ寝ないで考えたという、新政府の要綱。いわゆる船中八策ですね。
 竜馬の考えるあたらしい日本の指導者のなかには、自分自身の名前ははいっていません。「あしは海が好きじゃき、世界の海援隊でもやろうかのう」、これからはデモックラシの世の中じゃ、士農工商四民平等をめざす!国を統一するための戦いで流される血は、日本国万民のために流されるべきじゃ、という竜馬の言葉に、天啓をうけたように感動する吉之助でした。
 そして…いよいよ、運命の慶応3年11月15日はやってくるんですね。潜伏していた京都・近江屋で何者かに襲撃された竜馬は、夢の実現をみずに血の海に沈みます。
 竜馬の死の知らせに、呆然と言葉を失った吉之助に、一蔵が語りかけます。
「今度のこっで、オイはあらためて、天に意志があるち思いもした。こん国の混乱を収めるために、天があん御仁を地上に下し、そん役目が終わったときに、惜しげもなく天に召し返した。そうとしか思えもはん。じゃっで、あん夜は、都の天には、星が見えもはんじゃした…」
…いやー、鳥肌立ちましたよ、この台詞! これは小説「竜馬がゆく」の全編のシメのフレーズで、司馬作品の名文句中の名文句。それをあえてストレートに台詞にもりこむ脚本もたいしたもんですが、これはなにより、役者の力にかかっていますよね。こういう台詞は、ただ言えばいいってもんじゃないですもの。気力・体力・演技力。すべてが充実していて、初めて言える。こういうところに、大河ドラマを見る喜びというものはあるのです。

第1-27話「王政復古」

 いよいよ武力討幕の挙兵を念頭に、薩摩の藩兵が上京することになりました。率いるのは若き藩主・茂久です。薩摩の兵団の中には、自ら吉之助(西田敏行)に志願した吉二郎(村田雄浩)も入っています。ずっと地道に薩摩の家を守ってきた吉二郎も、天下分け目の戦には参加したい!というわけですね。ほんとに真面目で良い人です。
 吉之助、一蔵(鹿賀武史)と戦にむけて下工作の密談を重ねる岩倉具視(小林稔侍)は、討幕の密勅だけでは戦を左右するビジュアル的なインパクトがないので、錦の御旗が必要だ、と。御旗は承久の乱と建武の中興の時と、日本史上に二度現れたものですが、実物はもちろん、くわしいデザインもわかっていません。そこで岩倉は、自分でデザイン画を描いてきました。このアイディアに膝をうった吉之助と一蔵は、すぐに手配をはじめます。
 佐幕派と討幕派、日本を二分する争いで、キャスティングボートを握るのは、土佐の殿様・山内容堂(嵐圭史)です。土佐はなんとしても味方につけないと竜馬が浮かばれないと、吉之助たちは容堂公に運動を始めますが、この殿様が、とんでもない曲者。薩摩の討幕にむけた工作を、まんま慶喜にリークしてしまったんですね。しかも、慶喜(三田村邦彦)の前で、薩摩に協力して討幕に兵をだしていると名指しされた松平春嶽(磯部勉)も、その場のノリで、そんなことは決してない、とかいって佐幕に転んでしまいます。
 なんとなく討幕派の旗色が悪くなったところで、錦の御旗が出来上がります。その独特なオーラに痺れる吉之助と一蔵と帯刀(大橋吾郎)、ですが、岩倉は、土佐のリークで討幕計画が漏れていることに気づき、腰が引けはじめています。どうしても戦はせねばならんのか…と目が泳ぐ岩倉に、一蔵は「いまはただひとつ、命がけにて、男子の肝を据えて動かぬこと。この国がどうあるべきかだけをお考え下さいませ」と。薩摩流の男の美学を叩き込まれた岩倉は、12月8日、王政復古の大号令に臨みます。
 御所の9つの門を占領し、封鎖した薩摩軍は、御所を包囲します。そのなかで王政復古が発せられるのですが、これはもはやクーデターですね。
 王政復古の大号令に続いて、徳川家の辞官納地を話し合う小御所会議がおこなわれますが、ここで、ベロベロに酔っ払った山内容堂が場を仕切ってしまいます。容堂は、全大名が帝のもとに同等というなら、ここに徳川家がいないのはおかしい。欠席裁判で徳川400万石の所領を召し上げるなどもってのほかだ。それなら薩摩が真っ先に77万石を返納しろと騒ぎたて、場が凍り、もともと根性のない殿様や公家さんたちは容堂のペースに巻き込まれかけます。この、嵐圭史さんのキンキンにテンションの高い演技と、格調高い殿様言葉、ほんとにそれらしく、小御所会議の緊迫感も満点で、しびれます。
 陪席していた一蔵は、形勢の不利を感じます。休憩時間に、包囲軍を率いている吉之助を呼び出して状態を伝えます。なんとしてもこの会議には勝たなくてはならない、「じゃっどん土佐があくまでも反対したら…」と暗くなる一蔵に、吉之助は
「そんときは、短刀1本あれば足りもんそ」
 この痺れる名台詞に触発された岩倉は、「わかった、それならわしがやる」と懐にホントに短刀を呑み、後半の会議に臨みます。この気迫が場を圧倒し、小御所会議は、ほぼ薩摩の計画通りに決着。徳川慶喜は400万石の領地を朝廷に返納し、官職も奪われます。「勝ちもした!」と、深夜の雪の中手を取り合う一蔵と吉之助、、欣喜雀躍する薩摩の仲間達…。
 慶喜は将軍職を辞しましたが、まだ自信満々です。在京の幕府兵団を引き揚げて大坂城に入り、大坂で待機している間に、外国の公使たちを引見し、今後もかわらず自分が日本政府の代表だとアピール。対外的に地位を保持して、朝廷の決定を有名無実にしてしまうんですね。しかも、朝廷は王政復古しても運転資金がゼロなので、とりあえず金を用立ててくれと、徳川家に泣きを入れるていたらくで、早くも、慶喜が予見したとおりのなりゆきになりました。
 そんな中、信吾(緒方直人)、弥助(坂上忍)、小兵衛(金山一彦)の若い三人が、江戸に派遣されます。武器の買い付け、江戸藩邸との連携、という任務でしたが、その実は、江戸で進行している薩摩による破壊工作を見届けることにありました。江戸では、薩摩の雇われ工作員達が市中に放たれて乱暴狼藉のかぎりをつくし、幕臣たちの心を逆なでしているわけです。打毀しなどもおこしています。さらに、江戸城二の丸が炎上し、それが、天璋院(富司純子)拉致をねらった薩摩の工作だと流言が飛んで、ついにキレた庄内藩士が薩摩藩邸を焼き討ちにおよびます。
 この知らせに、「しまったっっ!!」と青筋を立てる慶喜。火がついたらもう遅い。幕臣たちを押さえることができず、慶喜は、否が応でも「薩摩討伐」の戦の総大将として担ぎ上げられることになってしまいます。
「オイたちはこん日を待っちょった。同志ん血がこん国の大地を赤く染め続け、ようやく迎えた王政復古が、慶喜らの策略でいま、名ばかりのもんとなりつつある。こいに手をこまねいておっては、こん日本国に対し大罪ごわす。戦いはむこうから仕掛けてきた。オイたちには叛乱を起こした賊軍を討つっちゅう大義名分がごわす。官軍ごわんど!」
 ううう。かっこよすぎる。こんな大ぜりふを、堂々と大見得を切ってキメられる人なんてそんなにいないよ。西田敏行に西郷隆盛が降りた!という瞬間なのでした。

つづきます


2 コメント

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大河の名台詞 (雪斎)
2009-09-20 01:19:03
 龍馬は、「天が遣わし、天に召された」というのは、司馬遼太郎の解釈であって、大久保が、そういったわけでもないと思いますが、このドラマでは、その司馬解釈が大久保の台詞として無理なく組み込まれています。しかも、この台詞は、大久保が「天命」を知った契機も
示しているわけです。
 小山内美江子さんは、多分、仕事を引き受けるにあたって司馬作品を読み尽くしたのでしょう。ある意味、司馬と喧嘩していたような脚本です。気合が入っていましたな。
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天に召し返す (庵主)
2009-09-21 21:19:43
雪斎さん

>しかも、この台詞は、大久保が「天命」を知った契機も示しているわけです。

あー!そうですね。あの台詞を、西郷ではなく大久保に言わせたところに大きな意味があるのですね。
たしかに、大久保の最期と考え合わせると、ものすごく意味深なせりふではあります。

役目を終えたときに点に召し返し…というのは、司馬作品では大村益次郎(花神)なんかもそうで、司馬さんは歴史人物のそういう存在感に、深い憧憬を感じていた節がありますが、そういう精神性まで脚本に組み込む小山内さんの気合いには、たしかに、痺れるものがありますよね。
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